説明

腫瘍の分化段階を規定する方法

本発明は、発現レベルが腫瘍の各分化段階と相関する遺伝子および/またはタンパク質を選択し、各分化段階にあるヒト腫瘍組織の遺伝子および/またはタンパク質の発現を測定することにより、腫瘍の分化段階を規定する方法に関する。本発明はまた、腫瘍の分化段階の診断および腫瘍治療のための抗癌剤のスクリーニングのための、これらの遺伝子および/またはタンパク質の使用にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍の分化段階を規定する方法に関する。より詳細には、本発明は、発現レベルが肝細胞癌(HCC)の各分化段階と相関する遺伝子および/またはタンパク質を選択し、各分化段階にあるヒト腫瘍組織の遺伝子および/またはタンパク質の発現を測定することによって、腫瘍の分化段階を規定する方法に関する。本発明はまた、HCCの分化段階の診断およびHCC治療のための抗癌剤のスクリーニングのための、これらの遺伝子および/またはタンパク質の使用にも関する。
【0002】
本発明はまた、発現レベルが腫瘍の分化段階に相関する遺伝子および/またはタンパク質の発現を調べるための、DNAマイクロアレイ、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ、タンパク質アレイ、ノーザンブロッティング、インサイチューハイブリダイゼーション法、RNaseプロテクションアッセイ法、ウェスタンブロッティング、ELISAアッセイ法、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法(以下RT-PCRと称する)に必要なDNAチップ、オリゴヌクレオチドチップ、タンパク質チップ、ペプチド、抗体、プローブ、およびプライマーを含む、本発明の方法を実施するためのキットにも関する。
【背景技術】
【0003】
癌は世界の主要な死因である。特に、肝細胞癌(HCC)は世界的に見て最も多い癌の1つであり、多くの国々で発生率が増加していることから、国際的に健康問題となっている(Schafer, D.F. and Sorrell, M.F. Hepatocellular carcinoma, Lancet 353, 1253-1257(1999)、Colombo, M. Hepatitis C virus and hepatocellular carcinoma、Semin. Liver Dis. 19, 263-269(1999)、およびOkuda, K. Hepatocellular carcinoma, J. Hepatol. 32, 225-237(2000))。慢性C型肝炎ウイルス(HCV)感染症は、B型肝炎ウイルス(HBV)感染症、アルコール消費、およびアフラトキシンB1等の発癌物質と同様に、HCCの主要な危険因子の1つである(Okuda, K. Hepatocellular carcinoma, J. Hepatol. 32, 225-237(2000))。いくつかの療法がHCCの治療に採用されている。それらの療法には、外科的切除、放射線療法、化学療法、ならびにホルモン療法および遺伝子治療を含む生物療法が含まれる。しかし、これらの療法はいずれもこの疾患を治癒できない。HCC治療の主要な問題の1つは、疾患の発症および進行の過程で癌細胞の特徴が変化することである。特に、腫瘍細胞の分化段階の変化は明白であり、頻繁に起こる。そのような変化によって、腫瘍細胞が浸潤および転移する能力が変わり、また様々な療法に対する癌細胞の感受性も変わり、その結果抗癌剤耐性が生じる。癌細胞の特徴の変化が正確に診断され管理されるようになれば、癌治療はより効果的になるであろう。
【0004】
以前の研究により、肝癌の発症におけるp53、β-カテニン、およびAXIN1遺伝子等の腫瘍抑制遺伝子および癌遺伝子の関与が示唆された(Okabe, H., Satoh, S., Kato, T., Kitahara, O., Yanagawa, R., Yamaoka, Y., Tsunoda, T., Furukawa, Y., and Nakamura, Y. Genome-wide analysis of gene expression in human hepatocellular carcinomas using cDNA microarray: identification of genes involved in viral carcinogenesis and tumor progression, Cancer Res. 61, 2129-2137(2001))。また、HCV感染後の(HCV-associated)HCCの発症が、癌細胞の脱分化と関連して、初期腫瘍から進行腫瘍への病理学的な進展によって特徴づけられることも示唆されている(Kojiro, M. Pathological evolution of early hepatocellular carcinoma, Oncology 62, 43-47(2002))。特に医学にDNAマイクロアレイ技術が導入されてから(Schena, M., Shalon, D., Davis, R.W., and Brown, P.O. Quantitative monitoring of gene expression patterns with a complementary DNA microarray, Science 270, 467-470(1995)、DeRisi, J., Penland, L., Brown, P.O., Bittner, M.L., Meltzer, P.S., Ray, M., Chen, Y., Su, Y.A., and Trent, J.M. Use of a cDNA microarray to analyse gene expression patterns in human cancer, Nat. Genet. 14, 457-460(1996))、多くの研究によって、HCCのいくつかの局面に関連する遺伝子発現パターンが示された(Lau, W.Y., Lai, P.B., Leung, M.F., Leung, B.C., Wong, N., Chen, G., Leung, T.W., and Liew, C.T. Differential gene expression of hepatocellular carcinoma using cDNA microarray analysis, Oncol. Res. 12, 59-69(2000)、Tackels-Horne, D., Goodman, M.D., Williams, A.J., Wilson, D.J., Eskandari, T., Vogt, L.M., Boland, J.F., Scherf, U., and Vockley, J.G. Identification of differentially expressed genes in hepatocellular carcinoma and metastatic liver tumors by oligonucleotide expression profiling, Cancer 92, 395-405(2001)、Xu, L., Hui, L., Wang, S., Gong, J., Jin, Y., Wang, Y., Ji, Y., Wu, X., Han, Z., and Hu, G. Expression profiling suggested a regulatory role of liver-enriched transcription factors in human hepatocellular carcinoma, Cancer Res. 61, 3176-3681(2001)、Xu, X.R., Huang, J., Xu, Z.G., Qian, B.Z., Zhu, Z.D., Yan, Q., Cai, T., Zhang, X., Xiao, H.S., Qu, J., Liu, F., Huang, Q.H., Cheng, Z.H., Li, N.G., Du, J.J., Hu, W., Shen, K.T., Lu, G., Fu, G., Zhong, M., Xu, S.H., Gu, W.Y., Huang, W., Zhao, X.T., Hu, G.X., Gu, J.R., Chen, Z., and Han, Z.G. Insight into hepatocellular carcinogenesis at transcriptome level by comparing gene expression profiles of hepatocellular carcinoma with those of corresponding non-cancerous liver, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98, 15089-15094(2001)、Okabe, H., Satoh, S., Kato, T., Kitahara, O., Yanagawa, R., Yamaoka, Y., Tsunoda, T., Furukawa, Y., and Nakamura, Y. Genome-wide analysis of gene expression in human hepatocellular carcinomas using cDNA microarray: identification of genes involved in viral carcinogenesis and tumor progression, Cancer Res. 61, 2129-2137(2001)、Shirota, Y., Kaneko, S., Honda, M., Kawai, H.F., and Kobayashi, K. Identification of differentially expressed genes in hepatocellular carcinoma with cDNA microarrays, Hepatology 33, 832-840(2001)、Delpuech, O., Trabut, J.B., Carnot, F., Feuillard, J., Brechot, C., and Kremsdorf, D. Identification, using cDNA macroarray analysis, of distinct gene expression profiles associated with pathological and virological features of hepatocellular carcinoma, Oncogene 21, 2926-2937(2002)、Iizuka, N., Oka, M., Yamada-Okabe, H., Mori, N., Tamesa, T., Okada, T., Takemoto, T., Tangoku, A., Hamada, K., Nakayama, H., Miyamoto, T., Uchimura, S., and Hamamoto, Y. Comparison of gene expression profiles between hepatitis B virus- and hepatitis C virus-infected hepatocellular carcinoma by oligonucleotide microarray data based on a supervised learning method, Cancer Res. 62, 3939-3944(2002)、およびMidorikawa, Y., Tsutsumi, S., Taniguchi, H., Ishii, M., Kobune, Y., Kodama, T., Makuuchi, M., and Aburatani, H. Identification of genes associated with dedifferentiation of hepatocellular carcinoma with expression profiling analysis, Jpn. J. Cancer Res. 93, 636-643(2002))。中でも2つの研究により、HCCの発症に関してHCCの遺伝子発現がプロファイルされた(Okabe, H., Satoh, S., Kato, T., Kitahara, O., Yanagawa, R., Yamaoka, Y., Tsunoda, T., Furukawa, Y., and Nakamura, Y. Genome-wide analysis of gene expression in human hepatocellular carcinomas using cDNA microarray: identification of genes involved in viral carcinogenesis and tumor progression, Cancer Res. 61, 2129-2137(2001)、およびMidorikawa, Y., Tsutsumi, S., Taniguchi, H., Ishii, M., Kobune, Y., Kodama, T., Makuuchi, M., and Aburatani, H. Identification of genes associated with dedifferentiation of hepatocellular carcinoma with expression profiling analysis, Jpn. J. Cancer Res. 93, 636-643(2002))。しかしながら、HCV感染後のHCCの発症および進行の過程において、HCCの各分化段階を特徴づけるおよび/または調節する遺伝子およびタンパク質に関しては不明である。HCCの分化段階を調節する遺伝子およびタンパク質は、HCCの分化段階の診断、および慢性のHCV感染症から生じるHCCを治療するための抗癌剤のスクリーニングに用いることができる。
