説明

荷電粒子線用収差補正レンズ

【課題】大きな収差係数を有する軸対称レンズの球面収差を打ち消す球面収差補正レンズ系および球面収差ゼロの軸対称プローブ形成レンズを提供する。
【解決手段】荷電粒子光学レンズ系は、4段の四極子レンズと、3つの開口電極から構成される。八極子レンズ作用を誘起する開口電極は、1段目と2段の間、2段目と3段目の間および3段目と4段目の間に配置する。四極子レンズの励起制御は、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように作動させ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の四極子レンズの間で一度光軸に交差し、かつ、荷電粒子レンズ系が軸対称レンズ条件を満たすように最終段の四極子レンズの後方でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が軸と交差するように個々の四極子レンズレンズの励起強度を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム、イオンビーム等の荷電粒子線用の開口収差補正レンズおよび球面収差補正レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子線装置で一般的に利用されている軸対称な電界レンズ、磁界レンズでは、軸上収差である球面収差(軸非対称レンズの開口収差と同義)と色収差を補正することができない。光軸をZ軸とするとXY面に対を成す複数の電極または磁極から構成されている四極子レンズ、六極子レンズ、八極子レンズ、十二極子レンズ等の軸非対称な多極子レンズを組み合わせることで球面収差や色収差の補正が可能であることは既に多くの文献で明らかにされている。
【0003】
本発明で利用する四極子レンズの開口収差による焦点位置での軌道のズレに相当するボケΔX(Zix)、 ΔY(Ziy)は、XZ面とYZ面でのビーム開き角をそれぞれα、βとすると以下のように表現される。
ΔX(Zix)=CA30 α3+CA12 αβ2 (1)
ΔY(Ziy)=CA21 α2β+CA03 β3 (2)
上記の(1)、 (2)数式において、CA30、CA12、CA21 、CA03が開口収差係数である。Zix=Ziy、XZ面とYZ面での倍率MxとMyが等しいMx = Myの条件下では、荷電粒子軌道の軸対称性が得られ、開口収差係数CA12とCA21の値は等しくなる。
【0004】
軸非対称光学系において、個々のレンズの制御によって、光学的な軸対称性が得られ、かつ、八極子レンズ作用の制御によって、CA30 = CA12 ( = CA21) = CA03 の条件を満たす場合の開口収差係数は、軸対称レンズの球面収差係数と同義となる。これら3つの開口収差係数を八極子レンズ作用の制御によって、負の収差係数を発生させることができれば、正の値しか持ちえない軸対称レンズの球面収差を補正することができる。
【0005】
図1は、荷電粒子線を微細に集束させる軸対称レンズのための収差補正レンズの利用法の一例を示したものである。補正レンズ系1の前段にあるコンデンサーレンズ2、後段にある対物レンズ3は単独では、球面収差、色収差補正が不可能な電界型または磁界型の軸対称レンズである。11と12は、XZ面とYZ面の荷電粒子線の軌道である。後段の軸対称レンズの球面収差を補正するために負の開口収差係数を発生させる軌道特性としては、倍率|Mx| = |My| = 1で、補正レンズ系を装填する前後の荷電粒子線軌道が変わらない遠焦点型の軌道を取るように調整している。補正レンズ系内の荷電粒子線軌道は省略してあるが、図2の荷電粒子線の軌道例がこれに相当する。
【0006】
軸対称レンズの球面収差補正レンズ系として、すでに提案されている四極子・八極子補正レンズ系では、4段の四極子レンズと3段の八極子レンズから構成されている(非特許文献1)。走査透過電子顕微鏡の磁界型対物レンズの前に配置する球面収差補正レンズ系として4段の磁界型の四極子レンズと上記の3つの開口収差係数を制御するために、3段の八極子レンズを組み合わせた補正レンズ系が研究されている。実用化システムでは、厳しい四極子レンズ間のアライメント精度と励起制御を実現するために、四極子レンズの代わりに十二極子レンズを使い、個々の十二極子レンズの励起制御によって、軸合わせ、機械的・電磁的な非対称性を調整することで、四極子・八極子補正レンズ系を構築している。
【0007】
複雑で、厳しいアライメント精度を要する補正レンズの構造の改善策として、特許文献1にある四極子レンズと開口電極から構成される補正レンズ(非特許文献2)を利用することができる。この場合のXZ面とYZ面の荷電粒子線軌道と開口収差をシミュレーション計算した例を、図2に示す。Q1〜Q4は、電界型四極子レンズ、A1〜A3は開口電極である。四極子レンズの電極径φ・8mm、長さ14 mm、四極子レンズと開口電極の開口径 φ・6.987 mm、開口電極の厚さ 2 mm、四極子レンズ端面と開口電極端面の間隔は4 mmである。
