説明

被研磨物保持用キャリアの製造方法

【課題】シリコンウエハ研磨用のキャリア本体の大型化に伴う問題点を克服し、キャリア表面に形成したDLC薄膜の局部的クラックや早期剥離を防止し、研磨効率の向上を目指す。
【解決手段】金属製キャリア本体の表面を加工ブラスト処理によって、その表面に圧縮残留応力と表面硬化による剛性を付与するとともに、表面粗さをRa:0.05〜0.85μm、Rz0.09〜1.99μmの範囲に調整し、その表面に、DLC薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
〔技術分野〕
本発明は、研磨布を取付けた上下一対の定盤の間に、半導体素子の基板となるシリコンウエハーなどの被研磨物を挟持し、圧接しながら研磨布または被研磨物のいずれか、あるいは両者を摺動させることによって、該シリコンウエハの表面を研磨するために用いられる被研磨物保持用キャリアの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体工業などの分野では、シリコンウエハ、化合物半導体ウエハ、アルミニウム製磁気ディスク基板、ガラス製磁気ディスクなどの製造プロセスにおいて、これらの部材表面を精密に研磨する処理工程がある。この処理においては、シリコンウエハなどの被研磨物を研磨する際に、被研磨物を保持するための、保持孔を有し外周縁部には両面研磨加工機のインターナルギアやサンギアと噛み合う外周歯を備えたキャリアを用いるのが普通である。
【0003】
例えば、図1は、シリコンウエハを研磨する際に用いられる円板状のキャリア(ホルダーとも呼ばれる)Cの外観を示したものである。ここで1は、シリコンウエハの保持孔であって、該シリコンウエハの形状に合わせて複数個が設けられる。2は、微細な研磨粒子を懸濁させた水スラリかなる研磨剤供給孔であって、やはり複数個が設けられる。3は、キャリアCの外周部に設けられた外周歯である。4は、キャリアCそのものの重量を軽減するための種々の形状の抜き孔である。
【0004】
このキャリアCは、そもそも、このシリコンウエハ自体が非常に薄い(0.5から1mm未満)ため、キャリア本体もまた薄い材料で製作されていることに加え、シリコンウエハとともに一緒に研磨されることになるため、耐磨耗性に優れること必要である。また、最近のシリコンウエハは、直径12インチ(約30cm)の大型ものが出現し、しかも1基のキャリアCに複数個のシリコンウエハを取り付けてあり、キャリアCの大きさは、直径が1mを超えるような大型のものもある。このような大型のキャリアCは、その取扱い時に大きな変形応力が加わるため、シリコンウエハが、破損したり脱落することが多いという問題があった。しかも、シリコンウエハの研磨時には、キャリア本体も研磨されることから、このときに発生する微細な粒子がシリコンウエハの純度低下の原因となっていた。とくに、高品質のシリコンウエハが求められている今日では、研磨によってキャリア本体から溶出する微量の金属イオンの存在さえ忌避される状況にあり、キャリア本体の材質の検討や表面処理皮膜の開発も重要な検討課題となっている。
【0005】
上記のようなキャリアの課題を解決するため、従来、キャリアについて次に示すような提案がなされている。例えば、特許文献1、2では、ガラス繊維強化プラスチックを用いたものが開示され、また、特許文献3では、ステンレス鋼、SKH鋼、SKD鋼、SUJ鋼などの金属材料を用いたものが開示されている。
【0006】
また、特許文献4には、キャリア表面にセラミックコーティングを施した金属製キャリアが開示され、特許文献5には表面に金属めっきを被覆したSK鋼製キャリアが開示されている。さらに特許文献6には、金属製キャリアの表面にセラミック粒子を溶着した後、その上にDLC薄膜(ダイヤモンド・ライク・カーボンの薄膜)を被覆する技術が開示され、そして、特許文献3、7では、金属製キャリアの表面に直接、そのDLC薄膜を形成する技術を提案している。
【特許文献1】特開2001−038609号公報
【特許文献2】特開平11−010530号公報
【特許文献3】特許第3974632号公報
【特許文献4】特開平4−26177号公報
【特許文献5】特開2002−018707号公報
【特許文献6】特開平11−010530号公報
【特許文献7】特開2005−254351号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上掲の従来技術のうち、特許文献3、7に開示されている、所謂、金属製キャリア本体の表面にDLC薄膜を被覆形成する方法では、該キャリア本体の表面をポリッシングすること、即ち、鏡面仕上げ処理したものが用いられている。このことは、これらの特許文献3、7に開示のキャリア本体は、その表面に形成するDLC薄膜の厚さが、0.1μm〜20μmと極めて薄いことから、基材表面を鏡面に仕上げる必要があったことを意味している。即ち、これらの技術の場合、ポリッシングと称される鏡面仕上げ処理をしておかないと、0.1μm程度であるDLC薄膜を均等に被覆形成することができないからである。
【0008】
ただし、発明者らの研究によると、鏡面仕上げしたキャリア本体の場合、その鏡面上にDLC薄膜を形成すると、次のような問題があることがわかった。
(1)キャリア本体表面の鏡面仕上げには、多くの作業時間を要し、コストアップとなる。特に0.1μm厚さのDLC薄膜を形成する際、僅かな研磨疵が存在しても、その箇所がDLC薄膜の欠陥原因となることが多い。
(2)DLC薄膜は、炭化水素系のガスから生成する炭素と水素を主成分とするアモルファス状の固形物であるから、成膜時に大きな残留応力を内蔵しており、膜剥離が起りやすいという問題がある。とくに、板厚の薄いキャリア本体の表面が鏡面だと、該キャリア本体が大きな変形応力を受けるので、この本体表面に被覆したDLC薄膜の場合、よけいに剥離しやすくなる。この点、特許文献3では、DLC薄膜の残留応力を0.5MPa以下に制限することを提案しているが、このような低残留応力のDLC薄膜の形成、それにはプラズマCVD法の適用が条件となることを明らかにしている。
