説明

脊髄損傷に対する嗅粘膜移植にHGFを用いた神経機能再建法

【課題】脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植することにより脊髄を再建する再生治療するに際して、その再生治療効果を増強させる薬剤を提供する。
【解決手段】脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植することにより脊髄を再建する再生治療における効果増強剤であって、HGFタンパク質またはそれをコードする核酸を有効成分とすることを特徴とする効果増強剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄損傷の再生治療のための効果増強剤およびそれを用いる再生治療法に関し、さらに詳しくは脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤、および該効果増強剤を用いる脊髄再生治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄損傷は、交通事故や高所転落に伴う脊椎脱臼骨折などの外傷で、脊髄実質が損傷されることにより、損傷部以下の末梢の運動・感覚・自律神経系の麻痺を呈する病態のことである。現在、脊髄損傷の患者は、日本では約10万人、米国では約25万人に及ぶとされており、年間日本では5千人、米国では1万人以上の患者が増加している。近年医療の進歩に伴い受傷後も生存することは十分可能になっているが、それだけに日常生活の不便さや精神的な負担が患者を苦しめる結果ともなり、社会的な問題となっているのが現状である。
【0003】
長年にわたって、成体哺乳動物の中枢神経系(脳と脊髄)は一度損傷を受けると再生しないと考えられてきた。中枢神経系が再生し難いのに対し、末梢神経系が容易に再生することは古くから知られており、その違いは、中枢神経系ではオリゴデンドロサイト、ミエリンまたは細胞外基質に軸索伸長抑制因子が存在するのに対して、末梢神経系ではそのような因子が存在しないからであると説明されている。つまり、末梢神経系の軸索環境が新しく伸びてくる軸索に対して全体として許容的(permissive)であるのに対して、中枢神経系では拒絶的(non-permissive)すなわち、軸索の新生が阻害される環境にある。もし、この説明が正しければ、哺乳動物の中枢神経系の再生を促すには拒絶的な環境を許容的に変えることが必要になる。その試みの一つとして、嗅神経鞘細胞の移植が挙げられる(非特許文献1)。
【0004】
嗅神経細胞は、哺乳動物の成体細胞の中で生涯を通じて継続的に再生を続ける特異的な細胞である。Luらは、ラットの嗅粘膜由来の嗅神経鞘細胞を、完全切断したラット脊髄に移植したところ、運動機能が著しく回復し、脊髄反射の下行性抑制が著しく修復され、それに伴って切断部位を越えて軸索が成長したとの知見を得、ヒトの脊髄損傷の治療にも応用できる可能性を示した。(非特許文献2)。
【0005】
嗅粘膜は成人においても採取可能であるため、自家移植できるという点でその期待は急速に高まり、臨床治験が行われている。例えば、ポルトガルでは、カルロス・リマらが脊髄損傷患者に嗅粘膜を自家移植して治療効果があったと報告している(非特許文献3)。また自家移植ではないが、中国では、黄らが中心となって、2002年より脊髄損傷患者に対するヒト胎児由来嗅神経鞘細胞移植の臨床治験が行われ、一部患者では改善が得られたと報告している(非特許文献4)。
【0006】
このように、嗅神経鞘細胞や嗅粘膜を損傷部位に移植することにより脊髄損傷を治療する方法は、一定の成果を上げてはいるが、依然としてその効果は限定的であり、さらなる機能回復を獲得するためには、該治療方法を改良することが必要である。
【0007】
一方、肝実質細胞増殖因子(以下、HGFと略記する)は、最初に成熟肝細胞に対する強力なマイトーゲンとして同定され、1989年にその遺伝子クローニングがなされた(非特許文献5、6)。HGFは肝実質細胞増殖因子として発見されたが、ノックアウト/ノックインマウスの手法を含む発現および機能的解析における近年の多数の研究により、HGFは新規な神経栄養因子であることも明らかにされた(非特許文献7、8)。
【0008】
また、特許文献1には、パーキンソン病モデルラットを用いて、HGF遺伝子のモデルラットへの作用効果を行動学的におよび組織学的に検討した実施例が示されており、HGF遺伝子の前投与により中脳黒質ドーパミンニューロンを神経毒6−OHDAから保護し、パーキンソン病モデルラットの症状を抑えたとの実験結果が示されている。そして、この特許文献1では、このような実験結果に基づいて、HGF遺伝子がパーキンソン病のみならず、アルツハイマー病、脊髄小脳変性症、多発性硬化症、線条体黒質変性症、脊髄性筋萎縮症、ハンチントン舞踏病、シャイ・ドレーガー症候群、シャルコー・マリー・トース病、フリードライヒ失調症、重症筋無力症、ウイリス動脈輸閉塞症、アミロイドーシス、ピック病、スモン病、皮膚筋炎・多発性筋炎、クロイツフェルド・ヤコブ病、ベーチェット病、全身性エリテマドーデス、サルコイドーシス、結節性動脈周囲炎、後縦靭帯骨化症、広範性脊柱狭窄症、混合性結合組織病、糖尿病性末梢神経炎、虚血性脳血管障害(脳梗塞、脳出血など)などの神経疾患の治療にも適用できるとし、かかる神経疾患の1つとして脊髄損傷も挙げられている。
【特許文献1】WO2003/045439
【非特許文献1】川口、「実験医学」、Vol.20、 No.5(増刊)、2002年、796〜803頁
【非特許文献2】Lu et al.,Brain(2002),125,14〜21頁
【非特許文献3】Laurance Johnston et al.,”OLFACTORY−TISSUE TRANSPLANTATION FOR SCI: PORTUGAL CLINICAL TRIALS”,[online],2003年,[平成18年2月15日検索],インターネット<URL: http://www.healingtherapies.info/OlfactoryTissue2.htm>
【非特許文献4】岩波ら、「PTジャーナル」、第39巻、第6号、2005年、539〜546頁
