説明

表面撥水性材料

【課題】 表面の撥水性とその機械的耐久性に優れた表面撥水性材料を提供すること。また、表面撥水性とその機械的耐久性に優れると共に、更に、平滑性や透明性にも優れる表面撥水性材料を提供すること。
【解決手段】 基材と、該基材表面にラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してなるグラフトポリマー層と、を有することを特徴とする表面撥水性材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面の機能性を高めた部材に関するものであり、具体的には、表面が強撥水性を示す表面撥水性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
撥水性を示す表面を得るためには、その表面張力を水の表面張力よりも低くすることが必要になる。撥水性、すなわち、物質表面のぬれやすさを示す数字として接触角という考え方がある。この接触各とは、表面に水滴を置いた場合、水滴と表面が接触する角度である。一般に、表面が撥水性を示すフィルム部材としては、実用的には、水の接触角で140°近い超撥水状態が必要である。
従来の撥水性及び透明性をもつフィルムとしては、フッ素系の四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂(FEP)などのフィルムなどが代表的である。また、最近では、ポリエステルフィルムなどの汎用フィルムの表面に撥水性コーティング剤(例えば、フッ素系コーティング剤)を塗装することにより撥水性を付与することが一般的に行われている。
【0003】
上記のような従来のフッ素系樹脂のフィルムでは透明性が得られるものの、撥水性については水の接触角で100°程度と十分に満足できるものが得られない。そればかりかコストの面でも実用的でない。
この低コスト化に対応するため、上述のように、汎用フィルム表面に撥水性コーティング剤をコートすることにより、フィルム表面に機能性を付与する方法がとられている。この方法では、コスト面では改善されるが、撥水性についてはフッ素系樹脂のフィルムと同程度であるのに加え、耐環境性の面で劣ってしまう。
【0004】
一方、最近、フィルムに限らず、撥水性を向上させる方法として、フッ素系樹脂、シリコーン系樹脂などに無機微粒子を均一に分散した複合塗料をコーティング剤に用いる方法や、ニッケルめっき液中にフッ素樹脂の微粒子を分散させて、めっきを行う方法などがある。これらの方法を用いると被覆された表面の形態的効果により水の接触角で160°近い超撥水状態が得られるが、この方法をフィルム上に応用しても、フィルムと被覆層との付着力が弱いという問題や、フィルムのもつ透明性が維持できないなどの問題が生じてしまう。したがって、フィルムの透明性を維持し、超撥水性をもった低コストで実用に耐える撥水性フィルムの出現が望まれていた。
このような従来の問題点を解決するために、プラズマ処理によりプラスチックフィルムの片面若しくは両面に80〜100nm程度の微小な突起を形成し、その後、クロロシラン系、メトキシシラン系、および、または、エトキシシラン系フッ素化合物の化学吸着膜を作成することが報告されている(例えば、特許文献1参照。)。この方法により、実用的に有用な150°〜160°の高い撥水性は得られるようになったが、プラズマ処理で作成した微細凹凸はこすりなどの摩擦に弱く、効果が持続しない問題があった。
【特許文献1】特開平6−25449号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記問題点を考慮した本発明の目的は、表面の撥水性とその機械的耐久性に優れた表面撥水性材料を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、表面撥水性とその機械的耐久性に優れると共に、更に、平滑性や透明性にも優れる表面撥水性材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは検討の結果、基材表面に特定な重合法を用いてフッ素ポリマーによる被膜を設けることにより、上記課題を解決しうることを見いだし、本発明を完成した。
すなわち、本発明の表面撥水性材料は、基材と、該基材表面にラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してなるグラフトポリマー層と、を有することを特徴とする。
【0007】
