説明

耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板およびその製造方法

【課題】耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板を提供する。
【解決手段】化学成分組成(C、Si、Mn、Al、P、S)が、規定の範囲を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなり、全組織に占めるマルテンサイトが95面積%以上であり、かつ、鋼板表面から板厚方向に深さ10μmの位置から板厚の1/4深さの位置までの組織が下記式(1)を満たし、かつ引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板。
6.7×10−3×Dγ+7.4×10−9×ρ1/2 −0.073×Nc+0.092×p ≦ 0.570…(1)
[式(1)において、Dγ:旧γ粒径(μm)、ρ:転位密度(m−2)、Nc:マルテンサイト中の固溶C濃度(質量%)、p:旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合(但し、0≦p≦1)を示す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化・衝突安全性の両立のため、自動車構造材・補強材用の鋼板は高強度化され、実用化が進んでいる。しかし鋼板の高強度化に伴い、水素の侵入等を起因とする遅れ破壊発生の懸念が高まるといった問題がある。この遅れ破壊に影響を与える鋼材因子として、組織、材料硬さ、結晶粒度、各種合金元素の影響等が認められているものの、その発生防止手段が確立されているわけではなく、種々の観点から、耐遅れ破壊性の向上が試みられている。例えば特許文献1には、種々の元素の酸化物、硫化物、窒化物、複合晶出物および複合析出物が、水素のトラップサイトになり得るよう形態制御することが提案されている。しかし、より優れた耐遅れ破壊性を達成させるには、上記水素のトラップサイトとなりうる析出物以外も考慮して、更に検討を行うことが必要であると考える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4167587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、従来の鋼板よりも耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決し得た本発明の耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板は、化学成分組成が、
C:0.10〜0.40%(質量%の意味。化学成分組成について以下同じ)、
Si:0.6〜3.0%、
Mn:1.0〜3.5%、
Al:3%以下(0%を含まない)、
P:0.15%以下(0%を含まない)、および
S:0.02%以下(0%を含まない)
を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなり、
全組織に占めるマルテンサイトが95面積%以上であり、かつ、
鋼板表面から板厚方向に深さ10μmの位置から板厚の1/4深さの位置までの組織が下記式(1)を満たし、かつ引張強度が1180MPa以上であるところに特徴を有する。
6.7×10−3×Dγ+7.4×10−9×ρ1/2 −0.073×Nc+0.092×p ≦ 0.570…(1)
[式(1)において、
Dγ:旧γ粒径(μm)
ρ:転位密度(m−2
Nc:マルテンサイト中の固溶C濃度(質量%)
p:旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合(但し、0≦p≦1)
を示す。]
【0006】
前記高強度鋼板として、更に、B:0.0001〜0.02%、Ti:0.005〜0.3%、およびN:0.01%以下(0%を含まない)を満たし、かつ下記式(7)を満たすものが挙げられる。
Ti>3.4×N …(7)
[式(7)において、Tiは鋼中のTi含有量(質量%)を示し、Nは鋼中のN含有量(質量%)を示す]
【0007】
前記高強度鋼板として、更に、Nb:0.005〜0.3%、Cr:0.003〜2%、およびMo:0.01〜1.0%よりなる群から選択される1種以上の元素を含むものが挙げられる。
【0008】
前記高強度鋼板として、更に、Cu:0.01〜0.3%、Ni:0.01〜0.3%、Co:0.005〜0.2%、およびV:0.003〜1%よりなる群から選択される1種以上の元素を含むものが挙げられる。
【0009】
前記高強度鋼板として、更に、Ca:0.0005〜0.005%、およびMg:0.0005〜0.01%よりなる群から選択される1種以上の元素を含むものが挙げられる。
【0010】
本発明は、上記耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板の製造方法も含むものであって、該方法は、圧下率5%以上で冷間圧延を行い、かつ、得られた冷延鋼板を用いて、下記の条件(A)〜(C)の全てを満たすように熱処理を行うと共に、熱間圧延後の巻き取り工程以降は、鋼板温度が400℃以上である場合、雰囲気の酸素分圧を1200ppm以下とするところに特徴を有する。
【0011】
(A)焼き入れ前の加熱を、加熱温度T1(但し、T1は1225K以下)と加熱時間t1が下記式(4)を満たすように行う。
5.3×10×exp(−1.38×10/(8.31×T1))×t10.2≦16 …(4)
[式(4)において、
T1:加熱温度(K)、
t1:加熱時間(秒)を示す]
