説明

触媒の窒素酸化物吸着能測定方法

【課題】 多数の不均一系触媒について短時間に窒素酸化物の吸着能を測定できる触媒の窒素酸化物吸着能測定方法を提供する。
【解決手段】 複数の触媒に対し一括して同時に窒素酸化物の含まれたガスを接触させる吸着段階、溶媒を用いて触媒を同時に抽出する抽出段階、抽出による抽出液にヒドラジンを加えて窒素酸化物を亜硝酸イオンに還元させる還元段階、グリース試薬により発色させる発色段階、および発色させた抽出液の吸光度を測定する測定段階を含んで構成される。このうち、抽出段階における好ましい溶媒は水であり、また発色段階におけるグリース試薬は、好ましくはスルファニルアミドを含有するリン酸水溶液とN−(1−ナフチル)エチレンジアミンジヒドロクロライドとの混合物である改良グリース試薬である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒の窒素酸化物吸着能測定方法、さらに詳細には複数の不均一系触媒について短時間に実施できる触媒の窒素酸化物吸着能測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒素酸化物(NO)は、石油や石炭の燃焼により発生する化学物質であって、炭化水素、一酸化炭素(CO)などと共に、自動車から排出される代表的な有害排出物である。燃焼により発生するのは主に一酸化窒素(NO)であるが、これが大気中に放出されると酸化されて二酸化窒素(NO)となる。窒素酸化物は、肺気腫、気管支炎などの呼吸器疾患の原因となり、酸性雨の原因となり、また大空中で強烈な日の光を受けての光化学反応によりオゾンの発生にも関与するとされている。
【0003】
窒素酸化物による環境問題を解決すべく、世界各国で規制が強化されており、ヨーロッパでは同盟国規制が宣言され、アメリカでは2003年までガソリン車両の窒素酸化物の排出量を1990年度の1/4水準に落とすように規定した大気規制強化法を通過させた。また、日本では大気汚染防止法により、窒素酸化物に対し世界的に最も厳しい規制を実施しており、窒素酸化物、黒鉛、微粒子群などの排出量の許容限度を定めてこれを超過する車両などは販売できないようにしている。
【0004】
自動車排出ガスの規制が厳しくなるにつれて、自動車業界では、エンジンの改良と共に排気ガスの後処理技術を発展させ、窒素酸化物などの汚染物質の排出を最少化しようとしている。つまり、エンジンの改良により窒素酸化物の排出を減らし、それでも技術的限界によって排出せざるをえない窒素酸化物は、後処理装置により浄化することにしている。エンジンからの排出ガスに含まれる窒素酸化物を浄化するには、排気管の中に触媒コンバーターが設置される。触媒として、1980年代中盤には三元触媒技術が発表された。三元触媒技術は、白金、パラジウム、ロジウムなどを使用して、排気温度を十分高く維持し、一酸化炭素と炭化水素の酸化と、窒素酸化物の還元を同時に行って排ガスを浄化する技術である。
【0005】
一方、自動車の走行において、市街地走行の場合には加速・減速が頻繁に行われ、空燃比はストイキ(理論空燃比)近傍からリッチ状態までの範囲内で頻繁に変化する。このような走行における低燃費化の要請に応えるには、なるべく酸素過剰の混合気を供給するリーンバーン制御が必要となる。しかし、リーンバーンエンジンからの排出ガス中には酸素量が多く、窒素酸化物を浄化する還元反応が不活発である。したがって、リーンバーンエンジンからの酸素量の多い排ガス中の窒素酸化物を十分に浄化できる排ガス浄化用触媒の開発が望まれた。
【0006】
このような見地から、炭化水素や窒素酸化物の吸着能を上げた吸着型触媒〔例えば、特許文献1、特許文献2参照〕などが提案されている。このような吸着型触媒は、排出ガスの温度が低い間に排ガス中の炭化水素、窒素酸化物を吸着し、排出ガスの温度が上ったとき吸着した炭化水素、窒素酸化物を放出すると同時に窒素酸化物を還元して窒素酸化物浄化率を向上させるとしている。
【0007】
吸着型触媒技術が発展するにつれて、不均一触媒に吸着される窒素酸化物の量を測定する方法が必要となる。これは、各種規制に効果的に対応するための吸着型触媒技術の性能及び活性を測定する方法とされるため、非常に重要な問題である。
【0008】
