説明

表面処理アルミニウム材及びそれを用いた樹脂被覆アルミニウム材

【課題】密着性と耐食性に優れた表面処理アルミニウム材と、これを用いた樹脂被覆アルミニウム材であって密着性、耐食性、加工性、フェザリング性に優れ、2ピース缶の缶胴材及び缶蓋材に好適に用いられる樹脂被覆アルミニウム材を提供する。
【解決手段】アルミニウム基材と、基材表面に形成された陽極酸化皮膜と、陽極酸化皮膜表面に形成された有機化合物層とを備え、有機化合物層の形成量が炭素換算で0.5〜50mg/mであり、有機化合物が、(a)2個以上のヒドロキシル基;(b)2個以上のカルボキシル基;又は(c)1個以上のヒドロキシル基と1個以上のカルボキシル基;から成る群(a)〜(c)から選択される1つ以上の官能基を有し、陽極酸化皮膜が、3〜500nmの膜厚と7〜50%の空孔率を有する表面処理アルミニウム材、ならびに、この表面処理アルミニウム材を用いた樹脂被覆アルミニウム材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品を収容するアルミニウム缶、特に清涼飲料、アルコール飲料、炭酸飲料等を収容するための2ピース缶の缶胴材及び缶蓋材として好適な表面処理アルミニウム材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から飲料缶をはじめとする各種容器や、家具、建材用の化粧板には、アルミニウム材の表面にリン酸クロメートもしくはクロム酸クロメートの皮膜を形成し、これら皮膜の表面に、塗料を塗装した、もしくは樹脂フィルムをラミネートした表面処理アルミニウム材が用いられている。飲料缶に使用する表面処理アルミニウム材は、缶や蓋に加工する際に塗装した塗膜や、ラミネートした樹脂フィルムがアルミニウム表面から剥離しないように強い接着性が要求される。また、内容物に対する耐食性も要求される。さらに、化粧板等に使用される表面処理アルミニウム材においても、長期間にわたる良好な耐食性が要求され、成形加工する際に塗膜や樹脂フィルムがアルミニウム表面から剥離しないような強い接着性が要求される。
【0003】
リン酸クロメートもしくはクロム酸クロメートの処理によって形成される皮膜は、塗装やラミネートによって形成される樹脂被覆層との密着性や耐食性に優れた性能を示すことから、下地処理技術として広く使用されてきた。しかし、処理の際のクロム含有排水が環境汚染につながること、また、排水処理にもコストを要する欠点があった。更に、食品関係の用途には六価クロムが人体に有害であること等から、近年では脱クロム化の要求が高まりつつある。
【0004】
そこで、リン酸クロメートやクロム酸クロメート処理の代替下地処理技術として、飲料缶をはじめとするアルミニウム缶用の缶胴材や缶蓋材には、アルミニウム基材の表面に硫酸アルマイトやリン酸アルマイト等の多孔質の陽極酸化皮膜を下地層として形成し、その陽極酸化皮膜の表面に塗料を塗装しもしくは樹脂フィルムをラミネートした表面処理アルミニウム材が提案されている(特許文献1)。この表面処理アルミニウム材における陽極酸化皮膜は、アルミニウム基材の表面部分に形成される無孔質のバリア層の上に、多孔質層が成長して形成されるものである。通常、このような多孔質陽極酸化皮膜の空孔率は、60〜80%である。なお、空孔率とは、陽極酸化皮膜の表面を観察した際に、孔が占める総面積を全表面積で除算したものである。
【特許文献1】特開平6−306683号公報
【0005】
しかしながら、このような表面処理アルミニウム材は、必ずしも必要とされる密着性や耐食性を満たすものではなかった。例えば、缶胴材の加工には、絞りしごき、絞り加工などの大きな力の加わる加工が施されるため、アルミニウム材と樹脂被覆膜との密着性が低い場合には樹脂被覆膜が剥離してしまう。缶蓋材では、特に使用時に密着性が不十分であると、開缶タブの周辺で樹脂被覆膜が剥がれて、フェザリングと呼ばれる羽毛状の剥離が生じてしまう。さらに、この剥離が大幅に生じると、樹脂被覆膜が延びて切断されなくなり、開缶が困難になる虞もある。また、缶用の表面処理アルミニウム材は、内容物に対する耐食性も要求される。耐食性(耐酸密着性)が不十分な場合には、アルミニウムが飲料水と反応することにより、飲料水中に溶出しアルミニウム臭が混入してしまう。