【0008】
電界型の四極子レンズはXZ面の電極にVQ [V] 印加した場合、YZ面の電極には−VQ [V]印加する。加速電圧がVa [V]の場合、四極子レンズの励起強度をVQ/Va、開口電極の励起強度をVA/Vaで表記する。図2のシミュレーション計算結果の例では、軸対称対物レンズの球面収差係数Cs = 56 mmを補正するために、四極子レンズと開口電極の励起制御によって、CA30 = CA12 ( = CA21) = CA03 = −56mmに調整している。11は、XZ面の荷電粒子線軌道、12はYZ面の荷電粒子線軌道である。21は四極子レンズの励起極性に対応した電位分布、31、32、33はそれぞれ、A1、A2、A3を励起することによって発現した八極子電位分布。41、42、43はそれぞれ、A1、A2、A3を励起することによって発生する軸対称な電位分布である。なお、4段の四極子レンズのXZ面における励起強度は、+0.05745 、−0.057265 、+0.057265 、−0.05745、YZ面の励起強度は、−0.05745 、+0.057265 、−0.057265 、+0.05745、開口電極の励起強度は、−0.300 、+0.125 、−0.300である。
【0009】
図1に示すような補正レンズ系の利用法では、四極子レンズの段数を増やすことによって、個々の四極子レンズの励起強度を低くし、多段四極子レンズ間の厳しいアライメント精度を緩和することが可能である(特許文献1)が、図1に示す補正レンズ系の倍率は|Mx| = |My| = 1であるため、光学系全体の倍率は、近似的に|M |= b/aとなり、補正レンズ系で縮小倍率を稼ぐような使い方はできない。また、軸対称レンズの球面収差係数が非常に大きい場合では、図2のような遠焦点型の荷電粒子軌道をとる補正レンズ系で、大きな負の開口収差を発生するには、八極子レンズまたは開口電極の励起強度が非常に強くなり、低加速電圧の荷電粒子装置以外では実用性が低い。また、倍率 |Mx| = |My| = 1の補正レンズ系と軸対称レンズを組合わせたシステムの色収差は、対物レンズの色収差に補正レンズ系の色収差を加えた値となる。
【特許文献1】特願2007−042273号
【非特許文献1】M. G. R. Thomson, Optik, 34, 528-534 (1972)
【非特許文献2】S. Okayama and H. Kawakatsu, A new correction lens, Journal of Physics E, 15, 580-586 (1982)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
荷電粒子光学系において、電子源やイオン源から放出された荷電粒子ビームを荷電粒子レンズで縮小する場合、光学系全体で縮小率を大きくすることが、微細な荷電粒子プローブを得る上で、重要である。また、大きな正の球面収差係数を持つ軸対称な対物レンズの前段に配置し、負の球面収差係数を発生させる補正レンズ系の実現では、図1に示したような補正レンズ系と軸対称レンズの関係では、縮小率を大きくとるために補正レンズ系は寄与していない。また、補正レンズ系内でのビーム離軸距離も大きくなり、四極子レンズの励起強度も強く、大きな負の開口収差を発生させる補正レンズ系としての利用は困難である。微細な荷電粒子プローブを形成するSEM、電子ビーム描画装置、集束イオンビーム装置等では、光学系全体で、荷電粒子源から放出された荷電粒子ビームを構成するレンズ系で効果的に縮小し、球面収差の補正を最適化することが重要である。そのためには図3に示すように補正レンズ系の倍率が|Mx| = |My|≠1となる条件で、軸対称レンズの球面収差を打ち消すことができる補正レンズ系が必要である。
【0011】
解決しようとする課題は、四極子レンズの段数と励起制御の設定によって、軸対称な縮小レンズ作用(|Mx| = |My|<1)を発現する開口収差補正レンズ系を形成するように、四極子レンズまたは十二極子レンズと、開口電極または八極子レンズの配置と励起条件を最適化して、XZ面とYZ面の荷電粒子線軌道の離軸距離を調整し、効果的に大きな負の球面収差を発生できる荷電粒子線軌道を形成するように四極子レンズまたは十二極子レンズの励起制御を調整するともに、開口電極または八極子レンズの励起制御によって、後段に配置する軸対称レンズの球面収差を補正することである。また、軸対称な縮小レンズ作用を発現する開口収差補正レンズ系の実現によって、容易に球面収差ゼロの軸対称対物レンズとして利用することができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
