説明

血液粘度の推定方法、血液粘度比の推定方法、血液粘度モニタリング装置、及び、血液粘度比モニタリング装置

【課題】継続的に血液粘度を測定できる血液粘度の推定方法、血液粘度比を測定できる血液粘度比の推定方法、血液粘度モニタリング装置、及び、血液粘度比モニタリング装置を提供することを目的とする。
【解決手段】血液粘度の推定方法は、人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、入口圧力、出口圧力、及び血液の流量から血液粘度を算出する工程と、から構成される。血液粘度比の推定方法は、上記の各工程に加え、血液のヘマトクリット値及び血液温度を測定する工程と、ヘマトクリット値及び血液温度から正常血液粘度を算出する工程と、血液粘度と前記正常血液粘度との粘度比を算出する工程と、から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体外循環における血液粘度の推定方法、血液粘度比の推定方法、血液粘度モニタリング装置、及び、血液粘度比モニタリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓内部の病変に対し、開心術を行うために、体外循環が行われる。体外循環とは、心臓に向かって帰ってくる静脈血の一部を体外に誘導し、人工肺を使用して、体外で静脈血を人工的に動脈血化した後、これを生体の動脈系内に再送入し、心血流遮断中の患者の生体の血行動態を含む生理的恒常性を維持し、酸素を供給し続ける操作である。
【0003】
体外循環に使用する血液循環回路では、循環中、抗凝固剤、輸液、又は輸血の投与や温度変化により、活性化全血凝固時間(ACT(Activated Whole Blood Clotting Time))が変動する可能性がある。ACTを適正値に維持できないと、血栓が形成されるおそれがある。
【0004】
このため、体外循環では、血液が固まらないようにコントロールすることが要求され、術中に投与する抗凝固剤であるヘパリン至適量のモニタリングとして、ACTの測定は欠かすことができないものになっている。
【0005】
ACTは、全血の活性化剤により内因系凝固の接触相を活性化させて凝固反応を惹起し、フィブリン形成までに要する時間を測定することによって得られる。手術中では、ACT測定装置が手術室内に設置されており、定期的にACTの測定を行っている。
【0006】
なお、特許文献1には、人工透析用血液回路に対して、血液ポンプの上流と、ダイアライザー下流との2箇所に圧力測定部を備え、両圧力測定部の圧力の和及び差から、患者の静動脈シャント部の血圧及び血液粘度を連続的に測定する装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平3−193059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ACT測定装置による測定は、検体計測である。血液を採血して固まるまでの時間を計測することで測定する方法が一般的である。そして、体外循環では、ヘパリンを投与して血液が固まりにくくしていることから、一般的に血液が固まるまで凡そ5分間程度要する。このように、ACTが測定されるまでには、一定の時間が掛かるため、持続的にACTをモニタリングできないという問題がある。
【0009】
特許文献1に開示の装置は、人工透析に用いられるものであり、人工肺を用いる体外循環にそのまま適用することはできない。
【0010】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的は継続的に血液粘度を推定できる血液粘度の推定方法、継続的に血液粘度比を推定できる血液粘度比の推定方法、血液粘度モニタリング装置、及び、血液粘度比モニタリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様に係る血液粘度の推定方法は、
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び前記血液の流量から下式1に基づいて血液粘度を算出する工程と、
を含むことを特徴とする。
【数1】


(式中、ΔPは出口圧力と入口圧力との差、Qは血液の流量、R(η)、及びα(η)はそれぞれ血液粘度に基づく人工肺固有の関数を示す。)
【0012】
本発明の第2の態様に係る血液粘度の推定方法は、
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び前記血液の流量から下式2に基づいて血液粘度を算出する工程と、
を含むことを特徴とする。
【数2】


(式中、ΔPは出口圧力と入口圧力との差、ηは血液粘度、C〜C、K及びa〜aはそれぞれ人工肺の固有定数、Qは血液の流量を示す。)
【0013】
本発明に係る血液粘度比の推定方法は、
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び前記血液の流量から血液粘度を算出する工程と、
前記血液のヘマトクリット値及び血液温度を測定する工程と、
前記ヘマトクリット値及び前記血液温度から正常血液粘度を算出する工程と、
前記血液粘度と前記正常血液粘度との血液粘度比を算出する工程と、を含み、
前記血液粘度を上記の血液粘度の推定方法を用いて求めることを特徴とする。
【0014】
また、前記正常血液粘度を、下式4に基づいて算出してもよい。
【数3】


