説明

被研磨物保持用キャリアおよびその製造方法

【課題】シリコンウエハ研磨用のキャリア本体の大型化に伴う問題点を克服し、キャリア表面に形成したDLC薄膜の局部的クラックや早期剥離を防止し、研磨効率の向上を目指す。
【解決手段】金属製キャリア本体の表面をまずショットピーニング加工処理によって、円形窪みによる凹凸層の形成と同時に圧縮残留応力や表面硬化が発現した凹凸層を形成して基材に剛性を付与するとともに、こうした基材の表面に、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなるDLC薄膜を被覆形成してなる被研磨物保持用キャリアの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、研磨布を取付けた上下一対の定盤の間に、半導体素子の基板となるシリコンウエハーなどの被研磨物を挟持し、その研磨布または被研磨物のいずれか、あるいは両者を圧接しながら摺動させることによって、該シリコンウエハの表面を研磨するために用いられる被研磨物保持用キャリアおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体工業などの分野では、シリコンウエハ、化合物半導体ウエハ、アルミニウム製磁気ディスク基板、ガラス製磁気ディスクなどの製造プロセスにおいて、これらの部材表面を精密に研磨する処理工程がある。この処理においては、シリコンウエハなどの被研磨物を研磨する際に、被研磨物を保持するための、保持孔を有し外周縁部には両面研磨加工機のインターナルギアやサンギアと噛み合う外周歯を備えたキャリアを用いるのが普通である。
【0003】
例えば、図1は、シリコンウエハを研磨する際に用いられる円板状のキャリア(ホルダーとも呼ばれる)の外観を示したものである。ここで1は、シリコンウエハの保持孔であって、該シリコンウエハの形状に合わせて複数個が設けられる。2は、微細な研磨粒子を懸濁させた水スラリからなる研磨剤供給孔であって、やはり複数個が設けられる。3は、キャリアの外周部に設けられた外周歯である。4は、キャリアそのものの重量を軽減するための種々の形状の抜き孔である。また5はDLC薄膜を形成するためのキャリア本体の表面である。
【0004】
このキャリアは、そもそも、このシリコンウエハ自体が非常に薄い(0.5〜1mm未満)ため、キャリア本体もまた薄い材料で製作されていることに加え、シリコンウエハとともに一緒に研磨されることになるため、耐磨耗性に優れることが必要である。また、最近のシリコンウエハは、直径12インチ(約30cm)の大型ものが出現し、しかも15基のキャリアに複数個のシリコンウエハを取り付けてあり、キャリアの大きさは、直径が1mを超えるような大型のものもある。このような大型のキャリアは、その取扱い時に大きな変形応力が加わるため、シリコンウエハが、破損したり脱落することが多いという問題があった。しかも、シリコンウエハの研磨時には、キャリア本体も研磨されることになるから、このときに発生する微細な金属系粒子がシリコンウエハの純度低下の原因となっていた。
とくに、高品質のシリコンウエハが求められている今日では、研磨によってキャリア本体から溶出する微量の金属イオンの存在さえ忌避される状況にあり、キャリア本体の材質の検討や表面処理皮膜の開発も重要な検討課題となっている。
【0005】
キャリアのもつ上記のような課題を解決するため、従来、かかるキャリアの構成について次に示すような提案がなされている。例えば、特許文献1、2では、非金属質のガラス繊維で強化した高分子材料を用いたものが開示され、また、特許文献3では、ステンレス鋼、SKH鋼、SKD鋼、SUJ鋼などの金属材料を用いることが開示されている。
【0006】
また、特許文献4には、キャリア表面にセラミックコーティングを施した金属製キャリアが開示され、特許文献5には表面に金属めっきを被覆したSK鋼製キャリアが開示されている。さらに特許文献6には、金属製キャリアの表面にセラミック粒子を溶着した後、その上にDLC薄膜(ダイヤモンド・ライク・カーボンの薄膜)を被覆する技術が開示され、そして、特許文献3、7では、金属製キャリアの表面に直接、そのDLC薄膜を形成する技術を提案している。
【特許文献1】特開2001−038609号公報
【特許文献2】特開平11−010530号公報
【特許文献3】特許第3974632号公報
【特許文献4】特開平4−26177号公報
【特許文献5】特開2002−018707号公報
【特許文献6】特開平11−010530号公報
【特許文献7】特開2005−254351号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上掲の従来技術のうち、特許文献3、7に開示されている、いわゆる、金属製キャリア本体の表面にDLC薄膜を被覆形成する方法では、該キャリア本体の表面をポリッシングすること、即ち、鏡面仕上げ処理したものが用いられている。このことは、これらの特許文献3、7に開示のキャリア本体は、その表面に形成するDLC薄膜の厚さが、0.1μm〜20μmと極めて薄いことから、基材表面を鏡面に仕上げる必要があったことを意味している。即ち、これらの技術の場合、ポリッシングと称される鏡面仕上げをしておかないと、0.1μm程度であるDLC薄膜を均等に被覆形成することができないからである。
【0008】
しかし、発明者らの研究によると、鏡面仕上げしたキャリア本体の場合、その鏡面上にDLC薄膜を形成すると、次のような問題があることがわかった。
(1)キャリア本体表面の鏡面仕上げには、多くの作業時間を要し、コストアップとなる。特に0.1μm厚さのDLC薄膜を形成する際、僅かな研磨痕が存在しても、その箇所がDLC薄膜の欠陥原因となることが多い。
(2)DLC薄膜は、炭化水素系のガスから生成する炭素と水素を主成分とするアモルファス状の固形物であるから、成膜時に大きな残留応力を内蔵しており、剥離しやすいという問題がある。とくに、板厚の薄い大きなキャリア本体の場合、大きな変形応力を受けやすいので、この本体表面に被覆したDLC薄膜が鏡面だと、よけいに剥離しやすくなる。この点、特許文献3では、DLC薄膜の残留応力を0.5MPa以下に制限することを提案しているが、そのためのプラズマCVD法の開発には多くの困難がある。
(3)DLC薄膜のみを再成させる場合、残存するDLC薄膜の除去が困難な上に、さらに鏡面仕上げをしていくために長時間を要し、作業能率の低下を招いて、製品のコストアップを招く。
(4)このように、近年、キャリアは大型化している上、薄い金属で製作されており、さらに、大小さまざまな孔を多数配設しているため、その取扱い時に大きく変形することが避けられず、DLC薄膜に割れや局部剥離が発生しやすいという問題があった。
【0009】
