説明

菌類−液面浮上性粒子複合物及びその形成方法並びにこれを用いた微生物的物質変換方法

【課題】菌類を液体培地液面に固定化・増殖させる方法、及び液面固定化菌類を用いた発酵法、微生物変換法、並びに微生物分解法を提供する。
【解決手段】液面浮上性粒子を含む液体培地において、菌類を前記液面浮上性粒子に混合、接触させた状態で培養することにより菌類-液面浮上性粒子複合物として菌類、特に糸状菌を固定化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌類-液面浮上性粒子複合物及びその形成方法並びにこれを用いた微生物的物質変換方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物の代謝能を利用して安価な天然原料から抗生物質、アルカロイド、色素、香気成分、あるいは酵素等の有用タンパク質を生産する分野、有用な菌類の胞子製造分野、微生物の生体触媒能を利用して安価な非天然原料から医薬品原料や電子材原料等の高付加価値品を生産する微生物変換分野、あるいは微生物の幅広い生分解能を利用して天然または非天然化合物を分解する微生物分解分野においては、いわゆる糸状菌が幅広く利用されている。
【0003】
上記諸分野における菌類の培養は現在主に液体培養法により行われているが、液体培養法による発酵生産では、菌塊の形態制御、溶存酸素濃度を維持するために高い通気量を維持する必要性、培養液の高粘度化による問題、撹拌による菌体損傷並びに大きな撹拌動力の負担、大量に発生する廃水の処理、生産物回収の高コスト化等、製造コストを引き上げる様々な要因が存在する。また、生産物の回収率は必ずしも高くはなく、その結果、必要となる製造設備の大型化もまた、製造コストを引き上げる大きな要因となっている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
一方、微生物変換及び微生物分解の分野においても液体培養法は様々な問題点を有している。すなわち、液体培養では、変換もしくは分解の対象となる基質の微生物に対する毒性の発現、目的とする生産物自体の微生物毒性の発現、基質の水に対する低溶解性、生産物の水中での不安定性等の多数の要因が、さらに加わることになる。これらは投入できる基質並びに蓄積できる生産物の濃度を必然的に低下させる重大な要因となり、製造もしくは処理コストの高騰を招く(非特許文献3)。
【0005】
上記のごとき液体培養法の欠陥を克服することを目的として、近年、伝統的な菌類培養法である固体培養法あるいは表面培養法が再び注目を集めている。
固体培養法とは、農産(廃棄)物である固体の基質自体を炭素・エネルギー源として使用する固体基質培養(solid substrate culture)と、固体基質として合成高分子や無機材料の粒子等の不活性担体を利用する固相培養(solid state culture)の2種類に大別でき(非特許文献4)、共に液体培養法に対していくつかの優位性を示すことが報告されている。すなわち、二次代謝産物あるいは酵素等有用タンパク質の生産性が液体培養法を大きく上回り、二次代謝物生産における異化代謝産物抑制(catabolite repression)が回避され、液体培養法よりも格段にエネルギー消費量が低く、さらに発生する廃水量も少ない。加えて菌体分離・生産物回収コストも低減され、菌に対して大量かつ安定して酸素が供給され、液体培養法において見られる菌体自己消化や生産物の過剰消費がない等、多くの優位点が多数の研究者によって報告されている(非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7、非特許文献8)。
【0006】
上記で述べた固体培養法の優位性を背景にして、抗生物質(非特許文献9、非特許文献10、非特許文献11)、有機酸(非特許文献12、非特許文献13、非特許文献14)、ポリオール(非特許文献15)、高度不飽和脂肪酸(非特許文献7)、さらには種々の酵素(非特許文献16、非特許文献17、非特許文献18)の固体培養法による生産が報告されている。さらには、生成酵素の性状が液体培養と固体培養で異なること(非特許文献19)や液体培養では発現し得ないある種の酵素が固体培養でのみ発現するという報告もなされており(非特許文献1、非特許文献20)、固体培養法で特有に発現する酵素の生産についても関心が高まっている。
【0007】
一方、固体培養法を実用化させるために克服すべき、いくつかの問題点も明らかになってきている。例えば、培養槽における培養条件の均一化が困難であるために培地組成やpH等培養条件の偏りが生じやすいこと、固体基質あるいは固定床中の放熱、あるいは水分、ガス、生成物等の物質移動が液体培養系に比べて著しく低いこと、さらには固体基質を撹拌混合するためには大きな動力を要するうえに、菌体にも大きなダメージを与えてしまうこと等が大きな障害となっている(非特許文献21、非特許文献22、非特許文献23、非特許文献24、非特許文献25)。これら固体培養法における問題点は、特に固体基質自体を炭素・エネルギー源として利用する固体基質培養の場合に顕著となる。
【0008】
上記の固体培養法における諸問題を克服するために、培養槽の構造を工夫する試みも行われているが(非特許文献26、非特許文献27、非特許文献28)、固相培養の分野における不活性担体の利用と、それに適したバイオリアクターの設計・運転管理により多くの関心が集まっている。例えば不活性担体としてはセロハン膜(非特許文献14、非特許文献29)、ガラスウール(非特許文献30)、ポリウレタン発泡体(非特許文献31、非特許文献32)、イオン交換樹脂(非特許文献24)、ポリスチレン(非特許文献33)、ナイロンスポンジ(非特許文献10、非特許文献34)、パーライト(非特許文献35)等の多様な素材が利用されている。
【0009】
これら不活性担体は一般に、カラムや発酵槽に固定床として充填されて使用されており、固定床中を液体培地が循環するようになっている。従って、培地組成を任意に設定できること、発酵状態のモニタリングや培養条件の制御が固体基質培養に比べて容易なこと等いくつかの改善がなされている。しかしながらその一方で、菌類を用いる場合には固定床上に増殖した菌類によって液体培地の流路が閉塞するので長期の安定した培養は困難であり、また、培養槽内の基質濃度、pH等の条件の不均一化の問題も、液体培養法に比べて十分に解決できているとは言い難い。
【0010】
さらに、固体培養法を微生物変換反応に適用することは、産物回収が非常に困難であること、固体表面に微生物を吸着させるのに長時間を要すること等の問題があり、通常は実施困難である。その成功例としては、寒天等のゲルと疎水性有機溶媒との固-液界面に増殖する微生物を生体触媒として利用する界面バイオリアクター(特許文献1、非特許文献36、非特許文献37、非特許文献38)のみに限られているのが現状である。
【0011】