(式中、η0(Ht(x),Tb(y))はヘマトクリット値x%(Ht(x))、血液温度y℃(Tb(y))における正常血液粘度、η0(Ht(a),Tb(y))は、所定ヘマトクリット値a%(Ht(a))、血液温度y℃(Tb(y))における正常血液粘度、η0(Ht(x),Tb(b)/η0(Ht(a),Tb(b))は、所定血液温度b℃(Tb(b))におけるヘマトクリット値x%(Ht(x))の正常血液粘度と所定ヘマトクリット値a%(Ht(a))の正常血液粘度との比を示す。)
【0015】
本発明に係る血液粘度モニタリング装置は、
人工肺に流入する血液の入口圧力を測定する入口圧力測定装置と、
前記人工肺から排出される血液の出口圧力を測定する出口圧力測定装置と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する流量測定装置と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び、前記血液の流量から血液粘度を算出する演算装置と、を備えることを特徴とする。
【0016】
更に、前記血液粘度を表示する表示装置及び血液粘度を記録する記録装置を備えていてもよい。
【0017】
本発明に係る血液粘度比モニタリング装置は、
人工肺に流入する血液の入口圧力を測定する入口圧力測定装置と、
前記人工肺から排出される血液の出口圧力を測定する出口圧力測定装置と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する流量測定装置と、
前記人工肺を流れる血液のヘマトクリット値を測定するヘマトクリット値測定装置と、
前記人工肺を流れる血液の血液温度を測定する血液温度測定装置と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び、前記血液の流量から血液粘度を算出し、前記ヘマトクリット値、及び、前記血液温度から正常血液粘度を算出し、前記血液粘度と前記正常血液粘度との血液粘度比を算出する演算装置と、を備えることを特徴とする。
【0018】
更に、前記血液粘度比を表示する表示装置及び血液粘度比を記録する記録装置を備えていてもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る血液粘度の推定方法は、体外循環において、人工肺の入口圧力、出口圧力、及び、血液流量を測定することによって、血液凝固の判断指標として用い得る血液粘度を継続的に推定できる利点がある。
【0020】
また、本発明に係る血液粘度比の推定方法では、上記の血液粘度に加え、ヘマトクリット値と血液温度を測定することによって継続的に正常血液粘度を測定することができ、血液凝固の判断指標として用い得る血液粘度と正常血液粘度との比を継続的に推定できる利点がある。
【0021】
また、本発明に係る血液粘度モニタリング装置、血液粘度比モニタリング装置では、それぞれ継続的に血液凝固の指標として用い得る血液粘度、血液粘度比を継続的にモニタリングできるので、手術中、術者はヘパリンの至適投与量の決定等、血液が凝固しないように的確な処置を施すことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】血液粘度の推定方法の工程図である。
【図2】血液粘度の推定方法に用いる血液粘度モニタリング装置の概略構成図である。
【図3】人工肺に循環させた液体の流量と圧力差の実験結果である。
【図4】ηとCrηとの関係を示すグラフである。
【図5】ηとexp(Caη)との関係を示すグラフである。
【図6】人工肺に実粘度1.13cPの液体を循環させた際の推定粘度である。
【図7】人工肺に実粘度1.43cPの液体を循環させた際の推定粘度である。
【図8】人工肺に実粘度1.84cPの液体を循環させた際の推定粘度である。
【図9】人工肺に実粘度2.42cPの液体を循環させた際の推定粘度である。
【図10】人工肺に実粘度3.03cPの液体を循環させた際の推定粘度である。
【図11】人工肺にガスを循環させた際の液体の流量と圧力差の実験結果である。
【図12】血液粘度比の推定方法の工程図である。
【図13】血液粘度比の推定方法に用いる血液粘度比モニタリング装置の概略構成図である。
【図14】血液温度、ヘマトクリット値、正常血液粘度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(血液粘度の推定方法及び血液粘度モニタリング装置)
まず、血液粘度の推定方法について説明する。血液粘度の推定方法は、図1の工程図に示すように、人工肺の入口圧力(Pin)及び出口圧力(Pout)を測定する工程と、人工肺を流れる血液の流量(Q)を測定する工程と、測定した入口圧力、出口圧力、及び血液の流量から、血液粘度(η)を算出する工程と、から構成される。
【0024】
この血液粘度の推定方法は、図2に示す血液粘度モニタリング装置1によって実現される。人工肺12は、大静脈からの血液が流入する血液流入路11、及び、大動脈へ血液を流出する血液流出路13と接続している。血液流入路11には人工肺12の入口圧力を測定する入口圧力測定装置14が配置され、また、血液流出路13に、人工肺12の出口圧力を測定する出口圧力測定装置15、人工肺12を流れる血液の流量を計測する流量測定装置16が配置されている。そして、入口圧力、出口圧力、及び、流量の各測定値が送られ、これらから血液粘度を算出する演算装置21、血液粘度を継続的に表示する表示装置22、及び血液粘度を継続的に記録する記録装置23が備えられている。
【0025】
以下に、各工程について説明する。
【0026】
(人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程)
人工肺12の入口圧力を測定する。入口圧力は、血液流入路11に配置されている入口圧力測定装置14により測定すればよい。また、人工肺12の出口圧力を測定する。出口圧力は、血液流出路13に配置されている出口圧力測定装置15により測定すればよい。入口圧力測定装置14、出口圧力測定装置15は、それぞれ公知の種々の圧力計を用いればよい。
【0027】
(血液の流量を測定する工程)
人工肺12を流れる血液の流量を測定する。血液の流量は、血液流出路13に配置されている流量測定装置16によって測定すればよい。流量測定装置16は公知の種々の流量計を用いればよい。
【0028】
(血液粘度を算出する工程)
上述のように測定された入口圧力Pin、出口圧力Pout、及び、血液流量Qは演算装置21に送信され、演算装置21にて人工肺12を流れる血液の粘度が算出される。
【0029】
演算装置21は、下式1に基づいて、血液粘度ηを算出する。式1中、ΔPは出口圧力と入口圧力との差、Qは血液の流量、R(η)、及び、α(η)はそれぞれ血液粘度に基づく人工肺固有の関数を示している。そして、演算装置21におけるシミュレーションにより、後述する陰解法によって式1を満たす血液粘度ηが算出される。
【数4】