そこで、本発明の目的は、従来技術が抱えている上述した課題を克服できるキャリアの構成と、それの有利な製造方法を提案することにある。
【0010】
特に本発明では、キャリア本体へのDLC薄膜の密着力が大きく、その本体の剛性が高いハンドリング性に優れ、研磨効率の優れたキャリアと、それを効率的に製造することができる技術の確立を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
従来技術が抱えている前記課題を解決し、上記目的を実現するために鋭意研究した結果、発明者らは、以下に述べるような知見を得た。
(1)キャリア本体の表面を鏡面仕上げせず、逆に、球状のショット(粒子)を吹き付けることにより、被処理面に凹凸層の形成と共に加工影響層を形成する表面改質処理(いわゆる、「ピーニング加工処理」)を施すことにより、該処理面を微細な球形窪みによって形造られた凹凸層にすると同時に、該表面に圧縮残留応力や加工硬化のいずれか1以上を発現させた加工影響層を形成した上で、その表面にDLC薄膜を被覆形成すると、該DLC薄膜の付着力を著しく向上させることができる。
(2)キャリアは、上記ピーニング加工処理によって、本体表面に、加工影響層が生成するので、該キャリア本体の剛性を高めることができ、キャリア本体が変形するのを防ぐことができる。
(3)ピーニング加工層の上に形成したDLC薄膜は、そのピーニング加工層の影響を受けて、ミクロ的には緩やかな凹凸が形成されることから、シリコンウエハ研磨時には研磨材粒子が凹部に滞留することとなって研磨効率が向上する。
(4)アモルファス状の固形膜からなるDLC薄膜は、水素含有量を12〜30at%(原子%)に制御した場合、DLC薄膜自体に耐磨耗性とともに柔軟性を付与される。
【0012】
このような知見の下で開発した本発明は、表面にショットピーニング加工層を有する金属製キャリア本体を、そのショットピーニング加工層を介してDLC薄膜にて被覆形成してなることを特徴とする被研磨物保持用キャリアである。
【0013】
なお、本発明の被研磨物保持用キャリアにおいては、
(1)前記ショットピーニング加工層は、球形のショットを吹き付けて得られる球形窪みによって形造られた凹凸層からなると同時に、圧縮残留応力もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方が発現した加工影響層となった層であること、
(2)前記ショットピーニング加工層は、表面粗さが、Ra値で0.15〜1.50μm、Rz値で1.55〜6.0μmの範囲内に調整された層であること、
(3)前記ショットピーニング加工層は、その表面の前記凹凸層中に、ショットよりも微細な方形研削粒子を吹き付けることによって形成される微細粗面化層が重畳して形成された層であること、
(4)前記ショットピーニング加工層は、表面粗さRsk値が±1未満の範囲にあること、(5)前記DLC薄膜は、前記ショットピーニング加工層の粗さRzを超え20μm以下の膜厚を有すること、
(6)前記DLC薄膜は、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなる皮膜であること,
(7)前記金属製キャリア本体は、アルミニウム合金、チタン合金、ステンレス鋼、SK鋼、SKH鋼などの特殊鋼のうちから選ばれるいずれか一種以上の金属・合金からなること、
が好ましい解決手段である。
【0014】
なお、本発明は、金属製キャリア本体の表面に、球形粒子からなるショットを吹き付けることにより、球形窪みによって形造られた凹凸層からなるショットピーニング加工層を形成し、そのショットピーニング加工層の表面に、DLC薄膜を被覆形成することを特徴とする被研磨物保持用キャリアの製造方法を提案する。
【0015】
なお、本発明の被研磨物保持用キャリアの製造方法においては、
(1)金属製キャリア本体の表面に、球形の粒子からなるショットを吹き付けることにより、ショットピーニング加工層を形成し、その後、そのショットピーニング加工層の表面に、ショット粒よりも小さい方形研削粒子を吹き付けて微細な粗面化処理層を重畳させて形成し、その後さらに、粗面化処理層を含むショットピーニング加工層の表面に、DLC膜を被覆形成すること、
(2)ショットまたは研削粒子の吹付けは、0.21〜0.5MPaの圧縮空気を用いて、該ショットならびに研削粒子については金属製キャリア本体の表面に対して、60〜90°の方向から吹付けを行うこと、
(3)前記ショットピーニング加工層は、鋳物、ステンレス鋼、高速度鋼、超硬合金、ガラス、セラミックスから選ばれるいずれか一種以上の球形粒子からなるショットを吹き付けることにより得られる、キャリア本体の表面に球形窪みによって形造られた微細な凹凸層であると同時に、圧縮残留応力の付加もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方を発現させた加工影響層となった層であること、
(4)前記DLC薄膜は、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなるものであること、
(5)前記DLC薄癖は、プラズマCVD法、スパッタリング法、イオンプレーティング法のいずれか一種の方法により、キャリア本体の表面に被覆形成すること、
が好ましい実施形態である。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、上記解決手段を採用することによって、次のような効果が得られる。
(1)本発明において採用するショットピーニング加工処理は、従来技術の鏡面仕上げ処理に比較して容易であり、処理時間が短縮されるため生産性が向上する。
(2)本発明において、ショットピーニング加工層上にはDLC薄膜が形成され、接着面積が広がるため、鏡面仕上げされている従来のDLC薄膜に比、薄膜の密着力が大きい。
(3)上記ショットピーニング加工層は、キャリア本体表面に対し、球形のショットを吹き付けて形成されるので、少なくともその表面は加工硬化等の加工影響層が生じることに加え、圧縮残留応力も発生するため、該キャリア本体の剛性が上昇する。その結果、キャリア本体の取扱い時に、変形するようなことがなくなり、ハンドリング等が容易になる他、疲労強度も向上する。
(4)本発明に係るキャリアは、取扱い時の変形が少ないので、その表面に形成したDLC薄膜に大きな残留応力が発生しても剥離するようなことがなくなる。その結果、DLC薄膜の形成方法として、プラズマCVD法だけでなく、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法、プラズマブースター法、など多くの方法を採用することができる。
(5)本発明によれば、取扱い時の変形が少ないキャリアが得られるので、これに取付けたシリコンウエハは、変形に伴う応力を受けにくくなる。そのため、従来のように、取扱
