説明

脱硝触媒の再生方法

【課題】TiOに吸着した難除去性のイオンを少ない洗浄回数、望ましくは1回の洗浄で効率良く除去することができる、使用済脱硝触媒の再生方法を提供し、その有効利用を促進する。
【解決手段】酸化チタンを主成分とする使用済脱硝触媒を、酸化チタン粒子を分散させたスラリと接触させた後、液切り、引き続き乾燥処理し、さらにバナジウム、モリブデンおよびタングステンからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素の化合物を含む溶液を含浸後、乾燥処理する使用済脱硝触媒の再生方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタンを主成分とする使用済脱硝触媒の再生方法に係り、特に薬洗で除去が難しい砒素や燐のオキソ酸イオン、鉄(Fe)族金属イオン、アルカリ金属やアルカリ土類金属イオンの付着または吸着により劣化した上記脱硝触媒から、上記該当するイオンを効率よく除去し、高い活性回復度が得られる、使用済脱硝触媒の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
還元剤にアンモニアや尿素を用いて酸化チタン系触媒で排ガス中の窒素酸化物を無害化する、いわゆる排煙脱硝装置は、ボイラ排ガスの処理を中心に世界中で広く用いられている。この酸化チタン系触媒が開発されてから30余年が経過し、使用済の脱硝触媒の発生も徐々に増加する傾向にある。
【0003】
一方、資源の有効利用が製造者の責任であるという意識が定着し、使用済脱硝触媒の再生や有価物の回収の技術を持つことが触媒メーカの責務となっている。このため各種再生方法、有価物の回収について研究が進められ、多くの発明が公開されている(特許文献1〜3)。しかしながら、上記の再生方法は、再生処理費や廃液の処理費が予想以上に高く、経済的に成立する方法は極めて少ないのが実情である。
【0004】
現在、実用化されている再生処理方法は、使用済触媒の薬液による洗浄と触媒活性成分の追加処理とを組み合わせる方法など、処理工程が少ないものに限られていると言っても過言ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭55−145532号公報
【特許文献2】特開2000−24520号公報
【特許文献3】特開2004−267897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の従来の脱硝触媒の再生方法は、操作工程が少なく、経済的には有利な方法であるが、次のような大きな欠点がある。即ち、触媒成分である酸化チタン(TiO)が各種金属(Na、Kなどのアルカリ金属、Ca、Srなどのアルカリ土類金属、Fe、Crなど第VI族からVIII族の遷移金属など)の金属イオンに加え、特にリン酸、亜ヒ酸、ヒ酸などの第VB族元素のオキソ酸イオンを強く吸着しており、その除去には極めて大量の酸や薬液を必要とする。
【0007】
これらのイオンは、一回の薬液洗浄で、液相に移行して取り除かれる量が僅かであり、その除去率を上げようとすると繰り返し洗浄することが必要になり、経済的に成り立ち難くなる。それ故、上記イオンが多量に付着した使用済触媒は、低い性能回復率で我慢するか、再生処理を諦めるしか道がなかった。
【0008】
本発明の解決しようとする課題は、上記従来技術の有する問題点を解消し、TiOに吸着した難除去性のイオンを少ない洗浄回数、望ましくは1回の洗浄で効率良く除去することができる、使用済脱硝触媒の再生方法を提供し、その有効利用を促進することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本願で特許請求される発明は下記のとおりである。
(1)酸化チタンを主成分とする使用済脱硝触媒を、酸化チタン粒子を分散させたスラリと接触させた後、液切り、引き続き乾燥処理することを特徴とする使用済脱硝触媒の再生方法。
(2)前記スラリ中に分散させる酸化チタン粒子の比表面積が、使用済触媒中の酸化チタンの比表面積より大きいことを特徴とする(1)に記載の方法。
(3)酸化チタンを分散させたスラリが、鉱酸または有機酸を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
