説明

腸がん抑制剤及び腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法

【課題】腸がんを抑制し得る新規物質と、これを有効成分として含有する腸がん抑制剤の提供。
【解決手段】芳香族炭化水素受容体を活性化する物質を有効成分として含有する腸がん抑制剤を提供する。この腸がん抑制剤は、有効成分としてインドール誘導体、あるいはフラボノイド類を含有するものとできる。また、培養細胞に被験物質を添加し、培養細胞に発現する芳香族炭化水素受容体の活性化を検出する手順を含む、腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法をも提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸がん抑制剤及び腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法に関する。より詳しくは、芳香族炭化水素受容体を活性化する物質を有効成分として含有する腸がん抑制剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
腸がんは、ヒトに最も頻発するがんのひとつである。特に大腸がんは、消化器がんでは胃がんに次いで死亡率が高く、食習慣の欧米化に伴って急増している。近年、大腸がんの原因遺伝子や発生メカニズムの解析が積極的に行われており、例えば、APC(adenomatous polyposis coli)遺伝子の変異によるWntシグナルカスケードの異常な活性化が、発がん促進物質であるβ−カテニンの安定化と蓄積を引き起こし、がんを誘発することが明らかにされている(非特許文献1参照)。
【0003】
大腸がんを予防又は治療するため、従来、種々の医薬製剤や食品が開発されてきている。例えば、特許文献1には、「スフィンゴ糖脂質又はスフィンゴ糖脂質を含有することを特徴とする大腸癌予防剤」が提案されている。また、特許文献2には、卵白中のタンパク質の一種であるオボトランスフェリンを有効成分として含有することを特徴とする大腸癌予防剤が開示されている。
【0004】
芳香族炭化水素受容体(Aryl Hydrocarbon Receptor:AhR)は、bHLH-PAS(Basic Helix-Loop-Helix−Per-Arnt-Sim)ファミリーに属する転写因子であり、ダイオキシンレセプターとしても知られている。AhRはリガンドが結合していない状態では不活性で、細胞質に優位に存在している。リガンドである芳香族炭化水素化合物が結合すると、AhRは核内に移行する。核内で、AhRはARNT(AhR Nuclear Translocator)と呼ばれる分子とヘテロ二量体を形成し、DNA上のエンハンサー配列に結合して、転写活性化を引き起こす。AhRは、薬物代謝酵素であるチロクローム1a1や、グルタチオンS−トランスフェラーゼ−Yaサブユニット、UDP−グルクロニルトランスフェラーゼなどの誘導に関与し、異物の代謝に機能することが知られている。
【0005】
また、AhRについては、エストロジェンレセプターやアンドロジェンレセプターなどの核内レセプターのリガンド依存性E3ユビキチンリガーゼとしても機能することが明らかになっている(非特許文献2参照)。
【0006】
AhRのリガンドとしては、3−インドール酢酸(IAA)やインドール−3−カルビノール(I3C)、3,3´−ジインドリルメタン(DIM)等のインドール誘導体が天然由来のリガンドとなり得ることが報告されている(非特許文献3・4参照)。これらのインドール誘導体は、アブラナ科野菜に多く含まれるグルコシノレート(カラシ油配糖体)や摂食されたトリプトファンなどから代謝反応や腸内細菌の関与のもとに生成される。これまでに、インドール誘導体が、結直腸がんに対して発がん予防効果を示すことが報告されている(非特許文献参照5〜7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−290856号公報
【特許文献2】特開2005−350420号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】"Wnt signalling in stem cells and cancer." Nature, 2005, Apr 14;434(7035):843-50
【非特許文献2】"Dioxin receptor is a ligand-dependent E3 ubiquitin ligase." Nature, 2007, Mar 29;446(7135):562-6
