説明

貝類の幼生および稚貝の育成器および育成装置

【課題】貝類の浮遊幼生や稚貝を育成する際に、良好な育成環境を維持することが容易であり、生産性よく育成させることができる貝類の幼生および稚貝の育成器および育成装置を提供する。
【解決手段】上部を開口した網状のカゴからなる保持部材3と、保持部材3の内側面を覆うように取付けられるシート状のネット部材2と、ネット部材2を保持部材3に着脱可能に固定する固定部材6a、6bとを備えた育成器1を、水槽の中に配置し、保持部材3の内側面に、しわを有する状態で取付けられたネット部材2の内側に、育成対象体Aである貝類の幼生や稚貝を多数収容して育成し、ネット部材2が汚れた場合には、保持部材3から取外して、ネット部材2に収容していた育成対象体Aを捕集して、新しいネット部材2を取付けた育成器1で育成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貝類の幼生および稚貝の育成器および育成装置に関し、さらに詳しくは、アサリなどの貝類の浮遊幼生や稚貝を育成する際に、良好な育成環境を維持することが容易であり、生産性よく育成させることができる貝類の幼生および稚貝の育成器および育成装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
稚貝を育成する方法や装置は、種々提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1の発明は、海中で稚貝を育成する方法であるが、より小さな貝類の浮遊幼生や稚貝を育成する場合には、水槽の中で育成が行なわれる。水槽の中で幼生や稚貝を育成する場合には、特許文献1の図2に例示されているような育成器(樹脂製ポット)を水槽内に配置して、幼生や稚貝を育成器に収容する。この育成器は、上面および下面を開口した筒状部の下面側に、ネット部が接着等により固定されている。
【0003】
水槽での育成過程では、余った餌や排泄物等によって、育成器のネット部の目詰まりが生じたり、ネット部に微生物が繁殖するため、適宜、ネット部を洗浄したり、新たなネット部材に交換する必要がある。また、幼生等の育成に合わせてネット部の目を除々に大きくすることが好ましい。このようにして良好な育成環境を維持することにより、幼生等の育成度を向上させることができる。
【0004】
しかしながら、従来の育成器では、幼生や稚貝が筒状部とネット部とのすき間に入り込んでしまうことがあった。筒状部とネット部とは分離可能に接合されてはいないため、
すき間に入り込んだ幼生や稚貝を取り出すことは難しい。そのため、ネット部を洗浄する際や、ネット部を交換する場合には、すき間に入り込んだ幼生や稚貝は、死滅することになり、生産性よく育成することができないという問題があった。
【特許文献1】特開2006−304676号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、アサリなどの貝類の浮遊幼生や稚貝を育成する際に、良好な育成環境を維持することが容易であり、生産性よく育成させることができる貝類の幼生および稚貝の育成器および育成装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の貝類の幼生および稚貝の育成器は、上部を開口して内側面を凹状に形成した通水性を有する保持部材と、この保持部材の内側面を覆うように取付けられるシート状のネット部材と、このネット部材を保持部材に着脱可能に固定する固定部材とを備え、水槽の中に配置された前記保持部材の内側面に、しわを有する状態で取付けられた前記ネット部材の内側に、多数の育成対象体を収容する構成にしたことを特徴とするものである。
【0007】
ここで、前記保持部材として網状のカゴを用いることもできる。この保持部材の網目の大きさを、例えば、前記ネット部材の目の大きさよりも大きくする。
【0008】
また、本発明の貝類の幼生および稚貝の育成装置は、上部を開口して内側面を凹状に形成した通水性を有する保持部材と、この保持部材の内側面を覆うように取付けられるシート状のネット部材と、このネット部材を保持部材に着脱可能に固定する固定部材とを備え、水槽の中に配置された前記保持部材の内側面に、しわを有する状態で取付けられたネット部材の内側に、多数の育成対象体を収容する構成にした育成器と、この育成器を配置する水槽と、この水槽に配置された育成器内に所定温度の海水を供給する海水供給手段と、この育成器内の海水に継続的に空気を供給するエアレーションとを備え、水槽内の海水が一定水位以上になると水槽外にオーバーフローさせる排水口を設け、前記育成器に取付けられたネット部材の内側に収容した多数の育成対象体を捕集する捕集手段を設けたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、水槽の中で貝類の幼生および稚貝を育成する際に、上部を開口して内側面を凹状に形成した通水性を有する保持部材と、この保持部材の内側面を覆うように取付けられるシート状のネット部材と、このネット部材を保持部材に着脱可能に固定する固定部材とを備えた育成器を、水槽の中に配置し、その保持部材の内側面に、しわを有する状態で取付けられたネット部材の内側に、育成対象体である貝類の幼生や稚貝を多数収容することにより、ネット部材が汚れた場合には簡単に保持部材から取外すことができる。