説明

計測装置および計測方法

【課題】NMR法を用いて試料中のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を安定的に取得し、また当該プロトン性溶媒の量を高精度に計測する技術を提供する。
【解決手段】核磁気共鳴法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する装置にて、試料に対して静磁場を印加する静磁場印加部と、試料に印加される静磁場の強度を制御する静磁場強度制御部と、試料の一部に対して励起用振動磁場を印加するとともに励起用振動磁場に対応するエコー信号を取得するRFコイルと、を備え、静磁場強度制御手段が、RFコイルの内径D、勾配磁場強度変化量ΔG、プロトン性溶媒の核磁気回転比γ、励起間隔τを用いて下記式(400≧D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧4)で表される所定の勾配磁場強度変化量ΔGの静磁場を、静磁場印加部より印加させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核磁気共鳴法を用いてプロトン性溶媒から発生するエコー信号を計測する計測装置および計測方法、ならびに計測されたエコー信号の強度を用いてプロトン性溶媒の量を算出する計測装置および計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の技術に関し、試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する技術、およびこれを用いてプロトン性溶媒の量を測定する技術に関しては、下記特許文献1に記載のものが知られている。同文献には、試料中の特定箇所に対して小型RFコイルにより局所的にRFパルスを印加してこれに対応するエコー信号を取得する計測装置に関する発明が記載されている。またこの装置では、取得されたエコー信号に基づいてT2緩和時定数を算出してプロトン性溶媒量を測定している。この技術によれば、NMRの測定結果を利用して物質中の特定箇所の局所的なプロトン性溶媒量を比較的短時間で測定することができるとされている。
【0003】
上記に例示される従来の核磁気共鳴法を用いたエコー信号の計測およびプロトン性溶媒量の測定にあたっては、小型RFコイルに対して磁場印加装置(永久磁石、電磁石、超電導磁石などのいずれの方法でも良い)により均一な静磁場を印加しつつ、当該コイルにより励起用振動磁場を印加して、試料から発生するエコー信号を取得していた。
また従来、RFコイルの巻径を包含する十分な領域に対して極力均一な静磁場を印加すべく、鉄片などのパッシブシムやシムコイルなどのアクティブシムを用いて、試料自身や建物等に起因する静磁場の乱れを相殺する技術が用いられている(例えば下記非特許文献1を参照)。なお、試料自身等に起因したかかる静磁場の乱れによるFID信号の減衰速度を表す時定数を、T2*緩和時定数という。
シムコイルとは、RFコイルの周囲に配置して電流を流すことで所望の磁場分布を形成するコイルをいう。そして従来のNMR計測にあたっては、計測者がFID信号を見ながら、静磁場調整用のシムコイルに印加する電流を調整して、静磁場の均一性が最も高くなるように調整していた。
【0004】
またシムコイルを用いた関連技術としては、受信したエコー信号から空間的情報を解読して空間的位置を限定するために、永久磁石で印加する静磁場よりもはるかに小さな傾斜磁場を負荷する傾斜磁場コイルが知られている(下記非特許文献2を参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2007−121037号公報
【非特許文献1】「MRIレクチャー 基礎から学ぶMRI」、日本磁気共鳴医学会 教育委員会編、pp112−113(2001年8月1日初版発行)
【非特許文献2】「MRIレクチャー パワーテキスト 基礎理論から高速撮像法まで」、メディカル・サイエンス・インターナショナル、pp28−29(1999年6月1日発行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の核磁気共鳴法(NMR法)を用いたプロトン性溶媒の計測にあたっては、小型RFコイルを用いて計測領域を局所化することで、永久磁石により与えられる静磁場の相対的な均一性が向上して、計測値のばらつきが低減し、計測の安定性が向上すると考えられてきた。この理由は、計測領域に印加する静磁場の均一性を向上させれば、試料中の磁化ベクトルの位相がそろい、ノイズと比較してより強い自由誘導減衰(FID:free induction decay)信号やエコー信号が取得でき、その結果として、信号強度が安定し、計測量の安定性が向上すると考えられてきたためである。
しかしながら本発明者らの検討により、従来のNMR装置で行っていたように静磁場の均一性を常に最大に調整することが良好な計測結果をもたらすとは限らず、小型RFコイルを用いてプロトン性溶媒を計測する場合には、静磁場の均一性を向上させることによってはむしろ安定的な計測値を得ることができないことが明らかとなった。
【0007】
具体的には、従来のエコー信号の計測にあたっては、RFコイルが取得するFID信号とエコー信号とが干渉し、取得されるエコー信号の強度が不安定となっていた。そしてエコー信号の強度に基づいて算出されるT2緩和時定数の値が大きくばらつくという問題が生じていた。
【0008】
本発明は上記課題にかんがみてなされたものであり、NMR法を用いて試料中のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を安定的に取得し、また当該プロトン性溶媒の量を高精度に計測する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するにあたり本発明者らの検討によれば、上記エコー信号の不安定の原因は、小型RFコイルで試料中のプロトンの磁化ベクトルを励起すると、励起強度分布が空間的に一様ではないために励起パルス照射後にはFID信号が強くかつ長く現れ、これが計測値として必要なエコー信号と干渉してしまうことにあると考えられる。
【0010】
図56は、小型RFコイルの例として1回巻きの小型表面コイルを用いた場合の振動磁場強度のz方向の磁場強度Hz(xp,yp,zp)の分布図の一例である。図示のように小型表面コイルでは振動磁場強度が空間的に不均一となることが分かる。この不均一性の結果、180°励起パルスを照射しても、全領域で試料中の磁化ベクトルが180°に励起されることはなく、180°励起パルスの照射後にFID信号が強く、長く観測されると考えられる。この点が従来の大型のNMR装置に用いるRFコイルと小型表面コイルとの相違である。
【0011】
一方、図57は従来のCPMG法のパルスシーケンスを用いて小型RFコイルで試料を計測した際に観測されるFID信号、およびFID信号とエコー信号とが干渉している様子を示す概念図である。上述のように180°励起パルスの照射後に現れるFID信号の減衰時間が長くなると、これが十分に減衰される前に、対応するエコー信号が発生し、両者が干渉することとなる。
【0012】
このようにRFコイルの計測領域が小さい場合は、人体などを対象とする従来の大型のNMR計測に比べて静磁場の均一性が格段に高くなる。すると、励起パルス照射後のFID信号の減衰時間が長くなり、これが十分に減衰するまでに次の励起パルスが照射されるためにエコー信号に干渉が生じているのである。
【0013】
そして本発明者らは、RFコイルに印加する静磁場に対して、FID信号がエコー信号と干渉しなくなる程度の適度な不均一性を与えるようこれを調整することにより、エコー信号の安定的な取得が可能になるという知見に想到した。
【0014】
すなわち図1に本発明の概念図を示すように、FID信号とエコー信号との干渉を回避してエコー信号の取得を安定的に行うには、試料に印加する静磁場を故意的に不均一にしてFID信号を早く減衰させるようにすればよい。静磁場が不均一であるほどFID信号の減衰は早くなり、T2*緩和時定数が短くなる。同図に示すように、90°励起パルス、および一定間隔ごとの180°励起パルスのそれぞれ照射後のFID信号を十分に早く減衰させることにより、FID信号とエコー信号との干渉が回避できる。すなわち本発明は故意的に不均一に形成した静磁場を試料に印加することにより、エコー信号およびプロトン量の計測の安定性を向上するという技術思想に基づいてなされたものである。
【0015】
以上より本発明の計測装置は、
核磁気共鳴法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する装置であって、
前記試料に対して静磁場を印加する静磁場印加手段と、
前記試料に印加される静磁場の強度を制御する静磁場強度制御手段と、
前記試料の一部に対して励起用振動磁場を印加するとともに、前記励起用振動磁場に対応するエコー信号を取得するRFコイルと、
を備え、
前記静磁場強度制御手段が、前記RFコイルの内径(D[m])、勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])、前記プロトン性溶媒の核磁気回転比(γ[Hz/T])、励起間隔(τ[sec])を用いて下記式(3)で表される所定の前記勾配磁場強度変化量(ΔG)の前記静磁場を前記静磁場印加手段より印加させることを特徴とする。
400≧D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧4 (3)
【0016】
また本発明の計測装置においては、前記取得されたエコー信号の強度から、前記試料の特定箇所における前記プロトン性溶媒の量を算出する溶媒量算出手段をさらに備えることとしてもよい。
【0017】
また本発明の計測方法は、
核磁気共鳴法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する方法であって、
前記試料に対して、RFコイルの内径(D[m])、勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])、前記プロトン性溶媒の核磁気回転比(γ[Hz/T])、励起間隔(τ[sec])を用いて上記式(3)で表される所定の前記勾配磁場強度変化量(ΔG)の静磁場を印加しつつ、前記RFコイルを用いて前記試料の一部に対して励起用振動磁場を一回または複数回印加するとともに、前記励起用振動磁場に対応するエコー信号を計測する計測ステップ、
を含む。
【0018】
また本発明の計測方法においては、前記計測ステップにて計測された一つまたは複数のエコー信号の強度から、前記試料の特定箇所における前記プロトン性溶媒の量を算出する算出ステップ、
をさらに含むこととしてもよい。
【0019】
ここで本明細書において静磁場とは、核磁気共鳴信号の取得を安定的に行うことが可能な程度に時間的に安定な磁場であれば、完全に安定な磁場でなくてもよく、その範囲内で多少の変動があってもよい。
特に静磁場強度制御手段によって制御される勾配磁場に関してはRFコイルによる励起用振動磁場の印加中、およびエコー信号の取得中に亘る全計測時間において安定した強度で負荷される必要は必ずしもなく、その範囲内で変動してもよい。具体的には、180°励起パルスの印加中およびその前後の所定時間についてのみ上記所定の勾配磁場を印加してFID信号の減衰を促進することとしてもよい。
【0020】
励起間隔τとは、90°励起パルスから次の180°励起パルスまでの時間をいう。180°励起パルスの印加から、これに対応するエコー信号がピークを迎えるまでの時間も励起間隔τと等しくなる。
【0021】
また本明細書においてプロトン性溶媒とは、自分自身で解離してプロトンを生じる溶媒をいう。プロトン性溶媒としては、たとえば、水、メタノールやエタノールなどのアルコール類、酢酸などのカルボン酸、フェノール、液体アンモニアが挙げられる。このうち水やアルコール類は、本発明による溶媒量の計測をさらに安定的におこなうことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の計測装置および計測方法によれば、プロトン性溶媒を含む試料に印加する静磁場に所定の勾配強度を与えることにより、励起パルス照射後のFID信号の減衰が促進される。このため、当該励起パルスに対応するエコー信号とFID信号とが干渉することがない。これによりエコー信号が安定的に取得され、またエコー信号の強度に基づいて算出されるプロトン性溶媒の量が精度よく求められる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
はじめに、NMR法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測し、計測されたエコー信号に基づいてプロトン性溶媒の量を計測する本発明の方法の概要を説明する。
【0024】
本実施形態の計測方法においては、まず試料に対して、RFコイルの内径(D[m])、勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])、プロトン性溶媒の核磁気回転比(γ[Hz/T])、励起間隔(τ[sec])を用いて上記式(3)で表される所定の勾配磁場強度変化量(ΔG)の静磁場を印加しつつ、RFコイルを用いて試料の一部に対して励起用振動磁場を一回または複数回印加するとともに、励起用振動磁場に対応するエコー信号を計測する計測ステップを行う。
【0025】
そして本実施形態の計測方法ではつづけて、上記計測ステップにて計測された一つまたは複数のエコー信号の強度から、試料の特定箇所におけるプロトン性溶媒の量を算出する算出ステップを行う。
【0026】
次に、本実施形態の計測方法について詳細に説明する。
本実施形態の計測方法は、核磁気共鳴(NMR)法を用いて試料の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を測定するものである。NMR法においては、静磁場中に置かれた原子核のスピン共鳴現象により核磁化の運動をNMR信号として検出することができる。
励起用振動磁場を印加するとともにエコー信号を取得するRFコイルとしては、平面内にて静磁場領域や試料よりも小さなスケールで導線を巻回した小型表面コイルを用いることにより、該コイルの周辺部に対して局所的なNMR計測が可能となる。したがって以下の実施形態において、RFコイルには小型表面コイルを用いるものとする。
【0027】
ここではプロトン性溶媒として水を例示し、すなわち試料中の水分量を計測する方法を説明する。なお本実施形態による水分量の計測モードを、第一計測モードと呼ぶ場合がある。
図2は、水分量計測の概要を示すフローチャートである。
【0028】
<計測ステップ>
まず、水分を含有する試料を、永久磁石が配置された空間に置き、試料に静磁場を印加する(S102)。本実施形態で印加する静磁場は勾配磁場であり、かかる勾配によって静磁場を不均一に制御することでFID信号の減衰を促進する。好適な勾配磁場強度(D・ΔG[gauss])および勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])示す上記式(3)の意味については後述する。
【0029】
この状態で、試料に対してRFコイルを介して励起用振動磁場(高周波パルス)を複数回に亘り順次印加し、これに対応するNMR信号(エコー信号)をそれぞれ取得する(S104)。
【0030】
<算出ステップ>
次いで、このエコー信号からT2緩和時定数を算定する(S106)。そして、得られたT2緩和時定数から、試料中の局所的水分量を計測する(S108)。具体的には、試料中の水分量とT2緩和時定数との相関関係を示す検定データを予め取得しておき、この検定データと、算定された上記T2緩和時定数とから、試料中の特定箇所における局所的な水分量を求めることができる。検定データの形式は様々であるが、例えばT2緩和時定数と水分量とをテーブル形式で対応付けた換算表や、最小二乗法などにより求めた近似曲線を表す関数であってもよい。
【0031】
以下、ステップ104〜ステップ108を具体的に説明する。
(i)ステップ104(励起用高周波パルスの印加およびNMR信号の取得)
ステップ104における励起用高周波パルスは、複数のパルスからなるパルスシーケンスとし、これに対応するエコー信号群を取得するようにすることが好ましい。こうすることにより、T2緩和時定数を正確に求めることができる。
【0032】
パルスシーケンスは、以下の(a)、(b)および(c)を含むものとすることが好ましい(図1を参照)。
(a):90°パルス、および、
(b):(a)のパルスより励起間隔τだけ経過した後に印加される180°パルス、
(c):(b)のパルスより2τだけ経過した後からはじまり、さらに時間2τの間隔で連続的に印加されるn個の180°パルス(nは自然数である。)
【0033】
上記(a)〜(c)のパルスシーケンスに従う励起用振動磁場を印加することにより、エコー信号の位相が収束し、試料や計測装置に起因する磁場の不均一による計測誤差が効果的に低減される。また、対応するエコー信号の位相のばらつきを抑制することができるため、水分量をより正確に求めることができる。
【0034】
静磁場中に置かれた水素原子核は、静磁場に沿った方向(便宜上、Z方向とする)に正味の磁化ベクトルを持ち、特定の周波数(これを共鳴周波数と呼ぶ)のRF波をZ軸に垂直なX軸方向で外部から照射することで磁化ベクトルはY軸の正方向に傾斜し、核磁気共鳴信号(NMR信号と呼ぶ)を観測することができる。この際、最大強度のNMR信号を取得するために照射されたX軸方向の励起パルスを90°パルスと呼ぶ。そして、磁化ベクトルを90°パルスによってY軸の正方向に傾斜させた後、τ時間後に「Y軸方向」に外部から180°励起パルスを照射して、磁化ベクトルを「Y軸を対称軸として」反転させる。この結果、2τ時間後には磁化ベクトルがY軸の「正の方向」上で収束し、大きな振幅を持つNMR信号が観測される。
【0035】
さらに、上記(c)では、90°パルスの照射から3τ時間経過後に磁化ベクトルに「Y軸方向」に外部から180°励起パルスを照射して、再度、Y軸の「正の方向」上で収束させて、同4τ時間経過後に大きな振幅を持つエコー信号を観測する。さらに、同様の2τ間隔で、180°パルスを照射し続ける。
【0036】
(ii)ステップ106(T2緩和時定数の算出)
T2緩和時定数は、例えば上記特許文献1に記載の方法によって計測することができる。具体的には、ステップ104で取得されたT2減衰曲線上にのる複数のエコー信号群(2τ,4τ,6τ,・・・)を指数関数でフィッティングすることで、上記式(A)よりT2緩和時定数を求めることができる。
【0037】
上記(a)〜(c)のパルスシーケンスにおいて、90°パルスを第1位相に、そして180°パルスを第1位相と90°ずれた第2位相に設定すれば、T2緩和時定数と試料中の水分量との明確な相関関係を安定的に取得することができる。CPMG法は、このようなパルスシーケンスを与える方法の一例である。またT2緩和時定数の測定に用いるT2緩和時定数の与え方として、Hahnエコー法が知られている。本発明においてはいずれを用いてもよいが、CPMG法により上記2τ,4τ,6τ,・・・の偶数番目のエコー信号のピーク強度を抽出し、指数関数でフィッティングしてT2(横)緩和時定数を算出するとよい。これにより、静磁場の不均一性やRFコイルが照射する励起パルス強度の不均一性があった場合でもそれを補償することができて正確なT2緩和時定数を計測できるという利点がある。
【0038】
(iii)ステップ108(水分量の算出)
図2に戻り、ステップ108では、T2緩和時定数から水分量を算出する。試料中の水分量とT2緩和時定数とは、正の相関を持ち、水分量の増加につれてT2緩和時定数が増大する。この相関関係は、試料の種類や形態等により異なることから、水分濃度が既知であって計測対象試料と同種の試料について検定データを作成しておくとよい。すなわち、水分量が既知の複数の標準試料に対して水分量とT2緩和時定数との関係を計測し、この関係を表す検量線のデータをテーブルまたは関数としてあらかじめ求めて記憶装置に保存しておく。そして計測時には、保存された検定データを呼び出して取得し、これと上記算定されたT2緩和時定数の計測値とから、試料中の水分量を算出することができる。
【0039】
なお算出ステップにおいて、エコー信号を安定して計測可能な本実施形態による計測方法では、T2緩和時定数を算定することなく、エコー信号の強度から水分量を直接求めてもよい。すなわち算出ステップにおいて上記ステップ106は任意である。
エコー信号強度から試料中の水分量を求めるに際しては、試料中の水分量とエコー信号強度との相関関係を示す検定データを予め計測してこれを記憶装置に保存しておくとよい。そして計測時には、保存された検定データを呼び出して取得し、これと上記算定されたエコー信号強度とから、試料中の特定箇所における局所的な水分量を求めることができる。
なお、T2緩和時定数を介さずエコー信号強度から試料中の水分量を直接換算して求める場合には、エコー信号のS/N比が良好な場合は一つのエコー信号のみから水分量を求めることも可能である。
【0040】
その後、結果を出力する(S110)。以上の手順(ステップ104〜ステップ110)を、小型RFコイルを介して行なうことで、試料中の局所的な水分量を把握することができる。
【0041】
<勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])の設定について>
本発明の計測装置および計測法において試料に印加される静磁場(勾配磁場)の好適な範囲である上記式(3)を以下に再掲する。
400≧D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧4
【0042】
ここで、プロトン性溶媒の核磁気回転比(γ[Hz/T])は核種に固有な定数であり、計測対象であるプロトン性溶媒(1H)の場合、42.6・106[Hz/T]である。
また励起間隔(τ[sec])は計測者が任意で設定可能である。本実施形態のように溶液を計測対象とする場合、τは0.1msec以上、100msec以下とすることが好ましい。τが過大であると励起された磁化ベクトルが分散しすぎて収束が不十分となり、取得されるエコー信号の強度が低下する。一方、τが過小であると短時間に照射する励起パルス数が増加して装置負荷が増大すると共に、多数個のエコー信号の抽出処理や演算処理などの計測装置の負荷が過度となる。
以下本実施形態においては、断りなき場合τ=10-2[sec]=10[msec]とする。
【0043】
図1に戻り、上記式(3)の下限値(右辺)の意味について説明する。図1で、90°パルスの照射から180°パルスの照射までの励起間隔τは、180°パルスの照射からこれに対応するエコー信号の強度がもっとも高くなるまでの時間にも相当している。
ここで、180°励起パルス(1)に着目すると、その照射時(時刻τ)より現れるFID信号が、図示のように当該パルス照射からτ/2の時間が経過するまでに(すなわち時刻1.5τまでに)実質的に強度がゼロになるまで減衰した場合、これに対応するエコー信号との干渉が良好に回避されると考えられる。当該エコー信号は時刻1.5τ前後から発生し、その強度がピークとなるのは時刻2τの時点となるからである。
【0044】
図3は、核磁化ベクトルの位相差の概念図である。太線は、小型表面コイルとその内側に印加される静磁場Hの強度分布を示している。静磁場は勾配磁場として与えられる。勾配磁場を形成する手段は特に限定されるものではないが、ここでは永久磁石で印加された静磁場H0と、勾配磁場コイルで印加される一定勾配の磁場との和によって勾配磁場を形成するものとする。
小型表面コイルの巻径内部の計測領域内では、この磁場強度の差によって核磁化ベクトルに位相が生じ、これによりFID信号の減衰が促進される。具体的には、コイル中心を基準としてもっとも離れた内径D(半径D/2)の位置において少なくとも2π[rad]の位相を与えることにより、核磁化ベクトルが十分に分散されると考えられる。したがってコイル内での位相が最も大きな差となる直径両端同士では、FID信号が十分に減衰することを望むτ/2の時間の間に少なくとも±2π[rad]、すなわち4π[rad]だけ互いに位相がずれるよう静磁場に不均一性を与えることで、FID信号の良好な減衰を得ることができる。
【0045】
一方、プロトン1Hの核磁気回転比はγ[Hz/T]=γ・10-4[(gauss・sec)-1]=42.6・102[(gauss・sec)-1]である。したがってこれに勾配磁場強度D・ΔG[gauss]を乗じて求まる回転角振動数Δωは、
Δω=D・ΔG・2π・γ・10-4[rad/sec] (4)
と表される。この回転角振動数Δωは、計測領域となるコイル内径Dの両端間に静磁場強度の差が印加された条件下での核磁化ベクトルの回転角振動数の差である。
【0046】
そしてこの回転角振動数の核磁化ベクトルが、時間τ/2[sec]の間にコイルの両端に少なくとも4π[rad]の位相差を生じたときに、FID信号が上記のように十分に減衰されると考えられることから、
D・ΔG・2π・γ・10-4・τ/2≧4π (5)
と立式される。
【0047】
上記式(5)を変形すると、
D・ΔG[gauss]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧4 (6)
となり、これが、上記式(3)の右辺となる。
【0048】
上記式(6)と、プロトン1Hの核磁気回転比(γ)および計測者が設定した励起間隔(τ)とから、かかる計測における好ましい勾配磁場強度(D・ΔG)の下限値が決定される。
【0049】