【非特許文献3】"The search for endogenous activators of the aryl hydrocarbon receptor." Chem. Res. Toxicol., 2008, 21:102-116
【非特許文献4】"Activation of the Ah receptor by tryptophan and tryptophan metabolites." Biochemistry, 1998, 37:11508-11515
【非特許文献5】"Targets for indole-3-carbinol in cancer prevention." J. Nut. Biochem., 2005, 16:65-73
【非特許文献6】"Dietary indoles and isothiocyanates that are generated from cruciferous vegetables can both stimulate apoptosis and confer protection against DNA damage in human colon cell lines." Cancer Res., 2001, 61:6120-6130
【非特許文献7】"Vegetables, fruit, and phytoestrogens as preventive agents." IARC Sci. Publ., 1996, 139:61-90
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、腸がんを抑制し得る新規物質と、これを有効成分として含有する腸がん抑制剤を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題解決のため、本発明は、芳香族炭化水素受容体を活性化する物質を有効成分として含有する腸がん抑制剤を提供する。
この腸がん抑制剤は、有効成分としてインドール誘導体、あるいはフラボノイド類を含有するものとできる。
本発明は、また、培養細胞に被験物質を添加し、培養細胞に発現する芳香族炭化水素受容体のE3ユビキチンリガーゼ活性の上昇を検出する手順を含む、腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法をも提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、腸がんを抑制し得る新規物質と、これを有効成分として含有する腸がん抑制剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】AhR−/−マウスの大腸にみられる腫瘍を例示する図面代用写真である(試験例1)。
【図2】AhR−/−マウスにおける腫瘍発生率及び腫瘍サイズの経時変化を説明するための図である(試験例1)。
【図3】AhR−/−マウスにおける腫瘍の組織学的異型性の経時変化を説明するための図である(試験例1)。
【図4】AhR−/−マウスにみられる腺がんの典型的なHE染色像(A)と、β−カテニン(B)及びc−myc(C)の免疫染色像を示す図面代用写真である(試験例1)。
【図5】AhR−/−マウスとAhR+/+マウスの腸上皮のHE染色像と免疫染色像を示す図面代用写真である(試験例2)。
【図6】AhR−/−マウスとAhR+/+マウスの盲腸におけるAhRとβ−カテニンの量をウェスタンブロット法により解析した結果を示す図である(試験例2)。
【図7】AhR−/−マウス及びAhR+/+マウスの盲腸上皮におけるAhRmRNAとβ−カテニン mRNAの量を、RT−PCR法により解析した結果を示す図である(試験例2)。
【図8】AhRリガンドを添加した培養細胞内のβ−カテニン量の変化を説明するための図である(試験例3)。
【図9】AhRリガンドを添加した細胞の溶解液を抗AhR抗体で免疫沈降し、抗β−カテニン抗体でブロットした結果を示す図である(試験例3)。
【図10】AhRリガンドを添加した細胞の溶解液を抗DDB1抗体で免疫沈降し、抗β−カテニン抗体及び抗CUL4B抗体でブロットした結果示す図である(試験例3)。
【図11】AhRリガンドを投与したマウス盲腸上皮内のβ−カテニン量の変化を説明するための図である(試験例3)。
