説明

耐食性金属の耐食性増強方法及び高耐食性金属

【課題】耐食性金属の耐食性のさらなる向上を図ることのできる高耐食処理方法を提供する。
【解決手段】処理対象である耐食性金属基材の表面に,チタン又はチタン合金の粉体と,金,銀,プラチナ,パラジウム,ルテニウム等の貴金属の粉体を混合して成る噴射粉体を,噴射速度80m/sec以上,又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射する。噴射された噴射粉体は,衝突時に基材への衝突部が変形することによる内部摩擦により熱エネルギーが生じて、この熱エネルギーにより混合粉体を構成するチタン粉体と貴金属粉体とが基材表面で加熱されるため、チタン、貴金属が基材表面に活性化吸着して拡散浸透し、圧縮気体中の酸素や大気中の酸素と反応して表面が酸化し、貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持したTiO2被膜が形成され,この被膜の形成によって金属製基材の耐食性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,耐食性金属の耐食性増強方法及び高耐食性金属に関し,より詳細には,ステンレス,チタン,チタン合金等の耐食性を有する金属の耐食性をさらに増強する方法及び前記方法により耐食性が増強された高耐食性金属に関する。
【背景技術】
【0002】
1.耐食性材料一般
耐食性の求められる分野において使用される耐食性の金属材料として,ステンレスやチタン,チタン合金等が使用されている。そして,一般的な耐食性が求められる用途では,ステンレス材として通常SUS304を使用し,このSUS304では耐食性が不十分な場合には,より耐食性の高いSUS316を使用している。
【0003】
さらに,このSUS316によっても十分な耐食性が得られない場合には,チタン(純チタン)が使用され,チタンによっても腐蝕が生じる用途では,チタン合金,例えばチタン−パラジウム合金(Ti-0.15%Pd)が使用される。
【0004】
2.ステンレス材の耐食性向上
前述のように,耐食性が求められる用途で使用される金属材料中,チタンやチタン合金はステンレス材に比較して高価であるために,経済的な見地からは比較的安価なステンレス材の使用が要望されている。
【0005】
そのため,前述のステンレス自体が持つ耐食性では不十分な場合であってもチタン材を使用せずにステンレス材で対応するために,ステンレス材を表面処理して耐食性を向上する方法が提案されている。
【0006】
このようにステンレス材の耐食性を向上させるために,ステンレス製基材の表面にクロムメッキを施したり,またはPVDやCVD等の蒸着法により耐食性の被膜を形成することが行われている。
【0007】
3.チタン材の耐食性向上
一方,チタンは優れた耐食性を有するものであり,通常の用途であればそれ自体が持つ耐食性により十分に対応可能であり,一般には表面処理等によってさらに耐食性を高めることは行われていない。
【0008】
しかし,例えばチタンが比較的腐蝕されやすい塩酸,硫酸などの非酸化性酸水溶液中での全面腐蝕防止対策や,NaCl水溶液中での隙間腐蝕防止策としてさらなる耐食性の向上が求められる場合がある。
【0009】
この場合,純チタンに比較して耐食性の高い,前述のTi-0.15%Pd合金等を使用して腐蝕防止を図ることもできるが,このチタン合金が持つ機械的性質より用途が制限されるという問題があり,また,貴金属であるパラジウムは極めて高価であり(2006年2月13日現在の相場でパラジウムの円/gは,1,100円/g〜1,125円/g),パラジウムを添加したTi-0.15%Pd合金は,純チタンに比較して高価であり,これにより製造された機械,器具,装置等もまた高価なものとなる。
【0010】
そこで純チタン製の基材に表面処理を施し,耐食性を向上させる方法が試みられている。
【0011】
このような耐食性を向上させるための表面処理方法としては,チタンの表面酸化被膜の厚みを増すことにより耐食性の向上を図ることを目的として行われる常温大気酸化処理や陽極酸化処理がある。
【0012】
また,その他の方法としては,パラジウム(Pd),ルテニウム(Ru),もしくはこれらの酸化物である貴金属をチタン製の基材表面にコーティングする方法,PVDやCVD等の乾式プロセスによりチタン製基材の表面にTiCやTiN被膜を形成する方法,さらには,パラジウム(Pd),プラチナ(Pt)等の貴金属をチタン製の基材表面にイオン注入する方法も提案されている(チタンの表面処理につき;非特許文献1参照)。