い時にシリコンウエハがキャリアから外れるようなことがなくなる。
(6)本発明において、ショットピーニング加工層上に形成されたDLC薄膜は、キャリア本体表面の影響を受けて、微視的な凹凸を保ちつつ、シリコンウエハの研磨に必要な平坦度を有する表面となるため、シリコンウエハを研磨する際に、水スラリ研磨剤に含まれているコロイダルシリカなどの超微粒子(0.01〜0.1μm)が凹部に残留しやすくなる。しかも、このような凹部はDLC薄膜表面に均等に存在するため、シリコンウエハの研磨効率が向上するのみならず、研磨自身も均等に行われ品質も改善される。
(7)上記ショットピーニング加工処理は、新しいキャリア本体に対するDLC薄膜の形成時のみならず、DLC薄膜の除去法としても極めて有効であるから、これがそのままDLC薄膜の再成用の前処理としても使用することができ、コスト的に有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係る被研磨物保持用キャリアの構成について、製造方法の説明に併せて説明する。
(1)金属製キャリア本体表面にショットピーニング加工層を形成するための処理
本発明では、金属製キャリア本体の表面に対して、粒径が数μm〜数mmの金属や非金属の球形のショットを圧縮空気を利用して吹き付け、被加工面(キャリア本体表面)を叩きながら無数の微小な窪み(痕)を生成させる冷間加工(ショットピーニング加工)を行い、得られたそのショットピーニング加工層の上にDLC膜を形成したキャリアである。本発明では、さらに必要に応じて、そのショットピーニング加工層の表面に対して、ショットよりも小さく、粒径が数μm〜20μm程度のSiC、Alなどの多角形状、好ましくは鋭角な角部を有する方形研削粒子を吹き付けて、より微細な粗面化処理を行ってもよい。
【0018】
ショットピーニングのためのショットとしては、鋳鋼、ステンレス鋼、高速度鋼、超硬合金、ガラス、セラミックスなどの球形の粒子を使用することができ、一方、粗面化処理(ブラスト加工処理)のための研削粒子としては、Al、SiO、SiC、AlNなどの硬質のセラミック質方形粒子が好適であり、また、その粒径はショットピーニング加工に用いた球形粒子より小さい粒子を用いる。その理由は、ショットピーニング加工用の球形粒子より大きな方形研削粒子を用いると、処理面の粗さが大きくなるとともに、凹凸面が粗大化して、DLC膜用の処理面として不適切な面となるからである。さちに粗大な粗面化では、ショットピーニング加工処理による基材表面の圧縮応力の発生や加工硬化などの効果が消失するうえ、研削粒子によって発生する大きな凹部は薄いキャリア本体を取扱う際に切り欠け効果を発揮して、キャリア本体の曲げ変形時などにおいて永久変形を誘発するおそれがあるからである。
【0019】
なお、図2は本発明に係るショットピーニング加工処理層(a)(b)とさらにそのショットピーニング処理加工面に対してさらに、微細な方形研削粒子を吹き付けるブラスト加工処理を施した、SUS304鋼製キャリア本体の表面(c)(d)を電子顕微鏡で観察した図である。本発明に適合するショットピーニング加工層(a)(b)は、表面の全域にわたって小さな窪みが均等に発生している。この小さな窪み面の生成によって、キャリア本体の表面には圧縮応力が発生するとともに、加工硬化現象が顕在化するため、キャリア本体の剛性が増大し、薄いSUS304鋼製のキャリア本体を取り扱う場合に発生する“曲り”、“たわみ”などの変形を軽減させることができる。
【0020】
本発明では、必要に応じてさらに、前記ショットピーニング加工層に対して微細なSiCなどの方形の研削粒子を吹き付けて得られるブラスト加工層(c)(d)のような微細な凹凸層を重畳して形成してなる粗面とすることがさらに効果的である。このような凹凸が重畳してなる粗化面は、この表面に形成するDLC膜と強い密着強さを発揮するため、キャリア本体に多少の変形や引張り、圧縮などの負荷が加味されても、DLC膜が剥離しにくくなる効果を発揮する。
上記したところからわかるように、本発明では、後で行うブラスト加工処理を行っても、先のショットピーニング加工処理時に出現した大きな球形窪みの輪郭はそのまま残存しており、両者は重なり合った凹凸層となり、2つの処理効果が重畳して作用することになる。
【0021】
以下は、金属製キャリアとして、ステンレス鋼(SUS304)を用いた例について説明する。金属製キャリアは、一般に、0.5〜1.0mm程度の厚さに仕上げられ、その外観は、図1に示したように、大小幾つもの円形または不定形な孔が配設されているものである。このように金属製キャリアは、薄いため、これを持ち運びする際に、大きく湾曲(変形)するという特性がある。
【0022】
そこで、本発明は、図1に示すキャリア本体の表面にまず、上述した球形粒子からなるショットを吹き付けるショットピーニング加工処理を施すことにより、該キャリア本体の表面にピーニング加工層を生成させることにした。このショットピーニング加工処理において用いられる球状のショットとしては、JIS B2711に記載されている金属の他、上述した各種の球形粒子、例えば、ガラス、セラミックスなどの硬質粒子をはじめ、炭化物や酸化物に対して、NiやCoなどとのサーメット(平均粒径5〜80μm)などが用いられ、これらのショットを圧力0.2〜0.5MPaの圧縮空気を用いて被加工面に吹き付けることにより、下記の粗さを有するショットピーニング加工層を形成する方法である。
(a)算術平均粗さRa:0.15〜1.50μm、
(b)十点平均粗さRz:1.55〜6.00μm、
【0023】
なお、圧縮空気の圧力が0.2MPaより低い場合には、ショットピーニング加工処理の時間が長くなるうえ、均等な粗化面が得られにくい。一方、0.5MPaより強い圧力の圧縮空気を用いると金属製キャリア本体が変形するので好ましくない。
【0024】
また、本発明で適用される好ましい前記ショットピーニング加工処理の条件としては、前記のガラスやセラミック粒子、サーメット粒子、その他の硬質粒子(Hv:200〜1500)を、飛行速度V:(30〜100)m/sec以上の速度で、キャリア本体の表面(被加工面)に60〜90°の方向から吹き付けことにある。
【0025】
このような吹き付け条件にて、該キャリア本体表面に、球形窪みによって形造られた凹凸層が形成されると同時に、圧縮残留応力もしくは加工硬化のいずれか一方が発現した加工影響層となった層が得られる。この処理において、吹き付け粒子の硬さがHv:200未満、もしくはそれの飛行速度が30m/sec以下では、本発明において望ましいショットピーニング加工層の形成ができなくなる場合がある。なお、上記の硬さは、キャリア本体の材質によっても変わるので、一概に規定はできないが、望ましくHv≧900、そして飛行速度Vについては、V:80m/sec以上、より好ましくは100m/sec以上とすることがよい。
