説明

藻体中でのキサントフィルの保存方法

【課題】キサントフィル含有藻体中でのキサントフィルの保存方法を提供すること。
【解決手段】本発明の藻体中でのキサントフィルの保存方法は、キサントフィルを含む藻体を培養した後、回収する工程;および該回収した藻体を、水分含量が3質量%以下となるように乾燥させる工程を含む。好ましくは、乾燥は、スプレードライ法を採用し、スプレードライヤーの排風温度が125℃以上となるような乾燥条件で行われる。このような乾燥藻体中では、室温で空気中の保存であるにもかかわらず、キサントフィルは長期間安定に保存され得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キサントフィル、特に、アスタキサンチンを含有する藻体中でのキサントフィルの保存方法に関する。さらに本発明は、キサントフィル含有乾燥藻体中のキサントフィルの保存安定性を高める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カロチノイドの一種であるキサントフィル(例えば、アスタキサンチン、カンタキサンチン、ゼアキサンチン、アドニルピン、アドニキサンチン、クリプトキサンチンなど)は、種々の用途に使用されている。例えば、アスタキサンチンは、赤色のカロチノイドの一種であり、強力な抗酸化作用を有することが知られている。そのため、魚類の色揚げ用飼料、食材用色素、化粧品、健康食品などとして使用されている。アスタキサンチンを含有する飼料としては、例えば、ファフィア属酵母をNaOHで処理して得られた飼料(特許文献1)、藻体を破砕後、凍結乾燥して粉末化して得られた飼料(特許文献2)が挙げられる。
【0003】
アスタキサンチンは、化学合成されるか、あるいはオキアミ、アマエビなどのエビ類、ファフィア酵母、藻類などの天然物から抽出される。オキアミ、アマエビ、カニなどの甲殻類、またはファフィア酵母からアスタキサンチンを抽出する場合、それらのアスタキサンチン含量が少ないため、収率が非常に低い。そのため、一般に、アスタキサンチン含量の高い藻類、例えば、ヘマトッコカス属の緑藻から抽出されている。
【0004】
アスタキサンチンは、熱、酸素、光などに対して不安定であり、藻体の培養液をそのまま保存することができない。そのため、アスタキサンチンの抽出は、藻体の培養直後に行われる場合が多い(例えば、特許文献3および4参照)。この場合、培養装置と抽出装置とを同一の場所に設ける必要がある。一度に大量の藻体を培養した場合には、培養液あるいは抽出物を一旦保存する必要が生じ、アスタキサンチンの酸化防止および分解防止のために、窒素雰囲気下で光を遮断し、低温下で保存しなければならない。また、バクテリアの増殖などから生じる腐敗を防ぐ必要も生じる。そのため、さらなる保存設備が必要となり、抽出工程のコストアップにつながる。
【0005】
上記問題を解決するためには、アスタキサンチンを含有する藻体を乾燥させる方法がある。特許文献5にはカロチノイドを含有する藻体を乾燥させ、これを食用植物油中で破砕する方法が記載されている。特許文献6にも、アスタキサンチンを含有する藻体を乾燥させることが記載されている。しかし、これらの特許文献5および6には、乾燥時における熱、酸素、光などに対するアスタキサンチン自身の安定性についての検討がなされていない。例えば、本発明者の研究によれば、特許文献6に記載の乾燥方法を用いて単に乾燥した場合、藻体中のアスタキサンチンが分解し、アスタキサンチン含量が低下することが明らかになった。
【0006】
さらに、藻体破砕物と種々の添加物と混合して粉体組成物とすることによって、アスタキサンチンの長期保存性を向上させる方法も開発されている(特許文献7)。しかし、この方法では、界面活性剤、抗酸化剤などの添加物を必要とするため、コスト高になる。あるいは、界面活性剤が抽出物に混入するため、その後、界面活性剤を取り除く必要がある。そのため、添加物を用いるというこの方法は好ましくない。
【0007】
このように、簡単な方法で長期かつ安定にキサントフィル類を藻体中で保存する方法は、未だ知られていない。
【特許文献1】特開平6−105657号公報
【特許文献2】特開平3−83577号公報