(B)上記加熱後、加熱温度T1から300℃以下まで冷却する。このとき、加熱温度T1から300℃までを50℃/sec以上で冷却して焼き入れる。
(C)焼き戻しを、焼戻温度T2(但し、T2は748K以上823K以下)、焼戻時間t2および鋼板炭素濃度Cが下記式(6)を満たすように行う。
T2×(ln(t2/3600)+21.3−5.8×C)≦12500 …(6)
[式(6)において、
T2:焼戻温度(K)、
t2:焼戻時間(秒)(但し、t2は2秒以上400秒以下)、
C:鋼板炭素濃度(母材の炭素濃度)(質量%)を示す。]
【0012】
また本発明は、上記耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板の別の製造方法も含むものであって、該方法は、圧下率5%以上で冷間圧延を行い、かつ、得られた冷延鋼板を用いて、下記条件(A)〜(C)の全てを満たすように熱処理を行うと共に、下記焼き戻し後に、鋼板表層部に形成されたSi欠乏層を、酸溶解により除去するかまたは研削除去するところに特徴を有する。
【0013】
(A)焼き入れ前の加熱を、加熱温度T1(但し、T1は1225K以下)と加熱時間t1が下記式(4)を満たすように行う。
5.3×10×exp(−1.38×10/(8.31×T1))×t10.2≦16 …(4)
[式(4)において、
T1:加熱温度(K)、
t1:加熱時間(秒)を示す]
(B)上記加熱後、加熱温度T1から300℃以下まで冷却する。このとき、加熱温度T1から300℃までを50℃/sec以上で冷却して焼き入れる。
(C)焼き戻しを、焼戻温度T2(但し、T2は748K以上823K以下)、焼戻時間t2および鋼板炭素濃度Cが下記式(6)を満たすように行う。
T2×(ln(t2/3600)+21.3−5.8×C)≦12500 …(6)
[式(6)において、
T2:焼戻温度(K)、
t2:焼戻時間(秒)(但し、t2は2秒以上400秒以下)、
C:鋼板炭素濃度(母材の炭素濃度)(質量%)を示す。]
尚、上記Dγ、ρ、Ncおよびpは、実施例に記載の方法で求められるものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の鋼板は、引張強度が1180MPa以上と高強度であっても、十分に優れた耐遅れ破壊性を発揮する。よって、自動車の構造材や補強材として好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、前記課題を解決するため、高強度(引張強度が1180MPa以上)を達成することのできるマルテンサイト主体(面積率で95%以上)の鋼板を対象に、種々の組織形態と耐遅れ破壊性との関係について鋭意研究を行った。その結果、耐遅れ破壊性に影響を及ぼす組織因子として、「旧オーステナイト粒径」(以下「旧γ粒径」または「Dγ」と示すことがある)、「転位密度」、「マルテンサイト中の固溶C濃度」、および「旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合」(以下「p」と示すことがある)」の4つが存在することを把握し、これらの因子と耐遅れ破壊性との関係について、更に研究を行った。
【0016】
その結果、上記4因子と耐遅れ破壊性の関係について、傾向は下記に示す通りであることを把握した。また、それぞれの因子を独立に変動させ制御して耐遅れ破壊性を高めることは困難であったが、これらの4因子を含む、後述の式(1)を満たすようにすれば、耐遅れ破壊性が向上することを見いだした。
【0017】
尚、本発明では、後述の式(1)の制御範囲を、鋼板の表層(具体的には、鋼板表面から板厚方向に深さ10μmの位置)から、板厚の1/4までの範囲とする。その理由は次の通りである。即ち、遅れ破壊を招く応力は、特に加工された鋼部材の表面近傍で大きな値となる。本発明では、(加工前の)鋼板の表層から板厚の1/4深さまでの組織を、耐遅れ破壊性に優れたものとすることによって、該鋼板に加工を施した場合であっても、優れた耐遅れ破壊性を維持することができる。
【0018】
言い換えれば、鋼板の、板厚の1/4深さから1/2深さまでの範囲(即ち、鋼板内部)の組織形態は、下記式(1)による制御対象ではない。
以下では、まず、上記各因子と耐遅れ破壊性の関係についてその傾向を説明する。
【0019】
〔旧γ粒径(Dγ)の影響について〕
本発明者らが研究したところ、旧γ粒径を小さくすれば耐遅れ破壊性が改善される傾向が見られた。マルテンサイトを母相とする高強度鋼板では、遅れ破壊が発生した場合、旧γ粒界で破断する場合がある。厳しい条件で曲げ加工を施した場合等には、局所的にせん断変形が起こった部位(せん断帯)、特にせん断帯と粒界の交線で亀裂が発生すると考えられる。しかし旧γ粒の微細化により、曲げ加工時にせん断変形が発生する箇所を鋼材中に分散させて、局所的な応力集中部を発生させないようにする(遅れ破壊の起点発生を抑制する)ことで、耐遅れ破壊性の向上に効果があると考えられる。
【0020】
また、遅れ破壊は、脆化した旧γ粒界の破断によっても生じやすい。旧γ粒界の脆化の原因に、この旧γ粒界に析出した炭化物が挙げられ、旧γ粒界に占める炭化物が多くなるほど、該粒界が脆化しやすいと考えられる。一方、旧γ粒径が小さくなると、単位体積あたりの旧γ粒界の割合が大きくなる。よって、析出する炭化物量が同じである場合、旧γ粒径が小さく旧γ粒界が多いほど、旧γ粒界に占める炭化物の割合は低下するため、粒界の脆化が抑制されると考えられる。このことから旧γ粒径は、後述するp(旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合)にも影響を及ぼすと考えられる。
【0021】
〔転位密度(ρ)の影響について〕
