説明

蛍光エネルギー移動現象を利用した新規グルタミン酸バイオセンサー

【課題】 検体中のグルタミン酸濃度を、小量の検体を用いて、高感度で、高速で測定する。
【解決手段】 代謝型グルタミン酸受容体の細胞外リガンド結合ドメインタンパク質(LBD)に2種類の蛍光物質をそれぞれ結合させた蛍光標識LBDタンパク質ヘテロダイマーであって、2種類の蛍光物質が蛍光エネルギー移動(FRET)におけるドナーおよびアクセプターであるヘテロダイマーを検体と接触させ、励起光を照射し、ドナー蛍光物質とアクセプター蛍光物質からの蛍光強度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規グルタミン酸バイオセンサーに関し、詳しくは代謝型グルタミン酸受容体にグルタミン酸が結合した場合に生ずる該受容体の細胞外領域の立体構造の変化を利用したグルタミン酸バイオセンサーおよびグルタミン酸濃度測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グルタミン酸は、食品の主な旨み成分でもあり、調味料として、直接料理に使用したり、人工的に生産した調味料に添加するなど様々なものに使用されている。食品以外にも石鹸やシャンプートリートメント、化粧用品やサプリメントなど幅広く利用されている。そのため、これらの加工品を製造するにあたり、調味料の味覚センサーとしての味覚検査や、製品の品質管理・検査などにグルタミン酸を検出、定量する方法などの開発が行われている。
グルタミン酸は、生体内では蛋白質構成アミノ酸のひとつであり、非必須アミノ酸であるが、代謝性ストレスなど異化機能の亢進により、体内での生合成量では不足する場合もあり、準必須アミノ酸として扱われる場合もある。体内では脳神経細胞全般にわたり大量に存在し、中枢神経系の主要な伝達物質である。そのために体内における生理活性は、摂取量と非常に密接な関係を持っていることが明らかになっている。特に、医療分野においてはグルタミン酸センサーとしての診断法、検査法などグルタミン酸の微量な検出、定量などが求められる。現在研究開発されているグルタミン酸センサーは、グルタミン酸脱水素酵素やグルタミン酸酸化酵素などを利用して、それらの酵素反応と電極を組み合わせたものが主流である(非特許文献1)。しかしながら、これらのセンサーは、最初の酵素反応で生じた電子をいくつかの化学反応ステップを介して最終的に電極にまで到達させて結果として生じる電流を検知するため、かなり間接的な測定法であり、その分、センサーの性能が使用中に不安定になる要因が多いといえる。また、電極を用いるため、ある程度の検体量が必要である、また多検体を同時に測定するようなハイスループット化が比較的困難である。
代謝型グルタミン酸受容体は7回膜貫通型GPCRであり、チャネル型受容体とは異なり、より長期的な応答を細胞に引き起こす。最近、この受容体の細胞外リガンド結合ドメイン(約520アミノ酸)の立体構造が明らかにされた(非特許文献2)。これによりこの受容体のリガンド結合ドメインはジスルフィド結合および疎水性相互作用によりホモダイマーを形成していることが明らかになり、さらにグルタミン酸結合にともなってダイマー間の相対的位置を大きく変化させて活性化されることが示唆された。
【非特許文献1】岡山大学農学部学術報告 Vol. 91, 15-22 (2002)
【非特許文献2】Nature Vol. 407 971-977 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は検体中のグルタミン酸濃度を簡便かつ迅速に定量することを目的とする。本発明はまた多検体を同時に測定することを可能にすることをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、代謝型グルタミン酸受容体の細胞外リガンド結合ドメインタンパク質(以下LBDと略す)が特定の立体構造を有するホモダイマーを形成し、これにリガンドであるグルタミン酸を加えると、グルタミン酸がLBDに結合してLBDホモダイマーの立体構造が変化するという知見に基礎をおいている。LBDを異なる2種類の蛍光物質でラベルするとLBDヘテロダイマーを形成し、グルタミン酸の結合によるLBDヘテロダイマーの立体構造の変化に伴い、2種類の蛍光物質の間の距離が変化し蛍光エネルギー移動効率も変化する。