説明

腫瘍壊死因子受容体ファミリータンパク質に結合する核酸リガンド

【課題】 腫瘍壊死因子リガンド-受容体ファミリー間のシグナル伝達の異常により引き起こされる疾患の発症機構の解析、診断および治療に利用可能な物質を提供する。
【解決手段】 SELEX法によって得られ、腫瘍壊死因子受容体と結合するRNA。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍壊死因子受容体(TNFR)ファミリータンパク質に結合する核酸リガンドに関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍壊死因子(TNF)は、in vitro、 in vivo で腫瘍細胞壊死を誘発する物質として発見され、主に活性化マクロファージやマイトジェン刺激したリンパ球等の細胞から産生されるサイトカインである。このTNFとその受容体(TNFR)の相互作用は生物の発生や恒常性維持、免疫システムや炎症反応等の重要な生体反応に関与する。これらはファミリーを形成しており、TNFリガンドファミリーは19種類、TNFRファミリーは29種類知られている。これらはファミリー内で良く似た構造を持っており、幾つかのTNFリガンドは複数のTNFRと結合する事が知られている。生体防御機構において大切な働きをしているTNFであるが、その持続的かつ過剰な産生や、不適切な場所や時間での産生、TNFネットワークの破綻は、炎症性疾患、自己免疫疾患、腫瘍等、様々な疾患の原因につながる。それゆえ、TNF/TNFRファミリーはそのような疾患の病因の解明や、治療法の開発において重要な標的となる。
【0003】
TNFRファミリーのひとつ、NF-κB活性化受容体(RANK)はそのリガンドであるRANKリガンド(RANKL)と結合し、破骨細胞分化の誘導を行なう。破骨細胞は石灰化した骨組織を破壊・吸収する、生体に広く分布するマクロファージ系の細胞である。RANKLは膜結合型サイトカインとして骨芽細胞をはじめとする破骨細胞形成支持細胞上に発現している。RANK は破骨細胞前駆細胞上に存在しており、骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞の細胞間接触を介してRANK-RANKLのシグナル伝達が起こり、破骨細胞への分化を誘導する。このRANK-RANKLシグナルによる破骨細胞の活性化は関節リウマチにおける関節破壊や乳癌などの骨転移に関与している事が知られている。
【0004】
ところで、in vitroにおいてある標的物質と特異的に結合するRNAを選択・濃縮する手法として、SELEX法と呼ばれる新たな手法が開発されている(C. Tuerk & L. Gold, Systematic evolution of ligands by exponential enrichment: RNA ligands to bacteriophage T4 DNA polymerase, Science 249:505-510, 1990)。SELEX法は、PCRプライマー用の配列(一方にはT7ポリメラーゼの配列を含む)を両端に含む適当な長さのランダム配列を持つRNAを合成し、これを標的タンパク質と会合させ固相化する。結合しなかったRNAを洗浄後、結合したRNAを回収し、RT-PCRで増幅後、次のラウンドで用いるRNAのテンプレートとする。これを10ラウンド前後繰り返すことにより、標的タンパク質と特異的に結合するRNAアプタマーを取得する。この方法では、標的タンパク質と特異的に結合するRNA配列を明らかにできるだけでなく、標的タンパク質の機能を促進や阻害するような生理活性を持つRNAを取得することが可能である。このことは病原タンパク質をターゲットにしてSELEXを行うことにより、得られたアプタマーを医薬品として応用できることを示唆している。従来の創薬に比べこのSELEX法を用いた創薬の優れている点として(1)従来の化学物質のスクリーニングより大規模の母集団よりスクリーニングをシステマティックに行える。(2)試験管内で容易に大量合成することができる。(3)免疫排除がない。(4)容易に合目的に改良を行える。(5)保存性が高く抗体を作ることが困難なタンパク質を標的にできる。などがあげられる。
【0005】
【特許文献1】特開2002-300885号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は腫瘍壊死因子(TNF)リガンド-受容体ファミリー間のシグナル伝達の異常により引き起こされる疾患の発症機構の解析、診断および治療に利用可能な物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、このような物質の候補としてTNFRの1つであるNF-κB活性化受容体(RANK)に対するRNAアプタマーを作製した。すなわち、RANKを標的タンパク質としてSELEXを行ない、得られたアプタマーの標的タンパク質とRANKが属するTNFRファミリーの結合活性を調べ、その有用性を示した。本発明は、これらの知見に基づいて、完成されたものである。