転位密度は、マルテンサイト(特に焼き戻しマルテンサイト)が高強度、高硬度を示す主要因子であるが、一般に、転位密度を高めて強度を高くすると、耐遅れ破壊性が高くなりやすい。
【0022】
〔マルテンサイト中の固溶C濃度(Nc)の影響について〕
マルテンサイト中の固溶C濃度も、マルテンサイトの強化因子であるが、転位強化による強化と比較して耐遅れ破壊性の低下度合いが小さい。またマルテンサイト中の固溶C濃度が多くなると、相対的に炭化物の析出量が抑制される。よってこの因子も、後述するp(旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合)に影響を及ぼすと考えられる。
尚、本発明では、マルテンサイト以外の組織が存在する場合であっても、該組織の割合はわずかであるため、このマルテンサイト以外の組織中の固溶C濃度については、考慮しなくてよい。
【0023】
〔旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合(p)の影響について〕
焼き入れたマルテンサイトは強度が高すぎて脆いため、焼き戻して機械的特性を調整するが、焼き戻す際に炭化物が析出する。旧γ粒界では炭化物の核生成・成長の駆動力が大きいため、炭化物は旧γ粒界に析出しやすい傾向がある。しかし上述したとおり、旧γ粒界に存在する炭化物が多くなるほど、該粒界が脆化しやすく、遅れ破壊が生じやすいと考えられる。
尚、pは0≦p≦1の範囲であり、p=1は、旧γ粒界の全て(100%)に炭化物が存在していることを意味する。
【0024】
以上の4因子と耐遅れ破壊性との関係について、次の通り研究を行った。即ち、上記4因子の値が種々の鋼板を用いて、後述する実施例に示すとおり、低歪速度引張試験(SSRT試験)を行い、大気中でこの試験を行った場合の破断伸びELと、水素チャージしながら上記試験を行った場合の破断伸びELを求めた。そして、上記ELとELとの差をELで除した値:(EL−EL)/ELを、遅れ破壊感受性Sとして求め、このSが0.50以下となるよう上記4因子で回帰することによって、下記式(1)を得た。
6.7×10−3×Dγ+7.4×10−9×ρ1/2 −0.073×Nc+0.092×p ≦ 0.570…(1)
[式(1)において、
Dγ:旧γ粒径(μm)
ρ:転位密度(m−2
Nc:マルテンサイト中の固溶C濃度(質量%)
p:旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合(但し、0≦p≦1)
を示す。]
【0025】
上述した通り、上記4因子のそれぞれを個別に変動させて耐遅れ破壊性を向上させることは困難であるが、本発明は、これら4因子を含む上記式(1)を満たすようにすれば、耐遅れ破壊性を確実に向上できることを見出した点に特徴を有している。
【0026】
本発明の鋼板の鋼組織は、マルテンサイトが全組織に対し95面積%以上(好ましくは98面積%以上、特には100面積%)占めるものである。その他の組織として、鋼板表面近傍に生じうる脱炭に伴い、フェライトが形成される場合があるが、このフェライトは、高強度を確保する観点から少ない方が好ましいため、全組織に占める面積率で5%以下とするのがよい。
また、上記マルテンサイトとフェライト以外の組織として、残留オーステナイトが面積率で3%以下程度存在しても良い。
【0027】
〈製造方法〉
引張強度が1180MPa以上でかつ上記式(1)を満たす本発明の鋼板を得るには、後述する化学成分組成を満たす鋼材を用い、一般的に行われている条件で加熱、熱間圧延を行った後、特に、圧下率5%以上で冷間圧延を行い、次いで、下記の条件で熱処理を行う必要がある。
本発明において、圧下率5%以上で冷間圧延を行うのは強靭な組織を得るためである。上記圧下率は、好ましくは10%以上であり、圧下率の上限は特に指定しない。
【0028】
次いで、熱処理を行う。本発明の鋼板は、マルテンサイトを主体とするものであるが、焼き入れたマルテンサイトは強度が高すぎて脆いため、焼き戻して機械的特性を調整する必要がある。この焼き入れ焼き戻しを下記の(A)〜(C)の全ての条件を満たすように
行うことによって、上記式(1)を満たす組織形態とすることができる。
【0029】
〔(A)焼き入れに際しての加熱(均熱保持)〕
焼き入れに際しての加熱温度(焼き入れ時の均熱温度)T1(K)と加熱時間(前記加熱温度での保持時間)t1(秒)は、旧γ粒径(Dγ)に影響を及ぼす。具体的に旧γ粒径は、加熱温度T1(K)と加熱時間t1(秒)に対し、下記式(2)の通り成長する。本発明者らが研究した範囲内では、旧γ粒径と、T1およびt1との関係は、下記式(2)におけるaが5.3×10、bが−1.38×10、nが0.2である下記式(3)で表されることが分かった。
【0030】
また本発明では、引張強度を1180MPa以上確保しつつ、式(1)を満たす組織とするには、式(3)で表される旧γ粒径(Dγ)が概ね16μm以下であることが必要であるため、下記式(4)の通りとした。
尚、T1が1225Kを超えると、Dγが急速に大きくなる傾向があるため、T1は1225K以下とする。T1は好ましくは1208K以下である。
Dγ=a×exp(b/(8.31×T1))×t1 …(2)
Dγ=5.3×10×exp(−1.38×10/(8.31×T1))×t10.2 …(3)
5.3×10×exp(−1.38×10/(8.31×T1))×t10.2≦16 …(4)
[式(2)〜(4)において、
Dγ:旧γ粒径(μm)、
T1:加熱温度(K)、
t1:加熱時間(秒)
a,b,n:定数を示す。]
【0031】
〔(B)焼き入れ時の冷却条件〕