【0013】
この発明の先行技術文献情報としては次のものがある。
【非特許文献1】日刊工業新聞社発行:(社)チタニウム協会編「チタンの加工技術」第173頁,第177頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以上説明した従来技術において,前述の各従来技術にはそれぞれ以下の欠点がある。
【0015】
1.ステンレス材の耐食性向上について
前述の従来技術中,ステンレス材の表面にクロムメッキを施し,またはPVD,CVD等による被膜の蒸着を行う方法にあっては,比較的コストがかかり,使用する耐食性材料が高価となるだけでなく,コストに見合った程の効果が得られていないのが実情である。
【0016】
2.チタン材の耐食性向上について
チタンは,常温大気中において表面に数nmの厚みの非常に強固な酸化被膜を形成し,これにより高い耐食性を維持している。従って,チタン材の腐蝕とは,この酸化被膜がなくなることを意味している。
【0017】
そこで,前述の常温大気酸化処理や陽極酸化処理では,このように耐食性の発揮に貢献する酸化被膜の厚みを増すことで,耐食性の向上を図ったものであるが,酸化被膜の厚みを増すことによる耐食性の向上には一定の限界がある。
【0018】
また,前述した従来技術中,チタン製基材の表面に貴金属であるパラジウム(Pd),ルテニウム(Ru),もしくはこれらの酸化物をコーティングする方法では,高価な貴金属をコーティングすることによりコストが高くなるという問題があり,また,このようにして形成された貴金属の被膜は基材に対する密着性が低く,剥離し易いという問題がある。
【0019】
さらに,PVDやCVD等の乾式プロセスによるコーティングにより,チタン材料の表面にTiCやTiNの被膜を形成する方法では,このような表面処理に多大なコストがかかる。
【0020】
加えて,パラジウム(Pd),プラチナ(Pt)等の貴金属をチタン製基材の表面にイオン注入する方法では,既存のイオン注入装置では処理時間や処理材料の形状に大きな制約があり,また,生産性も悪く処理コストも高いことから,ごく限られた分野でしか実用化されていないのが現状である。
【0021】
なお,以上で説明した表面処理は,いずれも基材の表面を被膜で覆う等することにより酸化の防止を図るものであり,酸化が生じやすい表面部分において還元性を発現させて酸化,従って腐蝕を防止しようとするものではない。
【0022】
そこで、本発明は上記従来技術における欠点を解消するためになされたものであり、処理対象とする基材の形状や用途等に影響されることなく,かつ,剥離等が生じにくく信頼性が高く,しかも,還元能を有する耐食性被膜を,低コストで容易に形成することにより,耐食性金属の耐食性を増強する方法を提供すること,及び前記被膜の形成により耐食性が増強された,高耐食性金属を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記目的を達成するために、本発明の耐食性金属の耐食性増強方法は,ステンレスやチタン,チタン合金等の耐食性を有する金属の基材表面に,チタン又はチタン合金の粉体と貴金属の粉体を混合して成る噴射粉体を,噴射速度80m/sec以上,又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射して,前記基材の表面に前記貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成することを特徴とする(請求項1)。
【0024】
前記方法において,前記噴射粉体として前記貴金属粉体を重量比で0.1〜10%,好ましくは0.1〜5%,より好ましくは3〜5%含むものを使用する(請求項2)。
【0025】
前述の基材を構成する耐食性金属としては,ステンレス,チタン又はチタン合金を使用することができる(請求項3)。
【0026】
また,前述の噴射粉体は,粒径10〜800μm,好ましくは20〜300μmのものを使用することができる(請求項4)。
【0027】
この噴射粉体の粒径は,チタン又はチタン合金の粉体と,貴金属の粉体とで同一の粒径のものを使用しても良いが,好ましくは前記チタン又はチタン合金の個々の粉体と,前記貴金属の個々粉体の重量が近似するように,前記金属の粉体を前記チタン又はチタン合金の粉体に比較して小径とすることが好ましい(請求項5)。
【0028】
また,本発明の高耐食性金属は,耐食性金属の基材表面に,貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成したことを特徴とする(請求項6)。
