説明

自動二輪車のシフトシミュレーションシステム、および自動二輪車のシフトフィーリング予測方法

【課題】 一般の感覚に沿ったシフトフィーリングの定量化を実現可能な自動二輪車のシフトシミュレーションシステムを提供する。
【解決手段】 本発明のシステム100は、自動二輪車を模擬した試験装置102と、試験装置102を制御するシステム制御装置と、試験装置102に取り付けられる入出力装置とを含み、試験装置102はシフトペダル110とシフトペダル110の回転軸にモータシャフト114が連結されるモータ112とを有し、システム制御装置は変速時トルクパターンを複数記憶する記憶部140と、複数の変速時トルクパターンのうち一対の組み合わせを複数セット作成する制御部138とを有し、入出力装置は表示部と、現在の変速時トルクパターンと一対の組み合わせになっているもう一方への切替を指示可能であり、かつ、変速時トルクパターンについて各種評価項目に対し評点可能な操作部とを有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動二輪車のシフトシミュレーションシステム、および自動二輪車のシフトフィーリング予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車のシフトフィーリング(変速時の操作感)を評価するために、官能評価試験が実施されている。従来、官能評価試験は、自動二輪車の実機を複数種類用意し、これらの実機について被験者(テストライダーやユーザ)に所定の評価項目(例えば重さ、節度感など)に対し評点させていた。
【0003】
これに対し、近年シフトフィーリングの定量化の要請がある。定量化は、重回帰分析等の統計的手法を使用し、評価項目ごとに実施される。しかし、シフトフィーリングはまさに被験者の感じ方によるものであるので、一律に定量化することは難しい。同一被験者が同一の実機を評価する場合であっても、被験者の体調や搭乗姿勢、天候等のささいな条件変化や感じ方により評点が変わることが少なくないからである。
【0004】
一方、シフトフィーリングは、現在国内だけでも年間出荷台数3万〜6万台にもおよぶ自動二輪車の売上に直結する。当然ながらユーザは、購入車両を選択する上で、運転しやすいものを選択するからである。これより、シフトフィーリングの定量化の失敗(一般の感覚に沿わない定量化)及び失敗した定量化に基く車両の設計は、その車両の商品性を損ない莫大な影響を及ぼすおそれがある。そのため、シフトフィーリングの定量化については極めて慎重に一般の感覚に沿った形で行われるようにしなければならない。
【0005】
そこで、本発明者は自動二輪シフトシミュレータを発明し、平成20年10月28日に特許出願を行った(特許文献1)。かかる自動二輪シフトシミュレータでは、自動二輪のシフトペダルの回転軸にダイレクトドライブモータのモータシャフトを直結し、サーボドライバにてダイレクトドライブモータをサーボ制御する。これより、被験者が乗り換えることなく同一の搭乗姿勢で複数の変速時トルクパターン(例えばある実機を再現したもの)について評点可能であり、比較的同一条件下でのシフトフィーリングの評点が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−108009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、シフトフィーリングの定量化は、その影響が車両そのものの売上に直結するため、極めて慎重に一般の感覚に沿った形で行われるようにしなければならない。特許文献1の技術では比較的同一条件下での評点が可能となるものの、一般の感覚に沿った定量化を実現するために未だ更なる対策を講じる余地がある。
【0008】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、一般の感覚に沿ったシフトフィーリングの定量化を実現可能な自動二輪車のシフトシミュレーションシステム、およびこれを利用した自動二輪車のシフトフィーリング予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明の代表的な構成は、自動二輪車のシフトシミュレーションシステムにおいて、自動二輪車を模擬した試験装置と、試験装置を制御するシステム制御装置と、試験装置に取り付けられる入出力装置とを含み、試験装置は、シフトペダルと、シフトペダルの回転軸にモータシャフトが連結されるモータとを有し、システム制御装置は、シフトペダルに適用される複数の変速時トルクパターンを記憶する記憶部と、複数の変速時トルクパターンのうち一対の組み合わせを複数セット作成し、一対の組み合わせのうち一方の変速時トルクパターンでシフトペダルが動くように制御する制御部とを有し、入出力装置は、表示部と、現在の変速時トルクパターンと一対の組み合わせになっているもう一方の変速時トルクパターンへの切替を指示可能であり、かつ、変速時トルクパターンについて各種評価項目に対し評点可能な操作部とを有することを特徴とする。
