脂肪酸アルキルエステルの製造方法
【課題】脂肪酸アルキルエステルの製造効率の向上を達成すること。
【解決手段】脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、所定の温度・圧力条件で、エステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する(X工程)。前記脂肪酸は、原料油脂に存在する遊離脂肪酸や原料油脂から所定工程を経て得られる脂肪酸を対象とする。X工程につなぐ前記所定工程として、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間で、所定の温度・圧力条件でエステル交換反応することによって脂肪酸を得る工程(A工程)、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドを所定の温度・圧力条件で加水分解することによって脂肪酸を得る工程(B工程)などを採用できる。
【解決手段】脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、所定の温度・圧力条件で、エステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する(X工程)。前記脂肪酸は、原料油脂に存在する遊離脂肪酸や原料油脂から所定工程を経て得られる脂肪酸を対象とする。X工程につなぐ前記所定工程として、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間で、所定の温度・圧力条件でエステル交換反応することによって脂肪酸を得る工程(A工程)、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドを所定の温度・圧力条件で加水分解することによって脂肪酸を得る工程(B工程)などを採用できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸アルキルエステル(「脂肪酸エステル」とも言う。)の製造方法に関する。より詳しくは、バイオディーゼル燃料として使用する脂肪酸アルキルエステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に「BDF」と略称されるバイオディーゼル燃料は、植物性油脂、動物性油脂又はこれらの廃油脂(例えば、廃食油)の主成分である脂肪酸トリグリセリド(「脂肪酸グリセリド」とも言う。)をエステル交換又は加水分解して得られる脂肪酸をアルコールでエステル化する方法などによって得られる脂肪酸エステルからなる燃料である。この燃料は、ディーゼル機関を有する車両、船舶、農工業機械、発電機等に使用可能である。
【0003】
このバイオディーゼル燃料は、軽油に比べてその排気ガス中の黒鉛や酸性雨の原因となる硫黄酸化物が少なく、浮遊粒子状物質(PM)の発生も少ないため、環境負荷を軽減できるという利点やバイオマス資源由来の燃料であるので、地球上の炭素バランスを崩さないという利点を有することなどから、既に化石燃料の代替としての利用が始まっている。また、油脂類から脂肪酸エステルを工業的に製造する方法も幾つか開発されており、この方法は、概ねアルカリ触媒法、酸触媒法、リパーゼ酵素法に大別できる。
【0004】
アルカリ触媒法は、油脂にメタノールと塩基性触媒を加えてエステル交換反応を行うことにより、目的の脂肪酸メチルエステルを得る方法である。この方法は、比較的穏やかな温度・圧力条件で反応を進行させることができるが、精製段階でアルカリ触媒の除去工程が必要となる。また、原料油脂中の遊離脂肪酸とアルカリ触媒が反応してアルカリセッケンを生成したり、原料油脂中の水が触媒機能を低下させたりして、エステル収率の低下を招くなどの問題を抱えている。
【0005】
酸触媒法は、アルカリ触媒法のようなアルカリセッケンの生成は起こらないが、前記アルカリ触媒法同様に、原料油脂中の水分によって触媒機能が低下し、また、反応速度も遅いため、この方法単独で工業的製法とすることは困難である。
【0006】
リパーゼ酵素法は、リパーゼ酵素の触媒作用によって、原料油脂をバイオディーゼル燃料へ変換する方法であり、生産物の中和が不要であり、原料中の遊離脂肪酸の影響を受けないなどの利点があるが、メタノール添加量の制御が不可欠であり、反応速度が遅く、コストも高いなどの問題を抱えている。
【0007】
これらの製法に対し、本願発明者は、無触媒条件下で脂肪酸エステルを製造する技術を提案している。例えば、特許文献1では、原料油脂を、高温・高圧の超臨界状態又は亜臨界状態のアルコールを溶媒に用いてエステル交換反応及びエステル化反応を行うことによって、脂肪酸エステル組成物を無触媒で製造する技術を提案している。この技術では、脂肪酸アルキルエステルとグリセリンとが反応して脂肪酸モノグリセリドに戻る逆反応が存在するため、脂肪酸アルキルエステル生成方向へ反応を傾けるために大過剰量のアルコールを用いる必要があり、また温度・圧力の条件も厳しく、改良の余地があった。
【0008】
また、本願発明者は、特許文献2や非特許文献1において、前記特許文献1の改良技術を提案している。より詳しくは、脂肪酸トリグリセリドを含む原料油脂と水を共存させて加水分解し、前記脂肪酸トリグリセリドから脂肪酸とグリセリンを得る第1工程と、この第1工程の生成物にアルコールを添加し、所定の温度・圧力条件で前記生成物中の脂肪酸を脂肪酸アルキルエステルに変換する第2工程(即ち、エステル化工程)と、から構成される製造方法(以下、「無触媒・二段階方法」と称する)を提案している。
【0009】
この無触媒・二段階方法では、第1工程後に、グリセリンを分離除去することにより第2工程での逆反応を有効に阻止し、かつ第1工程から得られた脂肪酸中の水分を除去しておくことで、第2工程のエステル化反応をより優勢に進行させることができるため、脂肪酸アルキルエステルを効率良く製造できる。この方法は、特に、水や遊離脂肪酸を含む廃油などの原料油脂を用いる脂肪酸アルキルエステルの工業的製法として有用な技術である。
【0010】
加えて、特許文献3には、トリグリセリドとカルボン酸エステルとをエステル交換反応させて得られてくるトリアセチン(グリセリントリアセタート)などのトリグリセリドとカルボン酸エステルとからなる燃料を製造する技術が開示されている。即ち、アルコールを溶媒として用いない脂肪酸アルキルエステルの製造技術が開示されている。
【特許文献1】特開2000−204392号公報。
【特許文献2】PCT国際公開 WO03/106604号公報。
【特許文献3】特開2004−149742号公報。
【非特許文献1】Journal of the Japan Institute of Energy,Vol.84,413−419(2005)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
BDFに有用である脂肪酸アルキルエステルの製法に係わる従来技術は、上記したように、概ね、アルコールを溶媒とするエステル化反応やエステル交換反応に基づいている。アルコール溶媒系では、例えば、アルコールを超臨界条件とすることで、原料油脂中の遊離脂肪酸に対してもエステル化反応を進行させることができるが、脂肪酸トリグリセリドをグリセロールへ変換する反応に時間がかかるという課題を抱えている。また、アルコール溶媒を用いない上記特許文献3に開示された技術については、原料油脂の主成分が脂肪酸トリグリセリドである場合は有用であるが、原料油脂の主成分が遊離脂肪酸からなる場合(例えば、ダーク油)は、対応が困難である。
【0012】
今後、脂肪酸アルキルエステルの製造技術を実用化するに当たり、広範な種類の原料油脂に対応可能であること、反応工程の簡略化、反応条件(例えば、温度、圧力)の緩和、反応効率の向上、触媒の使用回避、燃料に不適な副産物(例えば、水、グリセリンなど)の発生の抑制又は防止、ひいては最終燃料組成物の高品位化が今後の重要な技術的課題となっている。
【0013】
そこで、本発明は、前記技術的課題の解決を図り、工業生産により適する脂肪酸アルキルエステルの製造方法、より詳しくは、溶媒としてアルコール溶媒を用いない反応系であって、反応効率が良く、かつ広範な原料油脂にも対応できる脂肪酸アルキルエステルの新規製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明者は、従来から脂肪酸アルキルエステルの製造技術の主流になっているアルコール溶媒を用いる方法から発想を大きく転換して、脂肪酸アルキルエステルの工業生産を想定したより有利な製造方法の鋭意研究を行った。その結果、脂肪酸や脂肪酸グリセリドに対して、超臨界又は亜臨界の条件のカルボン酸エステルあるいはカルボン酸を反応させて、エステル化反応やエステル交換反応を進行させることにより、目的の脂肪酸アルキルエステルを効率良く得ることができることを突き止めた。
【0015】
そこで、本発明では、まず、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界の条件でエステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する方法を提供する。
【0016】
この製造方法における前記脂肪酸は、原料油脂に存在している遊離脂肪酸を有効に利用することができる。また、この製造方法における前記脂肪酸として、原料油脂から所定工程を経て得られる脂肪酸を利用することもできる。なお、該脂肪酸と前記遊離脂肪酸の両方を用いることもできる。
【0017】
原料油脂中の成分から脂肪酸を得る上記所定工程は、とくに狭く限定されることはないが、一例を挙げれば、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸を、該カルボン酸の超臨界又は亜臨界の条件でエステル交換することによって脂肪酸を得る工程を採用することができる。あるいは、前記原料油脂中の脂肪酸トリグリセリドを超臨界又は亜臨界の条件で加水分解することによって脂肪酸を得る工程を採用できる。