【0005】
本発明では、腫瘍の分化段階を診断し、それを治療するための抗癌剤をスクリーニングする方法について記載する。詳細には、発現がHCCの分化段階と相関する40個またはそれ以上の遺伝子および/またはタンパク質を同定する方法、ならびにHCCの分化段階の診断および様々な分化段階にあるHCCを治療するための抗癌剤のスクリーニングのための、これらの遺伝子および/またはタンパク質の使用について記載する。より詳細には、40個の遺伝子および/またはタンパク質を用いた、非癌性肝臓、前癌肝臓、およびHCCの各分化段階を予測する方法について記載する。
【発明の開示】
【0006】
発明の概要
肝細胞癌(HCC)は世界的に見て最も患者数の多い癌の1つである。しかし、この疾患を治癒し得る治療法は存在しない。これはおそらく、この疾患の発症および進行の過程で、癌細胞の特徴が順次変化することが原因している。特に、癌の進行は、腫瘍細胞の分化段階と関連している場合が多い。癌細胞のそのような変化を診断および管理することによって、癌治療はより効果的になると考えられる。本発明では、50のC型肝炎ウイルス(HCV)関連HCC組織および11の非腫瘍(非癌性および前癌)肝組織由来の、約11,000個の遺伝子を示すオリゴヌクレオチドマイクロアレイにより、発現がHCCの発症および進行と相関する遺伝子を同定する。
【0007】
分化状態は5段階に分類される。非癌性肝臓(L0)は、組織学的に正常であり、B型肝炎ウイルス表面抗原およびHCV抗体のいずれについても血清陰性である肝臓である。前癌肝臓(L1)は、HCVに感染しており、組織病理学的に慢性肝炎または肝硬変と診断される肝臓である。高分化型HCC(G1)は、正常な肝細胞と比較して核/細胞質比の上昇と細胞密度の増加によって特徴づけられるが、正常な肝細胞と類似の形態を示す癌細胞からなるHCCである。中分化型HCC(G2)は、大きくかつ高色素性の癌細胞からなっており、G2段階の癌細胞巣には、柱状または腺様構造が存在する。低分化型HCC(G3)は、多形性または多核の癌細胞からなるHCCである。G3段階では、腫瘍は構造配列を欠いた固体塊または細胞巣中で増殖する。G1、G2、およびG3腫瘍は、Edmondson&Steiner分類のI型、II型、およびIII型に相当する(Edmondson, H.A. and Steiner, P.E. Primary carcinoma of the liver: a study of 100 cases among 48,900 necropsies, Cancer 7, 462-504(1954))。
【0008】
教師あり学習法(supervised learning)の後にオリゴヌクレオチドマイクロアレイデータのランダム順列検定を用いて、HCV感染していない非癌性肝臓(L0)からHCV感染している前癌肝臓(L1)へ、L1から高分化型HCC(G1)へ、G1から中分化型HCC(G2)へ、およびG2から低分化型HCC(G3)への移行過程で発現が有意に変化する遺伝子を選択する。各移行期において発現が有意に変化する選択された40個の遺伝子すべてを用いた自己組織マップは、腫瘍組織の分化段階を正確に予測し得る。したがって、これらの遺伝子を、HCCの分化段階の診断および各分化段階にあるHCCを治療するための抗癌剤のスクリーニングに用いることができる。
【0009】
発明の詳細な説明
本発明では、ヒト肝細胞癌(HCC)組織、非腫瘍(非癌性および前癌)肝組織およびHCV感染を有するHCCを解析に使用する。HCVおよび/またはHBV感染の有無は、抗HCV抗体および抗HBV抗体に対する免疫反応性、またはPCRによるHCVおよび/またはHBVゲノムの増幅のいずれかによって判定することができる。HCCの分化段階は組織病理学的検査によって判定することができ、HCCは高分化型HCC(G1)、中分化型HCC(G2)、および低分化型HCC(G3)に分類される。非腫瘍肝組織は、良性または転移性肝腫瘍を切除した患者から採取し得る。HCVが感染していない肝組織は非癌性肝臓(L0)に分類され、HCVが感染している肝組織は前癌肝臓(L1)に分類される。手術時に肝組織を切除した後、組織を液体窒素またはドライアイスを含むアセトン中で直ちに凍結し、使用時まで-70℃〜-80℃で保存することが好ましい。組織は、O.C.T.化合物(Sakura-Seiki、日本、東京、カタログ番号4583)に包埋してもしなくてもよい。
【0010】
HCC組織および非腫瘍肝組織の遺伝子および/またはタンパク質の発現は、RNAおよび/またはタンパク質のレベルを測定することによって解析することができる。ほとんどの場合、RNAおよび/またはタンパク質のレベルは、フルオレセインおよびローダミンを含む物質からの蛍光、ルミノールからの化学発光、3H、14C、35S、33P、32P、および125Iを含む放射性物質の放射能、ならびに吸光度を測定することによって決定される。例えば、RNAおよび/またはタンパク質の発現レベルは、DNAマイクロアレイ(Schena, M. et al. Quantitative monitoring of gene expression patterns with a complementary DNA microarray, Science 270, 467-470(1995)、およびLipshutz, R.J. et al. High density synthetic oligonucleotide arrays, Nat. Genet. 21, 20-24(1999))、RT-PCR法(Weis, J.H. et al. Detection of rare mRNAs via quantitative RT-PCR, Trends Genet. 8, 263-264(1992)、およびBustin, S.A. Absolute quantification of mRNA using real-time reverse transcription polymerase chain reaction assays, J. Mol. Endocrinol. 25, 169-193(2000))、ノーザンブロッティングおよびインサイチューハイブリダイゼーション法(Parker, R.M. and Barnes, N.M. mRNA:detection in situ and northern hybridization, Methods Mol. Biol. 106, 247-283(1999))、RNaseプロテクションアッセイ法(Hod, Y.A. Simplified ribonuclease protection assay, BioTechniques 13, 852-854(1992)、およびSaccomanno, C.F. et al. A faster ribonuclease protection assay, BioTechniques 13, 846-850(1992))、ウェスタンブロッティング(Towbin, H. et al. Electrophoretic transfer of proteins from polyacrylamide gels to nitrocellulose sheets, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 76, 4350-4354(1979)、およびBurnette, W.N. Western blotting: Electrophoretic transfer of proteins from sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gels to unmodified nitrocellulose and radioiodinated protein A, Anal. Biochem. 112, 195-203(1981))、ELISAアッセイ法(Engvall, E. and Perlman, P. Enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA): Quantitative assay of immunoglobulin G, Immunochemistry 8, 871-879(1971))、ならびにタンパク質アレイ(Merchant, M. and Weinberger, S.R. Review: Recent advancements in surface-enhanced laser desorption/ionization-time of flight-mass spectrometry, Electrophoresis 21, 1164-1177(2000)、およびPaweletz, C.P. et al. Rapid protein display profiling of cancer progression directly from human tissue using a protein biochip, Drug Dev. Res. 49, 34-42(2000))を含む公知の方法によって決定される。
【0011】
HCCの各分化段階および非腫瘍(非癌性および前癌)肝臓で異なって発現する遺伝子および/またはタンパク質は、各分化段階にあるHCC組織および非腫瘍肝組織の間で遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを比較することによって選択される。非癌性肝臓(L0)とHCVに感染している前癌肝臓(L1)との間で差次的に発現する遺伝子および/タンパク質は、非癌性肝組織と前癌肝組織との間で、各遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを比較することによって同定される。前癌肝臓(L1)と高分化型HCC(G1)との間で差次的に発現する遺伝子および/タンパク質は、前癌肝組織と高分化型HCC組織(HCC(G1))との間で、各遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを比較することによって同定される。高分化型HCC(G1)と中分化型HCC(G2)の間で差次的に発現する遺伝子および/タンパク質は、HCC(G1)と中分化型HCC組織(HCC(G2))との間で、各遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを比較することによって同定される。同様に、中分化型HCC(G2)と低分化型HCC(G3)の間で差次的に発現する遺伝子および/タンパク質は、HCC(G2)と低分化型HCC組織(HCC(G3))との間で、各遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを比較することによって同定される。
【0012】
非癌性肝臓、前癌肝臓、高分化型HCC、中分化型HCC、および低分化型HCCの遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルの相違は、公知の統計学的分析法によって分析および検出することができる。L0、L1、G1、G2、およびG3から選択される2つの段階間で遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを比較するすべての実験において、以下の手順が取られる。
【0013】
第1段階では、すべてのHCC試料においてならびに非癌性および前癌肝臓試料において、一定の発現レベルを有する遺伝子および/またはタンパク質(例えば、アフィメトリクス(Affymetrix)遺伝子チップの結果による任意単位で判断される、40よりも高い発現レベルを有する遺伝子)を選択する。この選択により、一定数の遺伝子および/またはタンパク質が得られる。次いで、フィッシャー比により、各遺伝子および/またはタンパク質が、L0とL1、L1とG1、G1とG2、およびG2とG3を識別する識別能力を判定する。遺伝子jのフィッシャー比は、以下の式によって得られる:

