説明

複合型ターゲット、複合型ターゲットを用いる中性子発生方法、及び複合型ターゲットを用いる中性子発生装置

【課題】陽子による部材の放射化を低減するためのターゲット、該ターゲットに陽子を衝突させて低エネルギーの中性子、特に医療用の中性子を発生させるための中性子発生方法及び装置を提供する。
【解決手段】陽子による部材の放射化を低減させるためにリチウム材料及び非金属材料を複合して成る新規のターゲットを用いる。有害な速中性子が殆ど含まれていない中性子を発生させるために照射陽子として2MeV以上4MeV以下の範囲にある陽子を用いる。そしてまた、加速器として、小型の線形加速器を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子をターゲットに衝突させることによって中性子を発生させるためのターゲット、陽子をターゲットに衝突させる中性子発生方法、及び陽子を中性子に発生させることによる中性子発生装置に関するものである。さらに詳しくは、従来よりも低エネルギーの陽子を用いて中性子を発生させるための新規のターゲット、新規のターゲットを用いた中性子発生方法、及び新規のターゲットを用いた中性子発生装置を提供するものであり、特に医療用の中性子を発生させるためのコンパクト性に優れた装置を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、選択的ながん治療として期待されているホウ素中性子捕捉療法(BNCT: Boron Newtron Capture Therapy)のための中性子発生方法及び装置の研究開発が盛んに行わ
れている。これらは、例えば、特許文献1〜12に開示されている。
【0003】
特許文献1は、高周波四重極線形加速器(RFQライナック:Radio Frequency Quadrupole Linac)の例えば30MeV〜40MeVの重陽子線をリチウムに衝突させてLi(d,n)反応
を起こさせ中性子を発生させ、中性子減速材を介して治療用の熱中性子・熱外中性子を発生させることを特徴としている。
【0004】
特許文献2は、中性子を発生させるためのターゲットに関し、大強度陽子線を衝突させるターゲットの冷却材に対する耐食性を改善するために、低水素吸収体であるNb、Pt、Au、Al、Be、Cr、ステンレス鋼又はその合金で被覆されたタングステンを用いることを特徴としている。
【0005】
特許文献3は、液体状のリチウム、又は核融合反応の触媒作用を持つ金属との合金の表面に重水素イオンビームを衝突させることによって非熱核融合反応を誘発することによって中性子を発生させることを特徴としている。
【0006】
特許文献4は、サイクロトロン等で発生させる20MeV以上のエネルギーを有する陽子
線をタンタル、タングステン等の重金属に衝突させることによって核破砕反応物質を含む中性子を発生させ、同中性子を中性子減速部及び鉛で構成されるフィルターを介して有害な核破砕反応物質及び高速中性子を除去することによって治療用の熱中性子・熱外中性子を発生させることを特徴としている。
【0007】
特許文献5は、固定磁場強収束(FFAG:Fixed Field Alternating Gradient)−内
部標的(ERIT:Emittance Recovery Internal Target)方式による中性子発生方法及び装置を開示している。そして、特許文献5は、サイクロン型の陽子貯蔵リングで周回増強された11MeV以上15MeV未満のエネルギーを有する陽子線又は重陽子線を同リング内に設けたベリリウム製のターゲットに衝突させることによって発生させた中性子を重水等の減速材を介して治療用の熱中性子・熱外中性子に調整することを特徴としている。
【0008】
特許文献6は、RFQライナックやドリフトチューブライナックで加速された11MeV
程度以上の陽子線を金属ターゲットに衝突させて中性子を発生させるためのターゲットを開示している。また、該ターゲットが金属ターゲットであり、好ましくはベリリウムであることが開示されている。そして、特許文献6は、該ターゲットの厚みが同ターゲット中における陽子線の飛程と略同等又はそれよりもわずかに大きくし、又、ターゲットを冷却
するためにターゲットの伝熱面積と同程度以上の伝熱面積を有する金属板を介して冷却することを特徴としている。
【0009】
特許文献7は、線形加速器を用いて例えば11MeVの陽子線をベリリウム製のターゲッ
トに衝突させることによって10keV以上の速中性子を発生させ、該速中性子を重水等の
減速材を通過させることによって10keV未満の熱外中性子又は0.5eV以下の熱中性子
に調整することを特徴としている。
【0010】
特許文献8は、リチウムターゲットを製造する方法が、圧延されたリチウム薄膜を銅製の基板上に圧着する方法であることを特徴としている。
【0011】
特許文献9は、Li(p,n)反応の閾値(約2MeV)よりもやや大きいエネルギーの陽子をターゲットに衝突させて中性子を発生させるためのリチウム製ターゲットについて、リチウムの溶融防止のためのターゲットの構造が、冷却機構を有するブロックに円錐形状の切り込みを施し、該円錐形状の切り込み表面にバッキングホイル基板上に付着させたベリリウム被覆のリチウム薄膜を付着させた構造であることを特徴としている。
【0012】
特許文献10は、中性子発生用リチウム製ターゲットについて、リチウム粒子の溶融防止及び発熱によって液状化したリチウムの漏れ防止のためのリチウム粒子の構造が、リチウム粒子を焼結カーボン、炭化ケイ素、炭化ジルコニウムの順番で順次被覆した構造であることを特徴としている。
【0013】
特許文献11は、BNCT用リチウム製ターゲットについて、リチウムターゲットが鉄、タンタル、バナジウム基板上に付着させたリチウムであることを特徴としている。
【0014】
特許文献12は、2.5MeV程度のエネルギーの陽子をターゲットに衝突させて中性子
を発生させるためのリチウム製ターゲットについて、リチウムの溶融防止のためのターゲットの構造が、冷却機構を有する円錐形状の伝熱板の表面にパラジウム薄膜を設け、該パラジウム薄膜上にリチウム薄膜を付着させた構造であることを特徴としている。
【0015】
しかしながら、以上の特許文献1〜7に開示された方法及び装置は、ターゲットに衝突させる陽子線又は重陽子線の加速エネルギーが少なくとも11MeVの高エネルギー陽子線
を必要としている。そのため、以上の特許文献1〜7に開示された方法及び装置では、陽子線又は重陽子線発生のための大型の加速器が必要であること、高エネルギー陽子線による部材の著しい放射化が生じること、ターゲットを冷却するための大型の冷却装置が必要であること、液体ターゲットの場合には取り扱いが容易ではないこと、固体状ターゲットの場合にはターゲットの溶断を防止するために比較的厚めのターゲット材料を熱伝導性の金属製支持体に付着させていること、中性子発生用のターゲット材料が重金属などの金属製の場合には、人体に極めて有害であり且つ装置部材の放射化能も高い速中性子がかなり混在して発生しているので一次発生中性子を減速するための大がかりな減速装置が必要であること、有害且つ放射化能の高い陽子線、中性子及び核反応副生物質を吸収又は除去するための特殊な安全管理システムが必要であること、反応副生物である活性水素によるターゲット材料の脆化防止対策、等の実用上における問題があった。特に、特許文献6にみられるように、ベリリウムの固体ターゲットを用いる場合には、ターゲットで発生する熱の除熱が必須であることから、ターゲットを支持するための金属製支持材の伝熱面積を大きくする工夫が提案されたが、熱応力による接着界面の剥離や活性水素による支持材の脆化及び剥離を防止することは困難であった。また、以上の特許文献8〜12に開示されたリチウム製の固体ターゲットの場合には、低融点であるリチウム(融点が約180℃)の溶融防止のために、リチウム薄膜の支持体である伝熱板の構造に関する工夫やリチウム粒子を高融点材料で被覆する方法が提案されているが、これらの方法では冷却効率の飛躍的
な向上は期待されないので、リチウムの溶融を防止することは困難であると考えられる。
【0016】
以上の問題を解決するためには、従来よりも加速エネルギーの低い低放射化能の陽子を用いて有害性の低い低エネルギーの熱中性子・熱外中性子を効率的に発生させるためのターゲットの開発が切望されていたが、これまで上記問題を解決するようなターゲットは知られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開平11−169470号公報
【特許文献2】特開2000−162399号公報
【特許文献3】特開2003−130997号公報
【特許文献4】特開2006−47115号公報
【特許文献5】特開2006−155906号公報
【特許文献6】特開2006−196353号公報
【特許文献7】特開2008−22920号公報
【特許文献8】特開2007−303983号公報
【特許文献9】特開2009−047432号公報
【特許文献10】米国特許第4597936号明細書
【特許文献11】国際公開第08/060663号
【特許文献12】米国特許出願公開第2010/0067640号明細書