このことを利用して2種類の蛍光物質からの蛍光強度からグルタミン酸の濃度を測定するのが本発明の原理である。ここに「蛍光エネルギー移動」(FRET)とは互いの吸収スペクトルがオーバーラップする2種類の蛍光物質(ドナーとアクセプター)が、100オングストローム程度以内の距離に存在していると、ドナーの励起エネルギーがアクセプターに移動し、直接は励起していないアクセプター色素の方から蛍光が発せられる現象を言う(非特許文献2参照)。FRETにおける「ドナー」とは、励起光を吸収しそのエネルギーの一部分は蛍光として発光し、他の一部分は近接するアクセプターに移動する蛍光物質をいう。FRETにおける「アクセプター」とは、直接励起光を受けなくても、ドナーからのエネルギーを吸収し蛍光を発する蛍光物質をいう。
【非特許文献2】Stryer, L.: Fluorescence energy transfer as a spectroscopic ruler. Annu. Rev. Biochem. 47 p819-846 (1978)
【0005】
即ち、本発明は、
代謝型グルタミン酸受容体の細胞外リガンド結合ドメインタンパク質(LBD)に2種類の蛍光物質をそれぞれ結合させた蛍光標識LBDタンパク質ヘテロダイマーであって、2種類の蛍光物質が蛍光エネルギー移動(fluorescence resonance energy transfer) (FRET)におけるドナーおよびアクセプターであるヘテロダイマー、
に関する。
「代謝型グルタミン酸受容体の細胞外リガンド結合ドメインタンパク質(LBD)」とは代謝型グルタミン酸受容体のN−末端の約520のアミノ酸残基からなる、同受容体の細胞外に存在する部分でグルタミン酸が結合する部分である。本発明においてはLBDのアミノ酸残基の数は厳密なものである必要はない。
【0006】
本発明はまた、
1)上記ヘテロダイマーとグルタミン酸を含む検体を接触させ;
2)励起光を照射し、ドナー蛍光物質とアクセプター蛍光物質からの蛍光強度を測定する;
ことを含む試料中のグルタミン酸の濃度を測定する方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明はタンパク質の立体構造の変化から、検体中のグルタミン酸濃度を測定するもので従来のグルタミン酸濃度の測定方法と全く原理を異にし、次のような有利な効果を有する。
1)グルタミン酸の結合が直接光信号へ変換されるため、高感度が期待できる。光検出器に依存するが、現在の光検出技術はシングルフォトン検出が可能である。
2)原理的に、1マイクロリットル以下の極少量のサンプルのグルタミン酸濃度を定量可能である。この場合、本発明のセンサー分子をマイクロビーズ表面に固定し、そのビーズをCCDカメラを用いた顕微鏡イメージングで観察する。
3)代謝型グルタミン酸受容体へのグルタミン酸結合はミリ秒オーダーの反応であり、非常に速いため、検出の高速化が期待できる。また、電極を用いず、光検出を利用するので、多検体をすばやく測定するハイスループット化が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
LBDを蛍光標識するには2つの方法がある。その1つはLBDと蛍光タンパク質との融合タンパク質を作ることであり、他の1つはLBDのアミノ酸側鎖に低分子蛍光物質を結合させることである。いずれの場合もFRETドナーとFRETアクセプターの2つの蛍光物質が必要である。FRETドナーの蛍光波長はFRETアクセプターの蛍光波長より短くなければならない。またドナーとなる蛍光物質の蛍光スペクトルはアクセプターとなる蛍光物質の吸収スペクトルとオーバーラップしなければならない。
蛍光タンパク質の選択
【0009】
FRETのドナーとアクセプターとなりうる蛍光タンパク質の組み合わせには、CFP (Cyan fluorescent protein:蛍光タンパク質のうちシアン色の蛍光を発するもの)/YFP(yellow fluorescent protein:蛍光タンパク質のうち黄色の蛍光を発するもの)のペア、GFP(green fluorescent protein:蛍光タンパク質のうち緑色の蛍光を発するもの)/RFP(red fluorescent protein:蛍光タンパク質のうち赤色、あるいはそれより長波長の蛍光を発するもの)のペアがある。