上記加熱後、加熱温度T1から300℃以下まで冷却するが、この冷却で十分に焼きが入るように、加熱温度T1から300℃までの冷却速度(C1)を、50℃/sec以上(例えば水冷)とする。
【0032】
〔(C)焼き戻し条件〕
焼き戻し温度T2(K)と焼き戻し時間t2(秒)は、転位密度、マルテンサイト中の固溶C濃度、および粒界炭化物形態に影響を及ぼす。一般に、T2とt2を変化させても同レベルの強度の鋼板が得られるように、下記式(5)で表される焼き戻しパラメータM値を一定にすることが知られている。
M=T2×(ln(t2/3600)+21.3−5.8×C) …(5)
[式(5)において、
M:焼き戻しパラメータ
T2:焼戻温度(K)
t2:焼戻時間(秒)
C:鋼板炭素濃度(母材の炭素濃度)(質量%)を示す。]
【0033】
しかし本発明者らは、更にこの焼き戻し条件について検討を進めたところ、M値が同じ(即ち、同レベルの強度)でも、より高温かつ短時間で焼き戻すことによって、マルテンサイト中の固溶C濃度が高くなり、かつ粒界炭化物が少なくなる傾向がみられ、耐遅れ破壊性の向上に有効であることが分かった。
【0034】
本発明では、引張強度を1180MPa以上とするため、上記M値を下記式(6)に示す通り12500以下とする。
【0035】
また、上述の通り、本発明では高温かつ短時間で焼き戻す。焼き戻し温度T2が低すぎると、同一強度を得るためには焼き戻し時間を長時間とる必要があり、結果として転位密度が高く、かつマルテンサイト中の固溶C濃度が少ない組織になるので、式(1)を満たすことが困難となる。よってT2は748K以上とした。好ましくは773K以上である。一方、焼き戻し温度が高すぎると、マルテンサイト中の固溶C濃度がほぼ0となり、引張強度が低下するため、T2は823K以下とする。好ましくは803K以下である。
【0036】
更に、焼き戻し時間t2が長すぎる場合も、マルテンサイト中の固溶C濃度がほぼ0となり、引張強度が低下するため、t2は400秒以下とする。好ましくは300秒以下である。尚、機械的特性を調整する観点からt2は2秒以上とする。
T2×(ln(t2/3600)+21.3−5.8×C)≦12500 …(6)
[式(6)において、
T2:焼戻温度(K)(但し、T2は748K以上823K以下)、
t2:焼戻時間(秒)(但し、t2は2秒以上400秒以下)、
C:鋼板炭素濃度(母材の炭素濃度)(質量%)を示す。]
上記条件を満たすよう焼き戻した後は、室温まで空冷等により冷却すればよい。
【0037】
〔Si欠乏層の抑制または除去〕
本発明では、Siを0.6%以上含有させることにより、焼き戻し後のマルテンサイト中の固溶C濃度の増加や、焼き戻し時に粒界に析出する炭化物量を抑制する効果を発揮させて、耐遅れ破壊性の向上を図る。しかし、上記量のSiを含む高Si系鋼板を製造する工程では、特に熱延デスケーリング後の鋼板温度が400℃を超える状況(例えば、焼き入れ焼き戻しの工程)で、雰囲気の酸素ポテンシャルによってSiが鉄よりも優先的に酸化され、鋼板表面に移動することで、素地鋼板表層付近にSi濃度が低下したSi欠乏層が形成しやすい。表層付近のSi濃度が低下すると、焼き戻し時の炭化物抑制効果が低下するため、式(1)を満足する適切な鋼板組織が得られない。また、このSi欠乏層が存在する箇所では、耐遅れ破壊性が低下しやすい。
【0038】
本発明ではこのSi欠乏層による耐遅れ破壊性の低下を防ぐため、下記の(i)または(ii)を実施する。
(i)熱間圧延後の巻き取り工程以降は、鋼板温度が400℃以上である場合(例えば、焼き入れ焼き戻しの工程)、雰囲気の酸素分圧を1200ppm以下(より好ましくは1000ppm以下、更に好ましくは800ppm以下)とする。雰囲気の酸素分圧を抑えることによって、鋼中のSiと雰囲気中の酸素との反応を抑制し、Si欠乏層の形成を抑制する。
(ii)鋼板表層部に形成されたSi欠乏層を、酸溶解により除去するかまたは研削除去する。
次に、本発明で化学成分組成を規定した理由について説明する。
【0039】
〔C:0.10〜0.40%〕
Cは、鋼板の強度確保に必要な元素であるため、0.10%以上含有させる。好ましくは0.12%以上であり、より好ましくは0.15%以上である。しかしC含有量が過剰になると溶接性が劣化するため、0.40%以下とする。好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.25%以下である。
【0040】
〔Si:0.6〜3.0%〕
Siは、鋼板の硬質化に寄与する置換型固溶体強化元素である。またSiは、焼き戻し時の炭化物析出を抑制することによって、上記式(1)を満たし、耐遅れ破壊性を確保するのに有効な元素でもある。この様な観点から本発明では、Si量を0.6%以上とした。好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.4%以上である。しかしSiが過剰の場合、SiCが形成され、焼き戻し時にSiCからCが放出されてFeC(炭化物)の形成が促されるため、式(1)を達成することが難しく、結果として、耐遅れ破壊性の確保が難しくなる。また、Siが過剰であると靭性が劣化する。よって、Si量の上限は3.0%とする。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0041】
〔Mn:1.0〜3.5%〕
Mnは、鋼板の強度確保に有効な元素であり、1.0%以上含有させる。好ましくは1.5%以上、より好ましくは2.0%以上である。一方、Mnを多量に含有させると、[Fe(Mn)]C(FeCのFeの一部がMnで置換された炭化物)が形成されやすく、式(1)を達成することが難しくなるため、耐遅れ破壊性を確保することが難しい。また、偏析が顕著になり加工性が低下し、更には、溶接性も劣化し易くなる。よってMn量の上限を3.5%とする。好ましくは3.0%以下であり、より好ましくは2.5%以下である。