【0006】
このような、耐食性やアルミニウム基材に対する密着性を改善する目的で、空孔率が5%未満の無孔質陽極酸化皮膜を形成することが提案されている。電気製品、器物、装飾品用途としては特許文献2に、自動車ボディーシート用途としては特許文献3に記載されている。このような無孔質陽極酸化皮膜を使用した表面処理アルミニウム缶蓋材について検討したところ、多孔質陽極酸化皮膜に比べて、樹脂被覆膜の密着性、特にフェザリング性や耐酸密着性の問題点が大幅に改善されることが判明した。
【特許文献2】特開平8−283990号公報
【特許文献3】特開平8−283991号公報
【0007】
アルミニウム基材表面に酸化皮膜として無孔質陽極酸化皮膜形成する方法では、アルミニウム基材を特定の条件下で陽極酸化処理して、アルミニウム基材表面に厚さが5〜150nmで、かつ、その陽極酸化皮膜の含水率が5%以下の無孔質陽極酸化皮膜が形成される。この無孔質陽極酸化皮膜は、従来の硫酸法等によって得られる多孔質陽極酸化皮膜や、ホウ酸、酒石酸等によって得られる無孔質陽極酸化皮膜とは異なり、含水率は5%以下と低い。そのため、塗料を焼付する際の260℃近傍、又は、樹脂フィルムをラミネートする際の200℃近傍の高温状態においても、無孔質陽極酸化皮膜の孔に取り込まれた水分やガスの放出量が極めて少なく、陽極酸化皮膜と樹脂被覆膜との密着性が一層向上する。また、この無孔質陽極酸化皮膜の表面に塗装やラミネートフィルムによって樹脂被覆膜を形成する際には、陽極酸化皮膜と樹脂被覆膜との接触面積が大きくなるために、密着性がより一層向上する。
【0008】
このような無孔質陽極酸化皮膜は、表面の孔数が少なく、しかも孔の深さが浅いため、水分や腐食性の物質が孔内に浸入し難く、耐食性は従来の陽極酸化皮膜に比較して優れている。しかし、高湿度下で長期間にわたって腐食性物質に曝されるような使用環境化においては満足できる耐食性が得られていない。
【0009】
また、このような無孔質陽極酸化皮膜を備えた表面処理アルミニウム缶材においては、殺菌(レトルト)処理(100〜130℃にて数分から数十分加温する処理)後のフェザリング性が低下し、さらには、アルミニウムと飲料水との接触によって、アルミニウムが飲料水中に溶解し、アルミニウム臭が混入してしまう問題もあった。これらはいずれも過酷な温飲料水環境に曝されるために、樹脂被覆膜の密着性が低下し、樹脂被覆膜とアルミニウム基材の界面に欠陥が生じて耐食性が低下するためであると考えられる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記問題を解決するために成されたものであり、樹脂被覆膜の密着性、耐食性及びフェザリング性に優れ、更にアルミニウムの溶出が生じない2ピース缶の缶胴材及び缶蓋材として好適な表面処理アルミニウム材を提供することを目的とする。更に本発明は、このような表面処理アルミニウム材に樹脂被覆膜を被覆した樹脂被覆アルミニウム材を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題について検討した結果、密着性及び耐食性の低下は、塗装した塗料やラミネートした樹脂フィルムなどの樹脂被覆膜から僅かに浸透する水分によって、下地層としての陽極酸化皮膜表面のヒドロキシル基を起点とした水和反応が生じることに起因することを見出した。そして、係る知見に基づき鋭意検討した結果、陽極酸化皮膜の表面に、有機化合物溶液を塗布して有機化合物層を形成することによって、上記陽極酸化皮膜表面のヒドロキシル基と当該有機化合物に官能基として含まれるヒドロキシル基又はカルボキシル基との化学的な結合により有機化合物層が形成され、陽極酸化皮膜表面のヒドロキシル基を起点とする水和反応が抑制できること、また、有機化合物に官能基として含まれるヒドロキシル基又はカルボキシル基が、樹脂被覆膜との結合を強めることを見出した。
【0012】
本発明は請求項1において、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材と、当該基材表面に形成された陽極酸化皮膜と、当該陽極酸化皮膜表面に形成された有機化合物層とを備え、