(4)(1)ないし(3)のいずれかに記載の方法により、使用済脱硝触媒を再生処理した後、さらにバナジウム、モリブデンおよびタングステンからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素の化合物を含む溶液を含浸後、乾燥処理することを特徴とする触媒の再生方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、使用済脱硝触媒に吸着した、大量の水や過酷な条件でしか除去の難しかったP、As、Fe、またはKで代表されるアルカリ金属成分などの触媒毒を、容易に、かつ経済的に除去することが可能である。これにより再生できる使用済触媒の範囲が大きく広がり、21世紀の人類の課題である資源の有効利用、再利用に大きく貢献できる。
【0011】
本願発明の原理を、TiOに強く吸着する代表例としてリン酸イオン(PO4イオン)を例にとり以下に説明する。
表1は、PO5として5重量%のリン酸が触媒に吸着した脱硝触媒を60℃の温水洗浄、または同温度の5重量%シュウ酸水溶液で薬洗した場合の、脱硝触媒の脱硝率と残留P2O5濃度を示したものである。本表から明らかなように、従来法である温水またはシュウ酸溶液による洗浄では、触媒のP2O5濃度はほとんど低下せず、脱硝性能の回復も僅かである。
【0012】
従来法における上記結果は、触媒中のTiO 表面と液相とでリン酸イオン(PO43−)が次のような平衡状態にあり、その平衡定数(K)が極めて大きいことによる。
PO43−(液)+3S-OH(TiO) ⇔ S3-PO4(TiO) + 3OH-(液)
K=([S3-PO4(TiO)]×[OH])/([PO43−] ×[S-OH(TiO)])
ここで、S-OH(TiO)はTiO 上の吸着点にOHが吸着していることを示し、S3-PO4(TiO)はTiO 上の吸着点にPO43−が吸着していることを示す。
【0013】
すなわち、上式の平衡式においては、Kが非常に大きいため、液相のPO43−濃度は極めて小さく、一回の洗浄によるTiOのS3-PO4濃度低下は僅かである。平衡を右に傾けるためには、触媒毒であるアルカリ金属の水酸化物の高濃度溶液などを用い、OH濃度の高い条件で洗浄することが必要になり、活性回復を目的とする触媒再生法としては用いられない。
【0014】
同様に大きな吸着平衡定数を持つものとしてはヒ酸、亜ヒ酸があり、これらは強アルカリの条件下でしか除去することができない。またFe3+などの鉄族元素のイオン、KやCa2+などのアルカリやアルカリ土類金属のイオンは、電荷が逆であるが、大きな吸着平衡を持ち、この場合は大量の強酸性溶液で洗浄しなければ、高い性能回復が困難である。
【0015】
本発明は、高濃度の酸やアルカリ水溶液を大量に使用してしか除去できないこれらのイオンがTiOに強く吸着していることに注目し、触媒を安価なTiO粒子を含むスラリで触媒を洗浄、乾燥することにより、触媒の高い性能回復を可能にしたものである。
【0016】
その場合、吸着平衡は次のようになり、
S3-PO4(触媒)+3S-OH(スラリTiO)⇔ S3-PO4(スラリTiO)+3S-OH(触媒)
平衡定数は
K=([S3-PO4(触媒)×[S-OH(スラリTiO)]3/([S3-PO4(スラリTiO)] ×[S-OH(触媒)] 3)≒1
と表される。換言すれば、触媒とスラリ中のTiO表面のPO5の面積濃度が等しくなって平衡する。このため、触媒とスラリ中のTiOのPO5重量濃度、比表面積、重量を用いると平衡時には次のような関係が成立する
触媒TiO中PO5(重量%)×触媒TiO重量(g)/触媒TiO比表面積(m2/g)
=スラリTiO中PO5(重量%)×スラリTiO重量(g)/スラリTiO比表面積(m2/g)
よって、触媒中のTiOより大きな比表面積を有するTiO粒子が分散したスラリを用いれば、僅かな量のTiOで触媒中のPO5濃度を下げることが可能である。
【0017】
以上が本発明の原理であり、通常の使用済脱硝触媒は数十m2/gの比表面積であるため、数100m2/gの比表面積の通常のアナターゼ型チタニアなどを少量懸濁させたスラリで洗浄すれば、効率よくリン酸を除去することが可能である。
【0018】
同様の関係式は、前述の亜ヒ酸、ヒ酸などの第VB族元素のオキソ酸イオン、Fe族金属イオン、KやCaなどのアルカリ/アルカリ土類金属イオンでも成り立つので、TiO粒子を含有するスラリで洗浄することにより容易に除去再生することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明を具体的に実施するには、表面積の大きなTiOを用いたスラリを分散させたスラリに使用済脱硝触媒を浸漬し、所定時間経過後液切り、必要に応じて余剰のチタニアを洗浄により除去後、乾燥する方法がとられる。また、再生後の触媒の活性が不足する場合には、さらに活性成分としてバナジウム、モリブデンおよびタングステンの化合物を含む溶液に含浸後、乾燥する方法をとることができる。