また、本発明の表面撥水性材料においては、前記グラフトポリマー層が、前記基材表面に開始剤を固定化した後、該開始剤を起点として、ラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してなることが好ましい態様である。
更に、前記開始剤が、原子移動ラジカル重合を開始する部位と、基材と結合しうる部位と、を同一分子内に有する化合物であることが好ましい。より具体的には、前記基材と結合しうる部位がシランカップリング剤から構成されていることが好ましく、また、前記原子移動ラジカル重合を開始する部位がα−ハロゲンエステル化合物から構成されていることが好ましい。
加えて、本発明の表面撥水性材料においては、前記原子移動ラジカル重合には触媒が用いられることが好ましい。また、前記触媒が遷移金属錯体であることがより好ましい。
【0008】
本発明の作用機構は明確ではないが、以下のように考えている。本発明の表面撥水性材料は、基材表面に重合開始剤を結合させ、それを起点として、ラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物(例えば、パーフルオロ基を有するモノマー)を、原子移動ラジカル重合法を用いて表面グラフト重合させることにより得られる。原子移動ラジカル重合法を用いることにより、基材表面にパーフルオロ基を有するモノマーを高密度でグラフト重合することが可能となり、いわゆるポリマーブラシ状態を実現することができる。このことにより、超撥水性が発現するものと推測される。このように、本発明による超撥水性発現の機構は、従来の凹凸付与による撥水性の増強によるものではなく、新たな機構によるものである。言い換えれば、撥水性を付与するために特に表面に凹凸化処理を施すことなく、超撥水性を発現することができる。すなわち、平坦な基材を用いた場合は、その平滑性を維持したまま超撥水性を得ることができる。
また、表面グラフト重合を用いることで、グラフトポリマーと基材表面が化学結合により強固に結合する。したがって、基材の形状を問わず、その表面形状を保ったまま機械的耐久性のある超撥水性の材料を得ることができる。
これらの結果、本発明の表面撥水性材料は、表面の撥水性とその機械的耐久性に優れ、更には、平滑性、透明性、耐環境性、或いは寿命、コスト面でも優れたものとなる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、表面の撥水性とその機械的耐久性に優れた表面撥水性材料を提供することができる。
また、本発明によれば、表面撥水性とその機械的耐久性に優れると共に、更に、平滑性や透明性にも優れる表面撥水性材料を提供することができる。
このように、本発明の表面撥水性材料は、撥水性とその耐久性に優れることから、画像表示装置、タッチパネル、プラスチック板、ガラス板などに好適に用いられ、その応用範囲は広い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の表面撥水性材料は、基材と、該基材表面にラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してなるグラフトポリマー層と、を有することを特徴とする。
以下、本発明の表面撥水性材料について説明する。
本発明の表面撥水性材料は、所望の形状の基材表面に、ラジカル重合可能な二重結合とパーフロオロ基とを有する化合物(以下、適宜、「フッ素含有重合性化合物」と称する。)を、原子移動ラジカル重合を用いてグラフト重合してなるものである。すなわち、基材表面には、パーフルオロ基を有するグラフトポリマー鎖が存在することとなる。
なお、本発明の表面撥水性材料を、液晶型表示素子、PDP表示素子などの表示素子の他、車のフロントウインドウなどの光透過型部材へと適用する場合には、基材として、透明基材を用いることが好ましい。
【0011】
本発明の表面撥水性材料は、基材表面に、フッ素含有重合性化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してグラフトポリマー層を形成することで作製されるが、該グラフトポリマー層は、より具体的には、1.基材表面に開始剤を固定化するプロセス、2.固定化した開始剤を起点として、フッ素含有重合性化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合し、パーフルオロ基を有するグラフトポリマーを生成するプロセスの、2つのプロセスを経て形成されることが好ましい。
本発明の表面撥水性材料を作製するためには文献公知の手段を用いることができる。以下、本発明の表面機能性部材を作製するプロセスについて、例を挙げて説明するが、本発明の内容は以下のプロセスに限定されることはない。
【0012】