前記有機化合物層の形成量が炭素換算で0.5〜50mg/mであり、当該有機化合物が、(a)2個以上のヒドロキシル基;(b)2個以上のカルボキシル基;又は(c)1個以上のヒドロキシル基と1個以上のカルボキシル基;から成る群(a)〜(c)から選択される1つ以上の官能基を有し、
前記陽極酸化皮膜が、3〜500nmの膜厚と7〜50%の空孔率を有する表面処理アルミニウム材とした。
【0013】
更に、本発明は請求項2において、前記有機化合物をタンニンとした。
【0014】
本発明は請求項3において、請求項1又は2に記載の表面処理アルミニウム材の有機化合物層上に、エポキシ系水性塗料から形成した樹脂被覆膜又はポリエチレンテレフタレート系フィルムから形成した樹脂被覆膜を被覆した樹脂被覆アルミニウム材とした。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る表面処理アルミニウム材は、樹脂被覆膜との密着性と耐食性に優れる。更に、本発明に係る樹脂被覆アルミニウム材は、アルミニウム材と樹脂被覆膜との密着性、耐食性、加工性及びフェザリング性に優れ、アルミニウム臭の混入もなく、2ピース缶の缶胴材及び缶蓋材として好適に用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
A.表面処理アルミニウム材
本発明に係る表面処理アルミニウム材は、アルミニウム基材の表面を電解処理することによって陽極酸化皮膜を形成し、この陽極酸化皮膜の表面にタンニン水溶液等の有機化合物溶液を塗布してタンニン層等の有機化合物層を形成することにより作製される。
【0017】
A−1.アルミニウム基材
アルミニウム基材はアルミニウム又はアルミニウム合金からなり、飲料缶に用いる場合、缶胴材向けにはAl−Mn系のJIS3000系合金が、缶蓋材向けにはAl−Mg系のJIS5000系合金が好適に用いられる。なお、アルミニウム基材は、表面に付着した油脂分を除去するためのアルカリ脱脂処理(エッチング処理)や、表面の不均質な酸化皮膜を除去するための酸処理又はアルカリ処理を施したものを使用するのが好ましい。
【0018】
A−2.陽極酸化皮膜
アルミニウム基材には、下地層として陽極酸化皮膜が形成される。陽極酸化皮膜は、アルミニウム基材を陽極酸化処理することによって形成される。陽極酸化処理は、アルミニウム基材を電解液に浸漬して陽極処理を行なうものである。このような陽極酸化処理により、全体としての空孔率が7〜50%の微孔性の陽極酸化皮膜を形成する。
【0019】
形成する陽極酸化皮膜の膜厚は3〜500nmである。3nm未満では耐食性向上の効果が得られない。一方、陽極酸化皮膜の膜厚が厚いほど、アルミニウム基材を保護して腐食防止効果の向上が期待できるものの、厚過ぎると缶胴や缶蓋への加工時に、陽極酸化皮膜層にクラックが発生してフェザリング性及び加工密着性の低下を招く。このような観点から、膜厚の上限は500nmとするのがよい。
【0020】
陽極酸化皮膜の空孔率は7〜50%とする必要がある。空孔率が7%未満では、タンニン溶液が均一に塗布されず密着性に悪影響を及ぼす。空孔率が50%を越えたのでは、陽極酸化皮膜表面の凹凸が多くなって平滑性に欠ける。その結果、樹脂被覆膜との接触面積が低下して密着性が劣ってしまう。
【0021】
上述のような適切な膜厚と空孔率を有する陽極酸化皮膜を得るには、適正な電解条件を選択して陽極酸化処理を行なう必要がある。特に、空孔率7〜50%の微孔性の陽極酸化皮膜を形成するには、陽極酸化皮膜が多孔質化する前の段階で電解を停止することが望ましい。
【0022】
電解液としては、生成する微孔性陽極酸化皮膜を溶解し難いものであれば良く、硫酸、リン酸、シュウ酸、ホウ酸、ケイ酸塩、酒石酸塩などから選択される一種以上の電解質を溶媒に溶解した皮膜溶解性の低い電解質溶液を用いるのが好ましい。電解液の溶媒には、水が用いられる。電解質溶液中の電解質濃度は、1〜20重量%とするのが好ましい。電解質濃度が1重量%未満では、電解過程で成長する陽極酸化皮膜の厚みに斑が生じ易く、一方、20重量%を超えたのでは、電解質が溶媒に溶解し難くなり沈殿を生じることがある。なお、上記電解質を用いる場合には、解処理後に生成する陽極酸化皮膜中に珪素やホウ素などが不可避元素として混入することもあるが、これらの元素は陽極酸化皮膜の耐食性を向上させる作用を有する。