このため、育成対象体を不用意に死滅させることなく、汚れたネット部材から新しいネット部材を取付けた育成器で育成することができる。このようにして、良好な育成環境を容易に維持することができ、生産性よく育成対象体を育成させることができる。
【0010】
また、ネット部材のしわの起伏が、育成対象体が集まり易い環境を形成して好影響を与えるため、育成対象体を大きく育成することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の貝類の幼生および稚貝の育成器および育成装置を図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0012】
図1〜図3に例示するように、本発明の育成器1は、上部を開口して内側面を凹状に形成した通水性を有する保持部材3と、保持部材3の内側面を覆うように取付けられるシート状のネット部材2と、ネット部材2を保持部材3に着脱可能に固定する固定部材4a、4bとを備えている。
【0013】
この実施形態の保持部材3は、上面を開口し、底面および周面が網からなる網状のカゴになっている。育成器1は、図4、図5に示すように水槽5の中に配置されて使用されるが、保持部材3は、その際に水槽5の中の海水Wを通過させることができる通水性を有していれば良い。したがって、保持部材3の一部のみを網状に形成することもできる。例えば、保持部材3の底面のみ、周面のみ、底面の一部のみ、或いは、周面の一部のみを網状にすることもできる。しかしながら、幼生や稚貝を育成する際には、通水性が高いほうが好ましいので、底面および周面のすべてを網状にするとよい。保持部材3の材質は、海水Wによる腐食を回避するために、樹脂を用いることが好ましい。
【0014】
また、育成器1の底面が水槽5の底面に接していると、その接している部分にバクテリア等の微生物が繁殖して育成環境が悪化するので、育成器1の底面と水槽5の底面との間にある程度のすき間を設けて海水Wが通過し易くすることが好ましい。そこで、例えば、育成器1を三脚等の上に置いたり、保持部材3の底部に下方に突出する脚部を設けるとよい。
【0015】
ネット部材2は、水槽5の中に配置された保持部材3の内側面に、しわを有する状態で取付けられる。即ち、ネット部材2は保持部材3の内側面に沿うように凹状で、かつ、しわを有した状態で保持部材3に取付けられる。そして、この凹状になったネット部材2の内側に、育成対象体Aであるアサリなどの浮遊幼生や稚貝が収容される。
【0016】
したがって、ネット部材2の目の大きさは、育成対象体Aを通過させず、かつ、水槽5内の海水Wを適度に通過させることができる大きさに設定される。ネット部材2の目の大きさは、例えば、50μm〜300μmであり、目の大きさの異なる複数種類のネット部材2を用意することが好ましい。また、保持部材3の網目の大きさは、ネット部材2の目の大きさよりも大きくして、水槽5内の海水Wの通水性を確保することが好ましい。
【0017】
ネット部材2の材質は、海水Wによる腐食を回避するために、樹脂(例えば、ナイロン樹脂など)を用いることが好ましい。また、ネット部材2の厚さは、保持部材3の内側面を覆うように取付けた際に、適度なしわが生じるように、例えば、1mm〜2mm程度にする。
【0018】
固定部材4a、4bは、ネット部材2を保持部材3に着脱可能に固定できればよく、構造や数が特に限定されるものではない。この実施形態では、保持部材3の上部でネット部材2を固定する固定部材4aと、保持部材3の底面でネット部材2を固定する固定部材4bの2種類を用いている。上側の固定部材4aは、クリップやピンチと同等物であり、下側の固定部材4bは、ある程度の重量物であり重石のように機能している。2種類の固定部材4a、4bのうち、いずれか1種類のみを用いるようにしてもよい。
【0019】
本発明の貝類の幼生および稚貝の育成装置は、図4、図5に例示するように、上述した育成器1と、この育成器1を配置する水槽5を有している。この実施形態では、水槽5内に6つの育成器1を配置しているが、配置する育成器1の数は特に限定されない。育成器1は上述した種々の仕様のものを用いることができる。
【0020】
