説明

触媒電極層の評価方法

【課題】本発明は、触媒電極層に含まれる触媒を評価する精度の向上を図ることを第1の目的とし、燃料電池セルに含まれる触媒電極層について、触媒電極層に含まれる触媒の評価を容易にすることを第2の目的とする。
【解決手段】燃料電池セルに含まれる触媒電極層の評価方法は、燃料電池セルの一方の触媒電極層に水素を供給し、燃料電池セルの他方の触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で、燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを取得する取得工程と、取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムを用いて燃料電池セルの他方の触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう評価工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極接合体に含まれる触媒電極層の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、触媒電極層を備える膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)について、触媒電極層に含まれるPt等の触媒の評価をおこなうための種々の技術が知られている。例えば、サイクリックボルタンメトリー測定(cyclic voltammetry:CV測定)により得られるサイクリックボルタモグラム(cyclic voltammogram)に現れる特性から、触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう技術が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−186617号公報
【特許文献2】特開2010−080166号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ECS Trans(1)403−410
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、サイクリックボルタモグラムから触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう場合、膜電極接合体のアノード側とカソード側の間の濃淡電池の影響により、水素発生電流が発生し、この影響により、触媒固有の特性が現れないという問題があった。また、評価対象の触媒電極層が燃料電池セルに組み込まれている場合には、燃料電池セルの構造上、評価をおこなうことが容易ではなかった。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、触媒電極層に含まれる触媒を評価する精度の向上を図ることを第1の目的とする。また、燃料電池セルに含まれる触媒電極層について、触媒電極層に含まれる触媒の評価を容易にすることを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本願発明は、以下の態様または適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]
燃料電池セルに含まれる触媒電極層の評価方法であって、
前記燃料電池セルの一方の触媒電極層に水素を供給し、前記燃料電池セルの他方の触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で、前記燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを取得する取得工程と、
前記取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムを用いて前記燃料電池セルの前記他方の触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう評価工程と、を備える触媒電極層の評価方法。
【0009】
この構成によれば、燃料電池セルの触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で取得したサイクリックボルタモグラムを用いて触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなうため、燃料電池セルに含まれる触媒電極層について、触媒電極層に含まれる触媒の評価を容易にすることができる。
【0010】
[適用例2]
適用例1に記載の触媒電極層の評価方法は、さらに、
前記燃料電池セルについてのサイクリックボルタモグラムを取得した後に、前記燃料電池セルの前記一方の触媒電極層に所定のガスを供給し、前記燃料電池セルの前記他方の触媒電極層に窒素を供給して前記フッ素溶媒のパージをおこなっている状態で、前記燃料電池セルの開回路電圧を取得する工程と、
前記開回路電圧が所定値となったときに、前記パージを終了する工程と、を備える触媒電極層の評価方法。
【0011】
この構成によれば、燃料電池セルの開回路電圧に応じて、触媒電極層に供給されたフッ素溶媒のパージを終了することができるため、燃料電池セルに含まれる触媒電極層について、触媒電極層に含まれる触媒の評価を容易にすることができる。
【0012】
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、白金をシェル、白金以外の金属をコアとしたコアシェル触媒におけるコアの露出についての評価をおこなう、触媒電極層の評価方法。
【0013】
この構成によれば、燃料電池セルの触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で取得したサイクリックボルタモグラムを用いて触媒電極層に含まれるコアシェル触媒の評価をおこなうため、コアシェル触媒におけるコアの露出を容易に評価することができる。
【0014】
[適用例4]
適用例1または適用例2に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記取得工程は、電位掃引速度の異なる複数のサイクリックボルタモグラムを取得し、
前記評価工程は、さらに、
前記複数のサイクリックボルタモグラムから前記触媒の水素吸着電気量を推定する工程と、
推定された前記触媒の水素吸着電気量から前記触媒の電気化学的比表面積を算出する工程と、を備える、触媒電極層の評価方法。
【0015】
この構成によれば、複数のサイクリックボルタモグラムから推定された触媒の水素吸着電気量を用いて触媒の電気化学的比表面積を算出するため、触媒の電気化学的比表面積を算出する精度の向上を図ることができる。
【0016】
[適用例5]
適用例1または適用例2に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、前記取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムに現れる触媒固有のピークを用いて前記他方の触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう、触媒電極層の評価方法。
【0017】
この構成によれば、取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムに現れる触媒固有のピークを用いて触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなうため、触媒電極層に含まれる触媒を評価する精度の向上を図ることができる。