【0042】
〔Al:3%以下(0%を含まない)〕
Alは脱酸のために必要な元素である。そのため0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に添加すると延性の低下や鋼の脆化を招くため、その上限を3%とする。好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
【0043】
〔P:0.15%以下(0%を含まない)〕
Pは、粒界偏析による粒界破壊を助長する元素であるため、その上限を0.15%とする。好ましくは0.10%以下、より好ましくは0.05%以下である。
【0044】
〔S:0.02%以下(0%を含まない)〕
Sは、過剰に含まれると、硫化物系介在物が増大して鋼板の強度が劣化するため、上限を0.02%とする。好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.0025%以下である。
【0045】
本発明鋼材の成分は上記の通りであり、残部は鉄及び不可避不純物からなるものである。また、上記元素に加えて更に、下記に示す元素を適量含有させることにより、更なる高強度化や、耐食性等の向上を図ることができる。以下、これらの元素について詳述する。
【0046】
〔B:0.0001〜0.02%〕
〔Ti:0.005〜0.3%〕
〔N:0.01%以下(0%を含まない)〕
〔Ti>3.4×N …(7)
[式(7)において、Tiは鋼中のTi含有量(質量%)を示し、Nは鋼中のN含有量(質量%)を示す]〕
【0047】
Bは、鋼板の焼き入れ性を高めるために有効な元素である。またBは、粒界を強化して耐遅れ破壊性を向上させる効果を有する。これらの効果を十分に発揮させるため、Bを0.0001%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.00015%以上であり、更に好ましくは0.001%以上である。しかし過剰に含有させると熱間加工性が劣化するため、その上限を0.02%とするのが好ましい。より好ましくは0.005%以下である。
【0048】
ところで、Bが鋼中に存在する固溶Nと結合してBNを形成すると、上記効果が発揮されない。よって、上記Bによる効果を発揮させるには、Tiを含有させて、鋼中の固溶NをTiNとして無害化を図ることが好ましい。具体的には、化学量論的観点から、上記式(7)を満たすようにTiを含有させることが好ましい。
Tiはまた、結晶粒を微細化する元素であり、靱性を損なうことなく鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。
更に、引張強度が980MPaを超えると特に水素脆化が懸念されるが、Tiは、鋼中のCやNと結合して微細な炭窒化物を形成し、この水素脆化の原因となる水素のトラップサイトとして有効に機能する。
【0049】
これらの効果を発揮させるには、Ti量を0.005%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.03%以上である。しかし過剰に含有させても、その効果が飽和するだけでなくコスト的に不利になるため、上限を0.3%とするのが好ましい。より好ましくは0.1%以下である。
【0050】
N(窒素)は、製造工程で侵入する不可避不純物元素である。焼き入れ性向上元素Bの効果を低下させるなどの影響があるため、0.01%以下に抑えることが望ましい。より好ましくは0.007%以下、更に好ましくは0.005%以下である。
【0051】
〔Nb:0.005〜0.3%、Cr:0.003〜2%、およびMo:0.01〜1.0%よりなる群から選択される1種以上の元素〕
これらの元素は、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。
このうちNbは、結晶粒を微細化する元素であり、靱性を損なうことなく鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。この様な効果を発揮させるには、Nb量を0.005%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.03%以上である。しかし過剰に含有させてもその効果が飽和するだけでなくコスト的にも不利になるため、上限を0.3%とするのが好ましい。より好ましくは0.1%以下である。
【0052】
Crは、焼き入れ性を向上させる元素であり、フェライトの過剰な生成を抑制して鋼板の強度を確保するのに有効な元素である。更にCrを含有させると、鋼材自体の耐食性が向上するため、使用環境中に生じ得る腐食による水素発生を十分に抑えることができる。該効果は、Crを後述するCu、Niと共存させることによって、さらに有効に作用する。これらの効果を発揮させるには、Cr量を0.003%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.1%以上である。しかしCr量が過剰になると、その効果が飽和するだけでなく加工性が劣化するため、Cr量の上限値は2%とすることが好ましい。より好ましくは1%以下である。
【0053】
Moは、鋼板の焼き入れ性を高めるのに有効な元素である。また、水素侵入を抑制し、耐遅れ破壊性を向上させる効果も有する。更には、粒界を強化して水素脆性の発生を抑制する効果がある。これらの効果を有効に発揮させるには、Moを0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上である。しかし過剰に含有させると、効果が飽和するだけでなく高価な合金元素であるためコストアップを招く。加えて、熱延板の強度が非常に高まるため、冷間圧延しにくいことなどの問題が生じる。よってMo量の上限は1.0%とすることが好ましい。より好ましくは0.5%以下である。