【0026】
本発明において、これらの粗さ値に着目した理由を説明する。ショットピーニング用吹き付け粒子(ショット)の吹き付け面、即ち、ショットピーニング加工処理によって形成されたショットピーニング加工層の表面を、触針式粗さ検査機で測定すると、RaとともにRzも同様に記録することができる。発明者等が行った測定の結果によると、Raは小さくともRzは常に大きく、本発明が推奨する表面粗さ範囲内では、RzはRaの7倍以上に達するものが多い。
【0027】
図3は、本発明に係る上述したショットピーニング加工処理を行った後、その処理表面に、DLC膜を形成した場合の断面模式図を示したものである。ここで図3(a)は、ショットピーニング加工処理後、その表面にDLC膜を形成したもので、基材の表面には球形ショットをトレースした船底型の窪みによって形成された凹凸を生成していると同時に、その基材側には残留応力の発生源や加工硬化源となる加工影響層が同時に形成されることとなる。なお、ショットピーニング加工処理の被加工面には、Rzで表示される突起部も存在する。
【0028】
一方図3(b)は、ショットピーニング加工処理の後、さらにその表面をショットよりも粒径の小さい方形研削粒子を吹き付けるブラスト加工処理を施して、大小の凹凸層が重畳して存在するショットピーニング加工層とした上に、DLC膜を形成した場合の断面模式図を示したものである。この図に示すように、後発のブラスト加工処理の効果によって、ブロードな球形窪みによる大きな凹凸層と小さな凹凸層とが重畳して現れた粗面が現出し、DLC膜との接合面積が飛躍的に向上する。ただし、本発明では、後発のブラスト加工処理を行っても、先行するショットピーニング加工処理時の加工影響層はそのまま残存しているので、基材の剛性は維持できている。
【0029】
なお、図3において21はキャリアである基材、22ははショットピーニング加工処理によって生成する凹凸層、23は表面粗さ時に測定されるRz値に相当する突出部、24はショットピーニング加工処理時に発現する加工影響層、25はDLC膜、そして、26はブラスト加工処理によって生成した粗面化層を示すものである。
【0030】
本発明では、ショットピーニング加工処理後に、必要に応じて、さらに、バフや#1000以上の研磨紙を用いて軽く研磨することによって、主に凸部のみを除去して、Rz粗さ値を調整してもよい。
【0031】
なお、ショットピーニング加工層の表面粗さRaを0.15〜1.50μmの範囲に規制する理由は、0.15μm未満ではショットピーニング加工処理の効果が薄く、一方、1.50μmより大きいと、その上に形成されるDLC薄膜の均一性が欠けるか、成膜条件によっては凸部25が露出し易く、DLC薄膜被覆の効果が乏しくなるからである。
【0032】
次に、本発明では、ショットピーニング加工層の粗さ特性として、Rsk値についても、所定の管理値の範囲内になるようにすることが好ましい。即ち、このショットピーニング加工層の粗さについて、その高さ方向のゆがみを示す粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)を用いて管理することとした。
【0033】
このRsk値は、下記式に示すとおり、基準長(Ir)における高さ(Z(X))の三乗平均を二乗平均率方根の三乗(Rq)で割ったもので定義されるものである。


【0034】
なお、Rsk値が、図4に示すように、凸部に対して凹部の部分が広い粗さ曲線では、確立密度関数が凹部の方へ偏った分布となるが、これを正値とし、その逆を負債と定義されているが、本発明ではRsk値の正負に困係なく、その“ゆがみ”を±1以下に規制することにした。
【0035】
本発明において、ピーニング加工層の粗さのうち、Rsk値を重視する理由は、ピーニング加工層の表面粗さの大小に関係なく、そのRsk値がDLC薄膜の表面性状を示す数値と考えられるからである。
【0036】
例えば、ステンレス鋼基材の表面を電解研磨によって鏡面に仕上げたものと、研削粒子を吹き付けるピーニング加工処理を施したものについて、これらの表面の表面粗さを測定すると、表1に示すような結果が得られた。
【0037】
【表1】

【0038】
なお、表1に示すRa、Rzなどの表面粗さの測定値は、粗さのそのものを示しているが、Rsk値については粗さというよりもむしろ、測定面の“ゆがみ”を表わしているパラメータである。そこで、発明者らは、表面粗さRa、Rzだけではなく、必要に応じてさらにRsk値をも規制することにした。
【0039】
また、本発明者らの研究によると、本発明に従い、ショットピーニング加工層上に形成されたDLC薄膜については、シリコンウエハ研磨用キャリアの性能に大きな影響を与えることがわかった。即ち、Rsk値が±1未満を示すショットピーニング加工層をもつステンレス鋼製キャリアに被覆形成されたDLC薄膜は、Rsk値の影響を受けてミクロ的な緩やかな“ゆがみ”を持つようになる。この“ゆがみ”の凹部に相当するところに、コロイダルシリカのような微細なシリコンウエハ用研磨材が滞留し、この研磨材粒子が該シリコンウエハの研磨効率を向上させるものと考えられる。
とくに、そうした研磨材粒子の滞留部は、DLC薄膜全体にわたって均等に分布しているので、シリコンウエハの研磨も単に効率の向上にとどまらず、研磨面全体が均等に研磨されることとなる。
【0040】
(2)ショットピーニング加工処理の効果
ピーニング加工処理を施した金属製キャリア本体には、次のような特徴がある。
(a)ショットピーニング加工処理によって、キャリア本体の被加工面は、球形のショットを吹き付けて得られる球形窪みによって形造られた凹凸層となるほか、圧縮残留応力もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方が発現した加工影響層も顕れるため、キャリア本体の剛性が高まる。その結果、キャリアを運搬したり、取り扱う時に生じる“撓み”や“ねじれ”などの変形が抑えられるようになる。従って、キャリア本体の表面を鏡面仕上げしたものに比べると、その表面に形成したDLC薄膜に発生する割れや剥離現象による損傷率を低下させることができる。
【0041】
これに対し、鏡面仕上げした従来のキャリア本体表面のDLC薄膜の場合、鏡面にしたことによって、損傷の発生率が高くなるため、成膜時残留応力を0.5MPa以下に制限している(例えば、特許文献3)。この点、本発明の方法に従ってピーニング加工層を形成した場合、そのような制約がなくなる。その結果、DLC薄膜の形成に当たっては、プラズマCVD法だけでなく、イオン化蒸着法やアークイオンプレーティング法、プラズマブースター法など多く方法が採用可能になる。