(3)DLC薄膜のみを再成させる場合、残存するDLC薄膜の除去が困難な上に、さらに鏡面仕上げをしていくために長時間を要し、作業能率の低下を招いて、製品のコストアップを招く。
(4)また、従来のDLC薄膜は、水に濡れにくい疎水性を示すため、水スラリー状の研磨剤(例えば、コロイダルシリカを分散させた水)が膜表面に均等に分散されず、シリコンウエハ表面に対しても不均等に接触するため、研磨面の仕上げ精度が落ちることが指摘されている。即ち、研磨面が局所的となって、均等な鏡面が得られず、研磨面の平行度(平坦度)が低下するので、所定の研磨面に仕上げるのに長時間を要するという問題がある。
(5)このように、最近のキャリアは大型化している上、薄い金属で製作されており、さらに大小さまざまな孔を多数配設しているため、その取扱い時に大きく変形することが避けられず、DLC薄膜に割れや局部剥離が発生しやすいという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来技術が抱えている前記課題を解決するために鋭意研究した結果、発明者らは、以下に述べるような知見を得た。
(1)キャリア本体の表面を鏡面仕上げせず、逆に、研削粒子を吹き付けて何らかの表面改質を行う処理(以下、「加工ブラスト処理」という)を行って、該表面を粗面化すると同時に、該表面に応力付加や加工硬化を起させて粗面化・加工層にした上でDLC薄膜を被覆形成すると、膜の付着力を向上させることができる。
(2)キャリア本体表面は、上記加工ブラスト処理によって、キャリア本体に圧縮残留応力を付加もしくは加工硬化させることができ、このことによってキャリア本体の剛性を高めることができ、キャリア本体の変形度を小さくすることができる。
(3)粗面化・加工層を有するキャリア本体上に形成したDLC薄膜は、その粗面化・加工層の影響を受けて、ミクロ的には緩やかな凹凸が形成されることから、シリコンウエハ研磨時には研磨材粒子が凹部に滞留することになって研磨効率が向上する。
(4)アモルファス状の固形膜からなるDLC薄膜は、水素含有量を12〜30at%(原子%)に制御することによって、DLC薄膜自体に耐磨耗性とともに柔軟性を付与され、キャリア本体の変形に追随可能な膜質となる。
【0010】
本発明は、金属製キャリア本体の表面に、研削粒子を吹き付けて加工ブラスト処理を行うことにより粗面化・加工層を形成し、その粗面化・加工層の表面に、DLC薄膜を被覆形成することを特徴とする被研磨物保持用キャリアの製造方法である。
【0011】
なお、本発明の被研磨物保持用キャリアの製造方法においては、
(1)前記粗面化・加工層は、粒径が3〜80μmの、炭化物、酸化物および窒化物のいずれか少なくとも1種および/またはこれらのサーメットから選ばれる研削粒子を、Ra値で0.05〜0.85μm、Rz値で0.09〜1.99μmの凹凸を付与してなる粗面化層であると同時に、圧縮残留応力の付加もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方が発現した加工層でもあること、
(2)前記粗面化・加工層は、表面粗さRsk値が±1未満の範囲の粗さを有すること、
(3)前記DLC薄膜は、前記粗面化・加工層の粗さRz値(0.09〜1.99μm)を超え、20μm以下の膜厚を有すること、
(4)前記加工ブラスト処理は、粒径が3〜80μmの、炭化物、酸化物および窒化物のいずれか少なくとも1種および/またはこれらのサーメットから選ばれる研削粒子を、0.2〜0.5MPaの圧縮空気を用いて、金属製キャリア本体の表面に対して、60〜90°の角度で吹付ける処理であること、
(5)前記DLC薄膜は、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなるものであること、
(6)前記DLC薄膜は、プラズマCVD法、スパッタリング法、イオンプレーティング法のいずれか一種の方法により、キャリア本体の表面に被覆形成すること、
(7)前記DLC薄膜は、炭化水素系ガスから気相析出させた、炭素と水素の固形物皮膜からなること、
が好ましい解決手段である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る上記の技術的手段を採用することによって、次のような効果が得られる。
(1)本発明において採用される加工ブラスト処理は、従来技術の鏡面仕上げ処理に比較して容易であり、処理時間が短縮され生産性が向上する。
(2)本発明の適用により、粗面化・加工層上に形成されたDLC薄膜は、接着面積が大きくなるため、鏡面仕上げ面に形成されたDLC薄膜に比べて密着力が大きい。
(3)本発明の適用により形成される粗面化・加工層は、キャリア本体表面を加工ブラスト処理して形成されるので、少なくともその表面は加工硬化することに加え、圧縮残留応力も発生するため、該キャリア本体の剛性が上昇する。その結果、キャリア本体の取扱い時に、変形するようなことがなくなり、ハンドリング等が容易になる。
(4)本発明方法によって製造されたキャリアによれば、取扱い時の変形が少ないので、その表面に形成したDLC薄膜に大きな残留応力が発生しても剥離することがなくなる。その結果、DLC薄膜の形成方法として、プラズマCVD法だけでなく、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法、プラズマブースター法、など多くの方法を採用することができる。
(5)本発明によれば、取扱い時の変形が少ないキャリアが得られるので、これに取付けたシリコンウエハは、変形に伴う応力を受けにくくなる。そのため、従来のように、取扱い時にシリコンウエハがキャリアから外れるようなことがなくなる。
