説明

血中アディポネクチン増加剤

【課題】安全かつ効果の高い血中アディポネクチン増加剤を提供すること。
【解決手段】本発明によれば、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含む、新たなかつ安全かつ非常に効果が高い血中アディポネクチン増加剤が提供される。血中のアディポネクチン量の増加により、TNFαなどのアディポサイトカインの有害な作用を減弱あるいはそれらの作用からインスリンなどの生理活性物質の作用を保護し得る。その結果、アディポサイトカインによって引き起こされるインスリン抵抗性および高インスリン血症、ならびにメタボリックシンドロームの予防/抑制が期待できる。また、アディポネクチンの減少により、心血管病・脳血管病へ繋がる動脈硬化が進行するが、本発明の血中アディポネクチン増加剤を摂取することにより、この動脈硬化の進行を抑制することが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中アディポネクチン増加剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高血圧症、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病は、重複して発症しやすく、これは内臓に脂肪が蓄積した肥満(内臓脂肪型肥満)が原因であることがわかってきた。内臓脂肪型肥満によって誘導され、そして動脈硬化へつながる多くの危険因子、すなわち、上述の生活習慣病が重複した病態をメタボリックシンドロームといい、動脈硬化およびそれに伴って発症する心血管病・脳血管病のリスクファクターである。
【0003】
肥満は、摂取カロリーに比べ消費カロリーが少ないため、消費されなかったエネルギー源が体脂肪として蓄積する場合に引き起こされる。過剰なエネルギーが体脂肪蓄積に結びつく原因としては、運動不足、誤った摂食習慣、ストレス、脂質代謝異常(障害)、インスリンの過剰分泌、脂肪細胞の増大、褐色脂肪細胞の不足などが挙げられる。上述の内臓脂肪は、腹腔内の腸間膜につく脂肪であり、内臓の脂肪細胞はひとつひとつの細胞の中に脂肪を蓄積しやすい。
【0004】
脂肪細胞に脂肪が蓄積すると、脂肪細胞から種々のアディポカイン(例えば、TNFα、レジスチンなど)が分泌され、インスリン抵抗性(すなわち、インスリン感受性の低下)が引き起こされる。その結果、血糖値を十分に低下させられなくなるので、血糖値を制御するためにインスリンが過剰分泌され、高インスリン血症となる。高インスリン血症になると、過剰のインスリンによる脂質代謝などへの作用によって、メタボリックシンドロームが引き起こされる。
【0005】
アディポネクチンは、善玉アディポカインの1つであり、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を骨格筋および肝臓において活性化することにより、脂肪酸の燃焼および糖の取り込みを促進し、インスリン抵抗性を改善する(非特許文献1)。アディポネクチンの発現は、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化に伴って誘導される。そして、脂肪細胞が肥大していないときに脂肪細胞から活発に分泌される。一方、脂肪細胞が肥大した場合には、上述のTNFαなどによってアディポネクチンの作用が減弱される。また、脂肪細胞が肥大すると、アディポネクチンの転写は抑制され、アディポネクチンが欠乏して代謝異常が引き起こされ、メタボリックシンドロームへとつながることが報告されている(非特許文献1)。アディポネクチンの不足により発症したメタボリックシンドロームの病態が、アディポネクチンの補充により、部分的に改善することも報告されている(非特許文献1)。
【0006】
アディポネクチンは、平滑筋細胞の増殖を抑制し、単球の内皮細胞への接着を抑制することも知られている(非特許文献2)。また、アディポネクチン欠損マウスで、血管の炎症性内膜肥厚が亢進することから、アディポネクチンは、動脈硬化抑制作用を有すると考えられる。このように、体内でアディポネクチンを増加させることは、メタボリックシンドロームの予防・治療に重要であると思われる。
【0007】
また、アディポネクチン産生低下については、活性酸素種などによる酸化ストレスが原因の1つであることが示されている(特許文献1)。特に、NADPHオキシダーゼ阻害剤であるアポサイニン(apocynin)が、肥満・糖尿病マウスにおいてアディポネクチンの産生を上昇させることが示されている。NADPHオキシダーゼは、活性酸素種の産生に関与する酵素であり、肥満において脂肪細胞でその発現が上昇する。特許文献1では、この結果に基づいて、抗酸化作用を有するあらゆる化合物が低アディポネクチン状態によって引き起こされる疾患に有用であると記載しているが、このようなすべての抗酸化剤がアポサイニンと同様の効果を示すか否かは明らかではない。
