説明

耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法およびその溶接部を有する鋼構造物

【課題】耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法およびその溶接部を有する鋼構造物を提供する。
【解決手段】複数の鋼板を重ね合わせ、あるいは突合せて、重ね部あるいは突合せ部の最上段の鋼板表面にレーザを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融させつつ溶接部を形成させる場合において、溶接部を形成させたのち、10分以内に絶対湿度が2g/m以下のシールドガスを最上段の鋼板表面の溶接部に供給しつつ、大気に接している最下段の鋼板裏面まで貫通しないよう溶接金属にレーザを1回以上再照射し、溶接金属を照射回数分だけ再溶融させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法およびその溶接部を有する鋼構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接は、レーザ光を熱源とするため、TIG溶接(Tungsten Inert Gas arc welding)やMIG溶接(Metal Inert Gas arc welding)などのアーク溶接に比べて入熱量の制御が確実かつ容易である。このため、溶接速度やレーザビームの照射出力、さらにはシールドガス流量などの溶接条件を適切に設定することによって熱変形を小さくできる。また、レーザ溶接は、片側から溶接できることから自動車の車体など複雑な部材の組付溶接に好適である。
【0003】
実際、レーザ溶接は、自動車工業や電気機器工業その他の分野において、薄鋼板を成形加工した部材の溶接に多く採用されており、これに伴って、レーザ溶接部の特性をさらに向上させるための提案も多くなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、被溶接部材の溶接部分に所定エネルギー密度でレーザ光を照射した後、その溶接部分に前記エネルギー密度より小さいエネルギー密度でレーザ光を再照射して「焼戻し」を行い、強固に溶接する方法およびその装置を提供している。
【0005】
また、特許文献2には、高炭素鋼の突合せ溶接において、レーザ溶接を行い、かつ溶接完了後に400℃以上、Ac1点以下の温度範囲で後熱処理を行い、溶接直後に発生する溶接部の割れ、破断防止を目的とした方法が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、複数の鋼板を重ね合せ、重ね部の最上段の上面にレーザビームを照射し、最下段の鋼板下面まで溶融させつつ溶接する方法において、重ね部の溶融部近傍の上面および下面に露点が15℃以下のシールドガスを供給して、溶接部の割れを低減できる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭53−030444号公報
【特許文献2】特開平05−132719号公報
【特許文献3】特開2008−183565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
レーザ溶接は、上述のように薄鋼板などの溶接に好適であり、自動車用の構造体の溶接にも適用範囲が拡大されている。最近では、燃費の改善や安全性の向上といった要求に対応するため、引張強さが440MPa級以上の高強度の薄鋼板が多く使用されており、レーザ溶接を用いてこれらの鋼板を溶接することが求められている。しかしながら、このような高強度の薄鋼板のレーザ溶接において、溶接終了後の溶接部に割れや破断が発生することがあった。その原因を究明するために、レーザ溶接後の高強度鋼板の溶接継手のTピール強度を測定したところ、Tピール強度は、溶接終了直後では極めて低いが、溶接終了からの時間経過と共に高くなり、溶接終了から8時間以上経過するとほぼ一定の強度が得られることが判明した。特に、溶接直後の溶接金属における破断は、溶接金属の水素脆化による遅れ破壊による可能性が高いことが判明した。
【0009】
上述の特許文献1や2は、鋼板重ね部のレーザ溶接におけるこのような遅れ破壊の防止を目的としたものではなく、融点未満の焼戻しのための温度領域までしか昇温しないため、水素の放出量が小さく、溶接終了直後に外部から強い引張応力や残留応力が加わった場合に短時間で発生する遅れ破壊に対しての効果は小さい。
【0010】
また、遅れ破壊防止を目的とした、レーザ以外の熱源を用いたバーナ等による一般の後熱処理では、レーザ溶接で形成される溶接部より広い領域が加熱されるため、鋼板が広い領域に渡って軟化してしまうほか、レーザ溶接装置とそれ以外の後熱用の加熱装置が余計に必要となってしまう。
【0011】
さらに、特許文献3による遅れ破壊防止方法のように、水素の侵入をあらかじめ無くすため、鋼板表面だけでなく鋼板の裏面もシールドすることは、自動車等の組付け溶接においては困難なケースが多々あり、また、片側アクセスを特徴とするレーザ溶接の利点を大きく損なう。
【0012】
そこで、本発明は、このような高強度薄鋼板のレーザ溶接に関し、溶接直後に発生する溶接部の遅れ破壊を低減、防止できる、耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法およびその溶接部を有する鋼構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、鋼板をレーザ溶接し、溶接部を形成させたのち、10分以内に絶対湿度が2g/m以下のシールドガスを鋼板表面の溶接部に供給しつつ、湿度が比較的高い鋼板裏面まで溶かさないようレーザを溶接金属に一回以上再照射して、溶接金属の一部を再溶融させることで、水素を効率的に短時間で放出させて、遅れ破壊を防止するものである。その要旨とするところは以下の通りである。