具体的には、τ=10-2[sec]とした場合、プロトン性溶媒のエコー信号計測およびこれに基づくプロトン性溶媒量の算出にあたっては、上記式(6)より
D・ΔG≧0.094≒0.1[gauss] (7)
となる。
したがって計測に用いる小型表面コイルの内径(D[m])に応じて、試料に印加すべき好適な勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])の範囲の下限値が求められる。
【0050】
一方、小型表面コイルに印加する静磁場の勾配磁場強度が大きくなると、FID信号の減衰がさらに促進して計測されるエコー信号のばらつきは小さくなるが、磁化ベクトルの位相の分散が大きくなるため、計測されるエコー信号の絶対値も小さくなっていく。これは、計測対象としている水分子がブラウン運動によって試料中をランダムに移動し、異なる静磁場領域に移動してしまうことで、スピンエコーの位相収束機能が十分に効かないようになってしまうためである。したがって勾配磁場強度が過大となると、例えばプロトン性溶媒の量の時間変化を測定する場合などは、計測値の絶対値に対する誤差のウェイトが高くなってくるため、その変化量を精度よく追跡することが困難となる。
【0051】
具体的には、上記式(6)で求まる下限値に対して100倍程度までであれば、計測されるエコー信号の絶対値が過小となることがなく、プロトン性溶媒の時間変化を実用的なレベルで算出することができる。これにより、上記式(3)の左辺が決定される。
【0052】
なお、励起間隔τ=10-2[sec]とする本実施形態においては、
10[gauss]≧D・ΔG (8)
と設定される。
したがって上記式(7),(8)より、本実施形態で静磁場印加部150より試料に印加する静磁場の勾配磁場強度の好適な範囲は、
10≧D・ΔG[gauss]≧0.1 (9)
と設定される。
【0053】
なお、上記式(3)において左辺の上限値を右辺の下限値の50倍とする、すなわち
200≧D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec] (10)
と設定することにより、特にプロトン性溶媒量の経時的な変化を測定する場合に、計測値の誤差を実用的なレベルに抑えることができる。
【0054】
<計測装置について>
図4は本実施形態の計測装置10の概略構成の一例を示すハードウェア構成図である。また図5は本実施形態の計測装置10の機能ブロック図である。
計測装置10の各構成要素は、CPU、メモリ、メモリにロードされた本図の構成要素を実現するプログラム等を中心に、ハードウェアとソフトウェアの任意の組合せによって実現される。そして、その実現方法、装置にはいろいろな変形例があることは、当業者には理解されるところである。
なお図4の一部は、ハードウェア単位の構成ではなく機能単位のブロックを示している。
【0055】
計測装置10は、核磁気共鳴法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する装置である。そして計測装置10は、試料115に対して静磁場H0を印加する静磁場印加部150と、試料115に印加される静磁場H0の強度を制御する静磁場強度制御部(制御部)307とを備えている。また計測装置10は、試料115の一部に対して励起用振動磁場(180°パルス)を印加するとともに、励起用振動磁場に対応するエコー信号を取得する小型RFコイル114を備えている。
そして計測装置10においては、制御部307が上記式(9)で表される所定の勾配磁場強度変化量(ΔG)の静磁場を、静磁場印加部150より試料115に印加させる。
【0056】
また本実施形態の計測装置10は、取得されたエコー信号の強度から、試料115の特定箇所におけるプロトン性溶媒の量を算出する溶媒量算出部(演算部)130をさらに備える。
演算部130では、取得されたエコー信号に基づいて試料中の局所的な水分量を算出する。具体的な算出ステップ(図2を参照)における処理方法は上述したとおり、大別して2通りを採ることができる。一つはエコー信号の強度からT2緩和時定数を算出し、この値を水分量に換算して求める方法であり、もう一つはエコー信号の強度を水分量に直接換算する方法である。
【0057】
本実施形態の計測装置10によれば、固体高分子電解質膜(PEM)中のプロトン性溶媒の透過特性を評価することができる。計測装置10は、さらに具体的には、燃料電池の固体高分子電解質膜のクロスオーバ特性を評価する装置として用いることができる。
【0058】
以下、計測装置10の構成について詳細に説明する。
計測装置10は、前述した小型RFコイル114、永久磁石113、静磁場調整用シムコイル151、制御部307、演算部130に加え、RF発振器102、変調器104、RF増幅器106、プリアンプ112、検波器301、A/D変換器118、スイッチ部161、計時部128、シーケンステーブル127、操作信号受付部129、データ受付部131、電流駆動用電源159、記憶部305、出力部135等を備える。
【0059】
試料115は、測定対象となる試料中にプロトン性溶媒(本実施形態では水)が保持された構成を有する。試料115を構成する試料は、膜、塊状物質等の固体、液体、寒天ゲル等のゼリー状物質等のゲル等、種々の形態のものとすることができる。膜状物質の場合、局所的なプロトン性溶媒量の測定結果が安定的に得られる。特に、固体電解質膜等のように、膜中に水分を保持する性質の膜を試料とした場合、測定結果がいっそう安定的に得られる。
試料載置台116は試料115を載置する台であり、所定の形状、材質のものを用いることができる。
【0060】
本実施形態の静磁場印加部150は、均一磁場印加部である永久磁石113と、勾配磁場印加部である静磁場調整用シムコイル151とを組み合わせてなる。永久磁石113は試料115の全体に及ぶ均一な静磁場を形成し、静磁場調整用シムコイル151は勾配磁場を形成する。したがって両者を組み合わせることにより、試料115には静的な勾配磁場が印加される。
【0061】
静磁場調整用シムコイル151の配置態様は様々であり、例えば、小型RFコイル114から離間して配置してもよく、小型RFコイル114と同一平面内に設けられた平面コイルとしてもよい。または図4,5に示すように小型RFコイル114を挟んで配置された一対の勾配磁場印加コイルとしてもよい。あるいは、これらの構成を任意に組み合わせたものとしてもよい。
【0062】
また本実施形態においては、一対の勾配磁場印加コイルの平面形状が略半月状であって、半月の弦同士を小型RFコイル114側に向けて対向配置された構成としてもよい。こうすることにより、省スペース化を図りつつ、高精度の局所的測定が可能となる。なお、本明細書において、略半月状とは、一対の平面コイルが弦状の直線領域を有し、これらを対向配置することにより、直線領域に垂直な方向に傾斜する勾配磁場を試料に印加することが可能な構成であることをいい、このような勾配磁場の印加が可能であれば、コイルの月型の平面形状が半月より大きくても小さくてもよい。
【0063】
本実施形態の計測装置10においては、後述のように均一磁場を印加した状態で他の計測モードにてプロトン性溶媒の計測を行う場合に備え、静磁場強度制御部(制御部307)では静磁場印加部150より印加させる静磁場の勾配の強度を実質的にゼロに切り換え可能としてもよい。
ただし本発明における静磁場印加部150は、上記のようにコイルを用いて構成することは必須ではなく、永久磁石のみによって構成してもよい。
【0064】
静磁場印加部150は、試料115に印加される静磁場に所定の不均一性を制御可能に与えることのできる手段であればよく、コイルに電流を流す方法、静磁場内に磁性体などを挿入する方法がある。したがって静磁場印加部150としては、例えば永久磁石113の磁極面に低透磁率材料を局所的かつ離散的に貼付するなどして、当該磁極面が発する静磁場の均一性を敢えて乱すこととしてもよい。
以下、本実施形態および下記の実施例においては、静磁場を不均一にする手法として静磁場調整用シムコイル151(勾配磁場コイル)を用いる場合を例に説明するものとする。勾配磁場コイルは、単純な構成でありながら、電流により静磁場不均一性を容易に調整できる。
【0065】
小型RFコイル114は試料115よりも小さい。具体的には試料全体の大きさの1/2以下とすることが好ましく、1/10以下とすることがより好ましい。このようなサイズとすることにより、試料115中の水分子の量を短時間で正確に測定することが可能となる。
なお、試料の大きさとは、たとえば、試料を載置したときの投影面積とすることができ、小型RFコイル114の専有面積を、上記投影面積の好ましくは1/2以下、より好ましくは、1/10以下とする。小型RFコイル114の大きさは、たとえば、直径0.01mm以上、100mm以下とすることが好ましい。
【0066】
小型RFコイル114としては、たとえば、図6に示すような、平面型の渦巻きコイルを用いることができる。このような平面型コイルを使用することで、計測領域を限定することができる。渦巻き型のコイル(小型RFコイル)の計測領域は幅がコイルの直径程度、深さがコイル直径の1/5〜1/2程度となる。
図7は、セルに設置した小型表面コイルをLC共振回路に接続した様子を示す図である。
また、小型表面コイルは、通常のソレノイド型コイルと異なり、平面状であるために、図8に示すように、平面状の試料の上に押し付けるだけでNMR信号を取得することができる。
【0067】
小型RFコイル114により印加される振動磁場(励起用振動磁場)は、RFパルス生成部210によって生成される。
RFパルス生成部210は、RF発振器102、変調器104、RF増幅器106および制御部307の機能を含んで構成される。
【0068】
まず制御部307は、試料115の置かれた静磁場中におけるプロトン性溶媒のスピン共鳴周波数に同調するよう励起用振動磁場の周波数を決定する。
RF発振器102は上記決定された周波数の信号を発信する。
変調器104は、RF発振器102が発信した信号をパルス形状に変調してRFパルス(90°パルスおよび180°パルス)を生成する。
RF増幅器106は、RFパルスを増幅して小型RFコイル114へ送出する。
小型RFコイル114は、試料載置台116に載置された試料115の特定箇所に対して、かかるRFパルスを印加する。
【0069】
なお、制御部307にはシーケンステーブル127および計時部128が接続されている。シーケンステーブル127には、水分量を測定する際の高周波パルスのシーケンスデータが記憶されている。具体的には、試料115中の水分量を測定するための高周波パルスを発生させる時刻と、その間隔とが設定されたタイミングダイアグラムと、これに基づいて変調器104が生成する高周波パルスの強度とが記憶されている。制御部307は計時部128によりパルス発生時刻を計時しつつ、シーケンステーブル127にしたがって励起用パルスを生成する。
【0070】
上記のような励起用振動磁場の印加およびNMR信号の取得は、小型RFコイル114を含むLC回路により実現することができる。このようなLC回路の一例を図8に示す。
核磁気共鳴(NMR)法においては、磁場中に置かれた原子核のスピン共鳴現象により核磁化の運動をNMR信号として検出することで原子数密度とスピン緩和時定数を計測することができる。1[Tesla]の磁場中でのスピン共鳴周波数は約43MHzであり、その周波数帯を高感度に選択的に検出するために、同図に示すようなLC共振回路が用いられる。
【0071】
小型RFコイル114によりRFパルスが印加された試料115からはこれに対応した核磁気共鳴信号(エコー信号)が発生する。小型RFコイル114はこれを取得してNMR信号検出部220に送出する。
NMR信号検出部220は、エコー信号を増幅するプリアンプ112、励起用振動磁場の周波数をもとに核磁気共鳴信号を検波する検波器301、およびA/D変換器118を含んで構成される。
検波器301においては、上記特許文献1と同様に、取得したエコー信号はRF発振器の基本波を元にして検波される。かかるエコー信号は、A/D変換器118でA/D変換されて演算部130へ送出される。
【0072】
また、小型RFコイル114、RFパルス生成部210およびNMR信号検出部220は、スイッチ部161(図4においては□の中に×印の記号で示されている)を介して接続されている。
スイッチ部161は、小型RFコイル114とRFパルス生成部210(RF増幅器106)とが接続された第1状態、および、小型RFコイル114とNMR信号検出部220(検波器301)とが接続された第2状態を切り替える送受信切り替えスイッチである。
小型表面コイルを用いてNMR信号を取得する計測装置10の場合には、受信するNMR信号が微弱であるため送受信の切り換えスイッチを用いるとよい。
【0073】
スイッチ部161は、RF増幅器106(図4におけるRF power-amp)で増幅された励起パルスを小型RFコイル114に伝送する際には、受信系のプリアンプ112(同Pre-amp)を切り離して大電圧から保護する。また励起後にNMR信号を受信する際には、スイッチ部161はRF増幅器106から漏れてくる増幅用大型トランジスタが発するノイズをプリアンプ112に伝送しないように遮断する。
また、1Teslaの磁場中でのスピン共鳴周波数は約43MHz(この周波数帯をRadio frequencyと呼ぶ)であり、その周波数帯を高感度に選択的に検出するために、図8に示すようなLC共振回路が用いられる。
【0074】
<静磁場調整用シムコイルについて>
静磁場調整用シムコイル(Gradient Coil:勾配磁場コイル)151は、試料115に勾配磁場を印加できるように配置される。本実施形態において具体的には、図9に模式的に示すように、静磁場調整用シムコイル151は小型RFコイル114を挟んで、各軸ごとに対向して配置されている。より具体的には、静磁場調整用シムコイル151はZ方向の勾配磁場コイル(Gzコイル)154と、Y方向の勾配磁場コイル(Gyコイル)153と、X方向の勾配磁場コイル(Gxコイル:図示せず)とを組み合わせてなる。各軸の方向は図4に示す直交座標と対応している。小型RFコイル114は、コイル中心を座標原点とするZX平面内に置かれているものとする。また永久磁石113の静磁場H0はZ方向に印加されているものとする。
Gzコイル154はXY平面内に巻回面をもつループコイルであり、小型RFコイル114を±Z方向に挟んで配置されている。そして個々のGzコイル154への通電量を調整することで小型RFコイル114に対してZ方向に所望の勾配磁場を印加することができる。
Gyコイル153(153a〜153d)はそれぞれYZ平面の第一から第四象限に配置された半月状のコイルであり、その弦にあたる直線部はX方向に伸びて配置される。各象限に配置されたGyコイル153a〜153dへの通電量を調整することで、小型RFコイル114に対してY方向に所望の勾配磁場を印加することができる。
Gxコイルは、Gyコイルと同様の構成とし、これらをZ軸まわりに90度回転させた位置に配置することができる。
なお、個々の静磁場調整用シムコイル151(Gxコイル、Gyコイル、Gzコイル)の形状は、上記に限られず種々のものを採用し得る。
小型RFコイル114と静磁場調整用シムコイル151との間には、図示しない遮蔽シールドが設けられている。この遮蔽シールドにより、静磁場調整用シムコイル151からのノイズが、小型RFコイル114に影響するのを防止している。遮蔽シールドは、ノイズの通過を防止し、かつ、磁場が通過できるような厚さとなっている。
【0075】
本実施形態の計測装置10は、静磁場調整用シムコイル151を用いて上記式(9)で規定される勾配磁場強度変化量(ΔG)の勾配磁場を試料115に印加する。
【0076】
制御部307は、トランスやトランジスタなどにより構成される電流駆動用電源159を介して静磁場調整用シムコイル151への電流の供給を制御することにより、試料115に印加される静磁場の強度を制御する静磁場強度制御部として機能する。
【0077】
小型RFコイル114により取得されてA/D変換器118でA/D変換されたエコー信号は、データ受付部131で取得されて演算部130に送られる。
演算部130では、エコー信号強度と、記憶部305に記憶された検定データとに基づいてプロトン性溶媒の量を算出する。すなわち演算部130は水分量算出部132として機能する。
また演算部130ではこのほか、後述のようにエコー信号に基づいてT2(CPMG)値を算出する。また水分量算出部132は、算出されたT2(CPMG)値と検定データとから、プロトン性溶媒の量を算出してもよい。
【0078】
演算部130により算出された水分量のデータは出力部135より出力される。具体的な出力部135は限定されるものではなく、ディスプレイ装置であっても、半導体記憶装置であっても、他の出力装置であってもよい。
【0079】
なお、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的が達成される限りにおける種々の変形、改良等の態様も含む。
ここで、NMR法を用いれば、プロトン性溶媒の量のみならず、プロトン性溶媒中の特定箇所の他の特性値をも計測することができる。本明細書では、かかる他の特性値の計測を第二計測モードと呼ぶ。計測される特性値としては、例えばプロトン性溶媒の易動性、溶媒中を流れる電流、固体高分子電解質膜中のプロトン性溶媒の透過特性などを挙げることができる。
【0080】
プロトン性溶媒の易動性とは、試料中におけるプロトン性溶媒の移動のしやすさを表す物性値をいう。このような物性値としては、自己拡散係数、および移動度(移動速度)等のパラメータが挙げられる。
すなわち本実施形態の計測装置10は、小型RFコイル114で取得されたエコー信号に基づいて試料115中のプロトン性溶媒の易動性を算出する易動性算出部をさらに備え、かかる易動性算出部が、計測されたエコー信号の情報に基づいて、試料115中の特定箇所の易動性を算出することとしてもよい。易動性算出部の機能は、演算部130によって実現することができる。
【0081】
かかる易動性の計測にあたっては、プロトン性溶媒量の計測と同様に、試料115に印加する静磁場を勾配磁場とするなどしてその不均一性をある一定時間の間だけ増大して行うとよい。
したがって本実施形態の計測装置10にて、第一計測モード(プロトン性溶媒量計測)と切り換えて第二計測モードにて易動性を計測する場合は、静磁場調整用シムコイル151により勾配磁場を引き続き小型RFコイル114に印加した状態で行う。ただし易動度計測にあたっては、これに適した状態に勾配磁場強度変化量(ΔG)を調整し直したうえで、上記ある一定時間だけかかる勾配磁場を印加するようにすることができる。
【0082】
一方、例えば電流を計測する場合、エコー信号の周波数と180°励起パルスの周波数との差分(周波数シフト量)を算出し、かかる差分から電流値を算出することができる。
すなわち本実施形態の計測装置10は、励起用振動磁場の周波数と、エコー信号の周波数との差分を算出する周波数シフト量算出手段をさらに備えることとしてもよい。周波数シフト量算出手段の機能は、演算部130によって実現することができる。
【0083】
ここでプロトン性溶媒の電流計測にあたっては、試料に印加する静磁場の均一性が高いほど周波数シフト量のばらつきが抑えられ、計測値が安定化する。その理由は、静磁場の均一性が高いほど長い時間に渡ってFID信号およびスピンエコー信号が取得でき、周波数の変化量をより長い時間に渡って観測できるために、変化速度の算出精度が向上するためである。
【0084】
したがって本発明においてプロトン性溶媒の電流計測を行う場合は、静磁場調整用シムコイル151で印加する勾配磁場の強度を実質的にゼロとした状態で行うことが好ましい。つまり本実施形態の計測装置10にて、第一計測モード(プロトン性溶媒量計測)と切り換えて第二計測モードにて電流を計測する場合は、静磁場調整用シムコイル151の磁場出力を調整し、静磁場印加部150によって試料115に印加される勾配磁場強度を実質的にゼロとして行うとよい。かかる磁場出力の調整は制御部307によって実現される。また計測モードの切り換えは、操作信号受付部129を通じた操作者の切り換え命令に基づき、制御部307によって行うことができる。すなわち制御部307は第一計測モードと第二計測モードとを切り換える切り換え手段として機能する。
【0085】
なお、ここでいう勾配磁場強度が実質的にゼロであるとは、静磁場を印加している永久磁石113がもともと持っている静磁場の不均一性や、磁化率がゼロではない試料115や小型RFコイル114などを磁場中に挿入したことで新たに形成される磁場の不均一性に起因して生ずる磁場の勾配と同等程度またはそれ以下の磁場勾配であることをいう。
【0086】
また、プロトン性溶媒の透過特性を計測する場合については、アルコール類と水など二種類以上のプロトン性溶媒を含む試料から、一のプロトン性溶媒のみを示す化学シフト値のスペクトルを取得して、膜中の特定箇所における上記一のプロトン性溶媒量の比率を算出して行うことができる。
すなわち本実施形態の計測装置10は、試料が二種類以上のプロトン性溶媒を含むとともに、上記取得されたエコー信号に基づいて、一のプロトン性溶媒のみを示す化学シフト値のスペクトルを取得するスペクトル取得手段と、当該スペクトルの強度に基づいて、膜中の特定箇所における上記一のプロトン性溶媒量の比率を算出する透過特性算出手段と、を備えることとしてもよい。スペクトル取得手段および透過特性算出手段の機能は、演算部130によって実現することができる。
【0087】
また上記膜中のプロトン性溶媒の透過特性の計測にあたっても、静磁場が不均一であるほど、観測できるFID信号が短くなり、スペクトル解析での周波数分解能が低下することから、試料に印加する静磁場は均一であることが好ましい。例えばアルコール類のCHとOHスペクトルの分離を必要とする場合に、静磁場が不均一であるとスペクトルの分離が困難となるからである。
【0088】
したがって本発明においてプロトン性溶媒の透過特性の計測を行う場合は、静磁場調整用シムコイル151で印加する勾配磁場の強度を実質的にゼロとした状態で行うことが好ましい。つまり電流計測と同様に、本実施形態の計測装置10にて、第一計測モード(プロトン性溶媒量計測)と切り換えて第二計測モードにて透過特性を計測する場合は、静磁場印加部150によって試料115に印加される勾配磁場強度を実質的にゼロとして行うとよい。
【0089】
すなわち本実施形態の計測装置10は、静磁場印加部150が所定の勾配磁場強度変化量(ΔG)の勾配磁場を試料に印加した状態で取得されたエコー信号の強度からプロトン性溶媒の量を算出する第一計測モードと、静磁場の勾配の強度が実質的にゼロである状態で取得されたエコー信号の強度からプロトン性溶媒の他の特性値を計測する第二計測モードと、を切り換える切り換え手段をさらに備えることとしてもよい。
【0090】
上記のように本発明において、プロトン性溶媒量に加えて、プロトン性溶媒の易動性、電流、透過特性などをも計測可能とすることにより、試料の特定箇所で生じている現象を多角的に把握することが可能となる。特に、燃料電池の固体電解質膜の計測に本発明を適用した場合、発電状態における電流とプロトン性溶媒の存在状態を的確に把握することができる。
【実施例】
【0091】
以下、実施例および比較例を用いて本発明によるエコー信号の計測技術、およびプロトン性溶媒量の計測技術について更に詳しく説明する。
【0092】
[実験1]
図4および図5に図示した計測装置10を用いてCPMG法によりNMR計測を行った。
小型RFコイル114は、図6に示すように線径50μmの導線を略同心円状に3回巻き、共振回路のコイル部(インダクタンス部)の内径D=0.91mm、外径=1.3mmの小型表面コイルとした。
【0093】
試料115には、水を含む高分子電解質膜を用いた。具体的には、図10に示すように固体高分子電解質膜の周囲にガスと水を流すことができる流路付セルを製作して用いた。流路の幅は1.0mm、深さ1.0mmである。かかる固体高分子電解質膜の片側に水を供給し、もう片側を窒素ガスで乾燥させて、長時間保持し、高分子電解質膜への水の供給と蒸発が釣り合った定常状態とした。
図11は流路付セルの構成の一例を示す図である。
かかる二つのセルを向かい合わせにして、その間に高分子電解質膜を挟んだ。固体高分子電解質膜には、寸法15mm×15mm、厚さ500μmの高分子膜(旭硝子株式会社製、商品名フレミオン)を用いた。高分子電解質膜表面に触媒は用いていない。
【0094】
セルの上側の流路には窒素ガスを50[ml/min]で供給し、下側の流路には水を供給した。小型RFコイル114はガス側のセルに埋め込まれており、ガス供給側から高分子電解質膜の表面に押し付けられている。なお本実施例ではセル温度を20℃とした。
【0095】
比較例1(Case1)、実施例1(Case2)、および実施例2(Case3)として、静磁場調整用シムコイル151に流す電流値を三通りとし、それによって静磁場の均一度(不均一性)を変化させながらCPMG計測を行った。CPMG法では、90°励起パルスから次の180°励起パルスまでの時間(τ)を10msecとした。また同様に、180°励起パルスからエコー信号がピークを迎えるまでの時間は同じく10msecとした。
【0096】
下記表1に、シムコイルに流した電流値のダイヤルの読み値[a.u.]を示した。本実施例および比較例では、カーテシアン座標系の(X,Y,Z)に従って、直交する3つの空間軸のそれぞれに静磁場調整用のシムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)を配置した。それぞれのシムコイルにそれぞれの電流IGを与えることで、シムコイルの幾何学的中心を原点に、勾配GがIGに比例する直線状の静磁場を印加することができる。
【0097】
【表1】

