説明

記録液、液体カートリッジ及び液体吐出カートリッジ

【課題】記録液の保湿性を向上させる。
【解決手段】少なくとも、水、色材、溶剤としてグリセリン、及び保湿剤としてL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有し、グリセリン含有量が、全体の3〜15質量%であり、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量が、全体の1〜15質量%であり、pHが7〜9となるように調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、記録液、この記録液が収容される液体カートリッジ、この液体カートリッジに収容された記録液を対象物に吐出する液体吐出カートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットプリンタで印画する場合には、インクを吐出するインクジェットプリンタヘッドに設けられた微細なオリフィス(ノズル)からインクを紙等の被記録媒体に吐出する。インクジェットプリンタでは、インクがノズル内で乾燥・固化した場合、インクが適切に吐出せず、不吐出となる。このため、インクジェットプリンタヘッドでは、乾燥防止のため、非印画時にはノズルが設けられた吐出面側をキャップする。また、インクジェットプリンタヘッドでは、印画前に、吐出面をワイプしたり、空吐出などの煩雑なメンテナンスが必須である。
【0003】
従来、化粧品、食料品、水性塗料などに保湿効果を付与するため、グリセリンなどの多価アルコール、アラニンやバリンなどのアミノ酸が使用されている。例えば、下記の特許文献1及び引用文献2には、インクジェットプリンタ用インクに保湿剤を含有させることでインクの乾燥固化を抑制する技術を開示されている。しかしながら、インクにアミノ酸を含有させても、十分に、インクの乾燥固化を抑制することができない。
【0004】
【特許文献1】特開2005−68220号公報
【特許文献2】特開2003−160751号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、記録液を吐出する液体吐出カートリッジの吐出面のメンテナンス機構を簡易化できると共に、液体吐出カートリッジの吐出面上で乾燥固化し難く、かつ物性の経時変化の少ない記録液、この記録液が収容された液体カートリッジ及びこの液体カートリッジが取り付けられ、記録液を吐出する液体吐出カートリッジを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意検討の結果、溶剤としてグリセリンを3質量%〜15質量%含有し、保湿剤としてL(+)−アルギニン塩酸塩とL(+)−アルギニンとを合計が1質量%〜15質量%となるように含有し、pH=7〜9となるように調製した記録液を使用することにより、記録液を吐出する液体吐出カートリッジの吐出面のメンテナンス機構を簡易化できると共に、液体吐出カートリッジの吐出面上で乾燥固化し難く、かつ物性の経時変化を少なくすることができることを見出した。
【0007】
上述した目的を達成する本発明に係る記録液は、少なくとも、水、色材、溶剤としてグリセリン及び保湿剤としてL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有し、グリセリン含有量が、全体の3質量%〜15質量%であり、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量が、全体の1質量%〜15質量%であり、pHが7〜9となるように調製されたものである。
【0008】
また、上述した目的を達成する本発明に係る液体カートリッジは、被記録媒体に記録を行うために、液滴の状態で当該被記録媒体に付着される上記記録液が収容されたものである。
【0009】
上述した目的を達成する本発明に係る液体吐出カートリッジは、被記録媒体に記録を行うために、液滴の状態で当該被記録媒体に付着される上記記録液が収容された液体カートリッジが設けられ、該液体カートリッジから供給された上記記録液を被記録媒体に吐出するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、記録液中に、グリセリンが3質量%〜15質量%含有され、保湿剤としてL(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩とが合計含有量が、全体の1質量%〜15質量%となるように含有され、pHが7〜9となるように調整されていることによって、記録液の保湿性が向上する。これにより、本発明では、記録液が液体吐出カートリッジの吐出面上で乾燥固化することが抑制され、液体吐出装置のメンテナンス機構を簡易に出来、メンテナンス頻度も減らす事が出来る。また、本発明では、記録液の物性、特にpHの経時変化が少ないため、記録液の吐出性の経時変化を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を適用した記録液、液体カートリッジ及び液体吐出カートリッジについて、図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