【0014】
(1) 複数の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板表面にレーザを照射して最下段の鋼板裏面まで溶融させつつ溶接金属を形成するか、または、一対の鋼板を突合せ、突合せ部にレーザを照射して鋼板の表面から裏面まで溶融させつつ溶接金属を形成する場合において、
前記溶接金属を形成してから10分以内に、絶対湿度が2g/m以下のシールドガスを前記鋼板の表面側から前記溶接金属に供給しつつ、大気に接している鋼板の裏面までレーザーが貫通しないように溶接金属にレーザを1回以上再照射し、溶接金属を照射回数分だけ再溶融することを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
(2) 前記レーザを再照射する際、板厚t1、t2、…tnの鋼板を板厚方向にn枚重ね合わせ、鋼板間の隙間をそれぞれd12、d23、…d(n-1)nとした場合には、溶込み深さhが0.5≦h/(t1 + t2、…+tn + d12 + d23、…+ d(n-1)n)≦0.9を満たすように、溶接金属を再溶融させることを特徴とする、(1)に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
(3) 前記レーザを再照射する際、板厚tの一対の鋼板を突き合わせた場合には、溶込み深さhが0.5≦h/t≦0.9を満たすように、溶接金属を再溶融させることを特徴とする、(1)に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
(4) 前記レーザの再照射および前記溶接金属の再溶融を、溶接ビードの始端部および終端部にのみ行うことを特徴とする、(1)乃至(3)の何れか一項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
(5) 前記鋼板が、引張強さ440MPa級以上の鋼板であることを特徴とする、(1)ないし(4)のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
(6) 前記鋼板が、マルテンサイト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼板、2相ステンレス鋼板のいずれか1種または2種以上であることを特徴とする、(1)ないし(4)のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
(7) (1)ないし(6)のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法により製造された鋼板溶接部を有することを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた鋼構造物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鋼板の重ね部あるいは突合せ部をレーザ溶接した際に溶接金属に侵入した水素を放出させて溶接部の水素量を低減させるので、遅れ破壊を抑制あるいは防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、Tピール強度を試験するためのTピール試験体を示す斜視図である。
【図2】図2は、Tピール強度試験における溶接部の破断状況を示す断面模式図であり、(a)は溶接金属で破断した状態を示す図であり、(b)はボンド部又はHAZ近傍で破断した状態を示す図であり、(c)は母材で破断した状態を示す図である。
【図3】図3は、鋼板裏面における湿度を制御する装置を示す模式図である。
【図4】(a)は、2枚の鋼板を重ね合わせて、レーザにより重ね継手を作製する際の溶接状況を示す模式図であり、(b)は、2枚の鋼板を突合わせて、レーザにより突合せ継手を作製する際の溶接状況を示す模式図である。
【図5】図5は、本発明の溶接方法の実施形態を示す模式図である。
【図6】図6は、構造体におけるレーザ溶接状況を示す模式図である。
【図7】図7は、別の構造体におけるレーザ溶接状況を示す模式図である。
【図8】図8は、図6に示す構造体における溶接ビードの要部を示す模式図である。
【図9】(a)は、レーザ溶接継手作製時において形成された溶接部の硬さ分布であり、(b)は、レーザの再照射により新たに形成された溶接部の硬さ分布を示す図である。
【図10】図10は、2枚の鋼板により作製されたレーザ突合せ継手および引張試験の引張方向を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、レーザ溶接部の破断の原因を確認し、溶接部の強度を評価するため、Tピール強度試験を行い、溶接後の経過時間や、鋼種などが継手強度に及ぼす影響を調査した。
Tピール強度試験は、図1に示すように、L字状に曲げた2つの試験片11のそれぞれの短辺の一端を対向させて重ね合わせ、その重ね部をレーザ溶接して試験体12(Tピール試験体)とした後、この試験体12の2つの試験片11の短辺の他端側(非溶接端側)を互いに逆方向に引張り、溶接部が破断する際の最大引張荷重をTピール強度として評価するものである。試験片11は幅40mm、厚さ1.2mmの鋼板であり、曲率半径R5.0でL字状に折り曲げられている。溶接部は、短辺の一端から10mm離れた位置に形成しており、溶接ビード13の長さは30mmである。
