説明

触媒前駆体、酸化エチレン製造用触媒および酸化エチレンの製造方法

【課題】活性、選択率に優れ、かつ、経済性に優れた酸化エチレン製造用触媒を製造するための触媒前駆体を提供することである。
【解決手段】担体に触媒成分含有溶液を含浸して得られた触媒前駆体において、該触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が特定の範囲内とし、これを焼成して得られる酸化エチレン製造用触媒である。さらに該触媒の存在下に、エチレンを原料とし、分子状酸素含有ガスにより気相酸化することにより酸化エチレンを製造する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒前駆体、該触媒前駆体からなる酸化エチレン製造用触媒および該触媒を用いた酸化エチレンの製造方法に関する。詳しくは、本発明は、酸化エチレン選択性に優れ、高い選択率で酸化エチレンを製造しうる触媒前駆体、該触媒前駆体からなる酸化エチレン製造用触媒および該触媒を用いる酸化エチレンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化して酸化エチレンを製造する際に用いる酸化エチレン製造用触媒については、従来から数多くの文献が紹介されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、元素周期律表のIIIa−VIIaおよびIIIb−Vb族の第4、5および6周期の元素からなる群より選ばれた1種あるいは2種以上の化合物含むα−アルミナ担体に、銀を担持した触媒が開示されている。
【0004】
特許文献2には、担体に、銀、アルカリ金属、希土類およびレニウムを担持した触媒が開示されている。特許文献3には、担体に銀塩の炭化水素溶液を含浸させ、次いで空気に比べてより少ない酸素を含有した雰囲気中で加熱して得られる触媒が開示されている。
【0005】
特許文献4には、銀化合物と錯体形成剤化合物とを含有する溶液を担体に含浸後、雰囲気ガスの供給および排気可能な連続式加熱装置に投入し、加熱した雰囲気ガスを循環させて加熱処理し、次いで、該含浸担体に新しい加熱した雰囲気ガスを通過させて、そのうち90容量%以上を排気する処理を5分間以上行うことで得られる触媒が開示されている。特許文献5には、α−アルミナなどの担体に、銀、アルカリ金属、ホウ素及び硫黄成分からなり、レニウム及び遷移金属を含まない触媒が開示されている。
【0006】
特許文献1〜5に記載の触媒は、触媒性能に優れ、工業的に十分満足し得るものである。しかしながら、酸化エチレンの工業的生産規模は極めて大きく、選択率が僅かに向上するだけでも原料であるエチレンの使用量を著しく節約できることから、より優れた触媒性能を有する酸化エチレン製造用触媒の開発が依然として望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−363139号公報
【特許文献2】特開平7−8798号公報
【特許文献3】特表平10−503118号公報
【特許文献4】特開2002−126527号公報
【特許文献5】特開2006−524129号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、活性、選択率に優れ、かつ、経済性に優れた酸化エチレン製造用触媒を提供することである。
また、本発明の他の目的は、本発明の触媒の存在下で、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化して、効率よく酸化エチレンを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた。その結果、担体に触媒成分含有溶液を含浸する際に特定の条件で処理を施すことにより得られた触媒前駆体において、該触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が特定の範囲内にある場合、これを焼成して得られる酸化エチレン製造用触媒は触媒性能が向上することを見出し、かかる知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、アルミナを主成分とする担体に銀を担持した酸化エチレン製造用触媒の触媒前駆体であって、前記触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が30%以上であることを特徴とする触媒前駆体である。
【0011】
