説明

表面増強ラマン分光法

【解決手段】基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜上、又はラマン活性を有する固体物質の表面上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重し、次いで、上記薄膜又は上記固体物質の表面部と、金属粒子とに励起光を照射することにより、金属により増強された、薄膜又は固体物質の表面部の構造に由来するラマン散乱光を分光分析する表面増強ラマン分光法。
【効果】本発明によれば、従来法に比べて簡便なラマン分光法によって、シグナルノイズを抑制して、基体上に形成された薄膜の構造又は固体物質の表面部の構造を高感度で解析することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体上に形成された薄膜や、固体物質の表面部などの構造解析に好適な表面増強ラマン分光法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質に一定振動数の単色光を照射したとき、散乱された光の中に入射光の振動数と異なる振動数の光が含まれる現象が知られている。これは、ラマン効果として知られる現象である。ラマン散乱光の振動数と入射光との振動数の差(ラマンシフト)は、物質を構成する分子、結晶振動や回転のエネルギー準位間の振動数に等しく、これは物質の構造に特有の値をとることから、ラマン効果は赤外分光法と同様に分子の構造や状態を知るための分析法(ラマン分光法)として利用されている。
【0003】
しかし、ラマン分光法は、ラマン散乱光が散乱光の大部分を占めるレイリー散乱光(入射光と同じ振動数の光)に比べて非常に微弱であるため、例えば、基板表面上に形成された単分子膜のような極薄膜の分子構造体をラマン分光法によって解析する場合は、得られるピーク強度が微小で解析が困難であるという欠点を有していた。
【0004】
上記欠点を解決するために、表面増強ラマン散乱(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS)を利用した表面増強ラマン分光法が提案されている。
【0005】
表面増強ラマン散乱は、粗い表面をもつ銀や金などの金属に吸着した分子のラマン散乱光の強度が増大する現象であり、通常103〜106程度の増強が得られる。このため、高感度で解析することが可能となり、例えば、単一分子の解析、金属表面上に固定した分子の解析、電極表面上での化学反応機構の解析等に利用されている。
【0006】
表面増強ラマン分光法としては、表面増強ラマン活性を有する材料で形成された基板を用いる方法、及び表面増強ラマン活性金属ナノ粒子を用いる方法が知られている。しかし、表面増強ラマン活性を有する材料で形成された基板を用いる方法においては、基板が金や銀等の表面増強ラマン活性物質に限定されてしまうという問題があり、また、表面増強ラマン活性金属ナノ粒子を用いる方法においては、基板の限定はないが、用いるナノ粒子を単分散性にする必要があるため、余計な修飾分子を金属ナノ粒子上に導入しなければならず、そのために分析対象以外のシグナルが出現してしまうという欠点があった。
【0007】
なお、本発明に関連する先行技術文献としては、以下のものが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−025753号公報
【0009】
【非特許文献1】Langmuir、vol.23、p.12042−12047(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、簡便で、かつシグナルノイズが生じにくい表面増強ラマン分光法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究を行った結果、被検物として、基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜、又はラマン活性を有する固体物質の表面部をラマン分光分析するに際し、ラマン活性を有する物質の薄膜上又は固体物質の表面上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重し、薄膜又は固体物質の表面部と金属粒子とに励起光を照射すれば、金属により増強された、薄膜の構造又は固体物質の表面部の構造に由来するラマン散乱光を、簡便で、かつシグナルノイズを抑制して、高感度で分光分析することができることを見出し、本発明をなすに至った。
【0012】
従って、本発明は、下記の表面増強ラマン分光法を提供する。
請求項1:
基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜の構造を解析するラマン分光法であって、上記薄膜上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重し、次いで、上記薄膜及び金属粒子に励起光を照射することにより、上記金属により増強された、上記薄膜の構造に由来するラマン散乱光を分光分析することを特徴とする表面増強ラマン分光法。
請求項2:
上記薄膜が、基体上に形成された有機単分子膜と、該有機単分子膜に結合した有機分子及び/又は生体分子とを含むことを特徴とする請求項1記載の表面増強ラマン分光法。
請求項3:
上記基体が、表面増強ラマン散乱活性を有しない物質で形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の表面増強ラマン分光法。
請求項4:
ラマン活性を有する固体物質の表面部の構造を解析するラマン分光法であって、上記固体物質の表面上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重し、次いで、上記表面部及び金属粒子に励起光を照射することにより、上記金属により増強された、上記表面部の構造に由来するラマン散乱光を分光分析することを特徴とする表面増強ラマン分光法。
請求項5:
上記金属粒子が平底面を有する凸形状であり、上記平底面が、上記薄膜又は上記固体物質の表面と接して積重されていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
請求項6:
上記金属粒子が、略半球状又は略半楕円球状であることを特徴とする請求項5記載の表面増強ラマン分光法。
請求項7:
上記薄膜又は固体物質の表面と、上記金属粒子との間の接触角θが90°以上180°未満であることを特徴とする請求項6記載の表面増強ラマン分光法。
請求項8:
上記金属粒子の粒径Dが5〜100nm、高さHが1〜100nmであり、かつ粒径と高さとの比(H/D)が0.1〜3.0であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
請求項9:
上記金属粒子として、複数の金属粒子を、該金属粒子により形成された金属領域を励起光が透過可能に点在させることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
請求項10:
上記金属粒子の粒子間距離dが1〜20nmであることを特徴とする請求項9記載の表面増強ラマン分光法。
請求項11:
上記薄膜面又は上記固体物質の表面の所定の区画毎に上記励起光を照射して走査することにより、上記薄膜面又は上記固体物質の表面に沿った上記薄膜又は表面部の構造の2次元分布を得ることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来法に比べて簡便なラマン分光法によって、シグナルノイズを抑制して、基体上に形成された薄膜の構造又は固体物質の表面部の構造を高感度で解析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の表面増強ラマン分光法が適用される、基体上に形成された薄膜に金属粒子が積重された状態の一実施形態を示す側面図(A)、及び固体物質の表面上に金属粒子が積重された状態の一実施形態を示す側面図(B)である。
【図2】金属粒子の接触角の説明図である。
【図3】実施例1,2及び比較例1のグルタルアルデヒド修飾基板上に蒸着された銀の電子顕微鏡像であり、上段は俯瞰像、下段は斜視像である。
【図4】実施例1,2及び比較例1,2のラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について、更に詳しく説明する。
本発明の表面増強ラマン分光法は、基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜の構造解析、又はラマン活性を有する固体物質の表面部の構造解析に好適に適用される。この薄膜又は固体物質を構成するラマン分光分析の対象物質としては、ラマン活性を有する物質であれば特に制限されない。ラマン活性を有する物質としては、有機物、無機物のいずれも対象とすることができる。薄膜を解析の対象とする場合、薄膜には、例えば、有機単分子膜を含む薄膜、更に、有機単分子膜等の膜と、この膜に結合した有機分子及び/又は生体分子とを含む薄膜などが好適な対象として含まれる。
【0016】