【0042】
(b)キャリア本体表面に形成したショットピーニング加工層の場合、その上に形成するDLC薄膜との接合面積が拡がるので、薄膜密着強さが増大し、多少の変形や引張り、圧縮などの負荷に対しても剥離しにくくなる。特にショットピーニング加工処理の後、その処理面に対してさらに微細な研削粒子を吹き付るブラスト加工処理を行って、大小凹凸層が重畳する複合溝にした場合には、両者の効果が複合的に顕在化するため、DLC膜の密着性は一段と向上する。この場合、ショットピーニング加工処理は主としてキャリア本体の変形や“ねじれ”防止、ブラスト加工処理はDLC膜の密着性向上作用を強く受け止めることとなる。
【0043】
(c)ショットピーニング加工処理に要する時間は、キャリア本体の表面を鏡面研磨する場合に比較して短いため、作業効率が向上するのに加え、DLC薄膜を備えたキャリアを再使用する場合の前処理(古いDLC薄膜を除去する処理にも使用できる)としても適用可能である。
【0044】
(3)キャリア本体(基材)について
上述したショットピーニング加工処理の効果を上げるためのキャリア本体としては、次のものが考えられる。例えば、SUS304を代表とする各種ステンレス鋼、チタンおよびチタン合金、アルミニウムおよびその合金、SK鋼、SKH鋼、SUJ鋼などの特殊鋼などが特に好適である。
【0045】
(4)DLC薄膜の被覆形成方法
ショットピーニング加工層を有するキャリア本体の表面に、DLC薄膜を被覆形成する方法およびその装置について具体的に説明する。本発明では、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法、プラズマブースター法および高周波・高電圧パルス重畳型プラズマCVD法(以下、単に「プラズマCVD法」という)の何れかの方法によってDLC薄膜の形成が可能である。ただし、以下の説明は、プラズマCVD法について説明する。
【0046】
図5は、前述のような処理を経てショットピーニング加工層が形成されたキャリア本体の表面に、DLC薄膜を被覆形成するために用いられるプラズマCVD装置の略線図である。プラズマCVD装置は、主として、接地された反応容器41と、この反応容器41内に高電圧パルスを印加するための高電圧パルス発生電源44、被処理体(以下、「キャリア本体」という)42の周囲に単価水素系ガスプラズマを発生させるためのプラズマ発生電源45が配設されているほか、導体43およびキャリア本体42に高電圧パルスおよび高周波電圧の両方を同時に印加するための重畳装置46が、高電圧パルス発生電源44とプラズマ発生電源45との間に介装配置されている。なお、導体43およびキャリア本体42は、高電圧導入部49を介して重畳装置46に接続されている。
【0047】
このプラズマCVD装置は、反応容器41内に成膜用の有機系ガスを導入するためのガス導入装置(図示せず)および、反応容器41を真空引きする真空装置(図示せず)が、それぞれバルブ47aおよび47bを介して反応容器41に接続される。
【0048】
このプラズマCVD装置を用いて、被処理体の表面にDLC薄膜を成膜させるには、まず、キャリア本体42を反応容器41内の所定位置に設置し、真空装置を稼動させて該反応容器41内の空気を排出して脱気した後、ガス導入装置によって有機系ガスを該反応容器41内に導入する。
【0049】
次いで、プラズマ発生用電源45からの高周波電力をキャリア本体42に印加する。なお、反応容器41は、アース線48によって電気的に中性状態にあるため、キャリア本体42は、相対的に負のプラズマ中のプラスイオンは、負に帯電したキャリア本体42のまわりに発生することになる。
【0050】
そして、高電圧パルス発生装置44からの高電圧パルス(負の高電圧パルス)をキャリア本体42に印加すると、有機系導入ガスプラズマ中のプラスイオンは、該キャリア本体42の表面に誘引吸着される。このような処理によって、キャリア本体42の表面に、DLC薄膜が生成して薄膜が形成される。即ち、反応容器41内では、最終的には炭素と水素を主成分とするアモルファス状炭素水素固形物からなるDLC薄膜が、キャリア本体42のまわりに気相析出し、該処理体42表面を被覆するようにして皮膜形成するものと考えられる。
【0051】
発明者等は、上記プラズマCVD装置により、被処理体表面に形成されるアモルファス状炭素水素固形物からなるDLC薄膜の層は、以下の(a)〜(d)のプロセスを経て形成されるものと推測している。
【0052】
(a)導入された炭化水素ガスのイオン化(ラジカルと呼ばれる中性な粒子も存在する)がおこり、
(b)炭化水素ガスから変化したイオンおよびラジカルは、負の電圧が印加されたキャリア本体42の表面に衝撃的に衝突し、
(c)衝突時のエネルギーによって、結合エネルギーの小さいC−H間が切断され、その後、活性化されたCとHが重合反応を繰り返して高分子化し、炭素と水素を主成分とするアモルファス状の炭素水素固形物を気相析出し、
(d)そして、上記(c)の反応が起こると、キャリア本体42表面には、アモルファス状炭素水素固形物の堆積層からなるDLC薄膜が形成されることになる。
【0053】
なお、この装置では、高電圧パルス発生電源44の出力電力を、下記(a)〜(d)のように変化させることによって、キャリア本体42に対して金属等のイオン注入を実施することもできる。
(a)イオン注入を重点的に行う場合:10〜40kV
(b)イオン注入と皮膜形成の両方を行う場合:5〜20kV
(c)皮膜形成のみを行う場合:数百V〜数kV
(d)スパッタリングなどを重点的に行う場合:数百V〜数kV
【0054】
また、前記高電圧パルス発生源44では、
パルス幅:1μsec〜10msec
パルス数:1〜複数回のパルスを繰り返すことも可能である。
【0055】
また、プラズマ発生用電源45の高周波電力の出力周波数は、数十kHz〜数GHzの範囲で変化させることができる。
【0056】
このプラズマCVD処理装置の反応容器41内に導入させる成膜用有機系ガスとしては、以下の(イ)〜(ハ)に示すような炭素と水素からなる炭化水素系ガスを用いる。
【0057】
(イ)常温(18℃)で気相状態のもの
CH、CHCH、C、CHCHCH、CHCHCHCH
(ロ)常温で液相状態のもの
CH、CCHCH、C(CH、CH(CHCH、C12
Cl
【0058】
上記の反応容器41内への導入ガスは、常温で気相状態のものは、そのままの状態で反応容器41内に導入できるが、液相状態の化合物はこれを加熱してガス化させ、そのガス(蒸気)を反応容器41内へ供給することによってDLC薄膜を形成することができる。
【0059】
(5)本発明の下で形成されるDLC薄膜
上記のようにショットピーニング加工層を設けてなるキャリア表面に形成するDLC薄膜は、次に示すような特性を有する。
