説明

蒸気ボイラの運転方法

【課題】蒸気ボイラにおけるスケールの発生を抑制しながら、ボイラ水の化学的酸素要求量を排出水の環境基準の一つである30mg/L以下に抑制する。
【解決手段】軟水化装置52により硬度が5mgCaCO/L以下に制御された給水を給水経路41を通じて蒸気ボイラ20へ供給しながら、かつ、ボイラ水の一部をブロー経路26から適宜廃棄しながら、蒸気ボイラ20においてボイラ水を加熱し、蒸気を生成する。また、薬剤供給装置60から給水に対し、アルカリ金属ケイ酸塩、アルカリ金属水酸化物およびスケール抑制剤としてのエチレンジアミン四酢酸を含む薬剤水溶液を、スケール抑制剤の濃度が給水の硬度に対して少なくとも1.5モル当量倍になるよう供給する。ボイラ水は、ブロー経路26からのボイラ水の廃棄を制御することで、スケール抑制剤の濃度が40mgEDTA/L以下になるよう濃縮倍率を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気ボイラの運転方法、特に、ボイラ水を加熱することで蒸気を生成する蒸気ボイラの運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱交換器等の負荷装置へ蒸気を供給するための一般的な蒸気ボイラ装置は、蒸気ボイラへの給水装置を備えている。蒸気ボイラは、給水装置からの給水をボイラ水として加熱することで蒸気を生成し、蒸気経路を通じてこの蒸気を負荷装置へ供給する。ここで供給される給水は、通常、水道水、工業用水または地下水などの原水を軟水化装置により処理することで硬度成分を除去した軟化水である。このため、蒸気ボイラは、ボイラ水を加熱するための伝熱管等において熱伝導の阻害原因となるスケールの生成が抑制され、長期間に亘る経済的な運転が可能になる。
【0003】
また、ボイラ水は、給水に含まれる溶存酸素および塩化物イオンや硫酸イオン等の腐食性イオンにより、また、ボイラ水のpHが適正範囲(JIS B8223の低圧ボイラ基準では11〜11.8)にないこと、特に、適正範囲よりも低いことにより、蒸気ボイラの伝熱管等の腐食を進行させ、孔開き等の不具合を発生させることがある。このため、蒸気ボイラ装置の運転では、給水に対して腐食抑制剤を添加し、伝熱管等の腐食の抑制を図っている。腐食抑制剤としては、通常、溶存酸素や腐食性イオンを原因とする腐食を抑制するための皮膜形成剤とpH調整剤とが併用されており、例えば、皮膜形成剤であるアルカリ金属ケイ酸塩と、pH調整剤であるアルカリ金属水酸化物とを混合した水溶液からなる複合腐食抑制剤が提案されている(特許文献1)。この複合腐食抑制剤が添加された給水によるボイラ水は、有機化合物を含まないことから化学的酸素要求量(COD)の排出規制を考慮する必要がなく、環境系に対して安全に廃棄することができる。
【0004】
ところで、蒸気ボイラ装置において用いられる軟水化装置は、陽イオン交換樹脂を用いたイオン交換により原水中の硬度成分(マグネシウムイオンおよびカルシウムイオン)を除去可能なものであるが、原水中に含まれるシリカを除去することはできない。原水中に含まれるシリカは、それ単独ではスケール生成の原因になりにくいものと理解されているが、硬度成分と容易に結合して水に不溶性の塩を形成するため、スケールの原因になる。このため、軟水化装置の不具合により給水への硬度成分の微量な漏れが生じたときは、蒸気ボイラにおいてシリカを主原因とするスケールが生成する可能性がある。
【0005】
そこで、軟水化装置での硬度成分の漏れに対応するため、蒸気ボイラへの給水に対しては、通常、腐食抑制剤とともに、硬度成分をキレート化することでスケール生成を抑制可能なスケール抑制剤が添加されており、このスケール抑制剤としてエチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩が一般的に知られている。
【0006】
ここで、エチレンジアミン四酢酸およびそのアルカリ金属塩は、有機化合物であることからボイラ水のCODを高める原因となるため、その給水への添加量は必要最小限に設定するのが好ましい。この点、エチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩と硬度成分との錯体においてエチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩と硬度成分とのモル比が1:1であることが知られているため(非特許文献1)、エチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩の添加量は、この知見に基づき、軟水化装置からの漏れにより給水に含まれるものと想定される多価金属イオンと当量に、または、当量よりも少し多めに設定するのが好ましいものと考えられる。