【0018】
まず、鋼種として980MPa級鋼を対象とし、厚さ1.2mmの薄鋼板を用い、試験体、試験片の形状、寸法は、図1に示すものとして、重ね部をレーザ溶接して図1に示すように重ね部に長さ30mmの溶接ビードを形成した。
【0019】
レーザ溶接条件は、ビード幅狙い:板厚×1.0mm、ビームウェスト0.6mm、焦点はずし距離:+2mm、加工点出力:3.5kW、溶接速度:2m/min、同軸ノズルの内径:φ10mmとし、シールド方法は、同軸センターシールドとし、シールドガスの流量はArを50L/分とした。
また、レーザ溶接に先立ち、試験体12の溶接部となる各フランジの両表面はアセトンで脱脂し、清浄なものとした。
【0020】
溶接終了からの経過時間を溶接終了直後(終了から6分)、30分、1時間、5時間、8時間、50時間と変えた場合のTピール試験体12をそれぞれ引張試験装置にかけ、引張試験を行い引張最大荷重(N/mm)、すなわちTピール強度を求めた。なお、引張速度は10mm/minとした。また、このとき、試験体の破断部位についても確認した。
【0021】
その結果、Tピール強度は、溶接終了直後では、極めて低いものであったが、溶接終了からの時間経過と共に高くなり、溶接終了から8時間以上経過するとほぼ一定の強度が得られることが判った。なお、溶接終了直後のTピール強度は、溶接終了から8時間経過後のTピール強度の25%以下であった。
【0022】
また、上記試験において、溶接終了直後のTピール試験体12は、溶接金属の部位で破断していたが、溶接終了から8時間以上経過したものでは、ボンド部(溶融境界)または、HAZ近傍での破断となっていた。
溶接終了直後の破断位置は溶接金属であり、その破面形態は擬へき開破面が主であり、一部に粒界破面が認められ、溶接金属の脆化であることが確認された。
【0023】
なお、図2は、溶接ビードの長手方向に垂直な断面模式図であり、レーザ溶接部の破断状況をパターン化して示した。図2(a)は溶接金属15が破断した例であり、図2(b)は熱影響部ボンド部(溶融境界)16近傍で破断した例であり、図2(c)は、母材である試験片11(鋼板)で破断した例である。
【0024】
発明者らは、さらに、鋼板の引張強さが440MPa級、590MPa級、および780MPa級の他の高強度鋼についても、試験体、溶接条件、試験条件等を上記980MPa級の鋼種の場合と同様にして調査を行った。
【0025】
その結果、これら引張強さが440MPa以上の高強度の鋼種のTピール強度も、溶接終了直後は極めて低いが、時間が経過するにつれて増大し、8〜10時間経過するとほぼ一定のTピール強度レベルに達することが確認された。すなわち、溶接終了直後は、溶接終了後十分な時間、例えば8時間以上経過後の強度レベルの25%程度しかなく、かつ溶接金属の部分で破断することが判った。一方、引張強さが270MPa級の鋼種でも、同様な試験を行ったが、引張強さが270MPa級の場合は、溶接直後(溶接終了後6分程度)のTピール強度は低下せず、溶接終了から8時間以上経過したもののTピール強度とほぼ同等であった。
【0026】
これらの結果から、これらの溶接直後の溶接金属での破断は、溶接金属の水素脆化による遅れ破壊によるものであると考えられた。すなわち、溶接部周辺の大気中の水分、或いは、試験片11(鋼板)の表面に付着している水分や炭化水素などが、レーザ溶接の際のレーザビームにより分解されて原子状水素となり、溶接部における溶融状態の金属中に侵入し拡散する。その際、特に、マルテンサイト等の硬化組織に拡散し集積しやすい。また、レーザ溶接により細くて長いビードを形成した場合、冷却時の溶接ビード長手方向の収縮により引張の残留応力や歪が生じる。また、溶接変形だけでなく成形部材のスプリングバック等の外部からの引張応力も作用することもある。これら残留応力や歪は、構造体の大きさや形状にもよるが、溶接ビードの始終端部に集中しやすい。このように大きな応力や歪が集中する部位に水素は局所的に集積し、亀裂の発生や破断を招くことになる。
【0027】
そこで、発明者らは、遅れ破壊の原因となる水素源として大気中の湿度が考えられたため、図3に示す装置により、鋼板裏面の湿度を種々に変えて、鋼板裏面まで溶融するレーザ溶接を行い、鋼板裏面の湿度が溶接部に侵入した拡散性水素量に及ぼす影響について詳細に検討した。
【0028】
図3に示す溶接装置は、レーザ及びシールドガス用の同軸ノズル1と、裏面雰囲気コントロール用のチャンバ20とから概略構成される。裏面雰囲気コントロール用のチャンバ20には、中空体からなるチャンバ本体121と、シールドガスと同種のガスをチャンバ本体121に供給するガス供給部18(乾燥Arガスボンベ)と、チャンバ本体121に供給するガスを加湿する加湿器19とが備えられている。チャンバ本体121には、鋼板を載置する載置面121aが設けられ、載置面121aには開口部121bが設けられ、開口部121bを介してチャンバ本体121の内部空間が外部空間と連通されている。溶接対象である鋼板6、7は、開口部121bを塞ぐように載置面121a上に載置されている。載置面121aには、複数枚の鋼板を積み重ねて設置しても良く、一対の鋼板の各一辺を突き合わせた状態で設置しても良い。符号3は、チャンバ本体121の内部の湿度を測定する湿度計である。以下の説明では、2枚の鋼板を重ね合わせた場合について説明する。
また、同軸ノズル1は、レーザ2を鋼板に照射するとともに、シールドガスを鋼板表面に供給するためのものである。レーザ溶接の際には、レーザ2の照射方向の延長線上にチャンバ本体の開口部121bが位置するようにレーザの照射位置を調整する。