【0018】
本発明に係る製造方法の目的物である前記脂肪酸アルキルエステルには、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間の上記エステル化反応を進行させることによって得られる脂肪酸アルキルエステルの他に、他の反応経路から得られる脂肪酸アルキルエステルが含まれていてもよい。一例を挙げると、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルとの間のエステル交換反応で得られる脂肪酸アルキルエステルが含まれていてもよい。
【0019】
本製造方法では、上記エステル化反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化を行うとよい。この相溶化によって、脂肪酸とカルボン酸エステルのエステル交換反応がより促進されることになるため、工業生産においても有効に活用可能である。
【0020】
また、上記エステル交換反応系に対しても第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相、あるいは脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化を行ってもよい。この相溶化によって、エステル交換反応がより促進されることになるため、工業生産において有効である。
【0021】
本製造方法におけるエステル化反応やエステル交換反応において利用可能なカルボン酸エステルは、とくに狭く限定されないが、蟻酸メチルなどの蟻酸エステルを利用することも可能である。
【0022】
なお、本発明において「油脂」とは、脂肪酸グリセリド(脂肪酸トリグリセリド、脂肪酸ジグリセリド、脂肪酸モノグリセリドを含む。)及び脂肪酸のいずれかを少なくとも含むものである。「脂肪酸アルキルエステル」とは、(1)原料油脂中に最初から含まれていた遊離脂肪酸、(2)原料油脂中の成分が何らかの反応を受けて生成した脂肪酸、(3)原料油脂中に含まれる脂肪酸や脂肪酸グリセリドなどが、エステル化反応、あるいはエステル交換反応などを経て得られる脂肪酸エステルを意味する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、外部から反応系へ触媒を添加することもなく、脂肪酸アルキルエステルを効率良く製造することができる。また、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界の条件でエステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する方法では、アルコールを溶媒として用いないため、例えば、従来の脂肪酸とアルコールとをエステル化反応させて脂肪酸アルキルエステルを製造する方法とは異なり、燃料中の組成物として不適な水の発生が反応系において起こらない。
【0024】
本発明の製造方法に係る反応系では、反応の最終段階に至るまでカルボン酸エステルやカルボン酸が存在することになり、このカルボン酸エステルやカルボン酸が酸触媒機能を発揮するため、反応効率が向上し、ひいては高品位な脂肪酸アルキルエステルを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための好適な形態について、添付図面を参照しながら説明する。なお、添付図面に示された各実施形態は、本発明に係わる製造方法の代表的な実施形態例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0026】
まず、図1は、本発明に係る脂肪酸アルキルエステルの基本製造工程(X工程)の概念図、図2は同基本製造工程(X工程)に係わるエステル化反応をより詳しく説明する図である。
【0027】
ここで、図2中に示すR1,R2,R3は、炭化水素基を意味しており、これらR1,R2,R3は異種の炭化水素基であったり、R1,R2,R3の全部又はいずれか二つが同種の炭化水素基であったりしてもよい。また、R1,R2,R3は、その炭素数を狭く限定されることはなく、また、炭素−炭素不飽和結合があってもよく、場合によってはアルコキシ基などの他の官能基が結合していてもよい(以下、他の工程でも同様)。
【0028】
図1、図2に示されたX工程に係わる「エステル化反応」は、好適には、カルボン酸エステルを超臨界条件又は亜臨界条件の温度及び圧力として原料油脂を処理することによって進行させることができる。
【0029】
溶媒であるカルボン酸エステルの「超臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸エステルの臨界温度(Tc)以上で、かつ圧力がカルボン酸エステルの臨界圧力(Pc)以上の状態を言う。また、「亜臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸エステルの沸点以上で、かつ概ね100〜150℃以上であり、かつ圧力が反応温度におけるカルボン酸エステルの蒸気圧以上で、かつ概ね0.5〜2MPa以上の状態を言う。
【0030】
カルボン酸エステルとして、例えば、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸プロピル、蟻酸ブチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、プロピオン酸プロピル、プロピオン酸ブチル、酪酸メチル、酪酸エチル、酪酸プロピル、酪酸ブチルなどを用いることができる。なお、主要なカルボン酸エステルの臨界温度(Tc)及び臨界圧力(Pc)を以下の「表1」にまとめた。
【0031】
【表1】
【0032】
このエステル化反応の対象となる脂肪酸は、原料油脂中に最初から含まれている遊離脂肪酸、あるいは原料油脂中に含まれる成分(例えば、脂肪酸グリセリド)から所定工程を経て得られてくる脂肪酸のいずれか一方又は両方を利用することができる。なお、本発明に係る製造方法では、この図1、2に示されたエステル化反応工程を必須の基本工程と位置付ける。
【0033】
本発明では、このエステル化反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化を行なうのが望ましい。この相溶化を行うことによって、該エステル化反応の反応を促進させることが可能となるからである。前記第三成分は、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化に寄与する成分が広く利用することができる。例えば、ペンタン、ヘキサンなどのアルカンや石油エーテルなどを挙げることができる。
【0034】
次に、図3は、本発明に係る製造方法において利用可能な別の反応経路の例を示す図である。図4は、この反応経路の初段階の工程であるA工程(エステル交換工程)の反応例を示す図である。
【0035】
まず、この図3及び図4に示されたA工程(エステル交換工程)の目的は、原料油脂中に含まれ得る脂肪酸グリセリド(図3では、脂肪酸トリグリセリドを例示)からX工程(エステル化反応、図1、図2参照)で利用可能な脂肪酸を収得することである。
【0036】
即ち、本発明に係る製造方法において、エステル交換工程であるA工程を採用する場合は、該反応によって得られた脂肪酸(R1COOH)とアセチン(acetin、図4ではトリアセチンを例示)から脂肪酸を分離回収し、続いてこの脂肪酸を図1及び図2に示すX工程において、カルボン酸エステルによって超臨界又は亜臨界条件でエステル化し、目的の脂肪酸アルキルエステルを収得するという反応経路となる(図3参照)。
【0037】
ここで、図4に示すA工程の反応例では、脂肪酸トリグリセリドとカルボン酸との間で、該カルボン酸の超臨界又は亜臨界条件下、いわゆるエステル交換反応を行って、アセチンと脂肪酸(R1COOH)を得る工程が示されている。なお、脂肪酸グリセリドとして、脂肪酸トリグリセリド以外に、脂肪酸ジグリセリド、脂肪酸モノグリセリドも含まれ、アセチンとして、トリアセチン以外に、ジアセチンやモノアセチンも含まれる。
【0038】
溶媒であるカルボン酸の「超臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸の臨界温度(Tc)以上で、かつ圧力がカルボン酸の臨界圧力(Pc)以上の状態を言う。また、カルボン酸の「亜臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸の沸点以上で、かつ概ね200℃以上であり、かつ圧力が反応温度におけるカルボン酸の蒸気圧以上で、かつ概ね2〜3MPa以上の状態を言う。しかし、350℃を超える温度条件では、特に不飽和脂肪酸が熱分解するため、350℃以下、より好ましくは300℃以下の条件が望まれる。なお、以下に主要なカルボン酸の臨界温度(Tc)及び臨界圧力(Pc)を以下の「表2」にまとめた。
【0039】
【表2】
【0040】
以上から、本発明では、A工程(エステル交換反応)とX工程(エステル化反応)をベースとしたバイオディーゼル燃料の二段階超臨界工程を提案できる。例えば、原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを、超臨界又は亜臨界条件のカルボン酸でエステル交換して得られた脂肪酸を、もともと原料油脂中に共存していた脂肪酸と共に分別し、次に、カルボン酸エステルを用いて、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界条件下で前記脂肪酸をエステル化して脂肪酸アルキルエステル(バイオディーゼル燃料)を得る製造方法を提案できる。
【0041】