【0010】
上記構成によれば、複数の変速時荷重パターンから一対の組み合わせが複数セット作成され、官能評価試験が実施される。すなわち、いわゆる「一対比較法」を用いて、変速時荷重パターンについて各種評価項目に対し評点が下される。人間の感覚であるシフトフィーリングを評価するに際して、「一対比較法」によれば一対の組み合わせの一方が主観的な判断を測るモノサシ的な役割(評価基準の役割)を果たすので、正確な(精度の良い)評点を下すことができる。さらに、ここでは複数セット連続して評価を行うため、被験者の搭乗姿勢等についてより同一条件下での評点が得られる。これより、一般の感覚に沿ったシフトフィーリングの定量化を実現可能である。
【0011】
システム制御装置の制御部は、1つの変速時トルクパターンが別々のセットで複数回登場するように複数セットを作成するとよい。これにより、正確な(精度の良い)評点を得ることができる。
【0012】
システム制御装置の制御部は、被験者が入出力装置の操作部を介して、現在のセットの変速時トルクパターンの一方を基準にこれと一対の組み合わせになっているもう一方の変速時トルクパターンに対し評点を完了した場合に次セットへと移行するとよい。これにより、正確な(精度の良い)評点を得ることができる。
【0013】
システム制御装置の制御部は、全ての評価完了後、それぞれの変速時トルクパターンの各種パラメータ及び変速時トルクパターンに対する評点を用いて重回帰分析を行い、個々の評価項目についてのシフトフィーリング予測式を算出可能であるとよい。これにより、一般の感覚に沿ったシフトフィーリングの定量化が果たされる。
【0014】
変速時トルクパターンの各種パラメータには、ピークトルクPmax、ピーク位相a、トルク差ΔP、ストローク位相stのいずれかが含まれ、システム制御装置の制御部は、変速時トルクパターンの各種パラメータを独立変数、変速時トルクパターンに対する評点を従属変数として重回帰分析を行うとよい。これにより、好適なシフトフィーリング予測式を算出することができる。
【0015】
また、本発明の別の観点によれば、上記自動二輪車のシフトシミュレーションシステムにより算出したシフトフィーリング予測式に、予測対象のシフト機構の所定パラメータを導入してそのシフトフィーリングを予測する自動二輪車のシフトフィーリング予測方法が提供される。これにより、予測対象のシフト機構のシフトフィーリングを精度良く予測することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、一般の感覚に沿ったシフトフィーリングの定量化を実現可能な自動二輪車のシフトシミュレーションシステム、およびこれを利用した自動二輪車のシフトフィーリング予測方法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施形態にかかる自動二輪車のシフトシミュレーションシステムを利用したシフト機構の設計の概略を示す図である。
【図2】変速時トルクパターンについて例示する図である。
【図3】本実施形態にかかる自動二輪車のシフトシミュレーションシステムの外観図である。
【図4】図3のA−A断面図である。
【図5】図3の自動二輪車のシフトシミュレーションシステムの概略構成を示すブロック図である。
【図6】図5のその他の構成を示すブロック図である。
【図7】図3の自動二輪車のシフトシミュレーションシステムを利用した官能評価試験の各変速時トルクパターンの適用例を示す図である。
【図8】図3の自動二輪車のシフトシミュレーションシステムを利用した官能評価試験の流れを示す図である。
【図9】図3のタッチパネルディスプレイの表示画面を例示する図である。
【図10】図3のリアルタイムコントローラの内部処理を説明する図である。
【図11】図3の自動二輪車のシフトシミュレーションシステムを利用した官能評価試験の各変速時トルクパターンの評価結果を例示する図である。