Cyan fluorescent proteinとしてはClontech社のECFPが使用可能である。Yellow fluorescent proteinとしてはClontech社のYFPの他にEvrogen社のPhi-Yellowが使用可能である。Green fluorescent proteinとしてはClontech社のEGFPの他にEvrogen社のCop-Greenが使用可能である。Red fluorescent proteinとしてはClontech社のDsRed2、HcRed1の他にEvrogen社のHcRed-Tandemが使用可能である。
(2)LBDと蛍光タンパク質との融合タンパク質のヘテロダイマーの製造方法
【0010】
LBDと蛍光タンパク質との融合タンパク質はつぎのように遺伝子組換法によって便利に製造できる。
代謝型グルタミン酸受容体の細胞外リガンド結合ドメイン(LBD)(配列番号1)の遺伝子の3’末端にFRETのドナー、アクセプターとなる蛍光タンパク質遺伝子を融合しておく。それをInvitrogen社のpFastBac Dualベクターの2つの発現遺伝子クローニングサイトに挿入する。(或いはpFastBac Dualベクターに1つのLBD−蛍光タンパク質融合遺伝子を挿入し、それをドナーとアクセプター分の2つ用意する。)そのプラスミドをバクミド調製用大腸菌DH10Bacにトランスフォームし、そこから目的遺伝子を含有するバクミドを精製する。そのバクミドをInvitrogen社のCellfectin reagentを用いて昆虫細胞Sf9にトランスフェクションし、27℃で数日培養してその培養上清を回収する。その培養上清には目的遺伝子を持ったバキュロウイルスが含まれている。さらに、より多くのウイルスを調製するためにSf9細胞を大量調製してウイルス増幅を行った後、その培養上清をタンパク質発現用のウイルス溶液として保存しておく。タンパク質発現を行うために、ウイルス溶液をタンパク質発現用昆虫細胞であるHighFive細胞にインフェクションし、数日培養した後、培養上清を回収する。(pFastBac dualベクターにドナー融合遺伝子とアクセプター融合遺伝子の片方ずつを別々にクローニングした場合は、両方のベクターから調製した2つのウイルスを同時に同じ細胞にインフェクションすればよい。)目的遺伝子を持つウイルスはHighFive細胞に感染してその細胞の中で目的タンパク質が生産され培養上清に分泌されている。LBDはダイマーになる性質があるので、ドナー融合LBDとアクセプター融合LBDがヘテロダイマーになって培養上清に分泌されてくる。しかし、この段階では、ドナー融合LBDどうし、アクセプター融合LBDどうしがホモダイマーを形成しているものも多く含まれているため、アフィニティークロマトグラフィーを用いて最終的にドナーアクセプターへテロダイマーを調製する。例えば、ドナー融合遺伝子にFLAGタグ、アクセプター融合遺伝子にHisタグを付加しておき、これらの2つのアフィニティータグを利用してタンパク質精製を行えば、その結果得られたタンパク質は原理的にドナー融合LBDとアクセプター融合LBDのヘテロダイマーになっている。
【0011】
図1は本発明のLBDと蛍光タンパク質との融合タンパク質のヘテロダイマーの概念図の一例を示す。この例では、FRETドナータンパク質がCFPであり、FRETアクセプタータンパク質がYFPの場合であり、LBD/CFP融合タンパク質にはHisタグ、LBD/YFP融合タンパク質にはFLAGタグが付けてある。
【0012】
また本発明の別の態様において、FRETドナータンパク質とLBD融合タンパク質の代わりに、ルシフェラーゼのような生物発光を触媒する酵素とLBDとの融合タンパク質を用いてもよい。この場合、ルシフェラーゼの基質であるルシフェリンは酸素分子による酸化に伴う自由エネルギーで励起され発光するが、そのエネルギーの一部がFRETアクセプタータンパク質に移動して蛍光を発する。
(3)低分子蛍光物質の選択
【0013】