液体培養法、固体培養法を除く微生物の培養法としては、液体培地の液面に微生物膜を自然形成させて利用する表面培養法と膜面液体培養法が知られている。前者は真菌や放線菌等の菌糸を形成するいわゆる糸状菌において、その菌体を液体培地表面で増殖させ菌蓋・胞子を形成させる伝統的な培養法である。この培養方法は酸素供給の面では液体培養法や固体培養法よりも効率的であるが、液体培地表面に強固な微生物膜を形成させるためには長時間を要し、また、形成される微生物膜は衝撃によって容易に液体培地中に沈降してしまうため、そのスケールアップは非常に困難であり、あるいは糸状菌の形態分化において重要なアンカー効果(固体表面への付着によって可能となる)が期待できないこと等の短所が挙げられる。
【0012】
一方、表面培養法における微生物膜を人工的かつより強固に形成させることを特徴とする膜面液体培養法(非特許文献23、非特許文献39、非特許文献40)も提案されており、一部スケールアップを前提とする検討も報告されている(非特許文献41)。これらによると膜面液体培養法では、ポリスルホン等の多孔質膜を不活性担体として用い、水と栄養源は該固定化膜を透過させる形で、酸素は空気中から供給する方式を採用しており、生成してくる発酵産物は該固定化膜を通じて液体培地中に回収されている。しかしながら、この膜面液体培養法に用いるバイオリアクターもまた、それの構造上、スケールアップを図ることは困難であり、さらには界面バイオリアクターにおいて可能である水不溶性もしくは難溶性の疎水性基質の微生物変換や微生物分解に適用するには限界があると考えられる。
【0013】
近年の地球環境問題、省資源、省エネルギー問題を背景として、バイオプロセスのより一層の活用が強く望まれている。また、液体培養と固体培養では菌類における遺伝子発現、タンパク質分泌パターン、形態分化が著しく異なること、さらには形態分化と二次代謝経路との間には密接な関係があることより(非特許文献42)、現行の液体培養法とは異なる抗生物質生産系の構築には、近年の多剤耐性菌の出現に対する新たな抗生物質の探索という観点からも、大きな意義があると考えられる。従って、発酵生産、微生物変換、さらには微生物分解の分野全てにおいて、現行もしくは公知の技術である液体培養法、固体培養法、表面培養法、膜面液体培養法における様々な限界を克服し得る新規な微生物培養法の構築が強く求められている。
【0014】
【非特許文献1】Hoelker, U., et al., Appl. Microbiol. Biotechnol., 64, 175 (2004)
【非特許文献2】Reisman, H. B., Crit. Rev. Biotechnol., 13, 195 (1993)
【非特許文献3】Oda, S. and Ohta, H., J. Jpn. Soc. Colour Material, 70, 538 (1997)
【非特許文献4】Pandey, A., et al., Process Biochem., 35, 1153 (2000)
【非特許文献5】Robinson, T., et al., Appl. Microbiol. Biotechnol., 55, 284 (2001)
【非特許文献6】Raimbault, M., Electronic J. Biotechnol., 1, 174(1998)
【非特許文献7】Jang, H. -D., et al., Bot. Bull. Acad. Sin., 41, 41 (2000)
【非特許文献8】Dominguez, A., et al., Biotechnol. Lett., 25, 1225 (2003)
【非特許文献9】Dominguez, M., et al., J. Biosci. Bioeng., 89, 409 (2000)
【非特許文献10】El-Naggar, M. Y., et al., J. Gen. Appl. Microbiol., 49, 235 (2003)
【非特許文献11】Krishna, P. S. M., et al., Biotechnol. Appl. Biochem., 37, 311 (2003)
【非特許文献12】Corona, A., et al., Process Biochem., 40, 2655 (2005)
【非特許文献13】Prado, F. C., et al., Brazilian Arch. Biol. Technol., 48, 29 (2005)
【非特許文献14】Kirimura, K. et al., Hakkokogaku, 63, 75 (1985)
【非特許文献15】Ruijter, G. J. G., et al., Microbiology, 150, 1095 (2004)
【非特許文献16】Topakas, E., et al., Process Biochem., 38, 1539 (2003)
【非特許文献17】Sanchez, V. E. and Pilosof, A. M. R., Biotechnol. Lett., 22, 1629 (2000)
【非特許文献18】Fadel, M., Annals Microbiol., 51, 61 (2001)
【非特許文献19】Asther, M., et al., Process Biochem., 38, 685 (2002)
【非特許文献20】Hata, Y., Nippon Nogeikagaku Kaishi, 76, 715 (2002)
【非特許文献21】Hata, Y., et al., J. Ferment. Bioeng., 84, 532 (1997)
【非特許文献22】Viccini, G., et al., Food Technol. Biotechnol., 39, 1 (2001)
【非特許文献23】Ogawa, A., et al., J. Ferment. Bioeng., 80, 35 (1995)
【非特許文献24】Gelmi, C., et al., Process Biochem., 35, 1227 (2000)
【非特許文献25】Gervais, P. and Molin, P., Biochem. Eng. J., 13, 85 (2003)
【非特許文献26】Aikat, K. and Bhattacharyya, B. C., Process Biochem., 36, 1059 (2001)
【非特許文献27】Nagel, F. J. I., et al., Biotechnol. Bioeng., 72, 219 (2001)
【非特許文献28】Stuart, D. M., et al., Biotechnol. Bioeng., 63, 383 (1999)
【非特許文献29】Yanagita, T. and Kogane, F., J. Gen. Appl. Microbiol., 8, 201 (1962)
【非特許文献30】Kirimura, K., et al., Hakkokogaku, 62, 127 (1984)
【非特許文献31】Kobayashi, T., Shinko Pantech Gihou, 34(2), 12 (1990)
【非特許文献32】Diaz-Godinez, G. et al., J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 26, 271 (2001)