〔1.基材表面に開始剤を固定化するプロセス〕
基材表面に開始剤を固定するプロセスは文献公知のいずれの方法を用いてもよい。特に、操作の簡便性、また、大面積適用性の観点から、シランカップリング剤などの基材結合性末端基を有する開始剤を、基材の表面に、好ましくは所望の領域全面にわたり付着させる方法が好ましい。
本発明に適用し得る基材としては、ガラス板、シリコン板、アルミ板、ステンレス板、などの無機物質からなる基材、及び、高分子などの有機物質からなる基材のいずれも用いることができる。無機物質からなる基材としては、上記のほかに金、銀、亜鉛、銅等などの金属板、ITO、酸化錫、アルミナ、酸化チタンなどの金属酸化物を表面に設けた基材なども使用することができる。また、高分子基材としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、二酢酸セルロース、三酢酸セルロース、プロピオン酸セルロース、酪酸セルロース、酢酸酪酸セルロース、硝酸セルロース、ポリエチレンテレフタレー卜、ポリカーボネート、ポリビニルアセタール、ポリウレタン、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、ポリイミド樹脂からなる基材を使用することができる。また、これらの高分子基材は、基材結合性末端基を有する開始剤との結合性を向上するために、コロナ処理、プラズマ処理などにより、表面に、水酸基やカルボキシル基などの官能基が導入されたものであってもよい。
【0013】
なお、本発明における基材の形状は、特に限定されるものではなく、得られた表面撥水性材料の用途により、上記の材質と共に、適宜、選択される。
例えば、得られた表面撥水性材料を、高密度画素を備えた高解像度用の画像表示体、モバイルに用いられる小型で高解像度の画像表示体、若しくは建材用ガラス、自動車用ガラス、ショーウインドウなどの透明性、低散乱が要求される分野に使用するには、表面平滑性のフィルム状の透明基材を用いることが好ましい。
【0014】
(開始剤)
開始剤としては、原子移動ラジカル重合を開始する部位(以下、開始部位と称する。)と、基材と結合しうる部位(以下、結合部位と称する。)と、を同一分子内に持った化合物なら公知のいずれのものも使用することができる。
開始部位としては、一般に、有機ハロゲン化物(例えば、α位にハロゲンを有するエステル化合物や、ベンジル位にハロゲンを有する化合物)、又は、ハロゲン化スルホニル化合物等を部分構造として導入してものが挙げられる。また、同様の開始剤としての機能を有するものであれば、ハロゲンの代わりになる基、例えば、ジアゾニウム基、アジド基、アゾ基、スルホニウム基、オキソニウム基などを有する化合物を用いても構わない。
【0015】
開始部位として導入されうる化合物としては、具体的には以下に例示するような化合物が挙げられる。
65−CH2X、
65−C(H)(X)CH3
65−C(X)(CH32
(ただし、前記式中、C65は、フェニル基を表し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を表す。)。
【0016】
1−C(H)(X)−CO22
1−C(CH3)(X)−CO22
1−C(H)(X)−C(O)R2
1−C(CH3)(X)−C(O)R2
(前記式中、R1及びR2は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜20のアルキル基、炭素数6〜20のアリール基、又は炭素数7〜20のアラルキル基を表し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を表す。)。
【0017】
1−C64−SO2X、
(前記式中、R1及びXは、前記したものと同義である。)。
【0018】
上記の開始剤の開始部位として特に好ましいものは、経時安定性の観点から、α−ハロゲンエステル化合物である。
【0019】
また、開始剤中に存在する結合部位、即ち、基材結合性末端基(基材と結合しうる官能基)としては、チオール基、ジスルフィド基、アルケニル基、架橋性シリル基、ヒドロキシル基、エポキシ基、アミノ基、アミド基等が挙げられる。これらのうち特に好ましい結合部位としては、チオール基、架橋性シリル基が挙げられる。
【0020】
開始部位と結合部位とをもった開始剤、即ち、開始能を有する部分構造に基材結合性末端基を導入した開始剤の具体的な例としては、例えば、下記一般式(1)に示す構造を有するものが例示される。
45C(X)−R6−R7−C(H)(R3)CH2
[Si(R92-b(Y)bO]m−Si(R103-a(Y)a (1)