【0029】
この高耐食性金属において,前記酸化チタンの被膜に,前記貴金属及び/又は貴金属の酸化物を重量比で0.1〜10%,好ましくは0.1〜5%,より好ましくは3〜5%担持させることが好ましい(請求項7)。
【0030】
なお,前記基材の材質は,これをステンレス,チタン又はチタン合金とすることができる(請求項8)。
【発明の効果】
【0031】
以上に説明した本発明の構成により、本発明の耐食性金属の高耐食処理方法及び高耐食処理された耐食性金属では,以下の顕著な効果を得ることができた。
【0032】
(1)耐食性の基材表面に簡易なブラスト法により前記噴射粉体を噴射するだけで,基材の表面に貴金属を担持した酸化チタンの被膜を容易に形成することができ,この被膜により前記耐食性金属の耐食性を大幅に向上させることができた。
【0033】
(2)また,ブラスト法による噴射粉体の噴射により前述の被膜を形成することから,金属製基材の形状等に影響されず,複雑な形状を有する基材に対しても容易に高耐食処理を施すことが可能であり,かつ,前記ブラスト法により形成された,貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜は基材表面に強固に付着しており剥離等が生じ難い。
【0034】
(3)さらに,前述のように噴射粉体を噴射することにより形成された,貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜は,実験の結果,光触媒としての触媒機能を発揮することが確認されている。その結果,この触媒効果によって発揮される還元能により,基材の酸化が積極的に防止されており,単に基材の表面を被膜によって覆う従来技術の耐食処理方法に比較してより高い耐食性能が発揮される。
【0035】
(4)噴射粉体中に混入する貴金属量を,重量比で0.1〜10%とすることで,比較的低コストでありながら,耐食性(還元性)の向上を得ることができた。
【0036】
(5)さらに,本発明の高耐食処理方法によれば,耐食性金属としてステンレス及びチタンのいずれに対しても同様の方法により処理することができると共に,耐食性の向上を得ることができた。
【0037】
(6)噴射粉体の粒径を,前記チタン又はチタン合金の個々の粉体と,前記貴金属の個々の粉体の重量が略同一となるように,前記チタン又はチタン合金の粉体と前記貴金属の粉体とで粒径を異ならせることにより,両粉体を同程度の噴射速度で噴射することができると共に,形成される酸化チタンの被膜中に貴金属を均一に担持させることができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
次に、本発明の実施形態につき以下説明する。
【0039】
本発明の耐食性金属の耐食性増強方法は,耐食性金属の基材表面に、チタンやチタン合金製の粉体と,貴金属製の粉体とを混合した噴射粒体を噴射して,前述の基材の表面に噴射粉体中に含まれる貴金属及び/又は該貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成するもので,この被膜の形成によって基材である耐食性金属の耐食性のさらなる向上を図るものである。
【0040】
〔基材〕
本発明では,通常の鋼材等と比較してそれ自体が既に耐食性を有する金属によって得られた基材を処理対象とし,この耐食性金属基材のさらなる耐食性の向上を目的として,前述の被膜を形成するものである。
【0041】
このような基材となる耐食性金属としては,一例としてステンレス,チタン及びチタン合金を挙げることができ,処理対象とする基材が例えばステンレス製である場合には,従来技術においても紹介したSUS304,SUS316等のステンレス材を使用することができる。もっとも,本発明の処理対象はこれに限定されない。
【0042】
また,チタン製の基材を処理対象とする場合,純チタン製の基材の他,チタン合金製の基材を処理対処としても良い。
【0043】
〔噴射粉体〕
処理対象である基材に噴射する噴射粉体は,チタン又はチタン合金製の粉体(以下,これらを総称して「チタン粉体」という。)と,貴金属製の粉体とを混合したものを使用する。
【0044】
この噴射粉体の粒径は,いずれも10〜800μm,好ましくは20〜300μmの範囲であり,形状は特に限定されず,球状又は多角形状,その他の各種の形状のものを使用することができる。
【0045】