(式中、

は段階iにある試料についての遺伝子jの発現レベルの試料平均であり、

は段階iにある試料についての遺伝子jの発現レベルの試料分散である。)
【0014】
第2段階では、選択された遺伝子および/またはタンパク質を、フィッシャー比が高い順に順序づける。また、ランダム順列検定も行い、HCCの分化段階を規定する遺伝子および/またはタンパク質の数を決定する。順列検定では、比較する2つの試料間で試料標識の順序をランダムに入れ替え、各遺伝子および/またはタンパク質のフィッシャー比を再度算出する。試料標識のこのランダムな順列を1,000回繰り返す。ランダム化したデータによるフィッシャー比の分布に基づいて、実際のデータから得られたフィッシャー比にPを割り当てる。ランダム化したデータに基づいたフィッシャー比の分布から、ランダム順列検定により2つの段階において統計学的に有意であると判定される遺伝子および/またはタンパク質を選択する。より詳細には、2つの段階間でランダム順列検定によるP値が0.005未満の遺伝子および/タンパク質を選択する。これらの選択された遺伝子および/またはタンパク質のうち、非癌性肝臓(L0)と前癌肝臓(L1)、前癌肝臓(L1)と高分化型HCC(G1)、高分化型HCC(G1)と中分化型HCC(G2)、中分化型HCC(G2)と低分化型HCC(G3)との各比較において最も高いフィッシャー比を有する40個の遺伝子および/またはタンパク質をさらに選択する。
【0015】
選択された40個の遺伝子および/またはタンパク質が、非癌性肝臓(L0)と前癌肝臓(L1)、前癌肝臓(L1)と高分化型HCC(G1)、高分化型HCC(G1)と中分化型HCC(G2)、中分化型HCC(G2)と低分化型HCC(G3)を区別する能力を、最小距離分類子および自己組織マップ(SOM)により検証する。
【0016】
最小距離分類子は、各移行段階において選択された40個の遺伝子および/またはタンパク質を用いて設計される。各遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルを、2つの段階に由来する全練習試料を用いて、ゼロ平均および単位分散を有するように標準化する。試料と各平均ベクトル間のユークリッド距離を測定した後、試料を最も近い平均ベクトルの段階に割り当てる。また、各移行段階にある選択された40個の遺伝子および/またはタンパク質を用いて作成された最小距離分類子を用いて、分化段階が決定されていないHCC試料の分化段階を予測する。HCCの分化段階を診断するため、前述の

を用いて、遺伝子jの、段階AおよびBからなる混合物の試料平均

を以下の式によって得る:

(式中、Niは段階iの試料数である)。次に、遺伝子jの、段階AおよびBからなる混合物の試料分散

を以下の式:

によって得る。

を用いて、

によって

が規定される。次いで、試料xを以下の式によって標準化する:

(式中、

は標準化試料である)。標準化試料を用いて、各段階の標本平均ベクトルが得られる。最小距離分類子では、スコア値は以下の式:

によって算出される。
4つの最小距離分類を用いて、HCCの分化段階を以下のように診断することができる:
(i)

である場合、標準化試料

は段階L0に分類される。
(ii)

である場合、標準化試料

は段階L1に分類される。
(iii)

である場合、標準化試料

は段階G1に分類される。
(iv)

である場合、標準化試料

は段階G2に分類される。
(v)