【図12】図11の評価結果すなわち実測値と、重回帰分析を使用して評価結果から算出したシフトフィーリング予測式による予測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0019】
図1は、本実施形態にかかる自動二輪車のシフトシミュレーションシステム(以下、「システム100」と称する)を利用したシフト機構の設計の概略を示す図である。本実施形態では、試作機の製作等を行うことなく、自動二輪車のシフト機構を構成する各種部品(例えばシフトカム、ストッパスプリング、リターンスプリング)の部品諸元204からシフトフィーリングを予測する。
【0020】
具体的には、図1に示すように、官能評価試験を実施してその評価結果200を得る。得られた評価結果200を重回帰分析ソフトウェア(以下「分析ソフト144」と称する)により重回帰分析してシフトフィーリング予測式202を算出する。
【0021】
次に予測対象の自動二輪車のシフト機構の部品諸元204を入力して、変速時トルクパターン演算ソフトウェア(以下「演算ソフト146」と称する)により、そのシフト機構の変速時のシフトペダル操作時の角度(ストローク)とトルクの関係を表す変速時トルクパターン206の所定パラメータを算出する。
【0022】
図2は、変速時トルクパターン206について例示する図である。図2に例示するように、変速時トルクパターン206には、ピークトルクPmax、ピーク位相a、トルク差ΔP、ストローク位相st等の各種パラメータが含まれる。必要な変速時トルクパターン206の所定パラメータをシフトフィーリング予測式202に導入して、そのシフト機構のシフトフィーリングの予測結果208を得る。
【0023】
本実施形態にかかるシステム100は上述した一連の過程を実施するが、官能評価試験を実施してシフトフィーリング予測式202を算出するものと、シフトフィーリング予測式202を用いて予測対象のシフト機構のシフトフィーリングの予測結果を算出するものとをそれぞれ別にしてもよい。
【0024】
以下、システム100について詳細に説明する。図3は、システム100の外観図である。図4は、図3のA−A断面図である。図5は、システム100の概略構成を示すブロック図である。図6は、図5のその他の構成を示すブロック図である。
【0025】
図3に示すように、システム100は、自動二輪車を模擬した試験装置102と、システム制御装置としてのコンピュータ104およびリアルタイムコントローラ106と、入出力装置としてのタッチパネルディスプレイ108とを含む。
【0026】
試験装置102は、官能評価試験の際に被験者が搭乗する装置であって、自動二輪車実機の一部を改造したものである。本実施形態では、試験装置102は、ハンドル、シート、燃料タンク、フットレスト等の部品が実機と同じであるが、シフト機構については実機と同じでない。
【0027】
図4に示すように、試験装置102では、シフトペダル110の回転軸にモータ112のモータシャフト114が直結される。モータ112に電流が印加されると、固定子118(ステータ)と回転子116(ロータ)との相互作用により、モータシャフト114は回転子116と共に回転する。モータシャフト114には、モータシャフト114のトルク(操作トルクτ)を計測するトルクセンサ122が取り付けられる。また、モータシャフト114には、カップリング124(軸継ぎ手)を介して回転角θを計測するエンコーダ126が取り付けられる。本実施形態では、コンピュータ104およびリアルタイムコントローラ106によりモータ112に印加する電流を制御することで、シフトペダル110に任意の変速時トルクパターンを再現させる。
【0028】
図5に示すように、リアルタイムコントローラ106は、CPU等で構成される制御部128と、ROMやRAM、フラッシュメモリ等で構成される記憶部130とを含む。記憶部130には、制御トルクuを計算するための制御ソフトウェア156が格納されている。制御部128はこの制御ソフトウェア156を実行し、A/Dボード132を介して操作トルクτを取得し、カウンタボード134を介して回転角θを取得し、制御トルクuをリアルタイムで算出する。制御トルクuはインピーダンス制御を実現する(現在シフトペダル110に適用中の変速時トルクパターンを正確に再現する)ためのトルクであり、実際のモータ112の動特性を表す式(1)と目標の動特性を表す式(2)とから、式(3)により求めることができる。なお、目標の慣性モーメントJd、目標の粘性抵抗係数Ddは、実機の部品諸元を参考に予め設定する。回転子116やモータシャフト114の慣性モーメントJ、粘性抵抗係数Dは、モータ112の性質により決定される。変速時トルクパターンの再現トルクKd(θ)は、現在シフトペダル110に適用中の変速時トルクパターンの回転角θのときのトルクである。