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】“JENDL-4.0 : A New Library for Nuclear Science and Engineering", J. Nucl. Sci. Technol. 48 (2011) 1-30.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、上記の事情に鑑み、従来よりも低エネルギーの陽子を用いて中性子を発生させるための新規のターゲット、従来よりも低エネルギーの陽子を新規のターゲットに衝突させることによる中性子発生方法、及び中性子発生装置を提供することを目的としている。さらに詳しくは、陽子及び中性子による部材の放射化の低減が可能であり、有害且つ放射化能の高い速中性子の低減が可能であり、ターゲット材料の熱問題や水素脆化の問題を根本的に解決することが可能な新規の中性子発生用ターゲット、該ターゲットを用いた中性子発生方法、及び該ターゲットを用いた中性子発生装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記の課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、従来よりも低エネルギーの陽子を用いることによって陽子の部材の放射化が顕著に低減されること、及び従来よりも低エネルギーの陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットとして軽元素材料及び非金属材料を複合して成る複合型ターゲットが非常に有効であることを見いだし、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0021】
すなわち、本発明は、
1.陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットがリチウム材料及び非金属材料を複合してなる複合型ターゲットであることを特徴とする複合型ターゲット。
2.非金属材料が嵩密度1.5g/cm3〜3.5g/cm3の範囲にある等方性高密度黒鉛であることを特徴とする上記1に記載の複合型ターゲット。
3.非金属材料が嵩密度1.5g/cm3〜3.5g/cm3の範囲にある等方性高密度黒鉛
及び、これと少なくとも一つの非金属材料を複合して成る非金属系材料であることを特徴とする上記1に記載の複合型ターゲット。
4.複合型ターゲットの表面に凹凸形状を施したことを特徴とする上記1〜3のいずれか一つに記載の複合型ターゲット。
5.複合型ターゲットにおける少なくとも大気と接触する表面を被覆したことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一つに記載の複合型ターゲット。
6.少なくともターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構を付帯することを特徴とする上記1〜4のいずれか一つに記載の複合型ターゲット。
7.陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットが上記1から4のいずれか一つに記載の複合型ターゲットであり、該複合型ターゲットにおける少なくとも大気と接触する表面が被覆されており、また、少なくとも該複合型ターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構を付帯していることを特徴とする複合型ターゲット。
8.上記7に記載の複合型ターゲットに2MeV以上4MeV未満の陽子を真空下で衝突させることによって中性子を発生させることを特徴とする複合型ターゲットを用いる中性子発生方法。
9.陽子発生のための水素イオン発生部と、
水素イオン発生部で発生する陽子を加速するための加速器と、
加速器によって加速された陽子を照射するための陽子照射部と、
照射部の陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットと、を備え、
前記加速器が線形加速器であり、
前記ターゲットが上記7に記載の複合型ターゲットであり、
該複合型ターゲットを前記陽子照射部に配置することを特徴とする複合型ターゲットを用いる中性子発生装置。
10.線形加速器が、陽子を2MeV以上4MeV以下の範囲に加速することができる線形加速器であることを特徴とする上記9に記載の中性子発生装置、に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、リチウム材料及び非金属材料を複合して成る複合型ターゲットであるので、陽子との衝突による核反応を上記二種類の材料で分担して行うことができる。リチウム材料及び非金属材料が持つ陽子及び中性子に対する特有の性質によって、陽子及び中性子によるターゲット等の部材の放射化を従来よりも顕著に低減できるだけでなく、従来よりも低エネルギーの陽子を用いて、有害且つ放射化能の高い速中性子が低減された低エネルギーの中性子を発生可能であること、リチウム材料及び非金属材料の表面形状等を工夫することによってリチウム材料の表面積を飛躍的に向上することができるので、ターゲットで発生する熱を容易に除熱することが可能であること、この効率的な除熱によって従来固体ターゲットとしての利用が困難であった低融点のリチウム(融点:約180℃)でも固体ターゲットとしての利用が可能となること、ターゲット材料の水素脆化を防止できること、リチウム材料と非金属材料の接着界面での剥離を防止できること、等の効果が得られる。また、本発明ターゲットでは、非金属材料がリチウム材料の支持材及び冷却材として機能しうるので、従来用いられてきたリチウムよりも薄いリチウムを用いてもリチウムの溶断や溶融を防止できる副次的効果が得られる。これらの効果によって、本発明ターゲットは、従来よりも低エネルギーの陽子を用いて放射化を低減し、低エネルギーの中性子を安定的に発生しうる。
【0023】
また、本発明中性子発生方法は、中性子発生用の陽子として従来よりも低エネルギーの陽子を用い、ターゲットとして前記複合型ターゲットを用いる。このため、本発明の中性子発生方法は、陽子及び中性子によるターゲット等の部材の放射化を顕著に低減できること、及び小規模の方法によってBNCT等の医療用に適した中性子を発生できるという特
徴を有する。
【0024】
また、本発明中性子発生装置は、従来のシンクロトロンやサイクロトロンに比べると飛躍的に小型の加速器である線形加速器、及び線形加速器によって発生させる従来よりも低エネルギー・大電流の陽子線を用いて有害性の低い医療用中性子を効率的に発生可能な新規の複合型ターゲットを用いている。これにより、本発明の中性子発生装置は、従来必要であった、有害且つ放射化能の高い速中性子(高速中性子)を防除するための大がかりな減速装置や大がかりな放射化防止装置を必ずしも必要としないという特長を有する。そのため、本発明の中性子発生装置は、従来よりも小規模な医療機関に設置可能である。
【0025】
本発明における複合型ターゲットは、リチウム材料及び非金属材料から成る複合型ターゲットである。ターゲットをリチウム材料及び非金属材料から成る複合型ターゲットとした主な理由は、陽子との衝突による核反応を二種類の材料で分担させることにある。複合型ターゲットのリチウム材料側では、7Li(p,n)反応を起こさせ、複合型ターゲットの非金属材料側では、例えば非金属材料が炭素である場合には、12C(p,n)反応を起こさせる。上記のように核反応をリチウム材料と非金属材料の二つの材料によって分担させるので、本発明における複合型ターゲットでは、リチウム材料及び炭素などの非金属材料が持つ陽子及び中性子に対する特有の性質によって、陽子及び中性子によるターゲット等の部材の放射化を顕著に低減できるだけでなく、従来よりも比較的低エネルギーの陽子を用いることが可能であるので、低エネルギーの中性子の発生が可能となる。また、本発明における複合型ターゲットでは、ターゲットの熱問題や反応によって副生する活性水素によるターゲット材料の脆化の問題等を根本的に解決することが可能となる。
【0026】
本発明複合型ターゲットにおけるリチウム材料の役割は、陽子との衝突によって中性子を発生させることである。本発明におけるリチウム材料とは、リチウム元素だけで作られるリチウム(リチウム元素の単体金属のこと)、リチウム元素を元にして作られるリチウム化合物、及びリチウム複合材料のことである。リチウム化合物としては、例えば、酸化リチウム(Li2O)、窒化リチウム(Li3N)、炭酸リチウム(Li2CO3)、硫酸リチウム(Li2SO4)、硝酸リチウム(LiNO3)、リン酸リチウム(Li3PO4)、ケイ酸リチウム(Li4SiO4)、アルミン酸リチウム(LiAlO2)、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)、フッ化リン酸鉄リ
チウム(Li2FePO4F)、チタン酸リチウム(Li4Ti5O12)、チタン酸リチウム(Li2TiO3