である場合、標準化試料

は段階G3に分類される。
【0017】
SOMはクラスタリングに広く用いられているニューラルネットワークアルゴリズムであり、多次元データの可視化のための効率的な手段として周知である(Tamayo, P. et al. Interpreting patterns of gene expression with self-organizing maps: methods and application to hematopoietic differentiation, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 96, 2907-2912(1999)、およびSultan, M. et al. Binary tree-structured vector quantization approach to clustering and visualizing microarray data, Bioinformatics Suppl 1, S111-S119(2002))。選択された40個の遺伝子および/またはタンパク質すべてを用いたSOMは、ウェブサイトのhttp://www.cis.hut.fi/projects/somtoolbox/(Kohonen, 2001)で利用可能なSOMツールボックスを用いてMATLAB R13の方法に従って行う。
【0018】
非癌性肝臓(L0)から前癌肝臓(L1)へ、前癌肝臓(L1)から高分化型HCC(G1)へ、高分化型HCC(G1)から中分化型HCC(G2)へ、中分化型HCC(G2)から低分化型HCC(G3)への移行過程において、発現が有意に変化する40個の遺伝子および/またはタンパク質の各セットは、HCCの肝癌発症の段階を診断するため、さらに各段階にあるHCCの治療に用いる抗癌剤をスクリーニングするために用いられる。
【0019】
非癌性肝臓(L0)から前癌肝臓(L1)へ、前癌肝臓L1から高分化型HCC(G1)へ、高分化型HCC(G1)から中分化型HCC(G2)へ、中分化型HCC(G2)から低分化型HCC(G3)への移行過程において、発現が有意に変化する40個の遺伝子および/またはタンパク質の各セットは、細菌、真核細胞、および無細胞系で発現される。遺伝子および/またはタンパク質の発現および/または機能に影響を及ぼす物質は、発現および/または機能をモニタリングすることによってスクリーニングされる。タンパク質に対するモノクローナル抗体もまた作製され、異なる段階にあるHCCの治療に用いられる。モノクローナル抗体として、全マウスモノクローナル抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、二価一本鎖抗体、および/または二重特異性抗体を精製タンパク質に対して作製することができ、これらの抗体はHCCの段階の診断およびその治療に使用される。
【0020】
遺伝子および/またはタンパク質の発現を調べるためのキットも作製される。キットは、RNA抽出のための試薬、cDNAおよびcRNAの合成のための酵素、DNAチップ、オリゴヌクレオチドチップ、タンパク質チップ、遺伝子のプローブおよびプライマー、対照遺伝子のDNA断片、ならびにタンパク質に対する抗体を含む成分から構成される。キットの成分は容易に購入することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下の実施例は、非癌性肝臓、前癌肝臓、高分化型HCC、中分化型HCC、および低分化型HCCにおいて異なって発現する遺伝子および/またはタンパク質の同定および使用のための好ましい方法を単に説明するに過ぎない。
【0022】
以下に本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、これらに限定されると解釈されるべきではない。
【0023】
実施例1. ヒト組織の調製
1997年5月から2000年8月の間に山口大学医学部付属病院において、50名の患者がHCCの外科治療を受けた。手術前に、すべての患者から書面によるインフォームドコンセントを得た。研究手順は、山口大学医学部のヒト対象の利用に関する院内倫理委員会によって承認された。50名の患者はすべて、HCV抗体(HCVAb)について血清陽性であり、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)について血清陰性であった。術後、全症例においてHCCの組織病理学的診断を行った。この組織病理学的検査によって、7名の患者が高分化型HCC(G1)を有し、35名が中分化型HCC(G2)を有し、残りの8名が低分化型HCC(G3)を有することが判明した。国際対癌連合のTNM分類に従って、臨床病理学的要因を決定した。フィッシャーの直接確率検定、スチューデントのt検定、およびマンホイットニーのU検定を用いて、3段階、G1、G2、およびG3 HCC間の臨床病理学的特徴の相違を明らかにした。P<0.05を有意と見なした。
【0024】
良性または転移性肝腫瘍を肝切除した6名の患者から、6つの非癌性肝臓試料を採取し、組織学的に正常な肝臓を有することを確認した。この患者らはいずれも、HBsAgおよびHCVAbについて血清陰性であった。また、HCCを有する5名の患者の非腫瘍領域から、5つのHCV感染肝臓試料を調製した。5つの肝臓試料はいずれも、組織病理学的に慢性肝炎または肝硬変と診断された。手術前に、すべての患者から書面によるインフォームドコンセントを得た。
【0025】
実施例2. HCCの臨床病理学的特徴
組織学的検査から、本研究に登録された50例のHCV関連HCCのうち、7例が高分化型HCC(G1)であり、35例が中分化型HCC(G2)であり、残りの8例が低分化型HCC(G3)であることが明らかとなった(表2)。G2およびG3 HCCの腫瘍の大きさは、G1 HCCの腫瘍の大きさよりも有意に大きかった(マンホイットニーのU検定により、それぞれp=0.0007およびp=0.028)。G2およびG3 HCCにおける血管侵襲(vessel involvement)の発生率は、G1 HCCにおける発生率よりも有意に高かった(フィッシャーの直接確率検定によりp=0.038)。G1からG3への脱分化と平行して、腫瘍期はより進行していた(フィッシャーの直接確率検定によりp=0.066)。このように、本研究に登録されたG1、G2、およびG3 HCCの各種類は、Kojiroによって提唱される脱分化に対応するする特徴、すなわち腫瘍の大きさ、転移能、および腫瘍期を示した(Kojiro, M. Pathological evolution of early hepatocellular carcinoma, Oncology 62, 43-47(2002))。
【0026】
実施例3. 組織からのRNAの抽出
組織片(約125 mm3)をTRIZOL(Life Technologies、米国、ゲイサーズバーグ、カタログ番号15596-018)、またはSepasol-RNAI(Nacalai tesque、日本、京都、カタログ番号306-55)に懸濁し、ポリトロン(Polytron)(Kinematica、スイス、リッタウ)を用いて(最高速度で5秒間)2回ホモジナイズした。クロロホルムを加えた後、組織ホモジネートを15,000×gで10分間遠心分離し、RNAを含む水相を回収した。全細胞RNAをイソプロピルアルコールで沈殿させ、70%エタノールで1回洗浄し、DEPC処理水(Life Technologies、米国、ゲイサーズバーグ、カタログ番号10813-012)に懸濁した。DNase I(Life Technologies、米国、ゲイサーズバーグ、カタログ番号18068-015)1.5単位で処理した後、RNAをTRIZOL/クロロホルムで再抽出し、エタノールで沈殿させ、DEPC処理水に溶解した。その後、RNeasyミニキット(QIAGEN、ドイツ、ヒルデン、カタログ番号74104)を用いて、製造業者の取扱説明書に従って低分子量ヌクレオチドを除去した。全RNAの質は、アガロースゲル電気泳動後の28Sおよび18SリボソームRNAの比から判定した。精製した全RNAは、使用時まで70%エタノール溶液中で-80℃にて保存した。
【0027】
実施例4. cDNAおよび標識cRNAプローブの合成
cDNAは、reverse SuperScript Choiceシステム(Life Technologies、米国、ゲイサーズバーグ、カタログ番号18090-019)を用いて、製造業者の取扱説明書に従って合成した。精製した全RNA 5μgを、T7プロモーターの配列を含むオリゴ-dTプライマー(Sawaday Technology、日本、東京)およびSuperScript II逆転写酵素200単位とハイブリダイズさせ、42℃で1時間インキュベートした。得られたcDNAをフェノール/クロロホルムで抽出し、Phase Lock Gel(商標) Light(Eppendorf、ドイツ、ハンブルグ、カタログ番号0032 005.101)で精製した。
【0028】
また、MEGAscriptT7キット(Ambion、米国、オースチン、カタログ番号1334)および鋳型としてcDNAを用いて、製造業者の説明書に従ってcRNAを合成した。cDNA約5μgを、T7ポリメラーゼ、アデノシン三リン酸(ATP)およびグアノシン三リン酸(GTP)各7.5 mM、シチジン三リン酸(CTP)およびウリジン三リン酸(UTP)各5.625 mM、ならびにBio-11-CTPおよびBio-16-UTP(ENZO Diagnostics、米国、ファーミングデール、それぞれカタログ番号42818および42814)各1.875 mMを含む酵素混合液2μlと共に、37℃で6時間インキュベートした。モノヌクレオチドおよび短いオリゴヌクレオチドをCHROMA SPIN +STE-100カラム(CLONTECH、米国、パロアルト、カタログ番号K1302-2)でのカラムクロマトグラフィーによって除去し、エタノールを加えて溶出液中のcRNAを沈降させた。cRNAの質は、アガロースゲル電気泳動後のcRNAの長さから判定した。精製したcRNAは、使用時まで70%エタノール溶液中で-80℃にて保存した。
【0029】
実施例5. 異なる分化段階にあるHCCの遺伝子発現解析