【0023】
電解液の温度は、20〜80℃とすることが好ましい。20℃未満では電解質の溶解性が低いからである。一方、温度が80℃を超えると加熱のためのエネルギーコストが増大するので好ましくないからである。また、電解液の水素イオン濃度(pH)は、3〜12の範囲が好ましい。pHが3未満では陽極酸化皮膜が多孔質化する傾向にあり、微孔化できないからである。一方、pHが12を超えると、生成した陽極酸化皮膜が電解液に溶解したり、陽極酸化皮膜の生成率が低下して所定の厚さが得られなくなるからである。
【0024】
電解液中で、アルミニウム基材は陽極となるように電源に接続されて電解される。陰極には、不溶性の導電材料である炭素電極等が用いられる。電解のための印加電圧は、目標とする陽極酸化皮膜の厚さに応じて調整される。通常、3〜200Vの範囲の電圧である。電解する際の電流には直流電流が用いられ、電流密度は0.3〜20A/dmである。電流密度が0.3A/dm未満では陽極酸化皮膜の形成に長時間を要し、一方、20A/dmを超えると皮膜厚さの斑などが生じ欠陥となる。
【0025】
電解の初期段階においては、無孔質陽極酸化皮膜が成長する。そして、この無孔質陽極酸化皮膜の成長が所定厚さまで成長すると、この無孔質陽極酸化皮膜の上に微孔質陽極酸化皮膜が成長する。本発明で用いる陽極酸化皮膜は、このような無孔質陽極酸化皮膜と微孔質陽極酸化皮膜とからなり、膜厚が3〜500nmであって全体としての空孔率が7〜50%の微孔性の陽極酸化皮膜である。このような陽極酸化皮膜は、適切な電解条件を選択することにより形成される。
【0026】
A−3.有機化合物層
前記陽極酸化皮膜の表面に所定の有機化合物層を形成することにより、樹脂被覆膜の陽極酸化皮膜に対する密着性や耐食性を向上させることができる。このような有機化合物としては、官能基として、(a)2個以上のヒドロキシル基;(b)2個以上のカルボキシル基;及び(c)1個以上のヒドロキシル基と1個以上のカルボキシル基;から成る群から選択される1つ以上を有するものである。ヒドロキシル基やカルボキシル基は、陽極酸化皮膜のヒドロキシル基と脱水縮合することにより、また樹脂被覆膜のヒドロキシル基等との間で水素結合を形成することによって、樹脂被覆膜の陽極酸化皮膜に対する密着性が付与される。更に、ヒドロキシル基やカルボキシル基によって陽極酸化皮膜表面のヒドロキシル基を起点とする水和反応が抑制されるので耐食性も付与される。
【0027】
このような有機化合物には、官能基としてヒドロキシル基を2個以上有するものが含まれ、例えば、グリセリン、エリトリトール、ペンチトール、ヘキシトールに代表されるアルジトール類や、カテコール、オルシン、ピロガロール、イノシトール等が挙げられる。
【0028】
更に、このような有機化合物には、官能基としてカルボキシル基を2個以上有するものも含まれ、例えば、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、グルタル酸、グルタコン酸、アジピン酸、フタル酸、アコニット酸等が挙げられる。
【0029】
更に、このような有機化合物には、官能基としてカルボキシル基とヒドロキシル基の双方をそれぞれ1個以上有するものも含まれ、例えば、グリセリン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、アラボン酸、クエン酸、サリチル酸、ヒドロキシ桂皮酸、没食子酸、エラグ酸、マンデル酸、トロパ酸、アトロパ酸、フェルラ酸、シキミ酸等が挙げられ、更にマンノン酸、グルコン酸、ガラクトン酸に代表されるアルドン酸類や、マンナル酸、グルカル酸、ガラクタル酸に代表されるアルダル酸類も挙げられる。
【0030】
更に、このような有機化合物には、官能基としてカルボキシル基を2個以上有するもの、カルボキシル基を2個以上有するもの、又は、カルボキシル基とヒドロキシル基の双方をそれぞれ1個以上有するものであって、更にアミノ基を有するものも含まれ、例えば、アミノヒドロキシ桂皮酸やセリン、トレオニン、チロシン、アスパラギン酸、グルタミン酸等に代表されるアミノ酸が挙げられる。
【0031】
