説明

胸腺器官発生因子TOF1及びTOF2両遺伝子とその用途

【課題】胸腺は、感染症や癌等に対する生体防御あるいは免疫システムの中枢を担う器官であり、かかる胸腺発生因子とその遺伝子は、免疫疾患の診断、治療及び予防等の手段として多大に寄与する。しかし、胸腺発生の機構の解明は、未だ遅々として進んでいない。
【解決手段】胸腺発生因子TOF1及びTOF2並びにこれ等の遺伝子が、それぞれ提供される。また、PCR用プライマー、ハイブリダイゼーション用プローブ等が提供される。これ等の物質は、胸腺不全に起因する多種多様な免疫疾患の治療剤、診断、臨床検査、予防等の手段として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、新規な胸腺器官発生因子TOF1及びTOF2両遺伝子とその用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
胸腺は、細胞障害性Tリンパ球、ヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞等を活発に産生することにより、感染症や癌等に対する生体防御あるいは免疫システムにおいて中枢的機能を演じる器官であることが知られており、骨髄と共に第一次リンパ性器官と呼ばれている。また、胸腺発生関連遺伝子として、FoxN1(非特許文献1)、Hoxa3(非特許文献2)、Pax1(非特許文献3)等が公知である。更に、胸腺器官発生の初期に発現される因子として、新規な免疫グロブリンスーパファミリーに属するEVAとその遺伝子が報告されてはいる(非特許文献4)。しかし、胸腺器官発生因子とその利用に関する特許文献は見当たらず、胸腺上皮プロゼニター細胞とその用途に係る技術が知られているに過ぎない(特許文献1及び2)。
【特許文献1】WO02/051988.
【特許文献2】WO03/105874.
【非特許文献1】Nature,372(6501),103−107,1994.
【非特許文献2】Develpmental Biology,195(1),195(1), 1−15,1998.
【非特許文献3】Journal of Immunology,164(11),5753−5760,2000.
【非特許文献4】Journal of Cell Biology,141(4),1061−1071,1998.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述した通り、胸腺は健康維持にとって非常に重要な器官である。従って、胸腺器官発生の分子機構に係る全体像の解明とこれより得られる知見の活用は、人類の現在及び未来における生体防御、免疫システム、ホメオスタシス等の確保に極めて有力な手段となり得る。しかしながら、この分野の解明は未だ、遅々として進んでいない。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、胸腺器官発生の分子機構に係る全体像の解明の重要性と必要性とを評価かつ認識し、この発生過程を徹底的に解明するための材料と方法につき、長年にわたる試行錯誤と創意工夫を重ねた結果、マウス胸腺原基で特異的に発現される遺伝子に着目し、その網羅的解析を行った。その成果として、胸腺器官発生因子TOF1及びTOF2とこれ等の遺伝子を発見するに至った。その概要は次の通りある:
「先ず、胎齢11.5日のマウス胸腺原基をマイクロダイセクション法により単離し、対照表皮組織との差分PCRクローニング法により胸腺原基特異的遺伝子の候補クローンを得、それらの部分配列を網羅的に決定した。複数の出発材料に共通の発現が確認された遺伝子を多数同定した中に、Entrez/NCBI公開遺伝子データベースにて性状解析が確認されずEST名称のみ付与されている、新規な2つの遺伝子を発見した。これ等の遺伝子は胎齢11.5日のマウスでは胸腺器官ストロマ細胞のみに発現特異性がみられ、成体マウスでも胸腺での発現に比較的特異性が高いことを確認し、胸腺器官発生因子TOF1(thymus organogenesis factor 1)及びTOF2(thymus organogenesis factor 2)とそれぞれ命名した。」
【発明の効果】
【0005】