【0029】
【数1】

【0030】
なお、実機においてシフトペダル110の変速時トルクパターンは、シフト機構の部品諸元だけではなく、スロットルグリップ148やクラッチレバー150の操作に応じて変化する。したがって、図6(a)、(b)に示すように、スロットルグリップ148、クラッチレバー150の操作量をポテンショメータ166、168で取得し、リアルタイムコントローラ106(A/Dボード132)に伝達してもよい。この場合、リアルタイムコントローラ106の制御部128は、これらを考慮して制御トルクuを算出する。
【0031】
また、実機においてはギアのドッグが噛合う音が発生するため、試験装置102にスピーカ152を取り付け、回転角θに基きこの噛合う音をスピーカ152から発生させてもよい。図6(c)に示すように、例えばスピーカ152への指令はコンピュータ104に行わせることができる。実機に相当する音をスピーカ152から発生させることで、より実機と同じ条件下で官能評価試験を実施することができ、音の有無によるシフトフィーリングへの影響を排除することができる。
【0032】
さらに、実機ではクラッチ板の連結に伴い振動が発生するので、試験装置102に振動発生装置154を取り付け、回転角θに基き振動発生装置154により振動を発生させてもよい。図6(d)に示すように、例えば振動発生装置154への指令はリアルタイムコントローラ106のD/Aボード136を介して伝達することができる。かかる振動を発生させることで、より実機と同じ条件下で官能評価試験を実施することができ、振動の有無によるシフトフィーリングへの影響を排除することができる。
【0033】
図5に示すように、算出された制御トルクuは、この制御トルクuを実現するための電流指令値という形でD/Aボード136を介してサーボドライバ120へと伝達される。サーボドライバ120は、モータ112に印加する電流をこの電流指令値に追従させる。これより、任意の変速時トルクパターンを正確に再現することができる。
【0034】
上述したリアルタイムコントローラ106は官能評価試験においてリアルタイム性が要求される処理を実行するのに対し、コンピュータ104は官能評価試験においてリアルタイム性の要求されない処理を実行する。コンピュータ104は、CPU等で構成される制御部138と、ROMやRAM、フラッシュメモリ等で構成される記憶部140とを含む。記憶部140には、官能評価試験においてリアルタイム性の要求されない処理を実行する官能評価試験ソフトウェア(以下「試験ソフト142」と称する)が格納される。試験ソフト142はシフトペダル110に適用する変速時トルクパターンの入出力管理を行う機能を有する。また、記憶部140には、上述した分析ソフト144および演算ソフト146が格納される。さらに、記憶部140には、官能評価試験においてシフトペダル110に適用する変速時トルクパターンが複数記憶される。
【0035】
コンピュータ104の制御部138は、官能評価試験において試験ソフト142を実行し、記憶部140に記憶された複数の変速時トルクパターンの中から一対の組み合わせを複数セット作成する。とりわけ、コンピュータの制御部138は、1つの変速時トルクパターンが別々のセットで複数回登場するように複数セットを作成する。作成した一対の組み合わせ複数セットのデータは、リアルタイムコントローラ106へと出力される。
【0036】
図7は、システム100を利用した官能評価試験の各変速時トルクパターンの適用例を示す図である。図7(a)、(b)に例示するように、ここでは、各種パラメータ(ピークトルクPmax、ピーク位相aなど)が異なる4つの変速時トルクパターン(それぞれ「パターン1」、「パターン2」、「パターン3」、「パターン4」と称する)から、一対の組み合わせ複数セットのデータを作成する場合について説明する。図7(c)に例示するように、各変速時トルクパターンはそれぞれ複数セットに重複して振り分けられる。本実施形態において一対の組み合わせのうち一方をパターンA、他方をパターンBと称する。
【0037】