これらの有機化合物によって形成される層は、構造上の官能基としてヒドロキシル基を2個以上、カルボキシル基を2個以上、或いは、ヒドロキシル基とカルボキシル基の双方をそれぞれ1個以上含有する構成要素とすることから、構成要素に応じて加熱による官能基同士の脱水縮合反応によって形成される化学結合に基づき、陽極酸化皮膜との強固な複合皮膜を形成する。
【0032】
有機化合物層は、その有機化合物溶液を陽極酸化皮膜表面に塗布することによって形成される。有機化合物溶液の塗布量は、乾燥後における有機化合物層の形成量が炭素換算で、すなわち、乾燥後における有機化合物層中に存在する炭素量として0.5〜50mg/mとなるようにするのがよい。このような塗布量により、良好な均一性をもった層が形成される。更に、このような塗布量とすることにより、圧延目などによってアルミニウム基材表面に凹凸が存在していても、安定して良好な密着性や耐食性が発揮される。上記炭素量が0.5mg/m未満となるような塗布量では、塗布による効果が十分に得られない。また、上記炭素量が50mg/mを超える塗布量では、プレス加工時において有機化合物層内部が破れる凝集破壊が生じ、密着性が低下する。
【0033】
塗布する有機化合物溶液は、その有機化合物を水、或いは、極性又は非極性の有機溶剤などの溶媒に溶解又は分散して、塗布に適した濃度に調製される。溶媒としては、水が好適に用いられる。塗布方法は特に限定されるものではなく、ロールコート法、スプレーコート法、バーコート法、ディップコート法などが用いられる。塗布した後には、60〜200℃、好ましくは80〜180℃の温度で乾燥される。乾燥時間は、乾燥温度等に応じて適宜選択する。すなわち、乾燥温度が高い場合には乾燥時間を短時間に、乾燥温度が低い場合には乾燥時間を長くすることが望ましい。ただし、高温で長時間にわたって乾燥すると、陽極酸化皮膜に割れが生じ、密着性や耐食性の低下を招くため、できるだけ低温で短時間の乾燥が好ましい。例えば、乾燥温度が60℃の場合には乾燥時間が40秒、150℃では15秒などとするのが好ましい。この乾燥処理により、陽極酸化皮膜のヒドロキシル基と有機化合物に官能基として含まれるヒドロキシル基もしくはカルボキシル基の脱水縮合反応により、陽極酸化皮膜層と有機化合物層との結合を強めることができる。また、有機化合物同士の結合も強くすることができる。
【0034】
A−4.タンニン層
上記有機化合物として、ヒドロキシル基やカルボキシル基を分子内に多数有するタンニンが好適に用いられる。タンニンの溶液を陽極酸化皮膜の表面に塗布することで、有機樹脂被覆層との密着性及び耐食性に一層優れた表面処理アルミニウム材が得られる。特に、タンニン層によって、エポキシ系水性塗料又はポリエチレンテレフタレート系フィルムから形成された樹脂被覆膜の陽極酸化皮膜に対する密着性が向上する。
【0035】
タンニンとは、ピロガロール系(加水分解型タンニン)とカテコール系(縮合型タンニン)の総称である。タンニンには様々な種類があり、ハマメリタンニン、カキタンニン、チャタンニン、五倍子タンニン(タンニン酸)、没食子タンニン、ミロバランタンニン、ジビジビタンニン、カテキンタンニン等が含まれる。
図1に例示するタンニン酸は多くのヒドロキシル基を含むため、タンニン酸によって形成される層は、凝集性もしくは会合性の安定な皮膜を効率よく形成し、耐食性の向上に寄与する。さらに、タンニンの主成分であるガロタンニンは、陽極酸化皮膜のヒドロキシル基と反応する有機官能基、さらには樹脂被覆膜と結合する有機官能基がバランス良く含まれているため、樹脂被覆膜との密着性も向上する。このように、タンニン層は耐食性や密着性に優れた有機化合物層として特に優れている。
【0036】
タンニン層を形成する場合には、塗布に適した濃度のタンニン水溶液を陽極酸化皮膜表面に塗布する。また、塗布量は、乾燥後におけるタンニン層の炭素量が1〜20mg/mとなるのが好ましい。塗布後の乾燥は、80〜180℃で10〜30秒間行なうのが好ましい。
【0037】
B.樹脂被覆アルミニウム材
本発明に係る樹脂被覆アルミニウム材は、上述の、アルミニウム基材上の陽極酸化皮膜と、陽極酸化皮膜表面に形成された有機化合物層とを備える表面処理アルミニウム材において、有機化合物層上に、エポキシ系水性塗料から形成した樹脂被覆膜又はポリエチレンテレフタレート系フィルムから形成した樹脂被覆膜を被覆したものである。