また、水槽5に配置されたそれぞれの育成器1に対しては、所定温度の海水を供給する海水供給手段6と、この育成器1内の海水Wに継続的に空気を供給するエアレーション8とが設置される。海水供給手段6は、海水Wを供給する供給配管6aと、供給配管6aに接続された供給ポンプ6bと、供給配管6aに取付けられた水温制御センサ6cとから構成されている。そして、供給配管6aを通じて、所定水温(18℃〜20℃程度)の海水Wを常時、育成器1内に供給する。尚、育成器1内ではなく、直接、水槽5内に海水を供給する供給手段を追加して設け、常時或いは間欠的に海水Wを供給するしてもよい。
【0021】
さらに、水槽5の底面には、底面を貫通する取付け穴5aが形成されており、この取付け穴5aに筒状の排水口7が脱着可能に嵌合している。排水口7の長さは、水槽5の深さよりも小さく設定され、水槽5内の海水Wが一定水位以上になると水槽5外にオーバーフローさせるように機能する。また、育成装置は後述するように、育成器1に取付けられたネット部材2の内側に収容した多数の育成対象体Aを捕集する捕集手段を備えている。
【0022】
次に、育成対象体Aをアサリの幼生および稚貝を例にして、育成器1を用いた幼生および稚貝の育成方法を説明する。
【0023】
図7に例示するように、育成対象体Aを収容した育成器1内には、常に所定温度の海水Wを供給し、育成器1内の海水Wには空気を供給する。育成器1に収容されている例えば、500μm以下の育成対象体Aには、12時間継続して餌を供給した後、餌の供給を12時間停止するサイクルで、給餌を行なう。育成器1の中の海水Wには、常にエアレーション8によって空気が供給されているので、育成対象体Aの酸欠を防ぐことができるとともに、餌を育成器1の中に拡散させることができる。尚、餌の供給時間は、育成対象体Aの成長段階に応じて調整する。
【0024】
この育成過程では、余った餌や排泄物等によって、育成器1のネット部2の目詰まりが生じ、ネット部2にバクテリア等の微生物が繁殖する(以後、余った餌、排泄物、微生物等を不要物Cという)。したがって、快適な育成環境を維持するためには、適宜、ネット部2を洗浄したり、新しいものに交換する必要がある。また、育成対象体Aの成長に合わせてネット部2の目を除々に大きくすることが好ましい。このようにして良好な育成環境を維持することにより、育成対象体Aの育成度を向上させることができる。
【0025】
本発明では、固定部材6a、6bによる固定を解除するだけで、簡単にネット部材2を保持部材3から取外すことができる。そこで、ネット部材2が汚れた際には、図8に例示するように育成器1からネット部材2を取出す。取出したネット部材2からは海水Wが流れ落ち、ネット部材2の中には、育成対象体Aとネット部材2の目よりも大きな不要物Cが残る。
【0026】
このネット部材2は、図9に例示するように、捕集容器10内の立て掛け体11に、育成対象体Aが付着している面を表面(捕集容器10の内側)にして、広げた状態で固定する。そして、ネット部材2の表面を海水Wで洗い流すことにより、捕集容器10の中に育成対象Aを収容する。この際に、不要物Cも捕集容器10に収容される。育成対象体Aおよび不要物Cを洗い流して洗浄されたネット部材2は、天日干し等をした後で再使用することができる。
【0027】
捕集容器10内の育成対象体Aを含んだ海水Wは、図10に例示するように、所定の目の大きさの捕集フィルタ12を通過させる。このようにして、育成対象体Aを捕集フィルタ12によって捕集し、不要物Cをある程度除去する。捕集フィルタ12によって除去できなかった不要物Cは手作業等で除去する。この実施形態では、捕集容器10、立て掛け体11および捕集フィルタ12が、育成器1に取付けられたネット部材2の内側に収容した多数の育成対象体Aを捕集する捕集手段になっているが、捕集手段はこれに限定されるものではない。
【0028】
捕集フィルタ12により捕集した育成対象体Aは、新たなネット部材2を取付けた育成器1によって水槽5内で育成する。育成過程では、初期ほどネット部材2が不要物Cによって目詰まりや汚れが生じるので、初期ほど頻繁にネット部材2を洗浄、交換し、育成が終了するまでこれを繰り返す。
【0029】
新たなネット部材2を用いる場合は、ネット部材2の目の大きさを、成長した育成対象体Aの大きさに応じたものに変更する。例えば、60日〜80日の育成期間では、3〜4種類の目の大きさの異なるネット部材2を用意しておき、順次、目の大きいネット部材2を用いる。また、育成対象体Aの成長度合により個体の大きさ(殻長)のばらつきが大きくなった場合は、その都度、同程度の大きさの個体を集めて同じ育成器1内で育成する。
【0030】
このように、本発明ではネット部材2の洗浄や交換によって、育成対象体Aを不用意に死滅させることなく、良好な育成環境を容易に維持することができる。これに伴い、生産性よく育成対象体Aを育成させることが可能になる。