LBDを蛍光標識する他の方法はLBDのアミノ酸側鎖に低分子蛍光物質を結合させることである。FRETドナーとなりうる低分子蛍光物質には、1,5−IAEDANS、IAANS、MIANS等のナフタレン誘導体、ピレンマレイミド、ピレンヨードアセタミド等のピレン誘導体、CPM、DCIA、DACIA、DACM、MDCC、IDCC等のクマリン誘導体、フルオレセインマレイミド、5−ヨードアセタミドフルオレセイン、5−ブロモメチルフルオレセイン、オレゴングリーン488マレイミド、オレゴングリーン488ヨードアセタミド等のフロレセイン誘導体、アレクサ488マレイミド、アレクサ532マレイミド、アレクサ546マレイミド、アレクサ568マレイミド、アレクサ594マレイミド、アレクサ555マレイミド等のアレクサ誘導体、BODIPY493/503ブロモメチル、BODIPY499/508マレイミド、BODIPY507/545ヨードアセタミド、BODIPY530/550ヨードアセタミド等のBODIPY誘導体、テトラメチルローダミンマレイミド、テトラメチルローダミンヨードアセタミド、ローダミンレッドマレイミド等のローダミン誘導体、テキサスレッドマレイミド、テキサスレッドヨードアセタミド等のテキサスレッド誘導体などがある。
【0014】
FRETアクセプターとなりうる低分子蛍光物質には、フルオレセインマレイミド、5−ヨードアセタミドフルオレセイン、5−ブロモメチルフルオレセイン、オレゴングリーン488マレイミド、オレゴングリーン488ヨードアセタミド等のフロレセイン誘導体、アレクサ488マレイミド、アレクサ532マレイミド、アレクサ546マレイミド、アレクサ568マレイミド、アレクサ594マレイミド、アレクサ555マレイミド、アレクサ633マレイミド、アレクサ647マレイミド、アレクサ660マレイミド、アレクサ680マレイミド等のアレクサ誘導体、BODIPY493/503ブロモメチル、BODIPY499/508マレイミド、BODIPY507/545ヨードアセタミド、BODIPY530/550ヨードアセタミド、BODIPY577/618マレイミド、BODIPY630/650マレイミド等のBODIPY誘導体、テトラメチルローダミンマレイミド、テトラメチルローダミンヨードアセタミド、ローダミンレッドマレイミド等のローダミン誘導体、テキサスレッドマレイミド、テキサスレッドヨードアセタミド等のテキサスレッド誘導体などがある。
【0015】
好ましいFRETドナー/アクセプターの組み合わせの例はピレンマレイミド/フロレセインマレイミド、CPM/フルオレセインマレイミド、フルオレセインマレイミド/テキサスレッドマレイミド、アレクサ488マレイミド/テキサスレッドマレイミド、テトラメチルローダミンマレイミド/アレクサ633マレイミドなどがある。
(4)LBDと低分子蛍光物質の結合方法
【0016】
LBDと低分子蛍光物質の結合は、LBDに部位特異的に導入したシステイン残基を標的にして結合させる。まず、LBDリガンド結合ドメインの中で、蛍光色素を結合させたい位置を立体構造から決定し、その部位のアミノ酸残基をシステインに置換する変異、およびその前後のアミノ酸をアルギニンに置換する変異を、LBD遺伝子にPCRを用いて導入する。両サイドをアルギニン残基にすることで標的システインの反応性が増大する。そのLBD遺伝子からバキュロウイルスをBac−to−Bacシステムを用いて作成し、そのウイルスと昆虫細胞HighFiveを使って目的タンパク質を発現させる。そのタンパク質をFLAGタグを用いて精製し、10μM程度に濃縮、バッファー交換する(20mMのHEPES pH7.4、50mM NaCl)。次にTCEPを添加して標的システインを活性化しておき、そこにタンパク質等のモル程度のドナー蛍光物質を添加し、室温で30分攪拌しながら反応させる。反応後、ゲルろ過により、ラベルタンパク質と残存蛍光物質を分離し、タンパク質は再度濃縮する。次に、タンパク質の10等量程度のアクセプター蛍光物質を同様に室温で反応させ、再度ゲルろ過によりラベルタンパク質と残存蛍光色素を分離精製する。ここで得られたラベルタンパク質は、ドナーとアクセプターがダブルラベルされたタンパク質(LBD)である(ただし、ドナーのラベル率はアクセプターのラベル率よりも小さい。
【0017】
(5)グルタミン酸濃度の測定
液相法:
このセンサー分子(蛍光標識ヘテロダイマー)の水溶液をグルタミン酸を含む検体と混合し(センサー分子0.5μM in 20mM HEPES pH7.4,50mM NaCl。検体はこのセンサー溶液約500μリットルに対して約1μリットル程度添加する)、蛍光光度計を用いて、ドナーの励起光を照射し(励起光の波長はドナー蛍光物質の蛍光波長より短くする)、それぞれの蛍光物質の蛍光強度が単独でピークとなる波長で蛍光強度をそれぞれ測定してその比をとる。一方濃度既知のグルタミン酸溶液を調製し、同様に蛍光強度の比をとり、検量線を作成しておく。この検量線を用いれば検体のグルタミン酸濃度を求めることができる。