(a)前記DLC薄膜を構成する炭素と水素含有量の比率
DLC薄膜は、硬く耐摩耗性に優れているものの柔軟性に欠ける特性がある。このため、キャリア本体のように全体が大きくかつ薄い金属等でつくられ、しかも大小さまざまな孔が複数個設けられているものに対し、DLC薄膜を被覆すると、キャリアの持ち運び時に大きく変形したときに、延性に乏しいDLC薄膜にクラックが発生したり、ときには剥離することがある。この対策として、本発明ではDLC薄膜を構成する炭素と水素の割合に注目し、特に、水素含有量を全体の12〜30原子%(at%)に制御することによって、DLC薄膜に耐磨耗性とともに柔軟性を付与することとした。具体的には、このDLC薄膜中に含まれる水素含有量を12〜30原子%(a t%)とし、残部を炭素含有量とした。このような組成のDLC薄膜を形成するには、成膜用の炭化水素系ガス中に占める水素含有量が異なる化合物を混合することによって果すことができる。
【0060】
(b)DLC薄膜の表面性状
本発明では、前記DLC薄膜でも、十分な耐食性、耐摩耗性を示すと同時に、柔軟性を
付与することができ、シリコンウエハの研磨用キャリアとして十分に実用可能である。
【実施例】
【0061】
(実施例1)
この実施例では、SK鋼基材の表面を鏡面仕上したものと、ショットピーニング加工処理によって各種の表面粗さに仕上げられたショットピーニング加工層に対して、直接、膜厚の異なるDLC薄膜を形成した。次いで、これらの試験片を塩水噴霧試験に供して、基材の表面粗さとDLC薄膜の耐食性を調査した。
【0062】
(1)供試基材
供試基材はSK鋼(SK60の焼きなまし材)とし、この基材から幅50mm×長さ70mm×厚さ2mmの試験片を作成した。その後、その試験片の全面に対して下記の前処理を実施したものについての表面粗さを示す。
(イ)ショットピーニング加工処理は、Ra:0.15〜1.55μm Rz:1.55〜8.55μmの粗さにした。
なお、この処理は、球形のショットとして粒径範囲2〜20μmのガラスビーズを用い、これを0.3MPaの圧縮空気を用いて吹き付けたものである。なお、一部の試験片については、ショットピーニング加工処理後、SiC粒子によるブラスト加工処理を施したものを準備した。
(ロ)参考のために、鏡面仕上げに当たる以下の実験を行った。
(a)電解研磨 Ra:0.01〜0.013μm Rz:0.14μm〜0.16μm
(b)バフ研磨 Ra:0.013〜0.015μm Rz:0.20〜0.29μm
(2)DLC薄膜の形成方法と膜厚
DLC薄膜の形成にはプラズマCVD法を用い、全ての試験片に対して、0.5〜20μm厚のDLC薄膜を形成させた。
(3)試験方法およびその条件
DLC薄膜を形成させた試験片をJIS Z2371規定の塩水噴霧試験に96時間供し、試験後のDLC薄膜表面に発生する赤さびの有無を調査した。
(4)試験結果
試験結果を表2に要約した。この結果から明らかなように、本発明法に従うショットピーニング加工処理によって粗面化した基材上に形成した試験片のDLC薄膜では、表面粗さの影響を受け、Ra値またはRz値より薄いDLC薄膜(No.1、2、3、4、5、6)では耐食性が十分でなく、赤さびの発生がみられた。しかし、ショットピーニング加工層上のDLC薄膜でも表面粗さのRz値よりも厚く成膜したもの(No.1〜6)では赤さびの発生はなく、十分な耐食性を発揮することが確認できた。
なお、参考例として用いた電解研磨面(No.7、8)およびバフ研磨面(No.9、10)の表面に形成したDLC薄膜試験片は0.5μmの膜でも赤さびの発生は認められなかった。
【0063】
このことから、参考例として示す鏡面状態にある電解研磨やバフ研磨と同じく、本発明のショットピーニング加工処理を行った場合であっても、少なくともRz粗さ値よりも大きく、20μm以下の厚さのDLC薄膜を形成すれば、膜の耐食性に関しては、従来の鏡面にしたものと同等で全く遜色のない表面になることがわかった。
【0064】
以上、ショットピーニング加工処理によって基材表面の粗さを、Ra:0.15〜1.55μm、Rz:1.55〜8.55μmとした場合、DLC薄膜の厚さを2.0〜20μmの範囲内とすると共に、Rz値より大きい膜厚にした場合、基材成分の溶出のない皮膜形成が可能であることがわかった。
【0065】
【表2】

【0066】
(実施例2)
この実施例では、ステンレス鋼(SUS304)基材の表面に、水素含有量を変化させたDLC薄膜を形成し、曲げ変形に対する抵抗およびその後の耐食性の変化について調査した。
【0067】
(1)供試基材およびDLC薄膜の性状
供試試験片はステンレス鋼(SUS304)とし、この基材から寸法幅15mm×長さ70mm×厚さ1.8mmの試験片を作成した。その後、この供試基材の全面に対し、ショットピーニング加工処理を施してRa:0.16〜1.02μm、Rz:1.58〜2.99μmの粗面化処理を行い、そのショットピーニング加工層における水素含有量が5〜50原子%で、残部が炭素成分である試験片を、3.5μm厚に形成した。
(2)試験方法およびその条件
DLC薄膜を形成させた試験片を180°に曲げ変形を与え(Uベンド形状)曲げ部のDLCの外観状況を20倍の拡大鏡で観察した。またその観察後の曲げ試験片を10%HCl水溶液中に浸漬し、室温21℃で48時間放置し、HCl水溶液の中に溶出するイオンによる色調の変化を調べた。
(3)試験結果
表3に試験結果を要約した。この試験結果から明らかなように、水素含有量の少なくないDLC皮膜は(試験片No.1、2、3)は1800の変形を与えるとクラックを発生したり、微小な面積であるが局所的に膜の脱落が見受けられた。これらのDLC薄膜は柔軟性に乏しいことが確認された。一方、曲げ試験後の試験片を10%HCl中に浸潰すると、クラックを発生したDLC薄膜(No.3)は、基材質のステンレス鋼から金属イオン(鉄を主成分とし、少量のC
rとNiを含む)が溶出し、HCl水溶液は無色透明から黄緑色に変化した。
これに対して水素含有量を1.5〜59原子%含むDLC薄膜(No.4〜8)を浸漬したHCl水溶液は、無色透明を維持しており、900 の変形を与えても柔軟性を有する膜は形成初期の状態を保っていることがわかった。
ただ、DLC薄膜中の水素含有量が多くなるほど軟質化するとともに、品質管理が困難となるので、本発明では水素含有量13〜30原子%の範囲を採用することとした。
【0068】
【表3】

【0069】
(実施例3)
この実施例では、SK鋼製基材の表面をバフ研磨によって鏡面仕上げしたものと、本発明にかかるショットピーニング加工処理を施した試験片の全面に対して各種の方法によってDLC薄膜を形成した。次いで、この試験片180°曲げ試験および塩水噴霧試験を行い、DLC薄膜の曲げ変形に対する抵抗性と耐食性を調査した。