【0098】
試料115が受ける磁場は、この静磁場調整用シムコイル151による直線状静磁場HGと、永久磁石113による静磁場H0とを加えた値である。例えば、X方向のシムコイルGX-coilであれば、試料の位置がx[m]であるとして、試料が受ける静磁場H[gauss]は、
H=H0+HG
G=GX・(x-x0) (11)
となる。
【0099】
0[m]はシムコイルの中心位置、GXはx方向のシムコイルGX-coilが印加する静磁場の勾配[gauss/m]である。本実施例・比較例に用いた計測装置10では、シムコイルに流す電流IGはダイヤルの読み値を用いて表される。電流IGとダイヤルの読み値とは正比例の関係にあり、さらに電流IGと静磁場の勾配は正比例の関係にある。
【0100】
本実施例(比較例)の場合、比例係数は208と算出された。かかる比例係数を用いれば、GX-coilに流した電流のダイヤルの読み値から印加した静磁場の勾配GX[gauss/m]が分かる。その関係は以下のようになる。
X=208×(ダイヤルの読み値) (12)
なお、この関係は3つのシムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)ですべて同一である。
【0101】
比較例1(Case1)は、観測したFID信号が最も長くなるように、シムコイルに流す電流を調整した場合である。かかる電流を、「T2*を最長にするシム電流のダイヤル読み値」と記す。そしてCase1は、計測している試料の計測領域で「最も静磁場が均一な状態にある場合」であり、これを試料に印加された静磁場の基準とする。この場合のダイヤル読み値がゼロでない理由は、静磁場を印加している永久磁石がもともと持っている静磁場の不均一性や、磁化率がゼロではない試料やコイルなどを磁場中に挿入したことで新たに形成される磁場が静磁場の不均一性を引き起こし、その不均一性を補正するようにシムコイルに電流を流すことで静磁場を均一に調整しているためである。したがってCase1のダイヤルの読み値を「静磁場が均一な場合」の基準の値とする。そして基準値からの増減分(変化量)が、静磁場調整用シムコイル151によってさらに加えられた勾配磁場強度の変化量ΔGに相当する。
【0102】
実施例1(Case2)および実施例2(Case3)は、「静磁場が不均一な場合」である。実施例2では、実施例1よりも勾配磁場強度を高くすることで静磁場の不均一さを増している。表中の( )内の数値は、Case1の値からの増減量を示している。
【0103】
下記表2に、表1中の( )内の数値を基に上記式(12)から算出した、各シムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)でそれぞれ与えたX、Y、Z方向の勾配磁場強度ΔG、ΔG、ΔGと、それらの合成ベクトルとしての勾配磁場強度の変化量ΔG[gauss/m]を示す。このΔGは、Case1を基準として、それからさらにどの程度の勾配磁場強度を印加したかの増減量を示している。シムコイルは3軸あるため、三つの勾配磁場強度を統合した勾配磁場強度の変化量ΔGの評価値を、各勾配磁場強度(ΔGX,ΔGY,ΔGZ)の二乗和の平方根として計算した。
そしてこれに小型RFコイル114の内径(D=0.91・10-3m)を乗じた勾配磁場強度D・ΔG[gauss]の値をあわせて同表に示す。実施例1,2については上記式(9)を満足している。
【0104】
なおNMR計測条件としては、90°励起パルスの繰り返し時間(TR)は10秒、90°励起パルスのダミー回数は4回、NMR信号の積算回数は1回、共鳴周波数は43.37MHzとした。
【0105】
【表2】