【0018】
固相法:
適当な固体担体、例えば、直径約100マイクロメーター程度のFLAG抗体アガロースビーズ表面にこの蛍光2重標識LBDをコートし、グルタミン酸を含む検体をビーズと接触させ、そのビーズを蛍光顕微鏡で観察する。検出器側には、ドナー、アクセプター両方の像が同時に観測できるW−viewシステムを導入し、デジタルCCDカメラを用いて画像をコンピュータに取り込む。2つの蛍光物質のそれぞれのチャネルの両画像の蛍光強度比を計算し、その値の違いを色の違いとして画像化する。ビーズの色はグルタミン酸濃度に応じて変化する。
用いるビーズは容積が1μl以下であるため、この方法を用いれば、最低その程度の極微量の検体量でグルタミン酸濃度が定量できることが期待される。
【実施例】
【0019】
実施例1
LBD−CFP融合タンパク質/LBD−YFP融合タンパク質ヘテロダイマーの調製とその蛍光スペクトルの測定
代謝型グルタミン酸受容体のリガンド結合ドメイン(LBD)(配列番号1)のC末端に蛍光タンパク質CFP(配列番号3)及びYFP(配列番号2)を融合するために、Clontech社のpECFP、pEYFPをテンプレートにして、それぞれの蛍光タンパク質遺伝子部分をPCRにより増幅した。PCRするためのForward、Reverse両プライマーにはXbaIサイトを挿入しておき、この制限酵素サイトを用いてLBD遺伝子のC末端に連結した。ReverseプライマーのC末端にはストップコドンをデザインしておいた。YFPを融合するLBDのN末端にはFLAGタグ付のヘマグルチニンの分泌シグナル配列を挿入し、CFPを融合するLBDのN末端には本来この受容体がもつ分泌シグナルを挿入した。CFP遺伝子を増幅するためのReverseプライマーにはヒスチジンタグを付加した。利用したLBDは、代謝型グルタミン酸サブタイプ1のアミノ酸番号522番までをコードする遺伝子である。LBD遺伝子(NotI−XbaI領域)とそれぞれの蛍光タンパク質(XbaI-XbaI領域)をXbaIサイトを用いて連結し、LBD-蛍光タンパク質融合遺伝子(LBD-CFPとLBD-YFP、NotI−XbaI領域)を作成した。これをInvitrogen社のpFastBac dualベクターにNotI−XbaIサイトを利用してクローニングした。このプラスミドをバクミド産生大腸菌であるDH10BACにトランスフォームし、Luria-agarプレート上でのブルーホワイトセレクションにより目的遺伝子を含むバクミドを生産している大腸菌コロニーをクローニングした。この大腸菌からプラスミドミニプレップアルカリ法によりバクミドを調製した。次に、このバクミドからウイルスを生産するために、バクミドを昆虫細胞Sf9にCellfectin reagentを用いてトランスフェクションした。27℃で3日間培養したのち、その培養上清を回収した。また、この時のSf9細胞を回収し、SDS−PAGEと抗FLAG抗体、抗Histag抗体によるウエスタンブロッティングで目的タンパク質が細胞内で発現していることを確認した。この段階での培養上清にはウイルスがまだ少ないため、Sf9細胞をより大量に調製し、そこにこのウイルスを感染させて、目的遺伝子をコードしたウイルスを増殖させた。このように調製したLBD−CFPウイルス、LBD−YFPウイルスの両ウイルスをタンパク質発現用昆虫細胞HighFiveに適量感染させ(225cmプレート一枚に対して100マイクロリットルのウイルス溶液を添加した)、4日から5日間培養し、その培養上清を回収してタンパク質精製に用いた(6000rpmで15分間回収した培養上清を遠心し、残存している細胞を除去した)。まず、培養上清にプロテアーゼインヒビターのカクテルを添加し(PMSF、ロイペプチン、ペプスタチン、アプロチニン)、それをAnti−FLAG抗体を架橋してあるアガロース樹脂カラム(約1ml)に直接通した。流速は1mL/min程度で行った。すべての培養上清をカラムに通した後、10mLのバッファー(10mM Tris−HCl pH7.5, 20mM NaCl)でカラムを洗った。その後、150μg/mLのFLAGペプチド(配列:DYKDDDDK, 20mM HEPES pH7.4 300mM NaCl)で目的タンパク質をカラムから溶出した。次に、約1mLのNi-agaroseに抗FLAG抗体カラムから溶出したサンプルを1mL/minの流速で通した。すべてのサンプルを通し終わった後、25mMイミダゾール、0.5M NaClのバッファーでカラムを洗い、続いて200mMイミダゾール、0.5M NaClのバッファーで目的タンパク質を溶出した。溶出サンプルを用いてウエスタンブロッティングを実施し、得られたタンパク質がLBD−CFP、LBD−YFPのヘテロダイマーであることを確認した。この方法で1リットルの培養上清から約0.5から1mgの目的タンパク質を調製できる。