図8は、システム100を利用した官能評価試験の流れを示す図である。図9は、タッチパネルディスプレイ108の表示画面を例示する図である。図10は、リアルタイムコントローラ106の内部処理を説明する図である。図8に示すように、システム100を利用した官能評価試験では、被験者に対し一対の組み合わせ複数セットの変速時トルクパターンが提示される。官能評価試験開始時のシフトペダル110には、セット1のパターンAの変速時トルクパターンが適用される。なお、試験精度を向上するために、試験ソフト142の一機能として、官能評価試験開始前に被験者が一番差の大きな(例えばピークトルクPmaxの差の大きな)変速時トルクパターンをそれぞれ体験できるようにしてもよい。
【0038】
タッチパネルディスプレイ108は試験装置102に取り付けられ、被験者に画像を表示する表示部及び被験者からの入力操作を受け付ける操作部として機能する。図8に例示するように、タッチパネルディスプレイ108には、変速時トルクパターンについて、各種評価項目(重さ、ストローク、節度感など)に対し被験者が触れることで評点可能な評点領域158が設定される。評点領域158の隣には、選択した評点を表示する仮選択領域160が設定される。仮選択領域160に選択した評点が表示されていても、次セットへ移行するまでは、評点領域158の点数を再選択することで上書できる。仮選択領域160の上方にはモード設定領域164が設定され、被験者が触れることで「官能評価試験モード」、「トレーニングモード」を選択することができる。「官能評価試験モード」の場合、モード設定領域164には現在のセットが何セット目かが表示される。「トレーニングモード」については、後程説明する。
【0039】
評点領域158の上方には、現在の変速時トルクパターンと一対の組み合わせになっているもう一方の変速時トルクパターンへの切替(パターンAからパターンBへの切替)を指示可能なパターン切替領域162が設定される。本実施形態では、被験者がパターン切替領域162の「A」に触れることでパターンAへの切替が指示され、「B」に触れることでパターンBへの切替が指示される。図10に示すように、タッチパネルディスプレイ108からパターン切替が指示されると、コンピュータ104を介してリアルタイムコントローラ106へパターンの切替(セット番号およびパターンAorB)が入力され、リアルタイムコントローラ106は切替先の変速時トルクパターンに基き制御トルクuをリアルタイムに算出する。
【0040】
図8を参照する。本実施形態では、被験者がパターンA、パターンBの双方を比較して(ステップS308、S310)、各種評価項目(重さ、ストローク、節度感など)ごとのパターンBのパターンAに対する評点を入力し、評点を完了させる(ステップS300)。すなわち、ここではパターンAは基準であって、パターンAへの評点入力は行われない。現在のセットについて評点が完了したら、仮選択領域160に表示中の評点データがコンピュータ104の記憶部140に保存され(ステップS302)、次セットへと移行する(ステップS304)。これらの処理を制御部138が作成した複数セット終えるまで繰り返す(ステップS306)。なお、本実施形態では、パターンAを基準にしてパターンBについて評点させているが、これに限らず、パターンA、パターンBをそれぞれ別々に評点可能にしてもよい。
【0041】
上述した構成によれば、いわゆる「一対比較法」を用いて官能評価試験が実施される。人間の感覚であるシフトフィーリングを評価するに際して、「一対比較法」によれば一対の組み合わせの一方が主観的な判断を測るモノサシ的な役割(評価基準の役割)を果たすので、正確な(精度の良い)評点を下すことができる。また、パターンA、パターンBの切替をタッチパネルディスプレイ108を通じて常時行うことができる点に関しても、被験者が双方を確認しながら評点入力できるので、精度向上に寄与する。さらに、ここでは複数セット連続して評価を行うため、被験者の搭乗姿勢等についてより同一条件下での評点を得られる。これより、一般の感覚に沿ったシフトフィーリングの定量化を実現可能である。
【0042】
とりわけ、本実施形態では、コンピュータ104の制御部は、1つの変速時トルクパターンが別々のセットで複数回登場するように複数セットを作成する。これにより、被験者はより基準を固め易くなり、全体を通して正確な(精度の良い)評点を下すことができる。また、このように1つの変速時トルクパターンを複数回登場させることで、後述の図11に例示するようにその変速時トルクパターンに対する評点の平均を得ることができる(評点を平均化できる)ので、かかる評点平均を重回帰分析に利用しその信頼性を担保することができる。