神経膠腫患者由来のヒト原発腫瘍の遺伝子発現を、高密度オリゴヌクレオチドマイクロアレイ(U95Aアレイ、Affymetrix、米国、サンタクララ、カタログ番号510137)によって調べた(Lipshutz, R.L. et al. High density synthetic oligonucleotide arrays, Nat. Genet. 21, 20-24(1999))。チップ上のオリゴヌクレオチドとハイブリダイズさせるため、cRNAを、40 mM Tris(Sigma、米国、セントルイス、カタログ番号T1503)-酢酸(Wako、日本、大阪、カタログ番号017-00256)(pH 8.1)、100 mM酢酸カリウム(Wako、日本、大阪、カタログ番号160-03175)、および30 mM酢酸マグネシウム(Wako、日本、大阪、カタログ番号130-00095)を含む緩衝液中で95℃で35分間処理し断片化した。ハイブリダイゼーションは、0.1 M 2-(N-モルフォリノ)エタンスルホン酸(MES)(Sigma、米国、セントルイス、カタログ番号M-3885)(pH 6.7)、1 M NaCl(Nacalai Tesque、日本、京都、カタログ番号313-20)、0.01%ポリオキシレン(10)オクチルフェニルエーテル(Wako、日本、大阪、カタログ番号168-11805)、ニシン精子DNA(Promega、米国、マディソン、カタログ番号D181B)20μg、アセチル化ウシ血清アルブミン(Sigma、米国、セントルイス、カタログ番号B-8894)100μg、断片化cRNA 10μg、およびビオチン化対照オリゴヌクレオチド、ビオチン-5'-CTGAACGGTAGCATCTTGAC-3’(Sawady technology、日本、東京)を含む緩衝液200μl中で、45℃で12時間行った。0.01 M MES(pH 6.7)、0.1 M NaCl、および0.001%ポリオキシレン(10)オクチルフェニルエーテル緩衝液を含む緩衝液でチップを洗浄した後、取扱説明書(Affymetrix、米国、サンタクララ)に記載されている通りに、チップをビオチン化抗ストレプトアビジン抗体(Funakoshi、日本、東京、カタログ番号BA0500)と共にインキュベートし、ストレプトアビジンR-フィコエリトリン(Molecular Probes、米国、ユージーン、カタログ番号S-866)で染色し、ハイブリダイゼーションシグナルを増大させた。レーザースキャナ(Affymetrix、米国、サンタクララ)で各ピクセルレベルを収集し、各cDNAの発現レベルおよび信頼性(有/無の判定)を、Affymetrix GeneChip ver. 3.3およびAffymetrix Microarray Suite ver. 4.0ソフトウェアにより算出した。これらの実験から、神経膠腫患者のヒト原発腫瘍における約11,000個の遺伝子発現が決定された。
【0030】
実施例6. オリゴヌクレオチドマイクロアレイデータの統計分析
50のHCC試料および11の非腫瘍(非癌性および前癌)肝臓試料のすべてにおいて、40(Affymetrixによる任意単位)を超えるアベレージディファレンス(average differences)を有する遺伝子を選択した。この手順により、約11,000個の遺伝子から3,559個の遺伝子が得られた。次いでフィッシャー比を決定し(Iizuka, N., Oka, M., Yamada-Okabe, H., Mori, N., Tamesa, T., Okada, T., Takemoto, T., Tangoku, A., Hamada, K., Nakayama, H., Miyamoto, T., Uchimura, S., and Hamamoto, Y. Comparison of gene expression profiles between hepatitis B virus- and hepatitis C virus-infected hepatocellular carcinoma by oligonucleotide microarray data based on a supervised learning method, Cancer Res. 62, 3939-3944(2002)、およびLuo, J., Duggan, D.J., Chen, Y., Sauvageot, J., Ewing, C.M., Bittner, M.L., Trent, J.M., and Isaacs, W.B. Human prostate cancer and benign prostatic hyperplasia: molecular dissection by gene expression profiling, Cancer Res. 61, 4683-4688(2001))、これらの遺伝子をL0とL1、L1とG1、G1とG2、およびG2とG3との識別子として評価した。即ち、上記の3,559個の遺伝子を、フィッシャー比が高い順に順序づけた。またランダム順列検定も行って、HCCの分化段階を規定する遺伝子の数を決定した。ランダム順列検定は、以前に記載された通りに実施した(Iizuka, N., Oka, M., Yamada-Okabe, H., Mori, N., Tamesa, T., Okada, T., Takemoto, T., Tangoku, A., Hamada, K., Nakayama, H., Miyamoto, T., Uchimura, S., and Hamamoto, Y. Comparison of gene expression profiles between hepatitis B virus- and hepatitis C virus-infected hepatocellular carcinoma by oligonucleotide microarray data based on a supervised learning method, Cancer Res. 62, 3939-3944(2002)、およびLuo, J., Duggan, D.J., Chen, Y., Sauvageot, J., Ewing, C.M., Bittner, M.L., Trent, J.M., and Isaacs, W.B. Human prostate cancer and benign prostatic hyperplasia: molecular dissection by gene expression profiling, Cancer Res. 61, 4683-4688(2001))。検定では、検討する2つの段階間で試料標識の順序をランダムに並べ替え、各遺伝子のフィッシャー比を再度算出した。試料標識のこのランダムな順列を1,000回繰り返した。次いで、ランダム化したデータによるフィッシャー比の分布に基づいて、実際のデータから得られたフィッシャー比にPを割り当てた。ランダム化したデータに基づいたフィッシャー比の分布から、ランダム順列検定に合格し得た(P<0.005)全遺伝子を選択した。2つの段階を比較するための全実験において、この手順を実施した。結果として、4.90よりも高いフィッシャー比を有する152個の遺伝子が、L0とL1の間の統計的に有意な識別子であった。同様に、L1とG1を識別する、4.08よりも高いフィッシャー比を有する191個の遺伝子、G1とG2を識別する、1.52よりも高いフィッシャー比を有する54個の遺伝子、およびG2とG3を識別する、1.34よりも高いフィッシャー比を有する40個の遺伝子が同定された。
【0031】
実施例7. 発現がHCCの分化段階と相関する遺伝子の選択
オリゴヌクレオチドアレイデータを用いて、発癌の過程、すなわち非癌性肝臓(L0)からHCV感染している前癌肝臓(L1)へ、およびL1から高分化型HCC(G1)へ、ならびにHCCの脱分化の過程(G1からG2およびG2からG3)における遺伝子発現の変化を解析した。教師あり学習法の後にランダム順列検定を用いて、L0からL1への移行過程で発現レベルが有意に変化した152個の遺伝子が同定された。152個の遺伝子のうち、67個がこの移行過程で発現が増加し、85個の遺伝子の発現が低下していた。同じ方法で、L1からG1 HCCへの移行過程で発現レベルが有意に変化した191個の遺伝子が同定された。191個の遺伝子のうち、95個がこの移行過程で発現が亢進し、96個で発現が低下した。54個の遺伝子がG1 HCCとG2 HCCの間で差次的に発現されたと見られ、そのうち36個の遺伝子の発現がG1からG2への移行過程で増加し、18個の遺伝子の発現が減少していた。40個の遺伝子がG2 HCCとG3 HCCの間で差次的に発現されることが判明し、そのうち10個の遺伝子の発現がG2からG3への移行過程で増加し、30個の遺伝子の発現が減少していた。
【0032】
HCCの発癌および進行の各段階で選択された遺伝子の能力を試験するため、これらの遺伝子のデータを全試料に適用した。結果として、各移行段階で選択されたこれらの遺伝子のほとんどすべてが、L0〜L1移行、L1〜G1移行、G1〜G2移行、およびG2〜G3移行に配置された。例えば、L1とG1 HCCを識別する191個の遺伝子は、非腫瘍肝臓(L0およびl1)とHCC(G1、G2、およびG3)を明白に識別した(図1)。これらの結果から、選択された遺伝子の発現レベルの変化が、HCC発症の各段階の決定において中心的役割を担うことが示唆された。
【0033】
実施例8. 非癌性肝臓(L0)から前癌肝臓(L1)への移行過程において発現が変化した遺伝子
ほとんどの免疫応答関連遺伝子、代謝関連遺伝子、輸送関連遺伝子、タンパク質分解関連遺伝子、および発癌関連遺伝子の発現が、L0からL1への移行過程において増加し、転写関連遺伝子の発現は減少した(表3)。
【0034】
免疫応答関連遺伝子には、MHCクラスIファミリー(HLA-A、-C、-E、および-F)、MHCクラスIIファミリー(HLA-DPB1およびHLA-DRA)、CD74、NK4、LILRB1、FCGR3B、およびIFI30が含まれる。IFI30等のインターフェロン(IFN)誘導遺伝子の発現亢進は、ウイルス感染に対する宿主防御を反映している可能性がある;しかし、以下の項に記述するように、いくつかのIFN関連遺伝子が、G1からG2への脱分化の過程で減少したことに留意されたい(実施例10を参照のこと)。
【0035】
代謝関連遺伝子には、KARS、ALDOA、ASAH、MPI、およびGAPDが含まれる。KARSおよびALDOAレベルの増加により、タンパク質生合成および解糖がそれぞれ亢進される。ASAH、MPI、およびGAPDの上方制御により、脂肪酸、マンノース、およびグリセルアルデヒドの生合成がそれぞれ増大する。
【0036】
輸送関連遺伝子には、VDAC3、SSR4、BZRP、およびATOX1が含まれる。SSR4は、新たに合成されたポリペプチドの効率的な輸送に関与する。ATOX1は銅輸送体であり、多くの酵素が酵素活性の補因子として銅イオンを必要とすることから、その発現の増加によって様々な代謝経路の活性化が起こる。
【0037】
タンパク質分解関連遺伝子には、CST3およびCTSDが含まれる。CST3は、血管形成に関与する。CTSDタンパク質の血清レベルの増加が、前癌肝内小結節を発症する可能性のある肝硬変患者において認められた(Leto, G., Tumminello, F.M., Pizzolanti, G., Montalto, G., Soresi, M., Ruggeri, I., and Gebbia, N. Cathepsin D serum mass concentrations in patients with hepatocellular carcinoma and/or liver cirrhosis, Eur. J. Clin. Chem. Clin. Biochem. 34, 555-560(1996))。
【0038】
