説明

芽胞フリーセリシンおよびその製造方法

【課題】 セリシン水溶液の変質の問題を解決する技術を見出し、安定にセリシンを含有する組成物等を提供すること。
【解決手段】 重量平均分子量が3,000ないし200,000の範囲となるまで加水分解したセリシンを、孔径0.1ないし1μmのフィルターで濾過することにより得られる芽胞フリーセリシンおよびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芽胞フリーセリシンに関し、更に詳細には、蚕の飼料より混入する植物起源の芽胞菌の芽胞が除去され、例え水溶液の状態でも極めて変質しにくい芽胞フリーセリシンおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繭は、絹糸となるフィブロインとその表面を覆っているセリシンの2種のたんぱく質から構成される。2種のたんぱく質の割合は、蚕の品種や個体によって相違があるが、およそセリシンが25〜30%、フィブロインが70〜75%である。フィブロインを構成する主なアミノ酸は、グリシン(46.2%)、アラニン(29.5%)、セリン(11.3%)などであり、セリシンを構成する主なアミノ酸は、セリン(33.4%)、グリシン(13.5%)、スレオニン(9.7%)などである。また、セリシンは、セリシンI、II、III、IVの4分画からなる、層状構造を持っている。この4層のセリシンには、極端なアミノ酸組成の違いはなく、膨潤、溶解性の違いは分子の形や並び方によるものであることが分かっている。
【0003】
従来よりセリシンは、保湿性、抗酸化作用、紫外線吸収作用、チロシナーゼ阻害作用などを有することから、化粧品への応用など新規機能性素材として着目されており、実際にこれを含む化粧品も上市されている(特許文献1、2等)。
【0004】
しかしながら、セリシンは変質しやすいという問題があり、実際の利用の上では大きな問題となっていた。このため、紫外線やγ線を照射した粉末状態のセリシンも報告されているが(特許文献3)、水溶液の状態のセリシンに対しては効果がなく、セリシンの変質を防止し、長期間にわたって安定に保持できるための技術の開発が求められていた。
【特許文献1】特開2001−354584
【特許文献2】特開2002− 80498
【特許文献3】特開2003−311213
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って本発明の課題は、セリシン水溶液の変質の問題を解決する技術を見出し、安定にセリシンを含有する組成物等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、セリシン水溶液の変質の原因について、種々検討を行っていたところ、繭に存在する、耐熱性のある植物由来の芽胞菌の芽胞がその原因であることを知った。
【0007】
そして、この芽胞菌を除去すべく種々研究を行ったが、芽胞菌の芽胞は紫外線やγ線による照射や、煮沸を行っても滅菌ができず、新たな技術開発が必要であることを知った。
【0008】
そこで更にこの芽胞菌の芽胞の除去手段について研究を進めた結果、原料であるセリシンを所定の分子量範囲まで加水分解を行い、その後に特定のフィルターで除去すれば、芽胞菌の芽胞とセリシンが分離可能であり、実質的に芽胞を含まないセリシンが得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は、重量平均分子量が3,000ないし200,000の範囲となるまで加水分解したセリシンを孔径0.1ないし1μmのフィルターで濾過することにより得られる芽胞フリーセリシンである。
【0010】
また本発明は、原料セリシンをその重量平均分子量が3,000ないし200,000の範囲となるまで加水分解し、次いで孔径0.1ないし1μmのフィルターで濾過することを特徴とする芽胞フリーセリシンの製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、芽胞菌の芽胞を含まないセリシンが得られる。そしてこのものは溶液状態で保存しても芽胞菌を原因とする変質が生じないので、種々の組成物、例えば液状の化粧品や医薬部外品等において有利に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の芽胞フリーセリシンの原料であるセリシンは、前記のように絹糸となるフィブロインの表面を覆っているたんぱく質である。このセリシンは、繭の主要たんぱく質であり、絹糸を採取する際の副生成物として得ることができるものである。具体的には、繭に熱水等を作用させることで、抽出されるものである。この抽出の際、抽出条件を適切に選択することにより、セリシンは所定の範囲の分子量を有する加水分解物として得ることができる。
【0013】
本発明の芽胞フリーセリシンの原料となるセリシンは、上記のように加水分解されて抽出されるセリシンのうち、その重量平均分子量が3,000ないし200,000のものであり、好ましくは、5,000ないし30,000のものである。
【0014】
このようなセリシン加水分解物は、例えば、抽出溶媒とし130℃の蒸留水を用いた場合は、1ないし2時間程度の処理に得られるものであり、また、pH9程度の130℃の炭酸ナトリウム水溶液を用いた場合は、1ないし2時間程度の処理により得られるものである。
【0015】
上記のようにして得られたセリシン加水分解物から、芽胞菌の芽胞を除去するには、その孔径(ポアサイズ)が0.1ないし1μm程度の範囲のフィルター、特に0.22μm程度のフィルターで加圧濾過すればよい。この加圧濾過は、例えば、加圧タンク式濾過システム等の濾過装置を用い、0.1ないし0.34MPa程度の圧力をかけながら行えばよい。
【0016】
セリシン変質の原因であった植物起源の芽胞菌は、芽胞(胞子)を形成して増殖するため、加熱や、紫外線、γ線の照射によっても完全に排除することはできなかったが、上記の濾過によりはじめてその除去が可能となったのである。なお、本発明の芽胞菌とは、有芽胞菌あるいは芽胞形成菌とも呼ばれる芽胞を形成する細菌を意味し、アンフィバシラス属、バシラス属、クロストリジウム属、スポロサルシナ属などに属する細菌を含むものである。
【実施例】
【0017】
次に実施例および参考例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制約されるものではない。
【0018】
参 考 例 1
(1)セリシンの抽出:
「ぐんま200」の繭から蛹を取り出し、内側の膜をはがし、容器に繭2gと蒸留水またはpH9の炭酸ナトリウム水溶液200gを入れ一晩放置し、赤外線加熱式回転ポット染色機を用いて抽出温度100〜130℃、抽出時間1時間または2時間で抽出した。抽出液を15000g(重力加速度)で20分間遠心分離後、凍結乾燥法によりセリシンを回収した。
【0019】
(2)セリシンの分子量測定:
上記(1)で回収したセリシンを0.05%水溶液とし、島津prominenceシリーズGPC分析装置を用いその分子量を測定した。カラムとしては、Shodex KW−802+Tosoh G3000SWXLカラムを用い、試料打ち込み2μl、移動相としてりん酸緩衝液(pH6.9)、流速0.6ml/min、カラム温度30℃の条件で、UV検出器(波長220nm)を用いてセリシンを検出し、その重量平均分子量および数平均分子量を調べた。蒸留水を用いた場合の結果を表1に、pH9の炭酸ナトリウム水溶液を用いた場合の結果を表2にそれぞれ示す。
【0020】
【表1】