エポキシ系水性塗料は、バーコーター法等によって有機化合物層上塗布され、150〜300℃で10〜60秒間焼付けることによって樹脂被覆膜が形成される。また、ポリエチレンテレフタレート系フィルムは、150〜300℃で有機化合物層上にラミネートされる。
このようにして作製される樹脂被覆アルミニウム材は、プレス成型などの成型加工後においても樹脂被覆膜の密着性に優れ、かつ、耐食性にも優れている。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明するが、本発明は以下に記載の例に限定されるものではない。
【0039】
実施例1〜4及び比較例1〜6
缶胴材として0.3mm厚まで圧延したJIS3004合金板を用いた。アルミニウム合金板を10%アルカリ水溶液で60℃にて10秒間のエッチングを施した後、10秒間水洗した。次いで、10%硝酸水溶液で50℃にて10秒間洗浄した後、10秒間水洗した。このようにして、基材としてのアルミニウム合金板を調製した。
次いで、上記アルミニウム合金板を陽極として直流の定電圧電解処理を行ない、下地層として陽極酸化皮膜を形成した。
電解処理を終了した後、アルミニウム合金板を10秒間水洗し、80℃の温度で乾燥した。次いで、アルミニウム合金板の陽極酸化皮膜上に、1重量%のタンニン酸の水溶液をバーコーターにより塗布し、100℃にて30秒の乾燥してタンニン層を形成して、表面処理アルミニウム材を作製した。乾燥後におけるタンニン層中に存在する炭素量は、いずれも10mg/mであった。
次いで、アルミニウム合金板に膜厚15μmのポリエチレンテレフタレート系フィルムを貼り合わせつつ200℃の加熱ローラーに通過させた後、更に270℃で20秒の熱処理を施すことにより樹脂被覆膜を形成し、樹脂被覆アルミニウム材を作製した。
電解条件(電解液、電解温度及び電解電圧)、電解処理によって得られた陽極酸化皮膜の空孔率及び膜厚、ならびに、タンニン層について表1に示す。なお、陽極酸化皮膜の空孔率は陽極酸化皮膜表面を30万倍のFESEM(冷陰極電解放出型走査電子顕微鏡)で約0.2μmの視野を観察し、表面に存在する孔の総面積を陽極酸化皮膜層の全面積で除して算出した。
さらに、下地層として従来の技術による塗布型と反応型のZr皮膜とクロメート皮膜を設けた参考例1〜4についても、その形成条件を表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
実施例5〜8及び比較例7〜12
缶蓋材として0.25mm厚まで圧延したJIS5052合金板を用いた以外は、実施例1と同様にして、アルミニウム合金板の調製、陽極酸化皮膜の形成、タンニン層の形成、ならびに、樹脂被覆膜を形成した。なお、各実施例及び比較例において、樹脂被覆膜として、ポリエチレンテレフタレート系フィルムをラミネートによって形成したものとは別に、エポキシ系水性塗料の塗布によっても樹脂被覆膜を形成した。エポキシ系水性塗料による樹脂被覆膜の形成は、乾燥後の被覆膜量が7.2g/mとなるようにバーコーターにて塗料を塗布し、270℃にて30秒の焼付処理を施して行なった。ラミネートによる樹脂被覆膜の形成は、実施例1と同様にして行なった。
電解条件(電解液、電解温度及び電解電圧)、電解処理によって得られた陽極酸化皮膜の空孔率及び膜厚、ならびに、タンニン層について表2に示す。
さらに、下地層として従来の技術による塗布型と反応型のZr皮膜とクロメート皮膜を設けた参考例5〜8についても、その形成条件を表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
このようにして作製した樹脂被覆アルミニウム材について、缶胴材については、碁盤目密着性、耐酸密着性及び加工密着性の評価試験を下記のようにして行なった。また、参考例1〜4についても、同様の評価試験を行なった。
【0044】
碁盤目密着性
碁盤目密着性においては、作製した樹脂被覆アルミニウム材の試料片を125℃にて30分のレトルト処理を施し、次いで、樹脂被覆膜表面を碁盤目カッターにて100升の切込みを入れ、テープ剥離後に残存した升目の個数にて評価した。残存個数が95個以上であれば◎、残存個数が70個以上95個未満であれば○、残存個数が70個未満であれば×とした。◎及び〇を合格とし、×を不合格とした。