発癌関連遺伝子には、MBD2、RPS19、RPS3、RPS15、およびRPS12が含まれる。DNAメチル化は多くの悪性腫瘍における共通の後成的な変化であり、DNAメチル化パターンはメチル化および脱メチル化の酵素過程によって決まる。メチル化DNAからの転写を阻害するMBD2の発現亢進は、プロモーター領域にメチル化DNAを有する腫瘍抑制遺伝子の発現低下において重要な役割を果たす。
【0039】
L0からL1への移行過程において、転写関連遺伝子、RB1CC1の発現低下が認められた。RB1CC1タンパク質は、腫瘍抑制遺伝子RB1の主要な調節因子であり、RB1CC1レベルの減少はRB1タンパク質活性の減少を介して発癌を促進し得る。
【0040】
このように、HCV感染した前癌肝臓はこれらの遺伝子発現の変化を特徴とし、これによって、HCV感染の過程で肝癌の発症が誘起されることが示唆される。L0からl1への移行過程で発現が変化する遺伝子のうち、タンパク質分解および発癌に関与する遺伝子が、HCV感染によるHCCの化学防御の分子標的となる可能性がある。
【0041】
実施例9.前癌肝臓(L1)から高分化型HCC(G1)への移行過程において発現が変化した遺伝子
L1からG1への移行過程において発現が変化した遺伝子には、ほとんどの発癌関連遺伝子、シグナル伝達関連遺伝子、転写関連遺伝子、輸送関連遺伝子、解毒関連遺伝子、および免疫応答関連遺伝子が含まれる(表4)。
【0042】
BNIP3L、FOS、MAF、ならびにある種の癌細胞のアポトーシスを誘導し得るIGFBP3、およびIGF誘導性細胞増殖の阻害剤として働くIGFBP4等の発癌関連遺伝子は、この移行過程において発現が低下し、これらの遺伝子の発現低下もまた肝癌発症の促進に重要であることが示された。以前の報告でも、非腫瘍肝臓と比較した場合の、HCCにおけるIGFBP3およびIGFBP4の発現の減少が示されている(Okabe, H., Satoh, S., Kato, T., Kitahara, O., Yanagawa, R., Yamaoka, Y., Tsunoda, T., Furukawa, Y., and Nakamura, Y. Genome-wide analysis of gene expression in human hepatocellular carcinomas using cDNA microarray: identification of genes involved in viral carcinogenesis and tumor progression, Cancer Res. 61, 2129-2137(2001)、およびDelpuech, O., Trabut, J.B., Carnot, F., Feuillard, J., Brechot, C., and Kremsdorf, D. Identification, using cDNA macroarray analysis, of distinct gene expression profiles associated with pathological and virological features of hepatocellular carcinoma, Oncogene 21, 2926-2937(2002))。本発明のデータから、これら2つの遺伝子の発現低下は高分化型HCCで既に起こっているという可能性が考えられる。MAFは、細胞分化の調節因子として機能し、またBNIP3Lは、BCL2活性の阻害を介して細胞アポトーシスを誘導する。場合によっては、FOSの発現はアポトーシス細胞死と関連しているように思われる。したがって、これら5個の遺伝子の発現低下が、慢性HCV感染後の肝細胞への形質転換を誘発する可能性が高い。
【0043】
CAMKK2、GMFB、RALBP1、CDIPT、ZNF259、およびRAC1等のシグナル伝達関連遺伝子、ならびにDRAP1、ILF2、BMI1、およびPMF1等の転写関連遺伝子は、L1からG1への移行過程において発現が亢進していた。CALM1、RAB14、TYROBP、およびMAP2K1等の他のシグナル伝達関連遺伝子は、この過程で発現が減少した。G1 HCCにおけるTYRPBPの発現低下は、免疫応答の低下を反映している可能性がある。種々のシグナル伝達経路に関与する遺伝子の発現の変化は、HCV感染した前癌肝臓から高分化型HCCの発症を反映しているものと考えられる。
【0044】
L1からG1への移行過程において、TBCE、ATP6V1E、ATOX1、およびSEC61G等の輸送関連遺伝子は発現が上昇し、SLC31A1およびDDX19等の輸送関連遺伝子の発現が低下した。細胞内銅輸送体であるATOX1は、L0からG1への移行過程で発現が亢進したが、L1からG1への過程でさらに発現が上昇した。過剰の銅は肝細胞にとって毒性をもたらすか、または致死的であるため、ATOX1遺伝子の発現により細胞内の銅イオン濃度が変化し、DNA損傷および細胞傷害が促進される。実際に最近の研究から、マウスHCC異種移植モデルにおいて、腫瘍の発症に及ぼす銅キレート剤の予防効果が示された(Yoshii, J., Yoshiji, H., Kuriyama, S., Ikenaka, Y., Noguchi, R., Okuda, H., Tsujinoue, H., Nakatani, T., Kishida, H., Nakae, D., Gomez, D.E., De Lorenzo, M.S., Tejera, A.M., and Fukui, H. The copper-chelating agent, trientine, suppresses tumor development and angiogenesis in the murine hepatocellular carcinoma cells, Int. J. Cancer. 94, 768-773(2001))。
【0045】
DNA損傷および細胞傷害は、抗酸化遺伝子CAT、ならびにMT1H、MT1E、MT1F、MT1B、MT3、およびUGT2B7等の解毒関連遺伝子の発現低下によって憎悪し、その結果HCCの脱分化が促進される。
【0046】
Carreiraらは、抗ヒアルロン酸受容体-1抗体を用いて、リンパ管の数が肝硬変等の非腫瘍肝組織よりもHCCにおいて少ないことを報告している(Mouta Carreira, C., Nasser, S.M., di Tomaso, E., Padera, T.P., Boucher, Y., Tomarev, S.I., and Jain, R.K. LYVE-1 is not restricted to the lymph vessels: expression in normal liver blood sinusoids and down-regulation in human liver cancer and cirrhosis, Cancer Res. 61, 8079-8084(2001))。本発明では、L1からG1への移行過程において、ORM1、C1R、C6、IL4R、C8B、およびC1S等の免疫応答関連遺伝子の発現が減少し、L1からG1への移行過程において、HCCにおける微小環境の変化が起こることが示された。以前の報告にもあるように、この移行過程において、補体成分をコードする多くの遺伝子の発現が低下することが知られている(Okabe, H., Satoh, S., Kato, T., Kitahara, O., Yanagawa, R., Yamaoka, Y., Tsunoda, T., Furukawa, Y., and Nakamura, Y. Genome-wide analysis of gene expression in human hepatocellular carcinomas using cDNA microarray: identification of genes involved in viral carcinogenesis and tumor progression, Cancer Res. 61, 2129-2137(2001)、およびIizuka, N., Oka, M., Yamada-Okabe, H., Mori, N., Tamesa, T., Okada, T., Takemoto, T., Tangoku, A., Hamada, K., Nakayama, H., Miyamoto, T., Uchimura, S., and Hamamoto, Y. Comparison of gene expression profiles between hepatitis B virus- and hepatitis C virus-infected hepatocellular carcinoma by oligonucleotide microarray data based on a supervised learning method, Cancer Res. 62, 3939-3944(2002))。
【0047】
実施例10. 高分化型HCC(G1)から中分化型HCC(G2)への移行過程において発現が変化した遺伝子
G1からG2への移行過程において発現が変化した遺伝子には、IFN関連遺伝子、細胞構造および運動関連遺伝子、転写関連遺伝子、ならびに腫瘍抑制遺伝子が含まれる(表5)。
【0048】
G1からG2への移行過程において最も顕著な遺伝子変化は、OAS2、STAT1、PSME1、ISGF3G、およびPSMB9等のIFN関連遺伝子の発現低下であると考えられた。同様の遺伝子変化は、前立腺癌においても認められている(Shou, J., Soriano, R., Hayward, S.W., Cunha, G.R., Williams, P.M., and Gao, W.Q. Expression profiling of a human cell line model of prostatic cancer reveals a direct involvement of interferon signaling in prostate tumor progression, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 99, 2830-2835(2002))。IFNは、抗ウイルス剤としてのみならず、抗癌剤としても作用する;しかしながら、ある種のHCCはIFNに応答しない。IFN関連遺伝子の発現低下により、腫瘍細胞のIFNに対する応答が低減する可能性があり、G1からG2への移行過程でHCCのIFNに対する耐性が起こっている可能性がある。IFN関連遺伝子のうち、STAT1は本発明者らのG1とG2との識別子リスト中に4回出現した(表5)。同じファミリーの他の遺伝子と異なり、STAT1は腫瘍抑制因子として機能する(Bromberg, J.F. Activation of STAT proteins and growth control, Bioessays 23, 161-169(2001))。