【0018】
[適用例6]
適用例3に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、前記取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムに現れる前記コアとした金属固有のピークを用いてコアの露出についての評価をおこなう、触媒電極層の評価方法。
【0019】
この構成によれば、取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムに現れるコア金属固有のピークを用いてコアの露出についての評価をおこなうため、触媒電極層に含まれる触媒を評価する精度の向上を図ることができる。
【0020】
[適用例7]
適用例4に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、前記複数のサイクリックボルタモグラムに現れる所定の領域の面積から電気量を算出し、算出した電気量と電位掃引速度との関係から前記触媒の水素吸着電気量を推定する、触媒電極層の評価方法。
【0021】
この構成によれば、サイクリックボルタモグラムに現れる所定の領域の面積から算出された電気量と電位掃引速度との関係から触媒の水素吸着電気量を推定するため、触媒電極層に含まれる触媒を評価する精度の向上を図ることができる。
【0022】
[適用例8]
適用例1ないし適用例7のいずれかに記載の触媒電極層の評価方法において、
前記燃料電池セルは、前記他方の触媒電極層に接する撥水性のガス拡散層を備え、
前記フッ素溶媒は、前記ガス拡散層を介して前記他方の触媒電極層に供給される、触媒電極の評価方法。
【0023】
この構成によれば、燃料電池セルの触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で取得したサイクリックボルタモグラムを用いて触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなうため、燃料電池セルがガス拡散層を備えていても、触媒電極層に含まれる触媒の評価を容易にすることができる。
【0024】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、上記評価方法を実行する評価装置や、上記評価方法を実行する評価部を備える燃料電池システムのほか、上記評価方法を用いた膜電極接合体の評価方法、上記評価方法を用いた燃料電池セルの評価方法、および、上記評価方法を評価装置に実行させるための制御プログラムなどの形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】第1実施例における評価装置や評価対象の全体構成を説明するための説明図である。
【図2】第1実施例における評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図3】第1実施例に係る評価方法により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図4】プロトン吸着域において燃料電池セルに流れる電流を説明するための説明図である。
【図5】比較例1により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図6】比較例2により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図7】比較例3により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図8】本評価方法を燃料電池セルの製造工程に適用したときの効果を説明するための説明図である。
【図9】第2実施例における評価装置や評価対象の全体構成を説明するための説明図である。
【図10】第2実施例における溶媒取り出し処理の手順を示すフローチャートである。
【図11】第3実施例における評価対象の触媒電極層を説明するための説明図である。
【図12】第3実施例の評価対象から得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図13】Pt単体を触媒とする燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図14】Pd単体を触媒とする燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。
【図15】本評価方法を膜電極接合体の製造工程に適用したときの効果を説明するための説明図である。
【図16】プロトン吸着域の電気量を説明するための説明図である。
【図17】領域電気量とスイープ速度との関係を例示した説明図である。
【図18】本評価方法による効果を例示した説明図である。
【図19】ECSA維持率および比活性率と電位サイクル数との関係を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
次に、本発明の実施の形態を実施例に基づいて説明する。
【0027】
A.第1実施例:
A−1.全体構成:
図1は、第1実施例における評価装置や評価対象の全体構成を説明するための説明図である。評価装置100は、例えば、製造された燃料電池セル200の良否の検査をおこなうときなどに用いられる装置であり、燃料電池セル200に含まれる触媒電極層の状態についての評価をおこなう。評価対象となる触媒電極層を含む燃料電池セル200の構成については後述する。
【0028】
評価装置100は、燃料電池セル200のカソード側にフッ素溶媒を供給するための溶媒供給系110と、燃料電池セル200のアノード側に水素を供給するための水素供給系130と、燃料電池セルの電気的特性を測定するための測定部150と、を備える。なお、本実施例では、説明の便宜のため、燃料電池セル200のアノード側とカソード側とを区別して説明しているが、本発明に係る評価方法は、燃料電池セル200のアノード側とカソード側とを区別する必要が無く、評価対象とする触媒電極層側にフッ素溶媒を供給し、他方の触媒電極層側に水素を供給する構成であればよい。本実施例では、燃料電池セル200のカソード225を評価対象とする。
【0029】
溶媒供給系110は、フッ素溶媒を収容するためのタンク111と、フッ素溶媒を圧送するためのポンプ112と、供給側三方弁113と、窒素ガスを所定の流量で供給可能な窒素供給部114と、加熱部115と、冷却部116と、排出側三方弁117と、を備えている。溶媒供給系110は、燃料電池セル200のカソード225にフッ素溶媒を供給するために、タンク111から、供給流路119a、ポンプ112、供給流路119b、供給側三方弁113、供給流路119c、加熱部115、および、供給流路119dを介して、燃料電池セル200のカソードガス流路CGCにフッ素溶媒を供給する。カソードガス流路CGCに供給されたフッ素溶媒は、カソード側拡散層237を介してカソード225に供給される。
【0030】
フッ素溶媒としては、例えば、パーフルオロハイドロカーボンを用いることができる。本実施例では、3M社のフロリナート(FC−3283)を使用している。使用するフッ素溶媒は、以下の特徴があれば、上記以外の溶媒を使用することができる。すなわち、カソード側拡散層237やカソード225に入り込むように表面張力が小さい溶媒であり、カソード225に含まれているアイオノマーや触媒と反応しない溶媒であり、沸点温度が低い、または/および、揮発性の溶媒であればよい。沸点温度が低い、または/および、揮発性の溶媒であれば、カソード225に供給された後に、ドライガスなどの供給により、カソード225から容易に取り除くことができるためである。
【0031】