【0030】
ここで、式1について説明する。式1は、人工肺に種々の粘度の液体を流し、人工肺の入口圧力、出口圧力、流量の実験結果から導かれる式である。より具体的には、下式2のように示すことができる。
【数5】

【0031】
式2中、C〜Cは、血液の粘度ηと血液の流量Qに依存する種々の人工肺の圧損失の総量を規定する固有定数、K及びa〜aは、血液の流量Qに依存して変化する圧損失の粘性力と慣性力の関与の割合を規定する固有定数である。なお、n及びmは正の整数であり、単数項でも複数項でもよく、また、それぞれの項数は、同じでも異なっていてもよい。項数が多いと、より高精度に血液粘度の近似値を導き出すことができる。
【0032】
以下に、式1即ち式2の導き方の一例について、実験結果とともに説明する。
【0033】
まず、水2Lに、グリセリンを200mL毎で加え、複数の異なる粘度の液体(1.13cP、1.43cP、1.84cP、2.42cP、3.03cP)を調製した。
【0034】
それぞれの粘度の液体を、泉工医科工業株式会社製の人工肺に循環した。
【0035】
それぞれの粘度の液体を流している際に、液体を循環させる遠心ポンプの回転数を上げていき、回転数毎に液体の流量Q(L/min)、入口圧力Pin(mmHg)、出口圧力Pout(mmHg)の平均値を求めた。
【0036】
そして、入口圧力Pinと出口圧力Poutとの圧力差ΔPを算出し、図3に示すように流量Qと圧力差ΔPの関係をプロットした。
【0037】
この図3から、それぞれの粘度の液体における流量Qと圧力差ΔPとの関係式を導き出した。それぞれの関係式、及び、相関係数は表1に示す通りである。相関係数はいずれも1に近いので、それぞれ妥当な関係式といえる。
【表1】

【0038】
そして、表1のそれぞれの関係式を満たし得る一般式を導くことで、式2を定義することができる。
【0039】
例えば、式2のn、m、kをそれぞれ1とし、C及びaを0として、表1に示す関係式で導かれた定数(2.9951、3.358、4.6257、5.2272、5.9751)をCrη、指数(1.7158、1.7021、1.6019、1.6161、1.6137)をexp(Caη)+1とそれぞれ定義すると、下式3を導くことができる。Cr、及びCaは、それぞれ人工肺の固有定数である。
【数6】