〔式中、R3、R4、R5は、各々独立に、前記したR1及びR2と同義であり、R6は、−C(O)O−、−CO−、−CONH−、−SO3−、又は−SO2NH−を示し、R7は、−(CH2p−(ここで、pは0〜18の整数である)を示し、Xは、前記したXと同義であり、R9、R10は、各々独立に、炭素数1〜20のアルキル基、アリール基、アラルキル基、又は(R’)3SiO−(ここで、R’は炭素数1〜20の1価の炭化水素基であって、3個のR’は同一であってもよく、異なっていてもよい)で示されるトリオルガノシロキシ基を示し、また、R9又はR10がそれぞれ2個以上存在するとき、それらは同一であってもよく、異なっていてもよい。
Yは、水酸基、ハロゲン基、又は加水分解性基を示し、また、Yが2個以上存在するときそれらは同一であってもよく、異なっていてもよい。
aは、0、1、2、又は3を、また、bは、0、1、又は2を示す。mは、0〜19の整数である。ただし、a+mb≧1であることを満足するものとする。〕
【0021】
一般式(1)で表される化合物を、以下に例示する。
XCH2C(O)O(CH2nSi(OCH33
CH3C(H)(X)C(O)O(CH2nSi(OCH33
(CH32C(X)C(O)O(CH2nSi(OCH33
(CH32C(X)C(O)O(CH2nSiCl3
XCH2C(O)O(CH2nSiCl3
CH3C(H)(X)C(O)O(CH2nSi(CH3)(OCH32
(CH32C(X)C(O)O(CH2nSiCl3
(前記式中、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を表し、nは、2〜20の整数を表す)。
【0022】
開始部位と結合部位をもった開始剤の他の具体的な例としては、更に、下記一般式(2)で示される構造を有するものが挙げられる。
(R103-a(Y)aSi−[OSi(R92-b(Y)bm
CH2−C(H)(R3)−R11−C(R4)(X)−R8−R5 (2)
〔式中、R3、R4、R5、R9、R10、a、b、m、X、及びYは、前記したものと同義である。また、R8は、−C(O)O−、−CO−、−CONH−、−SO3−、又は−SO2NH−を示し、R11は、−(CH2q−(ここで、qは0〜10の整数である)を示す。〕
【0023】
一般式(2)で表される化合物を、以下に例示する。
(CH3O)3SiCH2CH2C(H)(X)C65
Cl3SiCH2CH2C(H)(X)C65
Cl3Si(CH22C(H)(X)−CO2R、
(CH3O)2(CH3)Si(CH22C(H)(X)−CO2R、
(CH3O)3Si(CH23C(H)(X)−CO2R、
(CH3O)2(CH3)Si(CH23C(H)(X)−CO2R、
(前記各式中、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を表し、Rは、炭素数1〜20のアルキル基、アリール基、又はアラルキル基を表す。)。
【0024】
〔2.固定化した開始剤を起点として、フッ素含有重合性化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合し、パーフルオロ基を有するグラフトポリマーを生成するプロセス〕
本発明においては、グラフトポリマーを生成する際に原子移動ラジカル重合を用いることを特徴とする。まず、原子移動ラジカル重合法について説明する。
【0025】
(原子移動ラジカル重合法概説)
「リビングラジカル重合法」は、重合速度が高く、ラジカル同士のカップリングなどによる停止反応が起こりやすいため制御の難しいとされるラジカル重合でありながら、停止反応が起こりにくく、分子量分布の狭い(Mw/Mnが1.1〜1.5程度)重合体が得られるとともに、モノマーと開始剤の仕込み比によって分子量は自由にコントロールすることができる。
「リビングラジカル重合法」の中でも、有機ハロゲン化物或いはハロゲン化スルホニル化合物等を開始剤として、遷移金属錯体を触媒としてビニル系モノマーを重合する「原子移動ラジカル重合法」は、上記の「リビングラジカル重合法」の特徴に加えて、官能基変換反応に比較的有利なハロゲン等を末端に有し、開始剤や触媒の設計の自由度が大きいことから、特定の官能基を有するビニル系重合体の製造方法としては更に好ましいものである。この原子移動ラジカル重合法としては、例えば、Matyjaszewskiら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカルソサエティー(J.Am.Chem.Soc.)1995年、117巻、5614頁、マクロモレキュールズ(Macromolecules)1995年、28巻、7901頁、サイエンス(Science)1996年、272巻、866頁、WO96/30421号公報、WO97/18247号公報、WO98/01480号公報、WO98/40415号公報、或いはSawamotoら、マクロモレキュールズ(Macromolecules)1995年、28巻、1721頁、特開平9−208616号公報、特開平8−41117号公報などが挙げられる。
