説明

芯鞘複合型熱接着繊維

【課題】紡糸後の延伸工程や後の整経、製織時などにおいて、糸切れ、毛羽、白粉などが発生し難く、さらに使用する温度域に関わらず優れた寸法安定性を発揮し、併せて接着強力や強力低下の少ないポリエステル系熱接着繊維を提供する。
【解決手段】アルキレンテレフタレート単位を主体とする融点220℃以上のポリエステルAと、共重合成分として1,4ブタンジオールを含むと共に融点がポリエステルAより30℃以上低いポリエステルBとからなり、ポリエステルAを芯部にポリエステルBを鞘部に配した芯鞘型複合繊維であって、芯部と鞘部との質量比率(芯:鞘)が40:60〜80:20であり、かつ膨潤度40%以下の脂肪酸エステル系油剤が繊維質量に対し0.3〜1.5質量%付与されている芯鞘複合型熱接着繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維の接着に好適なポリエステル系熱接着繊維に関するものである。詳しくは、繊維に付与すべき油剤が特定されたポリエステル系熱接着繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル系熱接着繊維としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)を芯成分とし、イソフタル酸成分を共重合体したPET系共重合体を鞘成分とした繊維が数多く提案され、広く使用されている。
【0003】
しかしながら、イソフタル酸共重合PETは、明確な融点を示さないため、ガラス転移点以上の温度で軟化が始まる。そのため、繊維製造時に熱固定することが難しく、後の工程で繊維が収縮するため、寸法安定性の悪化や繊維の軟化による接着強力の低下といったことが起こりうる。
【0004】
そこで、製造時、繊維を3000〜5000m/分以下の速さで引き取り、配向結晶化させたポリエステル系低収縮熱接着繊維が提案されている。この繊維では、かかる配向結晶化により芯部の収縮率が低く抑えられているため、繊維の収縮に伴う接着繊維の局在化を抑制することができる。このため、接着点の減少による接着強力の低下などを改善する効果が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3275974号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、熱接着繊維には、ポリマーの分子構造がルーズであるという側面がある。このため、熱接着繊維は、一般に紡糸油剤の影響を受けやすく、紡糸後の延伸工程や後の整経、製織時などに、ヒーターの汚れやガイドを通過する際の摩擦などによって、糸条が毛羽立つ、白粉が発生するといったことが起こりうる。
【0007】
ポリエステル系織編用原糸に付与する油剤としては、一般に鉱物油、ポリエーテルなどを主成分とし、これに調整剤などを添加したものなどがよく知られている。しかし、熱接着性繊維に対して好適とされる油剤については不明な点が多く、このため、上記した毛羽、白粉の発生といった諸問題を解決するには至っていないのが実情である。
【0008】
本発明は、上記問題を解決し、紡糸後の延伸工程や後の整経、製織時などにおいて、糸切れ、毛羽、白粉などが発生し難く、さらに使用する温度域に関わらず優れた寸法安定性を発揮し、併せて接着強力や強力低下の少ない、新規なポリエステル系熱接着繊維を提供することを技術的な課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、本発明をなすに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、アルキレンテレフタレート単位を主体とする融点220℃以上のポリエステルAと、共重合成分として1,4ブタンジオールを含むと共に融点がポリエステルAより30℃以上低いポリエステルBとからなり、ポリエステルAを芯部にポリエステルBを鞘部に配した芯鞘型複合繊維であって、芯部と鞘部との質量比率(芯:鞘)が40:60〜80:20であり、かつ膨潤度40%以下の脂肪酸エステル系油剤が繊維質量に対し0.3〜1.5質量%付与されていることを特徴とする芯鞘複合型熱接着繊維を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の熱接着繊維は、紡糸後の延伸工程や後の整経、製織時などにおいて、ヒーターの汚れやガイド通過時の摩擦を受けても、繊維が毛羽立つ、白粉が発生するといったことが起こり難い。そして、本発明の熱接着繊維は、使用する温度域に関わらず優れた寸法安定性を発揮し、接着強力や強力低下も少ない。このため、本発明の熱接着繊維は、フィルター用途、産業資材用途などに広く使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明における油剤の膨潤度を測定する際に用いる強伸度曲線の一例を示す概略模式図である。