【非特許文献33】Gautam, P., et al., Bioresour. Technol., 83, 229 (2002)
【非特許文献34】Dominguez, A., et al., Biotechnol. Lett., 25, 1225 (2003)
【非特許文献35】Cohen, R., et al., Environ. Microbiol., 3, 312 (2001)
【非特許文献36】Oda, S., et al., Enzymes in Nonaqueous Solvents, pp. 401416, Humana Press, Totowa, NJ (2001)
【非特許文献37】Oda, S. and Ohta, H., Biosci. Biotech. Biochem., 56, 2041 (1992)
【非特許文献38】Oda, S. and Ohta, H., Recent Res. Devel. Microbiol., 1, 85 (1997)
【非特許文献39】Ogawa, A., et al., J. Ferment. Bioeng., 80, 41 (1995)
【非特許文献40】Morita, M., et al., J. Biosci. Bioeng., 98, 200 (2004)
【非特許文献41】Wakisaka, Y., et al., J. Ferment. Bioeng., 85, 488 (1998)
【非特許文献42】Biesebeke, R., et al., FEMS Yeast Res., 2, 245 (2002)
【特許文献1】小田ら、特許第2542766 号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、液体培養法、固体培養法(solid substrate culture、solid state fermentation)、表面培養法、膜面液体培養法の各々に内在する問題点を調和的に克服し、かつ、発酵、微生物変換、微生物分解の全ての産業分野において利用できる新規な微生物培養法を提供することを目的とする。すなわち、二次代謝産物の高い生産性と低い回収コスト、効果的な酸素供給性、効率的な熱伝播性と物質拡散性、低い撹拌動力、培地組成の均一化と任意の組成設定の可能性、簡便な培養状態のモニタリング並びに培養条件の制御、菌体へ物理的ダメージを与えないこと等を課題とし、上記4種の培養法の欠点を全て克服し得る新規な微生物培養法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討を重ねた結果、合成高分子よりなる中空微粒子マイクロスフェアーあるいは中空微小ガラス球等の液面浮上性粒子の低比重性、自動液面浮上性を利用して、液体培地中に懸濁せしめた担子菌等の菌類の胞子もしくは菌糸等を前記粒子とともに液体培地液面に浮上させ維持する菌類の新規な液面浮上培養法を見出し、これによって物理的に強固な菌類-浮上性微粒子複合物、特に菌類-浮上性微粒子複合マットを形成できることを見出した。この菌類-液面浮上性粒子複合物中の菌類は、粒子層中における毛管現象に基づいて液体培地から水と栄養源の供給を受け、また、大量の酸素を空気中から取り込むことによって旺盛に増殖して形態分化を成し、浮上性粒子層中に栄養菌糸を発達させるとともに、複合物表面に気中菌糸あるいは胞子を多量に形成する。
【0017】
さらに、この菌類-浮上性微粒子複合物中では、菌類が活発に代謝活動を行っており、使用菌類に固有の発酵能、微生物変換能、微生物分解能を効果的に利用できることを見出した。
特に微生物変換及び微生物分解への応用については、公知の4種の微生物培養法では効率的な実施が困難であった水不溶性もしくは難溶性基質の微生物変換と微生物分解反応を非常に効果的に行えること、その際に得られる成績が公知の界面バイオリアクターをも凌ぐことを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の菌類-液面浮上性粒子複合物、その形成方法並びにこれを用いた微生物的物質変換方法に関する。
【0018】
1.液面浮上性粒子を含む液体培地において、菌類を前記液面浮上性粒子に接触させた状態で培養することを特徴とする菌類-液面浮上性粒子複合物の形成方法。
2.液面浮上性粒子が中空粒子である前記1に記載の菌類-液面浮上性粒子複合物の形成方法。
3.下記(i)〜(iii):
(i) 滅菌した液面浮上性粒子と菌類とを液体培地中において混合し、液面浮上性粒子を浮上させる、
(ii) 滅菌した液面浮上性粒子と菌類とを混合させ液体培地に添加する、
(iii) 滅菌した液面浮上性粒子を液体培地上に浮上させ、これに菌類を接種する、
のいずれかの後、前記菌類を液面浮上性粒子とともに液体培地の液面に維持したまま培養する前記1または2に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
4.前記菌類が糸状菌である前記1〜3のいずれかに記載の菌類-液面浮上性粒子複合物の形成方法。
5.菌類-液面浮上性粒子複合物が、液面上に広がった粒子と菌類を含むマット状複合物である前記4に記載の菌類-液面浮上性粒子複合物の形成方法。
6.液面浮上性粒子の粒子径が1μm〜3mmの範囲にある前記5に記載の菌類-液面浮上性粒子複合物の形成方法。
7.前記1〜6のいずれかに記載の方法により形成された菌類-液面浮上性粒子複合物。
8.前記7に記載の菌類-液面浮上性粒子複合物を形成する条件下に、菌類を液体培地と液面浮上性粒子とともに培養することを特徴とする菌類培養方法。
9.前記7に記載の菌類-液面浮上性粒子複合物と前記菌類により代謝され得る基質を含む液体培地とを接触させ、前記菌類を前記基質に作用させることを特徴とする微生物的物質変換方法。
10.菌類-液面浮上性粒子複合物をその浮力によって液体培地の液面に維持し、液体培地に含まれる基質に好気的条件下で前記菌類を作用させる前記9に記載の微生物的物質変換方法。
11.菌類-液面浮上性粒子複合物を第1の液体の上に配置し、さらにその上に第2の液体を重層させ、第2の液体に含まれる基質または第2の液体そのものである基質に前記菌類を作用させる前記9に記載の微生物的物質変換方法。
12.第1の液体が液体培地であり、第2の液体が疎水性液体である前記11に記載の微生物的物質変換方法。
13.微生物的物質変換方法が発酵法、微生物変換法または微生物的分解法である前記9〜12のいずれかに記載の微生物的物質変換方法。
【0019】
なお、本明細書における各用語の定義は以下のとおりである。
「液面浮上性粒子」とは、液体培地中に入れたときに、液面に浮上し、粒子層が液面に伸展する性質を有する粒子を意味する。
「菌類」とは、菌糸もしくは偽菌糸を有し浮上性粒子層との複合物を強固に形成し得る微生物を意味し、子嚢菌、担子菌、接合菌、不完全菌等の菌糸、偽菌糸を有する、いわゆる糸状菌を包含する。
「菌類-液面浮上性粒子複合物」とは、液面に浮上した液面浮上性粒子の層中もしくはその表面に位置して菌類が増殖し、その菌糸もしくは偽菌糸の成長に伴って該粒子を取り込む形で成長することにより形成される、物理的に強固な層状物を意味する。