興味深いことに、IFN処理により、肝細胞において、多くのIFN関連遺伝子と同様にSTAT1の発現が増加することが知られている(Radaeva, S., Jaruga, B., Hong, F., Kim, W.H., Fan, S., Cai, H., Strom, S., Liu, Y., El-Assal, O., and Gao, B. Interferon-alpha activates multiple STAT signals and down-regulates c-Met in primary human hepatocytes, Gastroenterology 122, 1020-1034(2002))。HCC細胞株におけるSTAT1の発現亢進は、酪酸ナトリウムによって誘導される分化の過程で認められた(Hung, W.C. and Chuang, L.Y. Sodium butyrate enhances STAT 1 expression in PLC/PRF/5 hepatoma cells and augments their responsiveness to interferon-alpha, Br. J. Cancer 80, 705-710(1999))。STAT1がIGFBP3のIGF非依存的アポトーシス作用の転写標的であり(Spagnoli, A., Torello, M., Nagalla, S.R., Horton, W.A., Pattee, P., Hwa, V., Chiarelli, F., Roberts, C.T. Jr., and Rosenfeld, R.G. Identification of STAT-1 as a molecular target of IGFBP-3 in the process of chondrogenesis, J. Biol. Chem. 277, 18860-18867(2002))、L1からG1への移行過程においてIGFBP3が発現低下されるという事実から、G1 HCCからG2 HCCへの移行過程におけるSTAT1発現の減少により、HCCの脱分化がさらに促進される可能性が高い。
【0049】
G1からG2への移行過程では、細胞増殖、分化、および発病を含む種々の生物過程に関与する転写関連遺伝子TRIM16、ならびに細胞増殖を促進する腫瘍抑制遺伝子TPD52L2もまた発現が亢進した。G2 HCCにおけるこれらの遺伝子の発現亢進は、腫瘍細胞の増殖および浸潤を促進する可能性がある。
【0050】
実施例11. 中分化型HCC(G2)から低分化型HCC(G3)への移行過程において発現が変化した遺伝子
G2からG3への移行過程において発現が変化した遺伝子には、タンパク質分解関連遺伝子、BCL2関連遺伝子、ならびに代謝およびエネルギー生成関連遺伝子が含まれる(表6)。
【0051】
SPINT1およびLGALS9は、G2からG3への移行過程において発現が亢進されることが判明した。SPINT1は、傷害組織における肝細胞増殖因子(HGF)のタンパク質分解活性化の調節に関与することが知られている。以前に、Nagataらは、アンチセンスSPINT1(HAI-1)の形質導入によりヒトヘパトーマ細胞の増殖が阻害されることを示し、このことからSPINT1がHCCの進行において重要な役割を担うことが示唆された(Nagata, K., Hirono, S., Ido, A., Kataoka, H., Moriuchi, A., Shimomura, T., Hori, T., Hayashi, K., Koono, M., Kitamura, N., and Tsubouchi, H. Expression of hepatocyte growth factor activator and hepatocyte growth factor activator inhibitor type 1 in human hepatocellular carcinoma, Biochem. Biophys. Res. Commun. 289, 205-211(2001))。LGALS9は、細胞接着、細胞増殖の調節、炎症、免疫調節、アポトーシス、および転移に関与するレクチンファミリーに属する。いくつかのガレクチンは、癌細胞接着に関連すると考えられている(Ohannesian, D.W., Lotan, D., Thomas, P., Jessup, J.M., Fukuda, M., Gabius, H.J., and Lotan, R. Carcinoembryonic antigen and other glycoconjugates act as ligands for galectin-3 in human colon carcinoma cells, Cancer Res. 55, 2191-2199(1995))。
【0052】
BCL2関連遺伝子であるBNIP3は、G2からG3への移行過程において発現が低下した。BNIP3は、BNIP3Lと56%のアミノ酸配列同一性を有する。上記のように、BNIP3Lの発現は、L1からG1への移行過程において減少した。BCL2は抗アポトーシス因子として機能するため、BNIP3LおよびBNIP3の発現低下は発癌を促進し、腫瘍細胞の脱分化を促進する。
【0053】
多くの代謝およびエネルギー生成関連遺伝子もまた、この移行過程において発現が低下していた。さらに、プロゲステロンに結合する肝臓に豊富なタンパク質をコードするPGRMC1およびRARRES2の発現もまた、G2からG3への移行過程で減少していた。RARRES2の発現の減少は、G3 HCCのレチノイン酸に対する低応答の原因である可能性がある。
【0054】
実施例12. 各移行期において選択された遺伝子発現のカラー表示
L0からL1への移行過程において発現が有意に変化した152個の遺伝子(図1a)、L1からG1への移行過程において発現が有意に変化した191個の遺伝子(図1b)、G1からG2への移行過程において発現が有意に変化した54個の遺伝子(図1c)、およびG2からG3への移行過程において発現が有意に変化した40個の遺伝子(図1d)を、カラーで表示した。これらの遺伝子は、2つの連続した分化段階にある試料を明瞭に識別した。図1e〜hは、各移行期において選択された40個の遺伝子の全試料における発現を示す。L0からL1(図1e)、L1からG1(図1f)、G1からG2(図1g)、およびG2からG3(図1h)への移行過程において発現が有意に変化した遺伝子として選択された40個の遺伝子発現もまた、カラーで表示した。その結果、各移行期の選択された40個の遺伝子は移行前後の試料を明確に識別し得ることが明らかとなった。
【0055】
実施例13. 各移行期の選択された遺伝子がHCCの分化段階を識別することの検証
各移行期の選択された遺伝子の識別能を検証するため、各移行期で選択された40個の遺伝子を用いて最小距離分類子を作成した。各移行過程において、赤色のバーで示した連続した2つの分化段階にある試料(練習試料)を用いて最小距離分類子を作成し、黒色のバーで示した残りの分化段階にある試料(被験試料)にこれを適用した(図2)。得られた分類子は、被験試料を92%(図2a)、98%(図2b)、84%(図2c)、および100%(図2d)の精度で分類した。
【0056】
実施例14. 非癌性肝臓(L0)から前癌肝臓(L1)へ、前癌肝臓(L1)から高分化型HCC(G1)へ、高分化型HCC(G1)から中分化型HCC(G2)へ、および中分化型HCC(G2)から低分化型HCC(G3)への移行過程において発現が変化する遺伝子の、自己組織化マップ(SOM)アルゴリズムによる解析
非癌性肝臓(L0)と前癌肝臓(L1)、前癌肝臓(L1)と高分化型HCC(G1)、高分化型HCC(G1) と中分化型HCC(G2)、中分化型HCC(G2) と低分化型HCC(G3)との間で発現が統計学的に有意に異なる遺伝子の発現を、ウェブサイト、http://www.cis.hut.fi/projects/somtoolbox/(Kohonen, 2001)で利用可能なSOMツールボックスを用いてMATLAB R13の方法に従って解析した。非癌性肝臓(L0)と前癌肝臓(L1)、前癌肝臓(L1)と高分化型HCC(G1)、高分化型HCC(G1) と中分化型HCC(G2)、中分化型HCC(G2) と低分化型HCC(G3)との間の各比較には40個の遺伝子を用いた。隣接するセルのベクトルを155次元の遺伝子空間において相互に近接して位置づけ(図3a)、ここで(m, n)はm行目かつn列目に位置するセルを示し、NL-XXはHCV感染していない非癌性肝臓(L0)に由来する試料を示し、IL-XXはHCV感染した前癌肝臓(L1)に由来する試料を示し、G1-XXTは高分化型HCC(G1)に由来する試料を示し、G2-XXTは中分化型HCC(G2)に由来する試料を示し、G3-XXTは低分化型HCC(G3)による試料を示す。マップから、試料がL0、L1、G1、G2、およびG3の順に明らかにS字型曲線を形成することが示された。血管侵襲がないG2試料(青字)はG1試料の近くに位置し、血管侵襲を有するG2試料(赤字)はG3試料の近くに位置した(図3a)。静脈浸潤を有さないG2試料はG1試料の近くに位置し、静脈浸潤を有するG2試料はG3試料の近くに位置した。このように、SOMは、一連の脱分化段階においてG2試料を2つのサブタイプ、すなわち静脈浸潤を有する腫瘍および静脈浸潤を有さない腫瘍に分類した。隣接するクラスター間の距離を、赤が遠距離を示す色によって示した場合、上部領域内の赤色のセルによって、非腫瘍(非癌性および前癌)肝臓とHCC試料が、155次元の遺伝子空間において比較的遠く離れていることが明瞭になった(図3b)。
【産業上の利用可能性】
【0057】
肝細胞癌(HCC)は世界的に最も患者数が多い癌の1つである。しかし、この疾患を治癒し得る治療法は存在しない。これは、この疾患の発症および進行の過程で、癌細胞の特徴が変化することが原因している可能性がある。特に、癌の進行は、腫瘍細胞の分化段階の変化と関連している場合が多い。そのような癌細胞の変化を診断し管理することによって、癌治療はより効果的になると考えられる。本発明では、発現がHCCの発症および進行と相関する遺伝子の同定を行った。教師あり学習法の後にランダム順列検定を用いて、HCV感染していない非癌性肝臓(L0)からHCV感染している前癌肝臓(L1)へ、L1から高分化型HCC(G1)へ、G1から中分化型HCC(G2)へ、およびG2から低分化型HCC(G3)への移行過程で発現が有意に変化する遺伝子を選択した。次に各移行段階において発現が有意に変化する選択された40個の遺伝子を用いた、最小距離分類子および自己組織化マップ(SOM)により、腫瘍組織の分化段階を正確に予測することができることを示した。したがって、これらの遺伝子を、HCCの分化段階の診断および各分化段階にあるHCCを治療するための抗癌剤のスクリーニングに用いることができる。
【0058】
(表1)図3aに示す、L0、L1、G1、G2、およびG3に対してプロファイルされた試料のクラスターを示す。
(表2)本発明において使用したHCCの臨床病理学的要因を示す。
(表3)L0およびL1における識別遺伝子上位40個を示す。
(表4)L1およびG1における識別遺伝子上位40個を示す。
(表5)G1およびG2における識別遺伝子上位40個を示す。
(表6)G2およびG3における識別遺伝子上位40個を示す。
【0059】
(表1)L0、L1、G1、G2、およびG3に対してプロファイルされた試料のクラスター