なお,両粉体の粒径は必ずしも同一径である必要はなく,チタン粉体と貴金属粉体とで異なる粒径のものを使用しても良い。特に,チタン粉体に比較して貴金属粉体は比重が大きいことから,チタン粉体に比較して貴金属粉体の粒径を小さくして両粉体の個々の重量を近付けることにより,両粉体の噴射速度等が略同一となるように調整することが好ましい。
【0046】
前述の貴金属粉体の材質としては,例えば金,銀,プラチナ,パラジウム,ルテニウム等を使用することができ,前述の噴射粉体全体を100%としたときの前記貴金属の混合比が,重量比で約0.1〜10%,好ましくは0.1〜5%,より好ましくは3〜5%となるように混合する。
【0047】
一例として,処理対象とする金属製基材の材質がステンレスである場合には,例えばチタン粉体に銀粉体を重量比で10%混合したものを前述の噴射粉体として使用することができ,また,処理対象とする金属製基材の材質がチタンである場合には,例えばチタン粉体にパラジウム粉体を重量比で3%混合したものを前述の噴射粉体として使用することができる。
【0048】
〔加工条件等〕
以上の噴射粉体は,噴射速度80m/sec以上又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射して,前述の処理対象とする金属製基材の表面に衝突させる。
【0049】
上記の噴射速度,又は噴射圧力により噴射粉体の噴射を行うものであれば,使用する加工装置(噴射装置)は特に限定されないが,噴射粉体の噴射は,既知のブラスト加工装置によって容易に行うことができる。
【0050】
噴射粉体の噴射は,圧縮空気等の圧縮ガスを使用した乾式によって行い,使用する圧縮ガスについては特に制限はない。もっとも,粉塵爆発等の危険性を回避して安全に作業を行うために,好ましくは窒素ガス等の不活性ガスを圧縮ガスの主成分とすることが好ましく,不活性ガスのみで構成された圧縮ガスによって噴射することも可能であるが,噴射したチタン粉体が後述するように基材表面に衝突して酸化チタンの被膜となるためには,周辺に酸素の存在を必要とすることから,一例として本実施形態にあっては酸素を15%以下の範囲で添加した不活性ガスを前述した噴射粉体の噴射に使用した。
【0051】
〔作用等〕
ステンレス,チタン,チタン合金等の耐食性基材表面に,前述のチタン粉体と貴金属粉体との混合物である噴射粉体を噴射速度80m/sec以上又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射して基材の表面に衝突させると,混合粉体の速度はこの衝突の前後で変化する。
【0052】
エネルギー不変の法則を考慮すると、衝突時に基材への衝突部が変形することによる内部摩擦により熱エネルギーが生じて、この熱エネルギーにより噴射粉体を構成するチタン粉体と貴金属粉体とが基材表面で加熱されるため、チタン、貴金属が基材表面に活性化吸着して拡散浸透する。
【0053】
この際,圧縮気体中の酸素や大気中の酸素と反応して表面が酸化し,噴射粉体の配合量に対応して重量比で0.1〜10%の貴金属又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタン(TiO2)被膜が形成され,この被膜の形成によって金属製基材の耐食性が向上する。
【0054】
すなわち,ここで形成される被膜は,高い耐食性を発揮する酸化チタンを主成分とするだけでなく,貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持することにより高い還元能を発揮する触媒としての機能を持ち,その結果,基材の腐蝕(基材の腐蝕は基材が酸化することにより生じる)をこの還元能によって好適に防止することができる。
【実施例】
【0055】
次に,本発明に関する実験例について以下説明する。
【0056】
1.実験例1
(1) 実験の目的
本発明の方法により貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成することにより,耐食性の向上が得られることを確認する。
【0057】
(2) 実験の内容
食品メーカで使用する食品加工機械(材質;SUS316:ウズラ塩ゆで卵缶詰ライン)の部品を処理対象とし,その表面にチタン粉体と貴金属粉体との混合物から成る噴射粉体を噴射して,本発明の高耐食処理を行った。
【0058】
このようにして高耐食処理された食品加工機械の部品を所定時間使用して,腐蝕の発生状態を確認した。
【0059】
なお,本実験における高耐食処理の条件を下記の表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
なお,噴射粉体を構成するチタン粉体の比重は4.54,銀の比重は10.49であり,このチタン粉体900gと銀粉体100gを混合して使用した。