【0070】
(1)供試基材とその表面処理
供試基材はSK鋼(SK60焼きなまし材)とし、この基材から幅15mm×長さ70mm×厚さ1.8mmの試験片を作成した。その後この試験片の全面に対し、バフ研磨とショットピーニング加工処理を行った。それぞれの処理後の粗さは下記の通りであった。
(イ)バフ研磨面の表面粗さ Ra:0.02〜0.08μm Rz:0.66〜0.81μm
(ロ)ショットピーニング加工層の表面粗さ Ra:0.15〜1.12μm Rz:1.58〜4.10μm
(2)DLC薄膜の試験方法
DLC薄膜を形成させた試験片を、中央を基点として180°に曲げ(Uベンド形状)、その曲げ部のDLC薄膜の外観状況を20倍の拡大鏡で観察した。また観察後の試験片をそのままの状態でJIS Z2371規定の塩水噴霧試験に96h r暴露して、DLC薄膜の変化を調べた。
(4)試験結果
表4に試験結果を要約した。この試験結果から明らかなように、試験片の表面をバフ研磨し、その上にDLC薄膜を形成したもの(No.1、3、5、7)はいずれもクラックを発生したり、微小ながらDLC薄膜の剥離も認められた。ただN0.7のプラズマCVDで形成されたDLC薄膜のみクラックの発生は非常に少なく、基材との密着性は良好であった。
【0071】
一方、曲げ試験後に実施した塩水噴霧試験結果によると、DLC薄膜にクラックや剥離が認められた試験片は全て赤さびが発生し、クラックが基材まで達して防食作用を消失している状況が観察された。これに対して曲げ試験によっても健全な状態を維持していた試験片は塩水噴霧試験においても赤さびを発生することなく、優れた耐食性を発揮した。この結果から、本発明に係るDLC薄膜はプラズマCVD法に限定されず、他の既存のDLC薄膜形成法に対して適用可能であることが確認された。
【0072】
【表4】

【0073】
(実施例4)
この実施例では、ステンレス鋼(SUS304)を基材とし、その表面をバフ研磨(ポリッシング)した面と本発明に係るショットピーニング加工層およびショットピーニング加工層にさらにブラスト加工処理した面に対して、DLC薄膜を形成したものの密着強さを評価した。
【0074】
(1)供試基材と前処理
供試基材としてSUS304鋼から幅25mm×長さ30mm×厚さ3mmの試験片を切り出し、下記の前処理を施した。
(イ)バフ研磨(ポリッシング):Ra:0.01〜0.014μm Rz:0.11〜0.15μm
(ロ)ショットピーニング加工層:Ra:1.05〜1.45μm Rz:4.80〜5.8μm
(ハ)ショットピーニング後ブラスト加工層:Ra:1.25〜1.88μm Rz:5.55〜6.0μm
(2)DLC薄膜の形成方法と膜厚
DLC薄膜の形成には、プラズマCVD法を用い、すべての前処理試験片に対して、膜厚7μmのDLC膜を形成した。なお、DLC薄膜中の水素含有量は18原子%残部は炭素である。
(3)試験方法
基材に対するDLC薄膜の密着強さは、塗膜の密着性試験として汎用されている描画試験(引掻試験)を用いた。すなわち、一定の荷重を負荷したダイヤモンド針でDLC薄膜に直線の切り傷を付け、このときに発生するDLC薄膜の剥離の有無とその程度によって密着強さを判定した。
(4)試験結果
試験結果を図6に示した。この写真はダイヤモンド針による引掻試験後のDLC薄膜の外観状況を示したものである。ポリッシング面に直接DLC薄膜を形成した場合には、引掻傷に沿って多数のDLC薄膜の剥離部が存在し、薄膜の密着強さが低いことを示している。これに対してショットピーニング加工処理したり、またはその表面をさらにブラスト加工処理した面に形成したDLC薄膜は、いずれもダイヤモンド針による引掻傷は認められるものの薄膜の剥離は認められず、優れた密着強さを有していることが確認された。
【0075】
(実施例5)
この実施例では、ショットピーニング加工処理によって前処理されたキャリア本体の剛性向上を定性的に調査するため実験を行った。
【0076】
(1)供試基材と試験片
供試基材としてステンレス鋼(SUS304)を用い、これらを幅30mm×長さ200mm×厚さ1mmの試験片を切り出した。
(2)試験片に対するブラスト加工処理
試験片の片面に対して、次に示すようなショットピーニング加工処理を行ったが、比較用の試験片として、電解研磨したステンレス鋼(SUS304)を用いた。
(イ)ショットピーニング加工処理によって、基材表面の粗さRa:0.15〜1.05μm、Rz:1.55〜5.95μmに粗面化されたもの
(ロ)電解研磨によって、Ra:0.013μm、Rz:016μmに鏡面仕上げされたもの
(3)試験方法
供試各種試験片を図7に示すように、試験片の一端を固定し、一方の先端部に1000gの分銅を乗せ、その重みで垂れ下がる試験片先端の変化幅を測定した。
(4)試験結果
試験結果を表8に要約した。この結果から明らかなように、ショットピーニング加工処理によって粗面化された試験片(No.1〜4)は、鏡面化された比較例の試験片に比べて変位幅が少なく、変形しにくいことが認められた。
【0077】
【表5】

【0078】
(実施例6)
この実施例では、図1に示す形状のキャリア本体を用いて、直径200m、厚さ0.5mmのSiウエハを研磨して、本発明にかかるDLC薄膜の効果を調査した。キャリア本体の全面に対して下記の前処理とDLC薄膜を形成した。
【0079】
(1)本発明に係る前処理とDLC薄膜の性状
ショットピーニング加工処理によって、キャリア本体の表面を、Ra:0.15〜0.98μm、Rz:1.52〜4.95μmの粗面化させた後、その上に、水素含有量18原子%を含むDLC薄膜を5μm厚に形成した。
(2)比較例の前処理とDLC薄膜の性状
バフ研磨によってキャリア本体の表面を、Ra:0.02〜0.10μm、Rz:0.11〜0.16μmの鏡面に仕上げた後、その上にDLC薄膜を5μm厚に形成した。このDLC薄膜中の水素含有量は15原子%、残部は炭素である。
(3)試験結果
コロイダルシリカを研磨剤とする水スラリー研磨剤を用いて、シリコンウエハの研磨を行なった結果、本発明のDLC薄膜を形成したキャリア本体を用いた場合、シリコンウエハの表面を0.01μm以下に仕上げるのに約20分で終了したのに対し、比較例のDLC薄膜を被覆したキャリア本体では58分を要した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係るピーニング加工処理を前処理とするDLC薄膜形成技術は、Si、GAPなどの半導体ウエハの研磨だけに限定されるものではなく、液晶ディスプレイガラス、ハードディスクなどの研磨用として応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】シリコンウエハ研磨用金属製キャリア本体の平面図である。