【非特許文献5】Biochem.Biophys.Res.Commun.,122,1450〜1459頁、1984年
【非特許文献6】Nature,342,440〜443頁、1989年
【非特許文献7】Nat.Neurosci.,2,213〜217頁、1999年
【非特許文献8】Clin.Chim.Acta.,327,1〜23頁、2003年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、脊髄損傷の損傷部位に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植することにより脊髄を再建する再生治療を行うに際して、その再生治療の効果を増強させる薬剤を提供するものである。また本発明の他の目的は、前記薬剤を用いて前記再生治療の効果を増強する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決すべく種々検討を重ねた結果、脊髄損傷に対して嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を損傷部位に移植して脊髄を再建する再生治療を行うに際し、当該患者にHGFタンパク質またはそれをコードする核酸(例えば、DNA)を投与することにより、その再生治療効果を顕著に増強させうることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、
[1] 脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤であって、HGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸を有効成分とすることを特徴とする効果増強剤、
[2] 有効成分がHGFタンパク質である上記[1]に記載の効果増強剤、
[3] HGFタンパク質が、配列番号1もしくは2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、または配列番号1もしくは2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質であってHGFとして作用するタンパク質である上記[2]に記載の効果増強剤、
[4] 脊髄損傷部位に局所適用するための上記[1]〜[3]のいずれかに記載の効果増強剤、
[5] 徐放性製剤の剤形である上記[1]〜[4]のいずれかに記載の効果増強剤、
[6] 徐放性製剤がHGFタンパク質を多孔性ゼラチンスポンジに含浸させた製剤である上記[5]に記載の効果増強剤、
[7] 徐放性製剤がポンプを用いて断続的に投与できる注射剤である上記[5]に記載の効果増強剤、
[8] 嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織が嗅粘膜である上記[1]〜[7]のいずれかに記載の効果増強剤、
[9] 嗅粘膜が自家嗅粘膜である上記[8]に記載の効果増強剤、
[10] 脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療に際し、前記患者にHGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸を投与することを特徴とする脊髄再生治療法、および
[11] 脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤を製造するためのHGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸の使用
に関する。
【発明の効果】
【0012】
脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療に際し、当該患者にHGFタンパク質またはそれをコードする核酸(例えば、DNA)を投与することによって、再生治療の効果を顕著に増強することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の効果増強剤は、脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤であって、HGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸(例えば、DNA)を有効成分とすることを特徴とする。
【0014】
本発明でいう「嗅神経鞘細胞」とは、嗅神経細胞の軸索の周りを取り囲む細胞である。ヒトにおける嗅神経鞘細胞の位置を図1に示す。
【0015】
本発明でいう「該細胞を含む粘膜組織」とは、具体的には「嗅粘膜」が好適に挙げられる。
【0016】
本発明でいう「嗅粘膜」は、主嗅覚器として鼻腔内の鼻中隔上部と左右の上部鼻甲介上部に囲まれた部位にあり、例えばヒトにおいては左右各々約2cm程度の面積を持つものである。嗅粘膜は、嗅上皮および嗅粘膜固有層から構成され、嗅神経鞘細胞は、主に嗅粘膜固有層に存在する。
【0017】
本発明に係る再生治療を実施するに際して、まず、「嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織」を調製する。
嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織の調製は、哺乳動物の鼻に存在する「嗅粘膜」を含む粘膜組織を摘出することで行われ、好ましくは嗅粘膜、さらに好ましくは嗅粘膜固有層を摘出することで行われる。ヒトにおける該摘出箇所は、図2に示す部位が好ましいが、嗅粘膜が主体となっておれば、呼吸粘膜(嗅神経鞘細胞を含まない)が混在していてもよい。摘出された嗅粘膜は、必要に応じて細断するなどして脊髄損傷部位に移植しやすい形態にすることができる。
【0018】
また、嗅粘膜由来の嗅神経鞘細胞を培養し、単離して用いることもでき、そのための培養・単離方法は、自体公知の方法で行うことができる。例えば、摘出した嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織を、10%ウシ胎仔血清を加えたダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)で3〜4日間培養し、その後DMEM無血清培地で2〜3週間培養し、後者の培地を週2回投入して培養してからトリプシン−EDTAを用いることによって、嗅神経鞘細胞を単離してもよい。さらに、この単離した嗅神経鞘細胞を適当な培地(例えば、DMEM、血清添加DMEMなど)に懸濁して使用することもできる。