「微生物的物質変換方法」とは、微生物が有する代謝能あるいは変換能を利用して特定の化合物を別の物質に変換する方法を意味し、原料化合物から目的の化合物を製造する発酵法や微生物変換法、不必要な物質を分解除去する微生物的分解法を包含する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法によれば、液面浮上性粒子と菌類の強固な複合物が形成できる。この複合物は安定した浮上性を有するため、培養器内の液体を交換するなどしても破壊されず、液中に沈降することもない。また、複合物の形状及び寸法は、培養器の液面に広がった粒子により自然に規定されるため、培養器の形状や大きさにあわせて多様な形状のものを簡便に調製することができる。さらに、本発明によれば、従来の微生物培養法では効率的な実施が困難であった水への不溶性もしくは難溶性基質の微生物変換や微生物分解反応を非常に効果的に行うことができる。
また、液体培養と固体培養では菌類における遺伝子発現、タンパク質分泌パターン、形態分化等が著しく異なること、さらには形態分化と二次代謝経路との間には密接な関係があるため、従来の液体培養法とは異なる物質生産系構築の可能性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の内容を詳細に説明する。
本発明の方法は、液面浮上性粒子を含む液体培地中で、菌類を前記液面浮上性粒子に混合、接触させた状態で培養することを特徴とする。具体的には、例えば、以下の態様が挙げられる。
第1の態様では、はじめに、滅菌した液面浮上性粒子と目的菌の胞子もしくは菌糸を液体培地に添加して混合し、静置する。すると浮上性粒子は短時間で胞子もしくは菌糸を取り込んだ形で液体培地液面付近に浮上して層をなす(図1A,B)。そのまま至適温度で培養すると、浮上性粒子層中に栄養菌糸、浮上性粒子層表面に気中菌糸が形成されて、物理的に強固な菌糸と浮上性粒子の混合体、すなわち菌類-液面浮上性粒子複合物が形成される(図1C)。複合物中では、菌類が繊維状に生育して、液面浮上性粒子を包含するかたちで絡まりあっている。
複合物を形成するために必要な培養時間は、菌類の種類、培地の種類、容器の大きさ等にもよるが、数時間〜数日間、通常、1〜2日間である。培養は、浮上性粒子層を破壊しない程度の穏やかな撹拌や容器の回転・揺動を伴ってもよいが、静置培養が好ましい。
【0022】
第2の態様として、滅菌した液面浮上性粒子と菌類とを混合させ、これを液体培地に添加し培養してもよい。
あるいは、第3の態様として、滅菌した液面浮上性粒子を液体培地に添加した後に、浮上した液面浮上性粒子に菌類を接種してもよい。例えば、液面に浮上・形成された浮上性粒子層表面に菌類の胞子もしくは菌糸の懸濁液を浮上性粒子層を破壊しないように静かに加えて植菌し培養することによっても物理的に強固な菌類-浮上性粒子複合物が形成される。この場合、通常は液面浮上性粒子を滅菌した後に液体培地に添加し、浮上した状態の液面浮上性粒子に菌類を接種するが、後述するように、液面浮上性粒子を液体培地に添加し、浮上した状態の液面浮上性粒子を滅菌した後に菌類を接種してもよい。
これらの態様においても、培養は、浮上性粒子層を破壊しない程度の穏やかな撹拌や容器の回転・揺動を伴ってもよいが、静置培養が好ましい。
【0023】
菌類-浮上性粒子複合物の形状は特に限定されず、液面近傍(浮上性粒子が維持される付近)の形状によって任意の形状とすることができる。その厚みは、前記液面の表面積と浮上性粒子の量によって決まるが、特に、厚みに対し広がりの大きいマット状複合物が好ましい(以下、マット状複合物を例にとって説明することもあるが、本発明はマット状複合物に限定されるものではない)。
【0024】
本発明において用いる液面浮上性粒子の形状は特に限定されず、球形、楕円体、角錐状、角柱状、円柱状、円盤状、多面体、鱗辺状、不定形のいずれでもよい。また、中空でも非中空(中実または多孔質)でもよい。その表面に菌類を固定できれば数cm以上の浮上物質でもよいが、液面浮上性粒子間が菌類によって連結され、事実上一体化した状態を呈することが好ましい。このような状態を実現する材料としては、例えば、合成高分子よりなる中空あるいは非中空粒子(マイクロスフェアーともいう)、中空ガラス球、中空セラミック球などに代表される、平均粒径約1μm〜3 mm、比重約0.01〜0.9の範囲内にある粒子を挙げることができる。
中空マイクロスフェアーとしては、アクリルアミドやスチレン、アクリル酸(エステル)等のモノマーを乳化もしくは懸濁重合させた後に、熱膨張させることによって得られる合成高分子中空粒子、あるいは内部に大きな空間が形成された中空粒子が挙げられる。これらは、一般に塗料、コーティング材、接着剤、シーリング材、補修用パテ、レジンコンクリート、セメントコンクリート、電線コンパウンド、あるいは化粧品等に配合される材料であり、その内部空隙を利用した徐放性農薬の基材としての用途開発がされつつあるが、バイオテクノロジーの分野での利用はこれまで皆無であった。
【0025】
一方、内部に中空を有していないマイクロスフェアーは酵素固定化担体として用いられているが(Deng, H. T., et al., J. Mol. Catal. B: Enzym., 8, 95 (2004); Demirel, D., et al., J. Food Eng., 62, 203 (2004); Yodoya, S., et al., Eur. Polym. J., 39, 173 (2003); Bayramoglu, G., et al., Process Biochem., 40, 3505 (2005))、その用途は単なる充填床型バイオリアクター用の酵素固定化担体であり、該マイクロスフェアーの液面浮上性を微生物固定化床に利用する本発明における浮上性微粒子とは全く異質のものである。
【0026】
マイクロスフェアーとしては、具体的にはアクリロニトリル等のモノマーを主原料とし、乳化重合もしくは懸濁重合によって得られる有機マイクロスフェアー、中空ガラス球、中空セラミック等の無機マイクロスフェアーのいずれでもよい。平均粒径は、用途にもよるが、典型的には1μm〜3mm、好ましくは3μm〜1mm、より好ましくは10μm〜100μmである。このようなマイクロスフェアーは建材用として市販されており、本発明ではそうした製品を用いてもよい。
マイクロスフェアーを用いる場合、その形状には特に制限がなく、球状、紡錘状、不定形でもよいが、液体培地中において液面に浮上し層状に広がり易い形状(球状、紡錘状)が好ましい。マイクロスフェアーは、作業時の相互間または壁面との衝突や摩擦、温度変化(特に後述する加熱滅菌を行なう場合)による内部気体の膨張等の熱応力等を受けるため、適当な耐圧性、耐熱性を有することが好ましい。例えば、真比重0.1〜0.3、耐圧性200kg/cm2以上、耐熱性140℃以上である。
【0027】