(6)本発明方法を適用して形成されたDLC薄膜は、キャリア本体表面の影響を受けて、微視的な凹凸を保ちつつ、シリコンウエハの研磨に必要な平坦度の表面となるようにするため、シリコンウエハを研磨する際に、水スラリ研磨剤に含まれているコロイダルシリカなどの超微粒子(0.01〜0.1μm)が凹部に残留しやすくなる。しかも、このような凹部はDLC薄膜表面に均等に存在するため、シリコンウエハの研磨効率が向上するのみならず、研磨自身も均等に行われ品質も改善される。
(7)上記加工ブラスト処理は、新しいキャリア本体に対するDLC薄膜の形成時のみならず、DLC薄膜の除去方法としても有効であり、これがそのままDLC薄膜の再生処理時の前処理としても使用することができ、コスト的に有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る被研磨物保持用キャリアの構成について、製造方法の説明に併せて説明する。
(1)金属製キャリア本体表面に粗面化・加工層を形成するための処理
以下は、金属製キャリアとして、ステンレス鋼(SUS304)を用いた例について説明する。金属製キャリアは、一般に、0.5〜1.0mm程度の厚さに仕上げられ、その外観は、図1に示したように、大小幾つもの円形または不定形な孔が配設されているものである。このように金属製キャリアは、薄いため、これを持ち運びする際に、大きく湾曲(変形)するという特性がある。
【0014】
そこで、本発明では、図1に示すキャリア本体の表面に、研削粒子を吹き付ける加工ブラスト処理を施すことにより、該キャリア本体の表面に粗面化・加工層を生成させることにした。この加工ブラスト処理において用いられる上記研削粒子としては、JIS R6111規定のSiCなどの炭化物、Alなどの酸化物、TiNなどの窒化物等のセラミック粒子(平均粒径3〜80μm)またはこれらとNiやCoなどとのサーメットを、圧力0.2〜0.5MPaの圧縮空気を用いて吹き付けることにより、下記の粗さを有する粗面化・加工層を形成するようにすることが大切である。
算術平均粗さRa:0.05〜0.85μm
十点平均粗さRz:0.09〜1.99μm
なお、圧縮空気の圧力が0.2MPa未満では、加工ブラスト処理の時間が長くなるうえ、均等な粗面が得られにくい。一方、0.5MPaより強い圧力の圧縮空気を用いると金属製キャリア本体が変形するので好ましくない。
【0015】
また、本発明で適用される好ましい前記加工ブラスト処理とは、前記のセラミック粒子やサーメット粒子、できれば硬質粒子(Hv:300〜2000)を、飛行速度V:(30〜100)m/sec以上の速度で、キャリア本体の表面に60°〜90°の角度で吹き付けて、該キャリア本体表面に、微細な凹凸を有する粗面を形成すると共に、圧縮残留応力もしくは加工硬化のいずれか一方が発現した層を形成する処理である。この処理において、吹き付け粒子の硬さがHv:300未満、もしくはそれの飛行速度が30m/sec以下では、本発明において望ましい粗面化・加工層の形成ができなくなる場合がある。なお、上記硬質粒子の硬さは、キャリア本体の材質によっても変わるので、一概に規定はできないが、望ましくHv≧900、そして飛行速度Vについては、V:80m/sec以上、より好ましくは100m/sec以上とすることがよい。
【0016】
本発明において、上記粗さ値(Ra、Rz、Rsk)に着目した理由を説明する。研削粒子の吹き付け面、即ち、加工ブラスト処理によって形成した粗面化・加工層の表面を、触針式粗さ検査機で測定すると、RaとともにRzも同様に記録することができる。発明者等が行った測定の結果によると、Raは小さくともRzは常に大きく、本発明が推奨する表面粗さ範囲内では、RzはRaの10倍以上に達するものが多い。
【0017】
このようなRzの高い粗面化・加工層の表面に、DLC薄膜を被覆形成すると、図2に示すような状態となる。即ち、加工ブラスト処理した後のステンレス鋼製キャリア本体21の表面に形成されたDLC薄膜24は、非常に薄い膜である。従って、実質的に、Rzを決定づける凸部23をもつ粗面部に形成されたDLC薄膜24は、凸部25が露出したり、露出しない場合であっても実質的な有効膜厚が得られないこととなる。このため、DLC薄膜24が僅かに摩耗しただけでも凸部25のみが露出し、この部分がシリコンウエハの研磨作業時に選択的に溶出(シリコンウエハの研磨時に使用される研磨材を含む水スラリ溶液)し、その溶出成分がシリコンウエハの表面に付着して汚染の原因となる。なお、図示の22は、実質的にRaで表示される粗さを示している。
【0018】
本発明では、加工ブラスト処理後に必要に応じ、さらにバフや#1000以上の研磨紙を用いて軽く研磨することによって、主に凸部のみを除去して、前記課題を解決することができる。また、バフや研磨紙に代えて、小さな鋼球やガラス球を吹き付けて凸部のみを選択的に消失させる方法であってもよい。
【0019】
なお、Raを0.05〜0.85μmの範囲に規制する理由は、0.05μm未満では加工ブラスト処理の効果が薄く、一方、0.85μmより大きいと、その上に形成されるDLC薄膜の均一性が欠けるか、成膜条件によっては凸部25が露出し易く、DLC薄膜被覆の効果が乏しくなるからである。
【0020】
次に、本発明では粗面化・加工層の粗さ特性として、Rsk値についても、所定の管理値の範囲内になるようにした。即ち、この粗面化・加工層の粗さについて、その高さ方向のゆがみを示す粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)を用いて管理することとした。
【0021】
このRsk値は、下記式に示すとおり、基準長(I)における高さ(Z(x))の三乗平均を二乗平均率方根の三乗(Rq)で割ったもので定義されるものである。