従来は、吸着された窒素酸化物(NO)の定量的分析のために、質量分析法、赤外線分析法、マイクロバランス(microbalance)、熱伝導度検出器(thermal conductivity detector)を利用して温度調節脱着法(Temperature Programmed Desorption, TPD)、化学吸着−熱重量測定法(Chemisorption−Thermogravimetry)などが使用されてきた。最近では、窒素酸化物を芳香族ジアミノ化合物と反応させた生成物の溶液に、貴金属微粒子からなる基質を共存させて、表面増強ラマン散乱を測定して窒素酸化物の分析行う方法〔特許文献3参照〕などの提案もある。
【0009】
測定機器の機能、精度が向上されるに伴って、定量分析方法も発展してきたが、上記の方法はいずれも各触媒毎に前処理、吸着、洗浄(purge)、脱着、補正(calibration)などの過程を順次行わなければならなかったため、非常に時間がかかってしまい、これにより依然として莫大な施設費、材料費、人件費などの付帯費用を要していた。また、各段階の実験結果が、実験者の個人的な経験に依存する傾向が強く、結果の信頼性が落ちるという問題もあった。
【0010】
【特許文献1】特開平07−163871号公報
【特許文献2】特開2003−181296号公報
【特許文献3】特開2003−329591号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
かかる観点から、本発明の目的は、多数の不均一系触媒について短時間に窒素酸化物の吸着能を測定できる触媒の窒素酸化物吸着能測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる目的を達成すべく、本発明は触媒の窒素酸化物吸着能測定方法であり、複数の触媒に対し一括して同時に窒素酸化物の含まれたガスと接触させる吸着段階、溶媒を用いて触媒を同時に抽出する抽出段階、抽出による抽出液に、ヒドラジンを加えて窒素酸化物を亜硝酸イオンに還元させる還元段階、グリース試薬により発色させる発色段階、および発色させた抽出液の吸光度を測定する測定段階、を含んでなっている。
【0013】
特に、抽出段階における溶媒は水であることが好ましく、また発色段階におけるグリース試薬は、スルファニルアミドを含有するリン酸水溶液とN−(1−ナフチル)エチレンジアミンジヒドロクロライドとの混合物である改良グリース試薬であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
従来各触媒別になされていた吸着段階をまとめて処理できる並列的方法で実施でき、触媒からの抽出液を、還元、発色させた後、吸光度を測定して容易に窒素酸化物を定量することができる。このため、時間と費用が著しく低減し、その定量結果においても従来の方法より優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、吸着段階、抽出段階、還元段階、発色段階および測定段階、を含んでなっている。各段階を化学的視点からみると、図1のようになる。図1には、窒素酸化物が触媒上に吸着され、これが抽出され、亜硝酸イオンに還元された後発色される一連の過程が示されている。
【0016】
吸着段階は、複数の触媒に対し窒素酸化物の含まれたガスを一括して同時に接触させることが本発明の特徴である。ここで使用される吸着装置は、特定な形態または構造を有するものに限定されるものではないが、好ましい形態の一例を挙げると、図2に示したような複数の触媒に対し同条件で吸着させることができる一括吸着装置である。この装置は、ガス注入、吸着、分析の3つの機能を有する部分からなっている。
【0017】
ガス注入部では、窒素酸化物を含む混合ガスが準備され、触媒のある吸着部に送り込まれる。このとき、水と反応しないガスと、水と反応するガスとに分けて注入することが好ましく、水と反応しない気体は、ガスの流量コントローラーで流量調節し、分析しようとするガス組成を作り、混合チャンバーを通じてガスを注入する。水と反応するガスあるいは水溶性のガスは、流量調節した後直接に吸着装置に注入するのがよい。
【0018】