また、本発明は、本発明の触媒前駆体を焼成して得られることを特徴とする酸化エチレン製造用触媒である。更に、本発明は、本発明の触媒の存在下で、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化することを特徴とする酸化エチレンの製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の触媒前駆体を用いれば、活性および選択率に優れた酸化エチレン製造用触媒を製造することができる。また、本発明の酸化エチレン製造用触媒は、活性および選択率に優れ、酸化エチレンを効率よく製造することができる。更に、本発明の酸化エチレンの製造方法は、本発明の触媒の存在下に、エチレンを原料とし、分子状酸素含有ガスにより気相酸化することにより、高い生産性で酸化エチレンを製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
[触媒前駆体]
本発明の触媒前駆体は、アルミナを主成分とする担体(以下、単に担体ということがある)に銀を担持した酸化エチレン製造用触媒の触媒前駆体であって、前記触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が30%以上であることを特徴とする。本発明の触媒前駆体は、担体に触媒成分含有溶液を含浸した後、水不溶性銀量の割合が30%以上になるように処理することで得られる。
【0014】
本発明で用いるアルミナを主成分とする担体の具体的形態については特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、担体の組成については、アルミナを主成分とすること以外は特に制限されない。ここで、「アルミナを主成分とする」とは、担体におけるアルミナ(好ましくはα―アルミナ)の含有量が、担体の全質量100質量%に対して80質量%以上であることを意味する。担体におけるアルミナの含有量は、好ましくは85質量%以上であり、より好ましくは90質量%以上である。
【0015】
本発明に用いる担体はアルミナを主成分とするものであればその他の組成は特に制限されないが、例えば、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物や遷移金属の酸化物を含有しうる。これらの含有量についても特に制限はないが、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物の含有量は、酸化物換算で、好ましくは0〜5質量%であり、より好ましくは0.01〜4質量%である。また、遷移金属の酸化物の含有量は、酸化物換算で好ましくは0〜5質量%であり、より好ましくは0.01〜3質量%である。
【0016】
担体はまた、シリカ(酸化ケイ素)を通常含有する。担体におけるシリカの含有量についても特に制限はないが、好ましくは0.1〜5質量%であり、より好ましくは0.3〜3質量%である。なお、上述した担体の組成や各成分の含有量は、蛍光X線分析法を用いて決定されうる。
【0017】
担体の形状は特に制限されず、リング状、球状、円柱状、ペレット状など、従来公知の知見が適宜参照されうる。また、担体のサイズ(平均直径)についても特に制限はなく、好ましくは3〜20mmであり、より好ましくは5〜10mmである。
【0018】
担体のBET比表面積についても特に制限はないが、好ましくは0.03〜10m/gであり、より好ましくは0.5〜5.0m/gであり、さらに好ましくは0.6〜2.5m/gである。担体のBET比表面積が0.03m/g以上であれば、吸水率が十分に確保され、触媒成分の担持が容易となる。一方、担体のBET比表面積が10m/g以下であれば、担体の細孔径がある程度大きい値に維持され、製造された触媒を用いた酸化エチレン製造時の酸化エチレンの逐次酸化が抑制されうる。
【0019】
担体の細孔容積も特に制限されないが、好ましくは0.2〜0.6mL/gであり、より好ましくは0.3〜0.5mL/gであり、さらに好ましくは0.35〜0.45mL/gである。担体の細孔容積が0.2mL/g以上であれば、触媒成分の担持が容易となるという点で好ましい。一方、担体の細孔容積が0.6mL/g以下であれば、担体の強度が実用的な程度の確保されうるという点で好ましい。
【0020】
担体の吸水率についても特に制限はないが、好ましくは20〜60%であり、より好ましくは30〜50%である。担体の吸水率が20%以上であれば、触媒成分の担持が容易となる。一方、吸水率が60%以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうる。
【0021】
本発明の触媒成分含有溶液(以下、単に溶液ということがある)は銀を含む。触媒成分含有溶液を調製する方法については特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、銀化合物と銀錯体を形成するための錯化剤を含有する溶液を調製する。