【0008】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0009】
(1)配列番号1〜3のいずれかに記載の塩基配列で表されるRNA。
【0010】
(2)下記の(A)〜(C)のいずれかの二次構造をとることのできるヌクレオチド配列を含み、少なくとも1つのTNFRファミリーに対して高い結合活性を有するRNA。
【0011】
【化1】

(二次構造中N1,N4は少なくとも2対の相補的塩基対合が可能な核酸塩基であり、N2、N3は1〜3個の核酸塩基であり、Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Uはウラシルであり、核酸塩基間をつなぐ実線は核酸塩基間の水素結合を表す。)
【0012】
【化2】

(二次構造中N5,N8は少なくとも2対の相補的塩基対合が可能な核酸塩基であり、N6、N7は1〜3個の核酸塩基であり、Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Uはウラシルであり、核酸塩基間をつなぐ実線は核酸塩基間の水素結合を表す。)
【0013】
【化3】

(二次構造中N9,N12は少なくとも2対の相補的塩基対合が可能な核酸塩基であり、N10、N11は1〜3個の核酸塩基であり、Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Uはウラシルであり、核酸塩基間をつなぐ実線は核酸塩基間の水素結合を表す。)
(3)(1)又は(2)に記載のRNAの塩基配列に1若しくは数個の塩基が置換、欠失若しくは挿入されたRNAであって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対する結合活性を有するRNA。
【0014】
(4)(1)又は(2)に記載のRNAの5’末端又は3'末端に別のRNAが付加されたRNAであって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対する結合活性を有するRNA。
【0015】
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載のRNAのヌクレオチド配列中に少なくとも1個の修飾ヌクレオチドが導入されているRNAであって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対して結合活性を有するRNA。
【0016】
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載のRNAの5'末端又は3'末端にペプチド、ポリエチレングリコール、カラム担体、又は蛍光物質を結合させたRNA誘導体であって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対して結合活性を有するRNA誘導体。
【0017】
(7)RNAが標識化されている(1)〜(6)のいずれかに記載のRNA及びRNA誘導体。
【0018】
(8)(1)〜(6)のいずれかに記載の少なくとも1つのRNAの塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNA。
【0019】
(9)(8)に記載のDNAが挿入されたベクター。
【0020】
(10)(1)〜(7)のいずれかに記載のRNA又はRNA誘導体を用いて、少なくとも1種類のTNFRファミリータンパク質を検出および/または定量する方法。
【0021】
(1)のRNAは少なくとも1種類のTNFRファミリータンパク質に対して結合活性を有する。ここで「結合活性を有する」とは、ランダム配列のRNAプールより高い結合活性を有していることを意味する。また、「TNFRファミリータンパク質」とは、TNFに対する細胞表面受容体で、N末端を細胞外に、C末端を細胞質内に有する、膜 1 回貫通構造のI型膜蛋白質であり、細胞外領域に、システインに富む繰り返し配列を含んだ領域(cystein-rich domain,CRD)を通常3又は4個有する一群のタンパク質をいい、例えば、RANK、TRAIL-R2、CD30、NGFR、OPGなどがこれに含まれる。
【0022】
(2)のRNAは、下記の(A)〜(C)のいずれかの二次構造をとることのできるヌクレオチド配列を含むが、これらの二次構造中の四角で囲まれた領域は、G-カルテット構造と呼ばれる立体構造をとる。
【0023】
【化4】

【0024】
【化5】

【0025】
【化6】

【0026】
(A)、(B)、(C)それぞれのG-カルテット構造は、図1のapt1、apt2、apt3に示す通りである。
【0027】
(2)のRNAの長さは、24〜72merであることが好ましく、32〜40merであることが更に好ましい。