なお、このような製造方法では、この前記エステル交換反応系(A工程)に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相の相溶化を行なうとよい。この相溶化を行うことによって、該エステル交換反応を促進させることができ、また、その結果、反応処理条件、例えば、処理温度を低減することが可能になるからである。この相溶化に利用可能な第三成分は、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相の相溶化に寄与する成分が広く対象となる。例えば、ペンタン、ヘキサンなどのアルカンや石油エーテルなどを挙げることができる。
【0042】
次に、図5は、本発明に係る製造方法において利用可能な他の反応経路の例を示す図である。図6は、この反応経路の初段階の工程であるB工程(加水分解工程)の反応例を示す図である。
【0043】
この図5に示されたB工程(加水分解工程)の目的は、上記A工程と同様に、原料油脂中に含まれる脂肪酸グリセリド(図6では、脂肪酸トリグリセリドを例示)を図1のエステル化反応で利用できる脂肪酸へ変換することである。
【0044】
即ち、加水分解工程であるB工程を初段階工程として採用すると、該B工程によって得られる脂肪酸(R1COOH)とグリセリンから脂肪酸だけを分離回収し、続いてこの脂肪酸を図1、2のX工程へ移行させ、超臨界又は亜臨界条件のカルボン酸エステルによってエステル化し、目的の脂肪酸アルキルエステルを収得するという反応経路を提案することができる(図5参照)。
【0045】
初段階工程である加水分解工程後、原料油脂から生成したグリセリンは水に溶解するため脂肪酸から容易に分離することができる(後述)。このため、次の工程段階であるエステル化反応で生成した脂肪酸エステルとの間での逆反応を抑えることが可能となるので、高純度の脂肪酸アルキルエステルが得られる。
【0046】
ここで、図6に示すB工程の反応例では、原料油脂中に含まれる脂肪酸グリセリドを加水分解して、脂肪酸とグリセリンを得る工程であって、例えば、温度150〜300℃、特に250℃〜300℃、圧力5〜25MPa、特に7〜20MPaの亜臨界水条件で、15〜60分、特に好適には20〜40分実施する。このようなB工程から得られる生成物中には、未反応の脂肪酸トリグリセリドが殆ど残存しないという利点がある。
【0047】
なお、図6中では、脂肪酸トリグリセリドを代表例として示しているが、これに限定する趣旨ではなく、原料油脂中に含まれ得る脂肪酸ジグリセリドや脂肪酸モノグリセリドからも、図6同様に加水分解反応によって脂肪酸を得ることができる。
【0048】
図6に示す反応式中の「加圧熱水」とは、前記亜臨界水のことを意味するが、それに狭く限定されるのではなく、超臨界水や低温・低圧での亜臨界水を広く包含する。
【0049】
この加水分解工程であるB工程から得られる生成物を含む反応溶液を静置すると、油相と水相への相分離が起こる(相分離工程)。この工程により分離された油相には脂肪酸が、一方の水相には副産物であるグリセリンが含まれる。この油相を分離回収することによって、続くエステル化工程であるX工程(図1、図2参照)で使用する脂肪酸を回収することができる。この脂肪酸には、加水分解(図6参照)によって生成した脂肪酸や原料油脂中に当初から含まれていた遊離脂肪酸が含まれている。
【0050】
このような相分離工程によって得られる油相中に水が残留すると、続くX工程において脂肪酸エステルの一部が加水分解を受けて脂肪酸に戻ることから、油相中から可能な限りの水を除去することが好ましい。また、製造プロセス全体のエネルギー効率を考慮すると、加水分解工程(B工程)後の生成物を常温まで冷却することは好ましくない。
【0051】
そこで、本発明では、この相分離工程を加水分解温度(例えば、250〜300℃)付近で行うように工夫する。これにより、生成物を冷却する必要がなくなり、その後、エステル化反応(図1、図2参照)のために再び加熱するエネルギーも不要となるという利点が得られる。
【0052】
以上から、本発明では、脂肪酸を含む原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを、超臨界又は亜臨界条件の水(加圧熱水)で加水分解し、得られた脂肪酸を、もともと油脂中に共存していた脂肪酸と共に分別し、カルボン酸エステルで超臨界又は亜臨界条件下でエステル化して脂肪酸アルキルエステルとするバイオディーゼル燃料の製造方法を提案できる。
【0053】
次に、添付した図7には、X工程(エステル化工程)においてカルボン酸エステルである蟻酸メチル(HCOOCH3)を溶媒として用いた場合の二段階反応経路の一例を示している。この反応経路では、X工程のエステル化反応によって、反応系に蟻酸(HCOOH)が生成するため、該蟻酸の酸触媒の効果が期待できる。
【0054】
続いて、図8は、本発明に係る製造方法において、脂肪酸アルキルエステルの収率を高めるために利用可能なエステル交換反応工程(C工程)の反応例を示す図である。
【0055】
この図8に示されたC工程に係わるエステル交換反応は、本発明の製造方法に係わる反応系に存在している脂肪酸グリセリドを利用し、該脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルとの間で、例えば、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界条件下でエステル交換反応を進行させることによって、脂肪酸アルキルエステルを収得する反応である。このC工程は、該脂肪酸アルキルエステルの収率の向上に寄与する反応工程である。
【0056】
前記エステル交換反応は、上掲の「表1」に示されているように、蟻酸アルキルの臨界温度(Tc):214〜285℃、臨界圧力(Pc):3.5〜6.0、酢酸アルキルの臨界温度(Tc):234〜306℃、臨界圧力(Pc):3.3〜4.7MPaであるので、成分の分解が300℃以上で起こることを考慮すると、カルボン酸エステルの超臨界乃至亜臨界条件である、200℃以上300℃以下、2.0MPa以上15MPa以下が好適である。
【0057】
本発明では、この図8に例示されているエステル交換反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化を行ってもよい。この相溶化を行うことによって、該エステル交換反応を促進させることができ、また、その結果、反応処理条件、例えば、処理温度を低減することが可能になるからである。
【0058】
この相溶化に利用可能な第三成分は、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化に寄与する成分が広く対象となる。例えば、ペンタン、ヘキサンなどのアルカンや石油エーテルなどを挙げることができる。
【0059】
図9は、この図8のような反応例に代表されるC工程(エステル交換工程)から既述したX工程(エステル化工程)へ至る反応経路の概念をまとめた図である。
【0060】
まず、図4で示されたA工程、即ち脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間のエステル交換工程を経て得られる脂肪酸とアセチン(例えば、トリアセチン)を分離する。そして、分離された脂肪酸をX工程(エステル化工程)に導入して、脂肪酸アルキルエステルを収得する(図8参照)。
【0061】
一方、分離されたアセチンは、そのままBDFとして利用することも可能であるが(特許文献3参照)、図9に示す反応経路のように、このアセチン(例えば、トリアセチン)をC工程(エステル交換工程)へ導入する。このC工程では、アセチン(即ち、脂肪酸グリセリド)とカルボン酸エステルとの間のエステル交換反応(図8参照)を進行させ、脂肪酸アルキルエステルを収得する。
【0062】
従って、図9に示すような反応経路では、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間のX工程(エステル化工程)を介して得られてくる脂肪酸アルキルエステルに加えて、脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間のA工程(エステル交換工程)から生成する脂肪酸グリセリド(アセチン)とカルボン酸エステルとの間でのC工程(エステル交換工程)を経て脂肪酸アルキルエステルを収得することができる(図9参照)。即ち、この反応経路では、反応系からの脂肪酸アルキルエステルの収率を向上させることができる。
【0063】
以上説明してきた本発明の製造方法に係る反応系では、反応の最終段階に至るまでカルボン酸エステルやカルボン酸が存在することになる。このカルボン酸エステルやカルボン酸は酸触媒機能を有効に発揮するため、反応効率が良く、ひいては高品位な脂肪酸アルキルエステルを製造することができる。
【実施例1】
【0064】
<カルボン酸エステルを用いたエステル化反応(X工程)の検証>
【0065】
まず、カルボン酸エステルとして蟻酸メチル(HCOOCH3)を用いた。この蟻酸メチルを超臨界条件としてオレイン酸を処理し、エステル化反応が進行するかどうかについて検証した。
【0066】
実験方法。オレイン酸(ナカライ製)と蟻酸メチル(Aldrich製、99%)とをモル比1:2、1:7、1:15の割合で内容積5mLのバッチ型反応管に封入し、350℃で3〜9分間処理した。処理後の反応物から溶媒をエバポレーターで留去し、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により分析した。また、オレイン酸およびオレイン酸メチルについてもGPCにより分析した。尚、分析時のGPCの環境は、次の「表3」の通りである。
【0067】
【表3】
【0068】
本検証実験の結果である各モル比における処理後のGPCクロマトグラムを図10に示す。また、これらのピーク面積より求めたオレイン酸メチルの収率を以下の「表4」に、そのグラフを図11にそれぞれ示す。なお、図10において保持時間13分付近に見られるピークは、元の試料に含まれる不純物であると考えられる。