【特許文献3】特開平9−111139号公報
【特許文献4】特開昭53−38653号公報
【特許文献5】特開平7−8212号公報
【特許文献6】特開2004−129504号公報
【特許文献7】国際公開第2002/077105号パンフレット
【非特許文献1】佐藤恭子ら,日本食品衛生学雑誌,39巻,6号,368〜374頁,1998年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、キサントフィル含有藻体中でのキサントフィルの保存方法を提供すること、それによって、キサントフィル含有乾燥藻体中のキサントフィル、特にアスタキサンチンの保存安定性を高める方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、藻体中でのキサントフィルの保存方法を提供し、該方法は、
キサントフィルを含む藻体を培養した後、回収する工程;および
該回収した藻体を、水分含量が3質量%以下となるように乾燥させる工程;
を含む。
【0010】
本発明はまた、キサントフィル含有乾燥藻体中のキサントフィルの保存安定性を高める方法を提供し、該方法は、藻体中の水分含量が3質量%以下となるように該藻体を乾燥させる工程を含む。
【0011】
ある実施態様では、上記のいずれの方法においても、上記キサントフィルはアスタキサンチンである。
【0012】
さらなる実施態様では、上記のいずれの方法においても、上記藻体はヘマトコッカス属に属する緑藻である。
【0013】
よりさらなる実施態様では、上記のいずれの方法においても、上記緑藻はヘマトコッカス・プルビアリスである。
【0014】
別の実施態様では、上記のいずれの方法においても、上記乾燥はスプレードライ法により行われる。
【0015】
さらなる実施態様では、上記のいずれの方法においても、上記スプレードライ法はスプレードライ装置を用いて行われ、該スプレードライ装置において排風温度が125℃以上となるように調整される。
【0016】
本発明はさらに、キサントフィルの製造方法を提供し、該方法は、上記のいずれかのキサントフィルの保存安定性を高める方法を含む。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法によれば、キサントフィル含有乾燥藻体中のキサントフィルを、室温で(すなわち、冷凍あるいは冷却することなく)、長期に亘って安定に保持することが可能である。本発明の方法により得られるキサントフィル含有乾燥藻体は、室温で長期保存が可能であり、キサントフィル、特にアスタキサンチンの抽出・精製に適切に用いられ得る。そのため、例えば、アスタキサンチン含有藻体の培養工程とアスタキサンチンの抽出・精製工程とを分離することができ、アスタキサンチンの製造を効率よく、かつ低コストで行うことが可能となる。また、本発明の方法によれば、高濃度のアスタキサンチンを簡便に保存できるので、アスタキサンチンの抽出・回収が効率的に行われる。さらに、本発明の方法により得られるアスタキサンチン含有乾燥藻体を魚類用の飼料として用いた場合には、飼料中のアスタキサンチンが長期間安定に保存されるため、魚の色揚げ効果が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(藻類)
本発明に用いられる藻類は、キサントフィルを生産する藻類であれば特に限定されない。代表的には、緑藻類、例えば、ヘマトコッカス(Haematococcus)属に属する単細胞藻類が好ましく用いられる。ヘマトコッカス属の藻類としては、ヘマトコッカス・プルビアリス(H. pluvialis)、ヘマトコッカス・ラクストリス(H. lacustris)、ヘマトコッカス・カペンシス(H. capensis)、ヘマトコッカス・ドロエバケンシ(H. droebakensi)、ヘマトコッカス・ジンバブエンシス(H. zimbabwiensis)などが挙げられる。
【0019】
ヘマトコッカス・プルビアリス(H. pluvialis)としては、独立行政法人国立環境研究所に寄託されているNIES144株、米国テキサス大学藻類保存施設に寄託されているUTEX2505株、デンマークのコペンハーゲン大学のScandinavian Culture Center for Algae and Protozoa, Botanical Instituteに保存されているK0084株などが挙げられる。