、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、タンタル酸リチウム(LiTaO2)、コバルト酸リチウム(LiCoO2)等を挙げることができるがこれらに限定するものではない。また、リチウム複合材料としては、リチウムホウ酸塩ガラス、リチウム合金、リチウムガラスセラミック、リチウム固溶体セラミック、等を挙げることができるがこれらに限定するものではない。本発明においてリチウム材料を、上記のリチウム、リチウム化合物、及びリチウム複合材料とするのは、これらのリチウム材料の全てが7Li(p,n)反応を起こすからである。本発明で用いるリチウム材料は、これらの7Li(p,n)反応を起こすリチウム材料のうち、核反応の閾値が低いリチウム材料ほど好ましく、中性子発生効率が高いリチウム材料ほど好ましく、放射化されにくい材料であるリチウム材料ほど好ましく、熱・熱外中性子の吸収が少ないリチウム材料ほど好ましく、中性子減速効果が高いリチウム材料ほど好ましく、放射線耐久性が高いリチウム材料ほど好ましく、熱負荷に耐えるために高融点であるリチウム材料ほど好ましく、陽子との衝突によって発生した熱を除熱するために熱伝導性に優れているリチウム材料ほど好ましく、非金属材料との付着性に優れているリチウム材料ほど好ましい。このようなリチウム材料としては、リチウム元素だけで作られるリチウムが好ましい。リチウムは、低融点(融点が約180℃)ではあるものの核反応の閾値が低い(7Li(p,n)反応の閾値:約2MeV)ので好ましい。
【0027】
本発明複合型ターゲットのもう一つの材料を非金属材料とする主な理由は、陽子及び中性子による放射化を軽減して、有害且つ放射化能の高い速中性子が低減された低エネルギ
ー中性子を発生させる上で非金属材料が金属類に比べて好ましいからである。また、非金属材料が金属類に比べて熱拡散性に優れているからである。本発明の非金属材料とは、周期律表における四族元素である炭素及びケイ素、五族元素である窒素及び燐、六族元素である酸素及び硫黄、及び七族元素であるハロゲン、の各元素(これらの元素を本発明では非金属元素という。)のうち、各元素の単一材料、各元素の化合物、及び各元素の複合材料のことである。本発明で用いる非金属材料は、これらの非金属材料のうち、放射化されにくい材料である非金属材料ほど好ましく、中性子発生効率が高い材料である非金属材料ほど好ましく、熱・熱外中性子の吸収が少ない非金属材料ほど好ましく、中性子減速効果が高い非金属材料ほど好ましく、陽子との反応を効率的に行うためには高密度である非金属材料ほど好ましく、放射線耐久性が高いほど好ましく、熱負荷に耐えるために高融点である非金属材料ほど好ましく、ターゲットで発生した熱を拡散するために熱拡散性が優れている非金属材料ほど好ましく、リチウム材料との接着性に優れている非金属材料ほど好ましい。このような非金属材料としては、例えば、等方性高密度黒鉛、多孔性カーボン、ダイヤモンド、ダイヤモンドライクカーボン、グラッシーカーボン、カーボンナノチューブ、フラーレン、ポリアセチレン、カルビン、グラフェン、カーボンファイバー、窒化炭素、炭化ケイ素、ケイ素、窒化ケイ素、及びこれらの複合材料を挙げることができるが、これらに限定するものではない。これらの材料の中で、等方性高密度黒鉛は、バランスのとれた上記の物性を有するだけでなく、とりわけ熱拡散性に優れており、放射性核種を生成しにくい材料であり、意外にも水素脆化を起こしにくいという性質も有するので最も好ましい。本発明における等方性高密度黒鉛材料は、通常、嵩密度が1.5g/cm3〜3.5g/cm3の範囲にあるものが使用可能である。本発明においては、嵩密度が1.5g/
cm3未満の等方性高密度黒鉛は使用不可能ではないが、嵩密度が1.5g/cm3未満で
あると炭素原子と陽子及び中性子との衝突が不十分になることもあるので、嵩密度は1.5g/cm3以上であることが好ましい。また、嵩密度が3.5g/cm3を超えると、常圧下における安定相はダイヤモンドであるので、物質として存在する等方性高密度黒鉛の嵩密度の最大値は3.5g/cm3である。本発明で用いる等方性高密度黒鉛は、従来の工業材料として用いられている等方性高密度黒鉛が使用可能であり、より高密度に改良された等方性高密度黒鉛が好ましい。
【0028】
本発明における非金属材料は、非金属材料の中で最も好ましい嵩密度1.5g/cm3〜3.5g/cm3の範囲にある等方性高密度黒鉛と他の非金属材料を複合して成る非金属系複合材料とすることができる。複合させる非金属材料は、一つでもよいし複数でもよい。このような非金属材料としては、例えば、前記に挙げた多孔性カーボン、ダイヤモンド、ダイヤモンドライクカーボン、グラッシーカーボン、カーボンナノチューブ、フラーレン、ポリアセチレン、カルビン、グラフェン、カーボンファイバー、窒化炭素、炭化ケイ素、ケイ素、窒化ケイ素、及びこれらの複合材料を挙げることができるが、これらに限定するものではない。等方性高密度黒鉛との複合は、例えば、等方性高密度黒鉛の成形体と他の非金属材料の成形体の張り合わせ、等方性高密度黒鉛と他の非金属材料の混合、等方性高密度黒鉛と他の非金属材料の化合、等によって行うことができる。等方性高密度黒鉛の成分比率は、特に限定するものではないが、通常50%以上である。こうすることによって、等方性高密度黒鉛と他の非金属材料の好ましい協働効果を与えることが可能である。例えば、等方性高密度黒鉛と熱伝導性に優れたダイヤモンドやカーボンナノチューブを複合することによって、ターゲットの熱伝導性と熱拡散性をさらに向上させることが可能である。
【0029】
また、本発明における非金属材料は、使用に際しての機械的強度を向上させるために、所望に応じて、適宜、補強材の添加が可能である。補強材としては、放射化されにくい材料であることが好ましい。このような材料としては、例えば、エポキシ樹脂、ガラス繊維、各種のセラミック材料を挙げることができるが、これらに限定するものではない。
【0030】
陽子とターゲットの衝突による中性子発生においては、ターゲットで発生する熱を如何にして効率的に除熱するかが非常に重要である。通常、ターゲットの単位表面積当たりの熱負荷の最大値は陽子の出力をターゲットの表面積で割った値とみなされるので、ターゲット表面からの除熱能力は、ターゲットの熱負荷以上に設計しなければならない。例えば、BNCT等の医療用の中性子を発生させるために必要な陽子の出力は、最大約30kW
〜60kWであると試算されているので、例えばターゲットの表面積が30cm2であるとすると、熱負荷は10MW/m2〜20MW/m2にもなる。従来は一種類のターゲット材料を用いていたので、例えば表面積30cm2のターゲット材料を用いた場合には、ターゲット
材料表面の水冷による直接冷却が困難であるために、ターゲット材料よりも表面積の大きい熱伝導板を介した冷却法が提案されている(特許文献6)。しかし、この方法では、リチウム等の融点の低い材料を用いた固体ターゲットの使用は殆ど困難であった。これに対して、リチウム材料及び非金属材料の複合に成る本発明複合型ターゲットは、リチウム材料及び非金属材料の二つの材料に熱負荷を分担させることができるので、上記のようなターゲットの熱問題を解決するために有効であるが、以下の説明のように本発明複合型ターゲットにおけるリチウム材料及び非金属材料の複合は非常に有効である。
【0031】
ターゲットで発生する熱の除熱は原理的に材料界面での熱伝導や熱拡散によって行われるので、本発明複合型ターゲットにおいては熱伝導性や熱拡散性を高めるためにリチウム材料及び非金属材料の複合がなされる。すなわち、本発明複合型ターゲットにおいてリチウム材料及び非金属材料の複合を行うことの主な理由は、リチウム材料及び非金属材料の比表面積を大きくすることによって両材料の境界面での熱伝導性や熱拡散性を向上させることにある。ターゲットの構成材料の比表面積を大きくすることによってターゲットの実質的な表面積を平面積よりも大きくすることができるので、ターゲット内部で発生した熱が熱伝導や熱拡散によって速やかにターゲット表面に伝導され、ターゲットの側部又は内部に設けられた間接的又は直接的な冷却機構による効率的な除熱が可能になるわけである。なお、上記比表面積とは、単位質量の材料が有する表面積のことである。また、ターゲットの実質的な表面積とは、ターゲットを構成するリチウム材料及び非金属材料の比表面積の総和である。また、ターゲットの平面積とは、ターゲットの表面をその平行面に投影した時の面積のことである。本発明複合型ターゲットにおいては、リチウム材料及び非金属材料の複合によってリチウム材料の表面と非金属材料の表面が境界面を介して接している構造(境界面の構造)が形成される。境界面の構造としては単純な平面形状や複雑な種々の形状が形成されるが、曲面形状や凹凸形状の境界面は平面に比べて表面積が大きいので好ましい。また、境界面がリチウム材料及び非金属材料の化合によってできている場合は、この境界面を介した直接的な熱伝導が行われるので好ましい。また、リチウム材料及び非金属材料の複合による副次的な効果として、リチウム材料と非金属材料の接着性の向上、境界面における熱応力の緩和、境界面における剥離の防止、等の効果が得られる。
【0032】
上記説明のように本発明複合型ターゲットはリチウム材料及び非金属材料の複合によってターゲットの比表面積をその平面積よりも大きくすることが可能である。積極的にターゲットの比表面積の拡大をはかるときの目安は、好ましくはターゲットの平面積の2倍以上である。ターゲットの比表面積が平面積の2倍以上であればターゲット表面への熱伝導が速くなり、ターゲット表面に除熱のための大きな熱伝導板を設けなくても効率的な除熱が可能となるので好ましい。
【0033】