【0043】
全ての評価完了後(評価結果200取得後)、コンピュータ104の制御部138は分析ソフト144を実行し、それぞれの変速時トルクパターンの各種パラメータ及びこの変速時トルクパターンに対する評点を用いて重回帰分析を行い、個々の評価項目についてのシフトフィーリング予測式202を算出する。なお、ここでの全ての評価完了後とは、被験者が複数人存在する場合その被験者全てが複数セットの評点を完了した(被験者全ての評価結果200が記憶部140に記憶された)場合のことである。
【0044】
図11は、システム100を利用した官能評価試験の各変速時トルクパターンの評価結果200を例示する図である。図11に例示するような評価結果に対し、分析ソフト144は、ピークトルクPmax、ピーク位相a、トルク差ΔP、ストローク位相st等の変速時トルクパターンの各種パラメータを独立変数、変速時トルクパターンに対する評点を従属変数として評価項目(重さ、ストローク、節度感)ごとに重回帰分析を行う。重回帰分析では、共線性が見つかった変数や不要な変数を除去しつつ、シフトフィーリング予測式202を算出する。図11の評価結果から重回帰分析によって、評価項目「重さ」のシフトフィーリング予測式202を式(4)、評価項目「ストローク」のシフトフィーリング予測式202を式(5)、評価項目「節度感」のシフトフィーリング予測式202を式(6)のように算出することができる。算出したシフトフィーリング予測式202は記憶部140に記憶される。
「重さ」の予測値=1.07×Pmax+0.126×a+0.683×ΔP−8.15 …(4)
「ストローク」の予測値=−0.442×Pmax−0.0933×a+0.735×st−7.53
…(5)
「節度感」の予測値=0.196×a+1.28×ΔP−4.99 …(6)
【0045】
図12は、図11の評価結果すなわち実測値と、重回帰分析を使用して評価結果から算出したシフトフィーリング予測式202による予測値との関係を示す図である。図12に例示するように、予測値の方が実測値よりも強弱が弱い傾向のあるものの、評価項目「重さ」「ストローク」「節度感」のいずれのシフトフィーリング予測式202においても、精度良くシフトフィーリングを予測することができる。
【0046】
なお、官能評価試験において被験者の年齢、性別、人種、好み(スタンダートタイプ、アメリカンタイプ)などの識別情報をその被験者の評価結果200と関連付けて記憶部140に記憶しておき、シフトフィーリング予測式202の算出に際して特定の被験者の評価結果200のみを用いるようにしてもよい。例えば、アメリカンタイプ自動二輪車のシフト機構の各種部品の選択及び設計を行うためにそのシフトフィーリングを予測する必要がある場合、アメリカンタイプが好みの被験者の評価結果200のみを抽出するとよい。これにより、さらに精度良くシフトフィーリングを予測することができる。
【0047】
上述したようにシフトフィーリング予測式202を算出しシフトフィーリングの定量化を図ったら、システム100では、その定量化した評価基準を「トレーニングモード」によりテストライダ等に覚えさせることも可能である。具体的には「トレーニングモード」では、テストライダ等に提示する変速時トルクパターンが、算出したシフトフィーリング予測式202によれば何点かをタッチパネルディスプレイ108上に表示して覚えさせる。これにより、テストライダ間の評価基準を統一可能となる。なお、「トレーニングモード」では、工場で出荷可能なものと出荷不可能なものの連続的に提示し、テストライダ等に出荷できるかどうかの基準を覚えさせるようにしてもよい。
【0048】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0049】
例えば、本システム100は、変速を機械的に行わないシフト・バイ・ワイヤー等のシフト機構のトルクパターンを設定するための装置として応用可能である。また、本システム100は、自動二輪車に限らず、四輪MT、四輪AT、ATV、船外機などのシフトフィーリングシステムに応用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、自動二輪車のシフトシミュレーションシステム、および自動二輪車のシフトフィーリング予測方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0051】