【0028】
(3)のRNAは(1)のRNAに変異を導入してSELEXを再度おこなうことで得ることができる。ここで得られる進化したRNAは(1)のRNAよりも結合活性や生理活性が高い可能性がある。このようにRNAに変異を導入することにより、種々の目的に合ったRNAアプタマーを作製することができる。置換、欠失若しくは挿入される塩基の個数は、数個以内であればよいが、好ましくは5個以下であり、最も好ましくは1個である。
【0029】
(4)のRNAにおいて、付加されるRNAの長さは特に限定されないが、100mer以下であることが好ましく、30mer以下であることが更に好ましい。このように別のRNAを付加することにより、種々の目的に合ったRNAアプタマーを作製することができる。
【0030】
(5)のRNAは(1)〜(4)のRNAのリボースの部分または核酸塩基の部分または5'末端または3'末端を修飾したもので、(1)〜(4)のRNAの安定性、結合活性、生理活性を高めることができる。例えば、ピリミジンヌクレオチドのリボースの2'-OHをフルオロ化するとリボヌクレアーゼA耐性になり、安定性が飛躍的に向上する。なお、修飾ヌクレオチドにはデオキシリボヌクレオチドも含まれる。
【0031】
(6)のRNAは(1)〜(5)のRNAの5'末端または3'末端にペプチド、ポリエチレングリコール、カラム担体、又は蛍光物質を共有結合させたもので、(1)〜(5)のRNAの安定性、結合活性、生理活性を高めることができる。ここで、カラム担体とは、例えば、アガロースやセファロースなどをいう。蛍光物質とは、例えば、Cy3やCy5をいう。
【0032】
(7)の標識化したRNAは少なくとも1種類のTNFRファミリータンパク質の検出と定量に用いることができる。例えば、蛍光物質で標識化したアプタマーを細胞内に導入することで、細胞内でのTNFRファミリータンパク質の挙動が観察できる。また、5'末端をビオチン化し固相化することで、RNAアプタマーを用いたTNFRファミリータンパク質分離カラムを作製することができる。
【0033】
(8)のDNAおよび(9)のベクターはTNFリガンド-TNFR間のシグナル伝達の異常に関係して引き起こされる疾患の遺伝子治療に用いることができる。
【0034】
(1)〜(5)のRNA及びRNA誘導体は血中、もしくは直接患部に投与することによって、TNFリガンド-TNFR間のシグナル伝達の異常に関係して引き起こされる疾患の治療及び予防に用いることができる。
【発明の効果】
【0035】
本発明により、TNFRに対して結合能を有するRNAアプタマーが提供される。本発明のRNAアプタマーは、TNF-TNFR間のシグナル伝達の異常により引き起こされる疾患の治療等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明において用いたSELEX法の概略を図2に示す。
【0037】
RANKに対するRNAアプタマーの選択は、ヒトRANK(Gln29-Gly213)に7アミノ酸のリンカー(IEGRDMD)とヒトIgG1のFc領域(Pro100-Lys330)が融合し、更にC末端にヒスチジンタグがついたものを標的タンパク質に用いた。この試料はR & D Systems社より購入した。以下、実験で用いているRANKはRANK/IgG1 Fc融合タンパク質のことをいう。これを抗ヒスチジンタグビーズに固相化し、40 merのランダム配列を持つRNAプールに対してselectionを行なった。7ラウンドまでselectionのサイクルを回した後、濃縮されてきたRNAをコードするcDNAをpGEM T-EASY Vectorにクローン化し、塩基配列を決定した。この手法を独立して2回(selection I、selection II)行なった。その結果、3つの収束している配列がそれぞれのselectionより見られた(図3)。これらは、その配列からG-カルテット構造と呼ばれる、特徴的な高次構造を取る事が予想された(図1)。
【0038】
収束したRNAの結合活性をみるため、表面プラズモン共鳴解析(SPR)を行った。ストレプトアビジンセンサーチップ上にビオチン化したpoly dTを結合させ、さらに3'側をpoly A化したアプタマーをpoly dTと対合させてチップ上に固相化し、リガンドとした (図4)。アナライトであるRANKを流し二分子間の相互作用をみたところ、apt1、2、3全てにおいてRANKと結合解離反応がみられた (図5A-C)。得られたセンサーグラムから算出した結合定数Kdは、それぞれ 0.33 x 10-6M、1.8 x 10-6M、5.8 x 10-6 Mであった。これらのRNAアプタマーはIgGやFc融合型CD28、ヒスチジンタグ付きのeIF4AIに対して結合活性を示さなかったので、Fc領域やヒスチジンタグではなく、RANKに対して結合活性がある事が示された。
【0039】