【0022】
銀化合物の種類については特に制限はないが、例えば、硝酸銀、炭酸銀、シュウ酸銀、酢酸銀、プロピオン酸銀、乳酸銀、クエン酸銀、ネオデカン酸銀などが挙げられる。なかでも、有機酸銀であるシュウ酸銀、酢酸銀、プロピオン酸銀、乳酸銀、クエン酸銀、ネオデカン酸銀が好ましく、シュウ酸銀が特に好ましい。これら銀化合物は1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0023】
触媒成分含有溶液には、銀のほかに一般に反応促進剤として用いられる成分が含有されてもよい。反応促進剤の代表例としては、アルカリ金属、具体的にはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムが挙げられる。アルカリ金属のほかには、アルカリ土類金属、レニウム、タングステン、タリウム、クロム、モリブデンおよび硫黄などを挙げることができる。これらは1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。これらのうち、反応促進剤としてはセシウムが好適に用いられる。
【0024】
反応促進剤の原料としては、硝酸塩、炭酸塩、シュウ酸塩、ハロゲン化物、酢酸塩、硫酸塩などが挙げられる。
【0025】
錯化剤としては、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ピリジン、メチルアミン、ジエチレントリアミンなどが挙げられる。これらは1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0026】
本発明の触媒成分含有溶液においては、水は必ずしも含有していなくても本発明の目的を達成することは可能であるが、水を含有しているのが好ましい。水を含まない触媒成分含有溶液の場合、溶剤として有機溶媒が用いられることがあるが、有機溶媒は通常高価であり、引火性が高いものが多く、製造工程においてできるだけ少なくすることが望ましい。
【0027】
触媒成分含有溶液を担体に含浸する方法については特に限定は無く、従来公知の知見が適宜採用されうる。例えば、触媒成分含有溶液中に担体を浸漬する方法や該溶液を担体に噴霧する方法などが採用できるが、銀や反応促進剤などの触媒成分を担体上に可能な限り均一に担持できる含浸方法を選択することが好ましい。なお、触媒成分含有溶液を担体に含浸する際においては、担体を予め蒸留水やイオン交換水を用いて任意の回数、煮沸洗浄し、乾燥させておいてもよい。
【0028】
触媒成分含有溶液を担体に含浸する際に用いる含浸装置については特に制限はなく、担体に触媒成分含有溶液を含浸できる装置であればよい。例えば、ダブルコーン型の混合装置や転動造粒機、ロッキングミキサーなどを用いることができる。
【0029】
含浸に際しては、空気、酸素、窒素または水素などの流体を含浸容器内に吹き込みながら含浸することもできるし、含浸容器内を減圧しながら含浸を行っても良い。含浸は加熱しながら行うこともできる。
【0030】
触媒成分含有溶液の含浸は複数回に分けて行うこともできる。含浸を複数回に分けて行う場合、それぞれの含浸時には異なる成分を含む溶液を含浸してもよいし、同一の成分を含む溶液を含浸してもよい。
【0031】
本発明の触媒前駆体は、触媒成分含有溶液を含浸して得られた触媒前駆体中には銀が含有されているが、触媒前駆体中の総銀のうち、30%以上が水不溶性の銀であることを特徴とする。該前駆体中の水不要性の銀が30%未満であると、焼成して得られた触媒の性能が低くなり好ましくない。
【0032】
触媒前駆体中の水不溶性銀量を制御する方法については、触媒成分含有溶液を担体に含浸する際の含浸温度、含浸時間、含浸容器内の圧力、含浸時の雰囲気といった含浸条件や、触媒成分含有溶液を調製する際に使用する錯化剤の種類または量によって制御することができる。
【0033】
含浸時の温度が高いほど、また、含浸時間が長いほど、更には含浸容器内を減圧するほど触媒前駆体中の水不溶性銀量は増加する傾向があり、前記した含浸条件や錯化剤の種類および/または量を適宜組み合わせることもできる。
【0034】
触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量を30%以上に処理する場合の含浸温度(熱電対を触媒層に差し込み測定される、いわゆる含浸時の触媒層温度)は、含浸時間、含浸装置の伝熱、触媒成分含有溶液中の銀量、担体投入量、雰囲気ガス種類および錯化剤の種類、量等の影響を受けるため一概には言えないが、銀の還元がおこる温度であればよく、好ましくは100℃を超える温度、より好ましくは110℃〜250℃、更に好ましくは120℃〜200℃である。