【0045】
耐酸密着性
耐酸密着性においては、試料片の樹脂被覆膜にアルミニウム基材まで到達する傷をカッターによって付け、0.5重量%食塩及び1重量%クエン酸の混合水溶液に70℃にて72時間浸漬後、樹脂被覆膜傷部の腐食幅を測定して評価した。腐食幅が0.3mm未満であれば◎、腐食幅が0.3mm以上0.5mm未満であれば○、腐食幅が0.5mm以上であれば×とした。◎及び〇を合格とし、×を不合格とした。
【0046】
加工密着性
加工密着性においては、試料片によって缶胴成形し、125℃にて30分のレトルト処理を施した。その後、缶胴体とラミネートフィルムとの密着性を目視観察にて評価した。剥離が全く生じていなければ◎、わずかに剥離が生じていれば○、大部分に渡って剥離が生じていれば×とした。◎及び〇を合格とし、×を不合格とした。
【0047】
缶胴材としての碁盤目密着性、耐酸密着性及び加工密着性の評価結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
作製した樹脂被覆アルミニウム材を用いた缶蓋胴については、フェザリング性、碁盤目密着性及び耐酸密着性の評価試験を行なった。また、参考例5〜8についても、同様の評価試験を行なった。碁盤目密着性及び耐酸密着性については、実施例1と同様にして行ない、フェザリング性については以下のようにして評価した。
【0050】
フェザリング性
フェザリング性については、作製した樹脂被覆アルミニウム材の試料片によって缶蓋を成形し、125℃にて30分のレトルト処理を施した。その後、タブを引っ張った後の開口部における樹脂被覆膜の残存幅を測定して評価した。残存幅が0.4mm未満であれば◎、残存幅が0.4mm以上0.7mm未満であれば○、残存幅が0.7mm以上であれば×とした。◎及び〇を合格とし、×を不合格とした。
【0051】
ポリエチレンテレフタレート系フィルムのラミネートによって樹脂被覆膜を形成した樹脂被覆アルミニウム材から作製した缶蓋材のフェザリング性、碁盤目密着性及び耐酸密着性の評価結果を表4に示す。また、エポキシ系水性塗料を塗布、焼付けして形成した樹脂被覆アルミニウム材から作製した缶蓋材のフェザリング性、碁盤目密着性及び耐酸密着性の評価結果を表5に示す。
【0052】
【表4】

【0053】
【表5】

【0054】
表1に示すように、実施例1〜4では陽極酸化皮膜の膜厚と空孔率が所定の範囲であり、有機化合物層としてタンニン層を備えている。このような表面処理アルミニウム材を用いて作製した樹脂被覆アルミニウム材は、表3に示すように、碁盤目密着性、耐酸密着性及び加工密着性において合格の評価が得られたことから、良好な密着性が得られたといえる。
【0055】
一方、比較例1では、電解時の電圧が高いため、生成した陽極酸化皮膜厚が厚く、空孔率も高い。そのため、耐酸密着性と加工密着性が劣る結果となった。比較例2では、有機化合物層を形成しなかったため、碁盤目密着性と耐酸密着性が劣った。比較例3では、有機化合物層を形成しなかったため、耐酸密着性は良好であったが、碁盤目密着性と加工密着性が劣った。比較例4では、生成した陽極酸化皮膜の厚さが2nmと薄いため、耐酸密着性及び加工密着性が劣った。比較例5では、適切な電解条件の選択により所定の陽極酸化皮膜が得られているが、有機化合物層を形成しなかったため碁盤目密着性と加工密着性が劣った。比較例6では、電解温度が高いので空孔率も高くなり、碁盤目密着性は良好であったものの、耐酸密着性と加工密着性が劣った。
なお、参考例3及び4のクロメート下地皮膜では、碁盤目密着性、耐酸密着性及び加工密着性ともに優れた密着性を示しているが、参考例1及び2のジルコニウム下地皮膜では加工密着性が劣っていた。
【0056】
以上により、密着性に優れた表面処理アルミニウム材を得るためには、前述した適切な電解条件を選択し、所定の構造(膜厚と空孔率)を有する陽極酸化皮膜を得て、更にタンニン水溶液等の有機化合物溶液の塗布により、タンニン層等の有機化合物層を形成する必要がある。
【0057】