4段の四極子レンズと3つの八極子レンズ作用を誘起する開口電極から構成され、前記開口電極を1段目と2段目の四極子レンズの間と2段目と3段目の間および3段目と4段目の間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目の四極子レンズの入口付近で光軸に交差し、4段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと開口電極の励起強度を調整することによって開口収差係数を制御することができる。
【0013】
前記の開口電極は八極子レンズに置き換えることができる。4段の四極子レンズと3段の八極子レンズから構成され、前記八極子レンズを1段目と2段目の四極子レンズの間と2段目と3段目の間および3段目と4段目の間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道のみが1段目と2段目の四極子レンズの間に配置した八極子レンズ付近で光軸に交差し、4段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することができる。
【0014】
高精度な電極アライメントを要する四極子レンズの代わりに、多段レンズ間の軸合わせ、電極の非対称性の補正が可能で、四極子レンズ作用を励起する十二極子レンズを利用することができる。十二極子レンズを使用する場合には、四極子レンズと開口電極の相互作用による八極子レンズ作用を利用できなくなるため、開口収差の制御には八極子レンズが必要である。したがって、4段の十二極子レンズと3段の八極子レンズ構成において、八極子レンズを1段目と2段目の十二極子レンズの間と、2段目と3段目の間、および3段目と4段目の間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように十二極子レンズの励起極性を制御し、YZ面の荷電粒子軌道が1段目と2段目の四極子レンズの間に配置した八極子レンズ付近で光軸に交差し、かつ、4段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の十二極子レンズと八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することができる。
【0015】
補正レンズ系を構成する四極子レンズや十二極子レンズの励起強度を低くできるように、XZ面とYZ面の離軸距離を調整して、開口電極または八極子レンズの励起調整による開口収差係数の制御範囲を拡大するためには、使用する四極子レンズまたは十二極子レンズの段数を増やすことによって、個々のレンズの励起強度を低減することができるため、効果的に大きな負の開口収差係数を発生させることができる。そこで、6段の四極子レンズと八極子レンズ作用を誘起する3つまたは4つの開口電極から構成し、前記開口電極を、2段目と3段目の四極子レンズの間と3段目の四極子レンズの直後および、または、4段目の四極子レンズの直前、および4段目と5段目の四極子レンズの間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、6段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと開口電極の励起強度の調整によって開口収差係数を制御することができる。
【0016】
6段の四極子レンズと3段または4段の八極子レンズから構成され、前記八極子レンズを、2段目と3段目の四極子レンズの間と3段目の四極子レンズの直後および、または、4段目の四極子レンズの直前、および4段目と5段目の四極子レンズの間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、6段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することができる。
【0017】
6段の十二極子レンズと3段または4段の八極子レンズから構成され、八極子レンズを、2段目と3段目の十二極子レンズの間と3段目の十二極子レンズの直後および、または、4段目の十二極子レンズの直前、および4段目と5段目の十二極子レンズの間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように十二極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、6段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の十二極子レンズの励起強度を調整するとともに、八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することができる。
【0018】
