説明

蛍光体

【課題】ガドリニウムを含有し、発光効率の高い蛍光体を提供する。
【解決手段】II−VI族化合物半導体にガドリニウムをドーピングすることで、蛍光体の発光の色調を変化させることなく、発光効率を向上させた蛍光体を得ることができる。発光スペクトルにほとんど変化のないまま、エネルギー変換効率(すなわち発光効率)のみが改善された蛍光体を提供することができる。ガドリニウムがドープされた蛍光体の量子効率は、ガドリニウムがドープされていない対応するよりも高い値となり、ガドリニウムのドーピングによって蛍光体の発光効率が向上したことが示されている。光励起スペクトルの測定結果から、ガドリニウムがドープされた蛍光体とガドリニウムがドープされていない蛍光体との間に、ピーク波長およびスペクトル全体の形状にほとんど差はなく、蛍光体の発光の色調にほとんど変化が生じていない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体に関する。さらに詳しくは、II−VI族化合物半導体を母体とする蛍光体であって、ガドリニウムを含有することを特徴とする、発光効率の高い蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
化合物半導体を主たる構成成分とする無機材料組成物は、蛍光、リン光などの発光材料、蓄光材料などの分野で用いられている。これらの無機材料の中には、電気エネルギーを光に変換して自発光する特性を有するものもあり、光源、表示装置用素子などの用途に一部実用化されている。しかしながら、現在知られている材料は、電気エネルギーの光変換効率が不十分であり、そのため発熱、消費電力などの問題を生じることから、用途が限定されている。
【0003】
近年、上記問題を生じない高効率蛍光体として、希土類元素を含有する蛍光体が開発されている。例えば、希土類賦活アルカリ土類金属ハロゲン化物系蛍光体前駆体(特許文献1)、ユーロピウム酸化物、イットリウム、ランタンまたはガドリウム酸化物、タングテンまたはモリブデン酸化物からなる混合物を加熱焼成して得られる蛍光体(特許文献2)が知られている。
【0004】
しかしながら、特許文献1および2に開示された蛍光体は、高価な希土類元素を多量に使用した希土類蛍光体であり、経済的に優位な材料とはいい難い。
【0005】
ところで、ガドリニウムは希土類元素に属するが、蛍光体にガドリニウムが添加された場合に得られる効果は十分に解明されていない。
前述した特許文献1および2には、他の希土類元素とともにガドリニウムも列挙されているが、ガドリニウムの添加により得られる効果は具体的に示されていない。また、特許文献2には、ユーロピウム酸化物とともにガドリニウム酸化物を用いた蛍光体の製造例が記載されているが、ガドリニウム酸化物のみを使用した製造例は記載されておらず、ガドリニウムの添加によりいかなる効果が得られるのか明らかにされていない。
【特許文献1】特開2004−155617公報
【特許文献2】特開2005−298817公報
【0006】
また、イットリウムイオンなどのIIIa族イオンをドープした硫化亜鉛にガドリニウムなどの希土類イオンを付活させた蛍光体も知られている(特許文献3)。しかしながら、特許文献3には、付活金属の一つとしてガドリニウムが例示されているものの、ガドリニウムがドープされた蛍光体に関する記載はなく、ガドリニウムのドーピングによる効果は示されていない。
【特許文献3】特開2006−77111公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上に述べたように、従来知られている無機蛍光材料において、ガドリニウムをドープして蛍光材料の発光効率が改善された例は知られていない。したがって、本発明の目的は、ガドリニウムのドーピングにより、高い発光効率を示す新規な蛍光体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねたところ、驚くべきことに、II−VI族化合物半導体にガドリニウムをドーピングすることで、蛍光体の発光の色調を変化させることなく、発光効率を向上させた蛍光体を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、II−VI族化合物半導体を母体とする蛍光体であって、ガドリニウムがドープされていることを特徴とする蛍光体である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、発光スペクトルにほとんど変化のないまま、エネルギー変換効率(すなわち発光効率)のみが改善された蛍光体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に使用するII−VI族化合物半導体は、II族原子(Be,Mg,Zn,Cd,Hg)とVI族原子(O,S,Se,Te)の組み合わせによる二元化合物半導体並びにその混晶からなる半導体の総称であり、例えば、硫化亜鉛、硫化カドミウム、セレン化亜鉛、セレン化カドミウムなどを使用することができる(ただし、これらに限定されるわけではない)。これらのII−VI族化合物半導体は、単独で使用しても、複数種類を組み合わせて使用してもよい。II−VI族化合物半導体を構成する結晶構造は、六方晶、立方晶のいずれか一方の単一結晶相からなる単独体、および両方の結晶相を任意の比率で含む混成体であってもよい。
【0011】
本発明では、II−VI化合物半導体に、銅、マンガン、銀、希土類元素を単独で又は複数の元素を混合してドーピングすることができる。希土類元素として、例えば、セリウム、テルビウム、ツリウム及びユーロピウムを挙げることができる(ただし、以上の希土類元素に限定されるわけではない)。