本発明の表面増強ラマン分光法では、基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜を対象とする場合は薄膜上に、一方、ラマン活性を有する固体物質の表面部を対象とする場合は固体物質の表面上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重する。金属種としては、表面増強ラマン散乱活性を有する金属が用いられる。表面増強ラマン散乱活性を有する金属は、プラズモン誘起金属とよばれるものであり、励起光波長において、複素誘電率ε=ε’+iε”が、ε’<0、かつ[ε’の絶対値]>[ε”の絶対値]を満たすものが好適である。具体的には、金、銀、銅、アルミニウム、白金、パラジウム等が挙げられ、いずれの金属も使用できるが、これらの金属のうち、特に、金、銀、銅又はアルミニウムを使用することが好ましい。
【0017】
金属粒子は、物理気相成長法又は液相成長法により分析対象物上に積重されるが、物理気相成長法としては、真空蒸着法、スパッタリング法、クラスターイオンビーム蒸着法等が挙げられる。これらのうち、特に、真空蒸着法が好適である。液相成長法としては、電気めっき法、無電解めっき法等の液相めっき法が挙げられる。上記方法によって、金属粒子が、分析対象物の表面上に載った状態となる。この金属粒子は、金属粒子が積重した範囲のラマン散乱を増強できることから、金属粒子の大きさ程度の極微小範囲を分析対象とする場合は、1粒子あれば、表面増強の効果は得られるが、より広範囲を分析対象とする場合は、複数の金属粒子を点在するように形成することが好ましく、特に、金属粒子により形成された金属領域を励起光が透過可能に点在させることが好ましい。具体的には、各金属粒子が、分析対象物の上で、互いに連結せずに独立して存在する程度に金属を堆積させることが有効である。
【0018】
また、分析対象物に積重した粒子の上に、更に別の粒子が積重されてもよいが、分析対象物に積重した粒子には、更に別の粒子が積重することなく、金属領域が1粒子分の高さで形成されていることが好ましい。
【0019】
分析対象物の表面に金属粒子が積重した状態の具体的な例を、図1に示す。図1(A)は、基体上にラマン活性を有する物質の薄膜が形成されている場合であり、この場合、基体(基板)1上に単分子膜等の薄膜2が形成され、薄膜2上に、所定の粒子間距離dで、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子3が積重されている。一方、図1(B)は、ラマン活性を有する固体物質の場合であり、この場合、ラマン活性を有する固体物質4上に、所定の粒子間距離dで、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子3が積重されている。なお、図1中、Dは金属粒子3の粒径、Hは金属粒子3の高さを表わす。
【0020】
金属粒子の形状は、平底面を有する凸形状であることが好ましく、この平底面が分析対象物、即ち、薄膜又は固体物質の表面と接して金属粒子が積重されることが好ましい。この平底面を有する凸形状は、例えば、上面が、集光作用を呈する曲面、具体的には、球面、楕円球面等の曲面であることが好ましく、特に、球又は楕円球を平面で2分割したときの1片の形状(例えば、略半球状、略半楕円球状等)などが挙げられる。
【0021】
特に、金属粒子が、略半球状、略半楕円球状等の上面が曲面の形状である場合、薄膜又は固体物質の表面と、金属粒子との間の接触角、即ち、図2に示されるように、薄膜2又は固体物質4上に金属粒子3が積重された状態において、金属粒子3の平底面(該平底面と一致する薄膜2又は固体物質4の表面)と、該平底面外周(金属粒子3の上面の下端)上に接点を有する金属粒子3上面の接線tとがなす角度である接触角θが90°以上180°未満であることが好ましく、より好ましくは105°以上163°以下である。この接触角θが上記範囲から外れると、表面プラズモンの増強効果が弱くなるおそれがある。
【0022】
金属粒子の粒径(粒子が複数の場合は平均粒径)Dは5〜100nm、特に15〜30nmであることが好ましい。粒径Dが上記範囲を外れると、表面プラズモンの増強効果が弱くなるおそれがある。この粒径は、分析対象物の表面に積重された金属粒子を、粒子が積重された面に対して垂直方向から電子顕微鏡によって観察したときの粒子の最大径(粒子が複数の場合はその平均)として表わすことができる。
【0023】
また、金属粒子の高さ(粒子が複数の場合は平均高さ)Hは、1〜100nmであることが好ましく、より好ましくは12〜18nmである。金属粒子の高さHが1nmより低いと、表面プラズモン共鳴を得られる所望の形状の粒子を形成できないことがあり、100nmより高いと、金属が網状又は連続膜状で形成されるおそれがある。この高さも電子顕微鏡によって観察したときの粒子の最大高さ(粒子が複数の場合はその平均)として表わすことができる。
【0024】
更に、金属粒子の粒径Dと高さHとの比(H/D)は0.1〜3.0であることが好ましく、より好ましくは0.3〜2.0、更に好ましくは0.5〜1.0、特に好ましくは0.6〜0.8である。この比(H/D)が上記範囲を外れると、表面プラズモンの増強効果が弱くなるおそれがある。