【0040】
また、表1の関係式から、各粘度におけるCrη、exp(Caη)+1、及びexp(Caη)は、表2に示すとおりである。
【表2】

【0041】
そして、図4に示すように、表2に示す粘度を横軸に、また、Crηを縦軸にしてプロットした。そして、最小自乗法により、各プロットとの残差が最も小さくなる直線(一般式:y=aη)を引き、その傾き(一般式中のa)がCrに相当するので、Cr=2.1888を求めることができる。
【0042】
また、図5に示すように、表2に示す粘度を横軸に、また、exp(Caη)を縦軸にして、プロットする。流体力学において、乱流の場合、ΔPは粘度0のときQの2乗に比例し、また、粘度が無限大のとき、Qの1乗に比例する関係にあると考えられる。したがって、粘度が0のときexp(Caη)が1になるように、また、粘度が無限大のときにexp(Caη)が0に収束するように、最小自乗法によって、各プロットとの残差が最も小さくなる対数曲線(一般式:y=eaη)を導く。この一般式中のaがCaに相当するので、Ca=−0.2055を求めることができる。
【0043】
以上の工程を経ることによって、下式3’を導くことができる。
【数7】

【0044】
式3の各固有定数を求めることで得られた式3’では、入口圧力、出口圧力、及び流量の各値を測定できれば、未知数は粘度ηのみとなる。しかし、式3’は、ηについての陰関数表示式である。このため、既知のNewton−Lapson法等の数値解法を用いて、式3’よりηを推定する。これにより、ηを算出することができる。
【0045】
具体的に数値解法によるηの推定の仕方を、式3について説明すると、まず、
【数8】