【0020】
本発明において、スラリ中に分散させるTiO粒子(チタニア)は、表面積が使用済触媒に比べて大きいことが望ましく、硫酸法によるアナターゼ型のTiO、メタチタン酸のようなTiOの前駆体のほか、ゾルゲル法によるチタニなど、湿式製造法で得たチタニアを乾燥または低温焼成したものが、比表面積が大きく、触媒毒の吸着点に相当する水酸基が多く存在するので好結果が得やすい。TiOの使用量を少なく抑えるためには、使用済触媒のTiOに比べ高い比表面積のものを使用することがよいが、その場合、使用済触媒中のTiOの比表面積は、一般に直接、測定することが困難であるが、例えばX線回折によりTiO結晶の101面などの結晶子径を求めることにより、比表面積を推定することができる。従って通常は、上述のように測定された結晶子径よりも小さい結晶子径を有するTiO粒子のスラリを調製することにより、本発明の比表面積の大きいスラリを得ることができる。また硫酸法で得られるTiOの場合は、硫酸根を吸着していることが多いが、これが存在すると、リン酸やヒ酸イオンと置換して効率良く除去できたり、Feイオンの移動を促進するなど、特に好ましい結果が得られる。
【0021】
比表面積の大きいTiOスラリは水にTiO粒子を分散させただけでもよいが、取り除く触媒毒成分が触媒からスラリ中のTiOに移動しやすくするため、酸やアルカリまたはその塩類を少量添加すると、好結果を与える。通常、シュウ酸、クエン酸などの有機酸や、鉱酸などの酸類、アンモニアやアミンなどの塩基性物質を0.1乃至10重量%添加した水に、1〜10重量%のTiOを懸濁したスラリが用いられる。これを触媒重量の3乃至20倍量用いた溶液を常温または100℃以下の温度に加温した中に触媒を投入後、液を攪拌機やポンプで移動させながら0.5h〜24時間保持して、触媒毒を触媒からスラリ中のTiOに移動させる。所定時間経過後、触媒を取り出し、乾燥することにより再生処理が完結する。
【0022】
さらに本発明では、上記難除去性触媒毒をTiOスラリで除去後、上述のように触媒活性成分を担持することにより脱硝性能を向上させることが可能である。具体的には硫酸バナジルやメタバナジン酸アンモニウムなどのバナジウム化合物、タングステン酸やモリブデン酸のアンモニウム塩などの溶液を含浸後乾燥、必要に応じて焼成すればよい。
【実施例】
【0023】
[実施例1]
石炭排ガス脱硝触媒として40000時間使用された脱硝触媒(SUS430製メタルラス基板にチタン、タングステン及びバナジウムの酸化物を主成分とする脱硝触媒成分(Ti/W/V原子比=96/5/1)が塗布された板状触媒/TiO比表面積 43m2/g)を100mm角に切り出し被処理触媒とした。
他方、純水100mlに、硫酸法による高比表面積TiO(比表面積320m2/g、残留硫酸根1.7重量%、アナターゼ101面の結晶子径13.5nm)を5g分散させた、TiOスラリを調製した。
本スラリをシャーレに移し、被処理触媒100mm角1枚を投入後、液を揺り動かしながら60℃で6時間洗浄した。その後、触媒を取り出し、液切り後150℃、続いて350℃で乾燥した。
【0024】
[比較例1]
実施例1におけるTiOスラリの調製において、TiOを添加しないで純水100mlのみを用い、他は同様にして触媒を洗浄した。
[比較例2]
実施例1における硫酸法による高比表面積TiOに替えて、塩素法による低比表面積TiO(比表面積11m2/g、残留硫酸根0.01重量%以下、アナターゼ101面の結晶子径25.5nm)を用い、他は同様にして触媒を処理した。
【0025】
[実施例2]
実施例1における純水100mlを1重量%シュウ酸溶液に替え、他は同様にして触媒を洗浄した。
[比較例3]
実施例2におけるTiOスラリの調製において、TiOを添加しない他は同様にして触媒を処理した。
[実施例3及び4]
純水180mlにメタバナジン酸アンモニウム(NH4VO3)5gと三酸化モリブデン(MoO3)5gとを溶解し黄褐色で透明なMo-V溶液を調製した。本溶液は示性式(NH4)3MoV315なる化合物を主成分とするMoとVの複合オキソ酸塩である。
本溶液の中に実施例1と2で得られた触媒を30秒間浸漬してMo及びV成分を含浸後、液から触媒を引き上げ、液切り後120℃及び350℃で乾燥(焼成)処理した。
【0026】
[比較例4]