【0019】
嗅神経鞘細胞および該細胞を含む粘膜組織のソースとしては、ヒト成体(自家移植または他家移植)、ヒト胎児(同種移植)、ヒト死体(同種移植)およびブタなど他の哺乳動物(異種移植)などが挙げられるが、ドナーの問題、移植後に起こり得る免疫拒絶反応の問題、倫理の問題などを考慮すると、移植を受けるヒト成体(自家移植)が好ましい。
【0020】
嗅神経鞘細胞および該細胞を含む粘膜組織の移植は脊髄損傷部位で行われる。移植は、様々な方法で行うことができるが、例えば次のようにして行うことができる。
患者を全身麻酔下で、正中切開を行い、適切なレベルで筋肉を骨膜下に剥離する。硬膜開口中、筋肉、骨、硬膜外腔を慎重に扱う。病変部全体にわたる範囲で椎弓切除を行う。外科的処置による脊髄変形を避けるため、かつ嗅神経鞘細胞移植後に構造的な再生が可能になるように、椎弓の全体を切除する。培養した嗅神経鞘細胞の懸濁液を、脊髄の病変部における頭側部と尾側部に隣接した部位に注入するか、嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織を切除部位の空隙に充填することによって移植する。
【0021】
移植時期としては、患者の状態などに応じて、脊髄損傷後直ちに行ってもよいし、または1〜数週間後に行ってもよい。さらに慢性期移植では、損傷後数ヶ月から数年経過している場合も対象になり、場合によってはリハビリテーション等で回復が望めなくなった患者に対して行ってもよい。
【0022】
前記再生治療を実施するに際して、本発明の効果増強剤の有効成分である「HGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸」を準備する。
【0023】
本発明で使用されるHGFタンパク質は公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。HGFタンパク質の製造方法としては、例えばHGFタンパク質を産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清などから分離、精製して該HGFタンパク質を得ることができる。あるいは遺伝子工学的手法によりHGFタンパク質をコードする核酸を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主細胞に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGFタンパク質を得ることもできる(例えば、特開平5−111382号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.1989年、第163巻,p.967などを参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母または動物細胞などを用いることができる。このようにして得られたHGFタンパク質は、天然型HGFタンパク質と実質的に同じ作用を有する限り、そのアミノ酸配列中の1もしくは複数個〔例えば、数個(例えば1〜8個;以下同様である。)〕のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加されていてもよく、また同様に糖鎖が置換、欠失もしくは付加されていてもよい。そのようなHGFタンパク質として、下記する5アミノ酸欠損型HGFタンパク質を挙げることができる。ここで、アミノ酸配列について、「1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加」とは、遺伝子工学的手法、部位特異的突然変異誘発法などの周知の技術的方法により、または天然に生じうる程度の数(1〜数個)が、欠失、置換もしくは付加などされていることを意味する。糖鎖が置換、欠失もしくは付加したHGFタンパク質とは、例えば天然のHGFタンパク質に付加している糖鎖を酵素などで処理し糖鎖を欠損させたHGFタンパク質、また糖鎖が付加しない様に糖鎖付加部位のアミノ酸配列に変異が施されたもの、あるいは天然の糖鎖付加部位とは異なる部位に糖鎖が付加するようアミノ酸配列に変異が施されたものなどをいう。具体的には、例えばNCBIのデータベースに登録されているAccession No.NP_001010932のヒトHGFに対し、糖鎖付加部位の289位AsnをGlnに、397位AsnをGlnに、471位ThrをGlyに、561位AsnをGlnに、648位AsnをGlnにそれぞれ置換することによって糖鎖が付加しないようにしたHGF[Fukuta K et al.,Biochemical Journal,388,555−562(2005)]等を挙げることができる。
【0024】
上記HGFタンパク質としては、例えば配列番号1または2で表されるアミノ酸配列などが挙げられる。配列番号2で表されるHGFタンパク質は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の161〜165番目の5個のアミノ酸残基が欠失している5アミノ酸欠損型HGFタンパク質である。配列番号1または2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、両者ともヒト由来の天然HGFタンパク質であって、HGFとしてのマイトーゲン活性、モートゲン活性などを有する。
【0025】
