説明

肌色制御因子

【課題】肌色の制御に関わる遺伝子、及び当該遺伝子を利用した肌色制御方法の提供。
【解決手段】PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7、CDKN1A、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択される肌色制御遺伝子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌色の制御に関わる因子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、主に美容の目的から、アジア圏を中心に皮膚美白剤の開発が盛んに行われてきた。
【0003】
皮膚色は非常に多様であるが、その違いは主に皮膚中のメラノサイトにおけるメラニン産生量の違いによって生じるとされている。皮膚色は色素細胞(メラノサイト)中のメラノソームと呼ばれる細胞小器官中でつくられたメラニンが、表皮の大部分を構成するケラチノサイトへと転送されて表皮全体へと広がることによって形成される(非特許文献1〜3参照)。
【0004】
生体内において、メラニンは前駆体であるチロシンから生合成される。チロシンは、チロシナーゼの作用によりドーパに変換され、ドーパはさらに、やはりチロシナーゼの作用によりドーパキノンへと変換される。このドーパキノンは、中間物質を介した後、メラニンへと生合成される。メラニン生合成に関わる酵素であるチロシナーゼに変異が生じると、皮膚、毛髪のメラニン色素の形成が異常となることが報告されている(非特許文献4)。チロシナーゼはチロシンヒドロキシラーゼ活性、ドーパオキシダーゼ活性及びDHI活性を有し、チロシンを前駆体としたメラニン合成反応を触媒する。
【0005】
従来、皮膚美白剤の開発のため、チロシナーゼの酵素活性を阻害してメラニン産生を抑制する作用のある物質が探索されてきた。これまでに、アスコルビン酸、アルブチン、コウジ酸等に当該作用があることが報告されている(例えば、非特許文献5)。
【0006】
しかし、これらの物質のメラニン産生抑制効果は十分とはいえず、皮膚美白剤として十分に満足できるものではなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Pomerantz SH et al., J. Clin. Invest., 1975, 55(5):1127-1131
【非特許文献2】Maeda K et al., J. Dermatol. Sci., 1997, 14:199-206
【非特許文献3】Iozumi K et al., J. Invest. Dermatol., 1993, 100(6):806-811
【非特許文献4】Wrathall JR.et al.,J. Cell Biol., 1973, 57:406-423
【非特許文献5】美白戦略(南江堂)IV.,美白剤の薬理と臨床,p95-116
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、肌色の制御に関わる遺伝子、及び当該遺伝子を利用した肌色制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、メラノサイトにおけるメラニン産生量の違いを生み出す因子を明らかとするため、皮膚メラノサイトを用いた網羅的遺伝子発現解析を行い、皮膚色によって発現量に違いが認められるいくつかの遺伝子を見出した。さらに本発明者は、これらの遺伝子についてsiRNAを用いた遺伝子ノックダウンを行い、これらの遺伝子が皮膚のメラニン産生に関与していることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下に係るものである。
(1)PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7、CDKN1A、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択され、チロシナーゼ活性の制御に関わることを特徴とする、肌色制御遺伝子。
(2)PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7及びCDKN1Aからなる群から選択され、発現によってチロシナーゼ活性が増強することを特徴とする、(1)記載の遺伝子。
(3)ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択され、発現によってチロシナーゼ活性が低下することを特徴とする、(1)記載の遺伝子。
(4)(1)記載の遺伝子のうちの少なくとも1の発現を変化させることを特徴とする、肌色制御方法。
(5)細胞に被験物質を投与する工程と、当該細胞における(1)記載の遺伝子のうちの少なくとも1の発現の変化を測定する工程とを含む、肌色制御剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、メラニン産生量の違いを生み出す因子を制御することにより、より効果的に皮膚色を改変する技術を提供する。また、本発明は、メラニン産生量の違いを生み出す因子を制御することにより、メラニンの産生を抑制する美白剤、またはメラニンの産生を促進するタンニング剤をスクリーニングする方法を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7、CDKN1A、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択される肌色制御遺伝子を提供する。上記に列挙した遺伝子は、NCBIデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/omim)に登録されている。
【0013】
これらの遺伝子は、本発明者による皮膚メラノサイトにおける網羅的遺伝子発現解析の結果、皮膚色の異なる人種間で発現の違いが見られた遺伝子である。すなわち、これらの遺伝子の発現量は、黒色人種と白色人種間で異なっている。