【0026】
また、上記のような有機ハロゲン化物或いはハロゲン化スルホニル化合物等を開始剤として用いる通常の原子移動ラジカル重合以外に、過酸化物のような一般的なフリーラジカル重合の開始剤と銅(II)のような通常の原子移動ラジカル重合触媒の高酸化状態の錯体を組み合わせた「リバース原子移動ラジカル重合」も原子移動ラジカル重合に含まれる。
【0027】
(原子移動ラジカル重合触媒)
このような原子移動ラジカル重合には、触媒を用いることが必要であり、ここで用いられる触媒としては、遷移金属錯体が挙げられる。触媒に用い得る遷移金属錯体には、特に限定はなく、PCT/US96/17780に記載されているものが利用可能である。中でも好ましいものとして、0価の銅、1価の銅、2価の銅、2価のルテニウム、2価の鉄、又は2価のニッケルの錯体が挙げられる。
【0028】
これらの中でも、銅の錯体が好ましい。1価の銅化合物を具体的に例示するならば、塩化第一銅、臭化第一銅、ヨウ化第一銅、シアン化第一銅、酸化第一銅、過塩素酸第一銅等である。また、2価の塩化ルテニウムのトリストリフェニルホスフィン錯体(RuCl2(PPh33)も触媒として好適である。ルテニウム化合物を触媒として用いる場合は、活性化剤としてアルミニウムアルコキシド類が添加される。更に、2価の鉄のビストリフェニルホスフィン錯体(FeCl2(PPh32)、2価のニッケルのビストリフェニルホスフィン錯体(NiCl2(PPh32)、及び、2価のニッケルのビストリブチルホスフィン錯体(NiBr2(PBu32)も、触媒として好適である。
【0029】
触媒として銅化合物を用いる場合、その配位子として、PCT/US96/17780に記載されている配位子の利用が可能である。特に限定はされないが、アミン系配位子が良く、好ましくは、2、2’−ビピリジル及びその誘導体、1、10−フェナントロリン及びその誘導体、トリアルキルアミン、テトラメチルエチレンジアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、ヘキサメチル(2−アミノエチル)アミン等の脂肪族アミン等の配位子である。本発明においては、これらの内では、ペンタメチルジエチレントリアミン、ヘキサメチル(2−アミノエチル)アミン等の脂肪族ポリアミンが好ましい。
上記のような配位子を用いる量は、通常の原子移動ラジカル重合の条件では、遷移金属の配位座の数と、配位子の配位する基の数から決定され、ほぼ等しくなるように設定されている。例えば、通常、2、2’−ビピリジル及びその誘導体をCuBrに対して加える量はモル比で2倍であり、ペンタメチルジエチレントリアミンの場合はモル比で1倍である。
【0030】
本発明において配位子を添加して重合を開始する、及び/又は、配位子を添加して触媒活性を制御する場合は、特に限定はされないが、金属原子が配位子に対して過剰になる方が好ましい。配位座と配位する基の比は好ましくは1.2倍以上であり、更に好ましくは1.4倍以上であり、特に好ましくは1.6倍以上であり、特別に好ましくは2倍以上である。
【0031】
(反応溶媒)
本発明においてグラフト重合反応は、無溶媒、即ち、溶媒を用いることなくフッ素含有重合性化合物単独で行なってもよく、また、各種の溶媒中で行ってもよい。重合反応に用い得る溶媒としては、例えば、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系溶媒;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジフェニルエーテル、アニソール、ジメトキシベンゼン等のエーテル系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、クロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系溶媒;メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、n−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール等のアルコール系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒;エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒、及び水、等が挙げられる。これらは、単独又は2種以上を混合して用いることができる。