【0054】
〔Cu:0.01〜0.3%、Ni:0.01〜0.3%、Co:0.005〜0.2%、およびV:0.003〜1%よりなる群から選択される1種以上の元素〕
Cuは、鋼板の耐食性向上に寄与する元素である。また固溶強化元素でもあり、鋼板の強度向上にも寄与する元素である。これらの効果を発揮させるには、Cu量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.1%以上である。
しかしCu量が0.3%を超えると、熱間圧延時の疵や割れが発生する場合(赤熱脆性)がある。よってCu量の上限は0.3%とすることが好ましい。より好ましくは0.2%以下である。
【0055】
NiもCuと同様に、鋼板自体の耐食性向上に寄与する元素である。また、Cuと同様に固溶強化元素でもあり、鋼板の強度向上にも寄与する。更にNiは、Cuに固溶して融点を高め、赤熱脆性を抑制する効果も有する。これらの効果を発揮させるには、Ni量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.05%以上である。しかしNiは高価な元素であり、多量に添加するとコストアップを招くため、その上限を0.3%とすることが好ましい。より好ましくは0.2%以下であり、更に好ましくは0.15%以下である。
【0056】
Coも、Niと同様の効果を発揮する。即ち、Cuと同様に、鋼板自体の耐食性向上に寄与する。またCoは、Cuと同様に固溶強化元素でもあり、鋼板の強度向上にも寄与する。これらの効果を発揮させるには、Co量を0.005%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.01%以上である。しかしCo量が過剰になると、加工性が劣化することに加え、高価な元素であるためコストアップを招く。よってCo量の上限は0.2%とすることが好ましい。より好ましくは0.15%以下である。
【0057】
Vは、保護性さびの形成に寄与し、特にTiとVを複合添加することで保護性さびの形成が促進される。またVは、鋼板の強度上昇、細粒化にも有効な元素である。更には、Tiと同様に鋼中のCやNと結合して微細な炭窒化物を形成し、前述した水素脆化の原因となる水素のトラップサイトとして有効に機能する。これらの効果を発揮させるには、Vを0.003%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。しかしVが過剰に含まれると、析出物が多くなり加工性の低下を招く。よって、V量の上限は1%とすることが好ましく、より好ましくは0.5%以下である。
【0058】
〔Ca:0.0005〜0.005%、およびMg:0.0005〜0.01%よりなる群から選択される1種以上の元素〕
Ca、Mgは、鋼中硫化物の形態を制御し、加工性向上に有効な元素である。また鋼板表面の腐食に伴う界面雰囲気の水素イオン濃度の上昇を抑制する。これらの効果を十分に発揮するためには、それぞれ0.0005%以上含有することが好ましい。より好ましくはそれぞれ0.0007%以上である。一方、過剰に含まれると加工性が劣化するため、それぞれの含有量の上限を、Ca:0.005%(より好ましくは0.001%)、Mg:0.01%(より好ましくは0.005%)とするのが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0060】
表1および表2に示す化学成分組成(残部は鉄および不可避不純物)を満たす鋼塊を真空溶製にて作成し、次いで、1250℃に加熱してから板厚2.4mmまで熱間圧延し、熱間圧延終了から室温までをN雰囲気下で空冷して、熱延鋼板を得た。この熱延鋼板を塩酸で酸洗した後、冷間圧延(圧下率67%)を行って板厚1.6mmの冷延鋼板を得た。次いで、この冷延鋼板に対し、バッチ式の雰囲気制御加熱冷却炉を用いて、表3および表4に記載の条件で熱処理(焼き入れ焼き戻し)を行った。尚、表3および表4に記載の冷却速度(C1)は、加熱温度T1から300℃までの冷却速度である。
そして得られた鋼板について、下記に示す通り、引張強度を測定すると共に、組織形態の測定、および耐遅れ破壊性の評価を行った。これらの結果を表5および表6に示す。
【0061】
〈引張強度の測定〉
JIS5号試験片を用いて引張試験を行い、引張強度(TS)を測定した。尚、引張試験の歪速度は10mm/minとした。本発明では、上記方法によって測定される引張強度が1180MPa以上の鋼板を高強度鋼板と評価した。
【0062】
〈組織形態の測定〉
(マルテンサイト分率の測定)
板幅方向に平行な板厚断面において、板厚の1/4の位置から試料を採取し、ナイタールエッチングを施し、光学顕微鏡観察(1視野のサイズは160μm×200μm)を行った。
そして、得られた顕微鏡写真をマルテンサイトとマルテンサイト以外の相に手動で2値化し、画像解析によってマルテンサイト分率(面積%)を測定した。各鋼板につき、合計3視野について、上記マルテンサイト分率を測定し、平均値を求めた。
【0063】
〈Dγ(旧γ粒径)およびp(旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合)の測定〉