【0020】
ヘマトコッカス・ラクストリス(H. lacustris)としては、ATCCに寄託されているATCC30402株および同30453株、東京大学分子細胞生物学研究所に寄託されているIAM C−392株、同C−393株、同C−394株および同C−339株、あるいはUTEX 16株および同294株などが挙げられる。
【0021】
ヘマトコッカス・カペンシス(H. capensis)としては、UTEX LB1023株などが挙げられる。
【0022】
ヘマトコッカス・ドロエバケンシ(H. droebakensi)としては、UTEX 55株が挙げられる。
【0023】
ヘマトコッカス・ジンバブエンシス(H. zimbabwiensis)としては、UTEX LB1758株などが挙げられる。
【0024】
これらの中でも、ヘマトコッカス・プルビアリスが好ましく用いられる。
【0025】
(キサントフィルを含有する藻体の培養)
キサントフィルを含有する藻体は、キサントフィルを生産可能な条件下で上記藻体を培養することにより得られる。キサントフィルの生産条件に特に制限はない。例えば、明条件下、二酸化炭素を通気しつつ、窒素源および微量金属類を含有する培地中で藻体の栄養細胞を増殖させた後、増殖した藻体に、光照射などの物理的ストレス、栄養飢餓などの生物学的ストレス、過酸化水素および/または鉄化合物などの添加による化学物質ストレスなどのストレスを、単独であるいは組み合わせて与えることにより、栄養細胞をシスト化に導く方法が挙げられる。また、炭素源として酢酸などを添加して暗培養を行って、藻体を栄養増殖させ、次いでシスト化を行ってもよい(例えば、特許文献2および6参照)。
【0026】
得られた藻体は、例えば、遠心分離により回収され、必要に応じて、水洗された後、固形分濃度約5〜40%、好ましくは、10〜30%の藻体濃度に調整され、以下で詳述する乾燥工程に付される。
【0027】
本発明において、キサントフィルとは、含酸素官能基を含むカロチノイド類の総称であり、特定の化合物をいうわけではない。本発明においては、主として藻類が生産するキサントフィルをいい、このようなキサントフィルとして、代表的には、アスタキサンチン、カンタキサンチン、ゼアキサンチン、アドニルピン、アドニキサンチン、クリプトキサンチン、これらの脂肪酸エステルなどが挙げられる。
【0028】
(藻体の乾燥)
キサントフィルを含有する藻体の乾燥は、乾燥藻体中の水分含量が3質量%以下となるように行う。乾燥藻体中の水分含量が3質量%を超えると、保存時に乾燥藻体内のキサントフィルの分解が進行し、キサントフィルの保存安定性が悪くなる。
【0029】
乾燥方法に特に制限はない。ドラム乾燥(例えば、国際公開第2000/057724号パンフレットを参照のこと)、熱風乾燥法(例えば、特開2002−119252号を参照のこと)、冷凍乾燥法(例えば、米国特許第6163979号明細書を参照のこと)、スプレードライ法などが挙げられる。キサントフィルの熱分解を防止する観点からは、冷凍乾燥法などの低温乾燥が好ましいが、乾燥に時間がかかり、乾燥設備にコストがかかるなどの問題がある。ドラム乾燥法、熱風乾燥法、またはスプレードライ法の場合、加熱により、キサントフィルが分解するおそれがあるため、加熱温度および加熱時間に注意を要する。
【0030】
乾燥温度は、藻体内のキサントフィル(特に脂肪酸とのエステル体)が分解しないように、できるだけ低い方が好ましく、藻体内の温度が100℃を超えないようにすることが好ましい。ドラム乾燥法および熱風乾燥法では、加熱温度を100℃以上とすると藻体内の温度が100℃以上に上昇することがある。スプレードライにおいては、藻体のスラリーがスプレーされるので、スプレーされた藻体は塊を形成しにくい。そのため、藻体は短時間で均一に乾燥されて、藻体内のキサントフィルの熱分解が抑えられ得る。そのため、本発明においては、スプレードライ法が好ましく採用される。
【0031】