【0106】
以下、比較例1(Case1)、実施例1(Case2)、実施例2(Case3)の各計測結果、およびこれに基づく算出結果を順に説明する。
【0107】
(比較例1について)
Case1の条件で取得したNMR信号の波形を図12(a),(b)に示す。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示し、同図(b)は同図(a)の0〜100msecの部分を拡大して示している。
【0108】
比較例1の場合、同図(b)で見られるように、90°励起パルス後のFID信号が長く引いており、次の180°励起パルス(1)が照射されるまでのτ=10msecの間にはほとんど減衰していなかった。このため、観測すべきエコー信号はFID信号と干渉し、明確な山形のエコー信号として認識することができなかった。この場合、単純にFID信号とエコー信号とが重なりあっているだけではなく、磁化ベクトルの運動そのものが干渉して、次の180°励起パルス(2)を照射する際に、干渉していない場合とは全く異なる磁化ベクトルの運動を引き起こしているといえる。これにより、取得されるエコー信号が不安定になったと考えられる。
【0109】
取得したNMR信号から、「偶数番目のエコー信号強度」のみを抽出し、それを対数プロットした。このプロッタを基にして、最小二乗法によって直線近似し、その直線の勾配からT2(CPMG)緩和時定数(T2(CPMG)値)を算出した。T2(CPMG)値の算出には、上記特許文献1に記載の方法を用いることができる。
【0110】
図13は、比較例1の条件による計測を16回繰り返してそれぞれ算出された、実験回数とT2(CPMG)値との関係の推移を示す図である。同図より、比較例1(Case1)において算出されるT2(CPMG)値にはばらつきが大きいことが分かる。これを定量的に評価する。
【0111】
得られた16回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)を求めた。これを下記表3に示す。
また、CPMG法で取得された2番目、4番目、6番目の3つのエコー信号強度の平均値(エコー信号強度の各回平均値)を16回分に亘って算出した。かかる各回平均値のばらつきに関する標準偏差と変動係数を同表に示す。なお、エコー信号強度の各回平均値を、さらに実験回数分に亘って平均したものを、以下「平均エコー信号強度」という。なお本発明において断りなくエコー信号強度と表現した場合はこの平均エコー信号強度を意味するものである。
また、2番目、4番目、6番目にあたる180°励起パルス(2)、(4)、(6)(180°励起パルス(2)については図1を参照)の照射からτ/3≒3.5msecだけ経過したそれぞれの時点で観測される3つのFID信号強度の平均値(τ/3時のFID信号強度の各回平均値)についても同様に16回分に亘って算出した。かかるFID信号強度の各回平均値のばらつきに関する標準偏差と変動係数を同表に示す。なお、τ/3時のFID信号強度の各回平均値を、さらに実験回数分に亘って平均したものを、以下「τ/3時の平均FID信号強度」という。なお本発明において断りなくFID信号強度または自由誘導減衰信号強度と表現した場合はこのτ/3時の平均FID信号強度を意味するものである。
さらに同表には、上記のエコー信号強度の各回平均値と、上記のτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比を、実験回数分に亘って平均したもの(以下、「エコー信号強度/FID信号強度の平均」という)についても表記している。
そして同表では、実施例1(Case2)と実施例2(Case3)についても同様に計測および算出を行った結果についてもまとめて表記している。
【0112】
【表3】