本発明を適用した記録液は、以下に説明するインクジェット式のプリンタ装置(以下、プリンタ装置という。)に用いられ、文字や画像を形成する。
【0013】
プリンタ装置1は、図1及び図2に示すように、被記録媒体となる例えば記録紙Pに対して、詳細を後述する記録液のインク2を吐出する液体吐出カートリッジとなるインクジェットプリンタヘッドカートリッジ(以下、ヘッドカートリッジという。)3と、このヘッドカートリッジ3が装着される装置本体4とを備える。このプリンタ装置1は、記録紙Pの幅方向、すなわち図1及び図2中矢印W方向に、インク2を吐出するノズル32aが略ライン状に1列以上並設した、いわゆるライン型のプリンタ装置である。このプリンタ装置1は、ヘッドカートリッジ3が装置本体4に対して着脱可能である。
【0014】
先ず、インク2の説明に先立って、プリンタ装置1を構成するヘッドカートリッジ3について説明する。ヘッドカートリッジ3は、例えば圧力発生素子として電気熱変換式を用いた発熱抵抗体31aでインク2を吐出し、記録紙Pの主面にインク2を着弾させる。ヘッドカートリッジ3には、図1及び図2に示すように、インク2が収容された液体カートリッジとなるインクカートリッジ11が装着される。インクカートリッジ11は、色毎に、イエローインクのインクカートリッジ11y、マゼンタインクのインクカートリッジ11m、シアンインクのインクカートリッジ11c、ブラックインクのインクカートリッジ11kを備える。インクカートリッジ11は、記録紙Pの幅方向の寸法と略同じ寸法をなす略矩形状に形成されている。インクカートリッジ11には、図2に示すように、ヘッドカートリッジ3のカートリッジ本体21にインク2を供給するためのインク供給部12を備える。なお、インクカートリッジ11は、ヘッドカートリッジ3と一体に形成されていてもよい。
【0015】
インクカートリッジ11が装着されるヘッドカートリッジ3は、図1及び図2に示すように、カートリッジ本体21を有する。カートリッジ本体21には、インクカートリッジ11が装着される装着部22と、インク2を吐出するインク吐出ヘッド23と、インク吐出ヘッド23を保護するヘッドキャップ24とを備える。
【0016】
装着部22の長手方向略中央には、装着部22に装着されたそれぞれのインクカートリッジ11y、11m、11c、11kのインク供給部12と対応して、各インク供給部12に接続される接続部25が設けられている。この接続部25は、装着部22に装着されたインクカートリッジ11y、11m、11c、11kのインク供給部12からカートリッジ本体21の底面に設けられたインク2を吐出するインク吐出ヘッド23にインク2を供給するインク供給路となる。
【0017】
接続部25からインク2が供給されるインク吐出ヘッド23は、カートリッジ本体21の底面に設けられている。インク吐出ヘッド23は、接続部25から供給されるインク2を吐出する吐出口であるノズル32aが記録紙Pの幅方向、すなわち図2中矢印W方向に略ライン状に色毎に並設されている。インク吐出ヘッド23は、記録紙Pの幅方向に並設された複数のノズル32aのうち、所定数を一組とするヘッドチップ26が略千鳥状に記録紙Pの幅方向に亘って配置されることで、略ライン状にノズル32aが形成されている。インク吐出ヘッド23は、インク2を吐出する際に、記録紙Pの幅方向に移動することなく、略ライン状に並設されたヘッドチップ26からインク2を吐出する。
【0018】
ヘッドチップ26は、図3に示すように、電気熱変化式の発熱抵抗体31aが設けられた回路基板31と、ノズル32aが形成されたノズルシート32と、回路基板31とノズルシート32との間に設けられたフィルム33とで形成されている。ヘッドチップ26には、回路基板31とノズルシート32とフィルム33とで囲まれたインク液室34が形成されている。インク液室34には、発熱抵抗体31aによって加熱されるインク2が充填される。また、インク吐出ヘッド23には、インク2が収容されたインクカートリッジ11からインク2をインク液室34に供給するためのインク流路35が形成されている。
