説明

蛍光体及び蛍光体を備えた真空箱

【課題】蛍光層の劣化を防止すると共に、放電を防止しイオンビームの視認性を向上することが可能な蛍光体及び蛍光体を備えた真空箱を提供すること。
【解決手段】導電性物質を含む蛍光層12とし、この蛍光層12を導電性材料から成るベース板11の表面に成膜する。これにより、イオンビームが照射される蛍光層12に導電性物質が含まれているため、イオンビームによる電気エネルギを、蛍光層12を介して導電性材料から成るベース板11に伝達することができる。そのため、蛍光層12における蓄電を抑制し、蓄電による放電現象を防止することができる。また、導電性物質を含む蛍光層12が、導電性材料から成るベース板11の表面に成膜され、蛍光体全体が導電性を有する構成であるため、蛍光層12のスパッタリングを抑制することができる。これにより、蛍光層12の劣化を防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームの位置や形状を確認する際に利用される蛍光体及びこれを備えた真空箱に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、イオンビームの位置や形状を確認する際に、イオンビームの照射を受けて発光する蛍光体が用いられている(例えば、特許文献1)。特許文献1に記載のイオンビーム診断用導電性発光体は、導電性母材の表面に発光性材料の薄膜層が形成されたものである。また、発光体として、発光特性を有するCrを含みアルミナを主成分とする絶縁体が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−220242号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載の技術では、導電性母材の表面に発光性材料であるガラスパウダーが圧着されることで、薄膜層が形成されていたため、例えば、数十keV程度の低エネルギのビームを照射した場合でも、イオンビームによってスパッタリングされ、薄膜層が劣化することがあった。また、イオンビームを照射した際に、絶縁体である発光体に電荷が溜まり、この電荷によって放電現象が発生し、イオンビームの観察ができないという問題があった。
【0005】
本発明は、このような課題を解決するために成されたものであり、蛍光層の劣化を防止すると共に、放電を防止しイオンビームの視認性を向上することが可能な蛍光体及び蛍光体を備えた真空箱を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による蛍光体は、導電性母材の表面に、導電性物質を含む蛍光層が成膜されていることを特徴としている。
【0007】
このような蛍光体によれば、イオンビームが照射される蛍光層に導電性物質が含まれているため、イオンビームによる電気エネルギを、蛍光層を介して導電性母材に伝達することができる。これにより、蛍光層における蓄電を抑制し、蓄電による放電現象が防止される。また、導電性物質を含む蛍光層が、導電性母材の表面に成膜され、蛍光体全体が導電性を有する構成であるため、蛍光層のスパッタリングを抑制することができる。これにより、蛍光層の劣化を防止することができる。
【0008】
このような蛍光層は、溶射によって成膜されていることが好ましい。このように溶射によって、蛍光層を成膜することで、導電性物質を含む蛍光層と、導電性母材との密着強度を向上させて、好適な蛍光層を形成することができる。これにより、蛍光層の劣化を防止しつつ、放電現象を防止することができる。
【0009】
また、蛍光層は、導電性物質として、チタンまたはモリブデンを含むことが好適である。例えば、アルミナを主成分とし、導電性物質としてチタンまたはモリブデンを含む蛍光層を成膜してもよい。これにより、良好な発光性及び導電性を両立させることが可能となる。
【0010】
また、本発明による真空箱は、上記蛍光体と、導電性材料から成り、蛍光体と導通され当該蛍光体を保持する保持部材と、を備えることを特徴としている。
【0011】
このような真空箱によれば、イオンビームが照射される蛍光層に導電性物質を含む蛍光体を備える構成であるため、イオンビームによる電気エネルギを、蛍光層を介して導電性母材に伝達することができる。また、蛍光体が導電性材料から成る保持部材によって保持されているため、蛍光体に伝達された電気エネルギを、導電性材料から成る保持部材を介して、外部に逃がすことができる。これにより、蛍光層における蓄電を抑制し、蓄電による放電現象が防止される。また、導電性物質を含む蛍光層が導電性母材の表面に成膜され、蛍光体自体が導電性を有する構成であるため、蛍光層のスパッタリングを抑制することができる。これにより、蛍光層の劣化を防止することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の蛍光体及び蛍光体を備えた真空箱によれば、蛍光層の劣化を防止すると共に、放電を防止しイオンビームの視認性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る重粒子線の入射器の概略構成図である。
【図2】本発明の実施形態に係る蛍光体の側面図である。