配列番号1または2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であるアミノ酸配列を含むタンパク質も本発明のHGFタンパク質に含まれ、かかるタンパク質としては、配列番号1または2で表されるアミノ酸配列と少なくとも約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質、例えば配列番号1または2で表されるアミノ酸配列から、1〜数個のアミノ酸残基を挿入または欠失させたアミノ酸配列、1〜数個のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基と置換させたアミノ酸配列または1〜数個のアミノ酸残基が修飾されたアミノ酸配列などを含むタンパク質であってHGFとして作用するタンパク質であることが好ましい。挿入されるアミノ酸または置換されるアミノ酸は、遺伝子によりコードされる20種類のアミノ酸以外の非天然アミノ酸であってもよい。非天然アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基を有する限りどのような化合物でもよいが、例えばγ−アミノ酪酸などが挙げられる。
【0026】
これらのタンパク質は、単独であっても、これらの混合タンパク質であってもよい。配列番号1または2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であるアミノ酸配列を含むタンパク質としては、例えばNCBIのデータベースに登録されているAccession No.BAA14348またはAAC71655等のヒト由来HGFが挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
なお、本発明で用いられるHGFタンパク質は、ヒトに適用する場合は前記したヒト由来のものが好適に用いられるが、ヒト以外の哺乳動物(例えばサル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、チンパンジー等)に由来するHGFタンパク質であってもよい。このようなHGFとしては、例えばNCBIのデータベース等に登録されている、例えばマウス由来HGF(例えばAccession No.AAB31855,NP_034557,BAA01065,BAA01064等)、ラット由来HGF[例えばAccession No.NP_58713(配列番号5で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質)等]、ウシ由来HGF(例えばAccession No.NP_001026921、XP874086,BAD02475等)、ネコ由来HGF(例えばAccession No.NP_001009830、BAC10545,BAB21499等)、イヌ由来HGF(例えばAccession No.NP_001002964、BAC57560等)またはチンパンジー由来HGF(例えばAccession No.XP519174等)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0028】
本発明に用いられるHGFタンパク質は、C末端がカルボキシル基(−COOH)、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)またはエステル(−COOR)のいずれであってもよい。ここでエステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピルもしくはn−ブチルなどのC1−6アルキル基、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3−8シクロアルキル基、例えば、フェニル、α−ナフチルなどのC6−12アリール基、例えば、ベンジル、フェネチルなどのフェニル−C1−2アルキル基もしくはα−ナフチルメチルなどのα−ナフチル−C1−2アルキル基などのC7−14アラルキル基のほか、ピバロイルオキシメチル基などが用いられる。本発明で用いられるHGFタンパク質が、C末端以外にカルボキシル基(またはカルボキシレート)を有している場合、カルボキシル基がアミド化またはエステル化されているものも本発明におけるHGFタンパク質に含まれる。この場合のエステルとしては、例えば上記したC末端のエステルなどが用いられる。
【0029】
さらに、本発明に用いられるHGFタンパク質には、上記したタンパク質において、N末端のメチオニン残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチルなどのC2−6アルカノイル基などのC1−6アシル基など)で保護されているもの、N末端側が生体内で切断され生成したグルタミル基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば、−OH、−SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基など)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチルなどのC2−6アルカノイル基などのC1−6アシル基など)で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖タンパク質などの複合タンパク質なども含まれる。
【0030】
本発明に用いられるHGFタンパク質は塩の形でも使用でき、そのような塩としては、酸または塩基との生理学的に許容される塩が挙げられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが挙げられる。
【0031】
なお、前記タンパク質の部分ペプチドであっても、HGFとしての作用を有するものであれば、本発明のHGFタンパク質の範疇に含まれる。
HGFタンパク質の部分ペプチドは、公知のペプチドの合成法に従って、あるいはHGFタンパク質を適当なペプチダーゼで切断することによって製造することができる。ペプチドの合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれでも良い。すなわち、HGFタンパク質を構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は、保護基を脱離することにより目的のペプチドを製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては、例えば、M.BodanszkyおよびM.A.Ondetti、ペプチド・シンセシス(Peptide Synthesis),Interscience Publishers,New York(1966年)、SchroederおよびLuebke、ザ・ペプチド(The Peptide), Academic Press,NewYork(1965年)などに記載された方法が挙げられる。反応後は通常の精製方法、例えば、溶媒抽出・蒸留・カラムクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・再結晶などを組み合わせてHGFタンパク質の部分ペプチドを精製単離することができる。上記方法で得られる部分ペプチドが遊離体である場合は、公知の方法によって適当な塩に変換することができるし、逆に塩で得られた場合は、公知の方法によって遊離体に変換することができる。