100…システム、102…試験装置、104…コンピュータ、106…リアルタイムコントローラ、108…タッチパネルディスプレイ、110…シフトペダル、112…モータ、114…モータシャフト、116…回転子、118…固定子、120…サーボドライバ、122…トルクセンサ、124…カップリング、126…エンコーダ、128…制御部、130…記憶部、132…A/Dボード、134…カウンタボード、136…D/Aボード、138…制御部、140…記憶部、142…試験ソフト、144…分析ソフト、146…演算ソフト、148…スロットルグリップ、150…クラッチレバー、152…スピーカ、154…振動発生装置、156…制御ソフトウェア、158…評点領域、160…仮選択領域、162…パターン切替領域、164…モード設定領域、166、168…ポテンショメータ、200…評価結果、202…シフトフィーリング予測式、204…部品諸元、206…変速時トルクパターン、208…予測結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動二輪車のシフトシミュレーションシステムにおいて、
自動二輪車を模擬した試験装置と、
前記試験装置を制御するシステム制御装置と、
前記試験装置に取り付けられる入出力装置とを含み、
前記試験装置は、
シフトペダルと、
前記シフトペダルの回転軸にモータシャフトが連結されるモータとを有し、
前記システム制御装置は、
前記シフトペダルに適用される複数の変速時トルクパターンを記憶する記憶部と、
複数の前記変速時トルクパターンのうち一対の組み合わせを複数セット作成し、該一対の組み合わせのうち一方の変速時トルクパターンで前記シフトペダルが動くように制御する制御部とを有し、
前記入出力装置は、
表示部と、
現在の前記変速時トルクパターンと一対の組み合わせになっているもう一方の変速時トルクパターンへの切替を指示可能であり、かつ、前記変速時トルクパターンについて各種評価項目に対し評点可能な操作部とを有することを特徴とする自動二輪車のシフトシミュレーションシステム。
【請求項2】
前記システム制御装置の制御部は、1つの前記変速時トルクパターンが別々のセットで複数回登場するように前記複数セットを作成することを特徴とする請求項1に記載の自動二輪車のシフトシミュレーションシステム。
【請求項3】
前記システム制御装置の制御部は、被験者が前記入出力装置の操作部を介して、現在のセットの前記変速時トルクパターンの一方を基準にこれと一対の組み合わせになっているもう一方の変速時トルクパターンに対し評点を完了した場合に次セットへと移行することを特徴とする請求項1または2に記載の自動二輪車のシフトシミュレーションシステム。
【請求項4】
前記システム制御装置の制御部は、全ての評価完了後、それぞれの前記変速時トルクパターンの各種パラメータ及び該変速時トルクパターンに対する評点を用いて重回帰分析を行い、前記個々の評価項目についてのシフトフィーリング予測式を算出可能であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の自動二輪車のシフトシミュレーションシステム。
【請求項5】
前記変速時トルクパターンの各種パラメータには、ピークトルクPmax、ピーク位相a、トルク差ΔP、ストローク位相stのいずれかが含まれ、
前記システム制御装置の制御部は、前記変速時トルクパターンの各種パラメータを独立変数、該変速時トルクパターンに対する評点を従属変数として重回帰分析を行うことを特徴とする請求項4に記載の自動二輪車のシフトシミュレーションシステム。
【請求項6】
請求項4または5に記載の自動二輪車のシフトシミュレーションシステムにより算出した前記シフトフィーリング予測式に、予測対象のシフト機構の所定パラメータを導入してそのシフトフィーリングを予測する自動二輪車のシフトフィーリング予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−96854(P2013−96854A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−240215(P2011−240215)
【出願日】平成23年11月1日(2011.11.1)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】