本発明複合型ターゲットの具体的態様としては、例えば、リチウム材料と非金属材料を張り合わせてターゲットに成形する、リチウム材料や非金属材料の表面に凹凸形状を施しターゲットに成形する、粉末状のリチウム材料と粉末状の非金属材料の混合物をターゲットに成形する、多孔性の非金属材料にリチウム材料の微粒子を分散させこれをターゲットに成形する、粉末状の非金属材料にリチウム材料をコーティングしこれをターゲットに成形する、リチウム材料と非金属材料を両材料の化合によって接着させこれをターゲットに
成形する、等を挙げることができるがこれらに限定するものではない。例えば、リチウム材料や非金属材料の表面に凹凸形状を施したものをターゲットに成形することによってターゲットの比表面積を平面積の数倍程度大きくすることが可能である。粉末状の材料はバルクの材料の比表面積よりも格段に大きいので、粉末状のリチウム材料と粉末状の非金属材料の混合物をターゲットに成形することによってターゲットの比表面積を平面積の100倍程度向上させることが可能である。同様の理由により非金属材料にリチウム材料の微粒子を分散させたものをターゲットに成形することによってターゲットの比表面積を平面積の1000倍程度大きくすることが可能である。
【0034】
本発明複合型ターゲットにおける複合の方法は、複合形態や用いるリチウム材料及び非金属材料の種類や厚み等に応じて適宜決められるものであり、特定の加工方法に限定するものではない。例えば、リチウム材料がリチウムであり、リチウムと非金属材料の張り合わせによる複合は、ホットプレス、HIP処理、蒸着等によって行うことができる。比較的厚いリチウムと非金属材料を張り合わせる場合には、ホットプレスやHIP処理が好ましく、比較的薄いリチウムと非金属材料を張り合わせる場合には、蒸着が好ましい。リチウムと非金属材料のホットプレスは、通常、室温(23℃)〜180℃(常圧におけるリチウムの融点)までの温度下、103キロパスカル〜105キロパスカルの圧力下で行うことができ、HIP処理は、通常、室温〜180℃までの温度下、104キロパスカル〜1
6キロパスカルの圧力下で行うことができ、蒸着は、非金属材料基板の温度が室温〜1
80℃までの温度下、10-3パスカル〜10-6パスカルの圧力下で行うことができる。リチウム材料表面や非金属材料表面の凹凸処理は、例えばレーザーアブレーション、エッチング、鋳型成形、等の従来の方法によって可能である。リチウム材料や非金属材料の粉末化は、例えば機械的粉砕、凍結粉砕、プラズマ微粒化、スプレードライ法、等の従来の方法によって可能である。リチウム材料の非金属材料へのコーティングは、例えばCVD法(
化学蒸着法:chemical vapor deposition)によって可能である。リチウム材料の微粒子
の非金属材料への分散は、例えば触媒調整のための含浸法によって可能である。なお、CVD法によるリチウム材料による非金属材料表面のコーティングは、例えば、気体状のリチ
ウム材料の前駆物質を不活性雰囲気中の高温下にある非金属材料表面に通過させ、前駆物質の熱分解によってリチウム材料を析出させる方法によって行うことができる。また、含浸法によるリチウム材料の微粒子の非金属材料への分散は、例えば、リチウム材料の前駆物質の水溶液を多孔性の非金属材料に含浸後、還元、又は酸化雰囲気中で焼成することによってリチウム材料の微粒子を非金属材料の細孔に担持させることによって行うことができる。
【0035】
本発明複合型ターゲットにおけるリチウム材料の厚さは、陽子の衝突による中性子発生反応を非金属材料と分担させることが可能なので、特に限定するものではないが、陽子のリチウム材料中での理論的飛程よりもかなり薄くすることができる。なぜなら、非金属材料がリチウム材料の支持材及び冷却材として機能するからである。また、上記理由により各材料が負担する熱負荷を軽減されるからである。上記理論的飛程は、陽子の入射エネルギーと物質の阻止能によって計算できる。例えば、ターゲット材料がリチウムの場合、11MeVの陽子のリチウム中での理論的飛程は、約2mmであるので、従来のリチウムだけ
から構成されているターゲットの場合には、2mm以上の厚みが必要であった。しかし、本発明複合型ターゲットにおけるリチウムは、2mmよりもかなり薄くすることが可能である。本発明複合型ターゲットにおけるリチウムの厚さは、好ましくは、0.01mm以上、1mm以下である。さらに好ましくは、0.05mm以上0.5mm以下である。リチウムの厚さが0.01mm未満であると耐熱性が低下するので0.01mm以上であることが好ましい。また、陽子の衝突による反応の一部をリチウムで分担させるためにはリチウムの厚さは1mm以下であることが好ましい。耐熱性を維持し、且つ陽子の衝突による核反応の一部をリチウムで分担させるためには、リチウムの厚さは0.05mm以上であり0.5mm以下であることがより好ましい。
【0036】
本発明複合型ターゲットは、リチウム材料と非金属材料の厚さ方向の比率を限定するものではない。本発明複合型ターゲットは、当該比率を、用いるリチウム材料や非金属材料、照射陽子の加速エネルギーに応じて適宜設定することができるが、通常は、非金属材料の厚さをリチウム材料の厚さの10倍以上に設定する。この主な理由は、非金属材料の中性子発生効率が、通常、リチウム材料の中性子発生効率に比べて一ケタ小さいことによる。
【0037】
本発明複合型ターゲットは、表面に凹凸形状を施した複合型ターゲットとすることができる。ターゲット表面に凹凸形状を施す主な理由は、表面の表面積を大きくすることによってターゲット表面における過度の熱集中を抑制するためである。ターゲット表面の凹凸処理は、例えばレーザーアブレーション、エッチング、鋳型成形、等の従来の方法によって可能である。
【0038】
本発明複合型ターゲットは、該複合型ターゲットにおける少なくとも大気と接触する表面を被覆することができる。この主な目的は、複合型ターゲットを真空下に置くことで、大気に接触することによる酸化性の雰囲気での酸化劣化を防止するためである。被覆は、複合型ターゲットにおける大気と接する部分の表面だけの被覆であってもよいし、あるいは複合型ターゲットの表面全体の被覆であってもよい。被覆のための被覆材料は、特に限定するものではないが、軽金属材料や非金属材料は重金属類に比べて放射化されにくい性質を持つので好ましい。軽金属材料としては、例えば、チタン、窒化チタン、マグネシウム、アルミニウム、ホウ素、スズ、亜鉛、ケイ素、各種のセラミック材料、等を挙げることができるがこれらに限定するものではない。この中で、チタンは、放射線耐久性、耐腐食性が優れているので好ましい。また、非金属材料としては、例えば、エポキシ樹脂、ガラス繊維、等を挙げることができるがこれらに限定するものではない。
【0039】
本発明複合型ターゲットは、ターゲットで発生する熱を除熱するための冷却機構を付帯することができる。冷却機構は、少なくともターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構であることが冷却効率を高める上で好ましい。ターゲットの側部に冷却機構を設ける場合には、熱伝導性の高い伝熱板を介して水冷するのが好ましい。また、ターゲットの内部に冷却機構を設ける場合には、ターゲットにおける非金属材料の内部に冷媒の流路を設けるのが好ましい。冷媒としてはヘリウムガス等の熱伝導率の高い気体を用いるのが好ましい。また、本発明ターゲットは、ターゲットと冷却機構が一体化したカートリッジ型構造とすることが可能である。こうすることによって、ターゲットで発生した熱を効率的に排熱することが可能であり、ターゲットの劣化に際して、新品との着脱交換を遠隔操作によって簡易に行うことが可能である。
【0040】
本発明中性子発生方法は、本発明複合型ターゲットに2MeV以上4MeV以下の陽子を真空下で衝突させることによって中性子を発生させる中性子発生方法である。本発明複合型ターゲットしては、複合型ターゲットの少なくとも大気と接触する表面が被覆されており、且つ少なくとも複合型ターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構を付帯している複合型ターゲットを用いることができる。該複合型ターゲットを表面被覆が施され且つ冷却機構を付帯している複合型ターゲットとしたのは、ターゲットが大気に接触することによる酸化性の雰囲気での酸化劣化の防止、及びターゲットで発生した熱の効率的な除熱のためである。
【0041】
本発明中性子発生方法において、真空下で陽子を複合型ターゲットに衝突させるのは、照射陽子の強度低下の防止や大気汚染防止のためである。したがって高真空であることに越したことはないのであるが、通常、真空度は、10-4パスカル〜10-8パスカルの範囲である。また、照射陽子の加速エネルギーを2MeV以上4MeV以下とするのは、高速中性子
が低減された低エネルギー中性子を発生させるためである。上記陽子の加速エネルギーは、本発明複合型ターゲットを構成しているリチウム材料の種類によって適宜設定する必要がある。
【0042】
本発明中性子発生方法において、リチウム材料がリチウムであり、リチウム及び非金属材料を複合して成る複合型ターゲットを用いる場合の照射陽子の加速エネルギーは、好ましくは2MeV以上4MeV以下である。リチウムの7Li(p,n)反応の閾値が約2MeVであるた
めに陽子の加速エネルギーが2MeV未満であると中性子の発生効率が著しく低下するので