本発明では、XZ面とYZ面の荷電粒子線軌道を制御する四極子レンズまたは十二極子レンズの段数を4段とすることによって、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用、または6段とすることによって、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように、四極子レンズまたは十二極子レンズの励起極性を制御するとともに、4段の場合は、YZ面の荷電粒子軌道が1段目と2段目の四極子レンズの間で、6段の場合は、2段目と3段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、4段の場合は、3段目と4段目の四極子レンズの間で、6段の場合は、4段目と5段目の四極子レンズの間で、YZ面の荷電粒子線軌道の離軸距離がXZ面の軌道の離軸距離に比べ大きくなるように、四極子レンズの励起強度を調整する。ここで、八極子レンズ作用を誘起する開口電極、または八極子レンズを上記の四極子レンズまたは十二極子レンズの間に、それぞれ配置して、効果的にCA30とCA03の制御を行う。また、四極子レンズまたは、十二極子レンズ4段の場合は2段目と3段目の間に、四極子レンズまたは、十二極子レンズ6段の場合は3段目と4段目の間に開口電極または八極子レンズを配置し、XZ面とYZ面の荷電粒子軌道の離軸距離が同程度となるように励起強度を調整することで、効果的にCA12 ( = CA21)を制御することが可能となり、全ての開口収差係数の制御範囲を拡大することができる。6段の場合の3段目と4段目の間に配置する開口電極または八極子レンズの数は制御するCA12 ( = CA21)の値に合わせて選択することができる。6段の四極子レンズまたは十二極子レンズの説明において、3つまたは4つの開口電極、または3個または4個の八極子レンズと説明したのはこのためである。
【発明の効果】
【0019】
本発明による補正レンズ系は、倍率 |Mx| = |My| = 1の遠焦点型補正レンズ系とは異なり、補正レンズ系を積極的に縮小レンズとして利用し、かつ、軸対称対物レンズの球面収差を補正するために、大きな負の開口収差係数を発生させ、制御できるところに特徴がある。その結果、図2に示したような4段の四極子レンズまたは十二極子レンズと3段の八極子レンズまたは開口電極から構成される倍率 |Mx| = |My| = 1の遠焦点型補正レンズ系や倍率 |Mx| = |My|が1に近い補正レンズ系の励起強度に比べ、XZ面とYZ面の荷電粒子軌道の離軸距離を小さくできることによって、荷電粒子線軌道を制御する四極子レンズまたは、十二極子レンズ、および開口収差係数を制御する八極子レンズまたは開口電極の励起強度を低くすることができる。このため、軸対称対物レンズの球面収差補正係数が大きく、これまで実現が困難であった開口収差係数が−10000 mmを越えるような補正レンズ系を提供することができる。その結果、大きな負の開口収差係数を発生できる利点を生かして、補正レンズ系の後段に配置する軸対称対物レンズの倍率がMO<1の場合においても、球面収差の補正が可能となり、利用範囲の大きい補正光学システムを提供することができる。
【0020】
例えば、軸対称対物レンズの球面収差係数がCS = 1000 mm、倍率がMO =0.5の前段に配置する補正レンズ系の倍率が|Mx| = |My| = 0.3、軸上の色収差が
CCX = CCY = C mmの場合、軸対称対物レンズの球面収差をゼロにするには、開口電極または八極子レンズの励起強度を制御することで、補正レンズ系の開口収差をCA30 = CA12 ( = CA21) = CA03 = − CS/MO 4= − 16000 mmに調整することで、球面収差ゼロの軸対称対物レンズを実現することができる。ここで、荷電粒子光学系の総合倍率 は|MTOTAL|= |Mx|×MO = 0.15、対物レンズに影響を与える補正レンズの軸上色収差係数もC×MO 2 = 0.25 Cに低減することができる。このように大きな負の開口収差係数を発生できる補正レンズ系の実現によって、荷電粒子ビームを荷電粒子線用の光学レンズで縮小し、微細なプローブに集束して利用する各種の荷電ビーム装置における球面収差補正技術として利用分野を拡大することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明では、補正レンズ内のXZ面とYZ面の荷電粒子線軌道の離軸距離を低く抑えるための4段または6段の四極子レンズまたは十二極子レンズと、開口収差を補正する八極子レンズ作用を励起する開口電極または八極子レンズを3つまたは4つから構成される荷電粒子光学レンズ系において、四極子レンズまたは、十二極子レンズの励起極性を、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用または、凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用または、凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように制御するとともに、開口電極または八極子レンズによって、開口収差係数CA30 、 CA12 ( = CA21) 