【0029】
次に、図3に示す溶接装置を用いて鋼板6、7を重ね溶接するには、まず、レーザを照射させる側の、重ね合わせた鋼板6の最上段表面側に、同軸ノズル1から絶対湿度0.5 g/m以下のシールドガスを供給する。次いで、重ね合わせた鋼板の最上段表面にレーザ2を照射して、最下段の鋼板裏面まで溶融させて、溶接ビード(溶接金属8)を形成する。最下段の鋼板7の裏面は、チャンバ本体121に設けた開口部121bを介してチャンバ本体121の内部空間に暴露されている。チャンバ本体121の内部空間には、加湿器19によって湿度がコントロールされたガスが充満しており、最下段の鋼板7の裏面を湿度が一定にされたガスに暴露させる。
このようにして、引張強さが980MPa級で20×40×1.2mmの鋼板を使用し、鋼板の重ね部の最上段表面にレーザを照射し、下段の鋼板7の裏面まで溶融させて溶接を行い、試験片を作成した。
【0030】
なお、鋼板表面のシールドガスとして、同軸ノズル1よりArを50l/分で供給した。レーザ溶接条件はビード幅狙い:板厚×1.0mm、ビームウェスト0.6mm、焦点外し距離:+2mm、加工点出力:3.5kW、溶接速度:2m/min、同軸ノズルの内径:φ10 mmとした。溶接試験片は鋼板表面に付着した油等の影響を無くすため、アセトンによる脱脂を行った。
【0031】
次いで拡散性水素測定のため、上記試験片を溶接直後約20秒以内に液体窒素に投入し、その後、液体窒素から取り出して捕集容器に挿入し、試験片から捕集容器内に放出された水素をガスクロマトグラフ法により定量して、拡散性水素量を測定した。
【0032】
その結果、溶接部の拡散性水素量は、鋼板裏面の絶対湿度に比例して入ることが分かり、遅れ破壊の要因の1つである水素の大半が、鋼板の重ね部最下段の裏面からもたらされていることが明らかとなった。なお、確認のため、溶接前の鋼板の拡散性水素量も測定したが、水素はほとんど検出されなかった。
【0033】
すなわち、通常、レーザ溶接の際には、レーザの同軸ノズル1からのセンターシールドガスにより、重ね部最上段における鋼板(母材)の表面(上面)は、周辺の大気雰囲気からシールドされているが、鋼板の裏面(重ね部の下面)はシールドされず、このため、レーザ溶接において重ね部の最下段の鋼板裏面(下面)まで溶融させて溶接する場合、重ね部最下段の鋼板裏面の周辺雰囲気から溶融した金属に水素が侵入し、溶接金属が水素脆化し遅れ破壊を引き起こすことが明らかとなった。また、その結果、溶接直後のTピール強度が低下するが、時間が経過すると、原因となる水素(拡散性水素)は溶接部から放出されるため、Tピール強度も回復すると考えられる。
なお、溶接部の拡散性水素量を測定したところ、その量は時間経過とともに低下したが、溶接後10秒後から1時間後の測定結果を比較したところ、溶接後10分後までは、測定される拡散性水素量の値がほとんど変わらず、したがって、侵入した水素のほとんどが、10分間は溶接部に残っていることが判明した。
【0034】
図4(a)に示すように、複数の鋼板6、7を重ね合わせ、最上段の鋼板6の表面6aにレーザビーム2を照射して最下段の鋼板7の裏面7bまで溶融させつつ溶接金属8を形成するか、または、図4(b)に示すように、一対の鋼板6、7を突合せ、突合せ部にレーザビーム2を照射して鋼板6、7の表面6a、7aから裏面6b、7bまで溶融させつつ溶接金属8を形成する場合に、シールドがされていない部分、例えば図4(a)では最下段の鋼板7の裏面7bから、また図4(b)では鋼板6、7の裏面6b、7b側から、大気中の湿度に起因した溶接金属8への水素侵入が生じる。水素が侵入した結果、溶接金属8における水素脆化が起こり、重ね部あるいは突合せ部の強度低下を招く。
【0035】
そこで本発明は、実施形態を示す図5の模式図のように、絶対湿度が2g/m以下のシールドガスを溶接金属に供給しつつ、溶接金属にレーザを再度照射して溶融させ、侵入した水素を鋼板表面から放出させることで、水素脆化を防止する。ここでいう溶接金属とは、最初のレーザ溶接の際に、溶融した後、凝固した部分を指す。
【0036】
図5について説明すると、重ね合わせた鋼板6、7が溶接部によって重ね溶接されている。板厚tの鋼板6と板厚tの鋼板7の間には隙間d12が設けられている。溶接部にはレーザ溶接によって溶融、凝固した溶接金属8が形成されている。溶接金属8は、鋼板6、7を貫通して、最上段の鋼板6の表面6aと最下段の鋼板7の裏面7bとにそれぞれ露出されている。溶接金属8に対してレーザを再照射する同軸ノズル1は、レーザ溶接に用いた同軸ノズルと同じものでよい。同軸ノズル1には、集光レンズ5が備えられており、集光レンズ5によって収束されたレーザビーム2が溶接金属8に照射される。また、同軸ノズル1には、湿度計3と、シールドガス供給器4とが装着される。シールドガス供給器4は、同軸ノズル1に絶対湿度が2g/m以下のシールドガスを供給する。湿度計3は、シールドガス供給部4と同軸ノズル1の間に配置され、同軸ノズル1に供給されるシールドガスの絶対湿度を監視する。同軸ノズル1に供給されたシールドガスは、最上段の鋼板6の表面6aに吹き付けられて、溶接金属8及び溶融金属9を大気からシールドする。
【0037】
溶接金属8にレーザビーム2が照射されると、その一部が溶融して溶融金属9が形成される。溶融金属9においては、矢印10に示すような湯流れが起こり、溶接金属8に取り込まれていた水素が放出される。また、溶融金属9は、絶対湿度が2g/m以下のシールドガスによって大気からシールドされるので、新たに水素が取り込まれるおそれがない。
【0038】