【0019】
回路基板31は、例えばシリコンウエハ、ガラス基板等といったケイ素含有材料からなる基板上に、ロジックIC(Integrated Circuit)やドライバートランジスタ等からなる制御回路が形成されている。回路基板31には、圧力発生素子として、制御回路により制御され、インク2を加熱する発熱抵抗体31aが設けられている。
【0020】
ノズルシート32は、吐出面23aに向かって縮径されたノズル32aが穿設されると共に、回路基板31とフィルム33を挟んで対向配置されることで、インク液室34の下面部を形成している。
【0021】
フィルム33は、例えば露光硬化型のドライフィルムレジストからなり、上述したインク流路35と連通される部分を除いて各ノズル32aの周囲を囲むように形成されている。また、このフィルム33は、回路基板31とノズルシート32との間に介在されることによって、インク液室34の側面を形成している。
【0022】
以上のような構成からなるヘッドチップ26が記録紙Pの幅方向(W方向)に並設されたインク吐出ヘッド23は、印刷データに基づいた記録信号により、吐出させる色のヘッドチップ26の回路基板31の制御回路が制御され、選択的した発熱抵抗体31aにパルス電流を供給し、発熱抵抗体31aを加熱する。インク吐出ヘッド23では、発熱抵抗体31aを加熱すると、図3に示すように、発熱抵抗体31aと接するインク2に気泡bが発生し、この気泡bが膨張しながらインク2を加圧し、押し退けられたインク2を液滴の状態でノズル32aより吐出する。インク吐出ヘッド23では、インク2を吐出した後、インク流路35を通してインク2をインク液室34に供給することによって、再び吐出前の状態に戻り、再びインク2を吐出してカラー画像を印刷する。
【0023】
インク吐出ヘッド23の吐出面23a側には、図1に示すように、ノズル32aが形成された吐出面23aを保護するためのヘッドキャップ24が取り付けられている。ヘッドキャップ24は、インク2を吐出せず、印刷をしない間、インク吐出ヘッド23の吐出面23aを閉塞し、ノズル32aを乾燥等から保護している。印刷を行う際には、ヘッドキャップ24は、図4に示すように、ヘッドカートリッジ3の底面から装置本体4の前面側に移動し、インク吐出ヘッド23の吐出面23aを外部に露出させる。このヘッドキャップ24には、図4に示すように、吐出面23aに付着している余分なインク2を拭き取るクリーニングローラ24aが設けられている。ヘッドキャップ24は、吐出面23aを開放又は閉塞する際に、クリーニングローラ24aで吐出面23aをクリーニングし、吐出面23aに付着した余分なインク2やノズル32a内の固化したインク2を除去する。
【0024】
このような構成のヘッドカートリッジ3が装着される装置本体4には、図1に示すように、ヘッドカートリッジ装着部41にヘッドカートリッジ3が装着される。また、装置本体4には、前面下側に印刷される前の記録紙Pが積層して収納された給紙トレイ42が取り付けられ、前面上側に印刷後の記録紙Pを収納する排紙トレイ43が取り付けられている。装置本体4には、図4に示すように、記録紙Pを搬送する給排紙機構44及び図示しないヘッドキャップ24を開閉するヘッドキャップ開閉機構が設けられている。
【0025】
以上のような構成からプリンタ装置1は、先ず、図1に示す装置本体4に設けられた操作ボタン4aの操作により制御部に印刷開始の命令がされると、制御部からの制御信号により給排紙機構44、ヘッドキャップ開閉機構が駆動して、図4に示すように、印刷が可能な状態となる。
【0026】
プリンタ装置1は、ヘッドキャップ開閉機構により、ヘッドキャップ24をヘッドカートリッジ3に対して給紙トレイ42及び排紙トレイ43が設けられている装置本体4の前面側に移動しながら、吐出面23aをクリーニングする。これにより、プリンタ装置1は、インク2を吐出するノズル32aが外部に露出し、インク2が吐出できるようになる。
【0027】
また、プリンタ装置1は、複数の搬送ローラ45からなる給排紙機構44により、給紙トレイ42から1枚だけ記録紙Pを引き出し、記録紙Pを吐出面23aと対向する位置に設けたプラテン47で支持することによって、記録紙Pが吐出面23aと対向する。
【0028】
次に、プリンタ装置1は、インク吐出ヘッド23に設けられた複数の発熱抵抗体31aうち、印刷データに基づく制御信号によって選択された発熱抵抗体31aに、駆動電流を供給し、選択された発熱抵抗体31aを加熱する。プリンタ装置1は、発熱抵抗体31aを加熱することによって、図4に示すように、吐出面23aと対向する位置に搬送された記録紙Pに対してノズル32aよりインク2を液滴の状態にして吐出し、カラー画像を印刷する。