TOF1及びTOF2は、マウスの胸腺器官の発生過程において特異的に発現される新規な遺伝子である。従って、この事実は、これ等の遺伝子が胸腺器官発生、特に、胸腺器官および免疫系の形成に極めて重要な役割を演じ得ることを示唆する。更に、これ等のマウス遺伝子に対するホモロジー検索により得られるヒトの相同遺伝子は、胸腺発生異常、免疫不全、自己免疫疾患等の原因遺伝子あるいは責任遺伝子として、免疫病の診断、治療及び予防のための新規な手段をもたらし得る。その対象疾患として、例えば、ディジョージ症候群等の無胸腺症を含む先天性免疫不全症や、AIDSや環境汚染等による後天的免疫不全症等々の免疫不全症を上げることができる。また、抗ガン剤使用の癌患者や造血細胞移植を含む臓器移植等に伴う免疫抑制状態の患者の治療にも適用できる。その具体的な治療方法として、例えば、TOF1及び/又はTOF2並びこれ等の遺伝子を有効成分として用いる薬剤治療、遺伝子治療、細胞再生治療を上げることができる。また、これ等の遺伝子の定性検査や発現量の定量は、先天性及び後天性の免疫不全が疑わしい患者、更に、癌や、造血細胞移植等を含む臓器移植等に伴う免疫抑制状態の患者を対象にした免疫機能の診断あるいは臨床検査に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
この発明によれば、上記課題を解決するための手段として、TOF1及びTOF2両遺伝子DNA、これ等の遺伝子DNAがコードするタンパク質ないしはポリペプチドあるいはペプチド、ハイブリダイゼーション用プローブ、及びPCR用プライマー等々、具体的には、次の(1)〜(9)に記載の物質がそれぞれ提供される:
配列番号1に記載の塩基配列は、TOF1遺伝子DNAの塩基配列である。配列番
号1に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。更に、これ等のDNA分子の部分からなるDNA断片。
(2)配列番号2に記載の配列は、配列番号1に記載の完全長塩基配列をRSA1消化し得られた3´側のコード配列を占める合計380塩基対から作製された。配列番号2に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。更に、これ等のDNA分子の部分からなるDNA断片。
(3)配列番号3に記載の塩基配列は、TOF2遺伝子DNAの完全長塩基配列である。
配列番号3に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。更に、これ等のDNA分子の部分からなるDNA断片。尚、配列番号3と後述の配列番号5に記載の両塩基配列はいずれも、TOF2遺伝子DNAの完全長塩基配列であり、両者は互いにスプライシングバリアント(splicing variant)ないしはalternative splicing
formの関係にある。
(4)配列番号4に記載のアミノ酸配列は、TOF2の完全長アミノ酸配列である。配列番号4に記載のアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において少なくとも1アミノ酸残基が置換又は欠失又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質。更に、これ等のアミノ酸配列の部分断片からなるタンパク質。尚、この明細書でいう置換とは別の種類のアミノ酸残基との置換を意味する。また、これ等のタンパク質は、胸腺器官発生に係る活性ドメインをその分子内に保有するか、胸腺器官発生活性を呈する必要がある。
(5)配列番号5に記載の塩基配列は、TOF2遺伝子DNAの完全長塩基配列である。
配列番号5に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。更に、これ等のDNA分子の部分からなるDNA断片。
(6)配列番号6に記載のアミノ酸配列は、TOF2の完全長アミノ酸配列である。配列番号6に記載のアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において少なくとも1アミノ酸残基が置換又は欠失又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質。更に、これ等のアミノ酸配列の部分断片からなるタンパク質。但し、これ等のタンパク質は、胸腺器官発生に係る
活性ドメインをその分子内に保有するか、胸腺器官発生活性を呈する必要がある。
(7)配列番号7に記載の配列は、配列番号3に記載の完全長塩基配列をRSA1消化し得られた5´側のコード配列を占める合計245塩基対から作製された。配列番号7に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。更に、これ等のDNA分子の部分からかるDNA断片。
(8)次に示す合計15種のTOF1遺伝子用のPCRプライマー。1種、又は2種(1対)を用いる:
TOF1−1:5’−TCACGTGTGCGCTGTATACC−3’