また、最下段の鋼板7の裏面7bは、シールドがされないことが多いため、表面6aに比べて湿度が高くなっている。レーザビームの再照射の際に、裏面7bに露出する溶接金属まで溶融すると、水素が新たに侵入する可能性がある。そのため、再照射の際には、鋼板7の裏面7bまで溶接金属8を溶融させないことが好ましい。鋼板7の裏面7bまで溶接金属8を溶融させないことで、鋼板7の裏面7bからの水素の侵入を最小限に抑え、溶接部における総水素量を低減し、遅れ破壊を防止できる。
【0039】
再照射の際の、鋼板6の表面6aから放出される水素と、鋼板7裏面7bから侵入する水素についてさらに詳しく説明する。鋼板6の表面6aにレーザを照射し、溶接金属8を溶融させた場合の水素の放出挙動は、下記(1)式のジーベルト則に従うと考えられる。すなわち、溶融金属9中の水素の含有量は気相中における水素分圧PH2の平方根に比例する。ここで、KHは定数である。
【0040】
【数1】

【0041】
溶接金属8の形成後にレーザを再照射すると、ジーベルト則に従い、溶接金属8中の水素は水素の分圧がほとんどない大気中にごく短時間に放出される。さらに、図5の模式図に示すように、レーザの再照射時には、溶融金属9内に矢印10に示す湯流れが生じ、溶融金属9が激しく攪拌されるので、その体積の多くが短時間に多くのシールドガスに触れ、効率良く水素放出が可能となる。仮に、融点未満の昇温とした場合、水素の放出機構は水素が溶接金属中を拡散することによる放出となるが、これは溶融させた場合に比べて効率が悪い。
【0042】
一方、レーザ再照射の際、鋼板の裏面も昇温されるために裏面からの水素侵入もあるが、鋼板裏面においては拡散律速されるため、鋼板表面から放出される水素量に比べ、侵入する水素量は低く抑えることができる。従って、結果として溶接部に含まれる全水素量を低減できる。
なお、レーザ再照射の際、鋼板6の表面6aの溶接部に供給するシールドガスの絶対湿度が低いほど、溶接部から検出される拡散性水素量も少なくなることが実験により明らかとなった。そこで、発明者らは、シールドガスにより形成される再溶融部近傍の雰囲気を絶対湿度の観点からさらに詳しく検討した。その結果、シールドガスの絶対湿度が低いほどTピール強度が向上し、かつ破断部位が溶接金属8にある形態から、ボンド部またはHAZ部で破断する形態へと変化することがわかった。このような結果を踏まえ、重ね部あるいは突合せ部最上段の鋼板表面へ供給するシールドガスの絶対湿度は2g/m以下にすることが望ましい。
【0043】
また、シールドガスは、その絶対湿度が2g/m以下を確保できるものであれば、特に限定するものではないが、雰囲気の湿度を安定して確保する必要上、アルゴン、窒素、ヘリウム、空気、炭酸ガス、或いは、液体窒素を気化させた窒素ガス、液体空気を気化させた空気、および液体炭酸ガスを気化させた炭酸ガスなどであることが好ましい。また、シールドガスは1種類のみに限定されず、上記のガスを混合したものでも良い。
【0044】
先に述べたように、溶接部(溶接金属8)に含まれる拡散性水素量は、溶接終了後10分後までほとんどその値が変わらない。また、生産ラインでは10分後には別の工程に移り、外部から引張応力がかかることや、電着塗装により鋼板中にさらに水素が侵入するなど、遅れ破壊を助長する要因が多数存在する。そのため、本発明におけるレーザ再照射は、最初の溶接終了後10分以内にすることが望ましい。
【0045】
n枚の鋼板を板厚方向に重ね合わせ、各鋼板の板厚をt1、t2、…tnとし、隣り合う鋼板の間の隙間をそれぞれd12、d23、…d(n-1)nとした場合、、レーザ再照射における溶込み深さhを0.5≦h/(t1 + t2…+tn + d12 + d23、…+ d(n-1)n)≦0.9に制限する理由は、0.5未満、あるいは0.9を超える場合には溶接部(溶接金属8)からの水素の全放出量が少なく、図1の試験体による溶接終了直後のTピール強度が、溶接終了から72時間経過後のTピール強度の50%未満と、非常に低くなったためである。
【0046】
レーザを再照射する際、板厚tの一対の鋼板を突き合わせた場合には、溶込み深さhは0.5≦h/t≦0.9を満たすように制限する。0.5未満、あるいは0.9を超える場合には溶接部(溶接金属)からの水素の全放出量が少なく、溶接終了直後の溶接強度が、溶接終了から72時間経過後の溶接強度の50%未満と、非常に低くなるためである。
【0047】
レーザ再照射後の溶接部(溶接金属8)の水素量は、照射回数に比例した量だけ放出されて減少するため、再照射の回数の上限については、特に規定するものではないが、被溶接部材である鋼板が拘束されていない場合は、再照射した回数分だけ角変形を受けるため、再照射の数を数回に抑えることが望ましい。再照射を複数回に渡って行う場合において、2回目以降の再照射は、前回目の再照射によって溶融した金属が凝固した後に行うとよい。溶融した金属が凝固しないうちに再照射を繰り返すと、溶接金属8が全体に渡って溶融してしまい、シールドガスが吹き付けられない側において、水素が侵入する恐れがあるので好ましくない。
【0048】
また、図6には、第1成形部材21と第2成形部材22とをレーザスティッチ溶接により接合して構造体20を形成する例を示す。図6(a)は構造体20の斜視図であり、図6(b)は構造体20を第1成形部材21側からみた平面図である。第1,第2成形部材21、22はそれぞれ、例えば鋼板をプレス成形する等により形成されたものであり、断面視ハット状に形成された部材である。第1,第2成形部材21、22の幅方向両端にはそれぞれ、フランジ部23、24が設けられている。構造体20を製造するには、第1,第2成形部材21、22のフランジ部23、24同士を重ね合わされて重ね部25とし、重ね部25にレーザスティッチ溶接を行って溶接ビード26を形成する。溶接ビード26は、フランジ部23、24の長手方向に沿って間欠的に設けられる。