【0008】
ところで、カロテノイドは、抗酸化作用を有し、種々の生理活性が注目されている天然物質である。しかし、肥満や脂肪細胞に対する作用あるいはインスリン抵抗性についての検討はほとんど行われていない。野菜または果実由来のカロテノイドが、インスリン誘導時における前駆脂肪細胞からの脂肪細胞への分化を抑制することが報告されているにすぎない(特許文献2)。また、カロテノイドの一種であるアスタキサンチンが、血中の中性脂肪濃度を調節することが報告されている(特許文献3)。しかし、アディポネクチンとカロテノイドとの関連は、上記の特許文献1でカロテノイドが抗酸化剤の1つとして挙げられている以外は、全く知られていない。
【特許文献1】特開2005−232059号公報
【特許文献2】特開2003−95930号公報
【特許文献3】特開2006−16408号公報
【非特許文献1】門脇孝ら、「アディポネクチンと糖尿病・心血管病の分子メカニズム」,第128回日本医学会シンポジウム記録集「糖尿病と動脈硬化」2004年12月2日,34−45頁
【非特許文献2】N. Ouchiら、Circulation,1999年,100巻,25号,2473-2476頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、安全かつ効果の高い、血中アディポネクチン増加剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、血中アディポネクチン増加剤を提供する。
【0011】
1つの実施態様では、上記アスタキサンチンおよび/またはそのエステルは、ヘマトコッカス属に属する微細藻類由来である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、新たなかつ非常に効果が高い血中アディポネクチン増加剤が提供される。本発明の血中アディポネクチン増加剤を摂取することにより、血中のアディポネクチン量が増加するため、インスリン抵抗性ならびにメタボリックシンドロームの病態が予防及び改善されることが期待される。また、心血管病・脳血管病へ繋がる動脈硬化を抑制することが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の血中アディポネクチン増加剤に含まれるアスタキサンチンまたはそのエステルは、以下の式:
【0014】
【化1】

【0015】
(ここで、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子または脂肪酸残基である)で示されるカロテノイドの一種である。アスタキサンチンのエステルの脂肪酸残基としては、特に限定されないが、例えば、パルミチン酸、ステアリン酸などの飽和脂肪酸、あるいはオレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、ビスホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などの不飽和脂肪酸が挙げられる。アスタキサンチンのエステルは、モノエステルまたはジエステルであり得、そしてその脂肪酸残基は均一または不均一であり得る。アスタキサンチンは、β−カロチンの骨格の両端にオキソ基とヒドロキシ基とを余分に有する構造である。これに対し、両端のヒドロキシ基が不飽和脂肪酸などでエステル化されたエステル体(例えば、オキアミ抽出物)は、分子の安定性がより良好である。
【0016】
本発明に用いられるアスタキサンチンまたはそのエステルは、化学的に合成されたものであっても、あるいは天然物由来のもののいずれであってもよい。後者の天然物としては、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを含有する赤色酵母;ティグリオパス(赤ミジンコ)、オキアミなどの甲殻類の殻;緑藻類などの微細藻類などが挙げられる。本発明においては、アスタキサンチンおよび/またはそのエステルの特性を利用できるものであれば、どのような方法で生産されたアスタキサンチンおよび/またはそのエステルを含有する抽出物をも使用することができる。一般的には、これらの天然物からの抽出物が用いられ、抽出エキスの状態であっても、また必要により適宜精製したものであってもよい。本発明においては、このようなアスタキサンチンおよび/またはそのエステルを含有する粗抽出物や破砕粉体物、あるいは必要により適宜精製されたもの、化学合成されたものを、単独でまたは適宜組み合わせて用いることができる。化学的安定性を考慮すると、好ましくはエステル体が用いられる。
【0017】
本発明の血中アディポネクチン増加剤は、血中のアディポネクチン量を増加させる。そのため、TNFαなどのアディポサイトカインの作用を減弱あるいはそれらの作用からインスリンなどの代謝活性物質の作用を保護し得る。その結果、インスリン抵抗性を予防・抑制できる。そのため、インスリン抵抗性から惹起される高インスリン血症、さらにそれに続くメタボリックシンドロームを予防または抑制し得る。
