説明

良好な熱伝導性を有する電磁鋼板積層コアおよびその製造方法

【課題】電動機、発電機や変圧器等のエネルギー変換用電気機器に用いるコア(鉄心)の積層方向の熱伝導率を向上させる。
【解決手段】コアに用いる電磁鋼板を、嫌気性接着剤による0.2μm以上15μm以下の接着層を介して鋼板間に空隙を生じることなく全面接着し積層して積層コアとすることにより、コアの積層方向の熱伝導率が改善し、高出力化が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機、発電機や変圧器等のエネルギー変換用電気機器に用いるコア(鉄心)に関するものであり、特に電磁鋼板積層コアとその製造方法に係わる。
【背景技術】
【0002】
電動機、発電機や変圧器では、コアの鉄損や巻き線の銅損などにより温度上昇が起こり、鉄損の小型化や高出力化の阻害要因となる。したがってステータコアの熱伝導性が重要である。
【0003】
コアは電磁鋼板を積層し、通常は「かしめ」もしくは溶接により固定したものである。電磁鋼板には、ミクロンオーダーの表面粗さがあるため、積層された鋼板間にはミクロンオーダーの空隙が存在する。
空隙を満たしている空気の熱伝導率は著しく低い(0.03W/mK)ため、このような僅かの空隙であっても、大きな熱抵抗を生ずる。
【0004】
この結果、コアの熱伝導率には大きな異方性が生ずる。すなわち、鋼板面内方向の熱伝導率は鋼板の合金成分から予想される値(数十W/mK)におおよそ一致するものの、積層方向の熱伝導率は鋼板面内方向の1/20〜1/7程度にとどまる。
したがって、コアの抜熱性は鋼材合金成分から期待される値よりも著しく劣る結果となっている。
【0005】
本発明者らは、コア積層方向の熱伝導率改善のための方策として、加熱により接着能を発揮するコーティング(接着コーティング)を施した電磁鋼板の使用を提案した(特許文献1参照)。すなわち、接着コーティングの施された電磁鋼板を積層した後加熱接着することにより、鋼板の表面粗さに起因する空隙をできるだけ接着層で充填しようとすするものである。接着コートの成分はアクリルやエポキシ等の樹脂である。この方法により、積層方向の熱伝導率は鋼板面内方向の1/5程度まで改善できる。
【0006】
しかしながら、接着コーティングによる方法にはいくつかの難点が存在する。
ひとつは、積層体の強度をある程度確保するためには接着コーティングの厚さを片面あたり5g/m2 以上(接着層厚さ8μm以上)確保する必要があり、占積率が劣化することであり、もうひとつは、このように接着層の厚さを薄くできないため、積層方向熱伝導の改善に限界があることである。
さらには、接着コーティングの場合、加熱接着過程で完全に接着層が溶融するわけではないため、空隙層の完全な充填には至っていないという問題点もある。
したがって、高い積層方向の熱伝導率と、占積率及びコア積層強度を両立させることが難しい。
【0007】
一方、特許文献2には、鋼板間にオイルを充填する方法が提案されている。
具体的には、オイルが満たされた容器内で電磁鋼板を積層した後、容器内であるいは容器外に取り出した状態で積層方向に荷重をかけて積層体を接合する方法、または、オイルを塗布しながら電磁鋼板を積層してゆき、所定の積層厚みに達した後に荷重をかけて積層体を接合する方法である。
この方法の場合も、鋼板間の空隙は空気ではなくそれよりも熱伝導率の高いオイルで充填されるため、積層方向の熱伝導率の改善が期待できる。また、加圧により余分のオイルを絞り出すことができるため、オイル充填による占積率劣化の抑制や熱抵抗の影響の最小化もできる。
【0008】
しかしながら、この方法にも難点がある。オイルには流動性があるため、鋼板から流出し、使用中に空隙が生成して熱伝導率が劣化する。また、コアの発熱によりオイルが分解劣化し気体が発生して空隙を生じ、これも熱伝導率劣化の原因となる。さらには、空隙を充填するオイルには鋼板を強固に固定する能力がないため、積層体を固着する別の手段(かしめや溶接等)が必要である。
【0009】
さらに、嫌気性接着剤を用いたコア積層に関しては、以下の公知文献が存在する。