【0049】
図6に示すように、レーザスティッチ溶接がされ、間欠的に溶接ビード26が存在する構造体20にレーザを再照射する場合には、複数の溶接ビード26のうち、最も外側に位置するビード26aおよび26bにのみレーザを再照射することで、遅れ破壊が防止できる。レーザ溶接によって細くて長い溶接ビード26を形成した場合、冷却時のビード長手方向の収縮により引張の残留応力や歪が生じる他、第1、第2成形部材21、22のスプリングバック等の外部からの引張応力が作用することがあり、これら残留応力や歪が、構造体20の大きさや形状にもよるが溶接ビード26のうち最も外側に位置するビード26a、26bに集中しやすく、その部位に水素が集積し、亀裂や破断27が生じやすくなる。そこで、最も外側に位置するビード26a、26bにおける水素をレーザの再照射と再溶融により低減させることで、遅れ破壊を防止できる。
【0050】
更に、図7に示すように、図6と同様の構造体35を形成する際、スティッチ状の直線ビードではなく、スポット溶接の代替として、円環あるいは円環の一部を切り欠けた形状(C字型)のビード33が用いられることが多い。しかし、上記と同じ理由で、第1,第2成形部材28、29のフランジ部30、31の最も外側に位置する溶接ビード33aおよび33bには、残留応力だけでなく外部からの引張応力が加わりやすいため、図7に示す外側の溶接ビード33aおよび33bにのみ、レーザの再照射による溶接金属の再溶融を行えば、鋼構造体35において、遅れ破壊を原因とする破壊を防止することができる。
【0051】
一般に、応力が集中し、水素が集積する溶接ビードは必ずしも部材の最も外側に位置する溶接ビードとは限らず、成形部材の形状や溶接位置により異なる。そこで、溶接をした際に大きな力が働き、水素が集積する箇所を予測し、そこに位置する溶接ビードのみを加熱すれば部材の遅れ破壊を防止できる。応力の集中するビードは、あらかじめ有限要素法による解析ソフトを用いて予測することが可能であるので、予測された溶接ビードのみに再照射すれば遅れ破壊の防止が可能となる。
また、必ずしも再溶融させる箇所は溶接ビード全長ではなく、溶接金属に侵入した水素量が少ない場合や、応力が小さい場合には、図8に示すように最も応力が集中する溶接ビード43の始端部43aおよび終端部43bのみにレーザLを再照射しても十分である。なお、図8は、レーザスティッチ溶接により形成された複数の溶接ビード43を示す拡大平面模式図である。
【0052】
本発明において、鋼板の引張強さを440MPa級以上に限定した理由は、440MPa級を下回る場合、図1の継手の継手強度が極端に低下することがないためである。これは、440MPa級を下回る鋼板では、降伏点が低いために継手に外力が加わった場合に鋼板が容易に変形し、溶接ビードやその始終端にかかる応力が低くなることと、440MPa級を下回る鋼板では伸びが大きいため、溶接ビードの始端部および終端部に応力集中が生じるようなことが起こっても、そこに局所的な伸びが生じるため、均一に荷重が負担されるようになり応力集中が緩和され、水素が集積しないためである。
【0053】
また、鋼板の引張強さの上限を設定しなかった理由は、引張強さが大きくなるほど降伏点が高くなり、鋼板が容易に変形しないために、このような鋼板で作製された鋼構造体や継手に外力が加わった場合、溶接ビードや溶接ビードの始終端にかかる応力の値が高くなるとともに、応力集中部に水素が集積して、遅れ破壊がより起こりやすくなるためである。
【0054】
そして、マルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、2相ステンレス鋼を対象鋼板とした理由は、これらの鋼板の溶接においても水素脆化が起こることと、母材が高張力鋼でいえば440MPa級相当かそれ以上の降伏点と引張強さを持っているため、遅れ破壊の機構が上記440MPa級以上の鋼板の場合と同様なためである。
【0055】
さらに、レーザ再照射の際、レーザの出力、溶接速度、ビーム径を調節することで、さらに効率的な遅れ破壊防止法が実現でき、また、副次的な効果も期待できる。
具体的には、レーザ出力を上げると共に、熱源であるレーザの移動速度を上げて照射すれば、短時間に水素放出を行うことが可能となる。
【0056】
また、引張強さが440MPa以上の高張力鋼板をレーザ溶接した場合、1秒以上経過すると、図9(a)中のL1に示すように、溶接部に硬いマルテンサイトが出現する。図9(a)において、レーザ照射の中心位置からの距離がL1の範囲において、ビッカース硬さが350〜400の範囲にあり、この領域においてマルテンサイトが現れていることが明らかである。しかし、溶接ビードに初期のビーム径より小さいビーム径のレーザを再照射した場合には、マルテンサイトが存在する領域のうち、最外部を図9(b)に示すように焼戻すことができ、マルテンサイトを一部軟化させることができる。そして、硬度が高い範囲を図9(b)中のL2に示すように抑えられる。このため、溶接部の伸びを改善することができ、変形代が大きくなるので、継手強度を上げることが期待できる。そして、鋼板の溶接部以外の部分は焼戻し処理を受けることがなく、鋼板の性質を保持することができる。従って、再照射の際のビーム径を小さくすると、水素を低減できるだけでなく、溶接部の伸びを改善でき、溶接継手の遅れ破壊防止には効果的となる。
【0057】