【0060】
(表2)試験群ごとの臨床病理学的特徴

*、腫瘍の分化、時期、および静脈浸潤は、UICCのTNM分類に基づいて決定した。
フィッシャーの直接確率検定、スチューデントのt検定、およびマンホイットニーのU検定を用いて、各分化段階間のバックグラウンドの相違を明らかにした。
N.S.、有意差なし
【0061】
(表3)L0およびL1における識別遺伝子上位40個




【0062】
(表4)L1およびG1における識別遺伝子上位40個




【0063】
(表5)G1およびG2における識別遺伝子上位40個




【0064】
(表6)G2およびG3における識別遺伝子上位40個




【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】L0からL1への移行過程において発現が有意に変化した152個の遺伝子(a)、L1からG1への移行過程において発現が有意に変化した191個の遺伝子(b)、G1からG2への移行過程において発現が有意に変化した54個の遺伝子(c)、およびG2からG3への移行過程において発現が有意に変化した40個の遺伝子(d)の発現のカラー表示を示す。パネルe、f、g、およびhは、全試料における各移行段階の選択された40個の遺伝子発現を示す。L0からL1(e)、L1からG1(f)、G1からG2(g)、およびG2からG3(h)への移行過程において発現が有意に変化した選択された40個の遺伝子の発現を示す。各移行段階の選択された40個の遺伝子は、移行前後の試料を識別する。遺伝子は、フィッシャー比が高い順にGenBankアクセッション番号によって示す。 各試料の名称を各写真の上に示す(e〜h);左から、NL-64, NL-65, NL-66, NL-67, NL-68, NL-69, IL-49, IL-58, IL-59, IL-60, IL-62, G1-26T, G1-42T, G1-85T, G1-86T, G1-87T, G1-147T, G1-165T, G2-1T, G2-2T, G2-6T, G2-8T, G2-10T, G2-12T, G2-16T, G2-18T, G2-20T, G2-22T, G2-23T, G2-27T, G2-28T, G2-29T, G2-31T, G2-34T, G2-37T, G2-43T, G2-45T, G2-46T, G2-49T, G2-58T, G2-59T, G2-60T, G2-62T, G2-89T, G2-90T, G2-105T, G2-151T, G2-155T, G2-161T, G2-162T, G2-163T, G2-171T, G2-182T, G3-19T, G3-21T, G3-25T, G3-35T, G3-80T, G3-81T, G3-107T, G3-174T 。 各遺伝子の名称を写真の右側に示す。パネルeの場合、上からM18533, AF035316, AL049942, L27479, “Fibronectin, Alt. Splice 1”, U19765, X55503, AL046394, AB007886, AL050139, AF012086, AI539439, M19828, U92315, D76444, X02761, AF001891, AI400326, AI362017, L13977, D32053, AF038962, AL008726, J03909, Z69043, AL080080, M63138, L09159, AF017115, M13560, M36035, U47101, U81554, M21186, D32129, AL022723, M83664, U50523, M81757, AF102803。パネルfの場合、上からM93221, AF079221, V01512, D88587, U12022, AF055376, R93527, R92331, U83460, AF052113, H68340, M10943, M13485, U75744, X02544, M93311, Z24725, U22961, M62403, M35878, U84011, AF055030, L13977, D13891, M63175, AB023157, U20982, M14058, AL049650, U61232, AI991040, U64444, D63997, X55503, AL080181, X76228, AB018330, D76444, U70660, U10323。パネルgの場合、上からM87434, M12963, AI625844, M97936, Z99129, L07633, D50312, U07364, AA883502, M97935, AF061258, AB007447, M97935, W28281, M97935, Y00281, D28118, AF104913, AA675900, L27706, D32050, M63573, AF014398, X70944, U70671, AA447263, AB014569, M23115, D38521, X00351, L11672, X82834, AB007963, U76247, X68560, AB015344, AB018327, AF004430, D14697, AB028449。パネルhの場合、上からAA976838, Z11793, AB002311, Y18004, AL031230, AF002697, AB014596, U49897, AF070570, M80482, AI263099, U22961, Z24725, U77594, L34081, M88458, U68723, X92098, D10040, AB023194, AF001903, X96752, AB006202, M75106, Y12711, D14662, S87759, Z48199, AF088219, AA453183, D31767, AB000095, AB006782, M21186, AB002312, U44772, AI541308, Z49107, U77735, M38449。
【図2】各移行段階の選択された40個の遺伝子が、HCCの分化段階を区別することの検証を示す。 L0からL1へ(a)、L1からG1へ(b)、G1からG2へ(c)、およびG2からG3へ(d)の各移行において、赤色のバーで示した連続した2つの分化段階にある試料(練習試料)を用いて最小距離分類子を作成し、黒色のバーで示した残りの分化段階にある試料(被験試料)にこれを適用した。得られた分類子は、被験試料を92%(a)、98%(b)、84%(c)、および100%(d)の精度で分類した。
【図3】非癌性肝臓(L0)から前癌肝臓(L1)へ、前癌肝臓(L1)から高分化型HCC(G1)へ、高分化型HCC(G1) から中分化型HCC(G2)へ、および中分化型HCC(G2) から低分化型HCC(G3)への移行において発現が変化した遺伝子の、自己組織化マップ(SOM)による解析の結果を示す。 図3aは試料のクラスターを示す(表1)。SOM格子内の各セルは、1つのクラスターに相当する。通常、隣接するセルのベクトルを相互に近接して位置づける。 (m, n)、m行目かつn列目に位置するセルのインデックス。NL-XX、HCV感染していない非癌性肝臓(L0)由来の試料;IL-XX、HCV感染した前癌肝臓(L1)由来の試料;G1-XXT、高分化型HCC(G1)由来の試料;G2-XXT、中分化型HCC(G2)由来の試料;G3-XXT、低分化型HCC(G3)由来の試料。 マップから、試料がL0、L1、G1、G2、およびG3の順に明らかにS字型曲線を形成することが示される。血管介入を有さないG2試料(青字)はG1試料の近くに位置し、血管介入を有するG2試料(赤字)はG3試料の近くに位置する。 図3bは隣接するクラスター間の距離を示す。 (m, n)、m行目かつn列目に位置するセルのインデックス。セルの色は、隣接するクラスター間の距離を示す;赤色は遠距離を示す。上部領域の赤色のセルによって、非腫瘍(非癌性および前癌)肝臓試料とHCC試料が、選択された40個の全遺伝子において比較的遠く離れていることが明らかに示される。
【図1A】

【図1B】

【図1C】

【図1D】

【図1E】

【図1F】

【図1G】

【図1H】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌患者から得られるヒト腫瘍組織の遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルまたは発現パターンに基づいて統計学的解析により選択された遺伝子および/またはタンパク質を用いて、腫瘍の分化段階を規定する方法。
【請求項2】
ヒト組織がヒト肝組織である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
腫瘍の分化段階が、非癌性肝臓、前癌肝臓、高分化型肝細胞癌(HCC)、中分化型HCC、および低分化型HCCからなる群より選択される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
遺伝子および/またはタンパク質が、非癌性肝臓と前癌肝臓、前癌肝臓と高分化型肝細胞癌(HCC)、高分化型HCCと中分化型HCC、または中分化型HCCと低分化型HCCとの間で差次的に発現する、請求項3記載の方法。
【請求項5】
遺伝子および/またはタンパク質の発現レベルまたは発現パターンが、DNAマイクロアレイ、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法、またはタンパク質アレイによって調べられる、請求項1から4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
フィッシャー比が高い順に遺伝子および/またはタンパク質が選択される、請求項5記載の方法。
【請求項7】
遺伝子および/またはタンパク質の数が40から100の間である、請求項5または6記載の方法。
【請求項8】
遺伝子および/またはタンパク質の数が35から45の間である、請求項5または6記載の方法。
【請求項9】
遺伝子および/またはタンパク質の数が40である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
以下の工程を含む、腫瘍の分化段階を規定する方法:
(a) 非癌性肝臓と前癌肝臓、前癌肝臓と高分化型肝細胞癌(HCC)、高分化型HCCと中分化型HCC、または中分化型HCCと低分化型HCCとの間の比較において、最も高いフィッシャー比を有する遺伝子および/またはタンパク質を選択する工程;ならびに
(b) 遺伝子および/またはタンパク質を用いて、腫瘍の分化段階を規定する工程。
【請求項11】
以下の工程を含む、腫瘍の分化段階を規定する方法:
(a) 腫瘍の分化段階を規定するための遺伝子および/またはタンパク質の数を決定する工程;
(b) 非癌性肝臓と前癌肝臓、前癌肝臓と高分化型肝細胞癌(HCC)、高分化型HCCと中分化型HCC、または中分化型HCCと低分化型HCCとの間の比較において、最も高いフィッシャー比を有する、工程(a)で決定した数の遺伝子および/またはタンパク質を選択する工程;
(c) 工程(b)で選択した遺伝子および/またはタンパク質のデータを全試料に適用する工程;ならびに
(d) 腫瘍の分化段階を規定する工程。
【請求項12】
以下の工程を含む、腫瘍の分化段階を規定する方法:
(a) 腫瘍の分化段階を規定するための遺伝子および/またはタンパク質の数を決定する工程;
(b) 非癌性肝臓と前癌肝臓、前癌肝臓と高分化型肝細胞癌(HCC)、高分化型HCCと中分化型HCC、または中分化型HCCと低分化型HCCとの間の比較において、最も高いフィッシャー比を有する、工程(a)で決定した数の遺伝子および/またはタンパク質を選択する工程;
(c) 工程(b)で選択した遺伝子および/またはタンパク質のデータを全試料に適用する工程;
(d) 工程(b)で選択した遺伝子および/またはタンパク質のデータを用いて、最小距離分類子を設計する工程;
(e) 工程(d)で設計した最小距離分類子を全試料に適用する工程;
(f) 工程(b)で選択した全遺伝子および/またはタンパク質のデータを用いて、自己組織化マップを作成する工程;
(g) 工程(f)で作成した自己組織化マップを全試料に適用する工程;ならびに
(h) 腫瘍の分化段階を規定する工程。
【請求項13】
請求項1から12のいずれか一項の統計学的解析によって選択された遺伝子および/またはタンパク質の発現を調べるためのDNAマイクロアレイ、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ、タンパク質アレイ、ノーザンブロッティング、RNaseプロテクションアッセイ法、ウェスタンブロッティング、、および逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法の実施に必要なDNAチップ、オリゴヌクレオチドチップ、タンパク質チップ、プローブ、またはプライマーを含む、請求項1から12のいずれか一項記載の方法を実施するためのキット。
【請求項14】
抗癌剤をスクリーニングするための、請求項1から12のいずれか一項記載の遺伝子および/またはタンパク質の使用。
【請求項15】
異なる段階にある腫瘍を治療するための、請求項1から12のいずれか一項記載の遺伝子および/またはタンパク質に特異的な抗体の使用。

【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2006−515176(P2006−515176A)
【公表日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−570561(P2004−570561)
【出願日】平成15年4月8日(2003.4.8)
【国際出願番号】PCT/JP2003/004458
【国際公開番号】WO2004/090163
【国際公開日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】