【0062】
使用した噴射粉体を構成するチタン粉体の粒径は300μm(#54)であり,銀粉体の粒径は177μm(#80)である。
【0063】
また,基材とした前記食品加工機械の部品は,長さ1500mm,幅500mm,厚み1mmのSUS316製の矩形板を,長さ500mm毎に折り曲げて形成した略コ字状の部品である。
【0064】
(3) 実験の結果
以上の条件に従い,上記噴射粉体が噴射されたSUS316製の食品加工機械の部品では,噴射粉体の衝突によりその表面が灰色の明るい梨地状となり,その表面に被膜が形成されていることが肉眼によっても確認することができた。
【0065】
また,耐食性についても,同様にSUS316を使用した未処理の前記部品が,1日8時間の稼働で,約6ヶ月で腐食が発生していたのに対し,本発明の方法により高耐食処理された部品では,1日あたりの稼動時間を同じくした使用状態において約2年間使用しても腐蝕の発生は確認できず,耐食性が飛躍的に向上していることが確認できた。
【0066】
さらに,上記食品加工機械の部品と同形状,同サイズの部品を純チタンで製造し,この部品を組み込んだ食品加工機械を同様に1日8時間の稼動で使用したところ,約1年で腐蝕の発生が確認された。このことから,本発明の方法による高耐食処理を施したSUS316製の前記部品は,純チタン製の部品と比較した場合であっても2倍以上の耐食性能を発揮するものであることが確認された。
【0067】
2.実験例2
(1) 実験の目的
噴射粉体中に混入する貴金属粉体(パラジウム粉体)の配合量を変化させ,貴金属粉体の混入量の変化に伴う被膜形成状況の変化を確認する。
【0068】
また,本発明の方法によって形成された,貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜が,還元性能を有すること,及び貴金属粉体(パラジウム粉体)の配合量の変化に伴う還元能の変化を確認し,貴金属粉体(パラジウム粉体)の最適な配合量を求める。
【0069】
(2) 実験方法
(2-1) 被膜の形成
噴射粉体を構成するチタン粉体として,ガスアトマイズ法により製造された低酸素チタン粉末(TILOP:Titanium Low Oxygen Powder)(球状)300μm(#54)を使用し,貴金属粉体としてパラジウム粉体(球状)177μm(#80)を混入した。
【0070】
このパラジウム粉体の混合量を,重量比で0.1%(実施例1)、5%(実施例2)、10%(実施例3)と変化させて,形成される被膜の状態変化を確認した。
【0071】
比較例としてパラジウム粉体を混入することなく,チタン粉体のみの噴射を行ったもの(比較例1),及び未処理品(比較例2)を比較した。
【0072】
なお,このときの被膜形成条件を表2に示す。
【0073】
【表2】

【0074】
なお,チタンの比重4.54,パラジウムの比重12.0から,混合噴射の容易性を考慮して前述のようにチタン粉体の粒径を300μm(#54)、パラジウム粉体の粒径を177μm(#80)とした。
【0075】
(2-2) 酸化還元電位(ORP)変化の確認
以上のようにして得た実施例1〜3のチタンラス金網を縦100mm×横500mmに裁断したものと,比較例1,2のチタンラス金網を同様に縦100mm×横500mmに裁断したものとを,同一条件下(室内:太陽光(昼))においてそれぞれ水道水100cc中に浸漬し,10分ごとに水道水の酸化還元電位(ORP)を測定した。
【0076】
(3) 実験結果
(3-1) 被膜形成状態の確認
噴射粉体中の貴金属粉体(パラジウム粉体)の配合比を変化させた場合における被膜の状態変化を下表3に示す。
【0077】
【表3】

【0078】
(3-2) 酸化還元電位(ORP)変化の確認
前述の方法に従い,実施例1〜3のチタンラス金網,及び比較例1,2のチタンラス金網を浸漬した各水道水の酸化還元電位(ORP)を測定した結果を下記の表4に示す。
【0079】
【表4】

【0080】
(4)考察
ORPの測定結果により、噴射粉体中に重量比で0.1%以上のパラジウムを混入することで,パラジウムを混入することなくチタン粉体のみを噴射した場合に比較して水道水の酸化還元電位(ORP)の低下が著しいことが確認できた。
【0081】
比較例2のチタンラス(未処理品)にあっても,その表面にはチタンの酸化被膜が形成されている筈であるが,酸化還元電位(ORP)の測定結果からも明らかなように,単にチタンの酸化被膜が形成されているというだけでは,還元能は殆ど発揮されておらず,チタン粉体の噴射という処理方法が,このような還元能の発現に寄与していることは明らかである。