【0069】
【表4】
【0070】
考察。蟻酸メチルのモル分率が大きいほど、また処理時間が長くなるほどオレイン酸の量が減少し、得られるオレイン酸メチルの量が増加する傾向にあることがわかった。ただし、いずれのモル比の溶液に関しても、6分間の処理と9分間の処理における収率の差はほんのわずかであり、6分の処理でかなり反応が完結しているものと考えられる。これより、カルボン酸エステルである蟻酸メチルを溶媒として脂肪酸を処理すると、エステル化反応が進行することが明らかとなった。
【実施例2】
【0071】
<超臨界カルボン酸を用いた原料油脂のエステル交換反応(A工程)の検証>
【0072】
本検証実験では、カルボン酸として酢酸(CH3COOH)を用いた。この酢酸を超臨界条件として菜種油及びオレイン酸を処理し、上記A工程に係わるエステル交換反応が進行するかどうかについて検証した。
【0073】
実験方法。内容積5mLのバッチ型反応管に菜種油1.4mLと酢酸3.6mL(モル比1:42)を封入し、270℃で9分間処理した。次に、処理後の液体に上蒸留水を加えて撹拌し、遠心分離した後、水層を除去した。この操作をもう一度繰り返した後、エバポレーターで不要物を留去し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。また、オレイン酸2.2mLと酢酸2.8mL(モル比1:7)ついても同様の操作を行った。なお、HPLCによる分析時の環境は、次の「表5」の通りである。
【0074】
【表5】
【0075】
添付した図12にHPLCのクロマトグラムを示す。この図12に示されているように、菜種油の処理では、反応中間体であるジグリセリドの他に、脂肪酸と見られるピークが見られた。これは、菜種油に含まれる脂肪酸トリグリセリドと酢酸との間で、図13に示されたエステル交換反応(A工程の一例)が進行したものと考えられる。これに対して、オレイン酸の処理系では、未処理のものとあまり変化がなく、反応がほとんど起こらなかったと考えられる。
【実施例3】
【0076】
<反応系における相溶化の検証>
【0077】
本実施例3では、本発明に係る製造方法の反応系における相溶化について検証した。以下の「表6」に示す混合系を常温・常圧条件下で作成し、その溶解状態を観察した。更に、各混合系を一晩冷蔵庫(5℃)で冷却し、溶解状態の変化を観察した。本実施例3に関する実験結果を図面代用写真である図14〜図21に示した。
【0078】
【表6】
【0079】
(1)蟻酸メチル+菜種油(1:1)について。
常温では、ほぼ溶解したが、白い沈殿が少量底に残っているのが観察された(図14参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ4:1であった(図15参照)。
【0080】
(2)蟻酸メチル+菜種油+ペンタン(1:1:0.1)について。
常温ではほぼ完全に溶解した(図16参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、薄い黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ8:1であった(図17参照)。
【0081】
(3)蟻酸メチル+菜種油+ヘキサン(1:1:0.1)について。
常温ではほぼ完全に溶解した(図18参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、薄い黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ8:1であった(図19参照)。
【0082】
(4)蟻酸メチル+菜種油+石油エーテル(1:1:0.1)について。
常温ではほぼ完全に溶解した(図20参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、薄い黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ8:1であった(図21参照)。以上の(1)〜(4)の結果を次の「表7」にまとめた。
【0083】
【表7】
【0084】
この結果からわかるように、蟻酸メチルと油脂(菜種油)の混合系は二相で沈殿物を生じている。一方、第三成分を添加した系ではいずれも一相となっており、超臨界条件又は亜臨界条件下においても良好なエステル交換反応が期待できる。このため反応条件の緩和を達成することができる。例えば、反応温度を350℃から300℃以下に下げることが充分に期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明は、バイオディーゼル燃料として好適に使用可能な高品位な脂肪酸アルキルエステルを無触媒で効率良く製造する技術として利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明に係る脂肪酸アルキルエステルの基本製造工程(X工程)の概念図である。
【図2】同基本製造工程に係わるエステル化反応をより詳しく説明する図である。
【図3】本発明に係る製造方法において利用可能な反応経路の例を示す図である。
【図4】同反応経路の初段階工程の一例であるA工程(エステル交換工程)の反応例を示す図である。
【図5】本発明に係る製造方法において利用可能な他の反応経路の例を示す図である。
【図6】同反応経路の初段階工程であるB工程(加水分解工程)の反応例を示す図である。
【図7】X工程(エステル化工程)においてカルボン酸エステルである蟻酸メチル(HCOOCH3)を溶媒として用いた場合の二段階反応経路の一例を示す図である。
【図8】本発明に係る製造方法において、脂肪酸アルキルエステルの収率を高めるために利用可能なエステル交換反応工程(C工程)の反応例を示す図である。
【図9】C工程(エステル交換工程)からX工程(エステル化工程)に至る反応経路の概念をまとめた図である。
【図10】実施例1に係る検証実験の結果である各モル比における処理後のGPCクロマトグラムである。
【図11】GPCクロマトグラム(図10)のピーク面積より求めたオレイン酸メチルの収率のグラフである。
【図12】実施例2に係る検証実験の結果であるHPLCクロマトグラムである。
【図13】菜種油に含まれる脂肪酸トリグリセリドと酢酸との間でのエステル交換反応(A工程)の一例を示す図である。
【図14】実施例3に係る検証実験の混合系区分(1)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図15】同混合系区分(1)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【図16】実施例3に係る検証実験の混合系区分(2)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図17】同混合系区分(2)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【図18】実施例3に係る検証実験の混合系区分(3)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図19】同混合系区分(3)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【図20】実施例3に係る検証実験の混合系区分(4)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図21】同混合系区分(4)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【符号の説明】
【0087】
X工程 (脂肪酸とカルボン酸エステルの)エステル化工程
A工程 (脂肪酸グリセリドとカルボン酸の)エステル交換工程(初段階工程)
B工程 (脂肪酸グリセリドの)加水分解工程(初段階工程)
C工程 (脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルの)エステル交換工程
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸アルキルエステル(「脂肪酸エステル」とも言う。)の製造方法に関する。より詳しくは、バイオディーゼル燃料として使用する脂肪酸アルキルエステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に「BDF」と略称されるバイオディーゼル燃料は、植物性油脂、動物性油脂又はこれらの廃油脂(例えば、廃食油)の主成分である脂肪酸トリグリセリド(「脂肪酸グリセリド」とも言う。)をエステル交換又は加水分解して得られる脂肪酸をアルコールでエステル化する方法などによって得られる脂肪酸エステルからなる燃料である。この燃料は、ディーゼル機関を有する車両、船舶、農工業機械、発電機等に使用可能である。
【0003】
このバイオディーゼル燃料は、軽油に比べてその排気ガス中の黒鉛や酸性雨の原因となる硫黄酸化物が少なく、浮遊粒子状物質(PM)の発生も少ないため、環境負荷を軽減できるという利点やバイオマス資源由来の燃料であるので、地球上の炭素バランスを崩さないという利点を有することなどから、既に化石燃料の代替としての利用が始まっている。また、油脂類から脂肪酸エステルを工業的に製造する方法も幾つか開発されており、この方法は、概ねアルカリ触媒法、酸触媒法、リパーゼ酵素法に大別できる。
【0004】
アルカリ触媒法は、油脂にメタノールと塩基性触媒を加えてエステル交換反応を行うことにより、目的の脂肪酸メチルエステルを得る方法である。この方法は、比較的穏やかな温度・圧力条件で反応を進行させることができるが、精製段階でアルカリ触媒の除去工程が必要となる。また、原料油脂中の遊離脂肪酸とアルカリ触媒が反応してアルカリセッケンを生成したり、原料油脂中の水が触媒機能を低下させたりして、エステル収率の低下を招くなどの問題を抱えている。