【0007】
ところが、そのようにエチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩の添加量を設定した場合においても、現実には蒸気ボイラにスケールが発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−160886号公報、特許請求の範囲および段落0012
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Inc. Betz Laboratories, Betz Handbook of Industrial Water Conditioning, 8th Ed.(1980)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、蒸気ボイラにおけるスケールの発生を抑制しながら、ボイラ水の化学的酸素要求量を水質汚濁防止法および各自治体の上乗せ基準で規定された排出水の環境基準の一つである30mg/L以下に抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ボイラ水を加熱することで蒸気を生成する蒸気ボイラの運転方法に関するものであり、この運転方法は、ボイラ水として用いられる硬度が5mgCaCO/L以下の給水を蒸気ボイラへ供給しながら、かつ、ボイラ水の一部を適宜廃棄しながら、蒸気ボイラにおいてボイラ水を加熱する工程と、アルカリ金属ケイ酸塩、アルカリ金属水酸化物並びにエチレンジアミン四酢酸およびそのアルカリ金属塩のうちの少なくとも1種のスケール抑制剤を含む薬剤水溶液を、スケール抑制剤の濃度が給水の硬度に対して少なくとも1.5モル当量倍になるよう給水に対して供給する工程とを含み、蒸気ボイラにおいて、ボイラ水におけるスケール抑制剤の濃度が40mgEDTA/L以下になるようボイラ水の濃縮倍率を設定する。
【0012】
この運転方法において用いられる給水は、通常、水道水、工業用水または地下水を陽イオン交換樹脂を用いて処理した軟化水である。また、アルカリ金属ケイ酸塩は、例えば、ケイ酸および二酸化ケイ素のうちの少なくとも1種とアルカリ金属水酸化物との反応生成物である。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る蒸気ボイラの運転方法は、薬剤水溶液としてスケール抑制剤を含む特定のものを用い、しかも、給水に対する薬剤水溶液の添加量を給水におけるスケール抑制剤の濃度を基準に制御しかつスケール抑制剤の濃度が所定値以下になるようボイラ水の濃縮倍率を制御しているため、蒸気ボイラにおけるスケールの発生を抑制しながら、ボイラ水の化学的酸素要求量を水質汚濁防止法および各自治体の上乗せ基準で規定された排出水の環境基準の一つである30mg/L以下に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る運転方法を実施可能な蒸気ボイラ装置の一形態の概略図。
【図2】前記蒸気ボイラ装置において用いられる蒸気ボイラの一部断面概略図。
【図3】実験例で用いた模擬蒸気ボイラ装置の概略図。
【図4】前記模擬蒸気ボイラ装置において用いられる模擬蒸気ボイラの断面概略図。
【図5】実験例の結果に基づいて作成した、ボイラ水のEDTA換算濃度と硬度の溶解度上昇分との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1を参照して、本発明に係る運転方法を実施可能な蒸気ボイラ装置の一形態を説明する。図1において、蒸気ボイラ装置1は、熱交換器、蒸気釜、リボイラ若しくはオートクレーブ等の蒸気使用設備である負荷装置2に対して蒸気を供給するためのものであり、給水装置10、蒸気ボイラ20、復水配管30、薬剤供給装置60および制御装置70を主に備えている。
【0016】
