説明

質量分析を利用したアミノ酸配列解析システム

【課題】デノボ・シーケンスを用いたペプチドのアミノ酸配列の推定精度を高める。
【解決手段】ペプチド混合物についてのMS分析とMS分析を実行しそれぞれマススペクトルを取得する(S1、S2)。それから、両マススペクトルに共通に現れるピークを集めたピークリスト(S3)、MS/MS分析のプリカーサの質量数差だけMSマススペクトルを高質量数側にシフトして作成したスペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを集めたピークリスト(S4)、など全部で6種類の、各末端別のピークを集めたピークリストを作成し(S5〜S8)、その後にN末端、C末端別のピークリストに集約する(S9)。この2つのピークリストをデノボ・シーケンスの解析用ソフトウエアに供しアミノ酸配列推定を実行する。推定結果の信頼度が低い場合にはS2に戻り別のプリカーサを選択してMS分析を実行しS3〜S10を繰り返す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチド混合物を含む被検試料を質量分析し、これにより得られた質量スペクトルデータを用いて各ペプチドのアミノ酸配列を推定するためのアミノ酸配列解析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポストゲノム研究としてタンパク質の構造や機能の解析が急速に進められている。このようなタンパク質の構造・機能解析手法(プロテオーム解析)の一つとして、質量分析装置を用いたタンパク質の発現解析や一次構造解析が広く行われるようになってきており、四重極型イオントラップや衝突誘起分解(CID)などによって特定のピークの捕捉と開裂を行う、いわゆるMS分析(nは2以上の整数)が威力を発揮している。一般にMS2(=MS/MS)分析では、まず、分析対象物から特定の質量数(m/z)を有するイオンをプリカーサイオンとして選別し、該プリカーサイオンをCIDによって開裂させる。その後、開裂によって生成したイオン(プロダクトイオン)を質量分析することによって、目的とするイオンの質量や化学構造についての情報を得ることができる。
【0003】
上記のようなMS分析によってタンパク質のアミノ酸配列を同定する場合には、まず、タンパク質を適当な酵素で消化してペプチド断片の混合物としてから、該ペプチド混合物を質量分析する。このとき、各ペプチドを構成する元素には質量の異なる安定同位体が存在するため、同一のアミノ酸配列から成るペプチドであっても、その同位体組成の違いによって質量数の異なる複数のピークを生じる。該複数のピークは、天然存在比が最大の同位体のみで構成されたイオン(主イオン)のピークと、それ以外の同位体を含むイオン(同位体イオン)のピークから成り、これらは1Da間隔で並んだ複数本のピークから成る同位体ピーク群を形成する。
【0004】
続いて、上記のようなペプチド混合物のマススペクトルデータの中から、単一のペプチドに由来する一組の同位体ピーク群をプリカーサイオンとして選択し、該プリカーサイオンを開裂させて得られたイオン(プロダクトイオン)の質量分析(MS分析)を行う。また、1回の開裂操作では十分に小さな断片に開裂しない場合には、開裂操作を複数回行うことも考えられる。
【0005】
以上のようにして得られたプロダクトイオンのマススペクトルパターンや上記プリカーサイオンのマススペクトルパターンを基に、例えばマトリックスサイエンス社が提供しているマスコット(MASCOT)等の検索エンジンを利用してアミノ酸配列同定用データベース検索を実行することにより、被検ペプチドのアミノ酸配列を決定することができる。或いは、デノボ(De Novo)シーケンスと呼ばれる各種の解析用ソフトウエアをコンピュータ上で実行させることでマススペクトルパターンに基づく数理的演算を行って被検ペプチドのアミノ酸配列を推定することもできる。
【0006】
前述のようなデノボ・シーケンスを利用したアミノ酸配列推定方法の1つとして、従来、非特許文献1に記載の方法が知られている。これは、MS分析によるマススペクトルとさらに一段の開裂を行ったMS分析によるマススペクトルとを利用するものである。簡単に言えば、MS分析とMS分析の両方で観測されたイオンは同じ末端(C末端又はN末端)を持つフラグメントイオンであることを利用してペプチドの部分配列を推定し、いくつかのMS分析により求めた部分配列を結合してペプチド全体のアミノ酸配列を推定するものである。ただ、MS分析とMS分析の両方で観測されたイオンは、実際のペプチドが開裂して生じたプロダクトイオンの一部でしかなくそれだけでは解析のための情報が十分ではない。そこで、MS分析で得られたマススペクトル(以下単にMSマススペクトルという)をMS分析時のプリカーサイオンの位置を基準に左右反転させることで求めた相補的スペクトル(Complimentary Spectrum)を利用することにより、収集するフラグメントイオンピークの種類を増やす試みがなされている。
【0007】
【特許文献1】特開2004−12355号公報