【0029】
次に、プリンタ装置1は、画像の印刷が終わった記録紙Pを排紙ローラ47で排紙トレイ43に送り出し、排紙トレイ43に記録紙Pを排紙する。このようにして、プリンタ装置1では、記録紙Pにカラー画像を印刷する。印刷後には、装置本体4の前面側に待機しているヘッドキャップ24をヘッドキャップ開閉機構により、ヘッドカートリッジ3の底面を移動させ、インク吐出ヘッド23の吐出面23aを閉塞し保護する。この際にも、クリーニングローラ24aが吐出面23aをクリーニングするようにしてもよい。
【0030】
このように、プリンタ装置1では、インク2を記録紙Pに対して吐出することで、文字や画像を形成するため、インク2を記録紙Pに対して適切に吐出しなければならない。プリンタ装置1に用いられるインク2は、ノズル32a内で乾燥固化することが防止されたものである。
【0031】
具体的に、インク2は、少なくとも水、色材、溶剤としてグリセリン、及び保湿剤としてL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有するものである。
【0032】
色材としては、直接染料、酸性染料等に代表される水性染料や顔料等が挙げられ、インクジェットプリンタ装置のインクに一般に使用される色材を用いることができる。
【0033】
溶剤としては、少なくともグリセリンを含有する。なお、溶剤として、グリセリンの他に、適宜、インクの溶剤として一般に用いられる溶剤、例えば脂肪族一価アルコールや脂肪族多価アルコール等の水溶性有機溶剤を添加してもよい。
【0034】
インク2には、保湿剤として、L(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有させる。このL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩は、グリセリンと共に、インク2中に含有することによって、インク2の保湿性を向上させ、インク2がノズル32a内で乾燥固化することを防止する。
【0035】
ここで、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩の保湿効果について説明する。先ず、参考例1として、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩の保湿効果について、他の保湿剤と比較評価を行った。評価結果を図5に示す。この評価は、温度25℃、湿度60%(RH)の環境下で、清浄なガラス板上に、図5中の横軸に示した各種保湿剤3質量%水溶液2μLを滴下し、乾燥するまでの時間を比較して行った。経時的に、液滴を観察し、液滴を鋭利な針先で突き、速やかに形状が回復しなくなった時点を乾燥時間とした。図5に示す結果から、水溶液中にL(+)−アルギニン塩酸塩、L(+)−アルギニンをそれぞれ単独で含有させた場合には、保湿効果はそれほど大きくないことがわかる。
【0036】
次に、参考例2として、保湿剤3質量%、染料(C.I.ダイレクトブラック 121)4質量%及びグリセリン5質量%を含有する水溶液からなるインク組成物を調製して、保湿剤としてL(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩を用いた場合と、他の保湿剤を用いた場合との比較を行った。
【0037】
各水溶液の保湿効果の評価結果を図6に示す。評価方法は、温度25℃、湿度60%(RH)の環境下で、水溶液2μLを、参考例1と同様に清浄なガラス板上に滴下し、乾燥するまでの時間を比較した。乾燥の判定は、参考例1と同様に行った。図6に示す結果から、グリセリンと共に、インク組成物中に保湿剤を添加することによって、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩の場合には、他の保湿剤よりも保湿効果が飛躍的に向上することが分かる。保湿剤としてアラニンやバリンなどの他のアミノ酸を使用した場合には、保湿効果の飛躍的向上は見られなかった。この保湿効果の飛躍的向上は、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩(アルギニン化合物)を用いた場合の特異な現象である。
【0038】
なお、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩には、L体の他に、光学異性体のD体が存在し、L体と同様の保湿効果が得られる。但し、D体は、生体由来で安価に供給されるL体に比べ、非常に高価であり、特別なメリットはない。
【0039】