【0022】
なお、Rsk値が、図4に示すように、凸部に対して凹部の部分が広い粗さ曲線では、確立密度関数が凹部の方へ偏った分布となるが、これを正値とし、その逆を負値と定義されているが、本発明ではRsk値の正負に関係なく、その“ゆがみ”を±1以下に規制することにした。
【0023】
本発明において、粗面化・加工層の粗さのうち、Rsk値を重視する理由は、粗面化・加工層の表面粗さの大小に関係なく、そのRsk値がDLC薄膜の表面性状を示す数値と考えられるからである。
【0024】
例えば、ステンレス鋼基材の表面を電解研磨によって鏡面に仕上げたものと、研削粒子を吹き付ける加工ブラスト処理を施したものについて、これらの表面の表面粗さを測定すると、表1に示すような結果が得られた。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示す結果からわかることは、Ra、Rzなどの表面粗さの測定値は、粗さのそのものを示しているが、Rsk値については粗さ、というよりもむしろ、測定面の“ゆがみ”を表わしていることがわかる。そこで、発明者らは、その粗さRa、Rzに加え、必要に応じてRsk値をも規制することにしたのである。
【0027】
また、発明者らの研究によると、本発明に従い、粗面化・加工層上に形成されたDLC薄膜については、シリコンウエハ研磨用キャリアの性能に大きな影響を与えることがわかった。即ち、Rsk値が±1未満を示す粗面化・加工層をもつステンレス鋼製キャリアの表面に被覆形成されたDLC薄膜は、Rsk値の影響を受けてミクロ的な緩やかな“ゆがみ”を持つようになる。この“ゆがみ”の凹部に相当するところに、コロイダルシリカのような微細なシリコンウエハ用研磨材が滞留し、この研磨材粒子が該シリコンウエハの研磨効率を向上させるものと考えられる。とくに、そうした研磨材粒子の滞留部は、DLC薄膜全体にわたって均等に分布しているので、シリコンウエハの研磨も単に効率の向上にとどまらず、研磨面全体が均等に研磨されることとなる。
【0028】
(2)加工ブラスト処理の効果
加工ブラスト処理を施した金属製キャリア本体には、次のような特徴がある。
(a)加工ブラスト処理(研削粒子の吹付け処理)によって、キャリア本体の被処理面は、微細な凹凸を有する粗面となるほか、圧縮残留応力が発生するとともに加工硬化するため、キャリア本体の剛性が高まる。その結果、キャリアを運搬したり、取り扱う時に生じる“撓み”や“ねじれ”などの変形が抑えられるようになる。従って、キャリア本体の表面を鏡面仕上げしたものに比べると、その表面に形成したDLC薄膜に発生する割れや剥離現象による損傷率を低下させることができる。
【0029】
一方、鏡面仕上げしたキャリア本体表面のDLC薄膜の場合、鏡面にしたことによって、損傷の発生率が高くなるため、成膜時残留応力を0.5MPa以下に制限している(例えば、特許文献3)。この点、本発明の方法に従って粗面化・加工層を形成した場合、そのような制約がなくなる。その結果、DLC薄膜の形成に当たっては、プラズマCVD法だけでなく、イオン化蒸着法やアークイオンプレーティング法、プラズマブースター法など多く方法が採用可能になり、DLC薄膜施工法の選択肢が多くなる。
【0030】
(b)なお、図3は、本発明に係る加工ブラスト処理を施したSUS304鋼製キャリア本体の表面と電解研磨、ポリッシング(バフ研磨)などの鏡面研磨したキャリア本体の表面を電子顕微鏡で観察した結果を示したものである。本発明に適合する加工ブラスト処理面(a)は、微細な凹凸が視野の全域にわたって均等に発生している。これに対し、電解研磨面(b)は平滑であり、また、ポリッシング面(c)は、平滑な面に僅かなバフ研磨跡が見られる。
これらの拡大写真から明らかなように、本発明に従う方法により形成した加工ブラスト処理面、即ち、粗面化・加工層は、微細な凹凸の存在によって、この表面に形成されるDLC膜との接合面積が飛躍的に増大しているので、キャリア本体の取扱時に、多少の変形や引張り、圧縮などの負荷が加味されてもDLC膜が剥離しにくくなることがわかる。
【0031】
(c)加工ブラスト処理に要する時間は、キャリア本体の表面を鏡面研磨する場合に比較して短いため、作業効率が向上するのに加え、DLC薄膜を備えたキャリアを再使用する場合の前処理(古いDLC薄膜を除去する処理にも使用できる)としても適用可能である。
【0032】
(3)キャリア本体(基材)について
上述した加工ブラスト処理の効果を上げるためのキャリア本体としては、次のものが考えられる。例えば、SUS304を代表とする各種ステンレス鋼、チタンおよびチタン合金、アルミニウムおよびその合金、SK鋼、SKH鋼、SUJ鋼などの特殊鋼などが特に好適である。
【0033】
(4)DLC薄膜の被覆形成方法
研削粒子を吹き付けて形成したキャリア本体の粗面化・加工層の表面に、DLC薄膜を被覆形成する方法としては、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法、プラズマブースター法および高周波・高電圧パルス重畳型プラズマCVD法(以下、単に「プラズマCVD法」という)などの方法が有利に適合する。以下、プラズマCVD法について説明する。
【0034】
図5は、前述のような処理を経て粗面化・加工層が形成されたキャリアの表面に、DLC薄膜を被覆形成するために用いられるプラズマCVD装置の略線図である。プラズマCVD装置は、主として、接地された反応容器41と、この反応容器41内に高電圧パルスを印加するための高電圧パルス発生電源44、被処理体(以下、「キャリア本体」という)42の周囲に単価水素系ガスプラズマを発生させるためのプラズマ発生電源45が配設されているほか、導体43およびキャリア本体42に高電圧パルスおよび高周波電圧の両方を同時に印加するための重畳装置46が、高電圧パルス発生電源44とプラズマ発生電源45との間に介装配置されている。なお、導体43およびキャリア本体42は、高電圧導入部49を介して重畳装置46に接続されている。