【0018】
本明細書において、メタボリックシンドロームは、当該技術分野で受け入れられているいずれかの方法により診断される。日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準は、内臓脂肪の蓄積があり(ウエスト周径が男性85cm以上、女性90cm以上)、かつ境界域高血圧を含む高血圧、高脂血または低HDL、および高血糖のうちの少なくとも2つに該当することである。また、米国高脂血症治療ガイドライン(ATPIII:Adult Treatment Panel III, NCEP National Cholesterol Education Program)に従って、以下の(i)〜(v)の5項目のうち3項目に該当すると、メタボリックシンドロームであると診断される:(i)ウエスト(腹囲)が男性で102cm以上、女性で88cm以上;(ii)血中中性脂肪が150mg/dl以上;(iii)HDLコレステロールが男性で40mg/dl未満、女性で50mg/dl未満;(iv)血圧が最大血圧で130mmHg以上または最小血圧で85mmHg以上;および(v)空腹時血糖値が110mg/dl以上。さらに、WHOによるメタボリックシンドローム診断基準に従って、高インスリン血症または空腹時血糖値が110mg/dl以上に加えて、以下の(a)〜(d)のうちの2項目に該当することである:(a)内臓肥満(ウエスト/ヒップ比>0.9(男性)、>0.85(女性)またはBMI30以上または腹囲94cm以上);(b)脂質代謝異常(中性脂肪150mg/dl以上またはHDLコレステロールが男性で35mg/dl未満、女性で39mg/dl未満);(c)高血圧(140/90mmHg以上または降圧剤服用中);および(d)マイクロアルブミン血症(尿中アルブミン排泄率が20μg/min以上または尿中アルブミン/クレアチニン比が30mg/gクレアチニン以上)。
【0019】
また、本明細書において、メタボリックシンドロームの予防とは、上記の診断基準として挙げられている項目のうちの少なくとも1つの項目に該当する状態が予防または改善されることをいう。また、本発明の血中アディポネクチン増加剤は、インスリン抵抗性に関連する疾病の予防にも有用であり得る。インスリン抵抗性に関連する疾病としては、例えば、高脂血症、動脈硬化症、高血圧症、心筋梗塞、脳血管障害、脳梗塞、狭心症、膵臓炎、糖尿病、脂肪肝、代謝異常、肥満症などの種々の生活習慣病などが挙げられる。
【0020】
本発明の血中アディポネクチン増加剤の投与経路は、経口投与または非経口投与のいずれであってもよい。その剤形は、投与経路に応じて適宜選択される。例えば、注射液、輸液、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、腸溶剤、トローチ、内用液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、外用液剤、湿布剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、軟膏剤、ローション剤、坐剤、経腸栄養剤などが挙げられる。これは、症状に応じてそれぞれ単独でまたは組み合わせて使用することができる。これらの製剤には、必要に応じて、賦形剤、結合剤、防腐剤、酸化安定剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味剤などの医薬の製剤技術分野において通常用いられる補助剤が用いられる。
【0021】
本発明の血中アディポネクチン増加剤の投与量は、投与の目的や投与対象者の状況(性別、年齢、体重など)に応じて異なる。通常、成人に対して、アスタキサンチンフリー体換算で、経口投与の場合、1日あたり0.1mg〜2g、好ましくは4mg〜500mg、一方、非経口投与の場合、1日あたり0.01mg〜1g、好ましくは0.1mg〜500mgで投与され得る。
【0022】
本発明の血中アディポネクチン増加剤は、上記のような医薬品としてだけでなく、医薬部外品、化粧品、機能性食品、栄養補助剤、飲食物などとして使用することができる。医薬部外品または化粧品として使用する場合、必要に応じて、医薬部外品または化粧品などの技術分野で通常用いられている種々の補助剤とともに使用され得る。あるいは、機能性食品、栄養補助剤、または飲食物として使用する場合、必要に応じて、例えば、甘味料、香辛料、調味料、防腐剤、保存料、殺菌剤、酸化防止剤などの食品に通常用いられる添加剤とともに使用してもよい。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0023】
(調製例1:アスタキサンチンカプセルの調製)