、CA03を効果的に制御できるように、四極子レンズまたは十二極子レンズ4段の場合は、2段目と3段目の間に、6段の場合は3段目と4段目の間に開口電極または八極子レンズを配置し、八極子レンズ作用を発現する位置付近で、一度光軸に交差し、4段の場合は、3段目と4段目の間、6段の場合は、4段目と5段目の間で、YZ面の荷電粒子軌道の離軸距離がXZ面の軌道の離軸距離に比べ大きくなるようにするとともに、軸対称レンズ条件を満たして補正レンズの後段でXZ面、YZ面の同一位置で集束するように個々の四極子レンズあるいは十二極子レンズの励起強度を調整し、開口電極の励起強度を調整することで、CA30 、 CA12 、 CA21、 CA03の開口収差係数を効率よく制御することができる。
【0022】
四極子レンズまたは十二極子レンズ6段から構成される補正レンズ系においては、2段目と3段目の四極子レンズまたは十二極子レンズの幾何学的な構造と励起強度、および、4段目と5段目の四極子レンズまたは十二極子レンズの幾何学的な構造と励起強度を同一または同程度とすることで、補正レンズの中心位置で構造を対称とすることができるため、製作、組立てを簡易化することができる。また、四極子レンズまたは十二極子レンズの制御電源の数を減らすことが可能である。また、補正レンズ系の中心位置に対して荷電粒子ビームの入射側と出射側の補正レンズ系を二体構造として、中間位置付近に2段の軸合わせ用偏向器、非点補正器を挿入することによって、6段の補正レンズ系全体の正確な軸合わせが可能である。
【実施例1】
【0023】
図4は、本発明による4段の四極子レンズと3つの開口電極から構成された補正レンズ系の1実施例であり。Q1〜Q4は、電界型四極子レンズ、A1〜A3は開口電極である。補正レンズ系の電位分布、荷電粒子線軌道、補正特性は高精度なシミュレーション計算から求めたものである。Q1〜Q4の四極子レンズの励起強度は、XZ面では、+0.04300 、−0.04050 、+0.04570 、−0.014646、YZ面では、逆極性の−0.04300 、+0.04050 、−0.04570 、+0.014646である。開口収差係数CA30 = CA12 = CA21 = CA03 = −554 mmを得るための A1〜A3の開口電極の励起強度は、−0. 181677 、+0. 097013 、−0.135262である。11は、XZ面の荷電粒子線軌道、12はYZ面の荷電粒子線軌道である。21は四極子レンズの励起極性に対応した電位分布、31、32、33はそれぞれ、A1、A2、A3を励起することによって発現した八極子電位分布。41、42、43はそれぞれ、A1、A2、A3を励起することによって発生する軸対称な電位分布である。なお、本図では、四極子レンズ、開口電極を励起する制御電源については省略してある。
【実施例2】
【0024】
図5は、本発明による補正レンズ系で、大きな負の開口収差係数を発生させる場合の1実施例である。Q1〜Q6は、電界型四極子レンズ、A1〜A4は開口電極である。Q1〜Q6の四極子レンズの励起強度は、XZ面では、+0.02900 、−0.01233 、−0.01233、+0.014291 、+0.014291 、−0.020014、YZ面では、逆極性となる。開口収差係数CA30 = CA12 = CA21 = CA03 = −26000 mmを得るための A1〜A4の開口電極の励起強度は、−0. 1388 、+0. 2318 、+0. 2318 、−0.146847である。11は、XZ面の荷電粒子線軌道、12はYZ面の荷電粒子線軌道である。21、22は、補正レンズ系の中心位置に対して入射側と出射側の補正レンズによる四極子レンズの励起極性に対応した電位分布、31、32、33、34はそれぞれ、A1、A2、A3、A4を励起することによって発現した八極子電位分布。41、42、43、44はそれぞれ、A1、A2、A3、A4を励起することによって発生する軸対称な電位分布である。なお、四極子レンズ、開口電極を励起する制御電源については省略している。
【0025】
図5では、補正レンズを構成する電界型四極子レンズと開口電極が同一の幾何学的寸法で、補正レンズの中心で対称構造をとっているため、四極子レンズの励起強度の設定はVQ2 = VQ3 、VQ4 =VQ5 、開口電極の励起強度の設定ではVA2 = VA3である。なお、幾何学的な寸法に誤差が存在する場合は上記の関係式が成り立たなくなるため、個々の四極子レンズ、開口電極の励起強度を微調整する必要があることは自明であるが、制御電源については、簡易化が可能である。
【実施例3】
【0026】