【0035】
このプラズマCVD装置は、反応容器41内に成膜用の有機系ガスを導入するためのガス導入装置(図示せず)および、反応容器41を真空引きする真空装置(図示せず)が、それぞれバルブ47aおよび47bを介して反応容器41に接続される。
【0036】
このプラズマCVD装置を用いて、キャリア本体42の表面にDLC薄膜を成膜させるには、まず、キャリア本体42を反応容器41内の所定位置に設置し、真空装置を稼動させて該反応容器41内の空気を排出して脱気した後、ガス導入装置によって有機系ガスを該反応容器41内に導入する。
【0037】
次いで、プラズマ発生用電源45からの高周波電力をキャリア本体42に印加する。なお、反応容器41は、アース線48によって電気的に中性状態にあるため、キャリア本体42は、相対的に負のプラズマ中のプラスイオンは、負に帯電したキャリア本体42のまわりに発生することになる。
【0038】
そして、高電圧パルス発生装置44からの高電圧パルス(負の高電圧パルス)をキャリア本体42に印加すると、炭化水素系導入ガスプラズマ中のプラスイオンは、該キャリア本体42の表面に誘引吸着される。このような処理によって、キャリア本体42の表面に、DLC薄膜が生成して薄膜が形成される。即ち、反応容器41内では、最終的には炭素と水素を主成分とするアモルファス状炭素水素固形物からなるDLC薄膜が、被処理体42のまわりに気相析出し、該キャリア本体42表面を被覆するようにして皮膜形成するものと考えられる。
【0039】
発明者等は、上記プラズマCVD装置により、被処理体表面に形成されるアモルフアス状炭素水素固形物からなるDLC薄膜の層は、以下の(a)〜(d)のプロセスを経て形成されるものと推測している。
【0040】
(a)導入された炭化水素ガスのイオン化(ラジカルと呼ばれる中性な粒子も存在する)がおこり、
(b)炭化水素ガスから変化したイオンおよびラジカルは、負の電圧が印加されたキャリア本体42の表面に衝撃的に衝突し、
(c)衝突時のエネルギーによって、結合エネルギーの小さいC−H間が切断され、その後、活性化されたCとHが重合反応を繰り返して高分子化し、炭素と水素を主成分とするアモルファス状の炭素水素固形物を気相析出し、
(d)そして、上記(c)の反応が起こると、キャリア本体42表面に、アモルファス状炭素水素固形物の堆積層からなるDLC薄膜が形成されることになる。
【0041】
なお、この装置では、高電圧パルス発生電源44の出力電力を、下記(a)〜(d)のように変化させることによって、キャリア本体42に対して金属等のイオン注入を実施することもできる。
(a)イオン注入を重点的に行う場合:10〜40kV
(b)イオン注入と皮膜形成の両方を行う場合:5〜20kV
(c)皮膜形成のみを行う場合:数百V〜数kV
(d)スパッタリングなどを重点的に行う場合:数百V〜数kV
【0042】
また、前記高電圧パルス発生源44では、
パルス幅:1μsec〜10msec
パルス数:1〜複数回のパルスを繰り返すことも可能である。
【0043】
また、プラズマ発生用電源45の高周波電力の出力周波数は、数十kHzから数GHzの範囲で変化させることができる。
【0044】
このプラズマCVD処理装置の反応容器41内に導入させる成膜用有機系ガスとしては、以下の(イ)〜(ハ)に示すような炭素と水素からなる炭化水素系ガス、およびこれにSi、Al、YおよびMgなどのいずれか1種のものが添加された金属有機化合物を用いる。
【0045】
(イ)常温(18℃)で気相状態のもの
CH、CHCH、C、CHCHCH、CHCHCHCH
(ロ)常温で液相状態のもの
CH、CCHCH、C(CH、CH(CHCH、C12、CCl
(ハ)有機Si化合物(液相)
(C)4Si、(CHO)Si、[(CHSi]
【0046】
上記の反応容器41内への導入ガスは、常温で気相状態のものは、そのままの状態で反応容器41内に導入できるが、液相状態の化合物はこれを加熱してガス化させ、そのガス(蒸気)を反応容器41内へ供給することによってDLC薄膜を形成することができる。
【0047】
(5)本発明方法に従い形成されたDLC薄膜
上記のように粗面化・加工層を設けてなるキャリア表面に形成するDLC薄膜は、次に示すような特性を有する。
(a)前記DLC薄膜を構成する炭素と水素含有量の比率
DLC薄膜は、硬く耐摩耗性に優れているものの柔軟性に欠ける特性がある。このため、キャリア本体のように全体が大きくかつ薄い金属等でつくられ、しかも大小さまざまな孔が複数個設けられているものに対し、DLC薄膜を被覆すると、キャリアの持ち運び時に大きく湾曲したり変形したときに、延性に乏しいDLC薄膜にクラックが発生したり、ときには剥離することがある。この対策として、本発明ではDLC薄膜を構成する炭素と水素の割合に注目し、特に、水素含有量を全体の12〜30原子%(at%)に制御することによって、DLC薄膜に耐磨耗性とともに柔軟性を付与することとした。具体的には、このDLC薄膜中に含まれる水素含有量を12〜30原子%(at%)とし、残部を炭素含有量とした。このような組成のDLC薄膜を形成するには、成膜用の炭化水素系ガス中に占める水素含有量の異なる化合物を混合することによって果すことができる。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
この実施例では、SK鋼基材の表面を鏡面仕上したものと、加工ブラスト処理によって各種の表面粗さに仕上げられた粗面化・加工層に対して、直接、膜厚の異なるDLC薄膜を形成した。次いで、これらの試験片を塩水噴霧試験に供して、基材の表面粗さとDLC薄膜の耐食性を調査した。
【0049】