【0113】
T2(CPMG)値が大きくばらつく原因を調べるための情報としては、エコー信号の強さ、励起パルス照射後のFID信号の強さ、および、エコー信号強度の明確さがある。
【0114】
図14は、エコー信号強度の各回平均値が実験回数ごとにどのように推移するかを示した図である。
同図より、比較例1においてはエコー信号強度の各回平均値自体がばらついていることが分かる。本来、定常状態の高分子電解質膜(試料115)のエコー信号は一定であるはずであり、このような激しい増減は見られない。
【0115】
そこで、3つの180°励起パルス(2)、(4)、(6)の照射から3.5msec後にそれぞれ観測される3つのFID信号の信号強度の平均値(τ/3時のFID信号強度の各回平均値)をプロットした。ここで、3.5msecとは、上記のように180°励起パルスの照射からエコー信号がピークとなる10msec(=τ)の約3分の1としたものである。
かかる時間は、上記式(5)を導いた際に設定したτ/2[sec]よりも安全側、すなわちFID信号とエコー信号との干渉がより十分に避けられる時間である。
【0116】
すなわちτ/2程度の時間の間にFID信号が減衰していれば、エコー信号のピーク強度の測定に際してFID信号の影響が回避され、更にτ/3程度の時間内にFID信号が減衰していれば、その後に発生するエコー信号の全体に亘ってFID信号との干渉が生じないと考えられる。
【0117】
そこで比較例1のCase1について、2、4、6番目の180°励起パルスを照射してからそれぞれ3.5msecだけ経過した時点でのFID信号の平均信号強度を算出した。
図15は、かかる平均信号強度が実験回数ごとに推移する様子を示す図である。
また、かかる算出を16回に亘って繰り返した場合のFID信号強度の標準偏差と変動係数を上記表3に記載している。
【0118】
図14と15とを比較すると、FID信号強度とエコー信号強度とがほぼ同程度であることが分かる。またエコー信号の増減と同期して、FID信号も激しく増減していることが分かる。エコー信号強度がFID信号に埋もれることなく明確に識別できるかどうかは、図14のエコー信号強度と、図15のFID信号強度との比によって表される。
【0119】
図16には、エコー信号強度の各回平均値と、τ/3時のFID信号強度の各回平均値との比が実験回数ごとにどのように推移しているかを示した。またこの比の平均値(エコー信号強度/FID信号強度の平均)を算出したところ、上記表3に記載のように1.27となった。
【0120】
(実施例1について)
勾配磁場強度変化量ΔGを270[gauss/m]に増加させて、試料115に印加する静磁場にある程度の不均一さを与えたCase2に関する計測結果および算出結果を以下に示す。計測方法や算出方法は上記比較例1と共通する。
【0121】
Case2の条件で取得したNMR信号の波形を図17(a),(b)に示す。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示し、同図(b)は同図(a)の0〜100msecの部分を拡大して示している。
【0122】
Case1と同様に、Case2の条件での計測を16回繰り返した。
図18は、実験回数とT2(CPMG)値との関係を示す図である。さらに、得られた16回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)を求めた。これらを上記表3に示した。
【0123】
同図および算出結果から、実施例1は比較例1と比較してT2(CPMG)値のばらつきが減少し、T2(CPMG)値の標準偏差とその変動係数が減量していることが分かる。そしてこれは静磁場調整用シムコイル151により試料115に所定の勾配磁場強度変化量の静磁場を印加したことに起因している。
【0124】
また、計測されたエコー信号の強さ、励起パルス照射の3.5msec後のFID信号の強さ、および、エコー信号とFID信号との比(エコー信号の明確さ)を、上記Case1と同様に16回に亘り算出した。
図19(a)、(b)、(c)はその算出結果である。同図(a)は、エコー信号強度の各回平均値の実験回数ごとの推移を表す。同図(b)は、τ/3時のFID信号強度の各回平均値の実験回数ごとの推移を表す。同図(c)は、エコー信号強度の各回平均値と、τ/3時のFID信号強度の各回平均値との比に関する実験回数ごとの推移を表す。
【0125】
これらの結果より、実施例1(Case2)は、比較例1(Case1)に比べて、励起パルスを照射してτ/3(3.5msec)後のFID信号の強さが低下し、エコー信号とFID信号との比が増加し、T2(CPMG)値が安定してきたことが分かる。
【0126】
(実施例2について)
勾配磁場強度変化量ΔGを532[gauss/m]に増加させて、試料115に印加する静磁場に十分な不均一さを与えたCase3に関する計測結果および算出結果を以下に示す。計測方法や算出方法は上記比較例1および実施例1と共通する。
【0127】
Case3の条件で取得したNMR信号の波形を図20(a),(b)に示す。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示し、同図(b)は同図(a)の0〜100msecの部分を拡大して示している。この図から、Case3の条件で取得したNMR信号は、FID信号とエコー信号とが干渉せず、エコー信号は明確なピークを持つ山形の形状となることが分かる。
【0128】
Case1と同様に、Case3の条件での計測を16回繰り返した。
図21は、実験回数とT2(CPMG)値との関係を示す図である。さらに、得られた16回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)を求めた。これらを上記表3に示した。
【0129】
同図および算出結果から、実施例2は比較例1と比較してT2(CPMG)値のばらつきが減少し、T2(CPMG)値の標準偏差とその変動係数が減量していることが分かる。そして実施例2は実施例1よりも上記式(9)の範囲内でより高い勾配磁場強度(D・ΔG)を小型RFコイル114に印加したことにより、T2(CPMG)値のばらつきがより抑えられたことが分かる。
【0130】
また、計測されたエコー信号の強さ、励起パルス照射の3.5msec後のFID信号の強さ、および、エコー信号とFID信号との比(エコー信号の明確さ)を、上記Case1,2と同様に16回に亘り算出した。算出結果を図22(a)、(b)、(c)に示す。同図(a)はエコー信号強度の各回平均値の実験回数ごとの推移を示す。同図(b)はτ/3時のFID信号強度の各回平均値の実験回数ごとの推移を示す。同図(c)はエコー信号強度の各回平均値と、τ/3時のFID信号強度の各回平均値との比に関する実験回数ごとの推移をそれぞれ表す。
【0131】
エコー信号強度については、2番目のエコーについてのみ計測してもよいが、上記のように2,4,6番目など偶数番目の複数のエコーの信号強度を平均して用いることによりS/N比を向上することができる。
【0132】
これらの結果より、実施例2(Case3)は、比較例1(Case1)に比べて、180°励起パルスを照射してからτ/3(3.5msec)経過後のFID信号の強さがノイズレベルにまで低下し、エコー信号強度/FID信号強度の平均が約10にまで増加している。これにより、T2(CPMG)値が良好に安定したことが分かる。
【0133】
T2(CPMG)値が安定に計測できていることを示す指標のひとつとして、上記表3に示されているT2(CPMG)値の標準偏差がある。標準偏差が大きければ、T2(CPMG)値は大きくばらつき、小さければ安定的にT2(CPMG)値が計測できているといえる。
【0134】
図23は、縦軸にT2(CPMG)値の標準偏差を、横軸に勾配磁場強度(D・ΔG[gauss])をとったものであり、左から順にCase1,2,3がプロットされている。同図より、D・ΔGが大きいほど、T2(CPMG)値を安定的に計測できることが分かる。
【0135】
試料115(高分子電解質)をCPMG法により計測して得られたT2(CPMG)値と、2、4、6番目のエコー信号強度の平均値を基に、高分子電解質膜中の含水量を算出するには、図24(a),(b)の関係を用いればよい。これは高分子電解質膜としてフレミオンを用い、22〜23℃の環境下で計測した際の関係である。同図(a)は含水量とT2(CPMG)値との関係を示す検量線の図(検定データ)であり、同図(b)は含水量とエコー信号強度との関係を示す図である。なお含水量は、乾燥させた高分子電解質膜に基づいて、含ませた水の質量を計算して求めた値である。
【0136】
図24各図に示すように、試料115中の含水量とT2(CPMG)値やエコー信号強度とは正の相関があり、かつほぼリニアの関係にある。
したがって、かかる検量線を検定曲線とすることで、算出されたT2(CPMG)値または計測されたエコー信号強度より試料115中の含水量を求めることができる。
【0137】
この際、エコー信号強度が安定的に、繰り返し同じ強度で計測された場合は含水量計測の安定性や再現性が良好となる。
【0138】
ここで、T2(CPMG)値の安定的な計測を可能にする静磁場の適度な不均一性を評価するためのもう一つの指標として、「エコー信号とFID信号との強度比」を用いることができる。
具体的には、上記表3に示す「エコー信号強度/FID信号強度の平均」が5以上、好ましくは10以上となるように静磁場の不均一性を強くしていけばよい。
このように、T2(CPMG)値の安定性ではなく、エコー信号とFID信号との強度比をモニタすることで、数回以上の計測データに基づく統計的な処理が不要となり、プロトン性溶媒量の迅速な計測が可能になる。かかる強度比をモニタしながら電流駆動用電源159より静磁場調整用シムコイル151に流す電流値を調整することで、静磁場印加部150で印加する静磁場の不均一性を上記式(3)の範囲内でリアルタイムに決定することができるからである。
【0139】
[実験2]
プロトン性溶媒を、高分子電解質膜が含有する水から水試料に代えて上記実験1と同様にエコー信号を計測し、T2(CPMG)値およびプロトン性溶媒量を算出した。
水試料は、0.50mm厚のアクリル板を18mm×18mmの矩形状にくり抜いてフレームとし、厚さ0.12mmのカバーガラスをその両面に接着して密閉容器とし、その中に水を封入して構成した。
【0140】
なお本実験では、内径Dの異なる2種類の小型RFコイル114を用いて行うこととする。一つは内径0.60mm、5回巻きの小型表面コイル(以下、「内径0.60mm5巻きコイル」という場合がある)であり、もう一つは内径1.30mm、10回巻きの小型表面コイル(以下、「内径1.30mm10巻きコイル」という場合がある)である。巻線にはともに直径0.04mmのポリウレタン皮膜銅線を用いた。
図25(a)に前者、同図(b)に後者の写真をそれぞれ示す。
【0141】
同図(a),(b)の小型RFコイル114をそれぞれ図11のセルに設置し、水試料を挟んでNMR計測を行った。
【0142】
<内径0.60mm5巻きコイルの場合について>
まず、小型RFコイル114として内径0.60mm5巻きコイルを用いた場合について説明する。実験は、下記表4に示すCase4〜8の5ケースにて行った。
下記表4にはシムコイルに流した電流のダイヤル読み値[a.u.]を示す。また下記表5には、上記式(12)を用いて計算した、各シムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)で与えた勾配磁場強度の変化量ΔG[gauss/m]を示す。またこれに小型RFコイル114の内径(D=0.60・10-3m)を乗じた勾配磁場強度D・ΔG[gauss]の値を示す。
【0143】
Case4では水試料に勾配磁場を印加せず、Case5〜8についてはこれを印加している。ただしCase5ではシムコイルに流す電流を抑制し、上記式(9)の下限値を下回る勾配磁場強度の静磁場を印加することとした。Case6〜8については上記式(9)を満足する値とした。
【0144】
なおNMR計測条件は、90°励起パルスの繰り返し時間(TR)は20秒、90°励起パルスのダミー回数は4回、NMR信号の積算回数は1回、共鳴周波数は43.24MHzとした。
【0145】
【表4】

【0146】
【表5】

【0147】
(比較例2について)
Case4の条件で取得したNMR信号の波形を図26(a),(b)に示す。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示し、同図(b)は同図(a)の0〜100msecの部分を拡大して示している。
【0148】
比較例2の場合、同図(b)で見られるように、90°励起パルス後のFID信号が長く引いており、次の180°励起パルスが照射されるまでの10msecの間に僅かな減衰しかしていない。このため観測すべきエコー信号はFID信号と干渉し、明確な山形のエコー信号とはなっていない。
【0149】
取得したNMR信号から、「偶数番目のエコー信号強度」のみを抽出し、それを対数プロットした。このプロットを基にして、最小二乗法によって直線近似し、その直線の勾配からT2(CPMG)値を算出した。図27は、同様の計測を15回繰り返し、実験回数とT2(CPMG)値との関係を示した図である。
【0150】
下記表6は、このようにして得られた15回分のT2(CPMG)値を統計解析して、その標準偏差と変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)を求めたものである。なお同表には、エコー信号強度の各回平均値について、15回分に亘ってさらに平均化したエコー信号強度(平均エコー信号強度)とその変動係数を示す。またτ/3時のFID信号強度の各回平均値についても、15回分に亘る平均強度(τ/3時の平均FID信号強度)とその変動係数を示す。さらにエコー信号強度の各回平均値と、τ/3時のFID信号強度の各回平均値との比に関する15回分の平均値(エコー信号強度/FID信号強度の平均)についても表記している。
【0151】
【表6】

【0152】
図27と上記表6とから、比較例2(Case4)のT2(CPMG)値が非常に大きくばらついていることが分かる。同様に、T2(CPMG)値の標準偏差とその変動係数も非常に大きな値になっている。
【0153】
また比較例1と同様に、比較例2の条件で計測されたエコー信号強度の各回平均値に関する実験回数ごとの推移を図28(a)に示す。またτ/3時のFID信号強度の各回平均値に関する実験回数ごとの推移を同図(b)に示す。そしてエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比(エコー信号の明確さ)に関する実験回数ごとの推移を同図(c)に示す。
同図および上記表6から、比較例2の場合、エコー信号強度の変動係数が大きく、エコー信号強度/FID信号強度の平均が2.33と非常に低い値であることが分かる。
【0154】
(実施例3について)
小型RFコイル114として内径0.60mm5巻きコイルを用いて水試料をCase4からの勾配磁場強度の変化量ΔGを297[gauss/m]に、コイル内径D[m]とΔG[gauss/m]との積D・ΔGを0.178[gauss]に増加して、静磁場の均一性を増大してエコー信号を計測した。
このとき、90°励起パルスの後に観測されるFID信号は180°励起パルスの照射前で完全に減衰しており、また、同様に180°励起パルス後のFID信号はエコー信号とは干渉していない条件となる。この条件で取得した信号を図29に示す。FID信号のT2*緩和時定数は約3msecである。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示しており、同図(b)は同図(a)の0〜100msecのみを拡大して示している。
【0155】
同図(b)より、90°励起パルスの後のFID信号、および180°励起パルス後のFID信号が速やかに減衰し、エコー信号と干渉することがない条件で取得されていることが分かる。この場合には、エコー信号が明確に認識できる。
【0156】
また、Case4と同様に、内径0.60mm5巻きコイルを用いて水試料をCase6の条件での計測を15回繰り返し、実験回数とT2(CPMG)値との関係の推移を図30に示した。これらの得られた15回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)も求めた。これを上記表6に示した。
【0157】
図30と表6から、Case4と6とを比較すれば、Case6のT2(CPMG)値のばらつきが非常に減少し、T2(CPMG)値の変動係数は約3.3%にまで減少していることが分かる。これにより、T2(CPMG)値が非常に安定的に計測できていることが分かる。
Case4と同様に、内径0.60mm5巻きコイルを用いて水試料をCase6の条件で計測されたエコー信号強度の各回平均値の推移、τ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移、および、エコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比(エコー信号の明確さ)の推移を、それぞれ図31(a),(b),(c)に示す。
【0158】
またCase4と同様に、上記表6に、エコー信号強度の各回平均値とその変動係数、τ/3時のFID信号強度の各回平均値とその変動係数、および、エコー信号強度/FID信号強度の平均を示した。これらから、Case6は、τ/3時のFID信号強度の各回平均値がほぼノイズレベルにまで低下し、エコー信号強度/FID信号強度の平均が約7.13まで増加している。
これによりCase4に比べて、Case6の条件で計測したT2(CPMG)値がより安定していると言える。
【0159】
上記表4、5に示されているように、静磁場の不均一性を順次強くし、勾配磁場強度の変化量ΔGの評価値を、または、コイル内径D[m]とΔG[gauss/m]との積D・ΔGを順次増加させた場合(Case5,7,8)の計測も行った。これらの場合もCase4,6と同様に15回計測して統計値を算出した。その計測結果が表6にまとめられている。
【0160】
上記表6に示した内径0.60mm5巻きコイルを小型RFコイル114に用いて水試料のT2(CPMG)計測を行った際の計測の安定性を表すT2(CPMG)値の標準偏差と変動係数を、D・ΔGの関数として(横軸にとって)プロットした図が図32(a),(b)である。
【0161】
上記表6と図32(a),(b)より、T2(CPMG)値のばらつきを数%程度にまで減少させて、安定的に計測をするためには、D・ΔGがおおよそ0.10[gauss]以上、好ましくは0.15[gauss]以上となるように、小型RFコイル114内の静磁場を不均一にすれば良いことが分かる。これは上記式(9)の妥当性を示すものであり、ひいては上記式(3)の妥当性を示すものである。
【0162】
そして上記のように本実施形態の計測装置および計測方法にあっては、励起間隔τ=10msec、プロトン1Hの核磁気回転比γ=42.6MHz/Tとした場合、
D・ΔG≧0.15 (13)
であることが好ましいといえる。
【0163】
そして上記式(13)に基づき、上記一般式(3)を書き換えてD・ΔG、γ、τの更に好ましい下限値を規定すると、
D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧6 (14)
が導かれる。
【0164】
<内径1.30mm10巻きコイルの場合について>
次に、小型RFコイル114として内径1.30mm10巻きコイルを用いた場合について説明する。実験は、下記表7に示すCase9〜14の6ケースにて行った。
【0165】
下記表7にはシムコイルに流した電流のダイヤル読み値[a.u.]を示す。また下記表8には、上記式(12)を用いて計算した各シムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)でそれぞれ与えたX、Y、Z方向の勾配磁場強度ΔG、ΔG、ΔGと、それらの合成ベクトルとしての勾配磁場強度の変化量ΔG[gauss/m]を示す。またこれに小型RFコイル114の内径(D)を乗じた勾配磁場強度D・ΔG[gauss]の値を示す。
【0166】
Case9(比較例4)では水試料に勾配磁場を印加せず、Case10〜14についてはこれを印加している。ただしCase10(比較例5)ではシムコイルに流す電流を抑制して上記式(9)の下限値を下回る勾配磁場強度の静磁場を印加することとした。Case11〜14(実施例6〜9)については上記式(9)を満足する値とした。
またCase12〜14については特に、上記式(13)の下限値を超え、上記式(14)を満足する勾配磁場強度とした。
【0167】
【表7】