【0005】
酸触媒法は、アルカリ触媒法のようなアルカリセッケンの生成は起こらないが、前記アルカリ触媒法同様に、原料油脂中の水分によって触媒機能が低下し、また、反応速度も遅いため、この方法単独で工業的製法とすることは困難である。
【0006】
リパーゼ酵素法は、リパーゼ酵素の触媒作用によって、原料油脂をバイオディーゼル燃料へ変換する方法であり、生産物の中和が不要であり、原料中の遊離脂肪酸の影響を受けないなどの利点があるが、メタノール添加量の制御が不可欠であり、反応速度が遅く、コストも高いなどの問題を抱えている。
【0007】
これらの製法に対し、本願発明者は、無触媒条件下で脂肪酸エステルを製造する技術を提案している。例えば、特許文献1では、原料油脂を、高温・高圧の超臨界状態又は亜臨界状態のアルコールを溶媒に用いてエステル交換反応及びエステル化反応を行うことによって、脂肪酸エステル組成物を無触媒で製造する技術を提案している。この技術では、脂肪酸アルキルエステルとグリセリンとが反応して脂肪酸モノグリセリドに戻る逆反応が存在するため、脂肪酸アルキルエステル生成方向へ反応を傾けるために大過剰量のアルコールを用いる必要があり、また温度・圧力の条件も厳しく、改良の余地があった。
【0008】
また、本願発明者は、特許文献2や非特許文献1において、前記特許文献1の改良技術を提案している。より詳しくは、脂肪酸トリグリセリドを含む原料油脂と水を共存させて加水分解し、前記脂肪酸トリグリセリドから脂肪酸とグリセリンを得る第1工程と、この第1工程の生成物にアルコールを添加し、所定の温度・圧力条件で前記生成物中の脂肪酸を脂肪酸アルキルエステルに変換する第2工程(即ち、エステル化工程)と、から構成される製造方法(以下、「無触媒・二段階方法」と称する)を提案している。
【0009】
この無触媒・二段階方法では、第1工程後に、グリセリンを分離除去することにより第2工程での逆反応を有効に阻止し、かつ第1工程から得られた脂肪酸中の水分を除去しておくことで、第2工程のエステル化反応をより優勢に進行させることができるため、脂肪酸アルキルエステルを効率良く製造できる。この方法は、特に、水や遊離脂肪酸を含む廃油などの原料油脂を用いる脂肪酸アルキルエステルの工業的製法として有用な技術である。
【0010】
加えて、特許文献3には、トリグリセリドとカルボン酸エステルとをエステル交換反応させて得られてくるトリアセチン(グリセリントリアセタート)などのトリグリセリドとカルボン酸エステルとからなる燃料を製造する技術が開示されている。即ち、アルコールを溶媒として用いない脂肪酸アルキルエステルの製造技術が開示されている。
【特許文献1】特開2000−204392号公報。
【特許文献2】PCT国際公開 WO03/106604号公報。
【特許文献3】特開2004−149742号公報。
【非特許文献1】Journal of the Japan Institute of Energy,Vol.84,413−419(2005)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
BDFに有用である脂肪酸アルキルエステルの製法に係わる従来技術は、上記したように、概ね、アルコールを溶媒とするエステル化反応やエステル交換反応に基づいている。アルコール溶媒系では、例えば、アルコールを超臨界条件とすることで、原料油脂中の遊離脂肪酸に対してもエステル化反応を進行させることができるが、脂肪酸トリグリセリドをグリセロールへ変換する反応に時間がかかるという課題を抱えている。また、アルコール溶媒を用いない上記特許文献3に開示された技術については、原料油脂の主成分が脂肪酸トリグリセリドである場合は有用であるが、原料油脂の主成分が遊離脂肪酸からなる場合(例えば、ダーク油)は、対応が困難である。
【0012】
今後、脂肪酸アルキルエステルの製造技術を実用化するに当たり、広範な種類の原料油脂に対応可能であること、反応工程の簡略化、反応条件(例えば、温度、圧力)の緩和、反応効率の向上、触媒の使用回避、燃料に不適な副産物(例えば、水、グリセリンなど)の発生の抑制又は防止、ひいては最終燃料組成物の高品位化が今後の重要な技術的課題となっている。
【0013】
そこで、本発明は、前記技術的課題の解決を図り、工業生産により適する脂肪酸アルキルエステルの製造方法、より詳しくは、溶媒としてアルコール溶媒を用いない反応系であって、反応効率が良く、かつ広範な原料油脂にも対応できる脂肪酸アルキルエステルの新規製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明者は、従来から脂肪酸アルキルエステルの製造技術の主流になっているアルコール溶媒を用いる方法から発想を大きく転換して、脂肪酸アルキルエステルの工業生産を想定したより有利な製造方法の鋭意研究を行った。その結果、脂肪酸や脂肪酸グリセリドに対して、超臨界又は亜臨界の条件のカルボン酸エステルあるいはカルボン酸を反応させて、エステル化反応やエステル交換反応を進行させることにより、目的の脂肪酸アルキルエステルを効率良く得ることができることを突き止めた。
【0015】
そこで、本発明では、まず、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界の条件でエステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する方法を提供する。
【0016】
この製造方法における前記脂肪酸は、原料油脂に存在している遊離脂肪酸を有効に利用することができる。また、この製造方法における前記脂肪酸として、原料油脂から所定工程を経て得られる脂肪酸を利用することもできる。なお、該脂肪酸と前記遊離脂肪酸の両方を用いることもできる。
【0017】
原料油脂中の成分から脂肪酸を得る上記所定工程は、とくに狭く限定されることはないが、一例を挙げれば、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸を、該カルボン酸の超臨界又は亜臨界の条件でエステル交換することによって脂肪酸を得る工程を採用することができる。あるいは、前記原料油脂中の脂肪酸トリグリセリドを超臨界又は亜臨界の条件で加水分解することによって脂肪酸を得る工程を採用できる。
【0018】
本発明に係る製造方法の目的物である前記脂肪酸アルキルエステルには、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間の上記エステル化反応を進行させることによって得られる脂肪酸アルキルエステルの他に、他の反応経路から得られる脂肪酸アルキルエステルが含まれていてもよい。一例を挙げると、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルとの間のエステル交換反応で得られる脂肪酸アルキルエステルが含まれていてもよい。
【0019】
本製造方法では、上記エステル化反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化を行うとよい。この相溶化によって、脂肪酸とカルボン酸エステルのエステル交換反応がより促進されることになるため、工業生産においても有効に活用可能である。
【0020】
また、上記エステル交換反応系に対しても第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相、あるいは脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化を行ってもよい。この相溶化によって、エステル交換反応がより促進されることになるため、工業生産において有効である。
【0021】
本製造方法におけるエステル化反応やエステル交換反応において利用可能なカルボン酸エステルは、とくに狭く限定されないが、蟻酸メチルなどの蟻酸エステルを利用することも可能である。
【0022】
なお、本発明において「油脂」とは、脂肪酸グリセリド(脂肪酸トリグリセリド、脂肪酸ジグリセリド、脂肪酸モノグリセリドを含む。)及び脂肪酸のいずれかを少なくとも含むものである。「脂肪酸アルキルエステル」とは、(1)原料油脂中に最初から含まれていた遊離脂肪酸、(2)原料油脂中の成分が何らかの反応を受けて生成した脂肪酸、(3)原料油脂中に含まれる脂肪酸や脂肪酸グリセリドなどが、エステル化反応、あるいはエステル交換反応などを経て得られる脂肪酸エステルを意味する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、外部から反応系へ触媒を添加することもなく、脂肪酸アルキルエステルを効率良く製造することができる。また、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界の条件でエステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する方法では、アルコールを溶媒として用いないため、例えば、従来の脂肪酸とアルコールとをエステル化反応させて脂肪酸アルキルエステルを製造する方法とは異なり、燃料中の組成物として不適な水の発生が反応系において起こらない。
【0024】
本発明の製造方法に係る反応系では、反応の最終段階に至るまでカルボン酸エステルやカルボン酸が存在することになり、このカルボン酸エステルやカルボン酸が酸触媒機能を発揮するため、反応効率が向上し、ひいては高品位な脂肪酸アルキルエステルを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための好適な形態について、添付図面を参照しながら説明する。なお、添付図面に示された各実施形態は、本発明に係わる製造方法の代表的な実施形態例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0026】