建材用マイクロスフェアーは通常、その表面に炭酸カルシウムあるいはタルク等の不活性無機粒子が分散安定剤もしくは比重調整剤としてコートされているが、そのような無機材の有無は本発明における使用形態、具体的には菌類-マイクロスフェアー複合マットの形成や該菌類の酵素活性の発現にはほとんど影響しない。無論微小ガラス球も微生物に対して何ら阻害的効果を有することはない。
【0028】
このような浮上性粒子の平均粒径はわずか10〜100μmであるため、該浮上性粒子は固体粉末というよりはむしろ流体としての性質を示す。さらには、ポリアクリロニトリル製のマイクロスフェアーは高度に架橋反応が進行しているためにスチレン等に対する耐溶剤性に優れており、また、何ら菌類に対する増殖阻害や代謝阻害も認められず、微小中空ガラス球同様、後述の液-液界面バイオリアクターへの適用については全く問題ない。
【0029】
本発明において使用可能な中空ガラス微粒子もまた、充填材等の目的で市販されている一般的なもので十分である。
なお、本発明で使用する浮上性粒子は、その液体培地表面への速やかな浮上性が水層中の菌類の胞子もしくは菌糸捕集の効率に大きく影響する。何種類かある浮上性粒子の中で最も低比重かつ安価な中空型マイクロスフェアーが最も好ましい。
【0030】
本発明において浮上性粒子は、微生物の培養に使用するものであるため、通常の建材分野に使用する場合とは異なり、浮上性粒子の滅菌工程または消毒工程が必要になる。本発明で用いるマイクロスフェアーは140℃以上(通常150℃〜170℃)の耐熱性を有しているため、中空ガラス球や非中空型マイクロスフェアーの場合は高圧蒸気滅菌、乾熱滅菌が可能である。しかし中空型マイクロスフェアーは、これを水あるいは液体培地に懸濁・浮上させて後に高圧蒸気滅菌すると、高圧の為マイクロスフェアーの中空部分に水が浸透してしまい、マイクロスフェアーの液面浮上性が完全に消失する。そのため、水もしくは液体培地に浮上させた状態で高圧蒸気滅菌処理を施すことは好ましくないが、極少量の水蒸気存在下で高圧蒸気滅菌した場合は、マイクロスフェアーの液面浮上性は全く消失しない。また、その他の公知の消毒・滅菌操作を行なってもよい。その他の消毒・滅菌操作の例としては、ガンマ線処理、酸化エチレンガス、ホルムアルデヒド、エタノール等の薬剤による処理が挙げられる。
【0031】
上記の諸操作によって滅菌もしくは消毒を施した後に液体培地中に分散させた形でマイクロスフェアーを1ヶ月以上室温保存しても、マイクロスフェアー層の有意な沈降は認められず、また攪拌と静置を繰り返してもマイクロスフェアーの液面浮上性は何ら影響を受けず、10秒〜1分間程度の静置によって水層表面に繰り返し浮上する優れた浮上性を示す。
このように前処理をしたマイクロスフェアー等の浮上性粒子は、液体培地中に投入直後大量かつ密集して液面に向かって浮上するため、水層中の菌類の胞子や菌糸の大部分は液面に形成される浮上性粒子層中及び粒子層表面に捕集される。このため、菌体を培地表層に高度に集中させることが可能となる。また浮上性粒子を含む液体培地に有機溶媒を重層させた場合、浮上性粒子の比重が有機溶媒の比重よりも低い場合であっても、浮上性粒子(マイクロスフェアー)は水層と有機溶媒層の界面に集積し安定した粒子層を形成する(図2)。このため、菌類が十分に増殖し、菌類−液面浮上性粒子複合物を形成する前であっても有機溶媒を重層させることが可能である。
【0032】
本発明において使用できる菌類は、菌糸もしくは偽菌糸を有し浮上性粒子層との複合物を強固に形成し得るものであることが好ましく、いわゆる糸状菌を含む。特には子嚢菌、担子菌、接合菌、不完全菌等の菌糸、偽菌糸を有する菌類であり、具体的には、エメリセラ(Emericella)属、フミコーラ(Humicola)属、ニューロスポラ(Neurosupora)属等の子嚢菌、ファネロカエテ(Phanerochaete)属、コリオーラス(Coriolus)属等の担子菌、アブシディア(Absidia)属、カニングハメラ(Cunninghamella)属、リゾープス(Rhizopus)属、ムコール(Mucor)属等の接合菌、アスペルギルス(Aspergillus)属、ビューベリア(Beauveria)属、コリネスポーラ(Corynespora)属、ペニシリウム(Penicillium)属等の不完全菌が例として挙げられる。ストレプトミセス(Streptomyces)属等の放線菌やサッカロミセス(Saccharomyces)属等の酵母においては、糸状に成長するので該浮上性微粒子層表面に浮上させることが可能であるが、真菌類において形成されるような強固な複合マットを構築することは困難であり、わずかな衝撃で菌体-浮上性微粒子層の崩壊を来すことになるため、放線菌、酵母のように菌糸が短い菌よりも上記の糸状菌類の利用が好ましい。
【0033】
本発明において、菌類の浮上性粒子への固定化に使用する液体培地の組成は菌類の種類によるが、一般的な培地を利用することが可能である。好適な培地の例としては、サブロー培地、YM培地、ツェペック−ドックス培地、ポテトデキストロース培地等が挙げられる。液体培養法において問題となる菌塊の形態を制御するために水不溶性もしくは難溶性の微小粒子(例えば、炭酸カルシウムの微粉末等)を添加する必要はない。
【0034】
以上の方法により形成された本発明の菌類-液面浮上性粒子複合物は、複合物を形成するのに用いた液体培地中で、または、液体培地を別の溶液に交換して、あるいは、別の溶液を添加もしくは重層するなどして種々の微生物的物質変換方法に用いることができる。すなわち、上記の方法で形成された菌類-液面浮上性粒子複合物中に増殖した菌により、液体培地中に添加した基質が代謝され、目的の二次代謝産物あるいは酵素等の目的物質が大量に複合物下層の液体培地中に蓄積される。
【0035】
このような微生物的物質変換方法のうち、糖質等の天然物を基質として有用な化合物を得る発酵法は、有機酸、アルコール類、抗生物質、アルカロイド、色素、酵素等の生産に適用することができる。また、特定の化合物を基質として有用な化合物を得るための微生物的変換方法の例としては、水素原子を水酸基に変換する水酸化反応、エステル基をカルボキシル基と水酸基に変換する加水分解反応、オキソ基を水酸基に変換する還元反応等を用いた変換方法を挙げることができ、また、これらの逆反応も含めることができる。
微生物的変換方法によって生産される生成物としては、有機酸、アルコール類、エステル類等、多岐に渡り、特に異性体を有する化合物の製造においては、選択的に有用な化合物のみに変換することができるので、効率よく生成できる。
【0036】
さらに不必要な物質を分解除去する微生物的分解方法の例としては、酸化分解や加水分解等を挙げることでき、水性媒体中もしくは有機層中の有害物質を効率的に分解除去することができる。
本発明の微生物的物質変換方法に用いる微生物は、複合物表面あるいは複合物内部において液体培地と重層有機溶媒層(水の10倍程度の酸素溶解性を有する)との液-液界面に位置しているために、効率的かつ自動的に空気中より酸素を取り入れることが可能であり、好気性発酵、微生物変換(特に水酸化または酸化反応を利用したもの)及び好気的微生物的分解において極めて重要な酸化的分解反応が高度に効率化される。