【0032】
本発明の効果増強剤は、HGFタンパク質をコードする核酸(例えば、DNA)を有効成分として含有することもできる。
【0033】
HGFタンパク質をコードする核酸としては、HGFタンパク質をコードするDNAが挙げられ、例えば、Nature,342,440(1989);日本国特許第2777678号公報;Biochem.Biophys,Res.Commun.,1989年,第163巻,p.967−973;Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,1991年,第88巻(16号),p.7001−7005等に記載され、例えば、GeneBank/EMBL/DDBJにAccession No.M60718、M73240、AC004960、AY246560、M29145またはM73240等として登録されているヒト由来のHGFタンパク質をコードするDNA等が好ましく挙げられる。
【0034】
また、本発明のHGFタンパク質をコードするDNAには、前記DNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、HGFタンパク質と実質的に同質の活性、例えばマイトーゲン活性、モートゲン活性等を有するタンパク質をコードするDNA等が包含される。
【0035】
HGFタンパク質をコードするDNAの具体例としては、例えば配列番号3または4で表わされる塩基配列を有するDNA、または配列番号3または4で表わされる塩基配列を有するDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、HGFタンパク質と実質的に同質の活性、例えばマイトーゲン活性、モートゲン活性などを有するタンパク質をコードするDNAなどが挙げられる。
【0036】
なお、配列番号3または4で表わされる塩基配列を有するDNAとハイブリダイズするDNAとは、例えば上記DNAをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAを意味する。具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、約0.7〜1.0M程度の塩化ナトリウム存在下、約65℃程度でハイブリダイゼーションを行った後、約0.1〜2倍程度の濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムよりなる。)を用い、約65℃程度の条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAを挙げることができる。
【0037】
上記の配列番号3または4で表される塩基配列を有するDNAとハイブリダイズするDNAとして具体的には、配列番号3または4で表わされる塩基配列と約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列を有するDNAなどが挙げられる。ハイブリダイゼーションは、公知の方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning,A laboratory Manual, Third Edition(J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab.Press,2001:以下、モレキュラー・クローニング第3版と略す。)に記載の方法などに従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
【0038】
さらに、本発明のHGFタンパク質をコードするDNAは上記に限定されず、発現するタンパク質がHGFタンパク質と実質的に同じ作用を有するDNAである限り、本発明のHGFタンパク質をコードするDNAとして使用できる。例えばHGFタンパク質の部分ペプチドをコードするDNAなどもHGFとしての作用を有する部分ペプチドをコードするものであれば、本発明のHGFタンパク質をコードする核酸の範疇に含まれる。HGFタンパク質の部分ペプチドをコードするDNAとしては、上記した部分ペプチドをコードする塩基配列を有するDNAであればいかなるものであってもよい。
【0039】
また、上記のHGFタンパク質をコードするDNAと同様に、ゲノムDNA、ゲノムDNAライブラリー、上記した細胞・組織由来のcDNA、上記した細胞・組織由来のcDNAライブラリー、合成DNAのいずれでもよい。ライブラリーに使用するベクターは、バクテリオファージ、プラスミド、コスミド、ファージミドなどいずれであってもよい。また、上記した細胞・組織よりmRNA画分を調製したものを用いて、直接RT−PCR法によって増幅することもできる。具体的な本発明の部分ペプチドをコードするDNAとしては、例えば、(a)配列番号3または4で表わされる塩基配列を有するDNAの部分塩基配列を有するDNA、(b)配列番号3または4で表わされる塩基配列を有するDNAの部分塩基配列を有するDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、HGFタンパク質と実質的に同質の活性を有するタンパク質をコードするDNA、または上記(a)或いは(b)の部分塩基配列を有するDNAなどが挙げられる。
【0040】
本発明のHGFタンパク質をコードするDNAは、例えば通常のハイブリダイゼーション法やPCR法などにより容易に得ることができ、該DNAの取得は具体的には前記Molecular Cloningなどの基本書などを参考にして行うことができる。
【0041】