【非特許文献1】ジャン(Z.Zhang)ほか1名、「デ・ノボ・ペプチド・シーケンシング・バイ・トゥー・ディメンジョナル・フラグメント・コリレイション・マス・スペクトロメトリー(De Novo Peptide Sequencing by Two-Demensional Fragment Correlation Mass Spectrometry)」、アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)、 Vol.72、No.11、June 1 2000、pp.2337-2350
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記文献に記載の従来の方法では、収集されたマススペクトル上でのイオンピークは異なる末端(つまりC末端とN末端)を持つフラグメントイオンピークが混在したものとなり、N末端フラグメントイオンとC末端フラグメントイオンとの区別がつかない。そのため、このようなフラグメントイオンに関する質量数情報(ピークデータ)をデノボ・シーケンスの解析用ソフトウエアに入力して計算を実行しても、必ずしも高い精度でアミノ酸配列の推定が行えないという問題がある。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、マススペクトルデータに基づくタンパク質やペプチドのアミノ酸配列の推定を容易にしその推定精度を高めることができるアミノ酸配列解析システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、質量分析を利用して被検試料のアミノ酸配列を推定するためのアミノ酸配列解析システムであって、
a)被検試料のMSn−1分析(nは2以上の整数)により得られたマススペクトルに現れるピークを選択して該ピークに対応したイオンをプリカーサイオンとしてMS分析を実行してMSマススペクトルを取得するとともに、該MSマススペクトルに現れるピークを選択して該ピークに対応したイオンをプリカーサイオンとしてMSn+1分析を実行してMSn+1マススペクトルを取得する質量分析手段と、
b)前記質量分析手段により得られたMSマススペクトルとMSn+1マススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集するほか、MSn+1マススペクトルに対しMS分析とMSn+1分析のプリカーサイオンの質量数差のシフト処理と、MSn+1分析のプリカーサイオンの質量数位置を基準とする折返し処理とのいずれか一方又は両方を行った上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集し、それら収集した質量数情報をアミノ酸配列の末端毎に集約したピークリストを作成するピークリスト作成手段と、
c)前記ピークリスト作成手段によって作成された、アミノ酸配列末端毎に集約されたピークリストを基にアミノ酸配列を推定する配列推定手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
上記「質量分析手段」はとくにその形態や方式を問わないが、典型的な一例として、三次元四重極イオントラップを備えた質量分析装置であって、該イオントラップの内部でプリカーサイオンの開裂を行うものとすることができる。特に単一ピークを選択してMS分析を実行するためには、高い分離能でプリカーサイオンを選択してMS分析を行うことが可能な質量分析装置である必要があるが、三次元四重極イオントラップと飛行時間型質量分離部とを組み合わせたIT−TOF型の構成はこうした条件に適合する。また、質量分析装置のイオン源は例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization;MALDI)法による試料のイオン化を行うものとするとよい。
【0012】
また上記「配列推定手段」はいわゆるデノボ・シーケンスによるアミノ酸配列推定を行うものとすることができ、所定のソフトウエアをコンピュータ上で実行させることにより、与えられたピークリスト(質量数情報の集合)に基づいて数理的な演算処理によりアミノ酸配列を推定するものとすることができる。
【0013】
また本発明に係るアミノ酸配列解析システムにおいて、nは2以上の適宜の整数とすることができるが、典型的にはn=2であり、MSはMS(=MS/MS)であり、MSn+1はMSである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るアミノ酸配列解析システムにおいて、ピークリスト作成手段は、(1)MSマススペクトルとMSn+1マススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集し、(2)MSn+1マススペクトルに対しMS分析とMSn+1分析のプリカーサイオンの質量数差のシフト処理を行った上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集し、(3)MSn+1マススペクトルに対しMSn+1分析のプリカーサイオンの質量数位置を基準とする折返し処理を行った上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集し、さらに(4)MSn+1マススペクトルに対し上記シフト処理と折返し処理とを行った上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集する。