【0012】
ガドリニウムを母体材料にドープするために使用される化合物としては、とくに限定されるものではないが、例えば、塩化ガドリニウム、臭化ガドリニウム、ヨウ化ガドリニウムなどのハロゲン化物、硫酸ガドリニウム、硝酸ガドリニウムなどの鉱酸塩、酢酸ガドリニウム、酪酸ガドリニウム、安息香酸ガドリニウムなどの有機酸塩、ガドリニウムアセチルアセトネートなどの錯体をあげることができる。
【0013】
ガドリニウムをドープする方法に関しては、無機半導体材料に付活剤をドープするための、当業界で公知及び/又は慣用のいずれの方法を採用してもよい。II−VI族化合物半導体に付活元素をドープするための一般的な方法としては、例えば、付活元素を含む化合物をII−VI族化合物半導体と混合して加熱焼成する方法、あるいは、付活元素を含む化合物とII−VI族化合物半導体との混合物に外部から瞬間的に加速度的な力を加えて、II−VI族化合物半導体に付活元素を導入する方法などがあげられる(ただし、これらの方法に限定されるものではない)。本発明の蛍光体の製造において、ガドリニウムのドーピングを実施する工程は、蛍光体前駆体を処理して蛍光体を得た後で行ってもよく、あるいは、蛍光体前駆体の製造段階で付活金属のドーピングと同時に行ってもよい。
【0014】
加熱焼成する方法を採用する場合、焼成温度としては、II−VI族化合物半導体の結晶形が変化する温度以上で且つ昇華する温度以下で実施するのが好ましく、具体的には、500℃以上1250℃以下、好ましくは、700℃以上1230℃以下、より好ましくは、800℃以上1200℃以下の温度範囲で実施する。
【0015】
焼成温度までの昇温速度は、とくに限定されるものではないが、通常、2.0℃/分以上40.0℃/分以下の速度で昇温する。昇温速度が早すぎると、炉体やII−VI族化合物を入れる容器を破損することがあり、また昇温速度が遅すぎると、生産効率が著しく低下するため好ましくない。このような観点から、2.5℃以上30.0℃以下の温度で実施することが好ましい。
【0016】
本発明に母材として使用するII−VI族化合物半導体のVI族元素が硫黄又はセレンである場合には、焼成時に硫黄又はセレンが欠落することがある。そこで、欠落する元素を補うために予め単体の硫黄又はセレンを添加しておくことができる。添加する量はとくに限定されるものではなく、通常、II−VI族化合物半導体100重量部に対して、0.1重量部〜300重量部、より好ましくは、1重量部〜200重量部で実施される。
【0017】
また、II−VI族化合物半導体にガドリニウムをドーピングするために、衝撃波を利用することができる。衝撃波を与える方法としては、II−VI族化合物半導体の結晶構造を変化させる方法であればとくに制限されるものではなく、通常、0.1GPa〜100GPaの衝撃力を与える。衝撃を与える方法としては、例えば、試料を火薬とともに爆破して、爆破時に発生する衝撃波を利用する方法、衝撃銃により飛翔体を発射して試料に衝突させ、衝突時に発生する衝撃波を利用する方法などがある。
【0018】
加熱焼成時または衝撃付与時に、融剤を使用すると、ガドリニウムのドーピングを円滑に行なうことができ、好ましい。融剤としては、塩化アンモニウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化バリウム、塩化亜鉛などを例示することができる。これらは、単独で使用しても、複数を混合して使用しても構わない。使用量としては、とくに限定されるものではないが、蛍光体中への残存量を考慮して、使用するII−VI族化合物半導体100重量部に対して0.1重量部〜10重量部とするのが好ましく、0.5重量部〜5重量部とするのがより好ましい。
【0019】
II−VI族化合物半導体からなる母体中に導入されるガドリニウムの量は、特定の値に限定されるものではない。ただし、ドープされるガドリニウムの量を必要以上に多くすると、製造コストの点で経済的ではなく、また、濃度消光を引き起こすことがある一方、あまり少なすぎると、高い蛍光効率を引き出すことができないという問題が起こり得る。したがって、ドープされるガドリニウムの量は、通常、II−VI族化合物半導体100重量部に対して5〜5000ppmとなるようにするのが好ましく、10〜1000ppmとするのがより好ましい。
【0020】
焼成終了後または衝撃付与後、母材にドープされずに残留している余分のガドリニウム塩や融剤を除去するために、焼成物または衝撃付与物を洗浄する。洗浄には、中性水や酸性水が使用される。酸成分としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸などの鉱酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機酸を使用することができる(ただし、これらには限定されない)。これらの酸成分は単独で使用することもできるし、複数種類の酸成分を混合して使用することもできる。
【0021】
II−VI族化合物半導体は、酸性度の高い物質と接触すると分解することがあり得るので、酸性水を洗浄に使用する場合は、通常0.1〜20重量%の水溶液を使用するのが好ましく、1〜10重量%の水溶液を使用するのがより好ましい。II−VI族化合物半導体の分解、表面へのイオン残留性を考慮すると、酢酸を使用するのが好ましい。洗浄して得た蛍光体は、銅をドーピングした場合には、必要に応じてシアン化物イオンを含有する水溶液で洗浄し、引き続き、酸成分、場合によってはシアン化物イオンを除くために、イオン交換水で洗浄液が中性を示すまで洗浄する。さらに真空、熱風などの方法で乾燥することによって、所望の蛍光体を得ることができる。