【0035】
触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量を30%以上に処理する場合の含浸時間は、含浸温度、含浸装置の伝熱、触媒成分含有溶液中の銀量、雰囲気ガス種類および錯化剤の種類、量等の影響を受けるため一概には言えないが、前記の含浸温度にて5分以上保持することが好ましく、より好ましくは10分以上、更に好ましくは10〜60分保持することである。
【0036】
含浸後に不溶性銀量が30%未満の状態で触媒を取り出し、さらに賦活化のための加熱、濃縮、乾燥等の処理を施して不溶性銀量の割合が30%を超えても本願の発明の効果は得られない。
【0037】
本発明において、触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が30%以上であるとは、触媒前駆体に含有される総銀のうち、水に不溶性の銀が30%以上存在することを意味し、以下の式1にて算出される。
【0038】
触媒前駆体中の水不溶性銀量の割合(%)=(触媒前駆体中の水不溶性銀量(質量%)/触媒前駆体中の総銀量(質量%))×100 ・・・(式1)
触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合は30%以上であれば所期の目的を達成することができるが、好ましくは40%以上、より好ましくは50〜95%、更に好ましくは60〜90%である。触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が30%未満だと、焼成後に得られる酸化エチレン製造用触媒の触媒性能が低くなる傾向にある。
【0039】
触媒前駆体中の水不溶性の銀は、還元された金属銀であると考えられることから、本発明における触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合とは、換言すれば、触媒前駆体に含有する総銀量に対する金属銀の割合すなわち、銀の還元度であるという解釈もできる。
【0040】
触媒前駆体中の水不溶性銀は、触媒前駆体にイオン交換水を流通させることで洗浄し、水溶性の銀を触媒前駆体から除去した後も触媒前駆体に残存している銀である。
【0041】
触媒前駆体のイオン交換水での洗浄は、洗浄液に銀が検出されなくなるまで行われる。洗浄後の液を定期的にサンプリングし、サンプリング液に塩化ナトリウムを添加して白濁の有無を目視にて確認する。液の白濁は塩化銀が析出を意味し、洗浄液中に銀イオンが含まれることになる。洗浄はサンプリング液が白濁しなくなるまで行われ、白濁しなくなることで触媒前駆体中に含まれる水溶性銀が除去されたことになる。
【0042】
触媒前駆体中の水不溶性銀量の測定する方法は、洗浄後の触媒前駆体に含まれる水不溶性銀を濃硝酸にて溶解し、溶液中に含まれる銀を0.1mol/lのNaCl溶液にて滴定し定量することができる。滴定装置としては京都電子製自動滴定装置(AT−310J)を使用することができる。
【0043】
触媒前駆体中の総銀量は、前駆体焼成後の触媒中の総銀量である。触媒前駆体中の総銀量を測定する方法は水不溶性銀量の測定と同様の方法にて測定することができる。なお、触媒前駆体中の総銀量および触媒前駆体中の水不溶性銀量を測定する方法については実施例にて詳述する。
【0044】
触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量が30%以上になるように調整された触媒前駆体は、焼成工程に移される。すなわち、本発明の触媒前駆体とは、前記含浸が終了した時点の、焼成前の状態のものをいう。 [触媒前駆体の焼成]
前記触媒前駆体を焼成することで、本発明の最終目的物のひとつである酸化エチレン製造用触媒が完成する。すなわち、焼成は、得られた触媒前駆体から、エチレンの酸化反応に供するための酸化エチレン製造用触媒を製造する工程であり、実質的に触媒製造工程における最終段階である。
【0045】
触媒前駆体の焼成条件については、本発明の触媒前駆対中の総銀量に対する水不溶性銀量が30%以上の触媒前駆体を用いる以外は特に制限はなく、酸化エチレン製造用触媒を製造する際に通常採用されている焼成条件で行うことができる。
【0046】
本発明において、焼成は1段階または2段階以上で行ってもよい。中でも好ましくは、1段階目を空気雰囲気中で150〜250℃で0.1〜10時間、2段階目を空気雰囲気中で250〜450℃で0.1〜10時間処理したものが好適である。さらに好ましくは、3段階目を窒素、ヘリウム、アルゴンなどから選択される不活性ガス雰囲気中で450〜700℃で0.1〜10時間で処理したものが好ましい。