【図2】本発明において好ましく採用できる延伸工程の一例を示す概略模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
本発明の芯鞘複合型熱接着繊維は、二種類のポリエステルA、Bからなるものであり、一方の成分たるポリエステルAとしては、アルキレンテレフタレート単位を主体とする融点220℃以上のポリエステルを採用する。
【0015】
ポリエステルAの融点が220℃未満になると、熱接着性繊維を安定して製造することが困難となるばかりでなく、得られる熱接着繊維を例えば織編物などの構造物に適用した場合に、熱処理しても所望の寸法安定性が得られない。
【0016】
ポリアルキレンテレフタレートの具体例としては、PETやポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)があげられ、これらを単独、もしくはブレンド、又は共重合して用いることができる。
【0017】
そして、かかるポリエステルAには、本発明の効果を損ねない範囲であれば、共重合成分として、イソフタル酸、5−ナトリウムスルホイソフタル酸、無水フタル酸、ナフタレンギカルボン酸などを共重合させてもよく、さらに、酸化防止剤、艶消し剤、着色剤などの添加剤を含有させてもよい。
【0018】
一方、ポリエステルBとしては、融点がポリエステルAより30℃以上低い必要がある。ポリエステルAとの融点の差が30℃未満であると、ポリエステルBを溶融させる際の熱処理温度を高くしなければならなくなり、結果、ポリエステルAの劣化が進み、接着強力が低下してしまう。ポリエステルBの融点としては、特に130〜200℃であってポリエステルAより30℃以上低いことが好ましい。他方、ガラス転移点としては20〜80℃、結晶開始温度としては90〜130℃がそれぞれ好ましい。
【0019】
さらに、ポリエステルBには、共重合成分として1,4ブタンジオールが含まれている必要がある。特に、テレフタル酸成分、脂肪族ラクトン成分、エチレングリコール成分及び1,4−ブタンジオール成分からなる共重合ポリエステルは、比較的結晶化速度が速いため、紡糸時や熱接着加工後の冷却の面から、ポリエステルBとして好適である。
【0020】
そして、ポリエステルBにおいても、本発明の効果を損ねない範囲であれば、各種共重合成分及び各種添加剤を含有させてもよい。
【0021】
本発明の熱接着繊維は、このように二種類のポリエステルからなり、繊維中ではこれらが芯鞘型に配されている。具体的には、ポリエステルAが芯部に、ポリエステルBが鞘部に配され、両者の質量比率(芯:鞘)は、40:60〜80:20であることを要し、50:50〜70:30の範囲が好ましい。ここで、芯部の比率が上記範囲を下回ると、乾熱処理後の繊維強度が低下し、得られる繊維構造物の耐久性が低下するばかりか、各工程で白粉が多く発生しやすくなる。一方、上記範囲を上回ると、繊維の熱接着性が乏しくなり、得られる繊維構造物の接着強度が低下する。
【0022】
次に、本発明の熱接着繊維を製造する方法について一例を示す。
【0023】
本発明の芯鞘複合型熱接着繊維は、基本的に溶融紡糸法により得ることができる。すなわち、通常の複合紡糸装置を用いて、通常の複合繊維の製法に準じて製造すればよい。
【0024】
具体的には、芯鞘形状となるように設計された複合紡糸口金より溶融ポリマーを吐出し、冷却装置で冷却固化して繊維となした後、オイリングローラを備えたオイリング装置により油剤を付与する。その後、集束ガイドで繊維を集束し、途中で交絡を付与するなどして糸条となす。そして、糸条に対し2段目のオイリング装置で再び油剤を付与し、引取ローラを介しつつ捲取装置により引取速度2500〜3500m/分で糸条を捲き取る。
【0025】
ここで、延伸については、紡糸した糸条を一旦捲き取った後、延伸機に供給してもよいし、紡糸に引続き、延伸ローラを介して直接的に延伸してから捲き取ってもよい。
【0026】
また、油剤の付与方法については、1、2段目とも特に限定されるものでなく、ローラ式給油方式、スリットガイド式給油方式など公知法に準じた方法が採用できる。ただし、本発明では油剤自身の選定が重要であり、膨潤度が特定範囲に調整された油剤を使用する必要がある。
【0027】