鋼板から、板幅方向に平行な板厚断面が観察できるように試験片を採取し、ピクリン酸エッチングを施した。そして、鋼板表面から板厚方向に10μmの位置、および板厚の1/4の位置の2箇所について、光学顕微鏡で観察(1視野のサイズは80μm×80μm)を行い、1視野内の旧γ粒の平均粒径(Dγ)を求めた。また、1視野内の旧γ粒界の全長さ(x)および、該旧γ粒界のうち、炭化物によって遮られている部分の全長さ(y)を測定し、y/x(旧γ粒界の長さ(全長さ)xに対する、旧γ粒界に析出した炭化物の旧γ粒界に占める全長さyの割合、p)を求めた。
各鋼板につき、合計5視野について上記Dγ、pを測定し、それぞれ平均値を求めた。
【0064】
〈ρ(転位密度)およびNc(マルテンサイト中の固溶C濃度)の測定〉
・鋼板表面から板厚方向に10μmの位置において、鋼板表面に平行な断面
・板厚の1/4の位置において、鋼板表面に平行な断面
のそれぞれを観察できるように、機械研磨および電解研磨を行った面に対して、X線回折を行い、転位密度、およびマルテンサイト中の固溶C濃度を測定した。より具体的にはCAMP−ISIJ vol.17(2004)p.396−399に記載される方法に従って、(200)面の半価幅から転位密度を測定した。尚、X線回折の測定は、1鋼板につき1回行った。
そして上記測定したDγ、p、ρ、およびNcの値を用いて、式(1)の左辺値[6.7×10−3×Dγ+7.4×10−9×ρ1/2 − 0.073×Nc+0.092×p]を求めた。
尚、本実施例では、鋼板表面から板厚方向に深さ10μmの位置と、板厚の1/4深さの位置について測定したが、上記深さ10μmの位置から板厚の1/4深さの位置の間について、この2点の測定値の間の値が得られることも確認した。
【0065】
〈耐遅れ破壊性の評価〉
各鋼板の耐遅れ破壊性は、以下のようにして評価した。各鋼板から採取した、平行部の長さが20mmで幅が9mmの試験片を用い、低歪速度引張試験(SSRT試験)を、歪速度が2×10−6sec−1の条件で行って、大気中での試験片の破断伸び(EL)を測定した。
また、上記同サイズの試験片を用い、水素チャージしながら上記試験を行って、水素チャージした状態での破断伸び(EL)を求めた。詳細には、無負荷の試験片を5質量%NaCl+0.04M−KSCN水溶液に浸漬した状態でチャージ電流密度1μA/mmにて24時間水素チャージした後、チャージ電流密度を保持したままSSRT試験を上記歪速度で行ってELを求めた。
そして、上記大気中での破断伸び(EL)と水素チャージした状態での破断伸び(EL)の差を、破断伸び(EL)で除した値:(EL−EL)/ELを遅れ破壊感受性Sとして求めた。そして、引張強度が1180MPa以上であって、Sが0.50以下の場合を耐遅れ破壊性に優れる(判定:〇)と評価し、引張強度が1180MPa以上であるが、Sが0.50超の場合を耐遅れ破壊性に劣る(判定:×)と評価した。尚、遅れ破壊感受性の判定欄の「−」は、引張強度が1180MPa未満である場合を意味する。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
【表5】

【0071】
【表6】

【0072】
表1〜6から次のように考察できる。即ち、No.1〜30の通り、本発明で規定する成分・組織形態を満たすものは、引張強度が1180MPa以上の高強度を示し、かつ耐遅れ破壊性に優れている。
【0073】
これに対し、本発明で規定する要件を満たさないものは、引張強度が1180MPaに及ばなかったり、また引張強度が1180MPa以上であっても、本発明で規定する成分・組織形態の少なくともいずれかを満たさないものは、耐後れ破壊性に劣っている。詳細には以下の通りである。
【0074】
即ち、No.31は、Cが不足しているため、マルテンサイト分率が小さく、高強度を確保できなかった。
No.32は、Siが不足しているため、また、No.33はSiが過剰であるため、いずれも式(1)を満足せず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
No.34は、Mnが過剰であるため、式(1)を満足せず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
【0075】
No.36は、焼入れに際しての加熱温度(T1)が高すぎると共に、式(4)を満たさず、その結果、Dγが急速に大きくなって式(1)を満足せず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
No.37は、焼入れに際して、式(4)を満たすように加熱を行わなかったためDγが大きくなったものと考えられる。その結果、式(1)を満たさず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
No.38は、加熱温度T1から300℃までの冷却速度(C1)が遅いため、十分に焼き入れされず、マルテンサイト分率が小さく、高強度を確保できなかった。
No.39および40は、焼き戻し温度(T2)が低いため、式(1)を満たさず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
No.41は、焼き戻し温度が高すぎ、かつ式(6)を満たすように焼き戻しを行わなかったため、引張強度が不足する結果となった。
No.42は、焼き戻し温度が低いため、式(1)を満たさず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
No.43は、式(6)を満たすように焼き戻しを行わなかったため、高強度を確保できなかった。
No.44、45は、焼き入れ・焼き戻し中の雰囲気における酸素濃度が高いため、式(1)を満足せず、耐遅れ破壊性に劣るものとなった。
尚、No.9および10と、No.35との結果の対比から、B、Tiを添加し、このB、Tiによる効果を十分に発揮させるには、推奨される範囲とすることが好ましいことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分組成が、