図6は、本発明による補正レンズ系に関する別の実施例である。構造は図5の実施例と同一である。図5の実施例に比べて、弱い開口電極励起強度で開口収差係数CA30 = CA12 ( = CA21) = CA03 = 0 mmを実現する球面収差ゼロのプローブ形成用の軸対称対物レンズとして収差補正レンズ系を利用することができる。Q1〜Q6の四極子レンズの励起強度は、XZ面では、+0.02900 、−0.013365 、−0.013365、+0.015437 、+0.015437 、−0.022102、YZ面では、逆極性となる。開口収差係数|CA30|=|CA12|=| CA21|= |CA03|< 0. 01mmを得るための開口電極A1〜A4の励起強度は、−0. 017291 、+0. 017144 、+0. 017144 、−0.018530であり、1段目の四極子レンズの励起を除き、残り5段の四極子レンズと4つの開口電極の励起強度を荷電粒子線の加速電圧の2%以下で実現することができる。ここで、四極子レンズ、開口電極を励起する制御電源については省略している。
【実施例4】
【0027】
図4、図5の実施例から、類推できるように、5段の四極子レンズと八極子レンズ作用を誘起する3つの開口電極から構成される荷電粒子光学レンズにおいても、本発明による補正レンズ系を構築することができる。図7はその1実施例である。開口電極を、1段目と2段目の四極子レンズの間と2段目と3段目および3段目と4段目の四極子レンズの間に配置した実施例で、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が1段目と2段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、5段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと開口電極の励起強度の調整によって開口収差係数を制御することができる。Q1〜Q5の四極子レンズの励起強度は、XZ面では、+0.03500 、−0.03242 、+0.02226 、+0.02226 、−0.020906、YZ面では、逆極性となる。開口収差係数CA30 = CA12 = CA21 = CA03 = −17000 mmを得るための A1〜A3の開口電極の励起強度は、−0. 3340 、+0. 2300 、−0.1330である。この実施例は図5のQ2・A1・Q3・A2・A3の役割を図7の実施例ではA1・Q2・A2に置き換えたことに相当する。
【0028】
図4、図5、図6、図7のQ1〜Q6の電界型四極子レンズの代わりに磁界型の四極子レンズを利用することが可能である。但し、磁界型四極子レンズの場合は、四極子レンズの磁極は、電界型の電極に対してXY面で45度回転した位置に配置した場合に対応する。
【0029】
図4、図5、図6、図7の実施例で、Q1〜Q6の電界型四極子レンズの代わりに軸合わせ機能、非対称性補正が可能な電界型または磁界型十二極子レンズと、A1〜A4の開口電極の代わりに八極子レンズを利用することで、同様の補正レンズを実現することができる。
【0030】
前記のように、図4、図5、図6、図7の実施例で、A1〜A4の開口電極代わりに八極子レンズを利用することができる。八極子レンズ作用は電界型または磁界型十二極子レンズの個々の極子の励起制御によっても、八極子レンズ作用を誘起することが可能であるので、A1〜A4の開口電極の代わりに十二極子レンズを利用することでも、同様の補正レンズを実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
図4、図5、図6、図7の実施例から、電子線マイクロアナライザー、電子ビーム描画装置における球面収差補正レンズ系または球面収差ゼロのプローブ形成用の対物レンズとしての利用が可能である。また、磁界レンズに比べ、収差係数の大きい軸対称の電界レンズを利用する集束イオンビーム (Focused Ion Beam) 装置で利用することによる、高性能化が可能である。特に、図5に示した実施例では、四極子レンズの励起強度は加速電圧値の2.9%以下、開口電極の励起強度は23.2 %以下であるため、加速電圧200 KV程度までの電子ビーム装置での高性能化に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】軸対称対物レンズと収差補正レンズの利用法(従来技術)
【図2】4段四極子レンズと3つの開口電極による球面収差補正レンズ(従来技術)
【図3】軸対称対物レンズ用収差補正レンズを縮小レンズとする利用法
【図4】4段四極子レンズと3つの開口電極による開口収差補正レンズ(実施例1)
【図5】6段四極子レンズと4つの開口電極による開口収差補正レンズ(実施例2)
【図6】6段四極子レンズと4つの開口電極による球面収差ゼロの対物レンズ(実施例3)
【図7】5段四極子レンズと3つの開口電極による球面収差補正レンズ(実施例4)
【符号の説明】
【0033】
1 荷電粒子線用収差補正レンズ系
2 軸対称コンデンサーレンズ
3 軸対称対物レンズ
11 XZ面の荷電粒子線軌道
12 YZ面の荷電粒子線軌道
13 荷電粒子線軌道の交差位置
21,22 四極子電位分布
31, 32, 33, 34 八極子電位分布