給水装置10は、蒸気ボイラ20においてボイラ水として用いられる給水を供給するためのものであり、給水を貯留するための給水タンク40と、給水として用いられる補給水を給水タンクへ供給するための補給経路50とを主に備えている。給水タンク40は、その底部から蒸気ボイラ20へ延びる給水経路41を有している。給水経路41は、蒸気ボイラ20に連絡しており、給水タンク40内に貯留された給水を蒸気ボイラ20へ送り出すための給水ポンプ42と、給水中の硬度を測定するためのセンサ43とを有している。
【0017】
補給経路50は、注水路51を有している。この注水路51は、水道水、工業用水若しくは地下水等の水源から供給される原水が貯留されている原水タンク(図示せず)から給水タンク40へ補給水を供給するためのものであり、給水タンク40へ向けて軟水化装置52および脱酸素装置53をこの順に有している。
【0018】
軟水化装置52は、原水タンクからの補給水をナトリウム型陽イオン交換樹脂により処理し、補給水に含まれる硬度成分であるカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンをナトリウムイオンに置換して軟化水へ変換するためのものである。
【0019】
脱酸素装置53は、軟水化装置52において処理された補給水中の溶存酸素を除去するためのものであり、通常、分離膜を用いて溶存酸素を除去する形式のもの、処理水を減圧環境下において溶存酸素を除去する形式のもの、若しくは、処理水を加熱して溶存酸素を除去する形式のものなどの各種の形式のものが用いられる。
【0020】
蒸気ボイラ20は、貫流ボイラであり、図2に示すように、給水経路41から供給される給水を貯留可能な環状の貯留部21、貯留部21から起立する多数の伝熱管22(図2では、このうちの二本のみ示している)、伝熱管22の上端部に設けられた環状のヘッダ23、ヘッダ23から負荷装置2へ延びる蒸気供給配管24、バーナーなどの燃焼装置25およびブロー経路26を主に備えている。
【0021】
伝熱管22は、非不動態化金属を用いて形成されている。非不動態化金属は、中性水溶液中において自然には不動態化しない金属をいい、通常はステンレス鋼、チタン、アルミニウム、クロム、ニッケルおよびジルコニウム等を除く金属である。具体的には、炭素鋼、鋳鉄、銅および銅合金等である。なお、炭素鋼は、中性水溶液中においても、高濃度のクロム酸イオンの存在下では不動態化する場合があるが、この不動態化はクロム酸イオンの影響によるものであって中性水溶液中での自然な不動態化とは言い難い。したがって、炭素鋼は、ここでの非不動態化金属の範疇に属する。また、銅および銅合金は、電気化学列(emf series)が貴な位置にあるため、通常は水分の影響による腐食が生じ難い金属と考えられているが、中性水溶液中において自然に不動態化するものではないので、非不動態化金属の範疇に属する。
【0022】
燃焼装置25は、ヘッダ23側から貯留部21方向へ燃焼ガスを放射し、伝熱管22を加熱するためのものである。ブロー経路26は、制御弁27を有しており、制御弁27の開閉によりボイラ水の一部を廃棄可能である。
【0023】
復水配管30は、負荷装置2から給水タンク40へ延びており、スチームトラップ31を有している。スチームトラップ31は、蒸気と凝縮水とを分離するためのものである。復水配管30は、通常、給水タンク40内に貯留された給水に対して空気を巻き込まないようにするため、先端部が給水内に配置されるよう給水タンク40の底部近傍に配置されているのが好ましい。復水配管30は、蒸気ボイラ20の伝熱管22と同じく、非不動態化金属を用いて形成されている。
【0024】
薬剤供給装置60は、給水タンク40から蒸気ボイラ20へ供給される給水中へ薬剤を供給するためのものである。薬剤供給装置60は、薬剤を貯留するための薬剤タンク61、薬剤タンク61から給水経路41へ延びる供給路62および供給路62に設けられた供給ポンプ63を有している。供給ポンプ63は、薬剤タンク61に貯留された薬剤を供給路62を通じて給水経路41へ送り出すものであり、流量制御が可能なものである。
【0025】
制御装置70は、主に、薬剤供給装置60の供給ポンプ63とブロー経路26の制御弁27とを制御するためのものであり、その入力側にセンサ43において測定された給水の硬度情報等が入力され、また、その出力側から供給ポンプ63および制御弁27等への動作指令を出力するよう設定されている。
【0026】