スプレードライ法は、任意のスプレードライ装置を用いて行われ得る。代表的なスプレードライ装置を図1に模式的に示す。このようなスプレードライ装置による藻体の乾燥工程を、図1に基づいて説明する。
【0032】
スプレードライ装置の本体1には、藻体を含むスラリーがスラリータンク2から供給される。スラリーは、コンプレッサー3からの圧縮空気とともにアトマイザー4の先端から本体1内に噴霧される。本体1内にはヒーターチャンバー5内のヒーター6によって暖められた空気が供給されて、噴霧された藻体が乾燥される。藻体は、落下して、本体1のスロープ部7に堆積する。スロープ部7に設けられたハンマー8は、スロープ部7に衝撃を与え、そしてこの堆積した藻体を本体1の下部に落下させる。流路9の後端には、ファン10が設けられており、このファン10を回転させることによって、ヒーター6によって暖められた空気がヒーターチャンバー5から本体1内に導入され、乾燥された藻体をサイクロン(回収器)11内に導く。なお、流路9に設けられた温度計12は、本体1からサイクロン(回収器)11へ導かれる乾燥藻体を含む空気の温度を測定する。サイクロン11では、乾燥藻体が下部に堆積するため、バルブ13を開くことによって、容器14内に藻体を回収できる。
【0033】
このようなスプレードライ装置においてヒーターチャンバー6から本体1に導入される熱風温度は200〜400℃が好ましく、250〜350℃がより好ましく、300℃付近がさらに好ましい。スプレードライ装置において、流路9における排風温度は、120℃を超えることが好ましく、125℃以上がより好ましく、130℃以上がさらに好ましい。しかし、排風温度が150℃を超えると、藻体内の温度が高くなりすぎ、キサントフィルの熱分解が起こる可能性があるため、排風温度は150℃未満が好ましく、140℃以下がより好ましい。このようなスプレードライ法による乾燥を行うことにより、比較的短時間で乾燥藻体の水分含量が3質量%以下となる。特にキサントフィルがアスタキサンチンである場合は、排風温度を150℃以下に保つことが好ましい。さらに、スプレードライ法は、排風温度を調整することにより、乾燥する藻体の濃度にほとんど依存することなく、乾燥藻体中の水分含量を調整することができるため、好ましい。
【0034】
上記のプロセスにより水分含量を3質量%以下とすることによって、より好ましくは、スプレードライ法を用いて、排風温度を125℃以上の温度に調整して藻体を乾燥させて、乾燥藻体中の水分含量は3%以下になる。得られた乾燥藻体を、例えば、30〜40%の湿度の空気中にてガラス瓶などに入れて密封遮光し、室温で保存しても、キサントフィルの分解はほとんど起こらない。ある実施態様では、アスタキサンチンを含有しそして水分含量が3%以下の藻体を、30〜40%の湿度の空気中にて室温で50日間保存した場合、アスタキサンチンの分解率は10%未満である。一方、乾燥藻体内の水分含量が3%を超えると、同じ条件で50日間保存した場合、アスタキサンチンの分解率は40%にも達する。このように、本発明の方法によれば、藻体中でのキサントフィルの保存安定性が高められ、したがって藻体中でキサントフィルを長期間保存することが可能である。乾燥後、乾燥藻体は、さらなるキサントフィルの分解を防ぐため、水分を吸収しないように、低湿度かつ低酸素雰囲気中、例えば、真空アルミパック中で保存することが好ましい。
【0035】
なお、乾燥藻体の水分含量は、以下の方法で求められる。所定の温度に調節した低温乾燥機にガラスシャーレを蓋とともに入れ、1時間加熱後デシケーターに移す。放冷してガラスシャーレの温度が室温に達したら、直ちに0.1mg単位まで秤量する。再び加熱、放冷、および秤量の操作を繰り返し、恒量(Wg)を求める。次いで、1〜2gの試料を素早く採取し、ガラスシャーレ上に平らに広げ、蓋をし、正確に秤量(Wg)する。低温乾燥機の中に蓋をずらして入れる。低温乾燥機が105℃に達してから、3時間乾燥後、乾燥機中で素早くガラスシャーレに蓋をし、デシケーターに移し放冷する。室温に達したら直ちに秤量する(Wg)。試料中の水分含量は以下の式で求められる。
試料中の水分(%)=(W−W)/(W−W)×100
【0036】
(キサントフィルの抽出・回収・精製)