41, 42, 43 , 44 軸上電位分布
Q1, Q2, Q3, Q4, Q5, Q6 電界型四極子レンズ
A1, A2, A3, A4 開口電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4段の四極子レンズと八極子レンズ作用を誘起する3つの開口電極から構成され、前記開口電極を1段目と2段目の四極子レンズの間と2段目と3段目の間および3段目と4段目の間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目の四極子レンズの入口付近で光軸に交差し、4段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと開口電極の励起強度を調整することによって開口収差係数を制御することを特徴とする開口収差補正レンズ。
【請求項2】
4段の四極子レンズと3段の八極子レンズから構成され、前記八極子レンズを1段目と2段目の四極子レンズの間と2段目と3段目の間および3段目と4段目の間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道のみが1段目と2段目の四極子レンズの間に配置した八極子レンズ付近で光軸に交差し、4段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することを特徴とする開口収差補正レンズ。
【請求項3】
上記請求項2において四極子レンズを、十二極子レンズに置き換えた荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凸凹レンズ作用を発現するように十二極子レンズの励起極性を制御し、YZ面の荷電粒子軌道が1段目と2段目の十二極子レンズの間に配置した八極子レンズ付近で光軸に交差し、かつ、4段目の十二極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の十二極子レンズの励起強度を調整するとともに八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することを特徴とする開口収差補正レンズ。
【請求項4】
6段の四極子レンズと八極子レンズ作用を誘起する3つまたは4つの開口電極から構成され、前記開口電極を、2段目と3段目の四極子レンズの間と3段目の四極子レンズの直後および、または、4段目の四極子レンズの直前、および4段目と5段目の四極子レンズの間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、6段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと開口電極の励起強度の調整によって開口収差係数を制御することを特徴とする開口収差補正レンズ。
【請求項5】
6段の四極子レンズと3段または4段の八極子レンズから構成され、前記八極子レンズを、2段目と3段目の四極子レンズの間と3段目の四極子レンズの直後および、または、4段目の四極子レンズの直前、および4段目と5段目の四極子レンズの間に配置した荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように四極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の四極子レンズの間で光軸に交差し、6段目の四極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の四極子レンズと八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することを特徴とする開口収差補正レンズ。
【請求項6】
上記請求項5において四極子レンズを、十二極子レンズに置き換えた荷電粒子光学レンズにおいて、Z軸を光軸として、XZ面で凹凸凸凹凹凸レンズ作用、YZ面で凸凹凹凸凸凹レンズ作用を発現するように十二極子レンズの励起極性を制御し、かつ、YZ面の荷電粒子軌道が2段目と3段目の十二極子レンズの間で光軸に交差し、6段目の十二極子レンズ以降でXZ面とYZ面の荷電粒子軌道が光軸と交差するように個々の十二極子レンズと八極子レンズの励起強度の調整によって開口収差係数を制御することを特徴とする開口収差補正レンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−76422(P2009−76422A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−246818(P2007−246818)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度文部科学省「自己整合型四極子収差補正光学システムの開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】