apt1の結合活性に重要な部位を検索するためにapt1の5’及び3’末端の欠損変異体を作製した。apt1は先端領域がG-カルテット構造を取ると仮定すると、そのG-カルテット領域を先端とし、それに続く領域でステムを形成する事が予測される。一方、5'側の12ntと3'側の17nt は相補的な塩基対を形成せず二次構造性がみられない(図6A)。そこで、5'側10ntと3'側17ntを欠失したアプタマー、apt1 shortを作製し、その結合活性を調べた(図6B)。その結果、apt1に比べると活性は低下していたが、結合活性は有していた(図7A)。さらに5'側を 7nt と3’側を6nt 欠損したapt1 shortM4(図6B)ではapt1 shortと比べ、少し結合活性は落ちていたが、大きな差は見られなかった(図7B)。さらに5'側を5nt と3’側を5nt欠損したapt1 shortM5(図6B)では結合活性は失われた (図7B)。apt1 shortM5では既にG-カルテット構造を保持する事ができないために結合活性を失っていると考える。すなわち、G-カルテット構造に続くステム領域はG-カルテット構造を保持するために必要であると考えられた。
【0040】
次にG-カルテット構造がapt1の結合活性に重要な構造かを調べるために、apt1 shortのG-カルテット構造を形成しているGGGトリヌクレオチドのうち一番5’末端側のGGGを欠失させたもの(apt1 shortM1)、GAGに置換したもの(apt1 shortGAG)、AAAに置換したもの(apt1 shortAAA)、の3つの変異体を作製し(図6B)、これらの結合活性を調べた。その結果、これらの変異によりアプタマーは結合活性を完全に失った(図7A、7B)。このことから、アプタマーの結合にはG-カルテット構造を取っている事が重要であると分かった。また、ステム構造を取ると予測されている領域中にUUCGという配列が含まれるが、UNCGという配列は熱力学的に安定なループ構造を取りうる事が知られている。そのため、この領域がステム構造を取っている事を確かめるためにUUCGの配列を変え、しかし、この領域の塩基対合を維持できるような、U8:A39をA8:U39(apt1 shortM2)に、G11:C36をA11:U36(apt1 shortM3)に置換した変異体を作製し(図6B)、結合活性を測定した。その結果、これらの変異体は結合活性を保持していた(図7B)。このことから、この領域はステム構造を取っている事が結合活性には重要である事が分かった。
【0041】
次にこのアプタマーがRANKとRANKLの結合を阻害するかを調べるためにアプタマーによるpull-down実験を行なった。Poly(A)を3’末端に付加したapt1をoligo(dT)-celluloseで沈澱させ、この時にRANKおよびRANKL存在下でこれらが共沈してくるかを調べた。oligo(dT)-celluloseをRANKまたはRANKLと混ぜてスピンダウンさせても、これらはほとんど共沈してこない(図8A、レーン5、9)。apt1をoligo(dT)-celluloseと反応させ、これとRANKまたはRANKLと混ぜ、沈澱させるとapt1はRANKと結合するのでRANKは共沈してくるがRANKLは結合しないので共沈しない(図8A、レーン6、8)。この条件でapt1をoligo(dT)-celluloseと反応させ、これにRANKとRANKLを一緒に混ぜ、沈澱させるとRANKだけでなくRANKLも共沈してきた(図8A、レーン7)。これはapt1がRANK-RANKL複合体と結合し、pull-downしてきた事を示す。すなわち、apt1はRANKとRANKLの結合を阻害しない事が示された。
【0042】
さらにSPR解析によりRANK-RANKL複合体とapt1の結合を調べた。アプタマーとRANKの結合活性を調べる時と同様の方法でapt1をチップ上に固相化し、そこに一定量のRANK(700 nM)と量を変えたRANKL(0-700 nM)を混ぜた溶液を流した。その結果、センサーグラムはRANKLの量に比例して上昇した(図8B)。同様の実験をRANKを入れずに行なったが、センサーグラムの上昇は見られなかった。以上の事から、apt1はRANK-RANKL間の結合を阻害しない事が分かった。
【0043】
このアプタマーが他のTNFRファミリータンパク質に対しても結合活性を持っているかをSPR解析により調べた。今回調べたTNFRファミリータンパク質はTRAIL-R2、CD30、NGFRとOPGの4種類で、これらは全てapt1に対して結合活性を有していた(図9A、B)。OPGは結合定数を算出する事はできなかったが、それ以外のKdはそれぞれ0.96 x 10-6 M(TRAIL-R2)、0.11 x 10-9 M(CD30)、0.87 x 10-6 M(NGFR)であった。TNFRファミリーはいくつかの保存された領域が知られている。このうちの1つにcystein-rich domain(CRD)と命名された領域があるため、apt1はCRDを認識している可能性が考えられる。CRDと同一ではないが、cystein-richな領域はTNFRファミリー以外のタンパク質にも保存されている。このcystein-richな領域を持つprotein kinase C(PKC)に対する結合活性を同様にして調べた。その結果、apt1はPKCには結合しなかった(図9C)。この事より、apt1は単にcystein-richな領域に対して結合するのではなく、TNFRファミリーで保存されているCRD領域を特異的に認識し、結合している事が示唆された。