薬剤供給装置60の薬剤タンク61に貯留される薬剤は、蒸気ボイラ20における腐食とスケール発生とを抑制するためのもの、特に、伝熱管22における腐食とスケール発生とを抑制するためのものであり、アルカリ金属ケイ酸塩、アルカリ金属水酸化物およびスケール抑制剤を蒸留水などの精製水に溶解した水溶液である。
【0027】
この薬剤水溶液において用いられるアルカリ金属ケイ酸塩は、MO・nSiOの一般式で表される化合物であり、式中のMはアルカリ金属(通常はカリウムまたはナトリウム)を示し、また、nは0.5から4の数値である。アルカリ金属ケイ酸塩は、蒸気ボイラ20において、ボイラ水の接触面、特に、伝熱管22の内面に皮膜を形成し、この皮膜により伝熱管22の腐食を抑制可能である。
【0028】
ここで用いられるアルカリ金属ケイ酸塩の例としては、メタケイ酸ナトリウム(式中のMがナトリウムでありかつnが1のもの)、オルソケイ酸ナトリウム(式中のMがナトリウムでありかつnが0.5のもの)およびポリケイ酸ナトリウム(式中のMがナトリウムでありかつnが2〜3のもの)等のケイ酸ナトリウム並びにメタケイ酸カリウム(式中のMがカリウムでありかつnが1のもの)、オルソケイ酸カリウム(式中のMがカリウムでありかつnが0.5のもの)およびポリケイ酸カリウム(式中のMがカリウムでありかつnが2〜3のもの)等のケイ酸カリウムを挙げることができる。アルカリ金属ケイ酸塩は、2種以上のものが併用されてもよい。また、アルカリ金属ケイ酸塩は、薬剤水溶液にケイ酸および二酸化ケイ素のうちの少なくとも1種とアルカリ金属水酸化物とを溶解し、これらを反応させることで調製したものであってもよい。この目的で用いられるケイ酸は、通常、メタケイ酸やオルソケイ酸などであり、また、アルカリ金属水酸化物は、通常、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどである。この場合、ケイ酸、二酸化ケイ素およびアルカリ金属水酸化物の数種を組み合わせることで、2種類以上のアルカリ金属ケイ酸塩を調製してもよい。
【0029】
薬剤水溶液におけるアルカリ金属ケイ酸塩の濃度は、アルカリ金属ケイ酸塩の溶解度、薬剤水溶液の粘度および給水で希釈された薬剤水溶液の腐食抑制効果等を考慮して、通常、0.01〜60重量%に設定するのが好ましく、0.1〜55重量%に設定するのがより好ましい。
【0030】
薬剤水溶液において用いられるアルカリ金属水酸化物は、通常、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムである。このアルカリ金属水酸化物は、ボイラ水のpHをアルカリ性側へ調整することで蒸気ボイラ20、特に、その伝熱管22の腐食を抑制するためのものである。薬剤水溶液におけるアルカリ金属水酸化物の濃度は、給水で希釈された薬剤水溶液のpH上昇効果等を考慮して、通常、0.1〜30重量%に設定するのが好ましく、1〜10重量%に設定するのがより好ましい。なお、薬剤水溶液において用いるアルカリ金属ケイ酸塩がケイ酸または二酸化ケイ素とアルカリ金属水酸化物との反応により調製されるものである場合、アルカリ金属水酸化物の上記濃度は、この調製のために用いられるアルカリ金属水酸化物分を除いたものである。
【0031】
薬剤水溶液において用いられるスケール抑制剤は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびそのアルカリ金属塩のうちの少なくとも1種のものである。このスケール抑制剤は、給水に含まれる硬度成分をキレート化することで硬度成分がボイラ水に溶解した状態を維持することができ、それによって蒸気ボイラ20の伝熱管22においてスケールが生成するのを抑制することができる。
【0032】
スケール抑制剤として用いられるエチレンジアミン四酢酸のアルカリ金属塩は、エチレンジアミン四酢酸の4つのカルボキシル基のうちの少なくとも1つがアルカリ金属塩を形成しているものであり、また、この塩を形成するアルカリ金属は、通常、ナトリウムやカリウムである。エチレンジアミン四酢酸のアルカリ金属塩の例としては、エチレンジアミン四酢酸−2ナトリウム塩、エチレンジアミン四酢酸−4ナトリウム塩、エチレンジアミン四酢酸−2カリウム塩およびエチレンジアミン四酢酸−4カリウム塩を挙げることができる。
【0033】
薬剤水溶液におけるスケール抑制剤の濃度は、給水中の硬度に対するモル当量比および薬剤水溶液の供給量等を考慮して、通常、0.1〜50重量%に設定するのが好ましく、1〜30重量%に設定するのがより好ましい。