【0014】
上記遺伝子の発現は、チロシナーゼ蛋白質発現との間に相関関係を有する。チロシナーゼは、細胞におけるチロシンからのドーパの生合成にチロシンハイドロオキシラーゼとして作用し、またドーパオキシダーゼとしてドーパからのドーパキノンの生合成に働く酵素である。生合成されたドーパキノンは、中間物質を介した後、メラニンへと生合成される。すなわち、チロシナーゼの活性は、細胞のメラニン合成に深く寄与している。したがって、上記遺伝子の発現を変化させることによって、チロシナーゼの発現を制御することができ、それによってメラニン産生を制御し、結果として皮膚色を制御することができる。上記遺伝子の人種間での発現の差異やチロシナーゼ発現との相関性は、これまで知られておらず、上記遺伝子と皮膚色との関連性は本発明者によって初めて見出された。すなわち、上記遺伝子は、新規な肌色制御遺伝子である。
【0015】
後記実施例に例示するように、上記遺伝子のうち、PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7又はCDKN1Aの発現を抑制した場合、細胞のドーパオキシダーゼ活性(すなわちチロシナーゼ活性)が低下する。すなわち、これらの遺伝子が発現すれば、細胞のチロシナーゼ活性が増強し、結果としてメラニン産生が促進される。したがって、これらの遺伝子は、皮膚色を褐色化する遺伝子である。
【0016】
また後記実施例に例示するように、上記遺伝子のうち、ATP2A2、TIMP3、CSPG4又はDCAMKL1の発現を抑制した場合、細胞のドーパオキシダーゼ活性(すなわちチロシナーゼ活性)が増強する。すなわち、これらの遺伝子が発現すれば細胞のチロシナーゼ活性は低下し、結果としてメラニン産生が抑制される。したがって、これらの遺伝子は、皮膚色を明るくする遺伝子である。
【0017】
上記遺伝子の発現を変化させることによって、皮膚の色を制御することができる。したがって、本発明は、PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7、CDKN1A、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択される肌色制御遺伝子のうちの少なくとも1の発現を変化させることを特徴とする、肌色制御方法を提供する。
【0018】
本発明の肌色制御方法においては、上記遺伝子のうちの少なくとも1の発現を、当該分野で通常使用される任意の手段で変化させればよい。遺伝子発現を変化させる手段は特に限定されない。例えば、遺伝子発現を変化させる手段としては、アンチセンスオリゴヌクレオチド又はsiRNAによる遺伝子ノックダウン、特異的プロモーターによる標的遺伝子の転写活性化、ベクターを用いた外部からの遺伝子の挿入、等が挙げられる。
【0019】
本発明の肌色制御方法の一態様においては、PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7及びCDKN1Aのうちの少なくとも1の発現を抑制することによって、細胞のチロシナーゼ活性を低下させ、皮膚色を明るくする。別の態様においては、同じ遺伝子の発現を増強することによって、細胞のチロシナーゼ活性を増強させ、皮膚色を褐色化する。
【0020】
本発明の肌色制御方法のさらに別の態様においては、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1のうちの少なくとも1の発現を抑制することによって、細胞のチロシナーゼ活性を増強させ、皮膚色を褐色化する。なお別の態様においては、同じ遺伝子の発現を増強することによって、細胞のチロシナーゼ活性を低下させ、皮膚色を明るくする。
【0021】
本発明の肌色制御遺伝子の発現を変化させる物質はまた、皮膚の色を制御することができる物質である。したがって、本発明は、PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7、CDKN1A、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択される肌色制御遺伝子のうちの少なくとも1の発現の変化を測定することを特徴とする、肌色制御剤のスクリーニング方法を提供する。
【0022】
本発明のスクリーニング方法は、細胞に被験物質を投与する工程と、当該細胞における本願発明の肌色制御遺伝子のうちの少なくとも1の発現の変化を測定する工程とを含む。被験物質を添加する細胞は、チロシナーゼ発現能を有する限り特に限定されないが、培養細胞が好ましく、培養ヒト細胞がより好ましい。また好ましくは、細胞は皮膚細胞であり、より好ましくはメラノサイトであり、さらに好ましくはヒト由来培養メラノサイトである。被験物質の種類は特に限定されず、天然物でも合成物でもよく、また単一物質であっても組成物若しくは混合物であってもよい。投与の形態は、被験物質に依存して、任意の形態であり得る。
【0023】
肌色制御遺伝子の発現は、当該分野で通常使用される任意の遺伝子発現解析方法によって測定することができる。遺伝子発現解析方法としては、例えば、ドットブロット法、ノーザンブロット法、RNアーゼプロテクションアッセイ法、ルシフェラーゼ等によるリポーターアッセイ、RT−PCR法、DNAマイクロアレイ、等が挙げられる。
【0024】
測定した遺伝子発現に基づいて、被験物質の投与による遺伝子発現の変化を評価することができる。例えば、被験物質の投与前後に本発明の肌色制御遺伝子の発現を測定し、必要に応じて発現量を定量化した後、投与前後の結果を比較する。また例えば、被験物質の投与群と、非投与群若しくは対照物質投与群から本発明の肌色制御遺伝子の発現を測定し、必要に応じて発現量を定量化した後、結果を投与群と非投与群、又は投与群と対照物質投与群との間で結果を比較する。遺伝子の発現に影響を及ぼす被験物質は、皮膚色の制御に使用できる肌色制御剤として選択される。
【0025】