【0032】
溶媒を用いるグラフト重合反応は、一般的には、溶媒中にモノマーを添加し、必要に応じて触媒を添加した後、該溶媒中に開始剤を固定化してなる基材を浸漬し、所定時間反応させることにより、行なわれる。
また、無溶媒でのグラフト重合反応は、一般的には、室温下若しくは100℃までの加熱状態で行なわれる。
【0033】
(フッ素含有重合性化合物)
本発明で使用されるフッ素含有重合性化合物としては、ラジカル重合可能な二重結合とパーフロオロ基とを有する化合物であれば、如何なるものをも用いることができるが、特に有効なものとしては、パーフロオロ基を有するフッ素含有単量体が使用される。
【0034】
−フッ素含有単量体−
本発明におけるグラフトポリマー層は、下記一般式(I)、(II)、(III)、(IV)、及び(V)よりなる群から選ばれた少なくとも1種のフッ素含有単量体を用いて形成されることが好ましい。
【0035】
CH2=CR1COOR2f・・・(I)
〔式中、R1は、水素原子又はメチル基、R2は、−Cp2p−、−C(Cp2p+1)H−、−CH2C(Cp2p+1)H−、又は−CH2CH2O−、Rfは、−Cn2n+1、−(CF2nH、−Cn2n+1−CF3、−(CF2pOCn2ni2i+1、−(CF2pOCm2mi2iH、−N(Cp2p+1)COCn2n+1、又は−N(Cp2p+1)SO2n2n+1を表す。但し、pは1〜10、nは1〜16、mは0〜10、iは0〜16の整数である。〕
【0036】
CF2=CFORg・・・(II)
〔式中、Rgは、炭素数1〜20のフルオロアルキル基を表わす。〕
CH2=CHRg・・・(III)
〔式中、Rgは、炭素数1〜20のフルオロアルキル基を表わす。〕
【0037】
CH2=CR3COOR5j6OCOCR4=CH2・・・(IV)
〔式中、R3、R4は、各々独立に、水素原子又はメチル基、R5、R6は、各々独立に、−Cq2q−、−C(Cq2q+1)H−、−CH2C(Cq2q+1)H−、又は−CH2CH2O−、Rjは、−Ct2tである。但し、qは1〜10、tは1〜16の整数である。〕
【0038】
CH2=CHR7COOCH2(CH2k)CHOCOCR8=CH2・・・(V)
〔式中、R7、R8は、各々独立に、水素原子又はメチル基、Rkは、−Cy2y+1である。但し、yは1〜16の整数である。〕
【0039】
以下、本発明に好適なフッ素含有単量体の具体例を挙げるが、本発明はこれに制限されるものではない。
一般式(I)で示される単量体としては、例えば、CF3(CF27CH2CH2OCOCH=CH2、CF3CH2OCOCH=CH2、CF3(CF24CH2CH2OCOC(CH3)=CH2、C715CON(C25)CH2OCOC(CH3)=CH2、CF3(CF27SO2N(CH3)CH2CH2OCOCH=CH2、CF3(CF27SO2N(C37)CH2CH2OCOCH=CH2、C25SO2N(C37)CH2CH2OCOC(CH3)=CH2、(CF32CF(CF26(CH23OCOCH=CH2、(CF32CF(CF210(CH23OCOC(CH3)=CH2、CF3(CF24CH(CH3)OCOC(CH3)=CH2
【0040】
CF3CH2OCH2CH2OCOCH=CH2、C25(CH2CH2O)2CH2OCOCH=CH2、(CF32CFO(CH25OCOCH=CH2、CF3(CF24OCH2CH2OCOC(CH3)=CH2、C25CON(C25)CH2OCOCH=CH2、CF3(CF22CON(CH3)CH(CH3)CH2OCOCH=CH2、H(CF26C(C25)OCOC(CH3)=CH2、H(CF28CH2OCOCH=CH2、H(CF24CH2OCOCH=CH2、H(CF2)CH2OCOC(CH3)=CH2、CF3(CF27SO2N(CH3)CH2CH2OCOC(CH3)=CH2、CF3(CF27SO2N(CH3)(CH210OCOCH=CH2、C25SO2N(C25)CH2CH2OCOC(CH3)=CH2、CF3(CF27SO2N(CH3)(CH24OCOCH=CH2、C25SO2N(C25)C(C25)HCH2OCOCH=CH2等が挙げられる。
【0041】
また、一般式(II)及び(III)で表わされるフルオロアルキル化オレフィンとしては、例えば、C37CH=CH2、C49CH=CH2、C1021CH=CH2、C37OCF=CF2、C715OCF=CF2及びC817OCF=CF2などが挙げられる。