、本発明において使用する陽子の加速エネルギーは2MeV以上であることが好ましい。ま
た、陽子の加速エネルギーが4MeVを超えるとターゲット等の部材の放射化が著しくなる
だけでなく高速中性子の発生が多くなるので、陽子の加速エネルギーは4MeV以下である
ことが好ましい。有害且つ放射化能の高い高速中性子が低減された低エネルギー中性子を発生させるためにより好ましい陽子は、2MeV以上4MeV以下である。
【0043】
本発明中性子発生方法によって発生させることができる中性子は、熱中性子又は熱外中性子を多く含む低エネルギー中性子である。低エネルギー中性子とは、有害且つ放射化能の高い高速中性子が低減された中性子のことである。高速中性子は、熱中性子又は熱外中性子に比べてエネルギーが二桁以上高いので生物学的に有害であり且つ放射化能が極めて高い。中性子の種類には、高速中性子(速中性子ともいう)、熱外中性子、熱中性子、及び冷中性子があるが、これらの中性子は、エネルギー的に明確に区分されているものではなく、炉物理、遮へい、線量計測、分析、医療などの分野によってエネルギー区分が異なる。例えば、原子力防災基礎用語によれば、「速中性子とは、中性子のうち、大きな運動量をもつものを速中性子(高速中性子)とよび、炉物理、遮へい、線量計測などの分野によってこの値は異なるが、0.5MeV以上を速中性子というのが一般的である」と記述さ
れている。また、医療分野では、熱外中性子とは、1eV〜10keVの範囲の中性子という
のが一般的であり、熱中性子とは、0.5eV以下の中性子というのが一般的である。本発明でいう低エネルギー中性子とは、0.5MeV以上の高速中性子が低減された中性子のこ
とをいう。本発明で用いる加速エネルギーが2MeV以上4MeV以下の陽子を本発明複合型ターゲット(リチウム材料としてリチウムを使用)に照射すると、平均エネルギーが0.3MeV程度の中性子を発生することができる。
【0044】
本発明中性子発生装置は、陽子発生のための水素イオン発生部と、水素イオン発生部で発生する陽子を加速するための加速器と、加速器によって加速された陽子を照射するための陽子照射部と、陽子照射部が照射する陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットと、を備えた中性子発生装置であり、前記加速器として線形加速器を設け、前記ターゲットとして本発明複合型ターゲットを用い、複合型ターゲットを前記陽子照射部に配置した中性子発生装置とすることができる。本発明複合型ターゲットとしては、複合型ターゲットにおける少なくとも大気と接触する表面が被覆されており、複合型ターゲットにおける少なくともターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構を付帯している複合型ターゲットを用いることができる。上記複合型ターゲットを表面被覆が施され且つ冷却機構を付帯している複合型ターゲットとしたのは、ターゲットが大気に接触することによる酸化性の雰囲気での酸化劣化の防止、及びターゲットで発生した熱の効率的な除熱のためである。
【0045】
本発明中性子発生装置における水素イオン発生部は、プロトン又は負水素イオンを発生させるための水素イオン発生器を設けている。本発明中性子装置で用いることができる水素イオン発生器は、特に限定するものではなく、従来の水素イオン発生器を用いることができる。水素イオン発生部で発生した水素イオンは、通常、荷電粒子変換膜を通して陽子を加速するための加速器に送られる。なお、水素イオン発生部において負水素イオンが発生する場合、負水素イオンは、荷電粒子変換膜を通過することにより、陽子に変換される
。そして、この変換された陽子が、加速するために加速器に送られる。
【0046】
本発明中性子発生装置で用いる加速器は、直線加速器であるが、直線加速器であれば、特に限定するものではなく、従来の直線加速器を用いることができる。このような直線加速器として、例えば、高周波四重極線形加速器、静電直線加速器、常伝導直線加速器、超伝導直線加速器、等を挙げることができる。高周波四重極直線加速器は、静電加速器に比べて小型の装置で大電流の陽子を発生することができるだけでなく、ガンマ線、X線等の
放射線の発生が非常に少ないので、静電直線加速器よりも好ましい。
【0047】
本発明中性子発生装置における陽子照射部は、加速器によって加速された陽子をターゲットに照射するための構成であり、中性子を発生させるためのターゲットと、通常、陽子の収束や陽子エネルギーの分級等を行うための陽子ビームの調整手段と、が設けられている。該陽子照射部は、特に限定するものではなく、従来の四重極電磁石又は偏向電磁石を備える陽子照射部を用いることができる。
【0048】
本発明中性子発生装置は、陽子を加速するための線形加速器として、陽子を2MeV以上
4MeV以下の範囲に加速することができる線形加速器を用いることができる。本発明中性
子発生装置において、陽子を2MeV以上4MeV以下の範囲に加速することができる線形加速器を用いるのは、比較的小型の直線加速器によって有害且つ放射化能の高い高速中性子が低減された低エネルギーの中性子を発生させるためである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、実施の形態に係るターゲットが、リチウム材料及び非金属材料を張り合わせた形状を有する複合型ターゲットであることを例示する断面図である。
【図2】図2は、実施の形態に係るターゲットが、凹凸表面を有する非金属材料の上にリチウム材料を張り合わせた形状を有する複合型ターゲットであることを例示する断面図である。
【図3】図3は、実施の形態に係るターゲットが、リチウム材料と非金属材料を張り合わせた形状をしており、該リチウム材料が凹凸表面を有する複合型ターゲットであることを例示する断面図である。
【図4】図4は、実施の形態に係るターゲットが、リチウム材料と非金属材料の混合物を成形して作られる複合型ターゲットであることを例示する断面図である。
【図5】図5は、実施の形態に係るターゲットが、リチウム材料の微粒子を分散させた非金属材料を成形して作られる複合型ターゲットであることを例示する断面図である。
【図6】図6は、実施の形態に係るターゲットが、等方性高密度黒鉛と他の非金属材料を複合して成る非金属系複合材料とリチウム材料を張り合わせた複合型ターゲットであることを例示する断面図である。
【図7】図7は、実施の形態に係るターゲットが、複合型ターゲットの表面に表面被覆が施された形状を有する複合型ターゲットであることを例示する断面図である。上記複合型ターゲットとして、図1〜6に示すような複合型ターゲットのうちのいずれか一つを用いることができる。
【図8】図8は、実施の形態に係るターゲットが、複合型ターゲットの少なくとも側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒流路を設けた冷却機構を付帯している形状を有する複合型ターゲットであることを例示する断面図である。上記複合型ターゲットとして、図1〜6に示すような複合型ターゲットのうちのいずれか一つを用いることができる。
【図9】図9は、実施の形態に係るターゲットが、複合型ターゲットの表面に表面被覆が施され且つ複合型ターゲットの少なくとも側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒流路を設けた冷却機構を付帯しているカートリッジ型構造の複合型ターゲットであることを例示する断面図である。上記複合型ターゲットとして、図1〜6に示すような複合型ターゲットのうちのいずれか一つを用いることができる。
【図10】図10は、実施の形態に係る本発明複合型ターゲットを用いた中性子発生方法を例示する概略図である。本発明複合型ターゲットとして、図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットを用いることができる。
【図11】図11は、実施の形態に係る本発明複合型ターゲットを用いた中性子発生装置を例示する概略図である。本発明複合型ターゲットとして、図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットを用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下に図面を参照しつつ本発明の一側面を実施の形態(以下、「本実施形態」とも表記する)として詳細に説明する。
【0051】
陽子を衝突させて中性子を発生させるための本実施形態に係る複合型ターゲットは、リチウム材料及び非金属材料を複合して成る複合型ターゲットであり、リチウム材料と非金属材料表面が境界面を介して接している構造を有するターゲットである。リチウム材料としては、リチウムを好ましい材料として挙げることができる。また、非金属材料としては、等方性高密度黒鉛を好ましい材料として挙げることができる。上記リチウム材料と非金属材料表面が境界面を介して接している構造を有するターゲットとしては、例えば、リチウム材料と非金属材料を互いに張り合わせたターゲット、粉末状のリチウム材料と粉末状の非金属材料の混合物を成形して作られるターゲット、リチウム材料の微粉末を分散させた非金属材料を成形して作られるターゲット、リチウム材料と非金属材料が両材料の化合によって接着しているターゲット、等を例示することができるが、これらに限定するものではない。非金属材料は、単一材料でもよいし、複数の非金属材料を複合した非金属系複合材料とすることもできる。