【0047】
また、焼成温度としては、700℃以下、好ましくは650℃以下、より好ましくは600℃以下が好ましく、焼成時間は特に制限はないが、一般的には1〜10時間であればよく、5時間以内でも所望の触媒性能を得ることができる。
【0048】
焼成時に流通させるガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴンなどから選択される不活性ガス雰囲気や、水蒸気 空気など分子状酸素を含有するガスを使用することもできるが、500℃を超える高温域で分子状酸素含有ガスを触媒に接触させると触媒性能が低下する傾向があるため、分子状酸素含有ガスを焼成に用いる場合は400℃以下の温度であることが望ましく、好ましくは200℃以下の温度域で使用するべきである。また、高温域での雰囲気には可能な限り酸素は含有していないガスを使用することが望ましい。
【0049】
触媒前駆体を焼成する装置については、特に制限はなく、上述した焼成温度、焼成時間または雰囲気などの焼成条件を選択できる装置であれば一般的な焼成装置を用いることができる。例えば、箱型焼成炉やトンネル型焼成炉などが使用できる。
[酸化エチレン製造用触媒]
本発明の酸化エチレン製造用触媒は、触媒前駆対中の水不溶性銀量が30%以上になるように調製された触媒前駆体を焼成処理することで得られる。
【0050】
本発明の酸化エチレン製造用触媒としては、触媒成分としての銀とセシウムなどの反応促進剤とを担持したものが好ましい。銀および反応促進剤の担持量については特に制限はなく、酸化エチレンの製造に有効な量で担持すればよい。例えば、銀の場合、その担持量は酸化エチレン製造用触媒の質量基準で、好ましくは1〜30質量%であり、より好ましくは5〜20質量%であり、さらに好ましくは8〜15質量%である。また反応促進剤の担持量は酸化エチレン製造用触媒の質量基準で、通常0.001〜2質量%であり、好ましくは0.01〜1質量%であり、より好ましくは0.1〜0.7質量%である。
【0051】
より詳細には、本発明の作用効果をより一層発揮させるという観点から、触媒成分としてアルカリ金属が用いられる場合のアルカリ金属の担持量(2種以上のアルカリ金属が用いられる場合は合計担持量)は、酸化エチレン製造用触媒の質量基準で、好ましくは0.001〜2質量%であり、より好ましくは0.01〜1質量%であり、さらに好ましくは0.02〜0.5質量%である。さらに、反応促進剤としてレニウムが用いられる場合のレニウムの担持量は、酸化エチレン製造用触媒の質量基準で、好ましくは0.001〜1質量%であり、より好ましくは0.005〜0.5質量%であり、さらに好ましくは0.01〜0.3質量%である。
【0052】
以下、本発明の触媒前駆体および酸化エチレン製造用触媒を製造する工程をまとめると、触媒成分含有溶液を調製する工程、担体に触媒成分含有溶液を含浸して触媒前駆体を得る工程、触媒前駆体を焼成して酸化エチレン製造用触媒を得る工程に大別することができる。
【0053】
本発明の触媒前駆体の特徴は、含浸工程終了後の触媒前駆体の総銀量に対する水不溶性銀量が30%以上であることであり、本発明の酸化エチレン製造用触媒の特徴は、総銀量に対する水不溶性銀量が30%以上である触媒前駆体を焼成して得られることである。
[酸化エチレンの製造方法]
本発明における酸化エチレンの製造方法は、触媒として本発明の酸化エチレン製造用触媒を使用する点を除けば、従来から一般に用いられている方法によって行うことができる。
【0054】
例えば、工業的製造規模における一般的な条件、すなわち反応温度150〜300℃、好ましくは180〜280℃、反応圧力2〜40kg/cmG、好ましくは10〜30kg/cmG、空間速度1,000〜30,000hr−1(STP)、好ましくは3,000〜8,000hr−1(STP)が採用される。触媒に接触させる原料ガスとしては、エチレン0.5〜40容量%、酸素3〜10容量%、炭酸ガス1〜20容量%、残部の窒素、アルゴン、水蒸気などの不活性ガスおよびメタン、エタンなどの低級炭化水素類からなり、さらに反応抑制剤としての二塩化エチレン、塩化ジフェニルなどのハロゲン化物を0.1〜10容量ppm含有するものが挙げられる。本発明の酸化エチレン製造方法において使用される分子状酸素含有ガスとしては空気、酸素および富化空気が挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
また、本実施例及び比較例において、各種パラメーターの測定は以下の手法及び条件にて行われた。なお、以下の説明において「部」は重量部を意味する。
【0056】
<触媒前駆体中総銀量測定>