【図12】ApcMin/+マウスを用いて、天然AhRリガンドの発がん抑制作用を評価した結果を示す図である(試験例4)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、今回、AhR欠損マウス(AhR−/−マウス)の消化管を詳細に調べ、AhR−/−マウスが大腸がんを頻発することを新たに見出した。そして、AhR−/−マウスにおける大腸がんの発生メカニズムの解析を行い、(1)AhRがE3ユビキチンリガーゼ活性によってβ−カテニンの分解に機能すること、(2)AhRリガンドによってAhRを活性化し、β−カテニンの分解を促進することで、大腸がんの発生を抑制できること、を初めて明らかにした。本発明に係る腸がん抑制剤及び腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法は、これらの知見により新規に得られたものであり、それぞれAhRを活性化する物質を有効成分として含有すること、AhRの活性化を検出する手順を含むことを特徴とする。以下、本発明に係る腸がん抑制剤及び腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法について順に説明する。
【0014】
1.腸がん抑制剤
本発明に係る腸がん抑制剤は、AhRを活性化する物質を有効成分として含有することを特徴とする。
【0015】
AhRを活性化する物質は、「リガンド」と「非リガンド」に大別することができる。
リガンドは、「非生体由来(Xenobiotic)リガンド」と「生体由来(Endogenous)リガンド」に分けられる。
非生体由来リガンドとしては、例えば、ハロゲン化芳香族炭化水素類や芳香族炭化水素類、PCB類が挙げられる。
ハロゲン化芳香族炭化水素類としては、2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin(TCDD)等のダイオキシン類、2,3,7,8-Tetrachlorodibenzofuran(TCDF)等のジベンゾフラン類、3,3’,4,4’-Tetrachloroazoxybenzene等のアゾベンゼン類、2,3,6,7-Tetra- chloronaphthalene等のナフタレン類などが挙げられる。
また、芳香族炭化水素類には、3−メチルコラントレン(3−MC)やベンゾピレン、 12-dimethylbenz(a)anthracene(DMBA)などが、PCB類には、3,3’,4,4’,5-Pentachlorobiphenylなどがある。
【0016】
生体由来リガンドとしては、インディゴ(indigo)やインデイルビン(indirubin)等のインディゴイド(indigoides)類、ブタ肺から単離されたITE(2-(1’H-indole-3’-carbonyl)-thiazole-4-carboxylic acid methyl ester)、ウマ尿中エストロゲンであるエキレニン(equilenin)が挙げられる。また、リポキシンA4やプロスタグランジンG2等のアラキドン酸代謝産物、ビリルビンやビリベルジン、ヘミン等のヘム代謝産物、3−インドール酢酸(IAA)等のトリプトファン代謝産物、紫外線照射によってトリプトファンから生成する6-formylindolo[3,2-b]carbazole(FICZ)なども挙げられる。
さらに、食餌中に含まれ得る生体由来リガンドとして、インドール誘導体や植物性フラボノイドなどが挙げられる。インドール誘導体には、インドール−3−カルビノール(I3C)、3,3´−ジインドリルメタン(DIM)、indolo[3,2-b]carbazole (ICZ), 2-(indol-3-ylmethyl)-3,3’-diindolylmethane(LTr-1)などが含まれる。植物性フラボノイドには、a−ナフトフラボン(βNF)等のフラボン類や、ダイゼイン、ゲニステイン等の大豆イソフラボン類などが含まれる。
【0017】
AhRを活性化する非リガンド物質としては、プロトンポンプ阻害薬として用いられるオメプラゾール("Regulation of dioxin receptor function by omeprazole." J. Biol. Chem., 1997, Vol.272, No.19, p.12705-12713参照)や、LDL(Low-density lipoprotein)("The aryl hydrocarbon receptor is activated by modified low-density lipoprotein." Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 2007, Vol.104, No.4, p.1412-1417参照)などがある。
【0018】
本発明に係る腸がん抑制剤は、腸がんの予防又は治療のために用いられ得る。治療には、腸がんの治癒に限らず、腸がんの進行抑制をも含むものとする。
本発明に係る腸がん抑制剤は、アブラナ科野菜に多く含まれるグルコシノレートや摂食されたトリプトファンなどから代謝反応や腸内細菌の関与のもとに生成されるインドール誘導体のような天然AhRリガンドを有効成分とできる。この場合、長期適用の安全性にも優れるため、予防的な適用、特に遺伝的に発症する家族性大腸腺腫症(家族性大腸ポリポーシス:FAP)の予防や発症遅延のための適用に適している。