【0052】
図1に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット3は、リチウム材料2と非金属材料1を張り合わせた複合型ターゲットである。
【0053】
図2に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット5は、凹凸表面40を有する非金属材料4の上にリチウム材料2を張り合わせた複合型ターゲットである。
【0054】
図3に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット7は、凹凸表面60を有するリチウム材料6と非金属材料1を張り合わせた複合型ターゲットである。
【0055】
図4に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット9は、リチウム材料及び非金属材料の混合物8を成形して作られる複合型ターゲットである。
【0056】
図5に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット11は、リチウム材料の微粒子を非金属材料に分散させたターゲット材料10を成形して作られる複合型ターゲットである。
【0057】
図6に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット13は、等方性高密度黒鉛と他の非金属材料を複合して成る非金属系複合材料12とリチウム材料2を張り合わせた複合型ターゲットである。
【0058】
図7に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット16は、複合型ターゲット14の表面に表面被覆15を施した複合型ターゲットである。そして、複合型ターゲット14は、図1〜6に示すような複合型ターゲットのいずれか一つである。
【0059】
図8に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット20は、複合型ターゲット14の少なくとも側部又は内部のどちらか一方に冷媒流路17を設けた冷却機構18を付帯し
ているターゲットと冷却機構が一体化したカートリッジ型構造のターゲットである。そして、複合型ターゲット14として、図1〜6に示すような複合型ターゲットのいずれか一つを用いることができる。また、冷却機構18と複合型ターゲット14の中間に必要に応じて伝熱板19を設けることができる。
【0060】
図9に示すように、本実施形態に係る複合型ターゲット21は、複合型ターゲット14の表面に表面被覆15が施され且つ複合型ターゲット14の少なくとも側部又は内部のどちらか一方に冷媒流路17を設けた冷却機構18を付帯しているカートリッジ型構造の複合型ターゲットである。そして、複合型ターゲット14として、図1〜6に示すような複合型ターゲットのいずれか一つを用いることができる。また、必要に応じて冷却機構18と複合型ターゲット14の中間に伝熱板19を設けることができる。
【0061】
本実施形態に係る中性子発生方法は、従来よりも比較的低エネルギーの陽子を真空下で本発明複合型ターゲットに衝突させることによって有害且つ放射化能の高い高速中性子が低減された低エネルギー中性子を発生させる中性子発生方法である。
【0062】
図10は、実施の形態に係る中性子発生方法を例示する概略図である。図10に示すように、本実施形態に係る中性子発生方法は、本発明複合型ターゲット22に所定の加速エネルギー(2MeV以上4MeV以下)を有する陽子23を真空下で衝突させることによって低エネルギーの中性子24を発生させる中性子発生方法である。本発明複合型ターゲット22としては、図9に示すような表面被覆を施し且つ冷却機構を付帯したカートリッジ型構造の複合型ターゲットを用いることができる。
【0063】
図11は、実施の形態に係る中性子発生装置を例示する概略図である。図11に示すように、本実施形態に係る中性子発生装置は、水素イオン発生部29、線形加速器30、陽子照射部31、及び陽子照射部内に設けられた複合型ターゲット32を備える。水素イオン発生部29には、水素イオン発生器が設けられており、発生水素イオン25は、通常、荷電粒子変換膜を通して線形加速器30に導入され、加速される。線形加速器30によって所定のエネルギーまで加速された陽子26は、同線形加速器30の先端部に連結された陽子照射部31に導入され、同陽子照射部31に設けられた複合型ターゲット32に衝突して、低エネルギーの中性子28を発生させる。上記線形加速器30は、2MeV以上4MeV以下の陽子を発生することができる直線加速器であれば特に限定するものではない。陽子照射部31には、通常、四重極電磁石又は偏向電磁石が設けられている。そして、複合型ターゲット32としては、図9に示すような表面被覆を施し且つ冷却機構を付帯したカートリッジ型構造の複合型ターゲットを用いることができる。
【0064】
以上のように、本発明は、陽子をターゲットに衝突させて中性子を発生させるための新規のターゲット、該ターゲットを用いる中性子発生方法及び装置である。以上までにおいて説明した実施の形態は、照射陽子の加速エネルギーが2MeV以上4MeV以下の比較的低エネルギーの陽子であるので、陽子によるターゲット等の部材の放射化が著しく低減されること、有害な高速中性子の発生が抑制されること、加速陽子を小型の線形加速器で発生可能であること、ターゲットとしてリチウム材料と非金属材料を複合して成る複合型ターゲットを用いるので、有害且つ放射化能の高い高速中性子が低減された低エネルギーの中性子の発生が可能であること、ターゲットで発生する熱の除熱が容易であること、冷却機構がターゲットに付帯されているので効率的な冷却が可能であること、ターゲットと冷却機構とが一体化したカートリッジ型構造とすることが可能であるので、このターゲットを陽子照射部の先端部分に設け、ターゲットの劣化に際して新品との着脱交換を遠隔操作によって簡易にできるという特色をもっている。
【0065】
また、上述の通り、本発明ターゲットに含まれる非金属材料は、中性子減速効果を備え
うるので、高速中性子の発生が低減される。これにより、以上までにおいて説明した実施の形態では、発生中性子を減速するための減速機構を従来よりも小型化することができる。
【0066】
したがって、本発明に係る中性子発生装置は、BNCT等の医療用の中性子を発生するための医療用中性子発生装置として、従来よりも小規模な医療機関においても設置可能である。
【実施例】
【0067】
以下に実施例などを挙げて本発明を具体的に説明する。
【0068】
[実施例1]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット、図10に示すような中性子発生方法、及び図11に示すような中性子発生装置を用いて中性子発生実験を行った。上記カートリッジ型構造のターゲットは、ターゲット部分が直径165mm×厚さ30mmの等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:IG15、嵩密度1.9g/cm3)の片面に厚さ0.2mmのリチウムシートを150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着して作成した図1に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施し、該ターゲットの側部に円筒型の水冷ジャケットを設けたターゲットと冷却機構が一体化したカートリッジ型構造のターゲットである。これを、長さ約6.5mのRFQライナックの先端部分に設けた陽子照射部にリチウム面が陽子の進行方向に対して垂直になるようにフランジを介して取り付け、出力30kW、3MeVの加速陽子を10-6パスカルの真空下で衝突させ、中性子を発生させた。ターゲットの冷却は、上記水冷ジャケットに約5℃の水を毎分10リットル導入して行った。100時間運転後の発生中性子のエネルギー分布をガス放射線検出器によって測定した。実験後のターゲットの放射化の程度をサーベイメーターによって測定した。また、実験後のターゲットの状態を観察した。
【0069】
[実施例2]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図2に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、直径165mm×厚さ30mmの等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:IG15、嵩密度1.9g/cm3)の片面にレーザーアブレーション(光源:YAGレーザー)を施すことによって表面を粗面化し、これに厚さ0.2mmのリチウムシートを150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着して作成した図2に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0070】