加熱手段に用いる熱源はこれを特に規定するものではなく、レーザの場合、YAGレーザ、COレーザ、半導体レーザなどを用いることができる。なかでも、スキャナレーザは、焦点距離が長いため広範囲にわたって溶接部にレーザを照射でき、ミラー駆動により、高速度で短時間に加熱処理を行うことができるため本発明の適用に極めて有利である。
また、溶接ビードが太い場合でも、スキャナレーザでは、ウィービングにより溶接部を幅方向にも高速かつ広範囲に走査することができるため、効率的に水素を放出させる手段として好適である。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
用いた鋼板は、引張強さが440MPa級(組成は、質量%で、C:0.1%、Si:0.11%、Mn:0.95%)、590MPa級(組成は、質量%で、C:0.08%、Si:0.3%、Mn:1.3%、)、980MPa級(組成は、質量%で、C:0.13%、Si:1.00%、Mn:2.20%)、および、マルテンサイト系ステンレス鋼SUS403、フェライト系ステンレス鋼SUS405、2相ステンレス鋼SUS329J1である。これら板厚1.2mmの薄鋼板をL字状に曲げ、図1に示すように、短辺の一端を対抗させて重ね合わせ、その重ね部にレーザ溶接して試験体12(Tピール試験体)を作製した。また、図10に示すような、縦横130×40mmの鋼板6、7の2枚による突合せ継手も作製した。図10中、符号8は溶接金属を示す。
【0059】
レーザ溶接は、図3に示すような鋼板裏面の湿度を制御できる装置で行った。継手作製のための1発目のレーザ溶接条件は、ビード幅狙い:板厚×1.0mm、ビームウェスト0.6mm、焦点はずし距離:+2mm、加工点出力:3.5kW、溶接速度:2m/min、同軸ノズルの内径:φ10mmとし、溶接ビードの長さは30mmとした。
また、シールド方法は、レーザ照射側から水素の侵入を極力抑えるため、同軸ノズルから絶対湿度0.5g/mのArを流量50l/分で供給した。シールドガスが届かない鋼板裏面の絶対湿度は12.0 g/mとした。
そして、溶接終了後10分以内にレーザ再照射を行い、引張試験は溶接終了後の10分後に実施した。なお、実験は、シールドガス中の絶対湿度と溶込み深さを種々に変えて行った。
【0060】
Tピール試験体の場合、2つの試験片の短辺の他端側(非溶接端側)を互いに逆方向に引張り、突合せ継手の場合は、図10中矢印に示すような方向に引張荷重を加えた。
【0061】
表1は、YAGレーザによりL字試験片を重ね合わせて溶接してTピール試験体とした後、溶接金属に再照射を行い、その直後にTピール強度試験を行った実施例を示すものである。表1には突合せ継手に対して、同様の強度試験を行った実施例も示す。また、表2にはステンレス鋼について同様の強度試験を行った実施例を示す。
継手の評価方法は、溶接後72時間経過し、強度低下がなくなったときの試験片の継手強度に対し、その5割で引張試験を行った場合に継手が破壊されるかどうかで行った。
【0062】
表1、表2より、比較例では、照射回数を多くし、水素の放出量を増やしたにもかかわらず、溶込み深さやシールドガスの絶対湿度が、本発明の範囲を外れているために継手強度が50%未満であったのに対し、本発明例では、継手強度は50%以上となり、遅れ破壊を抑制、防止できることがわかった。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
次に、板厚1.2mmの薄鋼板を図6に示すように、フランジ部23、24をそれぞれ有し、断面がハット形状となる第1、第2成形部材21、22を作製し、各成形部材21、22のフランジ23、24を対向させて重ね合わせ、フランジの重部25の重ね合わせた上段の鋼板の上面にレーザビームを照射し、下段の鋼板裏面まで溶融させて溶接し、構造体20を製作した。
構造体20の全長は510mmとし、構造体20の長手方向に沿って長さ40mmの溶接ビード26を10本形成した。各溶接ビード26間の距離は10mmとし、第1、第2成形部材23,24の長手方向の前後端10mmは非溶接部とした。
構造体作製のためのレーザ溶接条件は、先の実施例と同じとし、溶接時には、図3に示す装置を用い、鋼板裏面の雰囲気を制御できるようにした。また、鋼板表面のシールド方法は、レーザ照射側からの水素侵入を極力抑えるため、同軸ノズルから絶対湿度0.5g/mのArを流量50l/分で供給した。シールドガスが届かない鋼板裏面の絶対湿度は12.0 g/mとした。
【0066】
構造体20をレーザで溶接した後、再照射を行わない場合には72時間以内に遅れ破壊が発生することを確認した上で、各溶接ビード26のうち最も外側に位置するビード26aおよび26bに、溶接後10分以内に再照射を行い、72時間以内に遅れ破壊が発生するかどうかについて調べた。溶込み深さとシールドガス中の絶対湿度を変えて、実験した結果を表3および表4に示す。
【0067】
比較例では、照射回数を多くし、水素の放出量を増やしたにもかかわらず、溶込み深さやシールドガスの絶対湿度が、本発明の範囲を外れているために遅れ破壊が発生したのに対し、本発明では、溶込み深さおよびシールドガスの絶対湿度とも本発明内にあり、いずれも遅れ破壊は発生しなかった。
【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
さらに、板厚1.2mmの薄鋼板を図7に示すように、フランジ部30、31を有する第3,第4成形部材28、29を作製し、2つの成形部材28、29のフランジ部30、31を対向させて重ね合わせ、重ね合せた部材の上面において、C字型の溶接ビード33で2枚目の鋼板裏面まで溶融させて溶接し、構造体35を作製した。