また、参考例3として、グリセリンとL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩との組み合わせの様に、保湿に対する特異的な効果を有する溶剤との組み合わせが他にあるか調べた。溶剤として、汎用的な1,5−PD(1、5−ペンタジエン)、2Py(2−ピロリドン)、4−ブチロラクトンを選択し、保湿剤としてL(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩の他に、代表的なマルチトール、キシリトール、TMP(トリメチロールプロパン)を選択し、これらの組み合わせの乾燥性と、グリセリンとL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩の組み合わせとを比較した。評価方法は、参考例2と同様にして行った。評価結果を図7に示した。図7に示す結果から、グリセリンとL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩との組み合わせたものが、保湿効果が飛躍的に向上していることが分かる。
【0040】
以上の参考例1〜参考例3の結果から、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩からなる保湿剤、グリセリン、染料、残余の水からなるインク組成物では、優れた保湿効果が得られることが認められる。
【0041】
しかしながら、これらL(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩を単一の種類で使用した際には、下記のような課題が生じる場合がある。すなわち、後述するようなインク2のpH安定性や、接液部材(ヘッドカートリッジ3やインク吐出ヘッド23)を侵食するおそれがある。例えば、インク2がpH=9を超す場合には、接液部材が侵食してしまうおそれがある。一方、インク2がpH=7未満では、空気中の二酸化炭素によりpHが下がり、やはり接液部材を侵食するおそれがある。また、インク2のpHが変動すると、インク液滴の飛翔状態が変化して、印画品質に影響が生じるおそれがある。
【0042】
L(+)−アルギニンは、水溶液中では塩基性を呈し、インク2中に配合すると、0.1質量%添加時でも、インク2がpH=10を呈する。実用的な添加量である数質量%添加の領域では、インク2のpHは、更に高くなることは必至である。そのため、シリコンからなるヘッドカートリッジ3やインク吐出ヘッド23を侵すおそれがある。
【0043】
参考例4として、下記の表1に記載の組成で、保湿剤がL(+)−アルギニンのみのインク組成物、参考例5として、L(+)−アルギニン塩酸塩のみのインク組成物、及び実施例1として、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩を併用したインク組成物を調製した。表1において、インク組成物の各成分の量は、質量部で表記した。インク組成物の合計量が、100質量部となるように調製した。これらのインク組成物を60℃の環境下に保存し、pHの経時変化を調べた。結果を図8に示す。なお、表1中、サーフィノール465は、アセチレングリコール(エアプロダクツ社製、アセチレン系界面活性剤)であり、プロキセルGXLは、1,2−ジベンゾチアゾリン−3−オン(アビシア社製、防かび剤)である。
【0044】
【表1】

【0045】
図8に示す結果から、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩には、pH緩衝作用があり、経時でインク組成物のpHは中性方向に収束することがわかる。L(+)−アルギニンのみを含有した参考例4では、L(+)−アルギニンが空気中の二酸化炭素によって徐々に中和され、経時的にはインク組成物のpHは低下し、中性方向に向かう。L(+)−アルギニン塩酸塩のみを含有した参考例5では、L(+)−アルギニン塩酸塩をインク組成物中に配合することにより、pH=6〜6.5となる。経時的には、塩化水素が脱離してpHは上がって行き、ほぼ中性で安定する。そこで、実施例1では、塩基性のL(+)−アルギニンと酸性のL(+)−アルギニン塩酸塩を適宜混合し、初期pHを7〜9になるようにインク組成物を調製したところ、インクpHの経時的安定性が改善されることが認められた。以上のことから、インク組成物のpHの経時的な変動は、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩の両者を適宜併用し、インク組成物のpHを7〜9になるように調製することで解決されることが分かる。
【0046】