【0022】
蛍光体が形成されたことは、量子効率を測定することによって確認することができる。量子効率とは、入射光による励起によって放出された光子の数と物質に吸収された入射光の光子の数との比であり、この数値が大きいほどドーピングの効果が高いことを意味する。量子効率は分光蛍光光度計によって測定することができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の実施例又は比較例では、焼成工程は、杉山重工株式会社製TYPE SCO−4を使用して行った。蛍光体の量子効率の測定には、日本分光株式会社製FP−6500分光蛍光光度計を使用した。入射紫外光の波長は350nmであり、量子効率の算出には同分光光度計に付属のソフトウエア(Spectra Managerfor Windows(登録商標) 95/NT ver.1.00.00)を使用した。ドープされた金属元素の母材中における濃度はICP発光分析法により測定した。
【0024】
実施例1
硫化亜鉛(堺化学製、RAK−N)20g、塩化ガドリニウム(III)6水和物(和光純薬工業、特級試薬)0.02364g、硫酸銅・5水和物0.393g、塩化マグネシウム0.428g、硫黄6gを乳鉢にとり、攪拌混合し、容積60mlの坩堝に入れた。焼成炉を窒素置換した後、坩堝を入れ、再度窒素置換した。焼成炉を炉内温度1000℃まで、毎時200℃で昇温、設定温度到達後、6時間内温を保持した後、8時間かけて、室温まで冷却した。
【0025】
得られた混合物を、15%酢酸水溶液100gで洗浄、イオン交換水200gで3回洗浄し、1%シアン化ナトリウム水溶液100gで洗浄、更に、イオン交換水200gで3回洗浄した後、120℃にて真空乾燥し、乾燥品17.64gを得た。紫外線照射による光励起スペクトルの測定結果を図1に、量子効率の測定結果を表1に示す。母材中にドープされた銅の濃度は452ppmであり、ガドリニウムの濃度は570ppmであった。
【0026】
比較例1
塩化ガドリニウムを添加しなかった以外は実施例1と同様に行い、乾燥品16.93gを得た。紫外線照射による光励起スペクトルの測定結果を図2に、量子効率の測定結果を表1に示す。
【0027】
実施例2
実施例1において、硫酸銅に代えて酢酸マンガン4水和物0.4462gを使用した以外は実施例1と同様に行い、乾燥品17.69gを得た。紫外線照射による光励起スペクトルの測定結果を図3に、量子効率の測定結果を表1に示す。母材中にドープされたマンガンの濃度は620ppmであり、ガドリニウムの濃度は700ppmであった。
【0028】
比較例2
塩化ガドリニウム・六水和物を使用しなかった以外は実施例2と同様に行い、乾燥品16.17gを得た。紫外線照射による光励起スペクトルの測定結果を図4に、量子効率の測定結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1の量子効率の測定結果から明らかなように、ガドリニウムがドープされた本発明の実施例1、2の量子効率は、ガドリニウムがドープされていない対応する比較例1、2の量子効率よりも高い値となった。このことから、ガドリニウムのドーピングによって蛍光体の発光効率が向上したことが示された。
【0031】
一方、図1〜4に示された光励起スペクトルの測定結果から、ガドリニウムがドープされた蛍光体(実施例1および2)とガドリニウムがドープされていない蛍光体(比較例1および2)との間に、ピーク波長およびスペクトル全体の形状にほとんど差はないことが分かる。このことから、ガドリニウムのドーピングによって蛍光体の発光の色調にほとんど変化が生じていないことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の蛍光体は、高いエネルギー変換効率(すなわち発光効率)を示し、産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例1で得られた乾燥品の紫外線照射による光励起スペクトルである。発光スペクトルのピーク波長は455nmおよび512nmである。
【図2】比較例1で得られた乾燥品の紫外線照射による光励起スペクトルである。発光スペクトルのピーク波長は446nmおよび510nmである。
【図3】実施例2で得られた乾燥品の紫外線照射による光励起スペクトルである。発光スペクトルのピーク波長は589nmである。
【図4】比較例2で得られた乾燥品の紫外線照射による光励起スペクトルである。発光スペクトルのピーク波長は590nmである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
II−VI族化合物半導体を母体とする蛍光体であって、ガドリニウムがドープされていることを特徴とする前記蛍光体。
【請求項2】
前記母体中には、銅、マンガン、銀、及び、ガドリニウムを除く希土類元素からなる群から選択される少なくとも1種類の金属元素がドープされていることを特徴とする、請求項1に記載の蛍光体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−280362(P2008−280362A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−123058(P2007−123058)
【出願日】平成19年5月8日(2007.5.8)
【出願人】(506297717)クラレルミナス株式会社 (20)
【Fターム(参考)】