【0168】
【表8】

【0169】
上記表7,8に示されているように、静磁場の不均一性を順次強くし、勾配磁場強度の変化量ΔGの評価値を、すなわち勾配磁場強度D・ΔGを順次増加させた場合(Case9〜14)の計測を行った。NMR計測条件は、90°励起パルスの繰り返し時間(TR)は20秒、90°励起パルスのダミー回数は4回、NMR信号の積算回数は1回、共鳴周波数は43.21MHzとした。
内径1.30mm10巻きコイルで水試料を計測して得られた15回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)を求めた。これを下記表9に示した。なお同表には、平均エコー信号強度、およびエコー信号強度の各回平均値の変動係数のほか、τ/3時のFID信号強度の各回平均値に関してその平均値(τ/3時の平均FID信号強度)と変動係数、ならびにエコー信号強度/FID信号強度の平均についても表記している。
【0170】
【表9】

【0171】
上記表9に示した内径1.30mm10巻きコイルを用いて水試料のT2(CPMG)計測を行った際の計測の安定性を表すT2(CPMG)値の標準偏差と変動係数を、D・ΔGの関数として(横軸にとって)プロットした図が図33(a),(b)である。この図には内径0.60mmのコイルでの結果も合わせて示した。
上記表9と、同図(a),(b)より、T2(CPMG)値のばらつきを数%程度にまで減少させて、安定的に計測をするためには、D・ΔGがおおよそ0.10[gauss]以上、すなわち実施例6〜9が好ましく、0.15[gauss]以上、すなわち実施例7〜9となるように、小型RFコイル114に印加する静磁場を不均一にすれば良いことが分かる。
そしてこの0.15[gauss]という値は、内径Dが0.60mmの小型表面コイルでも、1.30mmの小型表面コイルでも同一の値となる。
【0172】
前述した実験1,2では、小型表面コイルとして内径が0.60、0.90、1.30mmの3つのコイルを用い、試料もPEMと水を用いてCPMG計測を行い、T2(CPMG)値の計測安定性を示した。これらの共通の指標として、勾配磁場強度変化量ΔG[gauss/m]、またはこれにコイル内径D[m]を乗じた勾配磁場強度D・ΔG[gauss]が有効であることを、図34(a),(b)に示す。
【0173】
図34(a)では、上記3つのコイルでT2(CPMG)値の標準偏差はほぼ同じとなる。試料がPEMと水とで異なってもほぼ同じである。これから、勾配磁場強度変化量ΔGや勾配磁場強度D・ΔGが、プロトン性溶媒量を安定的に計測できる評価値を与えると考えてよい。
また図34(b)に示す勾配磁場強度D・ΔGとT2(CPMG)値の変動係数の関係においても、PEMと水とで同様の傾向を示している。なお、PEMのT2(CPMG)値の平均値が水のそれよりも2〜3分の1程度と小さいため標準偏差を平均値で割った変動係数はPEMの方が大きくなっているが、両者のT2(CPMG)値の平均が同じ程度であれば、この変動係数も更に一致すると推測される。
【0174】
[実験3]
プロトン性溶媒の例としてアルコール水溶液を試料に用いて上記と同様の実験を行った。
具体的には、試料として60[vol%]のメタノール水溶液を用い、静磁場の不均一性と計測のばらつきとの関係を求めた。
【0175】
60[vol%]のメタノール水溶液は、実験2と同様にアクリル板の両面にカバーガラスを接着した密閉容器の中に封入した。
また本実験では、実験2と同様に内径0.60mm、線径0.04mmのポリウレタン皮膜銅線、内径0.60mm5巻きコイルを小型RFコイル114として用いた(図25(a)を参照)。
図35は、かかる小型RFコイル114をセル中央に設置し、その上にメタノール水溶液試料を置いた様子を示す図である。計測時には、対向するセルによって試料を挟み込み、コイルと試料とを接触させた。
【0176】
本計測では下記表10に示すCase15〜21の7つの磁場条件での計測を行った。下記表10には、シムコイルに流した電流のダイヤル読み値[a.u.]を示す。また下記表11には上記式(12)を用いて計算した各シムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)でそれぞれ与えたX、Y、Z方向の勾配磁場強度ΔG、ΔG、ΔGと、それらの合成ベクトルとしての勾配磁場強度の変化量ΔG[gauss/m]を示す。またこれに小型RFコイル114の内径(D=0.60・10-3m)を乗じた勾配磁場強度D・ΔG[gauss]の値を示す。
【0177】
Case15(比較例6)ではメタノール水溶液試料に勾配磁場を印加せず、Case16〜21についてはこれを印加している。ただしCase16(比較例7)ではシムコイルに流す電流を抑制して上記式(9)の下限値を下回る勾配磁場強度の静磁場を印加することとした。Case17〜21(実施例10〜14)については上記式(9)を満足する値とした。またCase18は上記式(13)の下限値とほぼ一致する勾配磁場強度の静磁場を印加したケースであり、Case19〜21についてはこれを超え、上記式(14)を十分に満足する勾配磁場強度としたケースである。
【0178】
【表10】

【0179】
【表11】

【0180】
NMR計測条件は、90°励起パルスの繰り返し時間(TR)は20秒、90°励起パルスのダミー回数は4回、NMR信号の積算回数は1回、共鳴周波数は43.28MHzとした。試料温度は19.0℃であった。
【0181】
(比較例6について)
内径0.60mm5巻きコイルでメタノール水溶液試料をCase15の条件で取得したFID信号の波形を図36に示す。
【0182】
メタノール水溶液には、CHとOHが含まれ、両者の共鳴周波数の相違は数ppmである。
ここで、図36のFID信号を見ると、NMR信号はビート(うなり)を打っており、NMR信号は水で取得されるような単調に減衰する曲線とはならないことが分かる。同図から、NMR信号のビートの幅は約15msecであり、それを周波数に換算すると約67Hzとなる。本装置での1Hの共鳴周波数43.3MHzに対し67Hzは1.5ppmである。すなわち同図は、CHとOHを起源とする異なる共鳴周波数のFID信号が混在した状態の波形を示すものといえる。
【0183】
このような場合に計測されるT2(CPMG)値とそのばらつきと勾配磁場強度D・ΔGとの関係を実験的に求めた。
【0184】
小型RFコイル114として内径0.60mm5巻きコイルを用いて、メタノール水溶液試料をCase15の磁場条件でCPMG法により取得した場合のNMR信号を図37に示す。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示しており、同図(b)はその0〜100msecの部分のみを拡大して示したものである。
【0185】
Case15の条件で計測した場合には、図37(b)で見られるように、90度励起パルス後のFID信号がビートをうちながら長く継続して表れ、次の180°励起パルスが照射されるまでのτ=10msecの間に十分に減衰しきれてはいない。このため、同図の52.5msec付近に現れる観測すべき2番目のエコー信号が、FID信号と干渉してその影響を受けた状態にある。
【0186】
次に、取得したNMR信号から偶数番目のエコー信号強度のみを抽出し、それを対数プロットした。このプロットを基にして、最小二乗法によって直線近似し、その直線の勾配からT2(CPMG)値を算出した。
【0187】
同じ計測を16回繰り返し、実験回数とT2(CPMG)値との関係の推移を図38に示した。
得られた16回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)を求めた。これを下記表12に示した。なお同表には、平均エコー信号強度、およびエコー信号強度の各回平均値の変動係数、τ/3時のFID信号強度の各回平均値とその変動係数、およびエコー信号強度/FID信号強度の平均についても表記している。
【0188】
【表12】