表2に示すように、実施例5〜8では陽極酸化皮膜の膜厚と空孔率が所定の範囲であり、有機化合物層としてタンニン層を備えている。表4、5に示すように、このような表面処理アルミニウム材を用いて作製した樹脂被覆アルミニウム材は、樹脂被覆膜を水性塗料から形成したものもラミネートフィルムから形成したものも、碁盤目密着性、耐酸密着性及び加工密着性において合格の評価が得られたことから、良好な密着性が得られたといえる。
【0058】
一方、比較例7では、電解時の電圧が高いため、生成した陽極酸化皮膜厚が厚く、空孔率も高い。そのため、水性塗料とラミネートフィルムの何れも、フェザリング性と碁盤目密着性は良好であったが耐酸密着性が劣った。比較例8では、有機化合物層を形成しなかったため、水性塗料とラミネートフィルムの何れも、フェザリング性、碁盤目密着性及び耐酸密着性の全てが劣った。比較例9では有機化合物層を形成しなかったため、水性塗料とラミネートフィルムの何れも、耐酸密着性は良好であったがフェザリング性と碁盤目密着性が劣った。比較例10では、生成した陽極酸化皮膜の厚さが2nmと薄いため、水性塗料とラミネートフィルムの何れも耐酸密着性が劣った。比較例11では、適切な電解条件の選択により所定の膜厚と空孔率の陽極酸化皮膜が得られているが、有機化合物層を形成しなかったため、水性塗料とラミネートフィルムの何れもフェザリング性と碁盤目密着性に劣った。比較例12では、電解温度が高いので空孔率も高くなり、水性塗料とラミネートフィルムの何れも、フェザリング性と碁盤目密着性は良好であったが、耐酸密着性が劣った。
なお、参考例4〜8では水性塗料とラミネートフィルムの何れにおいても、フェザリング性、碁盤目密着性及び耐酸密着性が良好であった。
【0059】
以上により、缶胴材及び缶蓋材において、密着性に優れた表面処理アルミニウム材を得るためには、前述した適切な電解条件を選択して所定の膜厚と空孔率を有する陽極酸化皮膜を形成し、更に、タンニン水溶液のような有機化合物溶液の塗布によってタンニン層のような有機化合物層を形成する必要がある。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る表面処理アルミニウム材は樹脂被覆膜との密着性と耐食性に優れ、これを用いた樹脂被覆アルミニウム材は、アルミニウム材と樹脂被覆膜との密着性、耐食性、加工性、フェザリング性に優れ、2ピース缶の缶胴材及び缶蓋材に好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明に係るに表面処理アルミニウム材のタンニン層を形成するタンニン酸の構造式を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材と、当該基材表面に形成された陽極酸化皮膜と、当該陽極酸化皮膜表面に形成された有機化合物層とを備え、
前記有機化合物層の形成量が炭素換算で0.5〜50mg/mであり、当該有機化合物が、(a)2個以上のヒドロキシル基;(b)2個以上のカルボキシル基;又は(c)1個以上のヒドロキシル基と1個以上のカルボキシル基;から成る群(a)〜(c)から選択される1つ以上の官能基を有し、
前記陽極酸化皮膜が、3〜500nmの膜厚と7〜50%の空孔率を有することを特徴とする表面処理アルミニウム材。
【請求項2】
前記有機化合物がタンニンである、請求項1に記載の表面処理アルミニウム材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の表面処理アルミニウム材の有機化合物層上に、エポキシ系水性塗料から形成した樹脂被覆膜又はポリエチレンテレフタレート系フィルムから形成した樹脂被覆膜を被覆したことを特徴とする樹脂被覆アルミニウム材。

【図1】
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【公開番号】特開2007−238992(P2007−238992A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−61075(P2006−61075)
【出願日】平成18年3月7日(2006.3.7)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【Fターム(参考)】