【図2】キャリア本体表面に対して各種の前処理を施した加工面のSEM写真である。
【図3】金属製キャリア本体をピーニング加工処理およびピーニング加工処理後ブラスト加工処理した表面の粗さと、その上に形成したDLC薄膜の断面模式図であり、(a)は、ショットピーニング加工処理後、その表面にDLC薄膜が形成された場合、(b)は、ショットピーニング加工処理後、ブラスト加工処理した面にDLC薄膜が形成された場合である。
【図4】ショットピーニング加工層の表面粗さ表示におけるスキューネス値(Rsk)を示す模式図である。
【図5】シリコンウエハの研磨用キャリア本体にDLC薄膜を形成するためのプラズマCVD装置の概略図である。
【図6】引掻き試験部後のDLC薄膜表面状態を示す拡大写真である。(a)はポリッシング面に対し、(b)はショットピーニング加工層に対し、また(c)はショットピーニング加工層に対して、さらにブラスト加工処理した面に対して、それぞれDLC薄膜を形成したものの引掻試験後の外観である。
【図7】ショットピーニング加工処理したSUS304鋼の剛性を試験した状況の概略図である。
【符号の説明】
【0082】
1 シリコンウエハの保持孔
2 研磨材の供給孔
3 外周歯
4 抜き孔
5 DLC薄膜を形成するキャリアの表面
21 キャリア本体
22 凹凸層
23 突出部
24 ショットピーニング加工処理時に発生する加工影響層
25 DLC薄膜
41 反応容器
42 被処理体(キャリア本体)
43 導体
44 高電圧パルス発生源
45 プラズマ発生源
46 重畳装置
47a、47b バルブ
48 アース線
49 高電圧導入端子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にショットピーニング加工層を有する金属製キャリア本体を、そのショットピーニング加工層を介してDLC薄膜にて被覆形成してなることを特徴とする被研磨物保持用キャリア。
【請求項2】
前記ショットピーニング加工層は、球形のショットを吹き付けて得られる球形窪みによって形造られた凹凸層からなると同時に、圧縮残留応力もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方が発現した加工影響層となった層であることを特徴とする請求項1に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項3】
前記ショットピーニング加工層は、表面粗さが、Ra値で0.15〜1.50μm、Rz値で1.55〜6.0μmの範囲内に調整された層であることを特徴とする請求項1または2に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項4】
前記ショットピーニング加工層は、その表面の前記凹凸層中に、ショットよりも微細な方形研削粒子を吹き付けることによって形成される微細粗面化層が重畳して形成された層であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項5】
前記ショットピーニング加工層は、表面粗さRsk値が±1未満の範囲にあることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項6】
前記DLC薄膜は、前記ショットピーニング加工層の粗さRzを超え20μm以下の膜厚を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項7】
前記DLC薄膜は、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなる皮膜であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項8】
前記金属製キャリア本体は、アルミニウム合金、チタン合金、ステンレス鋼、SK鋼、SKH鋼などの特殊鋼のうちから選ばれるいずれか一種以上の金属・合金からなることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリア。
【請求項9】
金属製キャリア本体の表面に、球形粒子からなるショットを吹き付けることにより、球形窪みによって形造られた凹凸層からなるショットピーニング加工層を形成し、そのショットピーニング加工層の表面に、DLC薄膜を被覆形成することを特徴とする被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項10】
金属製キャリア本体の表面に、球形の粒子からなるショットを吹き付けることにより、ショットピーニング加工層を形成し、その後、そのショットピーニング加工層の表面に、ショット粒よりも小さい方形研削粒子を吹き付けて微細な粗面化処理層を重畳させて形成し、その後さらに、粗面化処理層を含むショットピーニング加工層の表面に、DLC膜を被覆形成することを特徴とする被研磨
物保持キャリア用の製造方法。
【請求項11】
ショットまたは研削粒子の吹付けは、0.21〜0.5MPaの圧縮空気を用いて、該ショットならびに研削粒子については金属製キャリア本体の表面に対して、60〜90°の方向から吹付けを行うことを特徴とする請求項9または10に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項12】
前記ショットピーニング加工層は、鋳物、ステンレス鋼、高速度鋼、超硬合金、ガラス、セラミックスから選ばれるいずれか一種以上の球形粒子からなるショットを吹き付けることにより得られる、キャリア本体の表面に球形窪みによって形造られた微細な凹凸層であると同時に、圧縮残留応力の付加もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方を発現させた加工影響層となった層であることを特徴とする請求項9または10に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項13】
前記DLC薄膜は、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなるものであることを特徴とする請求項9または10に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項14】
前記DLC薄癖は、プラズマCVD法、スパッタリング法、イオンプレーティング法のいずれか一種の方法により、キャリア本体の表面に被覆形成することを特徴とする請求項9〜13のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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