説明

自動車用フード

【課題】炭素繊維強化樹脂製単板構造からなるアウター部材とインナー部材を接着してフードを構成する形態において、接着ヒケを目標レベル以下に抑え、表面の高い寸法精度とともに良好な意匠性を得ることが可能な自動車用フードを提供する。
【解決手段】炭素繊維強化樹脂製単板構造のアウター部材とインナー部材を接着剤を用いて接合してなる自動車用フードであって、インナー部材の厚さti(単位:mm)に対するアウター部材の厚さto(単位:mm)の3乗の比(to3 /ti)が0.7以上であり、かつ、接着剤の硬化後の弾性率が2000MPa以下である自動車用フード。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化樹脂(以下、「CFRP」と略称することもある。CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastics)製の自動車用フードに関し、とくに、CFRP製単板構造のアウター部材とインナー部材を接合してフードを構成する場合の意匠面側となるアウター部材の表面の変形を小さく抑えるようにした表面寸法精度の高く良好な意匠性を呈する自動車用フードに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、軽量化を第1の目的として、繊維強化樹脂製の自動車用フードが開発されつつあり、必要部位の強度や剛性を向上するための各種構造が提案されている。中でも、強度や剛性向上の面から、とくにCFRP製の自動車用フードの検討が進められている(例えば、特許文献1)。
【0003】
従来のCFRP製自動車用フードの構造としては、剛性を上げるため、アウター部材にサンドイッチパネル構造(軽量なコア材の片面または両面にCFRP製スキン層を設けた構造)、インナー部材にCFRPの単板構造を採用し、両部材を接着してフードを構成する構造が知られている(例えば、特許文献2、3)。
【0004】
ところが、アウター部材にサンドイッチパネル構造を採用すると、スキン層の肉厚に下限があるため全体として充分に軽量化できないことが多い。また、一般に、スキン層の肉厚が薄くなると、成形時の圧力も制限されるので、アウター部材の表面の平滑性を充分に出すことが難しくなる。
【0005】
このような問題に対処するために、アウター部材にもCFRPの単板構造を採用し、単板構造のアウター部材とインナー部材を接着剤を介して接合することが考えられるが、単にこのような構造を採用するだけでは、一般にインナー部材の方が構造的にあるいは形状的に高い剛性を持たせた構成とされるので、接着剤の硬化の際に、硬化により収縮する接着剤を介してアウター部材とインナー部材が局部的に引っ張り合い、アウター部材が、より高剛性のインナー部材側に局部的に変形されて(局部的に変位されて)、アウター部材の表面にいわゆる接着ヒケという現象が生じる。この接着ヒケがあるレベルを越えると、アウター部材の表面の寸法精度が低下し、アウター部材をその意匠面である表面側から見ると、例えば反射光が歪んで見え、良好な意匠性が得られにくい。
【特許文献1】特開2003−146252号公報
【特許文献2】特開2006−123788号公報
【特許文献3】特開2002−284038号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明の課題は、ともにCFRPの単板構造からなるアウター部材とインナー部材を接着してフードを構成する形態において、接着ヒケを目標レベル以下に抑え、表面の高い寸法精度とともに良好な意匠性を得ることが可能なCFRP製自動車用フードを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る自動車用フードは、炭素繊維強化樹脂製単板構造のアウター部材とインナー部材を接着剤を用いて接合してなる自動車用フードであって、インナー部材の厚さti(単位:mm)に対するアウター部材の厚さto(単位:mm)の3乗の比(to3 /ti)が0.7以上であり、かつ、前記接着剤の硬化後の弾性率が2000MPa以下であることを特徴とするものからなる。
【0008】
CFRP単板構造のインナー部材は、アウター部材を補強しフード全体として必要な剛性を確保するために、形状的に、とくに断面形状的に、剛性を高めた構造とされ、インナー部材自体の剛性は、概ねその厚さの一次関数となる。これに対しCFRP単板構造のアウター部材自体の剛性は、面剛性が支配的であり、その剛性は厚さの3乗で作用する。本発明に係る自動車用フードにおいては、これら各部材の剛性に関する基本特性を考慮して、硬化により収縮する接着剤を介したアウター部材とインナー部材の局部的な引っ張り合いが生じる際の、アウター部材側の局部的な変形を小さく抑えるために、接合部におけるインナー部材の剛性に対するアウター部材の剛性を所定レベル以上に高めるようにしている。この各部材の剛性の関係を、実際に作用する剛性の比として、つまり、インナー部材の厚さti(単位:mm)に対するアウター部材の厚さto(単位:mm)の3乗の比(to3 /ti)として規定し、該比(to3 /ti)を0.7以上とすることにより、後述の試験結果に示すように、アウター部材の局部的な変形(変位)が所望レベル以下に小さく抑えられて(つまり、いわゆる接着ヒケが所望レベル以下に小さく抑えられて)、アウター部材の表面の寸法精度、意匠性が向上される。そして、接着剤の硬化に伴うアウター部材とインナー部材の局部的な引っ張り合いは、接着剤の硬化収縮により発生する局部モーメントに大きく依存し、発生する局部モーメントは、接着剤の硬化後の弾性率に支配されるから、本発明では、併せて、発生する局部モーメントを小さく抑えるために接着剤の硬化後の弾性率を2000Mpa以下としている。具体的には、弾性率2000Mpa以下の最適な接着剤を選定することになる。上記比(to3 /ti)の設定とともに、このような接着剤の使用により、確実にアウター部材の表面の寸法精度、意匠性が向上されることになる。