吸着部では、対象とする多数の触媒が並べられ、それぞれにガス注入部で調製されたガスが流される。各触媒は、同じ温度で、同じ組成のガスと接触される。このために、加熱装置とともに、温度をモニタリングする熱電対(Thermocouple)が設置されるのが好ましい。吸着段階を経たガス組成及び圧力の変化を観察するために、分析部においてガス組成、ガス量、圧力などの測定できる装置が用意される。このような一括吸着装置を用いると、触媒のそれぞれに対し同じ条件で吸着を実施できる利点がある。
【0019】
次いで抽出段階に入る。この段階は、ガスが流された後の各触媒に溶媒が流されて吸着物が溶媒により抽出される段階である。抽出装置は、特定の形態及び構造に限定されるものではないが、多数の触媒を同時に処理するために一括して抽出されるのが好ましい。さらにこの装置は、各触媒をそれぞれ装着させる手段と、触媒に溶媒がよく接触させて抽出が効果的に行われるように一定な速さで触媒と溶媒の混合物を振盪させる手段とを備えていることが好ましい。好ましい一括抽出装置は、例えば図3のようなものがある。本発明に使用される溶媒としては、一般に窒素酸化物の抽出に使用できる溶媒であればよく特に限定されないが、具体的には、水、アルカリ性水溶液、酸性水溶液などがある。
【0020】
還元段階では、それぞれの抽出液にヒドラジンが加えられる。ヒドラジンにより抽出液中の窒素酸化物は亜硝酸イオン(NO2−)に還元される。ヒドラジンと窒素酸化物の反応は公知なものである。
【0021】
亜硝酸イオンを定量することにより、触媒上に吸着された窒素酸化物の量が計算できる。亜硝酸イオンの定量方法は、本発明は限定するものではないが、好ましい例として、グリース試薬(Griess)により発色させて光度計による定量方法がある。グリース試薬は、P.グリース(P.Griess)により考案された亜硝酸及び亜硝酸イオンの検出、定量用試薬であり、本発明ではさらにこれを一部改良したスルファニルアミド含有リン酸水溶液とN−(1−ナフチル)エチレンジアミンジヒドロクロライドとを混合して用いる改良グリース試薬が好ましい。リン酸水溶液は、通常5%程度で使用される。
【0022】
亜硝酸イオンは、例えば改良グリース試薬では反応してピンク色を呈する。ピンク色が濃いほど亜硝酸イオンが多く含まれていることを意味する。従って、各触媒からの抽出液について吸光度を測定することで触媒上の窒素酸化物が定量できる。このように、多数の試料を同時に、しかも簡単に定量できる方法を使用することにより、迅速な測定が可能となる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を通じて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
〔実施例〕
アルミナ「AldI」及び「AldII」〔ともに、アルドリッジ(Aldrich)社製〕、さらにこのアルミナに含浸法によりBa、Ca、Ptを含有させた「20%Ba/AldII」、「1%Pt/AldII」、「1%Pt/5%Ba/AldII、「10%Ca/AldII」、「1%Pt/20%Ba/AldII」および「NaY」を用意して、本発明による定量分析方法により窒素酸化物の量を測定した。
【0024】
測定は、それぞれの触媒200mgを同時に窒素酸化物を含むガスと接触させて窒素酸化物を吸着させた。それから20mgを取って、水15mLを加え5分間攪拌し、ろ過して抽出液とした。抽出液1mLに、CuSO溶液1mL〔750μg、CuSO・5HO/20mL(HO)〕、硫酸ヒドラジン溶液1mL〔45mg、硫酸ヒドラジンN・HSO/20mL(HO)〕、1N水酸化ナトリウム溶液2mLを添加した後、37℃で10分間還元させた。次いでこの溶液に改良グリース試薬を添加して発色させ、540nmでの吸光度を測定した。尚、改良グリース試薬は、スルファニルアミド0.3125gが入っている5%リン酸水溶液(リン酸5mL、水15mL)にN−(1−ナフチル)エチレンジアミンジヒドロクロライド0.025gを入れて調製した。発色した結果を、図4に示した。
【0025】
〔比較例〕
不均一系触媒に吸着された窒素酸化物の量を測定するために、これまで代表的に採用されていた温度調節脱着法(TPD)を利用し、実施例と同じ触媒に対し窒素酸化物の量を測定した。その結果を図5に示した。測定は、TPD方法に熟練した研究員により行われ、一つの触媒に約10時間、8種の触媒で合計80時間要した。