特許文献3には、嫌気性接着剤を用いてコアを積層する方法が開示されている。しかしながら、同公報は積層コアの鉄損低減を目的としたものである。したがって、コア積層方向の熱伝導率が低減できる接着条件、特に接着層厚さに記載がない。
【0010】
特許文献4には、嫌気性接着剤を用いてコアを積層する方法が開示されている。しかしながら、同公報は積層コアの占積率低減を目的としたものである。同公報におけるコア積層方法は、あらかじめ鋼板表面の一部に接着剤を充填するくぼみを設け、そのくぼみのみに嫌気性接着剤を塗布する方法である。したがって、全面接着状態とはならず、本発明のように積層方向の熱伝導率を改善するような効果は発現できない。
【0011】
特許文献5には、効果促進剤を併用した嫌気性接着剤によるコア積層方法が記載されている。しかしながら、同公報における接着の目的は単に積層鋼板の固着にあるため、コアのティース部にのみ点状に接着剤を塗布する方法となっている。したがって、全面接着状態とはならず、本発明のように積層方向の熱伝導率を改善するような効果は発現できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平11−150895号公報
【特許文献2】特開2007−104878号公報
【特許文献3】特開昭58−116032号公報
【特許文献4】特開2006−101629号公報
【特許文献5】特開2006−334648号公報
【特許文献6】特公昭49−6744号公報
【特許文献7】特開平06−33033号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、電動機や発電機、変圧器において、高い積層方向熱伝導率と良好な占積率、積層強度を有するコアおよびその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、嫌気性接着剤を電磁鋼板表面に両面あたり0.2g/m2 以上15g/m2 以下塗布して硬化接着し、鋼板間に空隙や気泡のない0.2μm以上15μm以下の接着層を形成することにより、良好な積層方向熱伝導率を有するコアを得ることができる。
嫌気性接着剤の塗布量が両面あたり0.2g/m2 を下回ると、鋼板表面の凹凸を接着層で充填することができなくなり、接着力が低下するのみならず積層方向の熱伝導率も劣化する。また、嫌気性接着剤の塗布量が両面あたり15g/m2 を上回ると、溶接コア等に比較して積層方向の熱伝導率が劣るのみならず、占積率が劣化してコアの鉄損特性を損なう。
【0015】
さらに、絶縁コーティングが施されていない電磁鋼板、リン酸塩を含有する絶縁コーティングが施された電磁鋼板を用いることにより、積層強度を犠牲にすることなくコア積層方向の熱伝導率を改善することができる。
その他の絶縁皮膜が施された電磁鋼板の場合は、嫌気性接着剤用効果促進剤を併用することにより、積層強度を犠牲にすることなくコア積層方向の熱伝導率を改善することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、コアの積層方向の熱伝導率が改善されるため、コアの抜熱性が高くなり、モータ等の高出力化に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】嫌気性接着剤による接着強度を評価するための試験片形状を説明するための図である。
【図2】リン酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板積層コアの熱伝導率の積層方法依存性を示す図である。
【図3】絶縁皮膜のない電磁鋼板積層コアおよびクロム酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板積層コアの熱伝導率の積層方法依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
嫌気性接着剤とは、酸素のない条件下でFe等の金属イオンを触媒として硬化する接着剤であり、一般には溶剤を含まず、ねじのゆるみ止めや嵌合部の接着等の用途に用いられる。
嫌気性接着剤は、溶剤を含まないため硬化に際しガスを発生せず、接着層内に気泡が生ずるおそれがない。また、接着層厚さが薄い方が接着強度が得られると言われる。さらに、嫌気性条件下で硬化するため、積層した鋼板内部もきちんと接着することができる。