この点、例えば、油剤の膨潤度を低くできる油剤成分として、HLB値の低いもの、すなわち親水親油バランスで親油性に優れたものがあげられる。具体的には、主成分として用いられるものとして、オクチルパルミテート、トリメチロールプロパントリラウリレート、オレイルラウリルチオジプロピオネートなどがあげられる。
【0028】
一方、膨潤度を高くできる成分として、例えば、プロピレンオキシドとエチレンオキシドとの共重合物やポリオキシエチレンを含んだノニオン系界面活性剤及びアニオン系界面活性剤を多く含んだ成分などがあげられる。
【0029】
油剤の膨潤度を測定するには、溶媒によって溶質が膨潤するのを利用し、その膨らみ度合を調べれば、一般に測定は可能である。しかしながら、繊維の場合、膨らみ度合の測定は難しく、誤差が大きい。そこで、本発明では、未延伸糸の強伸度を測定することで油剤の膨潤度を求める。
【0030】
具体的には、油剤の付着量が0.05%以下(油剤を付与しない場合を含む)である未延伸糸(以下、無油剤未延伸糸という)を用意し、これに測定すべき油剤を付与する。付与量は、糸条に対し純分換算で25質量%とする。例えば、油剤原液中に糸条を浸漬させれば、所定量の油剤を糸条に付与できる。その後、糸条を空気中に5日間放置する(以下、これを油剤付着糸という)。そして、オリエンテック社製テンシロンUTM−4−100型を用いて、試料長100mm、引張速度100mm/分なる条件で無油剤未延伸糸及び油剤付着糸をそれぞれ引張り、これらの強伸度曲線を同一チャート上に取る。図1は、両者の強伸度曲線を例示するものであり、これら2曲線から自然延伸域の最低応力(強度)を求め、下記式(1)に基づき油剤の膨潤度を算出する。
【0031】
膨潤度(%)=((A−B)/A)×100・・・(1)
ただし、
A:無油剤未延伸糸の自然延伸域最低応力(cN/dtex)
B:無油剤未延伸糸に油剤原液を純分換算で25質量%付着させ、5日間放置後における自然延伸域最低応力(cN/dtex)
【0032】
本発明では、油剤の膨潤度が40%以下である必要がある。膨潤度が40%を超えると、繊維の内部構造が侵されて、糸条が著しく強度低下する。そうすると、紡糸後の延伸工程や後の整経、製織時などに、ヒーター汚れやガイドを通過する際の摩擦などによって、糸条が毛羽立つ、白粉が発生するといったことが起こりうる。
【0033】
そして、かかる油剤の付着量としては、紡糸・製織時の操業性の観点から、繊維質量に対し0.3〜1.5質量%付着させる必要があり、0.5〜1.3質量%がより好ましい。油剤の付着量が0.3質量%未満であると、繊維を保護する効果が減り、紡糸・製織の際に受ける摩擦により毛羽や糸切れなどが発生する。一方、1.5質量%以上を超えると、各工程の糸道、ヒーターなどに油剤が付着し、製糸性、製織性が低下するばかりか、時間が経つにつれ付着した油剤が固化し、毛羽立ち、糸切れ、白粉の発生といったトラブルの要因となる。
【0034】
油剤の付着量は、得られた糸条を2g採取し、エタノールで油剤を抽出した後、エタノールを蒸発乾固させて質量を測定し(これをW2とする)、下記式(2)に基づき算出する。
【0035】
油剤付着量(%)=(W2/2)×100・・・(2)
【実施例】
【0036】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、各特性値の評価は下記に準じた。
【0037】
(1)融点
パーキンエルマー社製の示差走査熱量計DSC−2型を使用し、昇温速度20℃/分で測定した。共重合ポリエステルのように融点が明確に測定できない場合は、軟化点を測定した。
(2)操業性
ヒーター汚れとパッケージ欠点率とにより下記3段階で評価した。すなわち、得られた未延伸糸を12パッケージ用意し、これらを図2に示す延伸工程に投入し、24時間延伸した。次に、各錘のヒーター汚れを目視判断すると共に、2kg捲きパッケージにおいて毛羽、ループ、キズなどの不良箇所を数え、不良箇所の多いものを不良パッケージと認定し、下記(3)式に基づきパッケージの欠点率を算出した。なお、ヒーター汚れとパッケージ欠点率で評価が異なる場合は低い側の評価を採用した。
パッケージ欠点率(%)=(不良パッケージ数/総パッケージ数)×100・・・(3)
○:ヒーター汚れ無し、パッケージ欠点率1%未満
△:ヒーターやや汚れ有り、パッケージ欠点率3%未満
×:ヒーター汚れが激しく、パッケージ欠点率3%以上
(3)白粉の発生状態
部分整経機を用いて、得られた延伸糸を120万m整経し、白粉の発生状態を下記3段階で目視判断した。
○:白粉の発生なし
△:白粉の発生やや有り
×:白粉の発生多い
(4)接着強力