【0189】
図38と上記表12から、Case15のT2(CPMG)値が非常に大きくばらついていることが分かる。同様に、T2(CPMG)値の標準偏差とその変動係数も大きな値になっている。
Case15の条件で計測されたエコー信号強度の各回平均値の推移、τ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移、および、エコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比(エコー信号の明確さ)の推移を、比較例2(Case4)と同様に算出した。結果を図39(a)、(b)、(c)に示す。
【0190】
またCase15においては、上記表12から、エコー信号強度の変動係数が大きく、エコー信号強度/FID信号強度の平均が3.52と低い値であることが分かる。
【0191】
(実施例12について)
Case19は、Case15から勾配磁場強度変化量ΔGを299.0[gauss/m]に、勾配磁場強度D・ΔG=0.179[gauss]にし、静磁場の不均一性を増加してエコー信号を計測したものである。このとき、90°励起パルスの後に観測されるFID信号は180°励起パルスの照射前で完全に減衰しており、また、同様に180°励起パルス後のFID信号はエコー信号とは干渉していない条件となる。この条件で取得した信号を図40に示す。FID信号のT2*緩和時定数は約3msecである。同図(a)は計測したNMR信号の全体を示しており、同図(b)はその0〜100msecの部分を拡大して示したものである。
【0192】
図40(b)より、90°励起パルスの後のFID信号、および180°励起パルス後のFID信号が速やかに減衰し、エコー信号と干渉することがない条件で取得されていることが分かる。この場合には、エコー信号が明確に認識できる。
【0193】
Case15と同様に、内径0.60mm5巻きコイルを用いてメタノール水溶液試料をCase19の条件で16回繰り返し計測し、実験回数とT2(CPMG)値の関係を図41に示した。これらの得られた16回分のT2(CPMG)値を統計解析して、T2(CPMG)値の標準偏差と、その変動係数(=標準偏差を平均値で割った値)も求めた。これを上記表12に示してある。
【0194】
図41と上記表12から、Case15と19とを比較すれば、Case19のT2(CPMG)値のばらつきが非常に減少し、T2(CPMG)値の変動係数は約4.6%にまで減少していることが分かる。これにより、T2(CPMG)値が非常に安定的に計測できていることが分かる。
【0195】
Case15と同様に、内径0.60mm5巻きコイルを用いてメタノール水溶液試料をCase19の条件で計測したエコー信号強度の各回平均値の推移、τ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移、および、エコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比(エコー信号の明確さ)の推移を、それぞれ図42(a)、(b)、(c)に示す。
【0196】
またCase15と同様に、エコー信号強度の各回平均値の16回分に亘る平均(平均エコー信号強度)およびその変動係数、τ/3時のFID信号強度の各回平均値の16回分に亘る平均およびその変動係数、ならびに、エコー信号強度/FID信号強度の平均、を算出した。その結果を上記表12に示す。これらから、Case19は、180°励起パルスを照射してτ/3経過後のFID信号の強さがほぼノイズレベルにまで低下し、エコー信号とFID信号との比が約6.5まで増加している。これによりCase15に比べて、Case19の条件で計測したT2(CPMG)値はより安定していると言える。
【0197】
上記表10,11,12に示されているように、静磁場の不均一性を順次強くし、勾配磁場強度変化量ΔGの評価値や勾配磁場強度D・ΔGを順次増加させた場合(Case16〜18,20,21)の計測についても同様に行った。これらの場合もCase15,19と同様に16回計測を行って統計値を算出した。その計測結果についても上記表12にまとめられている。
【0198】
上記表12の結果を用いて、T2(CPMG)値の標準偏差または変動係数を縦軸にとり、勾配磁場強度D・ΔGを横軸にとってプロットしたものが図43(a),(b)である。
これらの結果より、T2(CPMG)値のばらつきを数%程度にまで減少させて、安定的に計測をするためには、勾配磁場強度D・ΔGがおおよそ0.10[gauss]程度以上すなわち実施例10〜14が好ましく、0.15[gauss]程度以上すなわち実施例11〜14が更に好ましいといえる。
【0199】
前述したように実験1〜3では、小型表面コイルの内径を0.60mm、0.91mm、1.30mmと3通りに変化させ、また試料もPEM、水、60[vol%]のメタノール水溶液とそれぞれ代えてCPMG計測を行い、T2(CPMG)値の計測安定性を示した。
【0200】
これらの結果を図44(a),(b)にあわせて示す。
図44(a)より、プロトン性溶媒の試料をPEM、水、メタノール水溶液と相違させたいずれの実験結果においても、T2(CPMG)値の標準偏差とD・ΔGとの関係はほぼ同様となる。これにより、勾配磁場強度変化量ΔGや勾配磁場強度D・ΔGこそが、エコー信号およびプロトン性溶媒量を安定的に計測できる評価値を与えると考えられる。すなわち上記一般式(3)によって、プロトン性溶媒に対するエコー信号計測や溶媒量の計測が安定的に行われる条件が規定されることがわかる。具体的には、γ=42.6MHz、τ=10msecとした上記各実験結果においては、D・ΔG[gauss]が0.1以上の場合にT2(CPMG)値のばらつきが実用的なレベルで有意に抑えられる。そしてD・ΔG≒0.15[gauss]に変曲点が存在し、これ以上の勾配を負荷した場合にはT2(CPMG)値の標準偏差がほぼノイズレベルとなって変動しなくなる。
【0201】
また図44(b)に示す勾配磁場強度D・ΔGとT2(CPMG)値の変動係数の関係においても、プロトン性溶媒および小型RFコイルの内径Dを変化させた場合で同様の傾向を示している。特に、アルコール性溶媒を用いた実験3の結果と、水試料を用いた実験2の結果とが極めて良好に一致していることがわかる。
【0202】
以上より、本発明によりプロトン性溶媒のエコー信号計測やプロトン性溶媒量計測を行う場合、上記一般式(3)を満たすことが好ましく、その下限値については特に上記式(14)を満たすことが好ましいといえる。
【0203】
本発明により試料中のプロトン性溶媒量(例えば含水量)を計測するにあたっては、取得したエコー信号の強度を含水量に換算する方法と、エコー信号の強度から算出したT2緩和時定数に基づいて含水量を求める方法とがある。
前者の場合、エコー信号強度の絶対値を計測する必要がある。含水量に換算するためにはエコー信号強度を標準的な試料を用いて検定し、両者の関係を予め対応付けておくとよい。
これに対し後者の場合、エコー信号強度の絶対値は不要であり、エコー信号が相対的に計測されていればよく、すなわちエコー信号の減衰の仕方からT2(CPMG)値が求められるという相違がある。言い換えると、エコー信号強度から含水量を換算して求める場合には、ばらつきのない安定したエコー信号の取得が求められる。
【0204】
図45(a)は、上記本発明に関する実験1から3の結果より、勾配磁場強度D・ΔGを変えて計測されたエコー信号強度の標準偏差を示している。全てのケースにおいて、勾配磁場強度の増加とともにエコー信号強度の標準偏差(ばらつき)が減少していくことが分かる。
【0205】
そして同図(b)は、勾配磁場強度D・ΔGを変えて計測されたエコー信号強度の変動係数を示している。こちらも、全てのケースにおいて勾配磁場強度の増加とともにエコー信号強度の変動係数が減少していく。また特に、試料が水とアルコール水溶液(メタノール水溶液)の場合には、エコー信号強度の変動係数はほぼ同様の値をとる。そして特に勾配磁場強度D・ΔGが0.15[gauss]以上、すなわち上記式(14)が満たされると、変動係数が0.05以下の値となってエコー信号を安定的に計測されるといえる。
なお、PEMのエコー信号強度の平均値が水のそれと同程度であれば、変動係数についても更に一致すると推測される。
【0206】
次に、静磁場印加部150により均一な静磁場を試料115に印加することで、銅板に隣接して置かれた水試料からのNMR信号の周波数シフト量から、銅板に流された電流地を安定的に計測した実験の結果について説明する。
【0207】
[実験4]
NMR信号の周波数シフト量から銅板に流れる電流量を算出する際に、静磁場の均一性の高低が計測値のばらつきにどのような影響を与えるかを調べた。
静磁場の均一性が高いか、低いかによってエコー信号の形状が異なる。図46には、小型表面コイルを用いて観測されるエコー信号の形状が静磁場の均一性でどのように変化するかの概略図を示した。この図のエコー信号は、180°励起パルスの前後に勾配磁場を印加して、FID信号を速やかに減衰させるシーケンスを用いた際に観測される「干渉のないスピンエコー信号」である。
【0208】
静磁場の均一性が高い場合には、180°励起パルス後の勾配磁場印加が終了した直後から強いエコー信号が長い時間に渡って観測される。一方、静磁場の均一性が低い場合には、位相が収束する時間(同図では時間が15msecの位置)を中心にして富士山型にエコー信号が観測され、エコー信号が観測されている時間は短くなる。この理由は、静磁場が均一であれば、磁化ベクトルの位相が分散せず、180°励起パルスの照射によって位相が速やかに収束し、その状態が非常に長い時間保持されるが、静磁場が不均一であると、磁化ベクトルの位相の分散が激しく起こり、位相が収束する時間(同図では時間が15msecの位置)の前後でしか位相が収束しないためである。
【0209】
電流計測では、観測されたエコー信号のReal成分、Imaginary成分を基に、ある時間の間に進行する位相の変化量を「勾配」(周波数シフト量)として算出している。このため、エコー信号が観測できる時間が長いほど、位相の変化量、すなわち、勾配(周波数シフト量)が大きくなり、位相の変化量に含まれるばらつきが低減して、計測の確からしさは向上する。この概念図を図47に示した。図中の白丸は計測されたデータを、直線はデータの直線近似を表す。
【0210】
この図が示すように、計測データがどちらも同じ程度にばらついている場合(ノイズレベルが同程度の場合)には、静磁場の均一性が高く、エコー信号を長く観測できる方が計測データのばらつきを抑えることができ、より計測のばらつきが小さい測定結果を得ることができる。
【0211】
これを数式で表せば、下記式(15)で表される。
(位相の変化量)=(計測された位相)/(計測時間)={(位相の真の値)+(ノイズによる位相のばらつき)}/(計測時間) (15)
【0212】
ここで、「ノイズによる位相のばらつき」が同じである場合には、「計測時間」が長くなるほど、「位相の変化量のばらつき」は低減できる。上記式(15)から、計測のばらつきが小さく、安定的な計測値を得るためには、長い時間観測した計測データを用いた方が良いことが分かる。
【0213】
本実験では、静磁場の均一性を変えることで有意なエコー信号が観測できる時間を変えた。この実験により、周波数シフト量の計測のばらつきがエコー信号の観測時間でどの程度変化するかを調べた。
【0214】
本計測では小型RFコイル114として上記の内径0.60mm5巻きコイルを用いた。
また水試料は、上記実験2にて用いたものを使用した。
【0215】
図48(a)に、銅板とその上に設置した小型表面コイルの写真を示す。電流を流す銅板は厚さ0.05mm、幅10mmとした。この銅板に電流を図中の方向に流した。銅板に1mmの穴を開けて、その穴に小型表面コイルの導線部を通して、コイルをポリイミドテープ(厚さ30μm)で覆って、固定した。この銅板とコイルをセルにポリイミドテープ(厚さ30μm)で貼り付けた。
【0216】
同図(b)に示すように、水試料は、銅板とコイルの上に置いた。この水試料の上に、もう一つのセルを置いて挟み、水試料を締め付けることで固定した。コイルは水試料に押し付けられている。
【0217】
この試料に対しては表13に示す2つのCaseで計測を行った。同表にはシムコイルに流した電流のダイヤル読み値を、表14には上記式(12)を用いて計算した各シムコイル(GX-coil,GY-coil,GZ-coil)でそれぞれ与えたX、Y、Z方向の勾配磁場強度ΔG、ΔG、ΔGと、それらの合成ベクトルとしての勾配磁場強度の変化量ΔG[gauss/m]を、さらに、コイル内径D[m]とΔG[gauss/m]との積D・ΔGを示す。
【0218】
【表13】

【0219】
【表14】

【0220】
NMR信号は90°励起パルスと180°励起パルスの間隔を5msecに設定し、エコー時間が10msecとしてエコー信号を計測した。このシーケンスでは、180°励起パルスの前後には1msecの時間だけ勾配磁場を印加して、90°および180°励起パルス直後のFID信号が、エコー信号と干渉しないようにした。また、180°励起パルスを照射した10msecに再度勾配磁場を印加して、次の計測のために磁化ベクトルを分散させた。
【0221】
NMR計測条件は、90°励起パルスの繰り返し時間(TR)は20秒、90°励起パルスのダミー回数は2回、NMR信号の積算回数は1回、共鳴周波数は43.39MHzとした。
【0222】
<Case22での電流計測>
静磁場が均一な場合での計測結果を示す。銅板に流す電流Iがゼロの時のエコー信号を図49(a)に示す。NMR信号は位相敏感検波方式で検波され、実部、虚部の二つの信号を取得している。同図(a)では、それぞれRealとImagと表記している。90°励起パルスはtime=5msecで照射している。図中のPowerは実部と虚部から信号強度を算出したものであり、この形がエコー信号の形を表す。静磁場が均一な場合には、エコー信号の形は非常に平坦で、time=約12msecから約20msecまで有意なエコー信号が観測されていることが分かる。
【0223】
実部Reと虚部Imgを基にtan-1(Re/Img)をとって、NMR信号の位相差ΔΦ[rad]を算出する。位相の基準はNMR装置が持つ発振器からの基準波であり、この周波数はNMR信号の共鳴周波数に予め合わせてある。時間的に変化しない基準波(位相Φ0)と、計測したNMR信号との位相の差をΔΦとしている。この実部と虚部と位相差ΔΦの関係を同図(b)に示した。(数学での実軸、虚軸と位相の一般的な概念の図である。)
【0224】
同図(c)には、同図(a)のtan-1(Re/Img)をとって算出した位相差ΔΦを図示した。ただし、この図では、エコー信号が観測される時間の12.5msecから19.5msecの間だけが示されている。
【0225】
同図(c)から、位相差ΔΦが時間的にほぼ一定(真横の線)であり、電流Iがゼロの場合には、基準波と一定の位相差でNMR信号が回転していることが分かる。
【0226】
次に、電流Iが0.40[A]の時に計測されたエコー信号を図50(a)に、これを基に計算した位相差ΔΦを同図(b)に示す。パルスシーケンスは電流Iがゼロの時と同じである。
同図(a)のエコー信号では、図49(a)とは異なり、NMR信号の実部と虚部が振動し、周波数が基準波からずれている様子が分かる。エコー信号の領域では、実部(Real)が先で、その後に虚部(Imag)が振動している。
【0227】
図50(b)には、同図(a)のtan-1(Re/Img)をとって算出した位相差ΔΦを図示した。この図では、時間が経過すると共に、位相差ΔΦが減少(右下がりの直線)し、基準波からNMR信号の位相が時間の経過と共に遅れていく様子を見ることができる。本来、位相差ΔΦは時間と共に単調に減少するような右下がりの一本の直線になると思われるが、位相は−πから+πまでの2πの範囲で表現されるため、その範囲を超えてしまうと、2πだけずれた不連続な線として見える。これがtime=13msec、14.2msec、15.9msec、17.3msec、18.8msecのところで−πから+πへと不連続に移行する理由である。
【0228】
1msecの間に変化するNMR信号の位相差ΔΦを「NMR信号の周波数シフト量Δω[rad/msec]」として定義する。
この周波数シフト量Δω[rad/msec]は、図49(c)、図50(b)の「位相差ΔΦの傾き」に相当する。それぞれの位相差ΔΦのグラフを基にして、最小自乗法で直線近似し、その勾配から周波数シフト量Δωを算出した。Case22の場合では、13msecから19msecまで6msecの間がノイズに比較して、有意にエコー信号が観測されている時間であり、その間での位相差ΔΦのばらつきが小さい。この6msecの間の112点の位相差データを用いて、直線近似の計算を行った。
この方法で得られる周波数シフト量のばらつきを統計的に解析するために、同一条件で7回計測し、同じ算出方法で周波数シフト量を算出した。また、銅板に流す電流値を0.0[A]、0.1[A]、0.2[A]と変えて、同様に7回計測した。この7回計測した結果を図51に示す。
【0229】
表15には、Case22の条件で得られた周波数シフト量の統計値を示す。この表には、周波数シフト量を直線近似する際のデータ区間と、用いたデータ点数も示した。
【0230】
【表15】

【0231】
同表から、Case22での変動係数は、周波数シフト量が小さい0.10[A]通電時で3.3%、周波数シフト量が大きい0.40[A]通電時で0.8%であった。この結果から、計測量のばらつきは小さく、計測値が安定していると言える。
【0232】
<Case23での電流計測>
T2*緩和時定数をある程度短くして、故意に静磁場を不均一にした場合に周波数シフト量のばらつきがどのように変化するかを実験した。表13,14中のCase23の条件で、上記のCase22と同様の計測を行った。その計測結果を示す。
【0233】
銅板に流す電流Iがゼロの時のエコー信号を図52(a)に示す。この図から、静磁場が不均一な場合には、エコー信号は富士山型となり、短くなる。ノイズに対して有意なエコー信号が観測されている時間はtime=約13.5msecから約16.5msecまでである。
【0234】
同図(b)には、同図(a)のtan-1(Re/Img)をとって算出した位相差ΔΦを図示した。ただし、この図では、エコー信号が観測される時間の12.5msecから19.5msecの間だけが示されている。この図から、ノイズによるばらつきが小さく、位相差ΔΦが安定して得られている区間は約14msecから約16msecであることが分かる。Case23では、この区間を用いて、直線近似を行った。
【0235】
次に、電流Iが0.40[A]の時に計測されたエコー信号を図53(a)に、これを基に計算した位相差ΔΦを同図(b)に示す。パルスシーケンスは電流Iがゼロの時と同じである。
【0236】
図49(a)と図50(a)の関係と同様に、図53(a)のエコー信号では、図52(a)よりもNMR信号の実部と虚部が振動し、周波数が基準波からずれている様子が分かる。
【0237】
図53(b)には、同図(a)のtan-1(Re/Img)をとって算出した位相差ΔΦを図示した。この図では、時間が経過すると共に、位相差ΔΦが減少(右下がりの直線)し、基準波からNMR信号の位相が時間の経過と共に遅れていく様子を見ることができる。この場合での−πから+πへと不連続に移行する時間はtime=14.2msec、15.9msecで見られる。
【0238】
Case22と同様に、図52(b)、図53(b)のそれぞれの位相差ΔΦのグラフを基に最小自乗法で直線近似し、その勾配から周波数シフト量Δωを算出した。Case23の場合では、約14msecから約16msecまで2msecの間がノイズに比較して、有意にエコー信号が観測されている時間である。そこで、time=14.16msecから15.96msecの間の1.8msecの間の112点の位相差データを用いて、直線近似の計算を行った。
【0239】
表15と同様にして、周波数シフト量のばらつきを統計的に解析するために、同一条件で7回計測し、同じ算出方法で周波数シフト量を算出した。また、銅板に流す電流値を0.0[A]、0.1[A]、0.2[A]、0.4[A]と変えて、同様に7回計測した。この7回計測した結果を図54に示す。
【0240】
表16には、Case23の条件で得られた周波数シフト量の統計値を示す。この表には、周波数シフト量を直線近似する際のデータ区間と、用いたデータ点数も示した。表15とは、用いたデータ点数は同一である。
【0241】
【表16】