【図3】押え板によって保持された蛍光体の正面図である。
【図4】蛍光体を保持するホルダの断面図である。
【図5】本発明の実施形態に係る蛍光体を備えた真空箱の横断面図である。
【図6】本発明の実施形態に係る蛍光体を備えた真空箱の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明による蛍光体及び蛍光体を備えた真空箱の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施形態に係る重粒子線の入射器の概略構成図である。
【0015】
図1に示す入射器1は、例えばがん治療などに利用される重粒子加速器に用いられるものであり、重粒子加速器の主加速器(シンクロトロン2)の前段に設置されている。入射器1は、イオン源3、真空箱4、第1加速器5、第2加速器6を備えている。
【0016】
イオン源3は、重粒子を加速できるように原子をイオン化して重イオンを生成する。イオン源3で生成された重イオンは、真空箱4、第1加速器5、第2加速器6を順次通過し、
予め加速された重粒子などの荷電粒子がシンクロトロン2に導入される。シンクロトロン2から取り出されたイオンビームは、がん治療などに利用される。
【0017】
真空箱4は、イオン源3と第1加速器5との間に配置され、イオンビームが通過する経路を構成する。真空箱4は、例えば、円筒状を成し、ステンレス(例えばSUS304)などの金属によって構成され、内部を真空状態とすることができる。真空箱4の壁体は、接地されている。また、真空箱4の内径は、200mm程度とされている。真空箱4内を通過するイオンビームは、例えば、数十〜1mAである。
【0018】
真空箱4には、イオンビームの位置や形状を確認するためのビームモニタとして機能する蛍光体10が設けられている。図2は、本発明の実施形態に係る蛍光体の側面図、図3は、押え板によって保持された蛍光体の正面図である。
【0019】
図2及び図3に示すように、蛍光体10は、例えば円盤状を成すベース板(母材)11と、このベース板11の表面に成膜された蛍光層12とを有する。ベース板11は、例えば、SS400などの導電性材料から成り、厚さ5mm、外径70mm程度とされている。なお、ベース板11の材質は、ステンレス鋼などその他の導電性材料でもよい。また、ベース板の形状も、矩形などその他形状でもよい。ベース板11の表面とは、イオンビームが照射される側の面である。
【0020】
蛍光層12は、導電性物質を含む蛍光材から構成されている。導電性物質としては、チタン、モリブデンなどが挙げられる。蛍光層12は、アルミナを主成分とし、チタンなどの導電性物質を約13質量%含むものである。また、蛍光層12に、微量Crを添加してもよい。
【0021】
蛍光層12は、溶射によって、ベース板11の表面に成膜されている。本実施形態では、溶射材質を、Al13TiOとし、溶射膜厚を0.3mmとしている。また、溶射による熱変形を防止するために、ベース板11の厚さを5mm以上にすることが好ましい。
【0022】
図4は、蛍光体を保持するホルダの断面図、図5は、本発明の実施形態に係る蛍光体を備えた真空箱の横断面図、図6は、本発明の実施形態に係る蛍光体を備えた真空箱の縦断面図である。
【0023】
図5及び図6に示すように、真空箱4は、蛍光体10のほかに、蛍光体10を保持するホルダ20、ホルダ20を上方から支持する吊りロッド30、吊りロッド30を駆動させる駆動装置31、真空箱4内を照らす照明ランプ40、蛍光体10を観察するための観察部45を備えている。
【0024】
真空箱4は、円筒状を成し、図6に示すように、イオンビームの進行方向に沿って配置されている。イオンビームの進行方向をX軸方向とし、X軸方向と交差する方向、図6における上下方向をY軸方向とする。真空箱4の入口側の開口端部4aは、イオン源3と接続されたビームライン8に連結され、出口側の開口端部4bは、第1加速器5と接続されたビームライン8に連結されている。
【0025】
また、真空箱4には、Y軸方向の上部に、吊りロッド30を真空箱4外に導出するための円筒部4cが設けられ、Y軸方向の下部に、蛍光体10を確認するための円筒部4dが設けられている。円筒部4cには、駆動装置31が取り付けられ、円筒部4dには、ランプ40及び観察部(CCDカメラ)45が取り付けられている。
【0026】
ホルダ20は、図4に示すように、蛍光体10を収容するための凹部22aが形成された保持部22、保持部22の上部に形成され、吊りロッド30と連結される連結部24、蛍光体10を固定するための押え板21を備えている。ホルダ20及び押え板21は、例えば、アルミ(A5052)などの金属材料によって構成されている。
【0027】
保持部22の凹部22aは、蛍光体10に対応する形状とされている。蛍光体10は、凹部22a内に収容され、蛍光体10の背面10a及び側面10bは、凹部22aを形成する壁面と当接し、導通可能とされている。
【0028】
押え板21は、図3及び図4に示すように、リング状を成し、凹部22aに収容された蛍光体10を固定するものである。押え板21は、蛍光体10の表面の外縁部と当接し、ボルト23によって、ホルダ20に固定されている。
【0029】