得られた延伸糸を用いて、経糸密度97本/2.54cm、緯糸密度95本/2.54cmの平織物となし、得られた織物を2枚重ねて200℃で熱接着した。次に、これを経100mm、緯15mmの短冊状に切断し、テンシロン測定機を用いて簡便法により接着強力を測定した。
【0038】
(実施例1)
ポリエステルAとして融点256℃、極限粘度0.61のPETを用い、ポリエステルBとして1,4ブタンジオールを50モル%共重合させた極限粘度0.78、融点181℃、ガラス転移点48℃の結晶性共重合PETを用いた。そして、ポリエステルAを芯部に、ポリエステルBを鞘部に配し、芯鞘形状となるように設計された細孔24個を有する複合紡糸口金を備えた公知の複合紡糸装置へ両者を投入し、紡糸温度285℃、芯鞘質量比率(芯:鞘)50:50、総吐出量44g/分なる条件で紡出した。次いで、これを冷却し、ローラ給油方式により油剤を付与しつつ3000m/分で捲き取り、146dtex/24fの未延伸糸となした。なお、このとき、油剤として表1中のA欄に示す組成の水エマルジョンを使用し、これを糸条に0.5質量%付着させた。
【0039】
次に、巻き取った未延伸糸を図2に示す工程に基づき延伸した。まず、得られた未延伸糸Yを供給ローラ2に導き、70℃の加熱ローラ3を介して、135℃のヒートプレート4で熱処理し、その後、延伸ローラ5で1.88倍に延伸し、延伸速度360m/分で巻取って81dtex/24fの延伸糸7となした。
【0040】
(実施例2)
芯鞘質量比率(芯:鞘)を80:20に変更した以外は、実施例1と同様に行い、延伸糸を得た。
【0041】
(比較例1)
ポリエステルBとして、イソフタル酸を25モル%、テレフタル酸を75モル%、エチレングリコールを100モル%共重合させた融点185℃の共重合ポリエステルを適用した以外、実施例1と同様に行い、延伸糸を得た。
【0042】
(比較例2〜8)
芯鞘質量比、油剤組成、油剤付着量を表2に基づいて変更したこと以外は、実施例1と同様に行い、延伸糸を得た。なお、表1に具体的な油剤組成を示す。
【0043】
表2から明らかなように、実施例記載の熱接着繊維は、接着強度に優れ、操業性も良好であり、また、白粉の発生も少ないものであった。
【0044】
一方、比較例1については、鞘部に配されたポリエステルが共重合成分として1,4ブタンジオールを含まないため、実施例の場合と比べ操業性に劣り、白粉の発生も見られた。比較例2の場合は、芯部の質量比率が低すぎたため、白紛が多く発生した。比較例3の場合は、芯部の質量比率が高すぎたため、接着強度に劣る結果となった。さらに、比較例4の場合は、油剤の付着量が少なすぎたため、延伸時のヒーター汚れは認められなかったものの、パッケージの欠点率が高くなってしまった。一方、比較例5は逆に油剤の付着量が多すぎたため、延伸時のヒーター汚れが著しく、白粉の発生も見られた。そして、比較例6〜8では、膨潤度の高い油剤を使用しているため、操業性に劣る結果となった。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【符号の説明】
【0047】
A 無油剤未延伸糸の自然延伸域最低応力(cN/dtex)
B 無油剤未延伸糸に油剤原液を純分換算で25質量%付着させ、5日間放置後における自然延伸域最低応力(cN/dtex)
Y 未延伸糸
1 パッケージ
2 供給ローラ
3 加熱ローラ
4 ヒートプレート
5 延伸ローラ
6 リング
7 延伸糸


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキレンテレフタレート単位を主体とする融点220℃以上のポリエステルAと、共重合成分として1,4ブタンジオールを含むと共に融点がポリエステルAより30℃以上低いポリエステルBとからなり、ポリエステルAを芯部にポリエステルBを鞘部に配した芯鞘型複合繊維であって、芯部と鞘部との質量比率(芯:鞘)が40:60〜80:20であり、かつ膨潤度40%以下の脂肪酸エステル系油剤が繊維質量に対し0.3〜1.5質量%付与されていることを特徴とする芯鞘複合型熱接着繊維。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−229581(P2010−229581A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−76387(P2009−76387)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000228073)日本エステル株式会社 (273)
【Fターム(参考)】