【0025】
複数の金属粒子を点在するように形成する場合、粒子間距離dは、1〜20nmであることが好ましく、より好ましくは4〜8nmである。粒子間距離dは、隣り合う2つの粒子間に表面プラズモン共鳴による光電場増強が起こる距離であるとき、増強作用が向上し、この光電場増強によって、より強い表面増強ラマン散乱が誘起される。粒子間距離dは短くてもよいが、2つの粒子が近すぎると、分子間力によって粒子同士が結合してしまうので、近接する金属粒子が独立して存在できる距離以上とする必要がある。粒子間距離dが上記範囲を外れると、表面プラズモンの増強効果が弱くなるおそれがある。この粒子間距離dは、分析対象物の表面に積重された金属粒子を、粒子が積重された面に対して垂直方向から電子顕微鏡によって観察し、個々の粒子について最も近接する粒子を定め、その近接粒子との距離(粒子が複数の場合はその平均)として表わすことができる。
【0026】
また、複数の金属粒子を点在するように形成する場合、積重した金属粒子により形成された金属領域は、分析時に照射される励起光が透過することが可能なように形成される。即ち、金属粒子全体で、分析対象物の表面の一部が被覆されるように形成される。この場合の金属の被覆率(分析対象物の面積に対する、分析対象物の表面に対して垂直方向から見た金属の占有面積の割合)は5〜70%、特に、20〜55%であることが好ましい。
【0027】
金属粒子の粒径D、高さH、粒子間距離d及び占有率は、物理気相成長法又は液相成長法における粒子形成条件を適宜設定することによって、所望の値とすることができる。真空蒸着法等の物理気相成長法又は液相成長法によっても、金属を膜状とすることなく粒子状に配置することが可能である。例えば、真空蒸着法によって金属粒子を分析対象物上に配置する場合には、蒸着速度、到達真空度、蒸着時間等を適宜設定すればよい。具体的には、蒸着速度は0.01〜1nm/sであることが好ましく、より好ましくは0.01〜0.1nm/sである。なお、この蒸着速度は、所定の厚さの金属薄膜を成膜するのに要した時間から算出した値に相当する。また、到達真空度は1.0×10-5〜1.0×10-3Paであることが好ましく、より好ましくは3.0×10-4〜5.0×10-4Paである。一方、蒸着時間は1〜1,000秒であることが好ましく、より好ましくは300〜500秒である。
【0028】
本発明においては、物理気相成長法又は液相成長法により、金属粒子を分析対象物上で生成、成長させて積重するものであり、金属粒子を積重する際に、金属粒子を予め形成して単分散させるものではないので、金属粒子上に修飾分子を付与する等の分散化処理が不要である。そのため、修飾分子による汚染が生じず、シグナルノイズのない分光分析が可能である。
【0029】
本発明のラマン分光法では、基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜を分析対象とすることができ、ラマン分光法によって、薄膜及び/又はそれを構成する物質(分子)の構造を解析することができる。
【0030】
分析対象の薄膜は、基体上に形成される。この基体は、所定の単一材質の基板でも、基板上に所定の材質が被覆されたものでもよく、基体(基板)を形成する材質は、表面増強ラマン散乱活性を有するものでも、有しないものでもよく、従来ラマン分光法で使用されている材質を用いることができる。具体的には、シリコン、石英、ガラス、プラスチック等を使用することができる。基体として、石英やガラス等の透明な基体を使用した場合は、励起光(入射光)は、基体の薄膜が形成されている側からでも、その反対側(薄膜が形成されていない側)からのどちらからでも照射できることから、本発明においては、基体として、表面増強ラマン散乱活性を有しない物質をも好適に適用できる。
【0031】
薄膜を形成する分子は、ラマン活性を有する分子構造を含む分子であれば特に制限されず、有機分子、無機分子のいずれでもよい。分析する分子構造は、従来公知の分子構造を対象とし、典型的なものを挙げれば、アルデヒド基(−CHO)、メチル基(−CH3)、メチレン基(−CH2−)などが挙げられる。また、薄膜には、単分子膜、ラングミュア−ブロジェット(LB)膜、ゾルゲル薄膜等が含まれる。
【0032】
基体上に薄膜を形成する方法としては、従来公知の方法でよく、例えば、液相成膜法、気相成膜法、スピンコーティング法等が挙げられる。
【0033】
また、本発明のラマン分光法は、有機単分子膜等の膜に別の有機分子及び/又は生体分子が結合した薄膜の構造を好適に解析することができる。この場合、基体上に有機単分子膜等の膜を形成した後、この膜に有機分子及び/又は生体分子を結合させ、更に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を積重すればよい。有機分子及び生体分子を結合させる方法は、従来公知の方法で可能である。