【0082】
一方,チタン粉体のみを噴射した比較例1においても酸化還元電位(ORP)の低下は生じており,還元能が発現していることは確認できるが,パラジウムを担持させた酸化チタンの被膜を形成した実施例1〜3のチタンラス金網に比較して,酸化還元電位(ORP)の低下速度はより緩やかである。
【0083】
従って,噴射粉体中に貴金属であるパラジウムを重量比で0.1%以上混入することで,高い還元能を発揮する被膜が形成されており,その結果,この被膜は酸化により生じる腐蝕に対する耐性が高いことが確認された。
【0084】
一方,パラジウムを5%混入した噴射粉体で表面処理した実施例2のチタンラス金網と,パラジウムを10%混入した噴射粉体を使用したチタンラス金網とでは,酸化還元電位(ORP)の変化に大幅な違いは生じない一方,貴金属であるパラジウムを多く混入すればする程,コスト高となる。このことから,パラジウムの混入量は,重量比で10%以下とすることが好ましく,より好ましくは重量比で0.1〜5%,効果と安定した処理,コスト面を考慮すると,3〜5%の範囲でパラジウムを混入することが最適であると思われる。
【0085】
また、酸化水と還元水とは,酸化還元電位(ORP)で+200mVを分岐点とし,数値が高まるに従い酸化の度合いが高くなるが,上記実施例1〜3のチタンラス金網にあっては,当初700mV以上のORPを示していた水道水を,263mV以下のORPに還元していることからも、還元能が高いこと,従って耐食性が高いことが確認できた。
【0086】
上記実施例1〜3によれば,チタンの最表面にのみパラジウムを担持した酸化チタンの被膜が形成されるために,Ti-Pd合金によって基材を構成する場合のように,基材全体にパラジウムを含む場合に比較して低コストで耐食性を向上させることができるだけでなく,前述のような高い還元性からTi-Pd合金と同等以上の耐食性の向上を得ることができるものとなっている。
【0087】
特に,前述のように噴射粉体を処理対象とする基材に噴射するのみで,耐食性の向上を得ることができることから,処理対象とする基材の形状に基づく制約がなく,各種の基材に対して処理を行うことが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐食性を有する金属の基材表面に,チタン又はチタン合金の粉体と貴金属の粉体を混合して成る噴射粉体を,噴射速度80m/sec以上,又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射して,前記基材の表面に前記貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成したことを特徴とする耐食性金属の耐食性増強方法。
【請求項2】
前記噴射粉体が,前記貴金属粉体を重量比で0.1〜10%含むことを特徴とする請求項1記載の耐食性金属の耐食性増強方法。
【請求項3】
前記基材の材質が,ステンレス,チタン又はチタン合金であることを特徴とする請求項1又は2記載の耐食性金属の耐食性増強方法。
【請求項4】
前記噴射粉体が,粒径10〜800μmであることを特徴とする請求項1〜3いずれか1項記載の耐食性金属の耐食性増強方法。
【請求項5】
前記噴射粉体を構成する前記チタン又はチタン合金の個々の粉体と,前記貴金属の個々の粉体の重量が近似するように,前記貴金属の粉体を前記チタン又はチタン合金の粉体に対して小径に形成したことを特徴とする請求項1〜4いずれか1項記載の耐食性金属の耐食性増強方法。
【請求項6】
耐食性を有する金属の基材表面に,貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成したことを特徴とする高耐食性金属。
【請求項7】
前記酸化チタンの被膜が,前記貴金属及び/又は貴金属の酸化物を重量比で0.1〜10%担持することを特徴とする請求項6記載の高耐食性金属。
【請求項8】
前記耐食性金属基材の材質が,ステンレス,チタン又はチタン合金であることを特徴とする請求項6又は7記載の高耐食性金属。

【公開番号】特開2007−270186(P2007−270186A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−94624(P2006−94624)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000154082)株式会社不二機販 (25)
【Fターム(参考)】