【0044】
さらに、2’-Fluorine修飾したピリミジン塩基を導入したapt1(2’-F-apt1)に対するRANKの結合活性を調べた。ピリミジンヌクレオチドのリボースの2’-OH基をフルオロ基に置換したRNAはリボヌクレアーゼA耐性になり、安定性が飛躍的に向上する。Poly(A)を3’末端に付加した2’-F-apt1を準備し、SPR解析によりRANKとの結合活性を調べた(図 10)。センサーグラムより算出されるKdは0.11 x 10-6Mであった。
【0045】
以上のように本発明ではRANKに対するRNAアプタマーを3種類取得した。これらのアプタマーはG-カルテット構造を取り、この構造が結合活性に重要である事が分かった。さらに、RANK以外のTNFRファミリータンパク質に対しても結合活性を有している事が分かった。また、リボースの2’-フルオロ修飾によってもアプタマーのRANKとの結合活性は全く低下しないことが分かった。これらのアプタマーが細胞内でのTNFリガンド-TNFR間のシグナル伝達を阻害していれば、TNFネットワークの破綻による炎症性疾患、自己免疫疾患、腫瘍等、様々な疾患の病因の解明や、治療法の開発における有益な素材として利用可能である。
【0046】
これら、RANKに対するRNAアプタマーを利用して以下のことが可能となる。
【0047】
(1)治療薬としての応用: TNFリガンド-TNFR間のシグナル伝達の異常による炎症性疾患、自己免疫疾患、腫瘍などは、このシグナル伝達を阻害する事により治療可能なものが多い。このシグナル伝達をアプタマーにより培養細胞レベルで阻害できるかを調べる。培養細胞レベルで作用のあったアプタマーはさらに動物実験により治療薬として有効であるかどうかを調べることができる。既知の方法で疾病させた実験動物にアプタマーを血中、もしくは直接患部に投与して病変組織に変化が起これば、そのアプタマーは治療薬として有望である。このとき、アプタマーをより安定化させて効果を上げるために、既知の方法で修飾ヌクレオチドを導入することができる。事実、2’-Fluorine 修飾したapt1は飛躍的に安定化し、同時にRANKに対しても結合活性が上昇した。TNFRファミリータンパク質の1種類を標的にした治療薬の開発が必要な場合は、今回取得したRNAアプタマーは改変する事により、TNFRファミリーの1種類のタンパク質に特異的に結合するように進化させる事も可能である。またアプタマーに他の阻害効果を持つ低分子化合物、ポリエチレングリコール、アプタマーなどを付加させる事により化学的、物理的にTNFリガンド-TNFR間のシグナル伝達を阻害するアロステリックな効果を持つ阻害剤の開発も可能である。
【0048】
(2)バイオセンシングの素子としての利用: RNAアプタマーは抗体の特徴を有しているが、これはRNAアプタマーを抗体の変わりに「RNA抗体」として用いることができることを意味する。これまで抗体を用いて行われていた免疫染色・ELISAなどでこのRNA抗体を用いた新規の検出系が構築できる。すなわち、このアプタマーを用いたTNFRファミリーの定量的測定が可能である。これにより発症機構の分かっていないTNFシグナリングの異常による疾患についてその発症機構を解明する研究に実験ツールとして用いる事ができる。さらに、アプタマーを用いてTNFRファミリーの発現量の差や変異を認識できる系をELISAやアプタマーのチップ化などで確立し、安価で簡便な疾患の診断が可能となる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の実験の手法を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0050】
[実施例1] 精製タンパク質
本発明で用いたヒトRANKはヒトRANK(Gln29-Gly213)に7アミノ酸のリンカー(IEGRDMD)とヒトIgG1のFc領域(Pro100-Lys330)が融合し、更にC末端にヒスチジンタグがついたものをR & D Systems社より購入し、標的タンパク質に用いた。RANKLはPeproTech社のヒトRANKLの細胞外ドメインを用いた。OPG、TRAIL-R2、CD30、NGFR、CD28はR & D Systems社、PKCはCALBIOCHEM社製のものを購入した。
【0051】