(1)供試基材
供試基材はSK鋼(SK60の焼きなまし材)とし、この基材から幅50mm×長さ70mm×厚さ2mmの試験片を作成した。その後、その試験片の全面に対して前処理として下記の加工ブラスト処理を実施したものについての表面粗さを示す。
(イ)加工ブラスト処理 Ra:0.05〜0.74μm、Rz:0.09〜5.55μm
(ロ)参考のために、鏡面仕上げに当たる以下の実験も行ったので併記する。
a.電解研磨 Ra:0.013〜0.014μm Rz:0.14〜0.16μm
b.バフ研磨 Ra:0.015μm Rz:0.20μm
なお、加工ブラスト処理は、研削粒子として粒径範囲5〜80μmのSiCを用い、これを0.3MPaの圧縮空気を用いて吹き付けたものである。
【0050】
(2)DLC薄膜の形成方法と膜厚
DLC薄膜の形成にはプラズマCVD法を用い、全ての試験片に対して、SiO:0.8原子%を含む0.5〜20μm厚のDLC薄膜を形成させた。
【0051】
(3)試験方法およびその条件
DLC薄膜を形成させた試験片をJIS Z2371規定の塩水噴霧試験に96時間供し、試験後のDLC薄膜表面に発生する赤さびの有無を調査した。
【0052】
(4)試験結果
試験結果を表2に要約した。この結果から明らかなように、加工ブラスト処理によって粗面化した基材上に形成した試験片のDLC薄膜では、表面粗さの影響を受け、Ra値またはRz値より薄いDLC薄膜(No.6、7、8、9)では耐食性が十分でなく、赤さびの発生がみられた。一方で、加工ブラスト処理面上のDLC薄膜を表面粗さRz値よりも厚く成膜したもの(No.1〜8)では赤さびの発生はなく、十分な耐食性を発揮することが確認できた。
【0053】
これに対し、参考例として示す、鏡面に等しい電解研磨面(No.10、11)やバフ研磨面(No.12)の表面に形成したDLC薄膜試験片は、0.5μmの膜でも赤さびの発生はなかった。
【0054】
これらの試験結果から、加工ブラスト処理による基材表面の粗さを、Ra:0.05〜0.74μm、Rz:0.09〜0.95μmの範囲であれば、DLC薄膜の厚さを0.5〜20μmの範囲内とすること、また、Ra:0.74μm、Rz:1.99μmの粗さではDLC薄膜の厚さを2.0〜20μmとしてRz値より大きくすると、基材成分が溶出することのない皮膜形成が可能になることがわかる。
【0055】
【表2】

【0056】
以上の結果から、参考例として示す、鏡面状態にある電解研磨やバフ研磨と同じく、加工ブラスト処理を行って粗面化・加工層とした場合であっても、少なくともRz粗さ値よりも大きく20μm以下の厚さのDLC薄膜を形成すれば、膜の耐食性に関しては、従来の鏡面にしたものと全く遜色のない表面になることがわかった。
【0057】
(実施例2)
この実施例では、ステンレス鋼(SUS304)基材の表面に、水素含有量を変化させたDLC薄膜を形成し、その水素含有量と基材の曲げ変形に対する抵抗およびその後の耐食性の変化について調査した。
【0058】
(1)供試基材およびDLC薄膜の性状
供試試験片はステンレス鋼(SUS304)とし、この基材から寸法幅15mm×長さ70mm×厚さ1.8mmの試験片を作成した。その後、この供試基材の全面に対し、加工ブラスト処理を施してRa:0.05〜0.21μm、Rz:0.1〜0.99μmの粗面化処理を行い、その粗面化・加工層における水素含有量が5〜50原子%で、残部が炭素成分である試験片を、1.5μm厚に形成した。
(2)試験方法およびその条件
DLC薄膜を形成させた試験片を中から180°に曲げ変形を与え(Uベンド形状)曲げ部のDLCの外観状況を20倍の拡大鏡で観察した。またその観察後の曲げ試験片を10%HCl水溶液中に浸漬し、室温21℃で48時間放置し、HCl水溶液の中に溶出するイオンによる色調の変化を調べた。
(3)試験結果
表3に試験結果を要約した。この試験結果から明らかなように、水素含有量の少なくないDLC皮膜は(試験片No.1、2、3)は180°の変形を与えるとクラックを発生したり、微小な面積であるが局所的に膜の脱落が見受けられた。これらのDLC薄膜は柔軟性に乏しいことが確認された。一方、曲げ試験後の試験片を10%HCl中に浸潰すると、クラックを発生したDLC薄膜(No.3)は、基材質のステンレス鋼から金属イオン(鉄を主成分とし、少量のCrとNiを含む)が溶出し、HCl水溶液は無色透明から黄緑色に変化した。これに対して水素含有量を1.5〜59原子%含むDLC薄膜(No.4〜8)を浸漬したHCl水溶液は、無色透明を維持しており、90°の変形を与えても柔軟性を有する膜は形成初期の状態を保っていることがわかった。
ただし、DLC薄膜は、その中の水素含有量が多くなるほど軟質化するとともに、品質管理が困難となるので、本発明では水素含有量13〜30原子%の範囲を採用することとした。
【0059】
【表3】

【0060】
(実施例3)
この実施例では、SK鋼製基材の表面を鏡面仕上げしたものと、本発明にかかる加工ブラスト処理を施した粗面化・加工層を有する試験片の全面に対して各種の方法によってDLC薄膜を形成した。次いで、この試験片180°曲げ試験および塩水噴霧試験を行い、DLC薄膜の曲げ変形に対する抵抗性と耐食性を調査した。
【0061】
(1)供試基材とその表面処理
供試基材はSK鋼(SK60焼きなまし材)とし、この基材から幅15mm×長さ70mm×厚さ1.8mmの試験片を作成した。その後この試験片の全面に対し、バフ研磨と加工ブラスト処理を行った。それぞれの処理後の粗さは下記の通りであった。
(イ)バフ研磨面の表面粗さ Ra:0.02〜0.08 Rz:0.66〜0.81
(ロ)加工ブラスト処理面の表面粗さ Ra:0.05〜0.81 Rz:0.72〜0.88
(2)DLC薄膜の形成方法