FAPは17,000人〜18,000人に一人の割合で発症する疾患であり、日本人全体で約10、000人の患者がいると見積もられている。FAPは、APC遺伝子の変異に起因して、若年でほぼ100%発症する。
【0019】
本発明に係る腸がん抑制剤は、種々の剤型に製剤でき、例えば、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などとして経口的に、あるいは水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液又は懸濁液剤などの注射剤の形で非経口的に使用できる。
医薬製剤は、本発明に係る腸がん抑制剤を、生理学的に認められる担体、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、安定剤、結合剤などとともに一般に認められた製剤実施に要求される単位用量形態で混和することによって製造される。
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖またはサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリーのような香味剤などが用いられる。
医薬製剤の投与量は、剤型の種類、投与方法、投与対象(動物を含む)の年齢や体重、症状等を考慮して決定されるものである。
【0020】
また、本発明に係る腸がん抑制剤は、食品組成物としては、例えば、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養補助食品、経腸栄養食品等にも配合され得る。
食品組成物は、本発明に係る腸がん抑制剤に、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、ソルビトール、ステビオサイド、ルブソサイド、コーンシロップ、乳糖、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、L−アスコルビン酸、dl−α−トコフェロール、エリソルビン酸ナトリウム、グリセリン、プロピレングリコール、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、アラビアガム、カラギーナン、カゼイン、ゼラチン、ペクチン、寒天、ビタミンB類、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、アミノ酸類、カルシウム塩類、色素、香料、保存剤等の通常食品原料として使用されているものを適宜配合して製造される。
また、本発明に係る腸がん抑制剤は、一般に食品材料として使用される米、小麦、トウモロコシ、ジャガイモ、スイートポテト、大豆、昆布、ワカメ、テングサなどを混合してもよい。
【0021】
2.腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法
本発明に係る腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法は、培養細胞に被験物質を添加し、培養細胞に発現するAhRのE3ユビキチンリガーゼ活性の上昇を検出する手順を含むことを特徴とする。
【0022】
このスクリーニング方法において、AhRのE3ユビキチンリガーゼ活性の上昇は、AhRを構成要素とするE3ユビキチンリガーゼ複合体の形成の有無を検出することにより、あるいは同複合体の形成量を評価することにより、検出できる。
被験物質を添加していない細胞との間で、E3ユビキチンリガーゼ複合体の形成の有無あるいは形成量を比較することにより、E3ユビキチンリガーゼ複合体の形成を促進し、β−カテニンを分解して、腸がんの発生を抑制する物質を得ることができる。
【0023】
AhRを構成要素とするE3ユビキチンリガーゼ複合体は、被験物質を添加した細胞の溶解液を、E3ユビキチンリガーゼ複合体の他の構成要素であるDDB1、CUL4B、TBL3、Arnt等に対する抗体で免疫沈降し、沈降物を抗AhR抗体によってウェスタンブロットすることにより検出できる(後述の試験例3参照)。
また、AhRを構成要素とするE3ユビキチンリガーゼ複合体の検出は、タンパク質の相互作用解析のための従来公知の分析機器を用いて行うこともできる。このような分析器として、表面プラズモン共鳴センサ(SPR)や水晶振動子マイクロバランス(QCM)バイオセンサー等がある。
【実施例】
【0024】
<試験例1>
1.AhR−/−マウスの表現型解析