【0009】
本発明におけるようなCFRP製自動車用フードを採用する第1の目的が軽量化にあることを考慮すれば、この自動車用フードは、所定の強度や剛性が確保されつつ極力軽量であることが好ましい。このような軽量化の効果を得る面からは、上記アウター部材の平均厚さと上記インナー部材の平均厚さの合計が、例えば、5mm以下であることが好ましい。フード全体の重量としては、目安として8kg程度以下であることが求められるが、このようなフード重量を実現するためにもアウター部材の平均厚さとインナー部材の平均厚さの合計が5mm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
このように、本発明に係る自動車用フードによれば、CFRP単板構造のアウター部材とインナー部材の接合における接着ヒケを許容レベル以下に抑え、アウター部材の表面寸法精度を向上できるとともに表面の意匠性を向上することができる。したがって、軽量化を目的としたCFRP製自動車用フードを、望ましい品位をもって実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明の望ましい実施の形態を、図面を参照して説明する。
図1および図2は、本発明の一実施態様に係る自動車用フードの形状例を示しており、本発明における自動車用フード1は、CFRP単板構造のアウター部材2とインナー部材3を接着剤4を用いて接合することにより構成される。ただし、全体形状は、図示例のものに限定されない。また、図2に、ハット形断面形状のインナー部材部位を示しているが、インナー部材の断面形状としても、図示例のものに限定されない。インナー部材3は、断面形状的に、剛性が大きくなるように設定されている。
【0012】
前述したように、接着剤4を用いて接合する場合、図2に示すように、接着剤4の硬化、収縮に伴い、アウター部材2とインナー部材3が局部的に引っ張り合うモーメントMが発生し、アウター部材2は、より剛性の高いインナー部材3側に局部的に引っ張り込まれて局部的に変形(変位)し、これが接着ヒケとして現れる。本発明ではこの接着ヒケを小さく抑えることになる。
【0013】
本発明では、まず、CFRP単板構造のインナー部材3の厚さti(単位:mm)に対するCFRP単板構造のアウター部材2の厚さto(単位:mm)の3乗の比(to3 /ti)が0.7以上とされる。すなわち、図3に、後述の低弾性率の接着剤「MG5000」を使用した試験の結果における、インナー部材3の厚さ(単位:mm)に対するアウター部材2の厚さ(単位:mm)の3乗の比と、そのときに生じた接着ヒケによるアウター部材2の局部的な変位量(mm)との関係を示す。試験は、厚さ1.1mmと2.5mmのインナー部材について行ったが、上記比と変位量との関係を表すデータは、インナー部材の厚さにかかわらず、ほぼ一つの特性線上に乗った。したがって、インナー部材3の厚さ(単位:mm)に対するアウター部材2の厚さ(単位:mm)の3乗の比は、接着ヒケによるアウター部材2の局部的な変位量(mm)との関係において、普遍性のある値であることが理解できる。前述したように、インナー部材3は断面形状による剛性が支配的で、その剛性は厚さの一次関数となり、アウター部材2は面剛性が支配的で、その剛性は厚さの3乗で作用するので、接着剤4の硬化、収縮に伴う両部材の引っ張り合いによる接着ヒケを考慮する場合に、インナー部材3の厚さに対するアウター部材2の厚さの3乗の比が、接着ヒケによる局部的なアウター部材2の変位にとって意味のある値となる。ちなみに、単にアウター部材2の厚さとアウター部材2の変位量との関係をプロットすると、図4に示すようになり、インナー部材3の厚さによって変位量が変化し、プロットされたデータは一つの特性線上には乗らない。
【0014】
再び図3を参照するに、上記実施形態では、インナー部材3の厚さ(単位:mm)に対するアウター部材2の厚さ(単位:mm)の3乗の比を0.7以上とすることにより、アウター部材2の変位量は、約0.08mm以下の小さな変位量に抑えられた。
【0015】
このような接着ヒケによる局部的なアウター部材2の変位量が合格基準に達しているか否かは、主として目視により判定され、逆に、目視による判定により合格基準が把握されれば、そのときの変位量(mm)を変位量の合格基準として設定可能である。
【0016】