DLC薄膜を形成させる試験片を、中央を基点として180°に曲げ(Uベンド形状)、その曲げ部のDLC薄膜の外観状況を20倍の拡大鏡で観察した。また観察後の試験片をそのままの状態でJIS Z2371規定の塩水噴霧試験に96hr暴露して、DLC薄膜の変化を調べた。
(4)試験結果
表4に試験結果を要約した。この試験結果から明らかなように、試験片の表面をバフ研磨し、その上にDLC薄膜を形成したもの(No.1、3、5、7)はいずれもクラックを発生したり、微小ながらDLC薄膜の剥離も認められた。ただNo.7のプラズマCVD法で形成されたDLC薄膜のみクラックの発生は非常に少なく、基材との密着性は良好であった。
【0062】
一方、曲げ試験後に実施した塩水噴霧試験結果によると、DLC薄膜にクラックや剥離が認められた試験片は全て赤さびが発生し、クラックが基材まで達して防食作用を消失している状況が観察された。これに対して曲げ試験によっても健全な状態を維持していた試験片は塩水噴霧試験においても赤さびを発生することなく、優れた耐食性を発揮した。この結果から本発明に係るDLC薄膜はプラズマCVD法に限定されず、他の既存のDLC薄膜形成法に対して適用可能であることが確認された。
【0063】
【表4】

【0064】
(実施例4)
この実施例では、ステンレス鋼(SUS304)を基材とし、加工ブラスト処理面と鏡面研磨面とのそれぞれにDLC薄膜を形成した後、そのDLC薄膜の密着強さを評価した。
【0065】
(1)供試基材と前処理
供試基材としてステンレス鋼から幅25mm×長さ30mm×厚さ3mmの試験片を切り出した後、下記の前処理を施した。
(イ)電解研磨:Ra:0.01〜0.014μm、Rz:0.11〜0.15μm
(ロ)加工ブラスト処理:Ra:0.05〜0.75μm、Rz:0.11〜0.96μm
(2)DLC薄膜の形成方法と膜厚
DLC薄膜の形成には、プラズマCVD法を用い、すべての試験片に対して膜厚2μmのDLC薄膜を形成した。
(3)試験方法
基材に対するDLC薄膜の密着性は、塗膜の密着力性試験として汎用されている描画試験を応用した。すなわち、一定の荷重を負荷したダイヤモンド針でDLC薄膜に直線の切り傷を付け、このときに発生するDLC薄膜の剥離の有無とその程度によって密着力を判定した。
(4)試験結果
試験結果を表5に要約した。この結果から明らかなように、本発明にかかる加工ブラスト処理を施して粗面化・加工層を形成したDLC薄膜(No.1、2)はダイヤモンド針によって引掻き疵は発生するものの、DLC薄膜の剥離はほとんど発生しない。これに対して鏡面仕上げ面に形成したDLC薄膜(No.3、4)では、引掻き傷の周辺に位置するDLC薄膜が大きく剥離した。これらの結果から、加工ブラスト処理による基材表面の粗面化処理はDLC薄膜の密着性向上に効果があることが確認された。なお、図6は、DLC薄膜の密着性試験後の外観状況を示したものである。
【0066】
【表5】

【0067】
(実施例5)
この実施例では、先に図1に示したSUS304鋼のキャリア本体を用いて、直径200mm、厚さ0.8mmのSiウエハを研磨して、本発明の効果を実証した結果である。キャリア本体の全面に対して、下記の前処理とDLC膜を形成した。
【0068】
(1)本発明に係る前処理とDLC膜
加工ブラスト処理によって、キャリア本体を表面をRa:0.08〜0.11μm、Rz:0.82〜0.94μmの粗面化を行った後、その上にDLC膜を3μm厚に形成した。DLC膜中に水素含有量は14原子%、残部は炭素である。
(2)比較例の前処理とDLC膜
パフ研磨によって、キャリア本体の表面をRa:0.02〜0.11μm、Rz:0.12〜0.17μmの鏡面に仕上げた後、その上に本発明と同質のDLC膜を3μm厚に皮膜した。
(3)試験結果
研磨剤として、コロイダイシリカを研磨材とする水スラリを用い、Siウエハの研磨を行った結果、本発明のDLC膜を形成したキャリア本体を用いた場合は、Siウエハの表面をRa0.01μmに仕上げるのに約25分で終了したのに対し、比較例のDLC膜を被覆したキャリア本体では65分を要した。また、比較例のDLC膜を形成したキャリア本体で研磨したSiウエハの研磨面にはスクラッチ状の疵の発生は認められなかった。
【0069】
(実施例6)
この実施例では、先に図1に示したキャリアおよびSiウエハの研磨条件におけるキャリア本体のRsk値の影響を調査した。
キャリア本体の全面に対して、下記の前処理とDLC膜を形成した。
【0070】
(1)本発明に係る前処理とDLC膜の性状
加工ブラスト処理によって、キャリア本体を表面をRa:0.08〜0.11μm、Rz:0.83〜0.95μmの粗面化し、同時に計測したRsk値が±0.4〜0.8の範囲にあることを確認した。その後、この表面に本発明に係るDLC膜を3μm厚に形成した。
(2)比較例の前処理とDLC膜の性状
バフ研磨によって研磨したキャリア本体の表面粗さはRa:0.013〜0.015μm、Rz:0.20〜0.29μmかつRsk値は+1以上の範囲にあった。この表面に本発明と同じDLC膜を3μm厚に形成した。
(3)試験結果
コロイダルシリカを研磨材とする水スラリ研磨剤を用いて、Siウエハの研磨を行った結果、本発明のDLC膜を形成したキャリア本体を用いた場合、Siウエハの表面をRa0.01μmに仕上げるのに約23分で終了するとともに、研磨面の平行度は管理値の範囲にあり、非常に精度よく研磨されていた。これに対して、比較例のDLC膜を形成したキャリア本体を用いた場合には、所定の研磨面を得るための時間に30分を要するうえ、研磨面の平行度も低下しバラツキが認められた。
【0071】
(実施例7)
この実施例では、加工ブラスト処理面によって粗面化されたキャリア本体の剛性向上を定性的に調査するため実験を行った。
【0072】
(1)供試基材と試験片
供試基材としてステンレス鋼(SUS304)を用い、これらを幅30mm×長さ200mm×厚さ1mmの試験片を切り出した。