なお、本発明で用いられるHGFタンパク質をコードする核酸は、ヒトに適用する場合は前記したヒト由来のものが好適に用いられるが、ヒト以外の哺乳動物に由来するHGFタンパク質をコードする核酸であってもよい。例えば、ラット由来のHGFタンパク質をコードするDNAは配列番号6で表される。
【0042】
また、本発明で用いられるHGFタンパク質をコードするRNAも、逆転写酵素によりHGFタンパク質または部分ペプチドを発現することができるものであれば、本発明に係るHGFタンパク質をコードする核酸として用いることができ、本発明の範囲内である。また該RNAも公知の手段により得ることができる。
【0043】
HGFタンパク質、またはHGFタンパク質をコードする核酸を脊髄損傷患者に投与する場合、その投与形態、投与方法、投与量などは、有効成分がHGFタンパク質の場合と、HGFタンパク質をコードする核酸の場合とで若干異なる。
【0044】
例えば、有効成分がHGFタンパク質である場合は、種々の製剤形態、例えば液剤、固形剤などをとりうるが、一般的にはHGFタンパク質単独またはそれと慣用の担体と共に、徐放性製剤(例えば、多孔性スポンジ、デポ剤など)、注射剤、噴霧剤などとされる。
前記徐放性製剤の例としては、例えば、HGFタンパク質を生体分解性高分子に含浸させた製剤があげられる。HGFタンパク質を徐放性製剤とすることにより、投与回数の低減、作用の持続性および副作用の軽減などの効果が期待できる。前記徐放性製剤に使用される生体内分解性高分子は、公知の生体内分解性高分子のなかから適宜選択できるが、例えばデンプン、デキストランまたはキトサンなどの多糖類、コラーゲンまたはゼラチンなどのタンパク質、ポリグルタミン酸、ポリリジン、ポリロイシン、ポリアラニンまたはポリメチオニンなどのポリアミノ酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸重合体または共重合体、ポリカプロラクトン、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸、ポリリンゴ酸、ポリ酸無水物またはフマル酸・ポリエチレングリコール・ビニルピロリドン共重合体などのポリエステル、ポリオルソエステルまたはポリメチル−α−シアノアクリル酸などのポリアルキルシアノアクリル酸、ポリエチレンカーボネートまたはポリプロピレンカーボネートなどのポリカーボネートなどである。好ましくはゼラチンであり、より好ましくは多孔性のゼラチンスポンジである。多孔性ゼラチンスポンジとしては、たとえば、スポンゼル(Spongel)、ゲルフォーム(Gelfoam)の商品名で市販されているものを用いることができる。多孔性ゼラチンスポンジを用いて徐放性製剤を製造するには、例えば適当な大きさの多孔性ゼラチンスポンジにHGFタンパク質の溶液を含浸させることにより調製できる。
【0045】
上記注射剤は、水性注射剤または油性注射剤のいずれでもよい。水性注射剤とする場合、公知の方法に従って、例えば、水性溶媒(注射用水、精製水など)に、医薬上許容される添加剤、例えば等張化剤(塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、マンニトール、ソルビトール、ホウ酸、ホウ砂、ブドウ糖、プロピレングリコールなど)、緩衝剤(リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、グルタミン酸緩衝液、イプシロンアミノカプロン酸緩衝液など)、保存剤(パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、クロロブタノール、ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、ホウ酸、ホウ砂など)、増粘剤(ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールなど)、安定化剤(亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、アスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエンなど)またはpH調整剤(塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸、酢酸など)などを適宜添加した溶液に、HGFタンパク質を溶解した後、フィルターなどで濾過して滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。また適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノールなど)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなど)または非イオン界面活性剤(ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油50など)などを使用してもよい。油性注射剤とする場合、油性溶媒としては、例えば、ゴマ油または大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジルまたはベンジルアルコールなどを使用してもよい。調製された注射剤は、通常、適当なアンプルまたはバイアルに充填される。なお、注射剤などの液状製剤は、凍結保存または凍結乾燥などにより水分を除去して保存するのが望ましい。凍結乾燥製剤は、用時に注射用蒸留水などを加え、再溶解して使用される。
【0046】
噴霧剤も製剤上の常套手段によって調製することができる。噴霧剤として製造する場合、その添加剤としては、一般に吸入用製剤に使用される添加剤であればいずれのものであってもよく、例えば、噴霧剤の他、上記した溶剤、保存剤、安定化剤、等張化剤、pH調整剤などが用いられる。噴霧剤としては、液化ガス噴霧剤または圧縮ガスなどが用いられる。液化ガス噴霧剤としては、例えば、フッ化炭化水素(HCFC22、HCFC−123、HCFC−134a、HCFC142などの代替フロン類など)、液化石油、ジメチルエーテルなどが挙げられる。圧縮ガスとしては、例えば、可溶性ガス(炭酸ガス、亜酸化窒素ガスなど)または不溶性ガス(窒素ガスなど)などが挙げられる。