【0021】
【表2】

【0022】
上記の結果から、抽出温度の上昇に伴い、セリシンの重量平均分子量は減少し、また、同じ温度においては、抽出時間が増加するとセリシンの重量平均分子量は減少した。さらに、抽出温度が10℃上昇し、抽出時間が1時間減少すると、非常に近い分子量のセリシンが得られると考えられる。
また、各抽出時間における蒸留水とpH9炭酸ナトリウム水溶液を用いたときのセリシンの重量平均分子量は、同じ抽出条件ではあまり差はなかった。
以上より、セリシンの抽出において、抽出温度、抽出時間は、セリシンの収率及び分子量に影響を及ぼすことが分かったが、抽出溶媒のpHは、抽出セリシンにあまり影響を及ぼさないと考えられる。
【0023】
(3)セリシンのアミノ酸分析
上記(1)で得られたセリシンの一部を水溶液とし、分画分子量1000の透析膜を用いて透析後、再び凍結乾燥した。透析を行っていないセリシンと透析を行ったセリシンを6M無鉄塩酸中、110℃で22時間加水分解し、島津prominenceシリーズアミノ酸分析装置を用い、Na迅速型カラム(Shim−pack Amino−Na)、流速0.6ml/min、カラム温度60℃、ポストカラム蛍光検出器により分析を行った。この結果を表3に示す。
【0024】
【表3】