【0034】
本発明の表面増強ラマン分光法では、金属粒子が積重された分析対象物(即ち、薄膜、又は固体物質の表面部)及び金属粒子に励起光を照射することにより、金属により増強された、分析対象物の構造に由来するラマン散乱光を分光分析する。本発明の表面増強ラマン分光法は、薄膜の分子構造や結晶構造、固体物質の表面部の分子構造や結晶構造等の解析に好適である。
【0035】
本発明のラマン分光法においては、励起光の波長は特に制限されず、分析対象や積重する金属粒子の種類に応じて、適宜選定すればよい。励起光の波長として代表的には、例えば、325nm(HeCdレーザ)、458nm(Arイオンレーザ)、532nm(Nd:YAG)、633nm(HeNeレーザ)、647nm(Krイオンレーザ)、785nm,830nm,1,300nm,1,500nm(半導体レーザ)などが挙げられる。
【0036】
また、本発明の表面増強ラマン分光法は、分析対象物である薄膜又は固体物質の表面の所定の区画毎に励起光を照射して走査することにより、薄膜又は固体物質の表面に沿った薄膜又は固体物質の構造の2次元分布を得る2次元解析マッピングに応用することができ、これにより分布イメージ解析が可能である。この場合、分析対象物の表面に、上記したように表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を積重し、金属粒子が積重された表面で励起光をスキャンして解析すればよい。
【実施例】
【0037】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0038】
[薄膜形成基板の作製]
ラマンスペクトル測定に用いた、グルタルアルデヒドで修飾された有機単分子膜が形成され基板の作製方法を示す。基板として、シリコン酸化膜が形成されたシリコンウェーハを1cm2に切り出したものを用いた。上記基板をヤマト科学(株)製プラズマリアクターPR301を用いて酸素プラズマ処理し、基板表面洗浄及び親水化処理を施した。処理した基板を、1質量%アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)を含むトルエン溶液中に60℃で、7分間浸漬することにより、シリコン酸化膜上にAPTESを導入した。
【0039】
次に、酸化シリコン/シリコン基板に形成したAPTESの有機単分子膜に対して、APTESのアミノ基に、該アミノ基と生体分子とを架橋するための架橋分子として広く用いられるグルタルアルデヒドを反応させた。反応は、2.5質量%のグルタルアルデヒド水溶液に、末端がアミノ基のAPTESの有機単分子膜が形成された酸化シリコン/シリコン基板を、室温で30分間浸漬することにより行った。
【0040】
[実施例1]
上記薄膜を形成した基板に対して、薄膜上(即ち、グルタルアルデヒドで修飾された面上)に、真空蒸着装置((株)アルバック製)を用い、到達真空度3.6×10-4Pa、蒸着速度0.05nm/s、蒸着時間60秒の条件で銀を蒸着し、ラマンスペクトル分析用基板を作製した。なお、蒸着速度は、所定の厚さの銀薄膜を成膜するのに要した時間から算出した値に相当する。
【0041】
[実施例2]
実施例1において、蒸着時間を100秒にした以外は実施例1と同様に銀を蒸着し、ラマンスペクトル分析用基板を作製した。
【0042】
[比較例1]
実施例1において、蒸着時間を200秒にした以外は実施例1と同様に銀を蒸着し、ラマンスペクトル分析用基板を作製した。
【0043】
[比較例2]
銀を蒸着しないグルタルアルデヒド修飾基板を、そのままラマンスペクトル分析用基板とした。
【0044】
[表面の電子顕微鏡観察]
実施例1,2及び比較例1において作製したラマンスペクトル測定用基板の表面に蒸着している銀を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。基板上に蒸着した銀の電子顕微鏡写真を図3に示す。実施例1及び2では、蒸着した銀は、半球状乃至半楕円球状の粒子が球面を上、平面を下に向けて薄膜上に積重した状態であった。また、実施例1は、平均粒径が15nm、平均高さが12nm、平均粒子間距離が5nm、接触角が118〜163°、実施例2は、平均粒径が30nm、平均高さが19nm、平均粒子間距離が5nm、接触角が105〜136°であり、粒子が孤立し、島状に分散して点在することが確認された。一方で、比較例1では、蒸着した銀は、網状に連続した状態で存在することが確認された。
【0045】
[ラマン分光分析]