【0015】
上記シフト処理と折返し処理とはいずれもマススペクトル上に現れるピークに対応するフラグメントイオンの末端の系列(つまりN末端又はC末端)を入れ替える作用を有するから、上記(1)及び(4)では元のMSn+1マススペクトルに現れているピークに対応するフラグメントイオンの末端と同じ末端のピークが抽出されて、該ピークに対応するイオンの質量数情報が収集される。一方、上記(2)及び(3)では元のMSn+1マススペクトルに現れているピークに対応するフラグメントイオンの末端とは異なる末端のピークが抽出されて、該ピークに対応するイオンの質量数情報が収集される。そうして末端毎のフラグメントイオンについての質量数情報が収集されるから、これを末端別に分けて2つのピークリストに集約することができる。
【0016】
このようにして従来よりも多くのフラグメントイオンの質量数情報を末端別に収集することができる。デノボ・シーケンスによる配列推定手段では、アミノ酸配列の末端毎に開裂により結合が切断された断片(部分配列)を推定してゆくため、予め末端別にフラグメントイオンの質量数情報が与えられれば、それだけ配列推定が容易になり精度も向上する。これにより、本発明に係るアミノ酸配列解析システムによれば、従来よりも高い精度で以てタンパク質やペプチドのアミノ酸配列を推定することが可能となり、解析結果の信頼性が向上する。
【0017】
さらにまた、収集する質量数情報の数を増やすために、上記ピークリスト作成手段は、さらにMSn+1マススペクトルに対しMSn+1分析のプリカーサイオンの質量数位置を基準とする折返し処理を少なくとも実行した上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出した後に、前記折返し処理と逆の変換を行うことで元のMSn+1マススペクトル上に戻したピークを求めて該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集したものをピークリストに加える構成とすることができる。即ち、上記(3)及び(4)により抽出されたピークについて折返し処理と逆の変換を行うことで元のMSn+1マススペクトル上に戻したピークを求めて、該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集する。この逆変換もマススペクトル上に現れるピークに対応するフラグメントイオンの末端の系列を入れ替える作用を有するから、末端毎に質量数情報を得ることができる。これにより、アミノ酸配列の推定が一層容易になり、推定精度の向上が達成できる。
【0018】
また上記ピークリスト作成手段は、上述のように末端別のピークリストに集約する際に、不要な情報をできるだけ減らすことが好ましいから、例えば末端毎に収集された質量数情報について測定質量数の許容範囲内で同一とみなせるものを1つにまとめる処理を行うとよい。また、脱塩イオン又は脱水イオンに相当するものを削除するようにするとよい。
【0019】
また、MSn+1分析の際のプリカーサイオンとしてはMSマススペクトル上でピーク強度が最も大きなものを選択するのが一般的であるが、他のピークに対応するイオンをプリカーサイオンとして選択したほうがアミノ酸配列の推定の確度が上がる場合もある。
【0020】
そこで、本発明に係るアミノ酸配列解析システムでは、前記配列推定手段による配列推定の信頼性を判断する信頼性判定手段をさらに備え、該信頼性判定手段により信頼性が低い場合と判定された場合には、前記質量分析手段は、前記MSマススペクトルに現れるピークの中で別のピークを選択して該ピークに対応したイオンをプリカーサイオンとしてMSn+1分析を実行し、前記ピークリスト作成手段は、その新しいMSn+1マススペクトルと前記MSマススペクトルとに基づいてピークリストを作成する構成とするとよい。
【0021】
この構成によれば、当初選択したプリカーサイオンがアミノ酸配列の推定のために適切でなくても、別のプリカーサイオンを選択してMSn+1分析を行った結果に基づいて、より高い信頼性のアミノ酸配列推定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明に係るアミノ酸配列解析システムの一実施例を図面を参照して説明する。
【0023】
図1は本実施例によるアミノ酸配列解析システムの概略構成図である。本実施例のシステムは、大きく分けて質量分析部10と制御/処理部20とから成る。質量分析部10は、MALDI法によってペプチド混合物を含む試料をイオン化するイオン化部11と、所定の質量数を有するイオンをプリカーサイオンとして選択すると共に、該プリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する三次元四重極型のイオントラップ部12と、イオンを質量数に基づいて時間方向に分離する飛行時間型の質量分離部13と、分離されたイオンを順次検出するイオン検出器14とを備えている。この質量分析部10は、少なくとも1回の開裂操作を伴うMS分析と2回の開裂操作を伴うMS分析とが行えるようになっている。
【0024】