これら、参考例1〜参考例5、実施例1より、上述したプリンタ装置1に用いるインク2は、溶剤として少なくともグリセリンを含有し、保湿剤として、L(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有することによって、保湿効果が向上すると共に、インク2のpHが安定する。
【0047】
インク2中のグリセリンの含有量は、全体の3質量%〜15質量%であり、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量が、全体の1質量%〜15質量%である。グリセリンを全体の3質量%〜15質量%とすることによって、インク2の保湿効果が得られ、インク2中に保湿剤が析出せず、ノズル詰まりが生じることを防止できる。また、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量を全体の1質量%〜15質量%とすることによって、所望の保湿効果が得られ、インク2中に保湿剤が析出し、ノズル詰まりが生じることを防止できる。
【0048】
以上のような構成からなるインク2は、溶剤に少なくともグリセリンを3質量%〜15質量%含有し、保湿剤としてL(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩を1質量%〜15質量%含有することによって、保湿効果が向上し、インク吐出ヘッド23上で乾燥固化が抑制されるので、インク吐出ヘッド23の吐出面23aのクリーニングを簡易にすることができる、即ちプリンタ装置1のメンテナンス機構を簡易に出来、メンテナンス頻度も減らす事が出来る。また、インク2は、物性、特にpHの経時変化が少ないため、インク吐出性の経時変化が生じることを抑える事が可能となる。
【0049】
また、インク2を用いることによって、このインク2を吐出するヘッドカートリッジ3では、インク2の保湿効果が優れているため、インク吐出ヘッド23のノズル32a内や吐出面23aで乾燥固化することを防止できる。これにより、プリンタ装置1では、ヘッドカートリッジ3のメンテナンス頻度を減らずことができ、また、メンテナンス機構を簡易にすることができる。また、ヘッドカートリッジ3では、インク2のpHがほぼ中性であるため、ヘッドカートリッジ3内のインク2と接する部分を浸食することがなく、またインク2のpHが安定しているため、インク液滴の飛翔状態が変化せず、所定の方向にインク液滴を適切に吐出することができ、印画品質に低下することが防止できる。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を適用した記録液について、具体的な実施例を挙げて説明する。
【0051】
実施例1〜実施例5及び比較例1〜比較例5のインクを下記の表2に示す組成となるように調整した。なお、表2には、インク組成物の各成分の量を質量部で表記した。インク組成物の合計量が100質量部となるように調製した。
【0052】
【表2】

【0053】
実施例1〜実施例5及び比較例1〜比較例5のインクをインクジェットプリンタ(サーマル方式)のインクタンクに充填し、プリンタ装置に取り付けた。プリンタ装置は、24℃60%RHの環境に設置した。
【0054】
実施例1〜実施例5及び比較例1〜比較例5について、インク中の固形物、印画状態の評価を行った。
【0055】
インクの固形物の評価は、インク組成物を濾過し、濾紙上に固形物が残存していたものを×で表記し、固形物が残存していないものを○で表記した。
【0056】
印画状態の評価は、ヘッドキャップをオープンした後、通常のメンテナンス動作を入れ、キャップオープンのまま5分間放置した。その後、印画し、印画物の状態を目視でチェックした。印画状態が良好なものを○で表記し、かすれ、不吐出が有り、印画不良のものを×で表記した。
【0057】
実施例1〜実施例5では、インク組成物中の保湿剤の溶解性が良好なため、固形物は残存せず、かつ、印画状態が良好であった。
【0058】
一方、比較例1及び比較例2では、L(+)−アルギニン塩酸塩と、L(+)−アルギニンの合計含有率が1質量%よりも少なく不十分なため、また、比較例3では、グリセリンの含有率が3質量%よりも少なく不十分なため、放置後、正常に吐出せず良好な印画状態が得られなかった。比較例4では、L(+)−アルギニン塩酸塩と、L(+)−アルギニンの合計含有率が15質量%よりも多く過剰なため、また比較例5では、グリセリンの含有率が15質量%よりも多く過剰なため、インク中に固形物が残留した。
【0059】