【0042】
一般式(IV)及び(V)で表わされる単量体としては、例えば、CH2=CHCOOCH2(CF23CH2OCOCH=CH2、CH2=CHCOOCH2CH(CH2817)OCOCH=CH2などが挙げられる。
【0043】
本発明においては、グラフトポリマー層を形成する単量体として、上記フッ素含有単量体に加えて、本発明の効果を損なわない限りにおいて、フッ素を有しない単量体を併用することができる。そのような単量体としては、ラジカル重合可能なものであれば特に限定されないが、具体的には、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸などの不飽和カルボン酸類、及びそのアルキル又はグリシジルエステル類、スチレン、アルキル酸のビニルエステル類、ケイ素含有単量体などが挙げられる。
併用する場合の配合量はフッ素含有単量体に対して50重量%以下が好ましい。
【0044】
以上のようにして形成されるグラフトポリマー層の厚みは、表面撥水性発現の観点から、0.5nm〜5μmの範囲が好ましく、特に、1.0nm〜1μmの範囲が好ましい。
【0045】
以上のようにして得られた表面撥水性材料は、パーフルオロ基を有するグラフトポリマーが高密度で基材と直接結合していることから、撥水性と、基材との密着性に優れたグラフトポリマー層を有することとなる。そのため、本発明の表面撥水性材料は、平坦な基材を用いた場合であっても、その基材の形状を問わず、超撥水性とその機械的な耐久性に優れるものとなる。
また、グラフトポリマー層は均一性が良いため、薄い層で性能を発現でき、透明性に優れていることから、透明基材と組み合わせることにより、透明性に優れた表面撥水性材料が得られる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
〔実施例1〕
(シリコン基材上への開始剤の固定)
シランカップリング剤:(5−トリクロロシリルペンチル)−2−ブロモ−2−メチルプロピオネートは下記文献記載の方法にて合成した(C.J.Hawker et al.,Macromolecules、1999、32 1424)。基材として用いたシリコン板はピランハ液(H2SO2:H22=3:1(質量比))に終夜浸漬し、イオン交換水で十分洗浄し、水中に保存した。アルゴン気流下、水中から取り出したシリコン板を窒素で表面の水分がなくなるまで乾燥させた後、アルゴン気流下、シランカップリング剤の1%脱水トルエン溶液に終夜浸漬した。その後、シリコン板を取り出し、トルエン、メタノールで洗浄し、表面に開始剤である末端シランカップリング剤を固定化させたシリコン基材を得た。
ここで、基材として用いたシリコン板の表面平滑性は、Rz=0.1μmであった。
なお、Rz(十点平均粗さ)はJIS B 0601の規定に準じるものであり、すなわち、「指定面における、最大から5番目までの山頂のZデータの平均値と、最小から5番目までの谷底の平均値の差」を用いている。
【0047】
(開始剤固定化基材からの原子移動ラジカル重合を用いたグラフトポリマーの生成)
1リットルのセパラブルフラスコにフッ素含有単量体である2−(パーフルオロブチル)エチルアクリレート(アヅマックス(株)社製)100gと、1−メトキシ−2−プロパノール(和光純薬工業(株)社製)100gと、を混合して均一溶液とした。この溶液にAr気流下、塩化銅(I)0.891g(9.0mmol)、2、2’−ビピリジル3.12g(20.0mmol)を加え、均一となるまで撹拌した。次に、上記の方法で作製したシリコン基材を溶液に浸し、一晩撹拌した。反応停止後、水で洗浄した。更にメタノールを含ませた布:ベムコットン(登録商標)で表面をこすり洗浄することで、表面にグラフトポリマー鎖を有する基材Aを得た。
得られた基材Aについて、エリプソメトリー(J.A.Woollam社製VB−250)で膜厚を測定したところ100nmの膜厚でグラフトポリマー層が形成されていることが確かめられた。また、エリプソメトリーでその他の数箇所を測定してもほぼ同じ厚みであり、均一な厚みのグラフトポリマー層が形成されていることが判明した。
また、得られた基材Aのグラフトポリマー層の水滴の接触角を、後述の方法にて測定したところ、147.8度であり、優れた撥水性を有することが分かる。
【0048】
〔実施例2〕
実施例1で用いたフッ素含有単量体に代えて、CF3(CF27SO2N(C37)CH2CH2OCOCH=CH2(大日本インキ製)を使用した以外は実施例1と同様にして実施例2の表面撥水性材料を得た。
【0049】
〔実施例3〕