まず、図1は、本発明に係る脂肪酸アルキルエステルの基本製造工程(X工程)の概念図、図2は同基本製造工程(X工程)に係わるエステル化反応をより詳しく説明する図である。
【0027】
ここで、図2中に示すR1,R2,R3は、炭化水素基を意味しており、これらR1,R2,R3は異種の炭化水素基であったり、R1,R2,R3の全部又はいずれか二つが同種の炭化水素基であったりしてもよい。また、R1,R2,R3は、その炭素数を狭く限定されることはなく、また、炭素−炭素不飽和結合があってもよく、場合によってはアルコキシ基などの他の官能基が結合していてもよい(以下、他の工程でも同様)。
【0028】
図1、図2に示されたX工程に係わる「エステル化反応」は、好適には、カルボン酸エステルを超臨界条件又は亜臨界条件の温度及び圧力として原料油脂を処理することによって進行させることができる。
【0029】
溶媒であるカルボン酸エステルの「超臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸エステルの臨界温度(Tc)以上で、かつ圧力がカルボン酸エステルの臨界圧力(Pc)以上の状態を言う。また、「亜臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸エステルの沸点以上で、かつ概ね100〜150℃以上であり、かつ圧力が反応温度におけるカルボン酸エステルの蒸気圧以上で、かつ概ね0.5〜2MPa以上の状態を言う。
【0030】
カルボン酸エステルとして、例えば、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸プロピル、蟻酸ブチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、プロピオン酸プロピル、プロピオン酸ブチル、酪酸メチル、酪酸エチル、酪酸プロピル、酪酸ブチルなどを用いることができる。なお、主要なカルボン酸エステルの臨界温度(Tc)及び臨界圧力(Pc)を以下の「表1」にまとめた。
【0031】
【表1】
【0032】
このエステル化反応の対象となる脂肪酸は、原料油脂中に最初から含まれている遊離脂肪酸、あるいは原料油脂中に含まれる成分(例えば、脂肪酸グリセリド)から所定工程を経て得られてくる脂肪酸のいずれか一方又は両方を利用することができる。なお、本発明に係る製造方法では、この図1、2に示されたエステル化反応工程を必須の基本工程と位置付ける。
【0033】
本発明では、このエステル化反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化を行なうのが望ましい。この相溶化を行うことによって、該エステル化反応の反応を促進させることが可能となるからである。前記第三成分は、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化に寄与する成分が広く利用することができる。例えば、ペンタン、ヘキサンなどのアルカンや石油エーテルなどを挙げることができる。
【0034】
次に、図3は、本発明に係る製造方法において利用可能な別の反応経路の例を示す図である。図4は、この反応経路の初段階の工程であるA工程(エステル交換工程)の反応例を示す図である。
【0035】
まず、この図3及び図4に示されたA工程(エステル交換工程)の目的は、原料油脂中に含まれ得る脂肪酸グリセリド(図3では、脂肪酸トリグリセリドを例示)からX工程(エステル化反応、図1、図2参照)で利用可能な脂肪酸を収得することである。
【0036】
即ち、本発明に係る製造方法において、エステル交換工程であるA工程を採用する場合は、該反応によって得られた脂肪酸(R1COOH)とアセチン(acetin、図4ではトリアセチンを例示)から脂肪酸を分離回収し、続いてこの脂肪酸を図1及び図2に示すX工程において、カルボン酸エステルによって超臨界又は亜臨界条件でエステル化し、目的の脂肪酸アルキルエステルを収得するという反応経路となる(図3参照)。
【0037】
ここで、図4に示すA工程の反応例では、脂肪酸トリグリセリドとカルボン酸との間で、該カルボン酸の超臨界又は亜臨界条件下、いわゆるエステル交換反応を行って、アセチンと脂肪酸(R1COOH)を得る工程が示されている。なお、脂肪酸グリセリドとして、脂肪酸トリグリセリド以外に、脂肪酸ジグリセリド、脂肪酸モノグリセリドも含まれ、アセチンとして、トリアセチン以外に、ジアセチンやモノアセチンも含まれる。
【0038】
溶媒であるカルボン酸の「超臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸の臨界温度(Tc)以上で、かつ圧力がカルボン酸の臨界圧力(Pc)以上の状態を言う。また、カルボン酸の「亜臨界状態」とは、反応系内の温度がカルボン酸の沸点以上で、かつ概ね200℃以上であり、かつ圧力が反応温度におけるカルボン酸の蒸気圧以上で、かつ概ね2〜3MPa以上の状態を言う。しかし、350℃を超える温度条件では、特に不飽和脂肪酸が熱分解するため、350℃以下、より好ましくは300℃以下の条件が望まれる。なお、以下に主要なカルボン酸の臨界温度(Tc)及び臨界圧力(Pc)を以下の「表2」にまとめた。
【0039】
【表2】
【0040】
以上から、本発明では、A工程(エステル交換反応)とX工程(エステル化反応)をベースとしたバイオディーゼル燃料の二段階超臨界工程を提案できる。例えば、原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを、超臨界又は亜臨界条件のカルボン酸でエステル交換して得られた脂肪酸を、もともと原料油脂中に共存していた脂肪酸と共に分別し、次に、カルボン酸エステルを用いて、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界条件下で前記脂肪酸をエステル化して脂肪酸アルキルエステル(バイオディーゼル燃料)を得る製造方法を提案できる。
【0041】
なお、このような製造方法では、この前記エステル交換反応系(A工程)に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相の相溶化を行なうとよい。この相溶化を行うことによって、該エステル交換反応を促進させることができ、また、その結果、反応処理条件、例えば、処理温度を低減することが可能になるからである。この相溶化に利用可能な第三成分は、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相の相溶化に寄与する成分が広く対象となる。例えば、ペンタン、ヘキサンなどのアルカンや石油エーテルなどを挙げることができる。
【0042】
次に、図5は、本発明に係る製造方法において利用可能な他の反応経路の例を示す図である。図6は、この反応経路の初段階の工程であるB工程(加水分解工程)の反応例を示す図である。
【0043】
この図5に示されたB工程(加水分解工程)の目的は、上記A工程と同様に、原料油脂中に含まれる脂肪酸グリセリド(図6では、脂肪酸トリグリセリドを例示)を図1のエステル化反応で利用できる脂肪酸へ変換することである。
【0044】
即ち、加水分解工程であるB工程を初段階工程として採用すると、該B工程によって得られる脂肪酸(R1COOH)とグリセリンから脂肪酸だけを分離回収し、続いてこの脂肪酸を図1、2のX工程へ移行させ、超臨界又は亜臨界条件のカルボン酸エステルによってエステル化し、目的の脂肪酸アルキルエステルを収得するという反応経路を提案することができる(図5参照)。
【0045】
初段階工程である加水分解工程後、原料油脂から生成したグリセリンは水に溶解するため脂肪酸から容易に分離することができる(後述)。このため、次の工程段階であるエステル化反応で生成した脂肪酸エステルとの間での逆反応を抑えることが可能となるので、高純度の脂肪酸アルキルエステルが得られる。
【0046】
ここで、図6に示すB工程の反応例では、原料油脂中に含まれる脂肪酸グリセリドを加水分解して、脂肪酸とグリセリンを得る工程であって、例えば、温度150〜300℃、特に250℃〜300℃、圧力5〜25MPa、特に7〜20MPaの亜臨界水条件で、15〜60分、特に好適には20〜40分実施する。このようなB工程から得られる生成物中には、未反応の脂肪酸トリグリセリドが殆ど残存しないという利点がある。
【0047】
なお、図6中では、脂肪酸トリグリセリドを代表例として示しているが、これに限定する趣旨ではなく、原料油脂中に含まれ得る脂肪酸ジグリセリドや脂肪酸モノグリセリドからも、図6同様に加水分解反応によって脂肪酸を得ることができる。
【0048】
図6に示す反応式中の「加圧熱水」とは、前記亜臨界水のことを意味するが、それに狭く限定されるのではなく、超臨界水や低温・低圧での亜臨界水を広く包含する。
【0049】
この加水分解工程であるB工程から得られる生成物を含む反応溶液を静置すると、油相と水相への相分離が起こる(相分離工程)。この工程により分離された油相には脂肪酸が、一方の水相には副産物であるグリセリンが含まれる。この油相を分離回収することによって、続くエステル化工程であるX工程(図1、図2参照)で使用する脂肪酸を回収することができる。この脂肪酸には、加水分解(図6参照)によって生成した脂肪酸や原料油脂中に当初から含まれていた遊離脂肪酸が含まれている。
【0050】
このような相分離工程によって得られる油相中に水が残留すると、続くX工程において脂肪酸エステルの一部が加水分解を受けて脂肪酸に戻ることから、油相中から可能な限りの水を除去することが好ましい。また、製造プロセス全体のエネルギー効率を考慮すると、加水分解工程(B工程)後の生成物を常温まで冷却することは好ましくない。
【0051】
そこで、本発明では、この相分離工程を加水分解温度(例えば、250〜300℃)付近で行うように工夫する。これにより、生成物を冷却する必要がなくなり、その後、エステル化反応(図1、図2参照)のために再び加熱するエネルギーも不要となるという利点が得られる。