また、溶媒供給系110は、窒素供給部114から、供給流路119h、供給側三方弁113、供給流路119c、加熱部115、および、供給流路119dを介して、燃料電池セル200のカソードガス流路CGCに窒素ガスを供給する。溶媒供給系110は、カソードガス流路CGCに窒素ガスを供給することにより、燃料電池セル200のカソード225に充填されたフッ素溶媒を、排出流路119e、冷却部116、排出流路119f、排出側三方弁117、および、回収流路119gを介して、タンク111に回収する。また、溶媒供給系110は、燃料電池セル200のカソードガス流路CGCに供給された窒素ガスを、排出流路119e、冷却部116、排出流路119f、排出側三方弁117、および、排出流路119iを介して、評価装置100の外部に排出する。
【0032】
加熱部115は、供給流路119cと供給流路119dとの間に配置され、燃料電池セル200に供給される窒素ガスを加熱することができる。冷却部116は、排出流路119eと排出流路119fとの間に配置され、燃料電池セル200から排出されるフッ素溶媒や窒素ガスを冷却することができる。
【0033】
水素供給系130は、水素ガスを所定の流量で水素供給部131と、加湿部132と、を備えている。水素供給系130は、燃料電池セル200のアノード224に水素を供給するために、水素供給部131から、供給流路139a、加湿部132、および、供給流路139bを介して、燃料電池セル200のアノードガス流路AGCに水素ガスを供給する。アノードガス流路AGCに供給された水素は、アノード側拡散層236を介してアノード224に供給される。また、水素供給系130は、燃料電池セル200のアノード224に供給された水素を含むガスを、排出流路139cを介して、評価装置100の外部に排出する。加湿部132は、供給流路139aと供給流路139bとの間に配置され、燃料電池セル200に供給される水素ガスを加湿することができる。
【0034】
測定部150は、サイクリックボルタンメトリー測定(以後、単に「CV測定」とも呼ぶ)を実施するための電気化学系汎用ポテンシオガルバノスタットであり、燃料電池セル200に所定の電圧を印加し、生じる電流を検出することによりサイクリックボルタモグラムを得ることができる。測定部150は、配線154によってアノード側セパレータ240と電気的に接続され、配線155によってカソード側セパレータ250と電気的に接続されている。
【0035】
評価対象となる触媒電極層を含む燃料電池セル200の構成について例示する。燃料電池セル200は、燃料電池を構成する単位モジュールであり、水素ガスと空気に含まれる酸素との電気化学反応により発電をおこなうことができる。燃料電池セル200は、電解質膜221の各面に触媒電極層であるアノード224およびカソード225が形成された膜電極接合体(MEAとも呼ばれる)220の両側に一対のガス拡散層(アノード側拡散層236およびカソード側拡散層237)を配置した発電体230と、発電体230を挟持する一対のセパレータ(アノード側セパレータ240およびカソード側セパレータ250)によって構成されている。
【0036】
電解質膜212は、フッ素系樹脂材料あるいは炭化水素系樹脂材料で形成された固体高分子膜であり、湿潤状態において良好なプロトン導電性を有する。アノード224、および、カソード225は、例えば、電気化学反応を進行する触媒金属(例えば、PtやPd)を担持したカーボン粒子(触媒担持担体)と、プロトン伝導性を有する高分子電解質(例えばフッ素系樹脂)を含んで構成されている。本実施例では、触媒金属としてPtの単体が使用されている。アノード側拡散層236およびカソード側拡散層237は、ガス透過性および電子伝導性を有する部材によって構成されており、例えば、カーボンクロスやカーボンペーパなどの多孔質カーボン製部材により形成され撥水性を備えている。
【0037】
アノード側セパレータ240およびカソード側セパレータ250は、ガス遮断性および電子伝導性を有する部材によって構成されており、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボン等のカーボン製部材や、プレス成形したステンレス鋼などの金属部材によって形成されている。アノード側セパレータ240およびカソード側セパレータ250は、表面にガスや液体が流通する流路を形成するための凹凸形状を有している。アノード側セパレータ240は、アノード側拡散層236との間に、ガスや液体が流通可能なアノードガス流路AGCを形成している。カソード側セパレータ250は、カソード側拡散層237との間に、ガスや液体が流通可能なカソードガス流路CGCを形成している。
【0038】
なお、本発明に係る評価方法は、燃料電池セル以外にも適用可能であり、例えば、セル化される前の膜電極接合体220や、燃料電池セル200を複数積層したスタック構造を備える燃料電池に対しても適用することができる。
【0039】
A−2.評価方法:
評価装置100を用いた本発明に係る触媒電極層の評価方法について説明する。図2は、第1実施例における評価方法の手順を示すフローチャートである。以下の手順は、ユーザが評価装置100を操作することによりおこなわれる。はじめに、燃料電池セル200にフッ素溶媒と水素ガスの供給をおこなう(ステップS110)。具体的には、溶媒供給系110を操作して、カソードガス流路CGCを介してカソード225にフッ素溶媒を供給し、カソード225をフッ素溶媒に浸した状態にする。また、水素供給系130を操作して、アノードガス流路AGCを介して加湿した水素ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノード224に供給する。アノード224やカソード225の温度は、40(℃)であり、アノード224の露点は40(℃)である(カソードは水没)。
【0040】
カソード225がフッ素溶媒に浸され、アノード224に水素が供給されている状態で燃料電池セル200のCV測定をおこなう(ステップS120)。具体的には、測定部150を操作し、燃料電池セル200に印加する電圧範囲を0〜1.0(V)とし、スイープ速度を50(mV/sec)とした状態で、燃料電池セル200に流れる電流(A)を計測する。得られた電圧と電流との関係から、燃料電池セル200についてのサイクリックボルタモグラムを得ることができる。得られたサイクリックボルタモグラムの内容や、サイクリックボルタモグラムと触媒電極層との関係については、後述する。
【0041】
CV測定をおこなった後、カソード225からフッ素溶媒の取り出しをおこなう(ステップS130)。具体的には、溶媒供給系110を操作して、加温された窒素ガスをカソード225に供給することにより、フッ素溶媒のパージをおこなう。窒素ガスによるパージにより、カソード225やカソード側拡散層237などに滞留していたフッ素溶媒は、排出流路125を介して燃料電池セル200の外部に排出される。排出流路125に排出されたフッ素溶媒は、冷却部116により冷却された後、タンク111に回収される。以上が触媒電極層を評価するための手順である。
【0042】
A−3.評価結果:
図3は、第1実施例に係る評価方法により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図3において、縦軸は、測定部150により検出した燃料電池セル200を流れる電流(A)を示し、縦軸は、測定部150により燃料電池セル200に印加した電圧(V)を示している。
【0043】
図3に示すように、本評価方法では、評価対象の触媒電極層(カソード225)をフッ素溶媒で浸した状態でCV測定をおこなっているため、触媒(Pt)のプロトン吸着域(例えば、0〜0.4V、−0.09〜0A)において、アノード224とカソード225の濃淡電池の影響が抑制され、評価対象の触媒電極層(カソード225)に含まれる触媒(Pt)固有の2つのピーク(例えば、0.1V、0.25V)を確認することができる。この2つのピークは、一方がミラー指数でいう110面と対応し、他方が100面と対応していると考えられる。