水分含量が3質量%以下の乾燥藻体からキサントフィルを抽出し、回収することができる。キサントフィルの抽出・回収方法に特に制限はなく、当業者が通常用いる方法が用いられる。例えば、クロロホルム、ヘキサン、アセトン、メタノール、エタノールなどの有機溶媒、食用油脂などを用いる化学的抽出方法、あるいは圧搾などの物理的抽出方法が用いられる。あるいは、超臨界抽出法を用いて抽出・回収してもよい。抽出後、濃縮・晶析、合成樹脂(例えば、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体など)による分画などの方法で精製することができる。
【0037】
本発明によれば、水分含量が3質量%以下に調整された藻体中ではキサントフィルが高濃度に保存されるため、この藻体から抽出・回収されるアスタキサンチンの量は減少しない。したがって、本発明の保存方法または保存安定性を高める方法を利用することにより、大量に培養した藻類から効率よくキサントフィルを回収および製造することができる。
【実施例】
【0038】
以下、ヘマトコッカス属の藻体を用いる実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されないことはいうまでもない。
【0039】
まず、キサントフィルの測定方法、アスタキサンチン異性体の測定方法、および藻体の乾燥質量の測定方法について説明する。
【0040】
(キサントフィルの測定)
一定量の試料を、ビーズビーダー専用のミクロチューブに採る。同チューブにジルコニアビーズを加えた後、アセトンを加え、ビーズビーダーで試料を破砕する。破砕後、試料を、遠心分離によって上清と沈殿とに分け、上清(すなわち、アセトン画分)を回収する。沈殿には再びアセトンを加え、上記と同様の操作を、沈殿の色がほぼ完全に白くなるまで繰り返す。回収したアセトン画分を合わせて、ジメチルスルホキシド(DMSO)で100倍に希釈し、492nmにおける吸光度(A492)および750nmにおける吸光度(A750)を測定する。回収アセトン画分(試料)中のキサントフィルの濃度(フリー体換算)は、以下の式で求められる。
【0041】
試料中のキサントフィル濃度(μg/mL)=4.5×100×(A492−A750
【0042】
なお、以下の実施例で使用するヘマトコッカス・プルビアリスが生産するキサントフィルは、ほとんどがアスタキサンチンである。上記キサントフィルの測定方法は、アスタキサンチンの測定にも適用される。
【0043】
(アスタキサンチン異性体の測定方法)
上記キサントフィルの測定のために調製した試料(回収アセトン画分)を0.15Mリン酸緩衝液(pH7.0)中に溶解し、コレステロールエステラーゼを添加して、アスタキサンチンエステルを加水分解する。この加水分解物を、C18カラムを付けたHPLCで分析する。検出器としてはUV検出器またはフォトダイオードアレイ検出器を使用する。HPLCの分析条件は、非特許文献1に記載の条件と同じである。この条件で、trans−アスタキサンチン(保持時間約7.9分)、9−cis−アスタキサンチン(保持時間約8.9分)、および13−cis−アスタキサンチン(保持時間約9.3分)の順に溶出する。これらの化合物についてモル吸光係数が同じであると仮定し、面積値を比較することにより各化合物の割合を求める。
【0044】
(藻体濃度の測定方法)
藻体濃度を以下のようにして測定する。所定量の培養液を採取し、GC50ガラス繊維ろ紙(TOYO・ADVANTEC製)上で吸引濾過する。無機塩類を溶解するために、ろ紙をpH4の塩酸水溶液5mLで2回洗浄する。次いで、ろ紙を、105℃の恒温乾燥機で3時間乾燥させ、真空デシケーター中で室温まで1時間冷却し、ろ紙の乾燥質量を測定する。なお、GC50ガラス繊維ろ紙は、予め、上記恒温乾燥機で、105℃にて1時間乾燥させて、その質量を測定しておく。藻体を吸着させた乾燥ろ紙の質量から、予め測定したろ紙の乾燥質量を差し引いて藻体の乾燥質量を求めることにより、単位容積あたりあるいは単位質量あたりの藻体濃度が測定される。なお、乾燥藻体の分散液中の藻体濃度は、塩酸水溶液での洗浄を行わないこと以外は、上記と同様の方法で測定される。
【0045】
(調製例:アスタキサンチンを含有する藻体の培養)