【0037】
本発明において使用する培養槽は、反応場が液体培地表面という二次元であるために、スケールアップを図るためにはリアクターユニットを多段に積み重ねて並列化することが好ましく、具体的には公知の高層型界面バイオリアクター(Oda, S., et al., J. Biosci. Bioeng., 87, 473 (1999))に準じた構造の反応塔を並列化することにより、容易にスケールアップが可能となる。すなわち、液面に菌類-浮上性微粒子複合物を形成させたリアクターユニットを積み重ね、各ユニットの水層をオーバーフローラインとサーキュレーションラインによって連結した反応塔を並列化することで、各リアクターユニット間の発酵、微生物変換反応、微生物分解反応速度のバラツキを抑止でき、液体培地の1点のみでの集中管理が可能となる。
【0038】
また、複合物が前述した複合マットである場合には、その上に有機層等、第2の液相を重層してもよい。第2の液相を重層する場合にも、別途、上記と同様の方法によって第2の液相を循環させることが可能である。かくして、容易かつ安価に三次元方向にリアクタースケールを拡大することができ、さらには高い生産物蓄積濃度あるいは基質処理濃度によるリアクタースケールの縮小と併せて、設備及び運転コストを著しく低減させることが可能である。
【0039】
微生物変換あるいは微生物分解に供される疎水性の変換基質あるいは産物は、通常微生物の活性に阻害的に働く。これらを回避するためには、液体培養法で通常用いられている方法、例えば、基質や生産物の液中濃度を低値に制御し得るシクロデキストリン等の包接化合物や、イオン交換樹脂等の吸着剤を用いることができる。該吸着剤は該包接化合物同様に液体培地中に直接投入することもできるが、本発明における培養槽とは別に設置した吸着塔に充填し、該液体培地を培養槽-吸着塔間で循環させることも有効である。
【0040】
また、変換もしくは分解を図る基質が水に不溶性もしくは難溶性の場合には、これら基質が微生物に対して低毒性な液体の場合には100%の形で、しかし固体もしくは強い微生物毒性を有する液状基質の場合には、直鎖状もしくは分岐状パラフィン、中鎖エステル、中鎖エーテル類、あるいは難分解性の中鎖シリコンオイル等の適当な有機溶媒に溶解させた溶液の形で、菌類-液面浮上性粒子複合物(好ましくは複合マット)上に重層して反応に供することができる。該反応系はマクロな視点で見ると液体培地-液状基質(溶液)の液-液二相系反応と言えるが、生体触媒たる菌類は液体培地と有機層との液-液界面に位置するために、液体培地中に分散した生体触媒を利用する広義の水-有機溶媒二相系反応法(Hocknull, M. D. and Lilly, M. D., Appl. Microbiol. Biotechnol., 33, 148 (1990); Rezessy-Szabo, J. M., et al., Biocatalysis in Organic Media, pp. 295302, Elsevier, Amsterdam (1986))、あるいは抽出発酵法(Yabannavar, V. M. and Eang, D. I. C., Biotechnol. Bioeng., 37, 716 (1991); Sim, S. J., et al., Biotechnol. Lett., 23, 201 (2001))とは異なるシステムである。
【0041】
この場合、二相系反応法や抽出発酵法では生菌体もしくは生体触媒が水相中に広くかつ薄く分散しているのに対し、本発明における反応系もしくは発酵系では、ほとんど全ての生菌体もしくは生体触媒が液-液界面に集中している。
また、寒天平板を親水性担体としてゲル-疎水性有機溶媒の固-液界面で微生物変換反応もしくは微生物分解反応を実施する公知の界面バイオリアクター(Oda, S., et al., J. Biosci. Bioeng., 91, 202 (2001); Oda, S., et al., Bull. Chem. Soc. Jpn., 73, 2819 (2000))や合成高分子ゲルを担体として用いる界面バイオリアクター(Oda, S., et al., J. Ferment. Bioeng., 86, 84 (1998))とも異質なものである。すなわち、公知の界面バイオリアクターがより厳密には「固-液界面バイオリアクター」と称すべきものであるのに対して、本発明における界面バイオリアクターは「液-液界面バイオリアクター」と称すべきものである。
【0042】
本発明における液-液界面バイオリアクターでは、菌類-浮上性粒子複合物(複合マット)表面もしくは内部の菌類が、浮上性粒子層中における毛管現象によって常に液体培地に接している点が大きな特徴である。公知の固-液界面バイオリアクターでは微生物は強固な親水性ゲル表面に存在しているため、ゲル中への栄養源及び水の供給あるいは水層の循環及び交換は不可能であったが(Oda, S., et al., J. Biosci. Bioeng., 87, 473 (1999))、本発明における液-液界面バイオリアクターではそれらの欠陥が完全に克服されている。また公知の固-液界面バイオリアクターでは、有機酸等の阻害性のある代謝産物あるいは加水分解反応によって生成する水溶性の有機酸やアルコールが担体中に蓄積してしまうため、ゲル-有機層の固-液界面に位置する微生物は大きなダメージを受けてしまう(Oda, S., et al., J. Ferment. Bioeng., 86, 84 (1998); Oda, S., et al., J. Biosci. Bioeng., 91, 178 (2001))。
【0043】
然るに本発明における液-液界面バイオリアクターにおいては、水相である液体培地は任意に新鮮な液体培地に交換することが容易であり、pH等の管理も容易である。また、水層中に形成される物質の濃度勾配は、水層の攪拌、循環によって容易に破壊することができる。また、生成した水溶性の阻害物質の水層からの除去も公知の分離技術(例えば、樹脂処理、膜分離技術等)を応用することによって極めて容易であり、栄養源の追加もまた、極めて容易である。
【0044】
さらには、公知の固-液界面バイオリアクターで水溶性の有用物質が生産される場合、それらの回収には固層(例えばゲル)からの抽出という、煩雑で産物の分解を伴う操作が必要であるのに対し、本発明における液-液界面バイオリアクターでは水溶性産物は公知の分離精製技術(例えば、樹脂処理、膜分離、抽出、結晶化等)を応用することによって水層から容易に回収できる。
また、公知の固-液界面バイオリアクターが水に対し不溶性もしくは難溶性の基質の変換のみにと、その用途が限られているのに対し、本発明における液-液界面バイオリアクターでは水溶性の基質を水層側、すなわち液体培地中に添加することが可能である。よって変換産物が極性物質である場合には水層から、低極性物質である場合には重層した有機層中から容易に回収できる。
【0045】