触媒前駆体を焼成して得られる触媒に含まれる銀を定量すれば触媒前駆体中総銀量が測定される。測定方法は以下(a)〜(g)に示す通りである。
(a)焼成して得られた触媒量約10gを200mlコニカルビーカーに秤量する。
(b)約30mlの濃硝酸を加えて約5分間振とうする。
(c)イオン交換水を加え、液量を約100mlにし、約30分間煮沸する。
(d)触媒と煮沸液を分離する。
(e)分離した触媒に100mlのイオン交換水を加え、再度約30分間煮沸後、触媒と煮沸液を分離する。
(f)(e)を再度行い、煮沸液を全て回収する。(回収した煮沸液には触媒前駆体中の銀の全量が含まれる。煮沸液の銀量=触媒の総銀量)
(g)回収した煮沸液を任意量採取し、京都電子製自動滴定装置(AT−310J)にて銀を定量し、触媒中の総銀量を算出する。なお、滴定液は0.1mol/NaCl溶液を用いる。
<触媒前駆体中水不溶性銀量測定>
触媒前駆体中水不溶性銀量は、触媒前駆体を焼成前に洗浄した後、触媒中に残存する銀を定量することにより測定できる。
【0057】
(触媒前駆体の洗浄処理)
含浸終了後の触媒前駆体を約30g取り、精秤しておく。内径25mm、長さ200mmのガラス製チューブに精秤した触媒前駆体を静かに充填し、チューブ下部からイオン交換水を50ml/min.の流量で流通し、チューブ上部から流出させる。10分ごとにチューブ上部から流出した液を一部サンプリングし、サンプリング液に食塩を添加して塩化銀の生成によるサンプリング液の白濁の有無を確認する。サンプリングが白濁した場合、流出液中に銀イオンが存在することを意味し、つまりは触媒前駆体中に水溶性の銀が残存している(完全に水溶性の銀が除去されていない)ことを意味する。
【0058】
サンプリング液から白濁が見られなくなったのを確認してからも30分間イオン交換水の流通を続け、触媒前駆体より水溶性の銀を完全に除去する(このとき、触媒前駆対中には水不溶性の銀のみが残っている)。
【0059】
洗浄が終わったら、触媒前駆体をガラス製チューブより取り出し、焼成を行う。
その後、<触媒前駆体中総銀量測定>と同様にして、銀の溶解および自動滴定装置により銀量測定を行い、触媒前駆体中水不溶性銀量を定量する。
<触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀の割合>
式1を用い、触媒前駆体中総銀量および触媒前駆対中水不溶性銀量から、触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合を算出する。
<銀担持量>
銀担持量は触媒前駆対中総銀量から以下の式2を用いて算出する。
【0060】
銀担持率(質量%)=(触媒前駆体中総銀量(質量)/触媒量(質量))×100 ・・・(式2)
(実施例1)
【0061】
表面積1.1m2/g、吸水率40%のアルミナ担体A(外径8mm、内径4mm、長さ8mm)1リットルにイオン交換水1リットルを加え、常圧下で30分間煮沸洗浄した後、洗浄液を除去し、イオン交換水で洗浄した。さらに、この煮沸洗浄を2回繰り返した後、120℃で3時間乾燥した。上記処理後の担体100質量部を100℃で1時間脱気した。以下、実施例1から12および比較例1〜4には同じ担体Aを使用した。
【0062】
一方、シュウ酸銀28質量部、硝酸セシウム0.18質量部にエチレンジアミン11.7質量部、水27.0質量部を加えて溶解させ、触媒成分含有溶液を調製した。
【0063】
上記処理後の担体100質量部を内容量1000mlのナスフラスコに入れ、次いで上記で調製した触媒成分含有溶液を加えた。担体および触媒成分含有溶液を添加したナスフラスコをロータリーエバポレーターにセットし、含浸温度125℃にて15分間回転、触媒前駆体(A−1)を得た。触媒前駆体(A−1)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は35.0%であった。その後、熱風乾燥機を用い、空気気流中400℃で20分加熱処理を行った。さらにこれを窒素雰囲気中にて550℃で3時間加熱処理し、触媒(B−1)を得た。触媒(B−1)の銀担持率は14.6質量%であった。
【0064】
(実施例2)
125℃での保持時間10分のうち残り5分間を0.05MPaで減圧すること以外は実施例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−2)ならびに触媒(B−2)を得た。触媒前駆体(A−2)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は51.3%、触媒(B−2)の銀担持量は14.5質量%であった。
【0065】
(実施例3)