アスタキサンチンを生産するヘマトコッカス・プルビアリスK0084株(以下、単にK0084株という)を用いた。1.5L容のライトパス25mmの密閉式扁平培養瓶に、以下の表1に示す成分を含むMBG−11培地を1L入れ、初発の濃度が0.6g/LとなるようにK0084株を接種した。
【0046】
【表1】

【0047】
K0084株を3容積%のCOを含む空気を600mL/分の速度で(すなわち、0.6vvmで)通気しながら、培養温度を25℃およびpHを6〜8の間で調整し、以下に示す光照射条件下で5日間培養した。
【0048】
光照射は、光源として白色蛍光灯(松下電器産業株式会社製、FL40SSW/37)を用いた。光照射の強度は、LICOR−190SA平面光量子センサーを用いて測定した培養槽受光方向のPPFDが100μmol−p/msとなるように、光照射の強度を調整した。
【0049】
培養後のK0084株は、緑色から茶〜茶褐色に変色しており、シスト化したことが確認された。
【0050】
次いで、上記と同じ扁平培養瓶中に同じ培地(MBG−11培地)を入れ、初発の濃度が0.6g/Lとなるようにシスト化したK0084株を接種し、上記と同じ培養条件で200時間培養した。この培養によって、4.2質量%のアスタキサンチンを含有する藻体が得られた。
【0051】
(実施例:乾燥藻体の調製)
上記調製例により得られた藻体を、遠心分離により回収し、水洗し、藻体量がほぼ18質量%となるように調整して、スプレードライ法による乾燥に供した。スプレードライヤー(Anhydro APV PSD52)を用いて、入口側の熱風温度を300℃、出口側の排風温度を105℃、120℃、130℃、または140℃に設定し、それぞれ乾燥藻体A〜Dを得た。乾燥藻体A〜Dのそれぞれについて、水分含量、アスタキサンチン濃度、およびアスタキサンチン異性体の濃度を測定した。結果を表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
この表からわかるように、乾燥藻体中の水分含量は、排風温度が高くなるにつれて減少し、排風温度が140℃では、1.9%であった。また、藻体内のアスタキサンチンは元来そのほとんどが、9位および13位の二重結合がいずれもトランス(trans)体である。しかし、排風温度が高くなるにつれて、異性体である9−シス(9−cis)体および13−シス(13−cis)体が増加する傾向にあった。このことは、熱により、アスタキサンチンの異性化が進むことを示している。
【0054】
次に、得られた各乾燥藻体A〜Dを、ガラス瓶に30容量%となるように入れた。これを密栓し、室温で、湿度30〜40%の条件下で保存し、各アスタキサンチンの濃度を経時的に測定し、保存安定性の指標とした。結果を図2に示す。
【0055】
図2からわかるように、水分含量が3質量%以下の乾燥藻体CおよびDでは、ガラス瓶中での室温で大気雰囲気中の保存であるにもかかわらず、アスタキサンチンの分解は極めて緩やかであった。特に、水分含量が2質量%以下の乾燥藻体Dでは、80日以上経過した後でもほとんどアスタキサンチンの分解は起こらなかった。また、乾燥藻体Cでは、50日目でもその分解率は10%以下であった。一方、水分含量が3質量%以上の乾燥藻体AおよびBは、いずれもアスタキサンチンの分解が進行し、50日目には、30〜40%のアスタキサンチンが分解していた。これらのことを考慮すると、アスタキサンチンの分解には、藻体を乾燥させる時の熱よりも、乾燥藻体中の残存水分の方が大きく影響を及ぼすことが明らかとなった。これらのことから、乾燥藻体中の水分含量を3質量%以下に制御することにより、アスタキサンチンが安定に保存されることが示された。また、本発明の方法による乾燥藻体CおよびDと比較例に相当する乾燥藻体AおよびBとを比較すると、保存開始から20日目以降に残存アスタキサンチン量に大きな差が出ていた。したがって、本発明の方法は、20日間以上保存する場合に特に有用である。
【0056】