【0044】
図4は、プロトン吸着域において燃料電池セルに流れる電流を説明するための説明図である。図4(a)は、水素吸着電流を説明するための説明図であり、図4(b)は、水素発生電流を説明するための説明図である。プロトン吸着域において、燃料電池セル200に流れる電流には、触媒(Pt)にプロトンが吸着することにより生じる水素吸着電流のほか、アノード224とカソード225の濃淡電池により生じる水素発生電流が含まれている。水素吸着電流は、カソード225において、図4(a)に示すように、触媒(Pt)の表面にプロトンが吸着することにより、以下の式(1)の反応が起きるために生じる電流である。
【0045】
【数1】

【0046】
一方、水素発生電流は、アノード224とカソード225の濃淡の差異により、カソード225において、図4(b)に示すように、触媒(Pt)の表面のプロトンが脱離して水素が発生することにより、以下の式(2)の反応が起き、プロトンが脱離した箇所に新たにプロトンが吸着することにより、式(1)の反応が起きるために生じる電流である。
【0047】
【数2】

【0048】
本評価方法では、評価対象の触媒電極層(カソード225)をフッ素溶媒で浸した状態でCV測定をおこなっているため、濃淡電池に起因する水素発生電流の発生を抑制することができ、サイクリックボルタモグラムから触媒(Pt)の表面積と相関のある水素吸着電流を検出する精度の向上を図ることができる。
【0049】
A−4.比較例1:
ここでは、比較例1として、燃料電池セル200のカソード225にフッ素溶媒の代わりに窒素ガスを供給した状態でCV測定をおこなったときのサイクリックボルタモグラムを示す。比較例1では、加湿した窒素ガスを供給流量0.5(NL/min)でカソード225に供給し、加湿した水素ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノード224に供給した。アノード224やカソード225の温度は80(℃)であり、露点は80(℃)である。燃料電池セル200に印加する電圧範囲を0.05〜1.0(V)とし、スイープ速度を50(mV/sec)とした。
【0050】
図5は、比較例1により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図5の縦軸は、燃料電池セル200を流れる電流(A)を示し、縦軸は、燃料電池セル200に印加した電圧(V)を示している。図5に示すように、プロトン吸着域において、アノード224とカソード225の濃淡電池の影響により、0.2(V)近傍において、水素発生電流が流れるため、燃料電池セル200に使用されている触媒(Pt)固有のピークを確認することができない。よって、カソード225に窒素ガスを供給してCV測定をおこなった場合には、触媒の評価は容易ではない。なお、プロトン脱離域から触媒を評価する方法も存在するが、この場合も評価が容易ではない理由については、第4実施例で説明する。
【0051】
A−5.比較例2、3:
ここでは、比較例2、3として、カソード225にフッ素溶媒の代わりに水を供給した状態でCV測定をおこなったときのサイクリックボルタモグラムを示す。比較例2では、燃料電池セル200の代わりに膜電極接合体220の単体を検査対象とし、比較例3では、燃料電池セル200を検査対象とした。比較例2では、カソード225を水で浸した状態にし、加湿した水素ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノード224に供給した。一方、比較例3では、燃料電池セル200のカソードガス流路CGCに水を供給し、加湿した水素ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノード224に供給した。比較例2、3とも、アノード224やカソード225の温度は、40(℃)であり、アノード224の露点は40(℃)である。燃料電池セル200に印加する電圧範囲を0〜1.0(V)とし、スイープ速度を50(mV/sec)とした。
【0052】
図6は、比較例2により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図7は、比較例3により得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図6、7の縦軸は、燃料電池セル200を流れる電流(A)を示し、縦軸は、燃料電池セル200に印加した電圧(V)を示している。比較例2では、検査対象の膜電極接合体220は、カソード225が水で浸された状態となっているため、アノード224とカソード225の濃淡電池の影響が抑制され、図6に示すように、触媒電極層(カソード225)に含まれる触媒(Pt)固有のピークを確認することができる。
【0053】
しかし、比較例3では、カソード側拡散層237が撥水性を有しているため、カソード側拡散層237の撥水性の影響により、燃料電池セル200のカソードガス流路CGCに供給された水が評価対象の触媒電極層(カソード225)に行き渡らず、アノード224とカソード225の濃淡電池の影響により、水素発生電流が流れるため、燃料電池セル200に使用されている触媒(Pt)固有のピークを確認することができない。よって、カソード225に水を用いてCV測定をおこなう場合には、検査対象の触媒電極層が燃料電池セルに組み込まれている場合には触媒の評価は容易ではなかった。
【0054】
以上説明した、第1実施例における評価方法によれば、燃料電池セル200の触媒電極層(カソード225)をフッ素溶媒に浸した状態で取得したサイクリックボルタモグラムを用いて触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなうため、燃料電池セルに含まれる触媒電極層について、触媒電極層に含まれる触媒の評価を容易にすることができる。具体的には、評価対象の触媒電極層に供給する液体として、フッ素溶媒を使用することで、カソードガス流路CGCから撥水性のカソード側拡散層237を通って触媒電極層(カソード225)にフッ素溶媒が入り込むことができる。これにより、触媒電極層をフッ素溶媒によって十分に浸すことができる。よって、燃料電池セルに組み込まれた触媒電極層であっても、アノード224とカソード225の濃淡電池により生じる水素発生電流を抑制して、触媒の表面状態と相関のある水素吸着電流を精度よく検出することができる。サイクリックボルタモグラムに現れる水素吸着電流のピークは、触媒金属により異なるため、例えば、ピークの位置から触媒の種類を推定することができる。また、水素吸着電流のピークは、触媒の表面積と相関しているため、触媒のピークから、例えば、触媒の比表面積や触媒の形態変化を推定することができる。
【0055】
図8は、本評価方法を燃料電池セルの製造工程に適用したときの効果を説明するための説明図である。比較例2で示したように、触媒電極層(カソード225)を水で浸して触媒電極層の評価をおこなう場合には、図8(a)に示すように、セル化する前の膜電極接合体220の状態でおこなう必要があった。すなわち、図8(b)に示すように、セル化した後に、燃料電池セルに水を供給することにより、触媒電極層の評価をしようとしても、比較例3で示したように、カソードガス流路CGCから供給される水がカソード225に行き渡らず、アノード224とカソード225の濃淡電池の影響により、カソード225に含まれる触媒固有のピークが確認することができなかった。よって、水を使用して触媒電極層の評価をおこなう方法は、出荷時の検査や、車検等、セル化後さらにスタックされた状態ではおこなうことができなかった。