【0047】
投与方法としては、例えば、徐放性製剤を用いる場合には、移植した嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に接するか、あるいはそれに近い部位に埋め込む方法が挙げられる。注射剤もしくは噴霧剤を移植した嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に直接注射(徐放性ポンプによる持続投与など)するか、噴霧する方法が挙げられる。また注射剤の場合、髄腔内(intrathecal)投与してもよい。
【0048】
投与量は、剤形、疾患(脊髄損傷)の程度または年齢などに応じて適宜選択されるが、通常、1回当たり1μg〜500mg、好ましくは10μg〜50mgであり、さらに好ましくは1mg〜25mgである。また、投与回数も剤形、疾患の程度または年齢などに応じて適宜選択され、1回投与とするか、ある間隔をおいて持続投与とすることもできる。持続投与の場合、投与間隔は1日1回から数ヶ月に1回でよく、例えば、徐放性製剤による投与や徐放性ポンプによる髄腔内持続投与の場合は、HGFタンパク質が徐々に長期にわたって放出されるので、数ヶ月に1回でもよい。
【0049】
一方、有効成分がHGFタンパク質をコードする核酸である場合は、その投与形態としては非ウイルスベクターを用いる場合と、ウイルスベクターを用いる場合とに分かれ、その投与方法は常法により行うことができる。
【0050】
非ウイルスベクターを用いる場合は、慣用の遺伝子発現ベクターが組み込まれた組換え発現ベクターを用いて脊髄損傷の組織へ導入される。組織への核酸導入法としては、内包型リポソームによる核酸導入法、静電気型リポソームによる核酸導入法、HVJ−リポソーム法、HVC−Eベクターを用いる方法、改良型HVJ−リポソーム法、HVC−Eベクターを用いる方法、レセプター介在性核酸導入法、パーティクル銃で担体と共に核酸分子を細胞に移入する方法、naked−核酸の直接導入法、正電荷ポリマーによる導入法などに供することにより、組換え発現ベクターを脊髄細胞などの細胞に取り込ませることができる。
【0051】
また、ウイルスベクターを用いる場合は、無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)などのDNAウイルスまたはRNAウイルスに目的とする核酸を導入し、細胞に組換えウイルスを感染させることにより、細胞内にHGFタンパク質をコードする核酸を導入することが可能である。
【0052】
本発明の薬剤の患者への適用法は、該薬剤を、移植した嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に直接導入するin vivo法、あるいは該薬剤を、移植する前の摘出された嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に導入もしくは添加し、その細胞もしくは粘膜組織を脊髄損傷のある部位へ移植するex vivo法がある。
【0053】
HGFタンパク質をコードする核酸を患者に投与するには、常法、例えば別冊実験医学,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、別冊実験医学,遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、日本遺伝子治療学会編遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス,1999などに記載の方法に従って、行うことができる。
【0054】
製剤形態としては、上記の各投与形態に合った種々の公知の製剤形態(例えば、注射剤、噴霧剤、徐放性製剤(例えば、多孔性スポンジ、デポ剤など)、マイクロカプセル剤など)をとり得ることができる。注射剤、噴霧剤、徐放性製剤(例えば、多孔性スポンジ、デポ剤など)はHGFタンパク質の場合と同様にして調製できる。また、マイクロカプセル剤とする場合、例えばHGFタンパク質をコードする核酸もしくはHGFタンパク質をコードする核酸を含む発現プラスミドを導入した宿主細胞などを芯物質としてこれを公知の方法(例えばコアセルベーション法、界面重合法または二重ノズル法など)に従って被膜物質で覆うことにより直径約1〜500μm、好ましくは約100〜400μmの微粒子として製造することができる。被膜物質としては、カルボキシメチルセルロース、セルロースアセテートフタレート、エチルセルロース、アルギン酸またはその塩、ゼラチン、ゼラチン・アラビアゴム、ニトロセルロース、ポリビニルアルコールまたはヒドロキシプロピルセルロース、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、キトサン−アルギン酸塩、硫酸セルロース−ポリ(ジメチルジアリル)アンモニウムクロライド、ヒドロキシエチルメタクリレート−メチルメタクリレート、キトサン−カルボキシメチルセルロース、アルギン酸塩−ポリリジン−アルギン酸塩などの膜形成性高分子が挙げられる。
【0055】
製剤中の核酸の含量や投与量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重などにより適宜調節することができるが、投与量は、通常、HCV−HGF(ヘルペス単純ウイルス−1由来ベクターにHGFタンパク質をコードする核酸を導入したもの)に換算して、1.5×10pfu〜1.5×1012pfu、好ましくは1.5×10pfu〜1.5×1010pfuであり、これを数日ないし数ヶ月に1回投与するのが好ましい。
【0056】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0057】
[試験方法]
(嗅粘膜および呼吸粘膜の摘出および調製)
8週齢のSpraque−Dawley(SD)雌ラットをネンブタール500μg/100gの腹腔内投与により麻酔し、ラット鼻腔を頭部方向に縦割し鼻中隔を露出した。嗅神経鞘細胞を含む嗅粘膜は鼻中隔上の尾側上部に存在し黄色調である。これの吻側に存在する嗅神経鞘細胞を含まない呼吸粘膜は灰白色調で、嗅粘膜よりやや薄い色調である。嗅粘膜および呼吸粘膜をそれぞれ摘出し、1mm四方に細切した。