目視による判定は、例えば図5に上記図3に示したデータ領域と対応させて示すように、成形されたフード(あるいは、フードと同等のテストピース)のアウター部材2の上方に蛍光灯を配置し、蛍光灯からの光がアウター部材2の表面で反射して認識できる蛍光灯の映像の歪みを、目視することにより判定できる。図5に示すように、上記インナー部材3の厚さ(単位:mm)に対するアウター部材2の厚さ(単位:mm)の3乗の比が0.7未満であり、アウター部材2の変位量がある所定レベル(例えば、約0.08mmの変位量)を越えた領域では、明確に接着ヒケ5を認識することができる。一方、上記インナー部材3の厚さ(単位:mm)に対するアウター部材2の厚さ(単位:mm)の3乗の比が0.7以上であり、アウター部材2の変位量が所定レベル以下の領域では、明確な接着ヒケを認識することができず、実用上問題の無い合格レベルであると判定できる。
【0017】
上記のような接着ヒケの発生は、前述したように、接着剤の弾性率に左右される。すなわち、弾性率の低い接着剤では、図2に示したような接着剤の硬化、収縮の際に発生するモーメントMが小さく抑えられ、接着ヒケによるアウター部材2の局部的な変位は小さく抑えられるが、弾性率の高い接着剤では、逆に接着ヒケによるアウター部材2の局部的な変位が大きくなる。したがって、接着剤として弾性率が適切に低いものを選定する必要がある。
【0018】
図6は、このような面から各種接着剤の試験を行った結果を示している。図6に示す試験は、インナー部材3の厚さ1.1mm、アウター部材2の厚さ1.0mmにて行った。本発明では、硬化後の弾性率が2000MPa以下の接着剤を使用する。試験の結果、図6に示すように、弾性率が2000MPa以下の接着剤、MG7600(弾性率:30MPa)、MG5000(弾性率:360MPa)、Fusor(弾性率:約1580MPa)、DP190(弾性率:270MPa)では、所定レベル以下の小さい変位量が達成され、弾性率が2000MPaを越える接着剤、XNR−3324(弾性率:7100MPa)、XNR−3024(弾性率:4200MPa)では、所定レベル以下の小さい変位量を達成することができなかった。なお、参考のために、これら接着剤のメーカーカタログ物性を表1に示しておく。
【0019】
【表1】

【0020】
また、CFRP製自動車用フードは、その採用目的から、所定の強度や剛性の確保を前提として、できるだけ軽量であることが好ましい。図7に、アウター部材2の平均厚さとインナー部材3の平均厚さの合計厚さと、フード全体の重量との関係の一例を示す。一般に、CFRP製自動車用フードを採用する場合には、8kg以下に重量を抑えることが望まれる。この要求を満たすためには、図7に示す特性からは、アウター部材2の平均厚さとインナー部材3の平均厚さの合計厚さが、約5mm以下であることが好ましいことが理解される。
【0021】
なお、本発明に係る自動車用フードにおけるCFRPのマトリックス樹脂としては、とくに限定されないが、代表的にはエポキシ樹脂を使用でき、その他にも、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂、ジシクロペンタジエン樹脂、ポリウレタン樹脂等の熱硬化性樹脂の使用が可能であり、さらには、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂等の熱可塑性樹脂も使用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明に係る自動車用フードは、アウター部材とインナー部材がともに単板構造のあらゆるCFRP製自動車用フードに適用でき、いわゆるボンネットフードは勿論のこと、トランクリッドにも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施態様に係る自動車用フードの形状例を示す分解斜視図である。
【図2】図1の自動車用フードのアウター部材とインナー部材の接合部の拡大断面図である。
【図3】インナー部材の厚さに対するアウター部材の厚さの3乗の比と、そのときに生じたアウター部材の変位量との関係図である。
【図4】アウター部材の厚さとアウター部材の変位量との関係図である。
【図5】図3に示したデータ領域と対応させて接着ヒケを目視により判定した様子を示す説明図である。
【図6】接着剤の種類とアウター部材の変位量との関係図である。
【図7】アウター部材とインナー部材の合計厚さとフード重量との関係図である。
【符号の説明】
【0024】
1 自動車用フード
2 アウター部材
3 インナー部材
4 接着剤
5 接着ヒケ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維強化樹脂製単板構造のアウター部材とインナー部材を接着剤を用いて接合してなる自動車用フードであって、インナー部材の厚さti(単位:mm)に対するアウター部材の厚さto(単位:mm)の3乗の比(to3 /ti)が0.7以上であり、かつ、前記接着剤の硬化後の弾性率が2000MPa以下であることを特徴とする自動車用フード。
【請求項2】
前記アウター部材の平均厚さと前記インナー部材の平均厚さの合計が5mm以下である、請求項1に記載の自動車用フード。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−35046(P2009−35046A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−199101(P2007−199101)
【出願日】平成19年7月31日(2007.7.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】