[実施例2] RNAアプタマーの取得
SELEX法を用いたin vitro RNA selectionはEllingtonらの方法(Ellington A.D. and Szostak J.W., In vitro selection of RNA molecules that bind specific ligands, Nature, 346:818-22, 1990)及びTuerkらの方法(Tuerk C. and Gold L.,
Systematic evolution of ligands by exponential enrichment: RNA ligands to bacteriophage T4 DNA polymerase, Science, 249:505-510, 1990)を改良して行った。in vitro selectionに用いたRNA poolは化学合成した以下のプライマー及びランダム配列テンプレート(グライナー・ジャパン社に合成依頼)より作製した。PCRで増幅させたランダム配列のDNA断片を転写のテンプレートとし、プライマーP1に含まれるT7 RNAポリメラーゼのプロモーターにより、in vitroでT7 RNAポリメラーゼにより転写し、フェノール抽出とゲルろ過により精製した。
【0052】
P1: 5'-TAATACGACTCACTATAGGGACACAATGGACG-3'(配列番号4)
P2: 5'-CTCTCATGTCGGCCGTTA-3'(配列番号5)
ランダム配列テンプレート:
5’- TAATACGACTCACTATAGGGACACAATGGACG (40N)
【0053】
TAACGGCCGACATGAGAG-3’(配列番号6)
RNAとタンパク質との結合はバッファーA[20 mM Tris-HCl(pH7.6), 80 mM potassium acetate, 2.5 mM magnesium acetate, 1 mM dithiothreitol]中で行われた。RANKとRNAとの反応後、TALON metal affinity resin(Clontech社製)によりRANKをpull-down後、RNAを精製し、RT-PCRで増幅の後、in vitroで転写を行ない、次のラウンドのRNAを得た。毎ラウンド、RNAはRANKと反応させる前にTALON metal affinity resinとprotein sepharose Aと結合させたIgGと混ぜ、これに結合するRNAを取り除いた。7ラウンドselectionを行った後、PCR産物はpGEM-T Easy vector(Promega社製)にサブクローニング後、大腸菌株NovaBlue(Novagen社製)に形質転換し、単一クローンを得た。これらは、plasmidを抽出後DNA sequencer(model 3100, ABI社製)で、以下のsequence primerを用いて塩基配列を決定した。
【0054】
sequence primer: 5'-GTTTTCCCAGTCACGAC-3'(配列番号7)
得られた塩基配列は遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX-MAC(ソフトウェア開発社製)によりRNAの二次構造予測を行った。
【0055】
[実施例3] 表面プラズモン共鳴解析
表面プラズモン解析はBIAcore-2000 (BIAcore社)により行なった。ストレプトアビジンセンサーチップ(SA chip, BIAcore)に5’末端をビオチン標識化したpoly(dT)オリゴヌクレオチド(ビオチンdT16)をHBS-EPバッファー[0.01 M HEPE(pH7.4)、0.15 M NaCl、0.005% Surfactant P20、3 mM EDTA]で0.02 μg / μlの濃度に希釈し、フローセルにインジェクトしてセンサーチップ上に固定化した。セル内をバッファーAで置換後、3’側にpoly A16を付加したアプタマーをバッファーAで400 nMの濃度に希釈したものを20 μl/minで1分間インジェクトし、その後2分間バッファーAで洗った。これにバッファーAで希釈したタンパク質をアナライトとして10 μl/min で3分間インジェクトし結合反応速度を測定した。リファレンスとしてRNAアプタマーを固定化していないSAチップを用い、RNAアプタマーの結合反応は全て同じフローセル内で測定した。得られたセンサーグラムをBIAevaluation(BIACORE社)で解析し、Kdを算出した。
【0056】
[実施例4] Pull-down実験