【0034】
次に、上述の蒸気ボイラ装置1の運転方法を説明する。
蒸気ボイラ装置1の運転では、先ず、原水タンクから注水路51を通じて給水タンク40へ補給水を供給し、この補給水をボイラ給水として給水タンク40に貯留する。
【0035】
この際、原水タンクからの補給水は、先ず、軟水化装置52において処理され、硬度成分が除去されることで軟化水になる。この結果、補給水の硬度は、通常、5mgCaCO/L以下、特に、1mgCaCO/L以下の微量に調整される。軟水化装置52において軟化水となった補給水は、次に、脱酸素装置53において脱酸素処理される。これにより、補給水は、蒸気ボイラ20において伝熱管22等の腐食を促進する溶存酸素が除去される。以上の結果、給水タンク40には、脱酸素処理された、硬度が5mgCaCO/L以下、特に、1mgCaCO/L以下の軟化水が蒸気ボイラ20への給水として貯留されることになる。
【0036】
給水タンク40に補給水が貯留された状態で給水ポンプ42を作動させると、給水タンク40に貯留された補給水、すなわち給水は、給水経路41を通じて蒸気ボイラ20へ供給される。蒸気ボイラ20へ供給された給水は、貯留部21においてボイラ水として貯留される。このボイラ水は、各伝熱管22を通じて燃焼装置25により加熱されながら各伝熱管22内を上昇し、徐々に蒸気になる。そして、各伝熱管22内において生成した蒸気は、ヘッダ23において集められ、蒸気供給配管24を通じて負荷装置2へ供給される。このような蒸気の生成により、ボイラ水の濃縮が進行する。
【0037】
負荷装置2へ供給された蒸気は、負荷装置2を通過して復水配管30へ流れ、そこで潜熱を失って一部が凝縮水に変わり、スチームトラップ31において蒸気と凝縮水とが分離されて高温の復水になる。このようにして生成した復水は、復水配管30を通じて給水タンク40へ回収されて貯留された補給水と混合され、給水として再利用される。この際、給水タンク40に貯留された給水は、高温の復水により加熱されるので、蒸気ボイラ20での加熱負担が軽減される。
【0038】
蒸気ボイラ装置1は、上述のような運転中において、給水経路41内を蒸気ボイラ20へ流れる給水に対し、薬剤供給装置60から薬剤水溶液を供給する。この際、制御装置70は、センサ43からの硬度情報および給水の流量並びに薬剤水溶液における各成分の濃度(特に、スケール抑制剤の濃度)等に基づいて供給ポンプ63を作動させ、給水に対する薬剤水溶液の供給量を制御する。具体的には、センサ43により測定された給水の硬度に対して少なくとも1.5モル当量倍(給水の硬度のモル数の少なくとも1.5倍モル)に給水におけるスケール抑制剤の濃度がなるよう、薬剤タンク61から給水経路41への薬剤水溶液の供給量を制御する。給水におけるスケール抑制剤の濃度が硬度に対して1.5モル当量倍よりも少ない場合は、軟水化装置52での硬度漏れにより給水中に残留している硬度成分と給水中に含まれる炭酸水素イオンが蒸気ボイラ20内で熱分解して生じた炭酸イオン等とが水に不溶性の塩を生成することにより、また、当該硬度成分と給水中に含まれるシリカとが水に不溶性の塩を生成することにより、蒸気ボイラ20の伝熱管22においてスケールが生成しやすくなる。
【0039】
スケール抑制剤であるエチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩と硬度成分との錯体において、エチレンジアミン四酢酸またはそのアルカリ金属塩と硬度成分とのモル比は1:1であることが非特許文献1等から知られているが、給水におけるスケール抑制剤の濃度が硬度と当量であっても1.5モル当量倍よりも少ない場合にスケールが生成しやすくなる理由として、次のものが考えられる。
【0040】
(1)ボイラ水は高温、高アルカリ性になるため、高温下でスケール抑制剤の立体構造が自由変形状態になり、逆に、高アルカリ性下でスケール抑制剤の分子内のマイナス電荷同士の電気的反発によりスケール抑制剤の立体構造が固定化する可能性がある。これらの効果の相殺により、硬度成分とキレートを形成するスケール抑制剤が部分的に2分子になる可能性が考えられる。
(2)高温のボイラ水中においてスケール抑制剤が熱分解し、ボイラ水におけるスケール抑制剤の濃度が想定よりも減少している可能性がある。
(3)高温、高アルカリ性のボイラ水中においては、硬度成分とスケール抑制剤とによる錯体の形成が抑えられる可能性がある。