【0056】
また、比較例1で示したように、カソード225に窒素を供給して触媒電極層(カソード225)の評価をおこなう場合には、図8(b)に示すように、セル化した後であってもカソード225に窒素を供給することができるが、アノード224とカソード225の濃淡電池の影響により、カソード225に含まれる触媒固有のピークが確認することができなかった。
【0057】
一方、第1実施例における評価方法を用いれば、図8(b)に示すように、セル化した後であっても触媒電極層(カソード225)にフッ素溶媒を供給することができるため、濃淡電池の影響を抑制して触媒電極層の評価をおこなうことができる。すなわち、第1実施例における評価方法を用いれば、出荷時の検査や車検等においても触媒電極層の評価をおこなうことができる。
【0058】
B.第2実施例:
第1実施例では、燃料電池セル200に含まれる触媒電極層(カソード225)の評価手順(図2)において、カソード225に滞留しているフッ素溶媒のパージを終了するタイミングについては特に示していなかったが、第2実施例では、燃料電池セル200の開回路電圧を用いて、パージを終了するタイミングを決定する構成について説明する。第2実施例は、フッ素溶媒の取り出し方法に関する点以外については第1実施例と同様のため、以下では、第1実施例と異なる部分について説明する。
【0059】
B−1.全体構成:
図9は、第2実施例における評価装置や評価対象の全体構成を説明するための説明図である。第2実施例の評価装置100Aは、第1実施例の評価装置100と水素供給系130のみが異なる。第2実施例の水素供給系130Aは、水素供給部131と、加湿部132と、窒素供給部133と、窒素加湿部134と、ガス切換用三方弁135と、を備えている。水素供給部131と加湿部132は、第1実施例の水素供給系130と同様の装置である。水素供給系130Aは、燃料電池セル200のアノード224に水素を供給するために、水素供給部131から、供給流路139Ma、加湿部132、供給流路139b、ガス切換用三方弁135、および、供給流路139dを介して、燃料電池セル200のアノードガス流路AGCに水素ガスを供給する。また、水素供給系130Aは、燃料電池セル200のアノード224に窒素を供給するために、窒素供給部133から、供給流路139e、窒素加湿部134、供給流路139f、ガス切換用三方弁135、および、供給流路139dを介して、燃料電池セル200のアノードガス流路AGCに窒素ガスを供給する。
【0060】
評価装置100Aは、ユーザによる操作により、第1実施例におけるステップS130(図2)の処理において、以下に説明する溶媒取り出し処理を実行する。溶媒取り出し処理は、第1実施例のステップS130と同様に、触媒電極層(カソード225)やガス拡散層(アノード側拡散層236)に滞留しているフッ素溶媒をカソード225やアノード側拡散層236からパージするための処理であるが、パージを終了するタイミングを燃料電池セルの開回路電圧を用いて決定する点が第1実施例と異なる。
【0061】
B−2.溶媒取り出し処理:
図10は、第2実施例における溶媒取り出し処理の手順を示すフローチャートである。測定部150により燃料電池セル200に対してCV測定をおこなった後に、溶媒取り出し処理を開始する。溶媒取り出し処理としては、まず、溶媒供給系110を操作して、加温された窒素ガスをカソード225に供給することにより、フッ素溶媒のパージをおこなう。(ステップS131)。窒素ガスによるパージにより、カソード225に滞留していたフッ素溶媒は、排出流路125を介して燃料電池セル200の外部に排出される。排出流路125に排出されたフッ素溶媒は、冷却部116により冷却された後、タンク111に回収される。
【0062】
また、水素供給系130Aを操作して、加湿された窒素ガスをアノード224に供給する(ステップS132)。カソード225およびアノード224にそれぞれ窒素を供給した状態で、燃料電池セル200の開回路電圧Vocvの測定をおこなう(ステップS133)。本実施例では、測定部150により燃料電池セル200の開回路電圧Vocvを測定する。
【0063】
測定部150により開回路電圧Vocvを測定すると、測定した開回路電圧Vocvが閾値Thより小さいか否かの判定をおこなう(ステップS134)。閾値Thは、予め設定された値であり、アノード224に供給されるガスの種類によって値が異なる。例えば、本実施例のように、アノード224に窒素ガスを供給する場合には、Th=0(V)である。これは、開回路電圧Vocvが0(V)となったときに、カソード225からフッ素溶媒が無くなったと判断することができるためである。
【0064】
この理由について簡単に説明する。アノード224に窒素が供給された状態で、カソード225にフッ素溶媒が滞留していると、カソード225の電位は0(V)となるため、開回路電圧Vocvは、0(V)より小さくなる。そのため、測定された開回路電圧Vocvが0(V)より小さいとき(Vocv<0=Th)には、カソード225にフッ素溶媒が残っていることを示している。よって、パージを継続して開回路電圧Vocvがマイナスから0(V)となったとき(Vocv=0=Th)には、カソード225からフッ素溶媒が無くなったと考えることができる。なお、アノード224に水素ガスを供給する場合には、Th=0.2(V)となる。
【0065】
よって、上記理由により、測定した開回路電圧Vocvが閾値Thより小さい場合(ステップS134:YES)、すなわち、開回路電圧Vocvが0(V)より小さい場合には、カソード225にフッ素溶媒が残っていると考えられるため、アノード224に窒素の供給しつつ、カソード225に窒素によるパージを継続する。一方、測定した開回路電圧Vocvが閾値以上の場合(ステップS134:NO)、すなわち、開回路電圧Vocvが0(V)以上であれば、カソード225からフッ素溶媒が無くなったと考えられるため、水素供給系130Aを操作して、アノード224への窒素の供給を終了するとともに、溶媒供給系110を操作して、加温された窒素ガスをカソード225に供給することにより、パージを終了する。
【0066】
以上説明した、第2実施例における評価方法によれば、燃料電池セル200の開回路電圧Vocvが閾値Thとなったときに、カソード225のパージを終了するため、燃料電池セル200に含まれる触媒電極層の評価を容易にすることができる。具体的には、第1実施例で説明したように、燃料電池セル200の触媒電極層をフッ素溶媒などの溶媒に浸した状態で触媒電極層の評価をおこなう場合には、評価後に触媒電極層から溶媒を排出させるためのパージをおこなう必要があった。しかし、パージ中、もしくは、パージ後に、触媒電極層に溶媒が残っているか否かを判断することは容易ではなかった。しかし、第2実施例における評価方法によれば、開回路電圧Vocvが閾値となったか否かによって触媒電極層に溶媒が残っているか否かを容易に判定することができるため、パージ時間の長期化を抑制することができる。また、触媒電極層に溶媒が残ることによる燃料電池セルの発電性能の低下を抑制することができる。
【0067】
C.第3実施例:
C−1.評価対象の構成:
図11は、第3実施例における評価対象の触媒電極層を説明するための説明図である。第1実施例では、触媒としてPt(白金)が使用されている触媒電極層を評価対象とした例について説明したが、第3実施例では、図11に示すように、触媒として、Ptをシェル、Pd(パラジウム)をコアとしたコアシェル触媒が使用されている触媒電極層を評価対象とした例について説明する。第3実施例は、燃料電池セルに含まれる触媒電極層の構成が異なる点以外については第1実施例と同様のため、以下では、評価結果のみについて説明する。