以上のことから、発明者らは、(a)積層鋼板間に間隙を生じること無く、(b)ミクロンオーダーの接着層厚さで鋼板を十分な接着でき、(c)積層コアの積層方向の熱伝導性が改善できると考えた。そして、これらの予想を以下の手順により確認した。
【0019】
まず、2枚の10cm×10cmの電磁鋼板を両面あたり2g/m2 の嫌気性接着剤で貼り合わせ、硬化した後、断面の接着状況を観察したところ、予想通り気泡のない全面接着状態になっていることが判明した。
【0020】
嫌気性接着剤は硬化に際し、金属イオンの存在が必要と言われている。一方、電磁鋼板は表面に絶縁皮膜が施されているのが通例である。したがって、絶縁皮膜付き電磁鋼板を嫌気性接着剤で接着した場合、接着できない可能性がある。
【0021】
そこで、接着強度の絶縁皮膜依存性を調査した。絶縁皮膜を施さない電磁鋼板A、特許文献6等に記載されたクロム酸塩を主体とする絶縁皮膜を施した電磁鋼板B、特許文献7等に記載されたリン酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板C、の3種類の電磁鋼板を用意し、嫌気性接着剤により第1図に示すような接着試験片(接着層厚さ2μm)を作成し、引っ張り試験により接着強度を測定した。
【0022】
接着にあたっては、嫌気性接着剤のみを用いた場合と、接着剤塗布の前に銅塩と脂肪族アミンを主成分とする嫌気性接着剤用硬化促進剤をあらかじめ塗布乾燥した後嫌気性接着剤により接着した場合の、二つの場合を評価した。
【0023】
第1表に示すように、リン酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板は絶縁皮膜の無い電磁鋼板と概略同程度の接着強度が得られた。すなわち、リン酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板は、硬化促進剤を用いることなしに嫌気性接着剤による接着ができる利点があるといえる。クロム酸塩を主体とする絶縁皮膜の場合でも、硬化促進剤を併用すれば十分な接着強度が得られる。
【0024】
【表1】

【0025】
リン酸塩を主体とする絶縁皮膜の場合に効果促進剤が不要となる理由は定かではない。おそらく、皮膜形成時にリン酸塩と鋼板とが反応し、皮膜中にリン酸鉄化合物のようなものが含有されているのではないかと想像され、リン酸鉄化合物が効果促進の作用を有するのではないかと思われる。
【0026】
次に、嫌気性接着剤による積層方向の熱伝導率改善効果の確認であるが、これは実施例で説明する。
【実施例】
【0027】
(実施例1)
リン酸塩を主体とする絶縁皮膜を形成させたJIS規格35A300の電磁鋼板を用意した。前者の電磁鋼板より、かしめ積層したコア、溶接積層したコア、嫌気性接着剤により積層接着したコア、接着コートを塗布し加圧積層接着したコア、を作成した。
嫌気性接着剤による接着コアの場合は、嫌気性接着剤の塗布量を両面あたり0.15〜25g/m2 の範囲で変更したものを用意した。接着コートによる接着コアの場合は、接着コートの塗布量を2〜20g/m2 の範囲で変更したものを用意した。コアの熱伝導率測定には、積層コアにおける鋼板積層方向と鋼板面内方向の双方が評価できるホットディスク法を用いた。
【0028】
第2図は上記の実験によって得られた結果である。同図より、まず以下のことが読み取れる。
積層コアでは、積層方向の熱伝導率は面内方向の熱伝導率に比較して劣る。面内方向熱伝導率は積層方法にあまりよらないか、または嫌気性接着剤および接着コートによる接着層の増加と共にわずかに減少する。
積層方向熱伝導率は接着層の減少と共に増大するが、接着層が極端に少ない場合(両面あたり0.2g/m2 未満)は再び劣化する。接着剤の量が極めて少なくなると、鋼板の凹凸を接着剤で埋め尽くして空隙のない接着層を作ることが困難になることが原因と思われる。同一接着剤使用量で比較すると、嫌気性接着剤の方が接着コートより積層方向熱伝導率が大きい。
【0029】
溶接コアとの比較を行うことにより、以下のことが読み取れる。