また、ガス状基質から水溶性の産物を合成することができる点も大きな長所となる。ガス状基質の変換は、基質であるガスを充満させた密閉スペース内に該バイオリアクターを設置することによって容易に実施可能である。以上詳述したように、本発明における液-液界面バイオリアクターは公知の固-液界面バイオリアクターに対して数多くの進歩性を有している。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
実施例1 菌類-液面浮上性粒子複合物の強度
直径30mm、内部容量50mlのバイアル中にサブロー培地10mlを分注し、一方には滅菌済みマイクロスフェアー(松本油脂製薬株式会社製、MFL-80GTA、平均粒径20μm、タルク含有、真比重0.2)を200mg分散させ、対照としてサブロー培地のみを投入したバイアルも調製した。これらに表1記載の菌類の3日培養液を200μl植菌・混和して3日間静置培養した。3日後、目視ならびにバイアルの傾斜試験を実施して、菌類-液面浮上性粒子複合物の形成と液面における菌類マットの形成を観察した。
【0048】
その結果を表1及び図3A〜Fに示す。マイクロスフェアー投入系で短期間における強固なマット状の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成が確認された。該複合物は高い物理的強度を保持しており、図3Gに示す通り、バイアルを横に倒しても複合物は崩壊することはなかった。一方、マイクロスフェアーを添加しなかった系では、大半の供試株で液面菌類マットの形成は極わずかであった。また、液面に形成された菌類マットの物理的強度は著しく脆弱であり、バイアルをわずかに振動させただけで培地中に沈降した。
【0049】
【表1】

【0050】
実施例2 菌類-液面浮上性粒子複合物による有機酸発酵
グルコース120g/l、硫酸アンモニウム3g/l、リン酸二水素カリウム0.25g/l、硫酸マグネシウム0.15g/l、硫酸亜鉛0.04g/lを含む液体培地(pH6.0)10ml及びMFL-80GTA200mgを実施例1で用いたバイアルに投入・混合し、30分以上静置することによってMFL-80GTAを該液体培地液面に浮上させてマイクロスフェアー層を形成させた。該マイクロスフェアー層表面の中央部に表2記載のRhizopus属菌マット(2×2mm)を1箇所に植菌し、1週間静置培養した。培養終了後、菌類-液面浮上性粒子複合物下層の液体培地を一部採取し、高速液体クロマトグラフィーを用いて生成物である乳酸及びフマル酸を定量した。そのうち、乳酸の生成量の結果を表2に示す。
【0051】
【表2】

静置条件にもかかわらず多くのRhizopus属菌が乳酸あるいはフマル酸を蓄積し、本発明における菌類-液面浮上性粒子複合物が有機酸発酵に適用可能であることが確認された。
【0052】
実施例3 菌類-液面浮上性粒子複合物による色素生産
直径30mm、内部容量50mlのバイアル中にサブロー培地(グルコース40g/l、ペプトン10g/l、硫酸第一鉄5mg/l、塩化カルシウム10mg/l)10mlを分注し、一方には滅菌済みMFL-80GTAを200mg分散させ、対照としてサブロー培地のみのバイアルも調製した。これらにCorynespora cassiicola IFO 6724の3日培養液を200μl植菌・混和して3日間静置培養した。
培養後の両バイアルの写真を図3Hに示す。マイクロスフェアー添加系で有意な菌体増殖並びに赤色色素の生産を確認した。
【0053】
実施例4 菌類-液面浮上性粒子複合物によるn-デカンの亜末端酸化
直径70mm、高さ60mmの深型ガラスシャーレにMFL-80GCA(平均粒径20μm、炭酸カルシウム含有、真比重0.2)400mgを分散させたバレイショデンプン20.0 g/l、グルコース10.0 g/l、大豆粉(豊年ソイプロ:(株)J-オイルミルズ製)20.0 g/l、リン酸二水素カリウム1.0 g/l、硫酸マグネシウム0.5 g/lよりなる液体培地50mlを分注した。また、比較として同組成寒天培地(寒天1.5%)を含む同型ガラスシャーレと同組成液体培地50mlを含む250ml容三角フラスコを調製した。
これらに糸状菌Beauveria bassiana ATCC 7159の3日間培養液を各々2.5mlづつ植菌し、25℃においてガラスシャーレ2基分は2日間静置培養、三角フラスコ1基は220rpmでの振とう培養を実施して同菌を前培養した。その後、MFL-80GCA添加系には複合マット上部に重層する形でn-デカンを10ml添加して液-液界面バイオリアクターを構築し、寒天平板型については平板表面に形成された菌類マット上に重層する形でn−デカンを10ml添加して固-液界面バイオリアクターを構築した。三角フラスコ系についてはブロス中に直接n-デカンを10ml添加してエマルジョン反応系とした。
【0054】
前二者の界面バイオリアクターについては25℃での静置培養、エマルジョン反応系については25℃での振とう培養(220rpm)を実施した。基質添加後7日目及び14日目に両界面バイオリアクターからは上部n-デカン層の一部を採取し、エマルジョン反応系からは一部ブロス中からの酢酸エチル抽出物を採取して、ガスクロマトグラフィーを用いて生成物を定量した。
【0055】
その結果、反応7日目では液-液界面バイオリアクターで4.9g/l、固-液界面バイオリアクターで2.3g/l、エマルジョン反応系で2.1g/l、反応14日目では液-液界面バイオリアクターで11.1g/l、固-液界面バイオリアクターで6.9g/lの5-デカノンの蓄積が認められた。しかしながらエマルジョン反応系については、生成してくる5-デカノンのバイヤービリガー(Baeyer-Villiger)酸化による有意な消失が認められ、0.9 mg/lの蓄積濃度にまで低下した。
【0056】
実施例5 菌類-液面浮上性粒子複合物による酢酸2-エチルヘキシルの加水分解
内径30mm、内部容量50mlのガラス製バイアル中にMFL-80GCA 400 mgとサブロー培地10mlを投入し、これにAbsidia coerulea IFO 4423の3日培養液を200μl植菌・混和した。なお、比較として用いた同組成の寒天培地(寒天1.5%)よりなる反応系については平板表面に同培養液を200μl均一に塗布し、250ml容三角フラスコ中の同組成培地50mlに対しては同ブロスを1 ml植菌した。
【0057】
前培養1日後に、MFL-80GCA添加系については菌類-液面浮上性粒子複合物上に50%酢酸2-エチルヘキシル/n-デカン溶液を3ml重層して液-液界面バイオリアクターとし、寒天平板系では菌類マット上に重層する形で50%酢酸2-エチルヘキシル3mlを添加して固-液界面バイオリアクターを構築した。三角フラスコ系については、100%酢酸2−エチルヘキシルを10ml直接添加したエマルジョン反応系と50%酢酸2-エチルヘキシル/n-デカン溶液20mlを添加した水-有機溶媒二相系とし、これら4者間で加水分解産物である2-エチル-1-ヘキサノールの生産性を比較した。なお、両界面バイオリアクターについては100rpmでの緩やかな回転式振とう培養、エマルジョン系ならびに二相系については220rpmでの高速回転式振とう培養を行った。
【0058】