【0026】
TPDによる測定過程を図7に示した。この方法による場合一つの触媒に約10時間要しており、8個の触媒に対しては約80時間要することになる。一方、本発明の方法では8個の触媒でも約6時間あれば分析が可能である。
【0027】
図5は従来の定量分析方法であるTPDの測定であり、図6はTPD法と本発明による方法との相関関係を示すグラフである。TPDから得られたNO吸着量(x)と、本発明の発色液の吸光度(540nm)(y)は、y=7.0191x+0.0161(R=0.9987)の関係にある。図6から分かるように、両者は直線的な相関性があるということが確認でき、本発明では正確な結果を短い時間で得ることができるということが分かる。触媒の種類をさらに増やして実験を行えば、その時間の節減はより顕著となる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明による触媒の窒素酸化物吸着能測定方法は、多数の触媒を同時に吸着でき、吸着条件が同じになるので触媒間の窒素酸化物吸着量の評価が正確に実施できる。また、測定に要する時間を大幅に短縮できる。すなわち、多数の触媒についてその特性及び性能を、迅速且つ信頼性をもって評価することができることになる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明による吸着段階、抽出段階、還元段階、発色段階および測定段階の各段階を化学的視点からみた説明図である。
【図2】複数の触媒を一括吸着するに使用される装置の一例を示す図である。ここで、Fはフィルター、Mは流量コントローラー、MCは混合チャンバー、3WVは3方弁、Tはサーモカップル、Pは圧力ゲージ、MSは質量分析計である。
【図3】本発明による一括抽出及び還元反応に使用される装置の例を示す写真である。
【図4】本発明による方法により6時間吸着及び抽出した後に発色させた結果を示す写真である。ここで、A)は「AldI」、B)は「AldII」、C)は「NaY」、Dは「20%Ba/AldII」、E)は「1%Pt/AldII」、F)は「1%Pt/5%Ba/AldII」、G)は「10%Ca/AldII」、H)は「1%Pt/20%Ba/AldII」を示す。
【図5】従来の定量分析方法であるTPDの測定で、80時間、8種の触媒上の窒素酸化物の量を示したグラフである。ここでA)〜H)の意味は、図4と同様である。
【図6】TPD法と本発明による方法との相関関係を示すグラフである。
【図7】従来の定量分析方法であるTPDにより、10時間、水蒸気、一酸化窒素及び二酸化窒素を分析した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の触媒に対し一括して同時に窒素酸化物の含まれたガスと接触させる吸着段階;
溶媒を用いて前記触媒を同時に抽出する抽出段階;
前記抽出による抽出液に、ヒドラジンを加えて窒素酸化物を亜硝酸イオンに還元させる還元段階;
グリース試薬により発色させる発色段階;および
前記発色させた抽出液の吸光度を測定する測定段階;
を含むことを特徴とする触媒の窒素酸化物吸着能測定方法。
【請求項2】
前記抽出段階における溶媒は、水であることを特徴とする請求項1に記載の触媒の窒素酸化物吸着能測定方法。
【請求項3】
前記発色段階におけるグリース試薬は、スルファニルアミドを含有するリン酸水溶液とN−(1−ナフチル)エチレンジアミンジヒドロクロライドとの混合物である改良グリース試薬であることを特徴とする請求項1に記載の触媒の窒素酸化物吸着能測定方法。

【図1】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−38864(P2006−38864A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−215074(P2005−215074)
【出願日】平成17年7月25日(2005.7.25)
【出願人】(591251636)現代自動車株式会社 (1,064)
【出願人】(597101672)学校法人浦項工科大学校 (10)
【Fターム(参考)】