これらのことから、実施例1〜実施例5のように、本発明のインク組成物では、固形物が生じず、印画状態が良好であることから、インクが乾燥固化せず、pHの経時変化が抑えられるという発明の効果が得られるのに対し、グリセリンの含有率が3〜15質量%の範囲から外れていたり、L(+)−アルギニン塩酸塩と、L(+)−アルギニンの合計含有率が1質量%〜15質量%の範囲から外れている比較例1〜比較例5では、所望の効果が得られないことがわかる。
【0060】
以上から、インクにおいて、グリセリン量が少なすぎても発明の効果は得られず、L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩やグリセリンの添加量が多い場合には、乾燥防止効果は得られるが、固形物が析出するため、インクとして成立しないことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明を適用したインクが用いられるプリンタ装置の分解斜視図である。
【図2】同ヘッドカートリッジの断面図である。
【図3】インク吐出ヘッドを示しており、同図(A)は発熱抵抗体上に気泡が発生した状態を模式的に示す断面図であり、同図(B)はノズルよりインクが吐出される状態を模式的に示す断面図である。
【図4】同プリンタ装置の印刷動作を説明するための透視側面図である。
【図5】L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩等の乾燥時間を示すグラフである。
【図6】保湿剤、染料、溶剤としてグリセリンを含有する溶液の乾燥時間を示すグラフである。
【図7】溶剤として、グリセリンの他に、1、5−ペンタジエン、2−ピロリドン、4−ブチロラクトンを用いた場合の溶液の乾燥時間を示すグラフである。
【図8】L(+)−アルギニン、L(+)−アルギニン塩酸塩を単独、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩を併用した場合の溶液のpHの変化を示す図である。
【符号の説明】
【0062】
1 プリンタ装置、2 インク、3 ヘッドカートリッジ、4 装置本体、11 インクカートリッジ、21 カートリッジ本体、22 装着部、23 インク吐出ヘッド、24 ヘッドキャップ、25 接続部、26 ヘッドチップ、31 発熱抵抗体、32 ノズルシート、33 フィルム、34 インク液室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、水、色材、溶剤としてグリセリン及び保湿剤としてL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有し、
上記グリセリン含有量が、全体の3質量%〜15質量%であり、
上記L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量が、全体の1質量%〜15質量%であり、
pHが7〜9となるように調製された記録液。
【請求項2】
被記録媒体に記録を行うために、液滴の状態で当該被記録媒体に付着される記録液が収容された液体カートリッジにおいて、
上記記録液は、少なくとも、水、色材、溶剤としてグリセリン及び保湿剤としてL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有し、上記グリセリン含有量が、該記録液全体の3質量%〜15質量%であり、L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量が、該記録液全体の1質量%〜15質量%であり、pHが7〜9となるように調製されたものである液体カートリッジ。
【請求項3】
被記録媒体に記録を行うために、液滴の状態で当該被記録媒体に付着される記録液が収容された液体カートリッジが設けられ、該液体カートリッジから供給された上記記録液を被記録媒体に吐出する液体吐出カートリッジにおいて、
上記記録液は、少なくとも、水、色材、溶剤としてグリセリン、及び保湿剤としてL(+)−アルギニン及びL(+)−アルギニン塩酸塩を含有し、上記グリセリン含有量が、該記録液全体の3質量%〜15質量%であり、上記L(+)−アルギニンとL(+)−アルギニン塩酸塩との合計含有量が、該記録液全体の1質量%〜15質量%であり、pHが7〜9となるように調製されたものである液体吐出カートリッジ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2010−65165(P2010−65165A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−233845(P2008−233845)
【出願日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】