【0041】
また、蒸気ボイラ装置1の運転中は、蒸気ボイラ20において、ボイラ水におけるスケール抑制剤の濃度が40mgEDTA/L以下になるようボイラ水の濃縮倍率を設定する。ここでは、給水に対して供給した薬剤水溶液の量等に基づいて給水中のスケール抑制剤の濃度を制御装置70が判定する。そして、制御装置70は、スケール抑制剤の濃度がボイラ水において40mgEDTA/L以下になるよう、ブロー経路26の制御弁27を適宜開閉することでボイラ水の一部を廃棄し、ボイラ水の濃縮倍率を調整する。なお、スケール抑制剤としてエチレンジアミン四酢酸のアルカリ金属塩を用いる場合、その濃度はエチレンジアミン四酢酸換算での濃度である。
【0042】
本発明の運転方法では、給水におけるスケール抑制剤の濃度が給水の硬度に対して少なくとも1.5モル当量倍になるよう給水に対して薬剤水溶液を添加しているため、蒸気ボイラ20において、スケールの発生を効果的に抑制することができる。また、蒸気ボイラ20においては、ボイラ水におけるスケール抑制剤の濃度が40mgEDTA/L以下になるようボイラ水の濃縮倍率を設定しているため、ブロー水として廃棄されるボイラ水の化学的酸素要求量を水質汚濁防止法および各自治体の上乗せ基準で規定された排出水の環境基準の一つである30mg/L以下に抑制することができる。なお、ここでいう化学的酸素要求量は、酸化剤として過マンガン酸カリウムを用いる測定法によるものであり、一般にCODMnと表記される。
【0043】
なお、給水の硬度が5mgCaCO/Lを超える場合、スケール抑制を図るために給水に対して多量の薬剤水溶液を供給する必要があることから、ボイラ水におけるスケール抑制剤の濃度を40mgEDTA/L以下に制御するのが困難である。
【0044】
実験例
(調合水1の調製)
愛媛県松山市の水道水を混床式純水装置に供給し、電気伝導率が0.2mS/m以下のイオン交換水を得た。このイオン交換水に対し、塩化ナトリウム(試薬特級)、炭酸水素ナトリウム(試薬特級)、硫酸ナトリウム(試薬特級)、ケイ酸ナトリウム(Practical Grade)および塩化カルシウム(試薬特級)を添加し、下記の水質の調合水1を調製した。なお、イオン交換水に対してこれらの試薬のみを添加すると、調合水のpHがアルカリ性になるため、塩化ナトリウムおよび硫酸ナトリウムの一部をそれぞれ塩酸(試薬特級)および硫酸(試薬特級)に置き換え、調合水1のpHが中性付近になるよう調整した。各試薬は、和光純薬工業株式会社の製品をそのまま用いた。
【0045】
<水質>
硬度(Ca2+):5mgCaCO/L
酸消費量(pH4.8):30mgCaCO/L
シリカ:60mgSiO/L
塩化物イオン:5mgCl/L
硫酸イオン:5mgSO2−/L
【0046】
(調合水2の調製)
調合水1の調製時にエチレンジアミン四酢酸−2ナトリウム塩(EDTA−2Na:和光純薬工業株式会社の試薬特級)をさらに添加し、エチレンジアミン四酢酸換算での濃度(以下、「EDTA換算濃度」という)が7.5mg/Lに調整された調合水2を調製した。
(調合水3の調製)
調合水1の調製時にエチレンジアミン四酢酸−2ナトリウム塩(EDTA−2Na:和光純薬工業株式会社の試薬特級)をさらに添加し、EDTA換算濃度が15mg/Lに調整された調合水3を調製した。
【0047】
(模擬蒸気ボイラ装置の製作)
図3に示す模擬蒸気ボイラ装置を製作した。図において、模擬蒸気ボイラ装置100は、給水タンク110、給水路120および模擬蒸気ボイラ130を主に備えている。給水タンク110は、SUS304製のものであり、調合水を貯留するためのものである。給水路120は、給水タンク110に貯留された調合水を模擬蒸気ボイラ130へ供給するための経路であり、調合水を送水するためのダイヤフラム式ポンプ(株式会社イワキの型番「EHC−15VC」)121と脱気装置122とをこの順に備えている。脱気装置122は、三浦工業株式会社製の脱気装置(型式「DOR」)と同等の性能の小型機であり、調合水中の溶存酸素を除去するためのものである。給水路120の配管部分は、ダイヤフラム式ポンプ121の前後を軟質塩化ビニルホースで形成した点を除き、内径4mmで外径6mmのステンレス管(SUS304製)を用いて形成した。
【0048】