例えば、PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7及びCDKN1Aのうちの少なくとも1の発現を抑制する物質は、細胞のチロシナーゼ活性を低下させて皮膚色を明るくする、皮膚色明色化剤(美白剤)として選択される。一方、同じ遺伝子の発現を増強する物質は、細胞のチロシナーゼ活性を増強させて皮膚色を褐色化する、皮膚色褐色化剤(タンニング剤)として選択される。
【0026】
また例えば、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1のうちの少なくとも1の発現を抑制する物質は、細胞のチロシナーゼ活性を低下増強させて皮膚色を褐色化する、皮膚色褐色化剤(タンニング剤)として選択される。一方、同じ遺伝子の発現を増強する物質は、細胞のチロシナーゼ活性を低下させて皮膚色を明るくする、皮膚色明色化剤(美白剤)として選択される。
【実施例】
【0027】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明する。
【0028】
siRNAによる遺伝子ノックダウン細胞におけるドーパオキシダーゼ活性の測定
(1.siRNAによる遺伝子ノックダウン)
96ウェルプレートにヒト新生児包皮由来のメラノサイト100μlを1×104個/ウェルの細胞密度となるように各ウェルに播種した。培地はMedium 254にPMAを除くHMGS(Human Melanocyte Growth Supplement)(いずれもCascade Biologics社製)を添加したものを用いた。
24時間の培養後、TransIT-TKO(登録商標)Transfection Reagent(Mirus社製)を用いて、メラノサイトに各種siRNAを終濃度20nMになるよう導入した。各遺伝子に対するsiRNAはいずれもInvitrogen社 Stealth RNAiを用いた。トランスフェクション翌日、Medium 254にPMAを除くHMGSを添加したものにメラノサイト活性化因子エンドセリン−1(ET−1)、幹細胞増殖因子(SCF)、αメラノサイト刺激ホルモン(α−MSH)、ヒスタミン及びプロスタグランジンE2(PGE2)を加えたものを、それぞれ100μlずつ各ウェルに添加した(培地中終濃度で1nM)。
【0029】
なお、培地には、以下の添加物も添加されている。
bFGF(塩基性線維芽細胞成長因子) 3ng/ml
BPE(ウシ脳下垂体抽出液) 0.2体積%
FBS(ウシ胎児血清) 0.5体積%
ハイドロコーチゾン 5×10-4mol/m3
インスリン 5μg/ml
トランスフェリン 5μg/ml
ヘパリン 5μg/ml
【0030】
siRNA導入後、5日間培養した後、メラノサイトをCa2+及びMg2+を除去したPhosphate−buffered saline(PBS)で洗浄し、抽出バッファー(0.1M Tris−HCL(pH7.2)、1% Nonidet P−40、0.01% SDS、100μM PMSF(フェニルメチルスルホニルフルオライド)、1μg/ml アプロチニン)を20μl/ウェル、ならびにAssay buffer(4%ジメチルホルムアミドを含有する100mM Sodium phosphate−buffered(pH7.1))を20μl/ウェル添加し、4℃、3時間で細胞を可溶化した。
【0031】
(2.ドーパオキシダーゼ活性の測定)
ドーパオキシダーゼ活性(チロシナーゼ活性)を指標として遺伝子発現のメラニン産生への関与を調べた。ドーパオキシターゼ活性測定は、MBTH法(例えば、Winder A.J., Harris H., Eur. J. Biochem., 198:317-326, 1991)を参考に、以下のように行った。
【0032】
可溶化した細胞溶液の各ウェルに、Assay bufferを80μl/ウェル、20.7mM MBTH(3−メチル−2−ベンゾチアゾリノン ヒドラゾン)溶液を60μl、基質として5mM L−ドーパ(L−ジヒドロキシフェニルアラニン)溶液40μlをそれぞれ加え、37℃で30〜60分反応させた後、その呈色反応を490nmの吸光度で測定した。
【0033】
結果を表1に示す。なお、ドーパオキシダーゼ活性の値は、Stealth RNAi Negative Controlを導入した場合の吸光度に対する相対値で示している。本発明の肌色制御遺伝子の発現をノックダウンすることにより、細胞のドーパオキシダーゼ活性(チロシナーゼ活性)が変化した。したがって、本発明の肌色制御遺伝子の発現がメラニン産生に影響を及ぼすことが示された。
【0034】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7、CDKN1A、ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択され、チロシナーゼ活性の制御に関わることを特徴とする、肌色制御遺伝子。
【請求項2】
PRKCB1、HIPK2、GRB10、FKBP5、SNX9、LIMD1、MYO1D、NME7及びCDKN1Aからなる群から選択され、発現によってチロシナーゼ活性が増強することを特徴とする、請求項1記載の遺伝子。
【請求項3】
ATP2A2、TIMP3、CSPG4及びDCAMKL1からなる群から選択され、発現によってチロシナーゼ活性が低下することを特徴とする、請求項1記載の遺伝子。
【請求項4】
請求項1記載の遺伝子のうちの少なくとも1の発現を変化させることを特徴とする、肌色制御方法。
【請求項5】
細胞に被験物質を投与する工程と、当該細胞における請求項1記載の遺伝子のうちの少なくとも1の発現の変化を測定する工程とを含む、肌色制御剤のスクリーニング方法。

【公開番号】特開2011−130751(P2011−130751A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295607(P2009−295607)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】