【0020】
実施例2
LBD−CFP融合タンパク質/LBD−YFP融合タンパク質ヘテロダイマーの蛍光スペクトルの測定
得られたサンプルの蛍光スペクトル測定は、日立製作所社製の蛍光光度分光計(F−4500)を用いて測定した。励起光は430nmの光で行い、450nmから600nmまでの蛍光スペクトルをコンピュータに記録した。測定バッファーは20mM HEPES pH7.4、50mM NaClで行った。このヘテロダイマー溶液を430nmの光で励起した時のスペクトルは図2Aの実線のようであった。480nm付近をピークにCFPの蛍光が、530nm付近をピークにYFPの蛍光が観測されている。ここに1mMのグルタミン酸を添加すると点線のように蛍光スペクトルが変化し、CFPの蛍光が上昇し逆にYFPの蛍光が減少することが確認された(図2A)。これはグルタミン酸が結合したことで分子内で構造変化がおこり、CFP−YFP間の蛍光エネルギー移動効率が変化したことを意味している。
一方、代謝型グルタミン酸受容体のアンタゴニストであるS−MCPG(s−アルファメチルカルボキシフェニルグリシン)を添加しても、そのようなスペクトル変化はみられなかったことから(図2B)、図2Aの変化はアゴニスト特異的であるといえる。
【0021】
実施例3
検量線の作成
実施例2において様々なグルタミン酸濃度において、蛍光スペクトルの480nmと530nmの比をとり、それをプロットすると、1nMから2mMまでのグルタミン酸濃度に応じて、きれいに480/530の比が変化することがわかった(図3)。これを検量線とすれば、蛍光光度計を用いるこのような方法でサンプル中のグルタミン酸濃度を定量できる。この測定は、500μlのサンプル溶液に対して0.5μlのリガンド溶液を添加して、約1分後に蛍光スペクトルの測定をするという作業を順次行った。最終的なデータはリガンド添加によるサンプル溶液体積の変化を考慮して計算した。
【0022】
実施例4
固相法によるグルタミン酸濃度の定量
微量検体中のグルタミン酸濃度を定量する方法として、直径約100マイクロメータ程度のFLAG抗体アガロースビーズ表面にこの分子をコートし、検体と接触させ、そのビーズを蛍光顕微鏡観察した。約300μg/mlの濃度のセンサー分子溶液と、50マイクロリットルの抗FLAG抗体コートアガロースビース(Sigma社製)を混合し、4℃で12時間転倒攪拌して、センサー分子をビーズ表面にコートした。微量遠心機を用いてビーズを沈殿させ(15000rpm、30秒)、上清を捨ててWashバッファー(20mMHEPES pH7.4、50mM NaClを3回繰り返し添加してビーズを調製した。カバーガラス上にこのビーズ溶液を10μl程度のせ、蛍光顕微鏡で観察した。対物レンズは10倍(オリンパス)を使用した。リガンドを添加したときのビーズ蛍光の変化は、リガンド溶液約0.5μlをビーズ溶液ドロップに添加する形で実施した。検出器側には、CFP、YFP両方の像が同時に観測できるW−viewシステム(浜松ホトニクス社製)を導入し、デジタルCCさDカメラさを用いて画像をコンピュータに取り込んだ(アクアコスモスイメージングシステム、浜松ホトニクス社製)。CFPチャネルとYFPチャネルの両画像の蛍光強度比(CFP画像強度/YFP画像強度)を計算し、その値の違いを色の違いとして画像化した。ビーズの色はグルタミン酸濃度に応じて変化することが確認された(図4A、B)。
【産業上の利用可能性】
【0023】
食品等の味覚検査やグルタミン酸を含む製品の品質管理・検査、また医療分野における診断、血液検査など、グルタミン酸を検出、定量、濃度測定するために用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】。本発明のLBDと蛍光タンパク質との融合タンパク質のヘテロダイマーの概念図の一例を示す。この例では、FRETドナータンパク質がCFPであり、FRETアクセプタータンパク質がYFPの場合であり、LBD/CFP融合タンパク質にはHisタグ、LBD/YFP融合タンパク質にはFLAGタグが付いている。