【0068】
なお、以下に示す評価結果を得るために、Ptをシェル、Pdをコアとしたコアシェル触媒をカソードに備える燃料電池セルに対して、カソードをフッ素溶媒に浸し、加湿した水素ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノードに供給した。アノードやカソードの温度は、40(℃)であり、アノードの露点は40(℃)である。また、燃料電池セルに印加する電圧範囲を0〜1.0(V)とし、スイープ速度を50(mV/sec)とした。
【0069】
C−2.評価結果:
図12は、第3実施例の評価対象から得られるサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図12の縦軸は、燃料電池セルを流れる電流(A)を示し、縦軸は、燃料電池セルに印加した電圧(V)を示している。第1実施例において説明したように、本評価方法では、評価対象の触媒電極層をフッ素溶媒で浸した状態でCV測定をおこなっているため、図12に示すように、触媒のプロトン吸着域(例えば、0〜0.4V、−1.1〜0A)において、アノードとカソードの濃淡電池の影響が抑制され、Pt固有のピーク(例えば、0.05V〜0.2V)や、Pd固有のピーク(例えば、0.03V)を確認することができる。そのため、シェルのPtの剥がれ等により、コアのPdが触媒の表面に露出している場合には、Pd固有のピークにより露出の程度を確認することができる。
【0070】
図13は、Pt単体を触媒とする燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図14は、Pd単体を触媒とする燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを例示した説明図である。図13、図14の縦軸は、燃料電池セルを流れる電流(A)を示し、縦軸は、燃料電池セルに印加した電圧(V)を示している。図13、図14からわかるように、Pt固有のピーク(例えば、図13の0.05V〜0.3V)と、Pd固有のピーク(例えば、図14の0.03V)は、互いにサイクリックボルタモグラム上において現れる位置が異なるため、サイクリックボルタモグラムに現れるピークの位置から触媒の表面に現れている金属の状態を把握することができる。なお、Pdを触媒に使用した触媒電極層は、Ptを触媒に使用した触媒電極層と同様に、プロトン吸着域において、Pdの表面にプロトンが吸着することにより、以下の式(3)の反応が起きるために水素吸着電流が生じている。
【0071】
【数3】

【0072】
一方、このコアシェル触媒(シェル:Pt、コア:Pd)をカソードに備える燃料電池セルに対して、第1実施例の比較例1のように、燃料電池セル200のカソード225にフッ素溶媒の代わりに窒素ガスを供給した状態でCV測定をおこなった場合には、図5に示すように、プロトン吸着域において、アノードとカソードの濃淡電池の影響により、0.2(V)近傍において、水素発生電流が流れるため、Pt固有のピークや、Pd固有のピークを確認することができない。よって、カソード225に窒素ガスを供給してCV測定をおこなった場合には、触媒の表面に現れている金属の状態を把握することは困難である。
【0073】
以上説明した、第3実施例おける評価方法によれば、燃料電池セルの触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で取得したサイクリックボルタモグラムを用いて触媒電極層に含まれるコアシェル触媒の評価をおこなうため、コアシェル触媒におけるコアの露出を容易に評価することができる。具体的には、評価対象の触媒電極層に供給する液体として、フッ素溶媒を使用することで、カソードガス流路CGCからカソード側拡散層237を通って触媒電極層(カソード225)にフッ素溶媒が入り込むことができる。これにより、触媒電極層をフッ素溶媒によって十分に浸すことができる。よって、コアシェル触媒を含む触媒電極層が燃料電池セルに組み込まれている場合であっても、アノードとカソードの濃淡電池により生じる水素発生電流を抑制して、触媒のコアとして用いられている金属や、シェルとして用いられている金属の状態を精度よく把握することができる。
【0074】
なお、本実施例のように、コアシェル触媒を含む触媒電極層を評価する場合に、触媒電極層が燃料電池セルに組み込まれている場合には、触媒電極層を浸す液体は、フッ素溶媒とすることが望ましいが、セル化される前の膜電極接合体の状態で触媒電極層の評価をおこなう場合には、触媒電極層を浸す液体は、必ずしもフッ素溶媒に限定されず、水溶媒であってもよい。水溶媒を用いて得られたサイクリックボルタモグラムであっても、触媒のシェルとして用いられている金属(例えば、Pt)固有のピークと、コアとして用いられている金属(例えば、Pd)固有のピークは、互いに異なる位置に現れるため、触媒のコアとして用いられている金属や、シェルとして用いられている金属の状態を精度よく把握することができる。
【0075】
図15は、本評価方法を膜電極接合体の製造工程に適用したときの効果を説明するための説明図である。図15は、触媒電極層の製造工程におけるPtの被覆率と触媒粒子の分散性との関係を例示している。図15の縦軸は、Ptの被覆率および触媒粒子の分散性を示し、横軸は、超音波ホモジナイザーの超音波力を示している。触媒は、比表面積を増加させるために分散性を高めることが望ましい。また、コアシェル触媒では、シェル(Pt)の被覆率が高い方が望ましい。しかし、触媒電極層の製造工程において、超音波ホモジナイザーを使用してコアシェル触媒粒子の分散性を高めるために超音波力を上昇させると、図15に示すように、触媒粒子の分散性が向上する代わりにPtの被覆率が低下する問題があった。本評価方法を触媒電極層の製造工程に適用することにより、Ptの被覆率をサイクリックボルタモグラムから推定することができるため、コアシェル触媒のPtの被覆率と粒子の分散性との関係を把握することにより、触媒性能が最も高い状態となるように超音波力を設定することができる。
【0076】
D.第4実施例:
第4実施例では、本評価方法により得られたサイクリックボルタモグラムを用いて触媒電極層に含まれる触媒の電気化学活性比表面積(electrochemical surface area:ECSA、以後単に「比表面積」とも呼ぶ)を算出する方法について説明する。なお、第4実施例で用いられる評価装置や評価対象の燃料電池セルは、第1実施例と同じものである。
【0077】
D−1.比表面積算出方法:
触媒の比表面積を算出するにあたり、まず、スイープ速度の異なる複数のサイクリックボルタモグラムを取得する。具体的には、燃料電池セルに対して、カソードをフッ素溶媒に浸し、加湿した水素ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノードに供給する。アノードやカソードの温度は、40(℃)であり、アノードの露点は40(℃)である。また、燃料電池セルに印加する電圧範囲を0〜1.0(V)とし、スイープ速度を40〜100(mV/sec)の範囲のうちの複数の速度(例えば、40、50、60、70、80、90、100の7つ)にそれぞれ設定して、スイープ速度の異なる複数のサイクリックボルタモグラムを得る。
【0078】
得られた複数のサイクリックボルタモグラムからプロトン吸着域の電気量を算出する。本実施例では、ここでは、プロトン吸着域としての電気量算出範囲を0〜0.4(V)とした。なお、本実施例のプロトン吸着域は、特許請求の範囲における「所定の領域」に該当する。
【0079】