とし、f(η)の一次微分であるf’(η)を、
【数9】


として計算し、ηの推定値をηとしたときの近似解ηn+1を、
【数10】


とする。そして、式3dに示す、式3bと式3cの残差ε
【数11】


が要求される測定精度以内に収束するまで反復する。このようにして、粘度ηを算出することができる。
【0046】
上述のように導いた式3’の妥当性を検討するため、異なる粘度の液体(実粘度がそれぞれ1.13cP、1.43cP、1.84cP、2.42cP、3.03cP)を上記の人工肺に循環させた。徐々に遠心ポンプの回転数を上げていき、回転数毎に入口圧力、出口圧力、流量を測定し、式3’を用いて循環している液体の粘度を推定した。
【0047】
粘度の推定結果を図6、図7、図8、図9、図10にそれぞれ示す。図6が実粘度1.13cPの液体を循環させた際の推定粘度、図7が実粘度1.43cPの液体を循環させた際の推定粘度、図8が実粘度1.84cPの液体を循環させた際の推定粘度、図9が実粘度2.42cPの液体を循環させた際の推定粘度、図10が実粘度3.03cPの液体を循環させた際の推定粘度である。
【0048】
図6〜図10それぞれの破線で挟まれた範囲は、実粘度の5%誤差の範囲を示している。循環させた液体によって、流量が小さい場合、5%の誤差の範囲から外れているものも見受けられる。しかしながら、体外循環において循環している血液の流量は、患者の体格等にもよるが、大凡4〜5L/minである。流量が4〜5L/minの範囲では、いずれの粘度の液体を流した場合でも実粘度の5%誤差の範囲にあることがわかる。
【0049】
また、圧力測定装置や流量測定装置等の機器においては、通常5%程度の測定誤差が生じ得るものゆえ、この誤差は測定誤差とも考えられる。以上のことから、実用範囲において、実粘度に近い近似値を推定できていることがわかる。
【0050】
また、人工肺には酸素ガスが送気され、二酸化炭素ガスが排気されているので、ガスの循環による影響が導いた近似式に関係するか否かを検証した。
【0051】
水にグリセリンを添加し、3種類の異なる粘度の液体を調製し、それぞれ上記の人工肺に循環させた。なお、液体の流量とガスの流量とは、1:1である。
【0052】
循環させた液体の流量と圧力差ΔPの測定結果を図11に示す。図11を見ると、いずれの粘度の液体を流した場合でも、ガス循環有りとガス循環無しで、ほぼ一致していることがわかる。したがって、人工肺への酸素ガスの送気、及び、人工肺からの二酸化炭素ガスの排気を行っていても、血液流量Qと圧力差ΔPとの関係は変わらないので、上記のように導き出される近似式は妥当性を有することがわかる。
【0053】
以上のようにして、個々の人工肺に応じた血液粘度を算出する近似式を導くことができる。そして、継続的に入口圧力、出口圧力、及び、血液流量を測定し、当該近似式を用いることで、血液粘度を継続的に推定することができる。演算装置21にて算出された血液粘度を、モニタ等の表示装置22に継続的に表示することで、手術中、術者が血液凝固の指標として認知でき、ヘパリンの投与等、血液が凝固しないように的確な処置を施すことが可能となる。また、血液粘度に閾値を設けて、閾値を超えた場合に術者に報知させるよう構成してもよい。更に、演算装置21にて算出された血液粘度を記録装置23にて継続的に記録しておいてもよい。術中における血液粘度を記録しておくことで、手術の評価やスタディモデルとして活用することができる。
【0054】
なお、体外循環装置に、人工肺の入口圧力、出口圧力、血液の流量を計測・記録可能な操作記録機能が備えられている場合、この操作記録機能を用いてもよい。例えば、操作記録機能で得られた入口圧力等のデータ信号を、受信装置を介して演算装置に送るようにし、血液粘度を推定する構成にしてもよい。
【0055】
また、上記では、一例として、表1に示したそれぞれの関係式から、人工肺の固有定数を二つ用いて式3を定義したが、式2に示す固有定数を増加させて、上記と同様の手法にてそれぞれの固有定数を求め、より実験結果に近似する近似式を導き出してもよい。そして、当該近似式に基づいて血液粘度を算出するようにしてもよい。
【0056】
(血液粘度比の推定方法及び血液粘度比モニタリング装置)
続いて、血液粘度比の推定方法について説明する。血液粘度比の推定方法は、図12に示すように、人工肺の入口圧力(Pin)及び出口圧力(Pout)を測定する工程と、人工肺を流れる血液の流量(Q)を測定する工程と、測定した入口圧力、出口圧力、及び血液の流量から、血液粘度(η)を算出する工程と、ヘマトクリット値(Ht)及び血液温度(Tb)を測定する工程と、正常血液粘度(η)を算出する工程と、血液粘度(η)と正常血液粘度(η)との粘度比(η/η)を算出する工程と、から構成される。
【0057】
ここで、正常血液粘度とは、正常時のヒトの体内を流れている血液の粘度、即ちヘパリン等が投与されていない状態でヒトの体内を流れている血液粘度をいい、正常血液粘度は、血液中のヘマトクリット値、及び、血液温度に依存する粘度である。また、ヘマトクリット値は、血液中の血球濃度(%)である。
【0058】
血液粘度比の推定方法は、図13の概略構成図に示す血液粘度比モニタリング装置2によって実現される。図13に示す血液粘度比モニタリング装置2は、図2に示した血液粘度モニタリング装置1にヘマトクリット値測定装置17、血液温度測定装置18を加えたものである。
【0059】
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程、人工肺を流れる血液の流量を測定する工程、測定した入口圧力、出口圧力、及び血液の流量から血液粘度を算出する工程については、それぞれ前述した血液粘度の推定方法と同様であるため、説明を省略する。
【0060】
(ヘマトクリット値を測定する工程)
ヘマトクリット値測定装置17にて、血液中のヘマトクリット値の測定を継続的に行う。ヘマトクリット値測定装置17は公知の種々の装置を用いればよく、また、人工肺にヘマトクリット値を測定可能な装置を設けて測定してもよい。
【0061】
(血液温度を測定する工程)
血液温度測定装置18にて、血液温度の測定を継続的に行う。血液温度測定装置18は、公知の種々の装置を用いればよく、通常手術中は継続的に血液温度を測定しているため、その血液温度を用いてもよい。
【0062】
(正常血液粘度を算出する工程)
演算装置21では、下式4に基づいて、測定したヘマトクリット値、及び、血液温度から正常血液粘度ηを算出する。
【数12】