以上から、スプレードライ法を用いる場合、若干のアスタキサンチンの熱分解を許容しても、水分含量を3質量%以下とする方が、最終的にアスタキサンチンの安定的な保存に有効であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の方法によれば、キサントフィル、特に、熱、酸素、光などにより分解され易いアスタキサンチンを含有する乾燥藻体中のキサントフィル(アスタキサンチン)を、室温、空気中で、長期かつ安定に保持することができる。そのため、キサントフィル、特にアスタキサンチンの安定化、および製造に有用である。また、本発明の方法によれば、アスタキサンチン含有乾燥藻体を魚類用の飼料として用いた場合には、飼料中のアスタキサンチンが長期間安定に保存されるため、魚の色揚げ効果が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の方法に用い得るスプレードライ装置の模式図である。
【図2】各乾燥藻体中のアスタキサンチン含量の経時変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
1 本体
2 スラリータンク
3 コンプレッサー
4 アトマイザー
5 ヒーターチャンバー
6 ヒーター
7 スロープ部
8 ハンマー
9 流路
10 ファン
11 サイクロン(回収器)
12 温度計
13 バルブ
14 容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
藻体中でのキサントフィルの保存方法であって、
キサントフィルを含む藻体を培養した後、回収する工程;および
該回収した藻体を、水分含量が3質量%以下となるように乾燥させる工程;
を含む、方法。
【請求項2】
前記キサントフィルがアスタキサンチンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記藻体がヘマトコッカス属に属する緑藻である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記緑藻がヘマトコッカス・プルビアリスである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記乾燥がスプレードライ法により行われる、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。
【請求項6】
前記スプレードライ法がスプレードライ装置を用いて行われ、該スプレードライ装置において排風温度が125℃以上となるように調整される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
キサントフィル含有乾燥藻体中のキサントフィルの保存安定性を高める方法であって、藻体中の水分含量が3質量%以下となるように該藻体を乾燥させる工程を含む、方法。
【請求項8】
前記キサントフィルがアスタキサンチンである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記乾燥がスプレードライ法により行われる、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
前記スプレードライ法がスプレードライ装置を用いて行われ、該スプレードライ装置において排風温度が125℃以上となるように調整される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記藻体がヘマトコッカス属に属する緑藻である、請求項7から10のいずれかの項に記載の方法。
【請求項12】
前記緑藻がヘマトコッカス・プルビアリスである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
請求項7から12のいずれかの項に記載の方法を含む、キサントフィルの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−348270(P2006−348270A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−122180(P2006−122180)
【出願日】平成18年4月26日(2006.4.26)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】