【0052】
以上から、本発明では、脂肪酸を含む原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを、超臨界又は亜臨界条件の水(加圧熱水)で加水分解し、得られた脂肪酸を、もともと油脂中に共存していた脂肪酸と共に分別し、カルボン酸エステルで超臨界又は亜臨界条件下でエステル化して脂肪酸アルキルエステルとするバイオディーゼル燃料の製造方法を提案できる。
【0053】
次に、添付した図7には、X工程(エステル化工程)においてカルボン酸エステルである蟻酸メチル(HCOOCH3)を溶媒として用いた場合の二段階反応経路の一例を示している。この反応経路では、X工程のエステル化反応によって、反応系に蟻酸(HCOOH)が生成するため、該蟻酸の酸触媒の効果が期待できる。
【0054】
続いて、図8は、本発明に係る製造方法において、脂肪酸アルキルエステルの収率を高めるために利用可能なエステル交換反応工程(C工程)の反応例を示す図である。
【0055】
この図8に示されたC工程に係わるエステル交換反応は、本発明の製造方法に係わる反応系に存在している脂肪酸グリセリドを利用し、該脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルとの間で、例えば、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界条件下でエステル交換反応を進行させることによって、脂肪酸アルキルエステルを収得する反応である。このC工程は、該脂肪酸アルキルエステルの収率の向上に寄与する反応工程である。
【0056】
前記エステル交換反応は、上掲の「表1」に示されているように、蟻酸アルキルの臨界温度(Tc):214〜285℃、臨界圧力(Pc):3.5〜6.0、酢酸アルキルの臨界温度(Tc):234〜306℃、臨界圧力(Pc):3.3〜4.7MPaであるので、成分の分解が300℃以上で起こることを考慮すると、カルボン酸エステルの超臨界乃至亜臨界条件である、200℃以上300℃以下、2.0MPa以上15MPa以下が好適である。
【0057】
本発明では、この図8に例示されているエステル交換反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化を行ってもよい。この相溶化を行うことによって、該エステル交換反応を促進させることができ、また、その結果、反応処理条件、例えば、処理温度を低減することが可能になるからである。
【0058】
この相溶化に利用可能な第三成分は、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化に寄与する成分が広く対象となる。例えば、ペンタン、ヘキサンなどのアルカンや石油エーテルなどを挙げることができる。
【0059】
図9は、この図8のような反応例に代表されるC工程(エステル交換工程)から既述したX工程(エステル化工程)へ至る反応経路の概念をまとめた図である。
【0060】
まず、図4で示されたA工程、即ち脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間のエステル交換工程を経て得られる脂肪酸とアセチン(例えば、トリアセチン)を分離する。そして、分離された脂肪酸をX工程(エステル化工程)に導入して、脂肪酸アルキルエステルを収得する(図8参照)。
【0061】
一方、分離されたアセチンは、そのままBDFとして利用することも可能であるが(特許文献3参照)、図9に示す反応経路のように、このアセチン(例えば、トリアセチン)をC工程(エステル交換工程)へ導入する。このC工程では、アセチン(即ち、脂肪酸グリセリド)とカルボン酸エステルとの間のエステル交換反応(図8参照)を進行させ、脂肪酸アルキルエステルを収得する。
【0062】
従って、図9に示すような反応経路では、脂肪酸とカルボン酸エステルとの間のX工程(エステル化工程)を介して得られてくる脂肪酸アルキルエステルに加えて、脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間のA工程(エステル交換工程)から生成する脂肪酸グリセリド(アセチン)とカルボン酸エステルとの間でのC工程(エステル交換工程)を経て脂肪酸アルキルエステルを収得することができる(図9参照)。即ち、この反応経路では、反応系からの脂肪酸アルキルエステルの収率を向上させることができる。
【0063】
以上説明してきた本発明の製造方法に係る反応系では、反応の最終段階に至るまでカルボン酸エステルやカルボン酸が存在することになる。このカルボン酸エステルやカルボン酸は酸触媒機能を有効に発揮するため、反応効率が良く、ひいては高品位な脂肪酸アルキルエステルを製造することができる。
【実施例1】
【0064】
<カルボン酸エステルを用いたエステル化反応(X工程)の検証>
【0065】
まず、カルボン酸エステルとして蟻酸メチル(HCOOCH3)を用いた。この蟻酸メチルを超臨界条件としてオレイン酸を処理し、エステル化反応が進行するかどうかについて検証した。
【0066】
実験方法。オレイン酸(ナカライ製)と蟻酸メチル(Aldrich製、99%)とをモル比1:2、1:7、1:15の割合で内容積5mLのバッチ型反応管に封入し、350℃で3〜9分間処理した。処理後の反応物から溶媒をエバポレーターで留去し、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により分析した。また、オレイン酸およびオレイン酸メチルについてもGPCにより分析した。尚、分析時のGPCの環境は、次の「表3」の通りである。
【0067】
【表3】
【0068】
本検証実験の結果である各モル比における処理後のGPCクロマトグラムを図10に示す。また、これらのピーク面積より求めたオレイン酸メチルの収率を以下の「表4」に、そのグラフを図11にそれぞれ示す。なお、図10において保持時間13分付近に見られるピークは、元の試料に含まれる不純物であると考えられる。
【0069】
【表4】
【0070】
考察。蟻酸メチルのモル分率が大きいほど、また処理時間が長くなるほどオレイン酸の量が減少し、得られるオレイン酸メチルの量が増加する傾向にあることがわかった。ただし、いずれのモル比の溶液に関しても、6分間の処理と9分間の処理における収率の差はほんのわずかであり、6分の処理でかなり反応が完結しているものと考えられる。これより、カルボン酸エステルである蟻酸メチルを溶媒として脂肪酸を処理すると、エステル化反応が進行することが明らかとなった。
【実施例2】
【0071】
<超臨界カルボン酸を用いた原料油脂のエステル交換反応(A工程)の検証>
【0072】
本検証実験では、カルボン酸として酢酸(CH3COOH)を用いた。この酢酸を超臨界条件として菜種油及びオレイン酸を処理し、上記A工程に係わるエステル交換反応が進行するかどうかについて検証した。
【0073】
実験方法。内容積5mLのバッチ型反応管に菜種油1.4mLと酢酸3.6mL(モル比1:42)を封入し、270℃で9分間処理した。次に、処理後の液体に上蒸留水を加えて撹拌し、遠心分離した後、水層を除去した。この操作をもう一度繰り返した後、エバポレーターで不要物を留去し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。また、オレイン酸2.2mLと酢酸2.8mL(モル比1:7)ついても同様の操作を行った。なお、HPLCによる分析時の環境は、次の「表5」の通りである。
【0074】
【表5】
【0075】
添付した図12にHPLCのクロマトグラムを示す。この図12に示されているように、菜種油の処理では、反応中間体であるジグリセリドの他に、脂肪酸と見られるピークが見られた。これは、菜種油に含まれる脂肪酸トリグリセリドと酢酸との間で、図13に示されたエステル交換反応(A工程の一例)が進行したものと考えられる。これに対して、オレイン酸の処理系では、未処理のものとあまり変化がなく、反応がほとんど起こらなかったと考えられる。
【実施例3】
【0076】
<反応系における相溶化の検証>
【0077】
本実施例3では、本発明に係る製造方法の反応系における相溶化について検証した。以下の「表6」に示す混合系を常温・常圧条件下で作成し、その溶解状態を観察した。更に、各混合系を一晩冷蔵庫(5℃)で冷却し、溶解状態の変化を観察した。本実施例3に関する実験結果を図面代用写真である図14〜図21に示した。
【0078】
【表6】
【0079】
(1)蟻酸メチル+菜種油(1:1)について。
常温では、ほぼ溶解したが、白い沈殿が少量底に残っているのが観察された(図14参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ4:1であった(図15参照)。
【0080】
(2)蟻酸メチル+菜種油+ペンタン(1:1:0.1)について。
常温ではほぼ完全に溶解した(図16参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、薄い黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ8:1であった(図17参照)。
【0081】
(3)蟻酸メチル+菜種油+ヘキサン(1:1:0.1)について。
常温ではほぼ完全に溶解した(図18参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、薄い黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ8:1であった(図19参照)。
【0082】
(4)蟻酸メチル+菜種油+石油エーテル(1:1:0.1)について。
常温ではほぼ完全に溶解した(図20参照)。これを冷蔵庫(5℃)で一晩冷却すると、薄い黄金色の上層と、無色透明な下層とに分かれた。両層の高さの比はおよそ8:1であった(図21参照)。以上の(1)〜(4)の結果を次の「表7」にまとめた。