本試験例では、AhR−/−マウスの消化管を詳細に調べ、AhR−/−マウスが大腸がんを頻発することを明らかにした。
【0025】
AhR−/−マウス、AhR+/−マウス及びAhR+/+マウスの消化管を摘出し、長軸方向に切開し、病変の有無を確認した。図1に、AhR−/−マウスの大腸がん病変部を示す。AhR−/−マウス(21週齢)では、特に回盲部近傍の盲腸において、高頻度で腫瘍の発生がみられた(図1(A)参照)。一方、同週齢のAhR+/−マウス(図1(B)参照)及びAhR+/+マウス(図1(C)参照)では、腫瘍の発生はみられなかった。なお、AhR−/−マウスは、C57B/6バックグランドのものを用いた。AhR+/+マウスは、C57B/6の野生型を用いた。これらは、日本クレア株式会社から購入した。
【0026】
図2に、AhR−/−マウスにおける腫瘍発生率及び腫瘍サイズの経時変化を示す。AhR−/−マウスでは、8週齢において100%の発生率で腫瘍が発生した。発生した腫瘍は、加齢に伴って次第に大きくなり、30〜40週齢で最大に達した。なお、腫瘍の大きさ(mm)は、汎用の画像処理解析ソフト(NIH Image)を用いて測定した。
【0027】
図3に、AhR−/−マウスにおける腫瘍の組織学的異型性の経時変化を示す。異型性の評価は、以下の基準に基づいて行った。図3中、AhR+/+マウスを青色の四角で、AhR+/−マウスを緑色の三角で、AhR−/−マウスを黄色の円で示す。グレード5のAhR−/−マウスのうち、粘膜下領域まで、あるいは粘膜下領域を越えて腺がんが浸潤していた個体を赤色の円で、粘膜内に浸潤していた個体をピンク色の円で別個に示す。
グレード1:正常
グレード2:軽度過形成
グレード3:中度過形成
グレード4:腺腫(重度異形)
グレード5:腺がん
【0028】
AhR+/+マウス及びAhR+/−マウスでは、全ての週齢で、グレード1あるいはグレード2と評価された。これに対して、AhR−/−マウスでは、11週齢以降で、軽度の悪性ポリープから重度の腺がんまでの幅広い異型性を示す組織像が認められた。これらの異型性を示す異常な組織像は、加齢に伴ってさらに増悪した。
【0029】
図4に、AhR−/−マウスにみられる腺がんの典型的な組織像を示す。AhR−/−マウスにみられた盲腸がんの多くは、管状腺がんであり、細胞異形と粘膜下領域に浸潤した融合した管状構造とを伴う、中程度に分化した腺がんであった(図4(A)参照)。これらの腺がんについて、免疫組織学的手法によりβ−カテニンとc−mycの発現を調べたところ、いずれも陽性であった(図4(B)・(C)参照)。なお、β−カテニンに対する抗体は、C末端に対するマウスモノクローナル抗体(Clone 14, BD Bioscience)を用いた。また、抗c−myc抗体は、Santa Cruz Biotechnology社から購入したものを用いた。
【0030】
<試験例2>
2.AhR−/−マウスにおける大腸がんの発生メカニズム解析
本試験例では、AhR−/−マウスにおける大腸がんの発生メカニズムを明らかにするため、6週齢のAhR−/−マウス及びAhR+/+マウスの腸におけるAhRとβ−カテニンの発現解析を行った。
【0031】
図5に、AhR−/−マウス及びAhR+/+マウスの腸上皮におけるAhRとβ−カテニンの量を、免疫組織学的手法により解析した結果を示す。図5(A)最上段は、小腸のHE染色像である。2〜4段目は、それぞれ小腸のAhR免疫染色像、β−カテニン免疫染色像、c−myc免疫染色像である。また、図5(B)は、結腸のβ−カテニン免疫染色像、図5(C)は、盲腸のβ−カテニン免疫染色像である。なお、図中、矢頭は、パネート細胞の核内に蓄積しているβ−カテニンを示す。
【0032】
図5(A)最上段に示すように、6週齢では、AhR−/−マウス及びAhR+/+マウスともに、形態学的に正常な腸上皮を示した。AhRの発現は、AhR+/+マウスにおいては、パネート細胞で特に顕著であった。一方、AhR−/−マウスでは、AhRが発現していないことが確認された。
【0033】
β−カテニンの発現は、AhR−/−マウスの回腸、結腸、盲腸において、AhR+/+マウスに比して特に顕著に亢進していた(図5(A)〜(C)参照)。β−カテニンの発現亢進は、特にパネート細胞の核内で観察された(図中、矢頭参照)。
【0034】
図6に、AhR−/−マウス及びAhR+/+マウスの盲腸におけるAhRとβ−カテニンの量を、ウェスタンブロット法により解析した結果を示す。また、図7に、AhR−/−マウス及びAhR+/+マウスの盲腸上皮におけるAhRmRNAとβ−カテニン mRNAの発現量を、RT−PCR法により解析した結果を示す。図6下段は、ウェスタンブロットによるβ−カテニン、AhR、α−アクチンの検出バンドを示し、上段は、画像処理解析ソフト(NIH Image)による検出バンドの定量値(相対値)を示す。図7は、β−カテニン、AhR、GAPDH mRNAのPCR増幅産物の検出バンドを示す。RT−PCRは、文献記載の条件により行った("Control of Treg and TH17 cell differentiation by the aryl hydrocarbon receptor." Nature, 453:65-71参照)。