【図2】A:グルタミン酸センサー分子(LBDと蛍光タンパク質との融合タンパク質のヘテロダイマー)の蛍光スペクトルを示す。実線はグルタミン酸を添加しない場合、破線は1mMのグルタミン酸を添加した場合である。B:実線はグルタミン酸を添加しない場合、破線は1mMのS−MCPG1を添加した場合である。
【図3】グルタミン酸濃度依存的な蛍光スペクトル変化を示す。
【図4】A:グルタミン酸センサー分子をコートしたアガロースビーズのRatio画像を示す。グルタミン酸濃度依存的にビーズの色が変化する。B:各グルタミン酸濃度におけるRatio画像をグラフ化したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
代謝型グルタミン酸受容体の細胞外リガンド結合ドメインタンパク質(LBD)に2種類の蛍光物質をそれぞれ結合させた蛍光標識LBDタンパク質ヘテロダイマーであって、2種類の蛍光物質が蛍光エネルギー移動(fluorescence resonance energy transfer)(FRET)におけるドナーおよびアクセプターであるヘテロダイマー。
【請求項2】
蛍光標識タンパク質がLBDに蛍光タンパク質を融合した融合タンパク質である請求項1に記載のヘテロダイマー。
【請求項3】
ドナー蛍光タンパク質がシアンフルオレセントプロテイン(CFP)であり、アクセプター蛍光タンパク質がイエローフルオレセントプロテイン(YFP)である請求項2に記載のヘテロダイマー。
【請求項4】
ドナー蛍光タンパク質がグリーンフルオレセントプロテイン(GFP)であり、アクセプター蛍光タンパク質がレッドフルオレセントプロテイン(RFP)である請求項2に記載のヘテロダイマー。
【請求項5】
蛍光標識タンパク質がLBDのアミノ酸残基の側鎖に低分子蛍光物質を結合させた請求項1に記載のヘテロダイマー。
【請求項6】
ドナー低分子蛍光物質がピレンマレイミドであり、アクセプター低分子蛍光物質がフロレセインマレイミドである請求項5に記載のヘテロダイマー。
【請求項7】
ドナー低分子蛍光物質がCPMであり、アクセプター低分子蛍光物質がフルオレセインマレイミドである請求項5に記載のヘテロダイマー。
【請求項8】
ドナー低分子蛍光物質がフルオレセインマレイミドであり、アクセプター低分子蛍光物質がテキサスレッドマレイミドである請求項5に記載のヘテロダイマー。
【請求項9】
ドナー低分子蛍光物質がアレクサ488マレイミドであり、アクセプター低分子蛍光物質がテキサスレッドマレイミドである請求項5に記載の方法。
【請求項10】
ドナー低分子蛍光物質がテトラメチルローダミンマレイミドであり、アクセプター低分子蛍光物質がアレクサ633マレイミドである請求項5に記載の方法。
【請求項11】
1)請求項1〜10のいずれかに記載のヘテロダイマーとグルタミン酸を含む検体とを接触させ;
2)励起光を照射し、ドナー蛍光物質とアクセプター蛍光物質からの蛍光強度を測定する;
ことを含む検体中のグルタミン酸の濃度を測定する方法。
【請求項12】
ヘテロダイマーと検体の接触を液相で行う請求項11に記載の方法。
【請求項13】
蛍光強度の測定を蛍光分光光度計を用いて行う請求項12に記載の方法。
【請求項14】
ヘテロダイマーを固相に固定して検体と接触させる請求項11に記載の方法。
【請求項15】
蛍光強度の測定を蛍光顕微鏡とCCDカメラを組み合わせた顕微鏡イメージング技術を用いて行う請求項14に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−153637(P2006−153637A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−344193(P2004−344193)
【出願日】平成16年11月29日(2004.11.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度新エネルギー・産業技術総合開発機構 健康維持・増進のためのバイオテクノロジー基盤研究プログラム/生体高分子立体構造情報解析 委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(502055481)技術研究組合 生物分子工学研究所 (4)
【Fターム(参考)】