実施例1で使用した被再生処理触媒(洗浄処理前の触媒)に、実施例3で行ったMo-V複合オキソ酸塩を含浸後、他は実施例3と同様に処理した。
[比較例5〜7]
比較例1〜3の触媒を用い、実施例3と同様のMo-V複合オキソ酸塩の含浸処理を行った。洗浄処理前の触媒(被再生処理触媒)、実施例1〜4、及び比較例1〜7で得られた触媒について、それぞれ触媒中のP、As、及びFeの含有量を蛍光X線分析により定量した。また、表2及び3の条件で触媒の脱硝活性およびSOの酸化活性を測定し、得られた結果を表4にまとめて示した。
【0027】
表4の実施例と比較例の各結果を比較すると、比較例ではいずれものP、As、及びFeの含有量はほとんど低下しておらず脱硝性能が低いのに対し、実施例の触媒はいずれも上記毒性成分は低い値まで低下させられており、一方、脱硝活性は大きく改善していることが判る。また、実施例ではFe成分の減少が顕著であり、これに伴って望ましくないSO酸化率が低い値まで改善されている。ところが比較例の触媒では、Fe成分の含有率はほとんど低下せず、SO酸化率は低下しないだけでなく、寧ろ上昇する傾向があることが判る。
【0028】
上述の結果より、本発明は、被再生処理触媒を安価なTiO粉末を含むスラリと接触させるなど、簡単な方法で、従来除去の難しかったP、AsまたはFeなどを効率よく低減除去し、脱硝活性を回復できるだけでなく、上昇したFe成分によるSO酸化率を低い値まで低減することが可能な、優れた再生処理法であることが分かる。
【0029】
[実施例5]
実施例1に使用した被再生処理触媒に替え、木屑やピートなどのバイオマスを燃料とするボイラの排ガス脱硝に約8000時間使用された脱硝触媒(SUS430製メタルラス基板にチタン、モリブデン、及びバナジウムの酸化物を主成分とする脱硝触媒成分(Ti/Mo/V原子比=91/5/4)が塗布された板状触媒/TiO比表面積 38m2/g)を用い、実施例1で用いた純水を、0.2規定の硫酸に替えて調製したTiO含有スラリを使って同様の再生処理を行った。
[比較例8]
実施例5で用いたTiOスラリに替え、0.2規定硫酸のみを用い、他は同様にして再生処理を行った。被再生処理触媒、実施例5及び比較例8の触媒について、触媒成分中のK成分の含有量を蛍光X線分析により定量した。また、表2の条件で触媒の脱硝活性を測定し、得られた結果を表5にまとめて示した。
【0030】
表5の結果から、本発明がアルカリ金属の蓄積により劣化した触媒の再生法として優れた方法であることが分かる。すなわち、バイオマス燃料排ガス脱硝では、石炭や油の燃焼排ガス脱硝の場合と異なり、灰中に含まれるカリウム(K)成分が触媒に蓄積し、大きな脱硝活性の低下を引き起こすが、このK成分はTiOに強く吸着されており、強い酸で洗浄しても除去することが難しい。本発明はこのようなアルカリ成分が蓄積して活性低下した触媒をも容易に活性回復させることが可能である。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
【表4】

【0035】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化チタンを主成分とする使用済脱硝触媒を、酸化チタン粒子を分散させたスラリと接触させた後、液切り、引き続き乾燥処理することを特徴とする使用済脱硝触媒の再生方法。
【請求項2】
前記スラリ中に分散させる酸化チタン粒子の比表面積が、使用済触媒中の酸化チタンの比表面積より大きいことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
酸化チタンを分散させたスラリが、鉱酸または有機酸を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の方法により、使用済脱硝触媒を再生処理した後、さらにバナジウム、モリブデンおよびタングステンからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素の化合物を含む溶液を含浸後、乾燥処理することを特徴とする触媒の再生方法。

【公開番号】特開2010−247125(P2010−247125A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−102005(P2009−102005)
【出願日】平成21年4月20日(2009.4.20)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】