【0035】
AhR−/−マウスの盲腸では、AhR+/+マウスに比して有意に高いβ−カテニン量が確認された(図6参照)。一方、図7に示すように、β−カテニン mRNAの発現量については、AhR−/−マウスとAhR+/+マウスとの間で変化がみられなかった。
【0036】
以上の本試験例の結果から、AhR−/−マウスの腸では、β−カテニンが安定化されることによって蓄積し、がん化傾向あるいは前がん段階の状態が引き起こされていることが明らかになった。
【0037】
<試験例3>
3.AhRのβ−カテニン分解機能の解析
本試験例では、既に報告されているエストロジェンレセプターやアンドロジェンレセプターの分解と同様に、β−カテニンの分解にも、AhRのE3ユビキチンリガーゼ活性が関与していることを明らかにした。
【0038】
まず、細胞培養液中に、AhRリガンドである3−メチルコラントレン(3−MC)又はβ−ナフトフラボン(βNF)、3−インドール酢酸(IAA)を添加してAhRを活性化した際の細胞内β−カテニン量の変化を調べた。
【0039】
細胞には、結腸がん由来のDLD−1細胞、SW480細胞、HCT116細胞を用いた。細胞培養液中に、3−MC(1μM)、βNF(1μM)あるいはIAA(100μM)を添加し、プロテアソーム阻害剤MG132(1μM)の存在下又は非存在下で培養した。3時間あるいは6時間培養後、細胞を溶解し、ウェスタンブロット法によりβ−カテニン量を評価した。
【0040】
結果を図8に示す。AhRリガンドである3−MC、βNF、IAAの添加により、細胞内のβ−カテニン量は減少した。プロテアソーム阻害剤MG132の存在下では、β−カテニン量の減少は認められなかった。
【0041】
また、細胞溶解液を抗AhR抗体で免疫沈降させ、抗β−カテニン抗体でブロットした結果を図9に、細胞溶解液を抗DDB1抗体で免疫沈降させ、抗β−カテニン抗体及び抗CUL4B抗体でブロットした結果を図10に示す。なお、DDB1及びCUL4Bは、E3ユビキチンリガーゼ複合体の構成要素である。3−MC又はIAAの添加により、AhRと複合体を形成するβ−カテニン量が増加した(図9参照)。また、3−MC又はIAAの添加により、AhR、DDB1及びCUL4Bを構成要素とするE3ユビキチンリガーゼ複合体の形成が促進され、β−カテニンのポリユビキチン化が引き起こされていることが確認された(図10参照)。
【0042】
これらのことから、β−カテニンがAhRリガンド依存的にプロテアソーム系により分解されていること、すなわち、AhRがE3ユビキチンリガーゼ活性によってβ−カテニンの分解に機能していることが明らかになった。
【0043】
次に、マウスにAhRリガンドを投与してAhRを活性化した際の盲腸上皮内β−カテニン量の変化を調べた。
【0044】
AhR+/+マウスに、3−MC(4mg/kg体重)を腹腔内に単回投与し、投与後3,6,12,24時間後に盲腸上皮を採材し、ウェスタンブロット法によりβ−カテニン量を評価した。抗チトクローム1a1抗体は、Chemicon International社から購入したものを用いた。
【0045】
結果を図11に示す。3−MCの投与により、3時間後をピークにして上皮内のβ−カテニン量が減少した(図11(A)参照)。また、3−MCの投与により、チトクローム1a1の顕著な発現誘導が確認された。なお、3時間後をピークとしたβ−カテニン量の一過性の減少は、AhRの活性化によってAhRの発現に負のフィードバックがかかったためと考えられる。
【0046】
AhR−/−マウスでは、AhRリガンドの投与によってもβ−カテニン量に変化がみられなかったことから、この3−MC投与によるβ−カテニンの減少は、AhR依存性であり、AhRのユビキチンリガーゼ活性によるものであると考えられた。
【0047】
さらに、AhRの活性化によるβ−カテニンの分解は、天然AhRリガンドであるIAA及びインドール−3−カルビノール(I3C)を腹腔内投与(25mg/kg体重、単回)した場合にも認められた(図11(B)参照)。
【0048】
以上の本試験例の結果から、AhR E3ユビキチンリガーゼがβ−カテニンの分解に機能し、AhRリガンドによってAhRを活性化し、β−カテニンの分解を促進することで、腸がんの発生を抑制できる可能性が強く示唆された。