【0031】
また、水槽5の中に配置された育成器1の内部は、図6に例示するように、ネット部材2のしわにより起伏が形成されている。育成対象体Aは、互いに集まって群れをなす習性がある。このように集まる理由は明確ではないが、育成対象体Aにとっては、適度に群れをなすことが快適な環境であるからだと考えられる。ネット部材2のしわの起伏は、育成対象体Aが集まり易い環境を提供しているので、育成に関しては好影響を与えることができる。それ故、育成対象体Aを大きく育成するには有利な構造になっている。
【0032】
育成対象体Aの育成が終了した後は、水槽5からすべての育成器1を除去し、水槽5内の海水Wはすべて水槽5外に排出して、新たな育成対象体Aの育成に備えて水槽5を洗浄する。この実施形態では、排出口7を水槽5の底面の取付け穴5aから取外すことにより、容易に水槽5内の海水Wを外に排出することができ、水槽5の底面が平らな状態になるので、洗浄作業も容易に行なうことができる。
【実施例】
【0033】
本発明の育成器(実施例)と従来の育成器(従来例)とを用いて、多数のふ化直後のアサリの幼生を、ふ化1日目から30日目まで育成して殻長を比較した。育成条件は、実施例がネット部材にしわを有し、従来例がネット部材が平坦でしわがないことのみが相違点であり、その他の条件は同一である。結果を表1に示す。表1の数値は、それぞれの育成器で育成した幼生の殻長の中央値であり、ふ化1日目の殻長を基準の100として指数で表示した。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の結果より、従来例に比べて実施例のほうが、幼生を大きく育成できることが確認できた。実施例では、ネット部材のしわの起伏の周辺に幼生が集まる傾向がみられ、従来例に比べて、幼生どうしが群れた状態で育成した。したがって、ネット部材のしわが、幼生が集まり易く育成に快適な環境を提供し、これが幼生の育成に好影響を与えたと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の貝類の幼生および稚貝の育成器を例示する平面図である。
【図2】図1の縦断面図である。
【図3】図1の育成器の構成部材を例示する説明図である。
【図4】本発明の育成装置の内部を例示する側面図である。
【図5】図4の平面図である。
【図6】図5の育成器の内部を例示する一部拡大平面図である。
【図7】図4の育成器の内部を例示する側面図である。
【図8】図7の育成器からネット部材を取出した状態を例示する側面図である。
【図9】図8のネット部材を洗浄している状態を例示する側面図である。
【図10】育成対象体を捕集している状態を例示する説明図である。
【符号の説明】
【0037】
1 育成器
2 ネット部材
3 保持部材
4a、4b 固定部材
5 水槽
5a 取付け穴
6 海水供給手段
6a 供給配管
6b 供給ポンプ
6c 水温制御ヒータ
7 排水口
8 エアレーション
10 捕集容器
11 立て掛け体
12 捕集フィルタ
A 育成対象体(アサリの幼生および稚貝)
C 不要物
W 海水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上部を開口して内側面を凹状に形成した通水性を有する保持部材と、この保持部材の内側面を覆うように取付けられるシート状のネット部材と、このネット部材を保持部材に着脱可能に固定する固定部材とを備え、水槽の中に配置された前記保持部材の内側面に、しわを有する状態で取付けられた前記ネット部材の内側に、多数の育成対象体を収容する構成にした貝類の幼生および稚貝の育成器。
【請求項2】
前記保持部材が網状のカゴである請求項1に記載の貝類の幼生および稚貝の育成器。
【請求項3】
前記保持部材の網目の大きさを、前記ネット部材の目の大きさよりも大きくした請求項2に記載の貝類の幼生および稚貝の育成器。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の育成器と、この育成器を配置する水槽と、この水槽に配置された育成器内に所定温度の海水を供給する海水供給手段と、この育成器内の海水に継続的に空気を供給するエアレーションとを備え、水槽内の海水が一定水位以上になると水槽外にオーバーフローさせる排水口を設け、前記育成器に取付けられたネット部材の内側に収容した多数の育成対象体を捕集する捕集手段を設けた貝類の幼生および稚貝の育成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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