(2)試験片に対する加工ブラスト処理
試験片の片面に対して、次に示すような加工ブラスト処理を行ったが、比較用の試験片として、電解研磨したステンレス鋼(SUS304)を用いた。
(イ)加工ブラスト処理によって、基材表面の粗さRa:0.05〜0.74μm、Rz:0.55〜0.95μmに粗面化されたもの
(ロ)電解研磨によって、Ra:0.013μm、Rz:016μmに鏡面仕上げされたもの
(3)試験方法
供試各種試験片を図7に示すように、試験片の一端を固定し、一方の先端部に1000gの分銅を乗せ、その重みで垂れ下がる試験片先端の変化幅を測定した。
(4)試験結果
試験結果を表6に要約した。この結果から明らかなように、加工ブラスト処理によって粗面化された試験片(No.1〜4)は、鏡面化された比較例の試験片に比べて変位幅が少なく、変形しにくいことが認められた。
【0073】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明に係るDLC薄膜形成技術ならびに金属製キャリア本体の粗面化、即ち、加工ブラスト処理技術とDLC薄膜の性状は、Si、GAPなどの半導体ウエハの研磨だけに限定されるものではなく、液晶ディスプレイガラス、ハードディスクなどの研磨技術として応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】シリコンウエハ研磨用金属製キャリア本体の平面図である。
【図2】金属製キャリア本体を加工ブラスト処理した表面の粗さと、その上に形成したDLC薄膜の断面模式図であり、(a)は、Rzより薄いDLC薄膜が形成された場合、(b)は、Rzより厚いDLC薄膜が形成された場合である。
【図3】キャリ本体表面に対して、各種の前処理を施した加工面のSEM写真である。
【図4】加工ブラスト処理面の表面粗さ表示におけるスキューネス値(Rsk)を示す模式図である。
【図5】シリコンウエハの研磨用キャリア本体にDLC薄膜を形成するためのプラズマCVD装置の概略図である。
【図6】引掻き試験部後のDLC薄膜表面状態を示す拡大写真である。
【図7】加工ブラスト処理したSUS304鋼の剛性を試験した状況の概略図である。
【符号の説明】
【0076】
1 シリコンウエハの保持孔
2 研磨材の供給孔
3 外周歯
4 抜き孔
5 DLC薄膜を形成するキャリアの表面
21 キャリア本体
22 Raで表示される粗さ
23 Rzで表示される粗さ
24 DLC薄膜
25 DLC薄膜で被覆できなかったRzで表示される粗さの凸部
41 反応容器
42 被処理体(キャリア本体)
43 導体
44 高電圧パルス発生源
45 プラズマ発生源
46 重畳装置
47a、48b バルブ
48 アース線
49 高電圧導入端子
61 基材
62 DLC薄膜
63 SiO粒子を含むDLC薄膜
64 コロイダルシリカを含む水スラリ研磨剤
65 残留したコロイダルシリカ粉末

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製キャリア本体の表面に、研削粒子を吹き付けて加工ブラスト処理を行うことにより粗面化・加工層を形成し、その粗面化・加工層の表面に、DLC薄膜を被覆形成することを特徴とする被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項2】
前記粗面化・加工層は、粒径が3〜80μmの、炭化物、酸化物および窒化物のいずれか少なくとも1種および/またはこれらのサーメットから選ばれる研削粒子を、Ra値で0.05〜0.85μm、Rz値で0.09〜1.99μmの凹凸を付与してなる粗面化層であると同時に、圧縮残留応力の付加もしくは加工硬化のいずれか少なくとも一方が発現した加工層でもあることを特徴とする請求項1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項3】
前記粗面化・加工層は、表面粗さRsk値が±1未満の範囲の粗さを有することを特徴とする請求項1または2に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項4】
前記DLC薄膜は、前記粗面化・加工層の粗さRz値を超え、20μm以下の膜厚を有すること特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項5】
前記加工ブラスト処理は、粒径が3〜80μmの、炭化物、酸化物および窒化物のいずれか少なくとも1種および/またはこれらのサーメットから選ばれる研削粒子を、0.2〜0.5MPaの圧縮空気を用いて、金属製キャリア本体の表面に対して、60〜90°の角度で吹付ける処理であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項6】
前記DLC薄膜は、水素含有量が13〜30原子%で残部が炭素からなるものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項7】
前記DLC薄膜は、プラズマCVD法、スパッタリング法、イオンプレーティング法のいずれか一種の方法により、キャリア本体の表面に被覆形成することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。
【請求項8】
前記DLC薄膜は、炭化水素系ガスから気相析出させた、炭素と水素の固形物皮膜からなることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1に記載の被研磨物保持用キャリアの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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