3’側にpoly A16を付加したアプタマーをバッファーB[20 mM Tris-HCl(pH7.6)、 80 mM potassium acetate、 2.5 mM magnesium acetate、1 mM EDTA、0.14 mg/ml BSA]で溶液交換をしたoligo(dT)-cellulose(Amersham Biosciences社)と混ぜた。ここに2 μgのRANK、RANKLまたはRANK+RANKLを加え、室温で30分間混合した。2,100 gで1分間遠心し、ビーズを沈澱させた。これを150 μlのバッファーBで3回洗浄後、ビーズを10 mg/mlのRNase Aを含むTEバッファー[10 mM Tris(pH8.0)、1 mM EDTA]に溶かし、室温で10分間放置後、遠心し、上清を回収した。これをSDS-PAGEで展開後、 ウエスタンブロットにより、RANKおよびRANKLを確認した。RANKは融合しているIgG Fcを抗ヒトIgG抗体(Amersham Biosciences社)で、RANKLは抗RANKL抗体(PeproTech社)で検出した。
【0057】
[実施例5] 末端欠損アプタマーの作製
それぞれの変異体のcDNA配列にT7 RNA polymeraseのプロモーター配列を付加したオリゴヌクレオチドを化学合成し、それを鋳型にT7 RNA polymeraseにより、in vitroで転写させ、精製した。
【0058】
[実施例6] 2’-Fluorine 修飾アプタマーの作製
2’-Fluorine修飾アプタマーはDuraScribe T7 Transcription Kit(EPICENTRE社)を用いて作製した。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】得られたRNAアプタマーにみられるG-カルテット構造を示す図。左よりapt1、apt2、apt3のG-カルテット構造を示す。
【図2】SELEX法の概略を示す図。T7 RNAポリメラーゼプロモーター配列とランダム領域を含むDNAを合成し、P1, P2をプライマーとしてPCRを行いテンプレートを得る。これから合成したRNAを標的物質と会合させ、結合したRNAを回収する。回収したRNAからRT-PCRにより次のラウンドへのテンプレートを得る。本発明ではこれを7ラウンド繰り返した。最終ラウンドでのRT-PCR産物をクローニング、シークエンスに回す。
【図3】SELEX法によって選択されたRNAの配列を示す図。選択されてきた7ラウンド目のRNAプールから、それぞれのselectionより24サンプルの塩基配列を決定したところ、RNAは3タイプの配列に収束していた。それぞれのselectionでの出現頻度を図中に示した。これらのRNAを図中の配列の上よりapt1、apt2、apt3とした。
【図4】表面プラズモン共鳴解析方法の概略を示す図。ストレプトアビジンセンサーチップ上にビオチン化poly dTを結合させた後、3'末端にpoly A配列を付加したアプタマーをこれに固相化する。チップ上に固相化されたアプタマーとアナライトであるRANKが結合した際には光学的な変化が起る。これを測定し質量的な変化に換算し、センサーグラムとしてグラフ化し、二分子間の相互作用を解析する。
【図5】表面プラズモン共鳴解析結果を示す図。センサーチップ表面上の質量変化を時間経過で測定した。縦軸は質量変化を示す値であるRU (Resonance Unit) である。センサーチップ上にRNAアプタマーを固相化し、時間0秒に各種濃度のRANK溶液を流して結合させ、その60秒後にBufferを流して解離させた。(A)、(B)および(C)がそれぞれapt1、apt2およびapt3のセンサーグラムである。
【図6】apt1とその変異体の二次構造予測図。(A) apt1の二次構造予測図。先端部(図中右側)がG-カルテット構図をとり、それに続く部分が塩基対合し、ステム構造をとる。(B) 本発明において作製したapt1の変異体の二次構造予測図。
【図7】apt1変異体とRANKの表面プラズモン共鳴解析結果を示す図。センサーチップ表面上の質量変化を時間経過で測定した。縦軸は質量変化を示す値であるRU (Resonance Unit) である。センサーチップ上に野生型あるいは変異型のRNAアプタマーを固相化し、時間0秒に各種濃度のRANK溶液を流して結合させ、その60秒後にBufferを流して解離させた。
【図8】apt1-RANK-RANKL三者複合体の確認実験の結果を示す図。(A) pull-down実験による確認。Poly(A)付加させたapt1をoligo(dT)ビーズでpull-downさせ、それにRANKさらにRANKを介してRANKLが共沈してくるかを調べた。レーン1〜4はRANK、RANKLをそれぞれ10 ng、20 ng流している。レーン5、9はapt1非存在下で非特異的にoligo(dT)ビーズに吸着するものを検出。apt1存在下でレーン6ではRANKを、レーン8ではRANKLを、レーン7ではRANK+RANKLの共沈を検出。(B) SPR解析による確認。センサーチップにアプタマーを固層化し、そこに一定量のRANK(700 ng)と量を変えたRANKL(0-700 ng)の混合液を流し、センサーグラムをとった。