【0242】
Case22と23の条件の相違が周波数シフト量のばらつきに及ぼす影響をグラフとして比較するために、表15と16に記載されている標準偏差と変動係数の値を図55(a)、(b)に示した。
【0243】
本実験の結果から次のことが分かる。静磁場の均一性が低いCase23の条件よりも、静磁場の均一性が高いCase22の条件で計測されたNMR信号から算出された周波数シフト量は、そのばらつきが小さい。この結果、静磁場の均一性が高い方が、周波数シフト量が安定して計測できると言える。
また、周波数シフト量と銅板に流れる電流量は正比例の関係にあり、周波数シフト量が安定して計測できることで、銅板に流れる電流量をより安定的に推算することができる。
【0244】
したがって上記実施形態のように、静磁場調整用シムコイル151の出力を変化させて試料115および小型RFコイル114に印加する静磁場を勾配磁場と均一磁場とに切り替えることにより、試料中のプロトン性溶媒量の計測と、電流量の計測とをそれぞれ安定して行うことが可能になる。なお、静磁場を均一磁場として計測を行う他の例としては、上記のようなアルコール類のスペクトル解析を挙げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0245】
【図1】本発明によるエコー信号の計測方法の概念図である。
【図2】水分量計測の概要を示すフローチャートである。
【図3】核磁化ベクトルの位相差の概念図である。
【図4】計測装置の概略構成の一例を示すハードウェア構成図である。
【図5】計測装置の機能ブロック図である。
【図6】小型RFコイルの一例を示す図である。
【図7】セルに設置した小型表面コイルをLC共振回路に接続した様子を示す図である。
【図8】小型表面回路をもつLC回路の一例を示す図である。
【図9】静磁場調整用シムコイルを示す模式図である。
【図10】流路付セルに挟まれた高分子電解質と、小型表面コイル、供給した窒素ガスおよび水の配置図である。
【図11】流路付セルの構成の一例を示す図である。
【図12】比較例1におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図13】比較例1におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図14】比較例1における2,4,6番目のエコー信号強度の平均値の推移を示す図である。
【図15】比較例1における180°パルス照射からτ/3経過時の平均FID信号強度の推移を示す図である。
【図16】比較例1における180°パルス照射からτ/3経過時のエコー信号強度の平均値とFID信号強度の平均値の比の推移を示す図である。
【図17】実施例1におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図18】実施例1におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図19】(a)は実施例1におけるエコー信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(b)は実施例1におけるτ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(c)は実施例1におけるエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比の推移を示す図である。
【図20】実施例2におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図21】実施例2におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図22】(a)は実施例2におけるエコー信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(b)は実施例2におけるτ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(c)は実施例2におけるエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比の推移を示す図である。
【図23】勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の標準偏差との関係を示す図である。
【図24】(a)は含水量とT2(CPMG)値との関係を示す検量線の図であり、(b)は含水量とエコー信号強度との関係を示す図である。
【図25】(a)は内径0.60mm5巻きコイルを示す図であり、(b)は内径1.30mm10巻きコイルを示す図である。
【図26】比較例2におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図27】比較例2におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図28】(a)は比較例2におけるエコー信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(b)は比較例2におけるτ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(c)は比較例2におけるエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比の推移を示す図である。
【図29】実施例3におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図30】実施例3におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図31】(a)は実施例3におけるエコー信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(b)は実施例3におけるτ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(c)は実施例3におけるエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比の推移を示す図である。
【図32】(a)は勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の標準偏差との関係を示す図であり、(b)は勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の変動係数との関係を示す図である。
【図33】実験2における、小型RFコイルの内径Dを変化させた場合の勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の標準偏差または変動係数との関係を示す図である。
【図34】実験1および2における、小型RFコイルの内径Dを変化させた場合の勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の標準偏差または変動係数との関係を示す図である。
【図35】小型RFコイルをセル中央に設置し、その上にメタノール水溶液試料を置いた様子を示す図である。
【図36】比較例6におけるFID信号の波形を示す図である。
【図37】比較例6におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図38】比較例6におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図39】(a)は比較例6におけるエコー信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(b)は比較例6におけるτ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(c)は比較例6におけるエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比の推移を示す図である。
【図40】実施例12におけるNMR信号の波形を示す図である。
【図41】実施例12におけるT2(CPMG)値の推移を示す図である。
【図42】(a)は実施例12におけるエコー信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(b)は実施例12におけるτ/3時のFID信号強度の各回平均値の推移を示す図である。(c)は実施例12におけるエコー信号強度の各回平均値とτ/3時のFID信号強度の各回平均値との比の推移を示す図である。
【図43】(a)は勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の標準偏差との関係を示す図であり、(b)は勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の変動係数との関係を示す図である。
【図44】実験1から3における、小型RFコイルの内径Dおよびプロトン性溶媒試料を変化させた場合の勾配磁場強度(D・ΔG)とT2(CPMG)値の標準偏差または変動係数との関係を示す図である。
【図45】実験1から3における、小型RFコイルの内径Dおよびプロトン性溶媒試料を変化させた場合の勾配磁場強度(D・ΔG)とエコー信号強度の標準偏差または変動係数との関係を示す図である。
【図46】静磁場均一性の高低と、小型表面コイルで観測されるエコー信号の形状の概略図であり、(a)は静磁場均一性が高い場合、(b)は静磁場均一性が低い場合を示す図である。
【図47】静磁場均一性の高低と、計測データのばらつきを抑える方法の概念図であり、(a)は静磁場均一性が高い場合、(b)は静磁場均一性が低い場合を示す図である。
【図48】(a)は銅板上に貼り付けられた小型表面コイルを示す図であり、(b)は銅板とコイルの上に置いた水試料を示す図である。
【図49】(a)はCase22において銅板に流した電流Iがゼロの時に取得したエコー信号を示す図であり、(b)は実部と虚部と位相差ΔΦの関係を示す図であり、(c)は銅板に流した電流Iがゼロの時に取得したエコー信号の位相差ΔΦの時間経過を示す図である。
【図50】(a)はCase22において銅板に流した電流Iが0.40[A]の時に取得したエコー信号を示す図であり、(b)は銅板に流した電流Iが0.40[A]の時に取得したエコー信号の位相差ΔΦの時間経過を示す図である。
【図51】Case22の条件で得られた周波数シフト量の実験回数ごとの推移を示す図である。
【図52】(a)はCase23において銅板に流した電流Iがゼロの時に取得したエコー信号を示す図であり、(b)は銅板に流した電流Iがゼロの時に取得したエコー信号の位相差ΔΦの時間経過を示す図である。
【図53】(a)はCase23において銅板に流した電流Iが0.40[A]の時に取得したエコー信号を示す図であり、(b)は銅板に流した電流Iが0.40[A]の時に取得したエコー信号の位相差ΔΦの時間経過を示す図である。
【図54】Case23の条件で得られた周波数シフト量の実験回数ごとの推移を示す図である。
【図55】(a)はCase22と23の条件で計測された周波数シフト量の標準偏差を示す図であり、(b)はCase22と23の条件で計測された周波数シフト量の変動係数を示す図である。
【図56】1回巻きの小型表面コイルを用いた場合の振動磁場強度のz方向の磁場強度Hz(xp,yp,zp)の一例を示す分布図である。
【図57】従来のCPMG法で観測されるFID信号、およびFID信号とエコー信号とが干渉している様子を示す概念図である。
【符号の説明】
【0246】
10 計測装置
102 RF発振器
104 変調器
106 RF増幅器
112 プリアンプ
113 永久磁石
114 小型RFコイル
115 試料
116 試料載置台
118 A/D変換器
127 シーケンステーブル
128 計時部
129 操作信号受付部
130 溶媒量算出部(演算部)
131 データ受付部
132 水分量算出部
135 出力部
150 静磁場印加部
151 静磁場調整用シムコイル
159 電流駆動用電源
161 スイッチ部
210 RFパルス生成部
220 NMR信号検出部
301 検波器
305 記憶部
307 静磁場強度制御部(制御部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核磁気共鳴法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する装置であって、
前記試料に対して静磁場を印加する静磁場印加手段と、
前記試料に印加される静磁場の強度を制御する静磁場強度制御手段と、
前記試料の一部に対して励起用振動磁場を印加するとともに、前記励起用振動磁場に対応するエコー信号を取得するRFコイルと、
を備え、
前記静磁場強度制御手段が、前記RFコイルの内径(D[m])、勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])、前記プロトン性溶媒の核磁気回転比(γ[Hz/T])、励起間隔(τ[sec])を用いて下記式(1)で表される所定の前記勾配磁場強度変化量(ΔG)の前記静磁場を、前記静磁場印加手段より印加させることを特徴とする計測装置。
400≧D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧4 (1)
【請求項2】
前記励起用振動磁場の印加からτ/3経過した時点における自由誘導減衰信号の強度に対して、当該励起用振動磁場に対応するエコー信号の強度が5倍以上であることを特徴とする請求項1に記載の計測装置。
【請求項3】
前記励起間隔(τ)が0.1msec以上、100msec以下である請求項1または2に記載の計測装置。
【請求項4】
前記静磁場印加手段が、前記RFコイルの内部に均一な静磁場を印加する永久磁石と、前記永久磁石が印加する静磁場に勾配を与える静磁場調整用シムコイルと、をともに備えることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の計測装置。
【請求項5】
前記静磁場調整用シムコイルを少なくとも三式備え、直交三軸方向にそれぞれ前記勾配が与えられる請求項4に記載の計測装置。
【請求項6】
前記RFコイルの内径(D)が0.01・10-3乃至100・10-3[m]である請求項1から5のいずれかに記載の計測装置。
【請求項7】
前記取得されたエコー信号の強度から、前記試料の特定箇所における前記プロトン性溶媒の量を算出する溶媒量算出手段をさらに備えることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の計測装置。
【請求項8】
前記溶媒量算出手段が、前記取得されたエコー信号の強度から、T2緩和時定数を算出し、算出された前記T2緩和時定数から、前記試料の特定箇所における前記プロトン性溶媒の量を算出する請求項7に記載の計測装置。
【請求項9】
前記プロトン性溶媒が水またはアルコール類である請求項7または8に記載の計測装置。
【請求項10】
前記静磁場強度制御手段が、前記静磁場印加手段より印加させる静磁場の勾配の強度を、前記所定の勾配磁場強度変化量(ΔG)または実質的にゼロに切り換え可能である請求項7から9のいずれかに記載の計測装置。
【請求項11】
前記静磁場印加手段が前記所定の勾配磁場強度変化量(ΔG)の静磁場を試料に印加した状態で取得された前記エコー信号の強度から前記プロトン性溶媒の量を算出する第一計測モードと、
前記静磁場の勾配の強度が実質的にゼロである状態で取得されたエコー信号の強度から前記プロトン性溶媒の他の特性値を計測する第二計測モードと
を切り換える切り換え手段をさらに備える請求項10に記載の計測装置。
【請求項12】
核磁気共鳴法を用いて試料中の特定箇所のプロトン性溶媒から発生する局所的なエコー信号を計測する方法であって、
前記試料に対して、RFコイルの内径(D[m])、勾配磁場強度変化量(ΔG[gauss/m])、前記プロトン性溶媒の核磁気回転比(γ[Hz/T])、励起間隔(τ[sec])を用いて下記式(2)で表される所定の前記勾配磁場強度変化量(ΔG)の静磁場を印加しつつ、前記RFコイルを用いて前記試料の一部に対して励起用振動磁場を一回または複数回印加するとともに、前記励起用振動磁場に対応するエコー信号を計測する計測ステップ、
を含む計測方法。
400≧D[m]・ΔG[gauss/m]・γ[Hz/T]・10-4[T/gauss]・τ[sec]≧4 (2)
【請求項13】
前記励起用振動磁場の印加からτ/3経過した時点における自由誘導減衰信号の強度に対して、当該励起用振動磁場に対応するエコー信号の強度が5倍以上であることを特徴とする請求項12に記載の計測方法。
【請求項14】
前記計測ステップにて計測された一つまたは複数の前記エコー信号の強度から、前記試料の特定箇所における前記プロトン性溶媒の量を算出する算出ステップ、
をさらに含む請求項12に記載の計測方法。
【請求項15】
前記算出ステップが、
前記試料中のプロトン性溶媒の量とエコー信号の強度との相関関係を示す検定データを取得するステップと、
前記検定データと、前記取得したエコー信号の強度とから前記プロトン性溶媒の量を算出するステップと、
を含む、請求項14に記載の計測方法。
【請求項16】
前記算出ステップが、
前記計測されたエコー信号の強度から、T2緩和時定数を算出するステップと、
前記試料中のプロトン性溶媒の量とT2緩和時定数との相関関係を示す検定データを取得し、該検定データと、算出された前記T2緩和時定数とから、前記試料の特定箇所におけるプロトン性溶媒の量を算出するステップと、
を含む、請求項14に記載の計測方法。
【請求項17】
請求項14から16のいずれかに記載の計測方法において、
前記試料に印加する静磁場の勾配の強度を、前記所定の勾配磁場強度変化量(ΔG)から実質的にゼロに切り換える切換ステップと、
前記静磁場の勾配の強度が実質的にゼロである状態で、前記RFコイルを用いて前記試料の一部に対して前記励起用振動磁場を一回または複数回印加するとともに、前記励起用振動磁場に対応するエコー信号を計測する第二計測ステップと、
前記第二計測ステップで計測された一つまたは複数の前記エコー信号の強度から、前記試料の特定箇所におけるプロトン性溶媒の他の特性値を算出する第二算出ステップと、
をさらに含むことを特徴とする計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図18】
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【図19】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図27】
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【図28】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図36】
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【図38】
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【図39】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【図44】
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【図45】
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【図46】
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【図47】
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【図48】
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【図49】
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【図50】
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【図51】
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【図52】
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【図53】
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【図54】
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【図55】
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【図57】
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【図6】
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【図7】
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【図11】
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【図12】
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【図17】
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【図20】
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【図25】
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【図26】
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【図29】
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【図35】
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【図37】
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【図40】
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【図56】
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【公開番号】特開2009−162587(P2009−162587A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−341107(P2007−341107)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19〜20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「固体高分子形燃料電池実用化戦略的技術開発/次世代技術開発〜PEFC内に挿入した微小NMRコイルによる含水量・電流分布の多点・リアルタイム計測〜」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)