実施例1で用いたフッ素含有単量体に代えて、CH2=CHCOOCH2CH2f〔式中、Rfは、−Cn2n+1−CF3、n=6、8、10、12〕(ケミノックス、FAAC−M、日本メクトロン社製)を使用した以外は実施例1と同様にして実施例3の表面撥水性材料を得た。
【0050】
〔実施例4〕
実施例1で用いたシリコン板に代えて、ガラス基板(日本板硝子社製)を使用して、実施例1と同じ方法にて開始剤を固定化した後、実施例1と同じ方法にてグラフトポリマー層を形成し、実施例4の表面撥水性材料を得た。
ここで、基材として用いたガラス基板の表面平滑性は、Rz=0.1μmであった。
【0051】
〔表面撥水性材料の評価〕
それぞれの評価方法は、以下の方法で行い、表面撥水性材料の性能を評価した。結果を下記表1に示す。
【0052】
(接触角)
得られた表面撥水性材料を2×2cm2に切り取り、Contact−Angle meter(協和界面化学(株)製10927)を用いて、空気中で水滴の接触角を測定した。単位は度(°)。
【0053】
(撥水性の耐久性試験)
旭化成社製「ベムコットン」(登録商標)を用いて撥水性表面を100回強くこすった後、上記の方法で接触角を測定した。
【0054】
(透過率の測定)
得られた表面撥水性材料を、分光光度計(UV3100、島津製作所製)を利用して、500nmの波長の透過率を求めた。
【0055】
【表1】

【0056】
表1の結果より、本発明の実施例1〜4の表面撥水性材料は、いずれも、表面撥水性に優れ、こすりによる機械的耐久性にも優れることが分かる。また、透明基材を用いた実施例4は、透明性にも優れることが分かる。
ここで、前述した特許文献1(特開平6−25449号公報)に記載の方法で、本実施例と同等の接触角を有する材料を得る場合には、基材はプラズマ処理によりRz=3〜5μm程度に粗面化される。また、この材料を、上記撥水性の耐久性試験に供すれば、基材の表面凹凸が磨耗により減少すると共に、撥水性が低下することが推測される。これに対して、本実施例では、Rz=0.5μm以下の表面平滑性を有する基材を用いても、表1に明らかなように、こすりによる撥水性の低下は見られず、機械的耐久性に優れることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の表面撥水性材料は、撥水性に優れ、撥水性が長期間持続するものである。また、平坦な基材でも高い撥水性を示すことが可能となるため、透明基材を用いることで、撥水性とその耐久性に優れた透明の表面撥水性材料を得ることができる。本発明の表面撥水性材料は様々な分野での応用が可能であり、CRT、LCD、PDP、FED等のディスプレイ、タッチパネル、ガラス、テーブル、化粧合板等、更にCD、DVD等の記録媒体における表面保護フィルム等に好適に適用しうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材表面にラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してなるグラフトポリマー層と、を有することを特徴とする表面撥水性材料。
【請求項2】
前記グラフトポリマー層が、前記基材表面に開始剤を固定化した後、該開始剤を起点として、ラジカル重合可能な二重結合とパーフルオロ基とを有する化合物を原子移動ラジカル重合によりグラフト重合してなることを特徴とする請求項1に記載の表面撥水性材料。
【請求項3】
前記開始剤が、原子移動ラジカル重合を開始する部位と、基材と結合しうる部位と、を同一分子内に有する化合物であることを特徴とする請求項2に記載の表面撥水性材料。
【請求項4】
前記基材と結合しうる部位がシランカップリング剤であることを特徴とする請求項3に記載の表面撥水性材料。
【請求項5】
前記原子移動ラジカル重合を開始する部位がα−ハロゲンエステル化合物であることを特徴とする請求項3に記載の表面撥水性材料。
【請求項6】
前記原子移動ラジカル重合には触媒が用いられることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の表面撥水性材料。
【請求項7】
前記触媒が遷移金属錯体であることを特徴とする請求項6に記載の表面撥水性材料。

【公開番号】特開2006−307110(P2006−307110A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−134332(P2005−134332)
【出願日】平成17年5月2日(2005.5.2)
【出願人】(000005201)富士写真フイルム株式会社 (7,609)
【Fターム(参考)】