[実施例3]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図2に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、直径165mm×厚さ30mmの等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:IG15、嵩密度1.9g/cm3)の片面にレーザーアブレーションを施すことによって格子状の凹凸(凹部:8mm×8mm×窪み0.2mm、凸部:幅1mm)を施し、この凹凸表面に厚さ0.2mmのリチウムシートを重ね、150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着して凹部にリチウムを埋め込んだ後、はみ出たリチウムを除去することによって作成した図2に示すような複合型ターゲ
ットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0071】
[実施例4]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図3に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には、実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、直径165mm×厚さ30mmの等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:IG15、嵩密度1.9g/cm3)の片面に厚さ0.2mmのリチウムシートを150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着し、該リチウム表面にレーザーアブレーションよって凹凸形状(幅10ミクロン×深さ10ミクロン×ピッチ10mmの格子状の溝)を施した図3に示すような形状の複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。上記レーザーアブレーションによるリチウム表面の凹凸形成によってリチウムの使用量は約2%減少したが、リチウム表面の表面積は約4倍大きくなった。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0072】
[実施例5]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図4に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、粉末状のリチウム(平均粒径:10ミクロン)と粉末状の等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:平均粒径50ミクロン、嵩密度2.2g/cm3)の混合物(粉末状のリチウム:粉末状の等方性高密度黒鉛の質量比=1:500)を150℃―1000気圧でHIP処理して作成した直径165mm×厚さ30mmの図4に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。該ターゲットに含まれるリチウムの表面積はブロック状のリチウムの表面積の約100倍大きいものと計算された。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0073】
[実施例6]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図4に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、リチウム原子内包C60フラーレン(フラーレン1分子当たり1個のリチウム原子を内包している)と粉末状の等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:平均粒径50ミクロン、嵩密度2.2g/cm3)の混合物(リチウム内包フラーレン:粉末状の等方性高密度黒鉛の質量比=1:5)を窒素ガス雰囲気中、1000℃−1000気圧の条件でHIP処理することによって作製した直径165mm、厚さ30mmの図5に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を1000℃−1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に、発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0074】
[実施例7]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図4に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、チタン酸リチウム(Li4Ti5O12)(
石原産業株式会社製造品: LT-017、平均粒径20ミクロン)及び粉末状の等方性高密度
黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:平均粒径50ミクロン、嵩密度2.2g/cm3)の混合物(チタン酸リチウム:粉末状の等方性高密度黒鉛の質量比=1:5)を窒素ガス雰囲気中、1000℃−1000気圧の条件でHIP処理することによって作製した直径165mm、厚さ30mmの図5に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を窒素雰囲気中、1000℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に、発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0075】
[実施例8]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図4に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、粉末状の二ケイ酸リチウム(Li2O・2SiO2)ガラスセラミック(平均粒径20ミクロン)及び粉末状の等方性高密度黒鉛(東
洋炭素株式会社製造品:平均粒径50ミクロン、嵩密度2.2g/cm3)の混合物(粉末状の二ケイ酸リチウムガラスセラミック:粉末状の等方性高密度黒鉛の質量比=1:5)を窒素ガス雰囲気中、1000℃−1000気圧の条件でHIP処理することによって作製した直径165mm、厚さ30mmの図5に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を窒素ガス雰囲気中、1000℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に、発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0076】
[実施例9]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図4に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、粉末状のタンタル酸リチウム−アルミナ固溶体(平均粒径:20ミクロン、タンタル酸リチウム:アルミナの質量比=1:5)及び粉末状の等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:平均粒径50ミクロン、嵩密度2.2g/cm3)の混合物(粉末状のタンタル酸リチウム−アルミナ固溶体:粉末状の等方性高密度黒鉛の質量比=1:5)を窒素ガス雰囲気中、1000℃−1000気圧の条件でHIP処理することによって作製した直径165mm、厚さ30mmの図5に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を窒素ガス雰囲気中、1000℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に、発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0077】
[実施例10]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図5に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、多孔性のカーボン材料(平均粒径200ミクロン、比表面積600m2/g、平均細孔径10ナノメートル、嵩密度1.5g/
cm3、)を用いて、これにリチウムの微粒子を含浸法により担持させることによってリ
チウム担持カーボン材料(リチウムの担持率:2質量%)を調整し、これと粉末状の等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:平均粒径100ミクロン、嵩密度2.2g/c
3)の混合物(リチウム担持カーボン材料:粉末状の等方性高密度黒鉛の質量比=1:
10)を150℃―1000気圧の条件でHIP処理することによって作製した直径165mm、厚さ30mmの図5に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着すること