図16は、プロトン吸着域の電気量を説明するための説明図である。図16の網掛けにより示すように、プロトン吸着域における電流と電圧の積(面積Aa)は、水素吸着電流と電圧との積である水素吸着電気量Qadと、水素発生電流と電圧との積である水素発生電気量Qevとの和に等しい(Aa=Qad+Qev)。水素吸着電気量Qadは、水素吸着電流をi、スイープ速度をvとして、以下の式(4)により表される。また、水素発生電気量Qevは、水素発生電流をi、スイープ速度をvとして、以下の式(5)により表される。
【0080】
【数4】

【数5】

【0081】
ここでは、得られた複数のサイクリックボルタモグラムのそれぞれについて、水素吸着電気量Qadと水素発生電気量Qevとの和である領域電気量Qtal(面積Aa)を算出し、得られた領域電気量Qtaとスイープ速度との関係をプロットすることにより以下の図17を得る。
【0082】
図17は、領域電気量とスイープ速度との関係を例示した説明図である。図17の縦軸は、領域電気量Qtal(C)を示し、横軸は、スイープ速度(mV/sec)の逆数を示している。図17に示すように、複数のサイクリックボルタモグラムのそれぞれについて、領域電気量Qtaとスイープ速度との関係をプロットし、これらのプロットを用いて線形回帰をおこなうことにより、領域電気量Qtaとスイープ速度との関係式を導出した。本実施例では、領域電気量をy、スイープ速度の逆数をxとして以下の式(6)を得た。なお、このときの決定係数はR2=0.983であった。
【0083】
【数6】

【0084】
式(6)からわかるように、領域電気量Qta(y)は、スイープ速度の逆数(x)に比例することがわかる。領域電気量Qtaのうち、水素吸着電気量Qadは、式(4)に示したように、スイープ速度vの大きさと関係ないのに対して、水素発生電気量Qevは、式(5)に示したように、スイープ速度vが大きくなるほど値が小さくなる。すなわち、図17において、スイープ速度の逆数(x)が0のとき、スイープ速度は無限大となるため、水素発生電気量Qevは0に近似される。よって、プロットから得られた回帰式の切片の値が、水素吸着電気量Qadに相当する。本実施例では、式(6)の切片0.1521が水素吸着電気量Qadに相当する。水素吸着電気量Qad(C)を算出すると、既知の白金使用量(gPt)と、白金の水素吸着容量QHPt=210(μC/cm2)を用いて比表面積(m2Pt/gPt)を算出することができる。
【0085】
図18は、本評価方法による効果を例示した説明図である。図18は、同じ触媒電極層を含む燃料電池セルに対して、異なる3つの方法により触媒の比表面積をそれぞれ算出した結果を示している。図18の縦軸は、それぞれの方法により算出された比表面積の値を示し、横軸は、測定方法を示している。ここでは、3つの評価方法とは、X線解析法(X-ray Diffraction:XRD法)により幾何表面積を求める方法と、サイクリックボルタモグラムのプロトン脱離域(図5の例えば、0.1〜0.4V、−0.15〜0A)の面積(電気量)から比表面積を算出する方法(以後、「旧CV法」とも呼ぶ)と、本実施例により算出した方法(以後、「新CV法」とも呼ぶ)であり、それぞれの方法により算出された比表面積の比較をおこなった。
【0086】
従来例としての旧CV法のように、サイクリックボルタモグラムのプロトン脱離域を用いて、触媒の比表面積を評価する場合、プロトン脱離域は、触媒の形態変化等により、電流値(プロトン脱離域の高さ)が減少するのみではなく、プロトン脱離域が開始する電位が上昇することにより、プロトン脱離域の電位域(プロトン脱離域の幅)が減少することがあった。そのため、触媒の形態変化等が生じると、プロトン脱離域の面積(電気量)が実際の比表面積以上に減少し、結果、算出された比表面積が実際の比表面積よりも小さく評価されることがあった。一方、本実施例で算出した触媒の比表面積は、X線解析法により得られた幾何表面積と同程度の値となることから、比表面積を算出する精度が高いことがわかる。
【0087】
次に、旧CV法と新CV法を用いて、耐久性試験によって触媒の形態変化の程度(電位サイクル数)を異ならせた複数の燃料電池セルの評価をおこなった。具体的には、旧CV法と新CV法によりそれぞれ推定した比表面積の変化(電位サイクル数に対するECSA維持率の変化)を比較するとともに、触媒の形態変化の程度が異なる複数の燃料電池セルに対してそれぞれ活性試験をおこない、旧CV法および新CV法により推定された比表面積の変化に対応する比活性の変化を比較した。
【0088】
耐久試験では、燃料電池セルのアノードおよびカソードの温度を80(℃)、露点を80(℃)とした状態で、水素を供給流量0.5(NL/min)でアノードに供給し、窒素を供給流量2.0(NL/min)でカソードに供給した。また、燃料電池セルに対して0.7〜0.95Vの範囲で、0.7Vと0.95Vの印加をそれぞれ4秒ずつ繰り返した。ここでは、印加の繰り返し回数(電位サイクル数)が異なる6つの燃料電池セルを用いて評価をおこなった。評価に用いた各燃料電池セルの電位サイクル数は、0、5000、13000、28000、35000、49000(cycle)の6つである。
【0089】
活性試験では、上記電位サイクル数の電圧印加を受けた各燃料電池セルに対して、アノードおよびカソードの温度を80(℃)、露点を80(℃)とした状態で、水素の割合が10%の混合ガスを供給流量0.5(NL/min)でアノードに供給し、酸素を供給流量2.0(NL/min)でカソードに供給した。アノードとカソードの背圧は150(kPa−G)である。この状態で、電流のスイープ速度が0.1(mA/cm2)となるようにして、各燃料電池セルの電流と電圧との関係を評価した。比活性(A/m2MEA)は、燃料電池セルの電圧が0.86Vのときの電流密度(A/m2MEA)を、比表面積(m2Pt/gPt)と目付け(gPt/m2MEA)との積(比表面積×目付)で除することで算出した。
【0090】
図19は、ECSA維持率および比活性率と電位サイクル数との関係を説明するための説明図である。図19の縦軸は、ECSA維持率および比活性率を示し、横軸は、電位サイクル数を示している。ECSA維持率は、電位サイクル数が0(耐久試験前)のときの触媒の比表面積に対する所定の電位サイクル数経過後(耐久試験後)の比表面積の割合である。比活性率は、電位サイクル数が0(耐久試験前)のときの触媒の活性率に対する所定の電位サイクル数経過後(耐久試験後)の活性率の割合である。
【0091】
触媒の形態変化の程度が同じ(電位サイクル数が同じ)燃料電池セルに対する評価であっても、新CV法により得られるECSA維持率は、旧CV法により得られるECSA維持率よりも高いことがわかる。一方、新CV法により得られる比活性率は、電位サイクル数に関わらず概ね一定であるのに対して、旧CV法により得られる比活性率は、電位サイクル数が大きくなるほど高くなることがわかる。一般的に燃料電池セルに耐久試験をおこなった場合であっても、触媒の比活性率は、変化しないと考えられるため、旧CV法により得られる比活性率が電位サイクル数に応じて上昇したのは、推定した比表面積が実際の比表面積よりも小さかったためと考えられる。よって、比活性率が電位サイクル数に関わらず概ね一定となる新CV法は、旧CV法と比べて、比表面積を算出する精度が高いといえる。
【0092】
以上説明した、第4実施例における評価方法によれば、燃料電池セルの触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で取得した複数のサイクリックボルタモグラムを用いて触媒の比表面積を算出するため、触媒の比表面積を算出する精度の向上を図ることができる。具体的には、評価対象の触媒電極層に供給する液体として、フッ素溶媒を使用することで、カソードガス流路からカソード側拡散層を通って触媒電極層にフッ素溶媒が入り込むことができる。これにより、触媒電極層をフッ素溶媒によって十分に浸すことができる。よって、触媒電極層が燃料電池セルに組み込まれている場合であっても、アノードとカソードの濃淡電池により生じる水素発生電流を抑制して、プロトン吸着域の電気量(面積)から触媒の比表面積を精度よく算出することができる。