接着コートによるコアでは、溶接コアより良好な積層方向熱伝導率を得るには、接着コートの塗布量を両面あたり8g/m2 以下にする必要があるが、この領域では一般に接着力が減少し、熱伝導率改善とコア強度を両立させることが難しい。
これに対し、嫌気性接着剤による接着の場合は、接着剤の両面あたり塗布量15g/m2 以下で溶接コアより改善が認められ、かつ先述べたように、少なくとも接着剤塗布量2g/m2 でも十分な接着強度を有する。
【0030】
したがって、嫌気性接着剤による接着コアは、接着強度と高い積層方向熱伝導率を満足できる。接着コートによる接着積層が嫌気性接着剤による接着積層に比べて積層方向の熱伝導率が劣る理由は、接着コートの接着層内に空隙が残存していることによることに起因するものと推察される。
第2図は、嫌気性接着剤の塗布量が両面で0.2g/m2 未満になると、溶接コアよりも積層方向熱伝導率が劣化することも示している。なお、嫌気性接着剤の硬化後の密度は1.1程度であり、両面あたり塗布量15g/m2 は接着層厚さ15μmに相当する。
【0031】
(実施例2)
絶縁皮膜のないJIS規格35A300の電磁鋼板およびクロム酸塩を主体とする絶縁皮膜が施されたJIS規格35A300の電磁鋼板を用意し、前者の鋼板からはそのまま嫌気性接着剤により積層接着したコアを、後者の鋼板からは銅塩と脂肪族アミンを主成分とする嫌気性接着剤用硬化促進剤をあらかじめ塗布乾燥した後嫌気性接着剤により積層接着したコアを作成した。いずれの場合も、嫌気性接着剤の塗布量を両面あたり2〜25g/m2 の範囲で変更した。
比較のためのコアには、クロム酸塩を主体とする絶縁皮膜が施されたJIS規格35A300の電磁鋼板から作成した溶接コアを用いた。
コアの熱伝導率測定には、積層コアにおける鋼板積層方向と鋼板面内方向の双方が評価できるホットディスク法を用いた。
【0032】
第3図は上記の実験によって得られた結果である。同図より、絶縁皮膜の無い電磁鋼板およびにクロム酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板の場合も、接着剤塗布量15g/m2 以下の嫌気性接着剤を用いた接着積層により、積層方向の熱伝導率に優れたコアが得られることがわかる。また、クロム酸塩を主体とする絶縁皮膜が施された電磁鋼板の場合は、接着前の嫌気性接着剤用硬化促進剤の塗布乾燥により、十分な接着強度が得られることは前に述べたとおりである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2μm以上15μm以下の接着層を介して空隙を生ずることなく電磁鋼板が積層固定されたことを特徴とする、良好な熱伝導性を有する積層コア。
【請求項2】
嫌気性接着剤を用いて接着層を空隙の無い接着層を形成したことを特徴とする、請求項1に記載の良好な熱伝導性を有する積層コア。
【請求項3】
嫌気性接着剤を、電磁鋼板に片面あたり0.1g/m2 以上7.5g/m2 以下で両面塗布、もしくは電磁鋼板に片面あたり0.2g/m2 以上15g/m2 以下で片面塗布し、電磁鋼板を接着積層することを特徴とする、良好な熱伝導性を有する積層コアの製造方法。
【請求項4】
絶縁コーティングが施されていない電磁鋼板を用いることを特徴とする、請求項3に記載の良好な熱伝導性を有する積層コアの製造方法。
【請求項5】
リン酸塩を含有する絶縁コーティングが施された電磁鋼板を用いることを特徴とする、請求項3に記載の良好な熱伝導性を有する積層コアの製造方法。
【請求項6】
嫌気性接着剤用効果促進剤をあらかじめ塗布乾燥した後、嫌気性接着剤を用いて電磁鋼板を接着積層することを特徴とする、請求項3に記載の良好な熱伝導性を有する積層コアの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−23523(P2011−23523A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−166903(P2009−166903)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】