125℃での保持時間が20分、保持時間の残り5分間を0.05MPaで減圧すること以外は実施例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−3)ならびに触媒(B−3)を得た。触媒前駆体(A−3)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は76.5%、触媒(B−3)の銀担持量は14.5質量%であった。
【0066】
(実施例4)
125℃での保持時間が40分、保持時間の残り5分間を0.05MPaで減圧すること以外は実施例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−4)ならびに触媒(B−4)を得た。触媒前駆体(A−4)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は97.8%、触媒(B−4)の銀担持量は14.7質量%であった。
【0067】
(実施例5)
含浸温度が140℃であること以外は実施例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−5)ならびに触媒(B−5)を得た。触媒前駆体(A−5)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は47.8%、触媒(B−5)の銀担持量は14.7質量%であった。
【0068】
(実施例6)
含浸温度が140℃であること以外は実施例2と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−6)ならびに触媒(B−6)を得た。触媒前駆体(A−6)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は66.3%、触媒(B−6)の銀担持量は14.6質量%であった。
【0069】
(実施例7)
含浸温度が140℃であること以外は実施例3と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−7)ならびに触媒(B−7)を得た。触媒前駆体(A−7)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は87.2%、触媒(B−7)の銀担持量は14.6質量%であった。
【0070】
(実施例8)
含浸温度が140℃であること以外は実施例4と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−8)ならびに触媒(B−8)を得た。触媒前駆体(A−8)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は98.1%、触媒(B−8)の銀担持量は14.5質量%であった。
【0071】
(実施例9)
含浸温度が190℃であること以外は実施例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−9)ならびに触媒(B−9)を得た。触媒前駆体(A−9)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は82.9%、触媒(B−9)の銀担持量は14.6質量%であった。
【0072】
(実施例10)
含浸温度が190℃であること以外は実施例2と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−10)ならびに触媒(B−10)を得た。触媒前駆体(A−10)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は92.6%、触媒(B−10)の銀担持量は14.6質量%であった。
【0073】
(実施例11)
含浸温度が190℃であること以外は実施例3と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−11)ならびに触媒(B−11)を得た。触媒前駆体(A−11)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は98.7%、触媒(B−11)の銀担持量は14.5質量%であった。
【0074】
(実施例12)
含浸温度が190℃であること以外は実施例4と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(A−12)ならびに触媒(B−12)を得た。触媒前駆体(A−12)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は99.5%、触媒(B−12)の銀担持量は14.5質量%であった。