【0093】
従来から、燃料電池は、触媒(Pt)の表面積が低下すると、ガス拡散抵抗の増加などにより高出力域で性能が大幅に低下する問題があった。この問題を解決するために、燃料電池の性能低下予測のモデル化が望まれていた。燃料電池の性能低下予測のモデル化をおこなうためには、触媒の比表面積の定量化が必要となるが、従来技術では必ずしも定量化ができているとは言えなかった。しかし、本評価方法を用いることにより、触媒の比表面積の定量化をおこなうことができるため、燃料電池の性能低下予測のモデル化を容易にすることができる。
【0094】
なお、本実施例のように、触媒の比表面積を評価する場合に、触媒電極層が燃料電池セルに組み込まれている場合には、触媒電極層を浸す液体は、フッ素溶媒とすることが望ましいが、セル化される前の膜電極接合体の状態で触媒電極層の評価をおこなう場合には、触媒電極層を浸す液体は、必ずしもフッ素溶媒に限定されず、水溶媒であってもよい。水溶媒を用いて得られたサイクリックボルタモグラムであっても、プロトン吸着域において、アノードとの濃淡電池の影響が抑制されるため、プロトン吸着域の電気量(面積)から触媒の比表面積を精度よく算出することができる。
【0095】
E.変形例
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば以下のような実施も可能である。
【0096】
E−1.変形例1:
第1〜4実施例では、ユーザが評価装置を操作することにより触媒電極層の評価をおこなっていたが、本発明に係る評価方法は評価装置100により自動でおこなわれてもよい。例えば、評価装置100は、CPUやROM、RAMからなる制御部を備え、この制御部が、溶媒供給系110、水素供給系130、および、測定部150の動作を制御する構成であってもよい。また、本発明は、この制御部の制御方法としても実現することができるほか、この制御部の制御プログラムなどの形態でも実現することができる。
【0097】
E−2.変形例2:
第1〜4実施例では、評価装置100を用いて、評価対象である燃料電池セル200もしくは膜電極接合体220の単体を評価する構成について説明したが、本評価方法を実施する主体は評価装置に限定されず、例えば、評価装置100と同様の機能を有する評価部を備えた燃料電池システムが本評価方法を実施してもよいし、この燃料電池システムを備える車両などが本評価方法を実施してもよい。
【0098】
E−3.変形例3:
本発明は、第1〜4実施例で説明した本評価方法を一部に含む膜電極接合体の良否の検査方法や、本評価方法を一部に含む燃料電池セルの良否の検査方法などの態様で実現することもできる。また、本評価方法を一部に含む膜電極接合体の製造方法や、本評価方法を一部に含む燃料電池セルの製造方法などの態様で実現することもできる。
【0099】
E−4.変形例4:
第1〜第4実施例は、それぞれを任意に組み合わせて実現してもよい。
【符号の説明】
【0100】
100、100A…評価装置
110…溶媒供給系
111…タンク
112…ポンプ
113…供給側三方弁
114…窒素供給部
115…加熱部
116…冷却部
117…排出側三方弁
130、130A…水素供給系
131…水素供給部
132…加湿部
133…窒素供給部
134…窒素加湿部
135…ガス切換用三方弁
150…測定部
200…燃料電池セル
212…電解質膜
220…膜電極接合体
221…電解質膜
224…アノード
225…カソード
230…発電体
236…アノード側拡散層
237…カソード側拡散層
240…アノード側セパレータ
250…カソード側セパレータ
CGC…カソードガス流路
AGC…アノードガス流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池セルに含まれる触媒電極層の評価方法であって、
前記燃料電池セルの一方の触媒電極層に水素を供給し、前記燃料電池セルの他方の触媒電極層をフッ素溶媒に浸した状態で、前記燃料電池セルのサイクリックボルタモグラムを取得する取得工程と、
前記取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムを用いて前記燃料電池セルの前記他方の触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう評価工程と、を備える触媒電極層の評価方法。
【請求項2】
請求項1に記載の触媒電極層の評価方法は、さらに、
前記燃料電池セルについてのサイクリックボルタモグラムを取得した後に、前記燃料電池セルの前記一方の触媒電極層に所定のガスを供給し、前記燃料電池セルの前記他方の触媒電極層に窒素を供給して前記フッ素溶媒のパージをおこなっている状態で、前記燃料電池セルの開回路電圧を取得する工程と、
前記開回路電圧が所定値となったときに、前記パージを終了する工程と、を備える触媒電極層の評価方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、白金をシェル、白金以外の金属をコアとしたコアシェル触媒におけるコアの露出についての評価をおこなう、触媒電極層の評価方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記取得工程は、電位掃引速度の異なる複数のサイクリックボルタモグラムを取得し、
前記評価工程は、さらに、
前記複数のサイクリックボルタモグラムから前記触媒の水素吸着電気量を推定する工程と、
推定された前記触媒の水素吸着電気量から前記触媒の電気化学的比表面積を算出する工程と、を備える、触媒電極層の評価方法。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、前記取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムに現れる触媒固有のピークを用いて前記他方の触媒電極層に含まれる触媒の評価をおこなう、触媒電極層の評価方法。
【請求項6】
請求項3に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、前記取得工程により取得されたサイクリックボルタモグラムに現れる前記コアとした金属固有のピークを用いてコアの露出についての評価をおこなう、触媒電極層の評価方法。
【請求項7】
請求項4に記載の触媒電極層の評価方法において、
前記評価工程は、前記複数のサイクリックボルタモグラムに現れる所定の領域の面積から電気量を算出し、算出した電気量と電位掃引速度との関係から前記触媒の水素吸着電気量を推定する、触媒電極層の評価方法。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の触媒電極層の評価方法において、
前記燃料電池セルは、前記他方の触媒電極層に接する撥水性のガス拡散層を備え、
前記フッ素溶媒は、前記ガス拡散層を介して前記他方の触媒電極層に供給される、触媒電極の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2012−104315(P2012−104315A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−250718(P2010−250718)
【出願日】平成22年11月9日(2010.11.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】