C:0.10〜0.40%(質量%の意味。化学成分組成について以下同じ)、
Si:0.6〜3.0%、
Mn:1.0〜3.5%、
Al:3%以下(0%を含まない)、
P:0.15%以下(0%を含まない)、および
S:0.02%以下(0%を含まない)
を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなり、
全組織に占めるマルテンサイトが95面積%以上であり、かつ、
鋼板表面から板厚方向に深さ10μmの位置から板厚の1/4深さの位置までの組織が下記式(1)を満たし、かつ引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板。
6.7×10−3×Dγ+7.4×10−9×ρ1/2 −0.073×Nc+0.092×p ≦ 0.570…(1)
[式(1)において、
Dγ:旧γ粒径(μm)
ρ:転位密度(m−2
Nc:マルテンサイト中の固溶C濃度(質量%)
p:旧γ粒界の長さに対する旧γ粒界に析出した炭化物の長さの割合(但し、0≦p≦1)
を示す。]
【請求項2】
更に、
B:0.0001〜0.02%、
Ti:0.005〜0.3%、および
N:0.01%以下(0%を含まない)
を満たし、かつ下記式(7)を満たす請求項1に記載の高強度鋼板。
Ti>3.4×N …(7)
[式(7)において、Tiは鋼中のTi含有量(質量%)を示し、Nは鋼中のN含有量(質量%)を示す]
【請求項3】
更に、
Nb:0.005〜0.3%、
Cr:0.003〜2%、および
Mo:0.01〜1.0%
よりなる群から選択される1種以上の元素を含む請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
更に、
Cu:0.01〜0.3%、
Ni:0.01〜0.3%、
Co:0.005〜0.2%、および
V:0.003〜1%
よりなる群から選択される1種以上の元素を含む請求項1〜3のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項5】
更に、
Ca:0.0005〜0.005%、および
Mg:0.0005〜0.01%
よりなる群から選択される1種以上の元素を含む請求項1〜4のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、圧下率5%以上で冷間圧延を行い、かつ、
得られた冷延鋼板を用いて、下記の条件(A)〜(C)の全てを満たすように熱処理を行うと共に、熱間圧延後の巻き取り工程以降は、鋼板温度が400℃以上である場合、雰囲気の酸素分圧を1200ppm以下とすることを特徴とする耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板の製造方法。
(A)焼き入れ前の加熱を、加熱温度T1と加熱時間t1が下記式(4)を満たすように行う。
5.3×10×exp(−1.38×10/(8.31×T1))×t10.2≦16 …(4)
[式(4)において、
T1:加熱温度(K)(但し、T1は1225K以下)、
t1:加熱時間(秒)を示す]
(B)上記加熱後、加熱温度T1から300℃以下まで冷却する。このとき、加熱温度T1から300℃までを50℃/sec以上で冷却して焼き入れる。
(C)焼き戻しを、焼戻温度T2、焼戻時間t2および鋼板炭素濃度Cが下記式(6)を満たすように行う。
T2×(ln(t2/3600)+21.3−5.8×C)≦12500 …(6)
[式(6)において、
T2:焼戻温度(K)(但し、T2は748K以上823K以下)、
t2:焼戻時間(秒)(但し、t2は2秒以上400秒以下)、
C:鋼板炭素濃度(母材の炭素濃度)(質量%)を示す。]
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板の製造方法であって、圧下率5%以上で冷間圧延を行い、かつ、
得られた冷延鋼板を用いて、下記条件(A)〜(C)の全てを満たすように熱処理を行うと共に、下記焼き戻し後に、鋼板表層部に形成されたSi欠乏層を、酸溶解により除去するかまたは研削除去することを特徴とする耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板の製造方法。
(A)焼き入れ前の加熱を、加熱温度T1と加熱時間t1が下記式(4)を満たすように行う。
5.3×10×exp(−1.38×10/(8.31×T1))×t10.2≦16 …(4)
[式(4)において、
T1:加熱温度(K)(但し、T1は1225K以下)、
t1:加熱時間(秒)を示す]
(B)上記加熱後、加熱温度T1から300℃以下まで冷却する。このとき、加熱温度T1から300℃までを50℃/sec以上で冷却して焼き入れる。
(C)焼き戻しを、焼戻温度T2、焼戻時間t2および鋼板炭素濃度Cが下記式(6)を満たすように行う。
T2×(ln(t2/3600)+21.3−5.8×C)≦12500 …(6)
[式(6)において、
T2:焼戻温度(K)(但し、T2は748K以上823K以下)、
t2:焼戻時間(秒)(但し、t2は2秒以上400秒以下)、
C:鋼板炭素濃度(母材の炭素濃度)(質量%)を示す。]

【公開番号】特開2013−104081(P2013−104081A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247713(P2011−247713)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】