【0049】
<試験例4>
4.天然AhRリガンドによる発がん抑制試験
本試験例では、AhRリガンドが実際に腸がんの発生を抑制し得るかについて、ApcMin/+マウスを用いて検討を行った。
【0050】
APC遺伝子は、家族性大腸腺腫様ポリポーシスと称される遺伝性がんの原因遺伝子としてみつかった遺伝子である("Identification of FAP locus genes from chromosome 5q21." Science, 1991, 253:661-665、"Mutations of chromosome 5q21 genes in FAP and colorectal cancer patients." Science, 1991, 253:665-669参照)。APC遺伝子の変異は、β−カテニンの異常蓄積を伴う散発性結直腸がんの多くでも認められている("Lessons from hereditary colorectal cancer." Cell, 1996, 87:159-170参照)。APC遺伝子に変異を有するApcMin/+マウスは、家族性大腸腺腫様ポリポーシスのモデルとして用いられており、主として小腸に多数の腺腫様ポリポーシスを発症することが知られている。
【0051】
ApcMin/+マウスと、ApcMin/+・AhR+/−マウスに、3〜4週齢の離乳直後から、天然AhRリガンドであるI3C又は3,3´−ジインドリルメタン(DIM)を含有する飼料(F2、フナバシファーム)を給餌した。飼料中のI3C(シグマアルドリッチ)の含有量は0.1%とし、DIM(和光純薬)の含有量は0.01%とした。ApcMin/+マウスは、ジャクソン研究所(The Jackson Laboratory)から購入した。
【0052】
結果を図12に示す。図12(A),(B),(E)はApcMin/+マウスの結果を、(C),(D)はApcMin/+・AhR+/−マウスの結果を示す。通常飼料を給餌したApcMin/+マウスでは、10週齢経過後からポリープが生じ、25週齢では全ての個体にポリープが認められた(図12(A)参照)。ポリープを含む腫瘍の数は10〜15週齢で最大数に達し、個体あたり30個程度の腫瘍が確認された(図12(B)参照)。これに対して、I3C又はDIM含有飼料を給餌したApcMin/+マウスでは、ポリープの発生時期が20週齢前後に遅延され、25週齢におけるポリープの発生率も50%程度に抑制された(図12(A)参照)。さらに、ポリープを含む腫瘍の数も、顕著に減少した(図12(B)参照)。I3C又はDIM含有飼料の給餌による腫瘍発生の抑制は、ApcMin/+・AhR+/−マウスにおいても同様に確認された(図12(C)・(D))参照)。しかし、AhR−/−マウスでは、I3C又はDIM含有飼料の給餌による腫瘍発生抑制効果は認められなかった。
【0053】
さらに、I3C又はDIM含有飼料を給餌したApcMin/+マウス(15週齢)の盲腸及び小腸では、通常飼料を給餌したマウスに比べて、細胞間接着部分以外のβ−カテニン量の顕著な減少が観察された(図12(E)参照)。
【0054】
以上の本実施例の結果から、AhRリガンドは、AhR E3ユビキチンリガーゼを活性化し、β−カテニンの分解を促進することによって、発がんを抑制することが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族炭化水素受容体を活性化する物質を有効成分として含有する腸がん抑制剤。
【請求項2】
前記物質がインドール誘導体である請求項1記載の腸がん抑制剤。
【請求項3】
前記物質がフラボノイド類である請求項1記載の腸がん抑制剤。
【請求項4】
培養細胞に被験物質を添加し、培養細胞に発現する芳香族炭化水素受容体のE3ユビキチンリガーゼ活性の上昇を検出する手順を含む、腸がん抑制作用を有する物質のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−162482(P2011−162482A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−27578(P2010−27578)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 全米科学アカデミー(Academy of Sciences of the United States of America)、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)、106巻(Vol.106)、32号(No.32)、ページ13481〜13486
【出願人】(510039002)
【Fターム(参考)】