実施例1,2及び比較例1,2の分析用基板を用いて、基板上の薄膜をラマン分光法によって解析した。グルタルアルデヒドで修飾された有機単分子膜が形成された基板のラマンスペクトルは、三次元顕微レーザーラマン分光装置((株)東京インスツルメンツ製)を用い、633nmの励起光を照射して取得した。結果を図4に示す。実施例1及び2の銀蒸着基板からは、波長1,000cm-1から2,000cm-1の範囲において、グルタルアルデヒドのアルデヒド基と単分子膜のアミノ基が結合したときに形成されるシッフ塩基(1,600cm-1)のピークをはじめ、有機分子に由来するラマンスペクトルが確認された。特に、実施例2の銀蒸着基板からは、多くのラマンピークが確認された。一方、比較例1の銀蒸着基板からは、有機分子に由来するピークは確認されなかった。また、銀蒸着を行わなかった比較例2の基板からは、有機分子に由来するラマンスペクトルは確認されなかった。なお、520cm-1付近、及び950cm-1から1,000cm-1付近に確認されたラマンピークは、基板として用いたシリコンに由来するものである。
【符号の説明】
【0046】
1 基体(基板)
2 薄膜
3 金属粒子
4 ラマン活性を有する固体物質
d 粒子間距離
t 接線
D 粒径
H 粒子の高さ
θ 接触角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上に形成されたラマン活性を有する物質の薄膜の構造を解析するラマン分光法であって、上記薄膜上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重し、次いで、上記薄膜及び金属粒子に励起光を照射することにより、上記金属により増強された、上記薄膜の構造に由来するラマン散乱光を分光分析することを特徴とする表面増強ラマン分光法。
【請求項2】
上記薄膜が、基体上に形成された有機単分子膜と、該有機単分子膜に結合した有機分子及び/又は生体分子とを含むことを特徴とする請求項1記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項3】
上記基体が、表面増強ラマン散乱活性を有しない物質で形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項4】
ラマン活性を有する固体物質の表面部の構造を解析するラマン分光法であって、上記固体物質の表面上に、表面増強ラマン散乱活性を有する金属粒子を、物理気相成長法又は液相成長法により積重し、次いで、上記表面部及び金属粒子に励起光を照射することにより、上記金属により増強された、上記表面部の構造に由来するラマン散乱光を分光分析することを特徴とする表面増強ラマン分光法。
【請求項5】
上記金属粒子が平底面を有する凸形状であり、上記平底面が、上記薄膜又は上記固体物質の表面と接して積重されていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項6】
上記金属粒子が、略半球状又は略半楕円球状であることを特徴とする請求項5記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項7】
上記薄膜又は固体物質の表面と、上記金属粒子との間の接触角θが90°以上180°未満であることを特徴とする請求項6記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項8】
上記金属粒子の粒径Dが5〜100nm、高さHが1〜100nmであり、かつ粒径と高さとの比(H/D)が0.1〜3.0であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項9】
上記金属粒子として、複数の金属粒子を、該金属粒子により形成された金属領域を励起光が透過可能に点在させることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項10】
上記金属粒子の粒子間距離dが1〜20nmであることを特徴とする請求項9記載の表面増強ラマン分光法。
【請求項11】
上記薄膜面又は上記固体物質の表面の所定の区画毎に上記励起光を照射して走査することにより、上記薄膜面又は上記固体物質の表面に沿った上記薄膜又は表面部の構造の2次元分布を得ることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか1項記載の表面増強ラマン分光法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−232220(P2011−232220A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−103715(P2010−103715)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【出願人】(510120001)レニショー株式会社 (1)
【Fターム(参考)】