基質添加後4日目と8日目に変換産物の回収を行ったが、両界面バイオリアクターと水-有機溶媒二相系については有機相から直接所定量をサンプリングし、また、エマルジョン反応系からは酢酸エチル抽出物を採取して、ガスクロマトグラフィーを用いて2-エチル-1-ヘキサノール濃度を定量した。その結果、反応4日で液-液界面バイオリアクターで83g/l、固-液界面バイオリアクターで45g/l、二相系反応法11g/l、エマルジョン系反応法で0.5g/l、反応8日目では液-液界面バイオリアクターで102g/l、固-液界面バイオリアクターで89g/l、二相系反応法で36g/l、エマルジョン系反応法で1.3g/lの2−エチル-1-ヘキサノールの蓄積が認められた。
この結果、本発明の液-液界面バイオリアクターにおいて酢酸2-エチルヘキシルの加水分解がもっとも進むことがわかった。
【0059】
実施例6 菌類-液面浮上性粒子複合物によるベンジルの不斉還元
内径30mm、内部容量50mlのガラス製バイアル中にMFL-80GCA400mgとサブロー培地10mlを投入し、これにPenicillium claviforme IAM 7194の3日培養液200μlを植菌・混和した。なお、比較として用いた同組成の寒天培地よりなる反応系については平板表面に同培養液を200μl均一に塗布し、250ml容三角フラスコ中の同組成培地50mlに対しては同ブロスを1ml植菌した。
【0060】
前培養1日後に、MFL-80GCA添加系については菌類-液面浮上性粒子複合物上に2%(w/v) ベンジル/ヘキシルエーテル溶液を2ml重層して、液-液界面バイオリアクターとし、寒天平板系では菌類マット上に重層する形で2%(w/v)ベンジル/ヘキシルエーテル溶液2mlを添加して固-液界面バイオリアクターを構築した。三角フラスコ系については、DMSO(ジメチルスルホキシド)溶液の形でベンジルを2%、Tween-80を0.5%添加したエマルジョン反応系と2%(w/v)ベンジル/ヘキシルエーテル溶液を20mlを添加した水-有機溶媒二相系とし、これら4者間で還元産物であるベンゾインの生産性並びに光学純度を比較した。
【0061】
両界面バイオリアクターについては静置培養、エマルジョン系及び二相系反応については高速振とう(220rpm)培養を25℃で4日間行った。培養終了後、両界面バイオリアクターについては有機層に1-ブタノールを2ml混合し、30分間振とうさせることによって菌体表面に析出しているベンゾインの微結晶を溶解させた後、エマルジョン系及び二相系については酢酸エチル抽出物を、高速液体クロマトグラフィーを用いてベンゾイン濃度及びそれのエナンチオ過剰を測定した。生成したベンゾインの絶対配置は(s)であり、液-液界面バイオリアクターで14.4g/l(97.5%ee)、固-液界面バイオリアクターで10.7g/l(95.1%ee)、エマルジョン系反応法で1.6g/l(88.3%ee)、二相系反応法で9.6g/l(86.1%ee)であった。
この例においても本発明の液-液界面バイオリアクターが最も優れていることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】液面浮上性粒子の浮上する様子(A)、(B)及び菌類-液面浮上性粒子複合物(C)を示す写真。
【図2】有機溶媒を重層させた状態(菌類-液面浮上性粒子複合物)を示す写真。
【図3】各菌株における菌類-液面浮上性粒子複合物の形成の状態(A〜H)及びその安定性(G)を示す写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液面浮上性粒子を含む液体培地において、菌類を前記液面浮上性粒子に接触させた状態で培養することを特徴とする菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
【請求項2】
液面浮上性粒子が中空粒子である請求項1に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
【請求項3】
下記(i)〜(iii):
(i) 滅菌した液面浮上性粒子と菌類とを液体培地中において混合し、液面浮上性粒子を浮上させる、
(ii) 滅菌した液面浮上性粒子と菌類とを混合させ液体培地に添加する、
(iii) 滅菌した液面浮上性粒子を液体培地上に浮上させ、これに菌類を接種する、
のいずれかの後、前記菌類を液面浮上性粒子とともに液体培地の液面に維持したまま培養する請求項1または2に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
【請求項4】
前記菌類が糸状菌である請求項1〜3のいずれかに記載の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
【請求項5】
菌類−液面浮上性粒子複合物が、液面上に広がった粒子と菌類を含むマット状複合物である請求項4に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
【請求項6】
液面浮上性粒子の粒子径が1μm〜3mmの範囲にある請求項5に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物の形成方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法により形成された菌類−液面浮上性粒子複合物。
【請求項8】
請求項7に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物を形成する条件下に、菌類を液体培地と液面浮上性粒子とともに培養することを特徴とする菌類培養方法。
【請求項9】
請求項7に記載の菌類−液面浮上性粒子複合物と前記菌類により代謝され得る基質を含む液体培地とを接触させ、前記菌類を前記基質に作用させることを特徴とする微生物的物質変換方法。
【請求項10】
菌類−液面浮上性粒子複合物をその浮力によって液体培地の液面に維持し、液体培地に含まれる基質に好気的条件下で前記菌類を作用させる請求項9に記載の微生物的物質変換方法。
【請求項11】
菌類−液面浮上性粒子複合物を第1の液体の上に配置し、さらにその上に第2の液体を重層させ、第2の液体に含まれる基質または第2の液体そのものである基質に前記菌類を作用させる請求項9に記載の微生物的物質変換方法。
【請求項12】
第1の液体が液体培地であり、第2の液体が疎水性液体である請求項11に記載の微生物的物質変換方法。
【請求項13】
微生物的物質変換方法が発酵法、微生物変換法または微生物的分解法である請求項9〜12のいずれかに記載の微生物的物質変換方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−29251(P2008−29251A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−206063(P2006−206063)
【出願日】平成18年7月28日(2006.7.28)
【出願人】(000001915)メルシャン株式会社 (48)
【Fターム(参考)】