構造体作製のためのレーザ溶接条件は、先の実施例と同じとし、溶接時には、図3に示すのと同様の装置を用い、2枚目の鋼板裏面の雰囲気を制御できるようにした。また、レーザ照射側から水素が侵入しないよう、鋼板表面のシールド方法およびシールドガス中の絶対湿度は先の実施例と同じにした。シールドガスが届かない鋼板裏面の絶対湿度は12.0 g/mとした。
【0071】
構造体をレーザで溶接した後、レーザ再照射を行わない場合には72時間以内に遅れ破壊が発生することを確認した上で、レーザ再照射は、溶接後10分以内に最も外側に位置する溶接ビード(図7の符号33a、33b)についてのみ行った。また、構造体単位で、溶込み深さとシールドガス中の絶対湿度を変えて再照射を行い、72時間以内に遅れ破壊が発生するかどうかについて調べた。溶込み深さとシールドガス中の絶対湿度を変えて、実験した結果を表5および表6に示す。
【0072】
表5は、これら溶接部にレーザ再照射を行い、強度試験を行った実施例を示すものである。表6はステンレス鋼について同様の強度試験を行った実施例である。
継手の評価方法は、溶接後72時間経過し、遅れ破壊が発生するかどうかを示している。
比較例では、遅れ破壊を抑制、防止できることがわかった。
【0073】
【表5】

【0074】
【表6】

【0075】
以上の結果より、本発明の方法によって従来では溶接直後に低荷重で破断していた継手強度を、簡便な方法で短時間に回復させることができ、遅れ破壊を抑制、防止できることが確かめられた。特に高強度の薄鋼板の重ね部あるいは突合せ部をレーザ溶接する際において、安定した継手強度を得ることができ、自動車工業や電気機器工業、その他の分野において、成形加工した薄鋼板の部材のレーザ溶接に優れた効果をもたらすことができる。
【符号の説明】
【0076】
1…同軸ノズル、2…レーザビーム、3…湿度計、4…シールドガス供給器、5…集光レンズ、6、7…鋼板、6a、7a…表面、6b、7b…裏面、8…溶接金属、9…溶融金属、10…溶融金属内の湯流れ、11…試験片(Tピール試験片)、12…Tピール試験体、15…溶接金属、16…ボンド部又は熱影響部、17…溶接方向、18…ガス供給部、19…加湿器、20、35…構造体(鋼構造物)、21…第1成形部材、22…第2成形部材、23、24…フランジ部、25…重ね部、26…溶接ビード、27…亀裂、破断、28…第3成形部材、29…第4成形部材、30、31…フランジ部、32…重ね部、33…溶接ビード(周辺部側)、34…溶接ビード(中央部分側)、t…板厚、h…溶込み深さ、L1、L2…マルテンサイトである領域。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板表面にレーザを照射して最下段の鋼板裏面まで溶融させつつ溶接金属を形成するか、または、一対の鋼板を突合せ、突合せ部にレーザを照射して鋼板の表面から裏面まで溶融させつつ溶接金属を形成する場合において、
前記溶接金属を形成してから10分以内に、絶対湿度が2g/m以下のシールドガスを前記鋼板の表面側から前記溶接金属に供給しつつ、大気に接している鋼板の裏面までレーザーが貫通しないように溶接金属にレーザを1回以上再照射し、溶接金属を照射回数分だけ再溶融することを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
【請求項2】
前記レーザを再照射する際、板厚t1、t2、…tnの鋼板を板厚方向にn枚重ね合わせ、鋼板間の隙間をそれぞれd12、d23、…d(n-1)nとした場合には、溶込み深さhが0.5≦h/(t1 + t2、…+tn + d12 + d23、…+ d(n-1)n)≦0.9を満たすように、溶接金属を再溶融させることを特徴とする、請求項1に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
【請求項3】
前記レーザを再照射する際、板厚tの一対の鋼板を突き合わせた場合には、溶込み深さhが0.5≦h/t≦0.9を満たすように、溶接金属を再溶融させることを特徴とする、請求項1に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
【請求項4】
前記レーザの再照射および前記溶接金属の再溶融を、溶接ビードの始端部および終端部にのみ行うことを特徴とする、請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
【請求項5】
前記鋼板が、引張強さ440MPa級以上の鋼板であることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
【請求項6】
前記鋼板が、マルテンサイト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼板、2相ステンレス鋼板のいずれか1種または2種以上であることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた鋼板溶接部の製造方法により製造された鋼板溶接部を有することを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた鋼構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−240083(P2012−240083A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112519(P2011−112519)
【出願日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】