【0063】
式4中、η0(Ht(x),Tb(y))は、ヘマトクリット値x%(Ht(x))、血液温度y℃(Tb(y))における正常血液粘度、η0(Ht(a),Tb(y))は、所定ヘマトクリット値a%(Ht(a))、血液温度y℃(Tb(y))における正常血液粘度、η0(Ht(x),Tb(b))/η0(Ht(a),Tb(b))は、所定血液温度b℃(Tb(b))におけるヘマトクリット値x%(Ht(x))の正常血液粘度と所定ヘマトクリット値a%(Ht(a))の正常血液粘度との比を示している。
【0064】
ここで、式4について説明する。上述したように、正常血液粘度とは、正常時のヒトの体内を流れる血液の粘度をいい、正常血液粘度は、ヘマトクリット値、及び、血液温度に依存している。そして、これらの関係については、SwanやReemtsmaらの研究結果から、図14に示す関係にあることが知られている。式4は、この図14に示す関係を満たす一般式を導いた式である。
【0065】
以下に、式4の導き方について、一例を挙げて説明する。式4における所定ヘマトクリット値a%を50%(Ht(50))とした場合、式4は式4’として示すことができる。
【数13】

【0066】
まず、血液温度と血液粘度の関係式、具体的には、図14に示されるヘマトクリット値50%における血液温度と正常血液粘度の関係式を導く。血液温度をTb(y)とすると、ヘマトクリット値が50%の血液粘度η0(Ht(50),Tb(y))、即ち、図14のHt:50%の近似曲線は、下式5に示す近似式として表すことができる。
【数14】

【0067】
また、図14において、ある血液温度でのヘマトクリット値72%、50%、32%、7%における正常血液粘度を、それぞれη0(Ht(72))、η0(Ht(50))、η0(Ht(32))、η0(Ht(7))とすると、η0(Ht(72)):η0(Ht(50)):η0(Ht(32)):η0(Ht(7))は、血液温度によらずほぼ一定の関係にあることがわかる。即ち、特定の血液温度におけるヘマトクリット値50%の標準血液粘度が分かれば、同血液温度における他のヘマトクリット値の標準血液粘度を、粘度比から算出することが可能である。従って、ヘマトクリット値x%、所定血液温度b℃における正常血液粘度をη0(Ht(X),Tb(b))とし、同血液温度におけるヘマトクリット値が50%の正常血液粘度をη0(Ht(50),Tb(b))とすると、標準血液粘度比η0(Ht(x),Tb(b))/η0(Ht(50),Tb(b))は、下式6のようにヘマトクリット値のみの近似式で表すことができる。
【数15】

【0068】
式5で導き出されるη0(Ht(50),Tb(y))に式6で導かれるη0(Ht(X),Tb(b))/η0(Ht(50),Tb(b))を乗算することにより、式4’が導き出される。したがって、血液温度及びヘマトクリット値がわかれば、式4’に基づいて正常血液粘度を求めることができる。
【0069】
なお、式4の一例として、上記では所定ヘマトクリット値を50%とした場合の導き方について説明したが、上述したように、異なるヘマトクリット値同士の正常血液粘度の比は、血液温度によらず、ほぼ一定であることから、所定ヘマトクリット値を異なる値にして式4を導いてもよい。
【0070】
(血液粘度比を算出する工程)
上述のように算出された血液粘度η及び正常血液粘度ηから、演算装置21にて、血液粘度比η/ηを算出する。そして、この血液粘度比を表示装置22に表示する。
【0071】
以上のようにして、継続的に人工肺の入口圧力、出口圧力、血液の流量、血液温度、及び、ヘマトクリット値を測定することで、血液粘度比を継続的に推定することができる。演算装置21にて算出された血液粘度比を、モニタ等の表示装置22に継続的に表示することで、手術中、術者が血液凝固の指標として認知でき、ヘパリンの投与等、血液が凝固しないように的確な処置を施すことが可能となる。また、血液粘度に閾値を設けて、閾値を超えた場合に音等で術者に報知するように構成してもよい。更に、演算装置21にて算出された血液粘度比を記録装置23にて継続的に記録しておいてもよい。術中における血液粘度比を記録しておくことで、手術の評価やスタディモデルとして活用することができる。
【0072】
なお、体外循環装置に、人工肺の入口圧力、出口圧力、血液の流量、ヘマトクリット値、血液温度を計測・記録可能な操作記録機能が備えられている場合、この操作記録機能を用いてもよい。例えば、操作記録機能で得られた入口圧力等のデータ信号を、受信装置を介して演算装置に送るようにし、血液粘度比を推定する構成にしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上説明したように、血液粘度、及び、血液粘度比を継続して推定できる。これらを継続して表示装置等に表示し、術者に認知させることで、人工肺を用いた体外循環における血液凝固に起因する医療事故を未然に防ぐよう、術者は的確な処置を施すことが可能となる。このように、医療機器分野における利用が期待される。
【符号の説明】
【0074】
1 血液粘度モニタリング装置
2 血液粘度比モニタリング装置
11 血液流入路
12 人工肺
13 血液流出路
14 入口圧力測定装置
15 出口圧力測定装置
16 流量測定装置
17 ヘマトクリット値測定装置
18 血液温度測定装置
21 演算装置
22 表示装置
23 記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び前記血液の流量から下式1に基づいて血液粘度を算出する工程と、
を含むことを特徴とする血液粘度の推定方法。
【数1】