まず、アスタキサンチンを次のように調製した。ヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pulvialis)K0084株を、25℃にて光照射条件下3%COを含むガスを通気しながら栄養ストレス(窒素源欠乏)をかけて培養し、シスト化した。シスト化した細胞を、ビーズビーターによって破砕し、エタノールでアスタキサンチンを含む油性画分を抽出した。抽出物を減圧濃縮してエタノールを留去し、アスタキサンチンをフリー体換算で8.0%含む抽出物を調製した。
【0024】
このアスタキサンチンを8.0%含有する抽出物を用いて、1カプセル当たり以下の表1に示す成分を内包するソフトカプセルを調製した。
【0025】
【表1】

【0026】
得られたソフトカプセル1個当たりには、アスタキサンチンがフリー体換算で4mg含有される。
【0027】
(実施例1:血中アディポネクチン濃度に及ぼす効果)
20歳〜65歳の17名の軽度のメタボリックシンドロームの日本人患者を被験者として、上記調製例1で得たアスタキサンチンカプセルを、1日4カプセルずつ(1回2カプセルを朝夕食直後に)12週間にわたり摂取させた。なお、日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準は、上記のように、内臓脂肪の蓄積があり(ウエスト周径が男性85cm以上、女性90cm以上)、かつ境界域高血圧を含む高血圧、高脂血または低HDL、および高血糖のうちの少なくとも2つに該当することである。
【0028】
アスタキサンチンカプセル摂取期間中は、新たな医薬品および健康食品(サプリメントを含む)の使用、ならびに食事・運動療法や理学療法の新たな導入を禁止した。摂取開始日の朝食前、摂取開始後4週目、摂取開始後8週目、および摂取終了日の翌日の朝食前に、各被験者から採血し、血中のアディポネクチン濃度を測定した。アディポネクチン濃度は、ヒトアディポネクチンELISAキット(大塚製薬株式会社)を用いて測定した。
【0029】
血中アディポネクチン濃度測定の結果を図1に示す。図1は、アスタキサンチンカプセル摂取前後の全被験者の血中アディポネクチン濃度の平均値の経時変化を示す。縦軸の数値の単位はμg/mLである。
【0030】
図1からわかるように、アスタキサンチンの摂取開始後8週および12週で、血中アディポネクチン濃度の有意な増加が認められた(t検定、p<0.05)。また、摂取開始後12週では、アディポネクチン量が摂取前の量の123%まで増加していた。このように、アスタキサンチンの連続的摂取により、ヒトの血中でアディポネクチン量が徐々に増加することが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の血中アディポネクチン増加剤は、血中のアディポネクチン量を増加させる。そのため、TNFαなどのアディポサイトカインの有害な作用を減弱あるいはそれらの作用からインスリンなどの代謝活性物質の作用を保護し得る。その結果、アディポサイトカインによって引き起こされるインスリン抵抗性および高インスリン血症、ならびにメタボリックシンドロームを予防/抑制することができる。そのため、高血圧症、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病を予防することが期待される。また、アディポネクチンの減少により、心血管病・脳血管病へ繋がる動脈硬化が進行するが、この動脈硬化の進行を抑制することが期待される。
【0032】
本発明の血中アディポネクチン増加剤の有効成分であるアスタキサンチンおよび/またはそのエステルは食経験が長く、毒性が非常に低いため、安全性が極めて高い。したがって、医薬品として使用されるだけでなく、健康食品などとして日常的に予防的に用いるために好適である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】アスタキサンチンカプセル摂取前後の被験者の血中アディポネクチン濃度の平均値の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスタキサンチンおよび/またはそのエステルを有効成分として含有する、血中アディポネクチン増加剤。
【請求項2】
前記アスタキサンチンおよび/またはそのエステルが、ヘマトコッカス属に属する微細藻類由来である、請求項1に記載の血中アディポネクチン増加剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−179609(P2008−179609A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−309974(P2007−309974)
【出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】