【0075】
<評価例>
実施例1〜12にて得られた触媒(B−1)〜(B−12)を、600〜850メッシュに篩い分け、それぞれ1.2gを内径3mm、管長600mmのステンレス鋼製の反応管に充填し、下記反応条件下にてエチレンの気相酸化反応をそれぞれ行った。
(エチレン気相酸化反応条件)
空間速度 :6000hr−1
反応圧力 :20kg/cm2
原料ガス :エチレン22容量%、酸素6.5容量%、二酸化炭素5.0容量%、
二塩化エチレン2ppm および 残余(メタン、窒素、アルゴン
およびエタン)
エチレン転化率が10%のときの反応温度および酸化エチレンの選択率を表1に示す。なお、酸化エチレン製造時の転化率および選択率は、それぞれ下記の式2および式3に従って算出した。
【0076】
転化率(%)=(反応したエチレンのモル数 / 原料ガス中のエチレンのモル数)×100 ・・・(式3)
【0077】
選択率(%)=(酸化エチレンに変化したエチレンのモル数 / 反応したエチレンのモル数) × 100 ・・・(式4)
実施例1〜12で触媒前駆体の水不溶性銀量は35〜99.5質量%であり、当該前駆体を焼成して得られた触媒の選択率は82.1〜82.6%であった。
【0078】
(比較例1)
含浸温度が60℃、保持時間が20分、保持時間の残り5分間を0.05MPaで減圧すること以外は実施例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(a−1)ならびに触媒(b−1)を得た。触媒前駆体(a−1)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は0.05%、触媒(b−3)の銀担持量は14.8質量%であった。
【0079】
(比較例2)
60℃での保持時間が40分であること以外は比較例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(a−2)ならびに触媒(b−2)を得た。触媒前駆体(a−2)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は0.06%、触媒(b−2)の銀担持量は14.6質量%であった。
【0080】
(比較例3)
含浸温度が90℃であること以外は比較例1と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(a−3)ならびに触媒(b−3)を得た。触媒前駆体(a−3)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は15.0%、触媒(b−3)の銀担持量は14.7質量%であった。
【0081】
(比較例4)
含浸温度が90℃であること以外は比較例2と同様の条件にて調製を行い、触媒前駆体(a−4)ならびに触媒(b−4)を得た。触媒前駆体(a−4)中の総銀量に対する水不溶性銀の割合は21%、触媒(b−4)の銀担持量は14.7質量%であった。
比較例1〜4の触媒(b−1)〜(b−4)について、実施例と同様の評価条件での、エチレン転化率が10%のときの反応温度および酸化エチレンの選択率を表2に示す。
比較例1〜4の触媒前駆体の水不溶性銀量は30%未満であり、当該前駆体を焼成して得られた触媒の選択率は81.3%〜81.8%であった。
【0082】
【表1】

【0083】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、高い生産性で酸化エチレンを製造することができるので、経済性の面から、その産業上の利用価値は極めて大きい。また、二酸化炭素の副生を低減できるので、地球温暖化対策に多大の貢献をなすものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナを主成分とする担体に銀を担持した酸化エチレン製造用触媒の触媒前駆体であって、前記触媒前駆体中の総銀量に対する水不溶性銀量の割合が30%以上であることを特徴とする触媒前駆体。
【請求項2】
請求項1に記載の触媒前駆体を焼成して得られる、酸化エチレン製造用触媒。
【請求項3】
請求項2に記載の酸化エチレン製造用触媒の存在下で、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化することを特徴とする、酸化エチレンの製造方法。

【公開番号】特開2012−75985(P2012−75985A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221015(P2010−221015)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】