TOF1−2:5’−CCTTTGCCTCTCCTGCACTT−3’
TOF1−3:5’−TCACGTGTGCGCTGTATACC−3’
TOF1−4:5’−AAGCTGGACAAACTAAGGAC−3’
TOF1−5:5’−ATACAGCGCACACGTGAGTG−3’
TOF1−6:5’−TTCCTATTTGGCCAGCAACC−3’
TOF1−7:5’−TACCCACTGGTCACCACAATG−3’
TOF1−8:5’−ACATCTCTCCATCCAGTTCC−3’
TOF1−9:5’−CCCTTTGCCTCTCCTGCACTTCCAC−3’
TOF1−10:5’−AGCGGGTATACAGCGCACACGTGAG−3’
TOF1−11:5’−GCGATGGAGGATGGATGCTCTCCGG−3’
TOF1−12:5’−AGCCTGTGTGGACCTGGGCGCCTAG−3’
TOF1−13:5’−CTAGGCGCCCAGGTCCACACAGGCT−3’
TOF1−14:5’−GAGGGTTTCCTGGTCCCTGGGATGGGC
C−3’
TOF1−15:5’−GGCCCCAGTGTGGTCGCACTGAGAGTT
G−3’
(9)次に示す合計6種のTOF2遺伝子用のPCRプライマー。例えば、TOF2−1FとTOF2−1Rとの組合せ(1対)を用いる:
TOF2−1F:5’−AGTTGCAGTCCTTGTTCTGG−3’
TOF2−1R:5’−CTGTCTCCCAAACTGGGTATC−3’
TOF2−2F:5’−ATGAAGGTGATCTTCTCAGTTG−3’
TOF2−2R:5’−TCAGTAACTTTTATCAGTG−3’
TOF2−3F:5’−GTGTGGACTTCCCTTGCAGT−3’
TOF2−3R:5’−TGCTGCCACATATAGGCTCA−3
【0007】
以下、参考例及び実施例を上げ、本発明の構成と効果を具体的に説明する。但し、この発明は、これ等の参考例や実施例だけに限定されるわけではない。
(参考例1)
【0008】
胎齢11.5日胚におけるマウス胸腺原基の同定:
胎齢11.5日胚のC57BL/6J系統マウスから胸腺原基を含む組織切片を作製した。正確に胸腺原基を構築する上皮系細胞領域を確定するために、抗マウスCD45及び汎サイトケラチン抗体(e−Bioscience社[米国]製)を用いて、胸腺原基を含む選定した組織切片を二重染色し、胸腺原基とその周囲に集積するT前駆細胞を含む血球細胞を同定した。
(参考例2)
【0009】
マイクロダイセクション法を利用した胸腺原基由来RNAの単離:
組織切片から正確に胸腺原器のみを単離するために、マイクロダイセクション法を利用した(PixCellIILaser Capture Microdissectionシステム;Arcturus社[米国]製)。得られた組織からのtotal RNA抽出は、PicoPure RNA Isolation Kit(Arcturus社[米国]製)を使用した。
(参考例3)
【0010】
差分PCRクローニング法による胸腺器官関連遺伝子の同定:
Total RNAは、6胎仔から単離された胸腺原基から抽出され、そのcDNAへの変換及び増幅は、Super SMART cDNA Synthesis Kit(Clontech社[米国]製)を用いて行われた。得られた胸腺原基由来のcDNAと、同様の操作により得られた同齢表皮組織cDNAを利用してPCR−selectedcDNA subtraction Kit(Clontech社[米国]製)による差分PCRクローニングを行った。差分cDNA産物はpGEM−Teasyベクターにクローニングされた。1回のPCRクローニングで200−250クローンを得る作業を5回繰り返し、合計1370クローンを得、その核酸配列を決定した。それぞれのロットから得られた核酸配列をEntrez/NCBIゲノム・データベースにて解析し推定される遺伝子群を同定した。これらの遺伝子群の中ですべてのロットに含まれていた遺伝子群を胸腺原基に特異的に発現する候補遺伝子として選定した。
(参考例4)
【0011】
候補遺伝子群の発現解析:
候補遺伝子群の発現解析は、定量的PCR法が利用され、胎齢11.5日、14.5日及び生後8週齢マウスの各臓器別あるいは細胞系譜別にその発現量が比較された。胎齢11.5日の各組織を単離するためにマイクロダイセクション法を利用した。これら組織から得られたRNAは、RiboAmp RNA Amplification Kit(Arcturus社[米国]製)でRNA増幅され、更にSuper ScriptII逆転写酵素(インビトロジェン社)でcDNAに変換された。定量発現解析には、リアルタイムPCR法(ABI Prism 7900HT型;ABI社[米国]製)が利用された。