【図9】TNFRファミリータンパク質とapt1の結合活性測定実験の結果を示す図。SPR解析によりTNFRファミリーのTRAIL-R2、CD30、NGFR、(以上A)、OPG(B)との結合活性を調べた。またTNFRファミリーではないが、TNFRファミリーに保存されたCRD領域に部分的に共通するcystein-rich配列を持つPKCとの結合活性を調べた。
【図10】2’-F-apt1とRANKの表面プラズモン共鳴解析結果を示す図。センサーチップ表面上の質量変化を時間経過で測定した。縦軸は質量変化を示す値であるRU (Resonance Unit) である。センサーチップ上に2’-F-apt1を固相化し、時間0秒に各種濃度のRANK溶液を流して結合させ、その60秒後にBufferを流して解離させた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1〜3のいずれかに記載の塩基配列で表されるRNA。
【請求項2】
下記の(A)〜(C)のいずれかの二次構造をとることのできるヌクレオチド配列を含み、少なくとも1つのTNFRファミリーに対して高い結合活性を有するRNA。
【化1】

(二次構造中N1,N4は少なくとも2対の相補的塩基対合が可能な核酸塩基であり、N2、N3は1〜3個の核酸塩基であり、Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Uはウラシルであり、核酸塩基間をつなぐ実線は核酸塩基間の水素結合を表す。)
【化2】

(二次構造中N5,N8は少なくとも2対の相補的塩基対合が可能な核酸塩基であり、N6、N7は1〜3個の核酸塩基であり、Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Uはウラシルであり、核酸塩基間をつなぐ実線は核酸塩基間の水素結合を表す。)
【化3】

(二次構造中N9,N12は少なくとも2対の相補的塩基対合が可能な核酸塩基であり、N10、N11は1〜3個の核酸塩基であり、Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Uはウラシルであり、核酸塩基間をつなぐ実線は核酸塩基間の水素結合を表す。)
【請求項3】
請求項1又は2に記載のRNAの塩基配列に1若しくは数個の塩基が置換、欠失若しくは挿入されたRNAであって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対する結合活性を有するRNA。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のRNAの5'末端又は3'末端に別のRNAが付加されたRNAであって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対する結合活性を有するRNA。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のRNAのヌクレオチド配列中に少なくとも1個の修飾ヌクレオチドが導入されているRNAであって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対して結合活性を有するRNA。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のRNAの5'末端又は3'末端にペプチド、ポリエチレングリコール、カラム担体、又は蛍光物質を結合させたRNA誘導体であって、TNFRファミリータンパク質のうちの少なくとも1種類に対して結合活性を有するRNA誘導体。
【請求項7】
RNAが標識化されている請求項1〜6のいずれかに記載のRNA及びRNA誘導体。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の少なくとも1つのRNAの塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNA。
【請求項9】
請求項8に記載のDNAが挿入されたベクター。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれかに記載のRNA又はRNA誘導体を用いて、少なくとも1種類のTNFRファミリータンパク質を検出および/または定量する方法。

【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−211905(P2006−211905A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24709(P2005−24709)
【出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度独立行政法人医薬品医療機器総合研究機構、基礎研究推進事業 委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】