模擬蒸気ボイラ130は、図4に示すように、給水路120が連絡しているハウジング131、試験片132およびヒータ133を備えている。ハウジング131は、SUS304製で上端が閉鎖された円筒状の部材であり、下部にブロー弁134を有しており、上端に蒸気取り出し弁135を有している。試験片132は、15A×200mmのSTGP鋼管の一端をSS400製の蓋で封鎖し、また、他端に直径60mmのSS400製の鍔を溶接した構造のものであり、封鎖端がハウジング131内に挿入されており、鍔がハウジング131の下端の開口を閉鎖している。これにより、ハウジング131内には、給水を保持可能な空間が確保されている。試験片132は、実験に際し、表面を400番研磨し、また、アセトンとメタノールを用いて脱脂した。ヒータ133は、直径12.6mmで長さ150mmの円筒状のWatlow社製カートリッジヒータ(出力2.1kW)であり、試験片132内に挿入されている。
【0049】
(実験)
給水タンク110に調合水1を200Lを貯留し、以下の条件になるよう間欠的にブローしながら模擬蒸気ボイラ装置100を48時間運転した。
<条件>
ハウジング131内の保有水量:240mL
運転圧力:0.5MPa
相当蒸発量:1.6kg/h
濃縮倍率:10倍
【0050】
運転終了時に10倍濃縮されたボイラ水をブロー水として採取し、その硬度(Ca2+)をICP発光分光分析装置(SIIナノテクノロジーズ社の「SPS7800」)を用いて調べたところ、4.4mgCaCO/Lであった。ボイラ水においてスラッジは観られなかった。
【0051】
同様の実験を調合水2および3について実施し、運転終了時のボイラ水の硬度(Ca2+)を同様の方法で調べたところ、それぞれ21.0mgCaCO/Lおよび39.0mgCaCO/Lであった。これらの場合も、ボイラ水においてスラッジは観られなかった。この結果によると、調合水2および3によるボイラ水は、調合水1によるボイラ水に比べ、それぞれ硬度(Ca2+)の溶解度が16.6mgCaCO/Lおよび34.6mgCaCO/L上昇していることになる。調合水のEDTA換算濃度(x)と硬度の溶解度上昇分(y)との関係を図5に示す。
【0052】
図5によると、EDTA換算濃度(x)と硬度の溶解度上昇分(y)とは直線関係にあり、傾きが0.2288である(y=0.2288x)。また、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)の分子量は、292.24である。これらより、EDTA−2Naは、1モルで硬度を0.668モル((0.2288/100)÷(1/292.24)=0.668モル)封鎖していることになるから、1モルの硬度を封鎖するために硬度の約1.5倍モル以上必要なことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボイラ水を加熱することで蒸気を生成する蒸気ボイラの運転方法であって、
前記ボイラ水として用いられる硬度が5mgCaCO/L以下の給水を前記蒸気ボイラへ供給しながら、かつ、前記ボイラ水の一部を適宜廃棄しながら、前記蒸気ボイラにおいて前記ボイラ水を加熱する工程と、
アルカリ金属ケイ酸塩、アルカリ金属水酸化物並びにエチレンジアミン四酢酸およびそのアルカリ金属塩のうちの少なくとも1種のスケール抑制剤を含む薬剤水溶液を、前記スケール抑制剤の濃度が前記給水の硬度に対して少なくとも1.5モル当量倍になるよう前記給水に対して供給する工程とを含み、
前記蒸気ボイラにおいて、前記ボイラ水における前記スケール抑制剤の濃度が40mgEDTA/L以下になるよう前記ボイラ水の濃縮倍率を設定する、
蒸気ボイラの運転方法。
【請求項2】
前記給水は、水道水、工業用水または地下水を陽イオン交換樹脂を用いて処理した軟化水である、請求項1に記載の蒸気ボイラの運転方法。
【請求項3】
前記アルカリ金属ケイ酸塩は、ケイ酸および二酸化ケイ素のうちの少なくとも1種とアルカリ金属水酸化物との反応生成物である、請求項1または2に記載の蒸気ボイラの運転方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−13279(P2012−13279A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−148863(P2010−148863)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000175272)三浦工業株式会社 (1,055)
【Fターム(参考)】