(式中、ΔPは出口圧力と入口圧力との差、Qは血液の流量、R(η)、及びα(η)はそれぞれ血液粘度に基づく人工肺固有の関数を示す。)
【請求項2】
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び前記血液の流量から下式2に基づいて血液粘度を算出する工程と、
を含むことを特徴とする血液粘度の推定方法。
【数2】


(式中、ΔPは出口圧力と入口圧力との差、ηは血液粘度、C〜C、K及びa〜aはそれぞれ人工肺の固有定数、Qは血液の流量を示す。)
【請求項3】
人工肺の入口圧力及び出口圧力を測定する工程と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する工程と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び前記血液の流量から血液粘度を算出する工程と、
前記血液のヘマトクリット値及び血液温度を測定する工程と、
前記ヘマトクリット値及び前記血液温度から正常血液粘度を算出する工程と、
前記血液粘度と前記正常血液粘度との血液粘度比を算出する工程と、を含み、
前記血液粘度を請求項1又は2に記載の血液粘度の推定方法を用いて求めることを特徴とする血液粘度比の推定方法。
【請求項4】
前記正常血液粘度を、下式4に基づいて算出することを特徴とする請求項3に記載の血液粘度比の推定方法。
【数3】


(式中、η0(Ht(x),Tb(y))はヘマトクリット値x%(Ht(x))、血液温度y℃(Tb(y))における正常血液粘度、η0(Ht(a),Tb(y))は、所定ヘマトクリット値a%(Ht(a))、血液温度y℃(Tb(y))における正常血液粘度、η0(Ht(x),Tb(b)/η0(Ht(a),Tb(b))は、所定血液温度b℃(Tb(b))におけるヘマトクリット値x%(Ht(x))の正常血液粘度と所定ヘマトクリット値a%(Ht(a))の正常血液粘度との比を示す。)
【請求項5】
人工肺に流入する血液の入口圧力を測定する入口圧力測定装置と、
前記人工肺から排出される血液の出口圧力を測定する出口圧力測定装置と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する流量測定装置と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び、前記血液の流量から血液粘度を算出する演算装置と、
を備えることを特徴とする血液粘度モニタリング装置。
【請求項6】
更に、前記血液粘度を表示する表示装置及び前記血液粘度を記録する記録装置を備えることを特徴とする請求項5に記載の血液粘度モニタリング装置。
【請求項7】
人工肺に流入する血液の入口圧力を測定する入口圧力測定装置と、
前記人工肺から排出される血液の出口圧力を測定する出口圧力測定装置と、
前記人工肺を流れる血液の流量を測定する流量測定装置と、
前記人工肺を流れる血液のヘマトクリット値を測定するヘマトクリット値測定装置と、
前記人工肺を流れる血液の血液温度を測定する血液温度測定装置と、
前記入口圧力、前記出口圧力、及び、前記血液の流量から血液粘度を算出し、前記ヘマトクリット値、及び、前記血液温度から正常血液粘度を算出し、前記血液粘度と前記正常血液粘度との血液粘度比を算出する演算装置と、
を備えることを特徴とする血液粘度比モニタリング装置。
【請求項8】
更に、前記血液粘度比を表示する表示装置及び前記血液粘度比を記録する記録装置を備えることを特徴とする請求項7に記載の血液粘度比モニタリング装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2011−45450(P2011−45450A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194848(P2009−194848)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(503420833)学校法人常翔学園 (62)
【Fターム(参考)】