【0058】
(脊髄損傷動物の調製)
他の同種ラットをネンブタール100μg/100gの腹腔内投与により麻酔し、保温器を用いて直腸温度を37±0.5℃に維持した。該ラットに対して第8−9胸椎レベルにて椎弓切除を行い、脊髄を露出した(図3のA参照)。露出した脊髄を幅2mm摘出し、腹側の硬膜まで確認し、幅2mmの完全離断とした(図3のB参照)。このようにして、2mm幅の脊髄摘出腔をもつ脊髄損傷動物を調製した。
【0059】
(嗅粘膜の移植とHGFタンパク質投与)
脊髄損傷動物(1群5匹)の2mm幅の脊髄摘出腔に、上記細切した嗅粘膜をその脊髄に作った2mm幅の空隙が埋まるまで充填した(図3のC参照)。充填した嗅粘膜の上に、配列番号2で示される5残基欠失型リコンビナントヒトHGFタンパク質30μg(100μL)を含浸させた2mm×3mm×1mm大の多孔性ゼラチンスポンジ(商品名:Gelfoam、ファルマシア・アンド・アップジョン社製)を置き、閉創した。
なお、対照群として、脊髄損傷動物(1群5匹)の2mm幅の脊髄摘出腔に、上記細切した嗅粘膜または呼吸粘膜を、その脊髄に作った2mm幅の空隙が埋まるまで充填した後、閉創したものを用いた。
【0060】
(運動機能評価方法)
本発明に無関係な独立した2人が、BBBスコア(Bassoら、Journal of Neurotrauma、12、1−21頁、1995年)を用いて、後肢運動機能評価を術後8週まで毎週行った。
【0061】
[試験結果]
試験結果を図4および図5に示す。図4は嗅粘膜移植の対照群(OM)と呼吸粘膜移植の対照群(RM)とを比較したものであり、図5は嗅粘膜移植の対照群(OM)と嗅粘膜移植HGF投与群(OM+HGF)とを比較したものである。
図4の結果より、ラット脊髄離断モデルにおいて、嗅粘膜移植の対照群は呼吸粘膜移植の対照群に比べて有意に後肢運動機能の改善されたことが判る。また図5から嗅粘膜移植に際してHGFを投与することで、後肢運動機能のさらなる改善が図られたことが判る。
【産業上の利用可能性】
【0062】
脊髄損傷に対して、嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)を損傷部位に移植して脊髄を再建する再生治療を行うに際して、HGFタンパク質またはそれをコードする核酸を投与することによって、再生治療の効果を著しく増強することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、ヒトの嗅神経鞘細胞の位置を示す模式図である。
【図2】図2は、ヒトの鼻部分の断面と嗅粘膜の摘出箇所を示す模式図である。
【図3】図3は、ラットの脊髄を露出した写真(A)、そのラット脊髄を2mm幅で完全離断した写真(B)、および前記完全離断した脊髄損傷部位にラットの嗅粘膜を移植した部位の写真(C)を示す。
【図4】図4は、実施例におけるラット脊髄離断モデルの運動機能評価について、嗅粘膜移植群(OM)と呼吸粘膜移植群(RM)とを比較した結果を示す。
【図5】図5は、実施例において嗅粘膜移植を行ったラット脊髄離断モデルの運動機能評価について、HGF投与群(OM+HGF)とHGF非投与群(OM)とを比較した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤であって、HGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸を有効成分とすることを特徴とする効果増強剤。
【請求項2】
有効成分がHGFタンパク質である請求項1に記載の効果増強剤。
【請求項3】
HGFタンパク質が、配列番号1もしくは2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、または配列番号1もしくは2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質であってHGFとして作用するタンパク質である請求項2に記載の効果増強剤。
【請求項4】
脊髄損傷部位に局所適用するための請求項1〜3のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項5】
徐放性製剤の剤形である請求項1〜4のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項6】
徐放性製剤がHGFタンパク質を多孔性ゼラチンスポンジに含浸させた製剤である請求項5に記載の効果増強剤。
【請求項7】
徐放性製剤がポンプを用いて断続的に投与できる注射剤である請求項5に記載の効果増強剤。
【請求項8】
嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織が嗅粘膜である請求項1〜7のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項9】
嗅粘膜が自家嗅粘膜である請求項8に記載の効果増強剤。
【請求項10】
脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療に際し、前記患者にHGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸を投与することを特徴とする脊髄再生治療法。
【請求項11】
脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤を製造するためのHGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸の使用。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−238487(P2007−238487A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−61624(P2006−61624)
【出願日】平成18年3月7日(2006.3.7)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(502068908)クリングルファーマ株式会社 (16)
【Fターム(参考)】