【0025】
アミノ酸分析の結果、110℃で1時間加水分解したものも、130℃で2時間加水分解したものも、セリシンのアミノ酸組成に大きな相違は見られなかった。また同じ抽出条件のセリシンにおいて、透析を行ったものと行っていないものを比較してもアミノ酸組成に変化はなかった。したがって、抽出条件によってセリシンのアミノ酸組成は変化せず、また分子量1000以下の部分を取り除いてもアミノ酸組成に変化がなかったことから、抽出時の加水分解において優先的に分解が起こる場所はなく、分子はランダムに切断されていると考えられる。
【0026】
実 施 例 1
(1)芽胞の除去
群馬県産繭「ぐんま200」から蛹を取り出し、赤外線加熱式回転ポット染色試験機を用いて、抽出温度130℃、抽出時間90分でセリシンの抽出を行った。抽出したセリシン溶液を、ポアサイズ0.22μmのフィルターで減圧濾過し、芽胞菌の除去を試みた。また、ポアサイズ5μm、0.45μm、0.22μmのメンブレンフィルターによる段階的加圧濾過による芽胞の除去も検討した。なお、芽胞の有無は、抽出したセリシン溶液の濾過前後の溶液を、培地に塗布し、37℃で一晩培養した後の芽胞菌の生菌数を測定することにより判断した。使用した培地の組成は以下の通りである。
【0027】
< 培地組成 >
ビーフ・エクストラクト(Difco社製) 3g
バクト・ペプトン(Difco社製) 5g
アガー(ワコーケミカル社製) 15g
精製水 1000ml
【0028】
上記の結果、ポアサイズ0.22μmのフィルターで減圧濾過したセリシン抽出液は、室温で放置しても腐敗の現象は認められず、0.22μmのフィルターが芽胞菌の芽胞の除去に有効であることが認められた。また、フィルターサイズを段階的に細かくし濾過が行なえる加圧濾過装置を用いた試験の結果でも、0.22μmのフィルターでセリシン抽出液をすべてを通過させることができ、芽胞を除去できることが明らかとなった。
【0029】
セリシン抽出液を、滅菌用フィルター(ADVANTEC社製 DISMIC−25)を用い、0.3MPa程度の圧力で加圧濾過した場合の濾過前後のセリシン溶液について1mlあたりの生菌数について測定した結果を表4に示す。また、濾過をしないセリシンを培養した状態の写真を図1に、濾過をしたセリシンを培養した場合の写真を図2示す。
【0030】
【表4】

【0031】
この結果から、本発明方法により実質的に芽胞菌の芽胞が除去されたセリシン水溶液が得られることが明らかとなった。
【0032】
実 施 例 2
参考例1の、抽出温度100℃、抽出時間1時間の条件で抽出(加水分解)したセリシンについて、実施例1と同様にポアサイズ0.22μmのフィルターで加圧濾過した後の芽胞の有無を調べたところ、芽胞菌のコロニーは観察されなかった。
【0033】
この結果、セリシンの平均重量分子量を100,000以下とした場合、上記ポアサイズのフィルターの使用により、芽胞が除去可能であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の芽胞フリーセリシン溶液には、セリシン(セリシン加水分解物)は含まれるが芽胞菌の芽胞は含まれていないため、溶液状態で保存しても芽胞菌による変質は生じない。従って、本発明の芽胞フリーセリシンは、従来困難とされていた液状のセリシンとして提供することが可能となり、広く化粧料、医薬部外品等の配合成分として有利に利用することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】濾過処理を行わなかったセリシンの微生物の発生状況を示す写真。
【図2】濾過処理をしたセリシンの微生物の発生状況を示す写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量が3,000ないし200,000の範囲となるまで加水分解したセリシンを孔径0.1ないし1μmのフィルターで濾過することにより得られる芽胞フリーセリシン。
【請求項2】
フィルター濾過を、0.1ないし0.34MPaの加圧濾過で行うことにより得られる請求項1記載の芽胞フリーセリシン。
【請求項3】
溶液1mlあたりの生菌数が10個以下である請求項1または2記載の芽胞フリーセリシン。
【請求項4】
原料セリシンを、その重量平均分子量が3,000ないし200,000の範囲となるまで加水分解し、次いで孔径0.1ないし1μmのフィルターで濾過することを特徴とする芽胞フリーセリシンの製造方法。
【請求項5】
フィルター濾過を、0.1ないし0.34MPaの加圧濾過で行う請求項4記載の芽胞フリーセリシンの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−91308(P2009−91308A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−264396(P2007−264396)
【出願日】平成19年10月10日(2007.10.10)
【出願人】(500228997)株式会社矢野 (1)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】