連結部24は、保持部22の背面から外方に突出している。連結部24及び保持部22は、所定の角度で交差して配置されている。本実施形態のホルダ20は、蛍光体10の表面と平行な線PとX軸との角度θが45度となるように、形成されている。また、連結部24は、ボルト26によって、Y軸方向に延在する吊りロッド30の下端に固定されている。
【0030】
駆動装置31は、例えば、エアシリンダを有し、吊りロッド30をY軸方向に往復駆動するものである。イオンビームを観察する場合には、蛍光体10は、イオンビームの軌道上に配置され、イオンビームを観察しない場合には、蛍光体10は、イオンビームの軌道から外れた位置に配置される。
【0031】
観察部45は、例えば、CCDカメラを有し、蛍光体10の表面を観察するものである。照明ランプ40は、蛍光体10の正面側斜め下方に配置され、蛍光体10に向けられている。
【0032】
次に、本実施形態の蛍光体10を用いたイオンビームの確認方法について説明する。まず、蛍光体10を所定の位置に配置する。具体的には、駆動装置31によって、吊りロッド30をY軸方向に移動させ、図5及び図6に示すように、通常時のイオンビームが通過する位置(真空箱4の中心を含む位置)に蛍光体10を配置する。
【0033】
蛍光体10が所定の位置に配置された後、イオンビームの照射を行う。イオンビームが、蛍光体10に当たると、蛍光体10の蛍光層12は発光する。蛍光体10の発光状態は、観察部45のCCDカメラによって、観察することができる。この観察結果に基づいて、イオンビームの位置及び形状を適宜調整することができる。
【0034】
本実施形態に係る蛍光体10によれば、蛍光層12に導電性物質が含まれているため、イオンビームによる電気エネルギが、蛍光層12を介して、導電性材料によって構成されたベース板11に伝達される。ベース板11に伝達された電気エネルギは、ホルダ20、吊りロッド30、軸受け、真空箱4の壁体などに順次伝達される。そして、真空箱4の壁体は、接地されているため、電荷を好適に逃がすことができ、蛍光層12に電荷が溜まることを防止することができる。そのため、電荷の蓄積を防止して、蛍光層12における放電現象を防止することができる。その結果、イオンビームを確実に観察することができる。
【0035】
また、蛍光体10は、導電性物質を含む蛍光層12が、導電性を有するベース板11の表面に成膜され、蛍光体10全体が導電性を有する構成であるため、電気エネルギを好適に逃がすことができ、蛍光層12のスパッタリングが抑制される。これにより、蛍光層12の劣化を防止することができる。蛍光体10の長寿命化が図られている。
【0036】
また、主成分をアルミナとし導電性物質としてチタンを含む蛍光層12が、溶射によって成膜されているため、ベース板11との密着強度を向上させて、良好な発光特性及び導電性を有する蛍光体10を実現することができる。
【0037】
以上、本発明をその実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態では、溶射によって、蛍光層12を成膜しているが、プラズマ蒸着などその他の方法によって、蛍光層12を成膜してもよい。
【0038】
また、上記実施形態では、蛍光体10は、真空箱4内に設置され、第1加速器5へ入射前のイオンビームの観察に利用されているが、蛍光体10の設置場所は、限定されず、第2加速器6の後段に、蛍光体10を設置してもよい。
【0039】
また、上記実施形態では、医療分野におけるイオンビームの観察に、蛍光体10を用いているが、例えば、物理実験など、その他の分野のイオンビームの観察に、蛍光体10を適用してもよい。
【符号の説明】
【0040】
1…入射器、2…シンクロトロン、3…イオン源、4…真空箱、5…第1加速器、6…第2加速器、8…ビームライン、10…蛍光体、11…ベース板(導電性母材)、12…蛍光層(溶射膜)、20…ホルダ、21…押え板、30…吊りロッド、31…駆動装置、40…ランプ、45…観察部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性母材の表面に、導電性物質を含む蛍光層が成膜されていることを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
前記蛍光層は、溶射によって成膜されていることを特徴とする請求項1の蛍光体。
【請求項3】
前記蛍光層は、導電性物質として、チタンまたはモリブデンを含むことを特徴とする請求項1又は2記載の蛍光体。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載の蛍光体と、
導電性材料から成り、前記蛍光体と導通され当該蛍光体を保持する保持部材と、を備えることを特徴とする真空箱。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−215748(P2010−215748A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62541(P2009−62541)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】