によって表面被覆を施した複合型ターゲットである。該ターゲットに含まれるリチウムの表面積はブロック状のリチウムの表面積の約1000倍大きいものと計算された。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、実験後のターゲットの放射化の程度、及び実験後のターゲットの状態を調べた。
【0078】
[実施例11]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図6に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、粉末状の等方性高密度黒鉛(東洋炭素株式会社製造品:平均粒径50ミクロン、嵩密度2.2g/cm3)、粉末状の工業用ダイヤモンド(昭和電工株式会社製造品:平均粒径20ミクロン)、及びカーボンナノチューブ(菱三商事株式会社販売品:CVD−MWNT)の混合物(粉末状の等方性高密度黒鉛:粉末状の工業用ダイヤモンド:カーボンナノチューブの質量比=8:1:1)を500℃―1000気圧でHIP処理して直径165mm×厚さ30mmのカーボン成形体を作成した後、該成形体の片面に厚さ0.2mmのリチウムシートを150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着して作製した図6に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0079】
[実施例12]
図9に示すようなカートリッジ型構造の複合型ターゲットのターゲット部分を図6に示すような下記の複合型ターゲットとした以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。上記複合型ターゲットは、直径165mm×厚さ30mmの炭化ケイ素の成形体[ベルト式高温高圧装置を用いて炭化ケイ素の粉末とケイ素の粉末の混合物(炭化ケイ素:ケイ素の質量比=9:1)を約2500℃−5万気圧の条件で焼結後、切削して作成]の片面に厚さ0.2mmのリチウムシートを150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着して作製した図6に示すような複合型ターゲットであり、該ターゲットの表面に厚さ0.1mmのチタン薄を150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着することによって表面被覆を施した複合型ターゲットである。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0080】
[比較例1]
比較のために、ターゲットとして、直径165mm×厚さ0.2mmのリチウムを直径165mm×長さ30mm×厚さ1mmの円筒状の銅板に150℃―1000気圧のHIP処理条件で圧着して作製したリチウム製のターゲットを用い、この側部に円筒型の水冷ジャケットを設けて水冷した以外には実施例1と同様な方法及び装置によって中性子発生実験を行った。実施例1と同様に発生中性子のエネルギー分布、ターゲットの放射化の程度、及びターゲットの状態を調べた。
【0081】
実施例1〜11及び比較例1の実験結果を表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
[理論計算によるシミュレーション]
上記実施例及び比較例の実験結果を理論的に説明するために、放射化のシミュレーションを行い、表2に示すような結果を得た。該シミュレーションは、中性子核反応の核反応断面積の理論計算プログラムであるJENDL-4.0(非特許文献1)を用いて行った。
【0084】
【表2】

【0085】
以上の結果から、本発明複合型ターゲットは、従来のターゲットよりも耐熱性が高く、放射化されにくく、水素脆化に対する耐久性が優れていることが確認された。陽子及び中性子による放射化についての実験結果が理論的にも裏付けられた。また、本発明複合型ターゲットを用いた中性子発生方法、及び中性子発生装置によって、高速中性子の生成を低減できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明ターゲットは、リチウム材料及び非金属材料を複合して成る複合型ターゲットであるので陽子及び中性子による部材の放射化を低減できる、従来よりも比較的低エネルギーの陽子を用いることができるので高速中性子の生成を低減できる、リチウム材料及び非金属材料の複合化によってターゲットの熱問題を解決することができる、複合型ターゲットと冷却機構が一体化したカートリッジ型構造のターゲットは、ターゲットで発生する熱の効率的な除熱が可能であり、ターゲットの劣化に際して新品との着脱交換を遠隔操作によって安全・簡易に行うことができる、等の特徴を有する。また、本発明複合型ターゲットを用いた中性子発生方法、及び中性子発生装置によって、小型の直線加速器を用いて低エネルギーの中性子を生成できる。したがって、本発明は、BNCT等の医療用中性子を生成するうえで非常に有益である。
【符号の説明】
【0087】
1 非金属材料
2 リチウム材料
3 複合型ターゲット
4 凹凸表面を有する非金属材料
5 複合型ターゲット
6 凹凸表面を有するリチウム材料
7 複合型ターゲット
8 リチウム材料及び非金属材料の混合物の成形体
9 複合型ターゲット
10 リチウム材料の微粒子を分散させた非金属材料の成形体
11 複合型ターゲット
12 等方性高密度黒鉛材料と他の非金属材料を複合して成る成形体
13 複合型ターゲット
14 複合型ターゲット
15 表面被覆
16 複合型ターゲット
17 冷媒流路
18 冷却機構
19 伝熱板
20 複合型ターゲット
21 カートリッジ型構造の複合型ターゲット
22 複合型ターゲット
23 陽子の流れ
24 中性子の流れ
25 水素イオンの流れ
26 加速陽子の流れ
27 照射陽子の流れ
28 生成中性子の流れ
29 水素イオン発生部
30 線形加速器
31 陽子照射部
32 複合型ターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットがリチウム材料及び非金属材料を複合してなる複合型ターゲットであることを特徴とする複合型ターゲット。
【請求項2】
前記非金属材料が嵩密度1.5g/cm3〜3.5g/cm3の範囲にある等方性高密度黒鉛であることを特徴とする請求項1に記載の複合型ターゲット。
【請求項3】
前記非金属材料が嵩密度1.5g/cm3〜3.5g/cm3の範囲にある等方性高密度黒鉛及び、これと少なくとも一つの非金属材料を複合して成る非金属系材料であることを特徴とする請求項1に記載の複合型ターゲット。
【請求項4】
前記複合型ターゲットの表面に凹凸形状を施したことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の複合型ターゲット。
【請求項5】
前記複合型ターゲットにおける少なくとも大気と接触する表面を被覆したことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の複合型ターゲット。
【請求項6】
少なくとも前記複合型ターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構を付帯することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の複合型ターゲット。
【請求項7】
陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットが請求項1から4のいずれか1項に記載の複合型ターゲットであり、該複合型ターゲットにおける少なくとも大気と接触する表面が被覆されており、また、少なくとも該複合型ターゲットの側部又は内部のうちのどちらか一方に冷媒の流路を設けた冷却機構を付帯していることを特徴とする複合型ターゲット。
【請求項8】
請求項7に記載の複合型ターゲットに2MeV以上4MeV未満の陽子を真空下で衝突させることによって中性子を発生させることを特徴とする複合型ターゲットを用いる中性子発生方法。
【請求項9】
陽子発生のための水素イオン発生部と、
前記水素イオン発生部で発生する陽子を加速するための加速器と、
前記加速器によって加速された陽子を照射するための陽子照射部と、
前記陽子照射部が照射する陽子を衝突させて中性子を発生させるためのターゲットと、を備え、
前記加速器が線形加速器であり、
前記ターゲットが請求項7に記載の複合型ターゲットであり、
該複合型ターゲットを前記陽子照射部に配置することを特徴とする複合型ターゲットを用いる中性子発生装置。
【請求項10】
線形加速器が、陽子を2MeV以上4MeV以下の範囲に加速することができる線形加速器であることを特徴とする請求項9に記載の中性子発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−243640(P2012−243640A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−113950(P2011−113950)
【出願日】平成23年5月20日(2011.5.20)
【出願人】(504151365)大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (125)
【Fターム(参考)】