【0083】
【表7】
【0084】
この結果からわかるように、蟻酸メチルと油脂(菜種油)の混合系は二相で沈殿物を生じている。一方、第三成分を添加した系ではいずれも一相となっており、超臨界条件又は亜臨界条件下においても良好なエステル交換反応が期待できる。このため反応条件の緩和を達成することができる。例えば、反応温度を350℃から300℃以下に下げることが充分に期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明は、バイオディーゼル燃料として好適に使用可能な高品位な脂肪酸アルキルエステルを無触媒で効率良く製造する技術として利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明に係る脂肪酸アルキルエステルの基本製造工程(X工程)の概念図である。
【図2】同基本製造工程に係わるエステル化反応をより詳しく説明する図である。
【図3】本発明に係る製造方法において利用可能な反応経路の例を示す図である。
【図4】同反応経路の初段階工程の一例であるA工程(エステル交換工程)の反応例を示す図である。
【図5】本発明に係る製造方法において利用可能な他の反応経路の例を示す図である。
【図6】同反応経路の初段階工程であるB工程(加水分解工程)の反応例を示す図である。
【図7】X工程(エステル化工程)においてカルボン酸エステルである蟻酸メチル(HCOOCH3)を溶媒として用いた場合の二段階反応経路の一例を示す図である。
【図8】本発明に係る製造方法において、脂肪酸アルキルエステルの収率を高めるために利用可能なエステル交換反応工程(C工程)の反応例を示す図である。
【図9】C工程(エステル交換工程)からX工程(エステル化工程)に至る反応経路の概念をまとめた図である。
【図10】実施例1に係る検証実験の結果である各モル比における処理後のGPCクロマトグラムである。
【図11】GPCクロマトグラム(図10)のピーク面積より求めたオレイン酸メチルの収率のグラフである。
【図12】実施例2に係る検証実験の結果であるHPLCクロマトグラムである。
【図13】菜種油に含まれる脂肪酸トリグリセリドと酢酸との間でのエステル交換反応(A工程)の一例を示す図である。
【図14】実施例3に係る検証実験の混合系区分(1)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図15】同混合系区分(1)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【図16】実施例3に係る検証実験の混合系区分(2)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図17】同混合系区分(2)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【図18】実施例3に係る検証実験の混合系区分(3)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図19】同混合系区分(3)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【図20】実施例3に係る検証実験の混合系区分(4)の常温での観察結果を示す図面代用写真である。
【図21】同混合系区分(4)の一晩冷却後の観察結果を示す図面代用写真である。
【符号の説明】
【0087】
X工程 (脂肪酸とカルボン酸エステルの)エステル化工程
A工程 (脂肪酸グリセリドとカルボン酸の)エステル交換工程(初段階工程)
B工程 (脂肪酸グリセリドの)加水分解工程(初段階工程)
C工程 (脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルの)エステル交換工程
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界の条件でエステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する方法。
【請求項2】
前記脂肪酸は、原料油脂に存在する遊離脂肪酸であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記脂肪酸は、原料油脂から所定工程を経て得られる脂肪酸であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
前記所定工程は、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間で、該カルボン酸の超臨界又は亜臨界の条件でエステル交換反応を行うことによって脂肪酸を得る工程であることを特徴とする請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
前記所定工程は、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドを、超臨界又は亜臨界の条件で加水分解することによって脂肪酸を得る工程であることを特徴とする請求項3記載の製造方法。
【請求項6】
前記脂肪酸アルキルエステルには、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルとの間のエステル交換反応で得られる脂肪酸アルキルエステルが含まれることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項7】
前記エステル化反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化を行うことを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項8】
前記エステル交換反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相の相溶化を行うことを特徴とする請求項4記載の製造方法。
【請求項9】
前記エステル交換反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化を行うことを特徴とする請求項6記載の製造方法。
【請求項10】
前記カルボン酸エステルは、蟻酸エステルであることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項11】
前記蟻酸エステルは、蟻酸メチルであることを特徴とする請求項9記載の製造方法。
【請求項1】
脂肪酸とカルボン酸エステルとの間で、該カルボン酸エステルの超臨界又は亜臨界の条件でエステル化反応を進行させることによって脂肪酸アルキルエステルを製造する方法。
【請求項2】
前記脂肪酸は、原料油脂に存在する遊離脂肪酸であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記脂肪酸は、原料油脂から所定工程を経て得られる脂肪酸であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
前記所定工程は、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸との間で、該カルボン酸の超臨界又は亜臨界の条件でエステル交換反応を行うことによって脂肪酸を得る工程であることを特徴とする請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
前記所定工程は、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドを、超臨界又は亜臨界の条件で加水分解することによって脂肪酸を得る工程であることを特徴とする請求項3記載の製造方法。
【請求項6】
前記脂肪酸アルキルエステルには、前記原料油脂中の脂肪酸グリセリドとカルボン酸エステルとの間のエステル交換反応で得られる脂肪酸アルキルエステルが含まれることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項7】
前記エステル化反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸相とカルボン酸エステル相の相溶化を行うことを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項8】
前記エステル交換反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸相の相溶化を行うことを特徴とする請求項4記載の製造方法。
【請求項9】
前記エステル交換反応系に第三成分を添加することによって、脂肪酸グリセリド相とカルボン酸エステル相の相溶化を行うことを特徴とする請求項6記載の製造方法。
【請求項10】
前記カルボン酸エステルは、蟻酸エステルであることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項11】
前記蟻酸エステルは、蟻酸メチルであることを特徴とする請求項9記載の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2007−106689(P2007−106689A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−298162(P2005−298162)
【出願日】平成17年10月12日(2005.10.12)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年10月12日(2005.10.12)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
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