(参考例5)
【0012】
Whole−mount in situ hybridization:
このhybridization法は、Manleyらの方法に準じて行うことができる(Development,121,1989−2003,1995文献1)。4容量%パラホルムアルデヒドで固定した胎齢9−12日胚をメタノールで脱水後、ジゴキシンで標識したTOF1及びTOF2のRNAプローブ(塩基配列2及び7に記載)を用いてハイブリダイゼーションを行う。TOF1のRNAプローブは、RSAI消化により得られるTOF1の3´側のコード配列(380塩基対)を用いることができる。また、TOF2のものは、5´側翻訳開始部位から245塩基対のコード配列を利用することができる。
【実施例1】
【0013】
候補遺伝子群の発現解析:
候補遺伝子群の発現解析は、定量的PCR法が利用され、胎齢11.5日、14.5日及び生後8週齢マウスの各臓器別あるいは細胞系譜別にその発現量が比較された。胎齢11.5日の各組織を単離するためにマイクロダイセクション法を利用した。これら組織から得られたRNAは、RiboAmp RNA Amplification Kit(Arcturus社[米国]製)でRNA増幅され、更にSuper ScriptII逆転写酵素(インビトロジェン社)でcDNAに変換された。定量発現解析には、リアルタイムPCR法(ABI Prism 7900HT型;ABI社[米国]製)が利用された
候補遺伝子群のうち、TOF1の結果を図1に、TOF2のそれを図2にそれぞれ示す。これ等の両遺伝子はいずれも、胎齢11.5日のマウスでは胸腺器官ストロマ細胞のみに発現特異性がみられ、また、成体マウスでも胸腺での発現に比較的特異性の高いことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明に係るTOF1及び2とこれ等の遺伝子は、胸腺不全あるいは免疫不全に起因する種々の疾患の基礎研究試薬、治療剤、治療薬の開発、診断剤、遺伝子治療、遺伝子診断、予防等に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】器官別(横軸)にTOF1遺伝子の発現量(縦軸)を示す図である。(a)胎齢11.5日、(b)胎齢14.5日、及び(c)生後8週齢の各マウス。
【図2】器官別(横軸)にTOF2遺伝子の発現量(縦軸)を示す図である。(a)胎齢11.5日、(b)胎齢14.5日、及び(c)生後8週齢の各マウス。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。
【請求項2】
配列番号2に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。
【請求項3】
配列番号3に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。
【請求項4】
配列番号4に記載のアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において少なくとも1アミノ酸残基が置換又は欠失又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質。
【請求項5】
配列番号5に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。
【請求項6】
配列番号6に記載のアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において少なくとも1アミノ酸残基が置換又は欠失又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質。
【請求項7】
配列番号7に記載の塩基配列、又は該塩基配列において少なくとも1塩基がコドンの縮重に基づき置換された塩基配列を有するDNA分子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−101828(P2006−101828A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−296317(P2004−296317)
【出願日】平成16年10月8日(2004.10.8)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】