制御/処理部20は、質量分析部10の各部を制御する制御部21と、イオン検出器14により得られる検出信号を処理してマススペクトル(MSマススペクトル、MSマススペクトル)を作成するMSデータ処理部22と、MS及びMSマススペクトルデータに対し後述するような処理を施すことによりピークリストを作成するピークリスト作成部23と、該ピークリストに基づいてアミノ酸配列の推定処理を行う配列推定処理部24と、その配列推定の際に使用されるデータベース25とから成る。
【0025】
配列推定処理部24はいわゆるデノボ・シーケンスと呼ばれる解析用ソフトウエアをコンピュータ上で実行することで達成される機能である。また配列推定処理部24以外の制御/処理部20の機能も、パーソナルコンピュータに搭載した所定のソフトウエアを実行することにより実現することができる。
【0026】
上記アミノ酸配列解析システムを用いてペプチド混合物のアミノ酸配列を推定する際の手順について、ミオグロビンのトリプシン消化物(GLSDGEWQQVLNVWGK)を解析した場合を例に挙げて説明する。図2はこのアミノ酸配列推定の手順を示すフローチャート、図3はピークリスト作成のためのマススペクトルデータの処理手順を示す模式図である。
【0027】
まず、制御部21の制御の下に、ペプチド混合物を含む被検試料に対し質量分析部10により、MS分析による結果において質量数1815.8Daにピークを持つイオンをプリカーサイオンとしてMS分析を実行する(ステップS1)。これにより、MSデータ処理部22では、横軸を質量数、縦軸を強度とするMSマススペクトルが作成される。
【0028】
次いで、上記MSマススペクトル上で例えば質量数1444.4Daにピークを持つイオン(y12イオン(C末端フラグメントイオン);GEWQQVLNVWGK)をプリカーサイオンとして選択し、MS分析を実行する(ステップS2)。
【0029】
ステップS1で得られたMSマススペクトルとステップS2で得られたMSマススペクトルとにおいて、測定質量数の許容誤差Δm/z内で共通に現れるピークを抽出し、それらピークに対応するイオンの質量数を集めたピークリストを作成する(ステップS3)。前述のようにMS分析のプリカーサイオンはyイオン(C末端フラグメントイオン)であるから、MSマススペクトルに現れるピークはそのプリカーサイオンと同じ系列(つまりC末端系列)のイオンであり、ステップS3の処理により、MS分析用プリカーサイオンと同じ系列(本例ではC末端系列)であるMSフラグメントイオンの質量数情報を集めたピークリストが作成される。ここで作成されるピークリストを共通ピークリストPCと呼ぶこととする(図3(a)参照)。
【0030】
次に、MS分析のプリカーサイオンの質量数(1815.8Da)とMS分析のプリカーサイオンの質量数(1444.4Da)との質量数差(371.4Da)だけ、MSマススペクトルに現れている各ピークを質量数軸上で高質量数側にシフトさせる(このシフトされたマススペクトルをMSシフトマススペクトルと呼ぶこととする)。そして、MSマススペクトルとMSシフトマススペクトルとにおいて、上記許容誤差Δm/z内で共通に現れるピークを抽出し、それらピークに対応するイオンの質量数情報を集めたピークリストを作成する(ステップS4)。上記シフト処理によりC末端系列はN末端系列に変わるから、ステップS4の処理により、MS分析用プリカーサイオンと異なる系列(本例ではN末端系列)であるMSフラグメントイオンの質量数情報を集めたピークリストが作成される。ここで作成されるピークリストを共通ピークリストnotPCと呼ぶこととする(図3(b)参照)。
【0031】
次に、MS分析のプリカーサイオンの質量数(1815.8Da)を基準にMSマススペクトルを左右に折り返す(この折り返されたマススペクトルをMSリバースマススペクトルと呼ぶこととする)。但し、厳密にはプロトン質量数(Mproton:1.0073Da)を考慮する必要があるため、MSリバースマススペクトル上の各ピークの質量数は次の(1)式により算出される。
M3rev=M2pre+Mproton−M3 …(1)
M3rev:MSリバースマススペクトル上での各ピークの質量数
M2pre:MS分析時のプリカーサイオンの質量数
M3 :MSマススペクトル上での各ピークの質量数
そして、MSマススペクトルとMSリバースマススペクトルとにおいて、上記許容誤差Δm/z内で共通に現れるピークを抽出し、それらピークに対応するイオンの質量数情報を集めたピークリストを作成する(ステップS5)。上記折返し処理もC末端フラグメントイオンをペアとなるN末端フラグメントイオンに変換することになるから、ステップS5の処理により、MS分析用プリカーサイオンと異なる系列(本例ではN末端系列)であるMSフラグメントイオンの質量数情報を集めたピークリストが作成される。ここで作成されるピークリストをベアピークリストMS2notPCと呼ぶこととする(図3(c)参照)。
【0032】
さらに、上記ペアピークリストMS2notPCに集められている質量数をそれぞれ(1)式の逆変換により元のMSマススペクトル上の値に戻した際のピークを抽出し、それらピークに対応するイオンの質量数情報を集めたピークリストを作成する(ステップS6)。この処理により、MS分析用プリカーサイオンと同じ系列(本例ではC末端系列)のMSフラグメントイオンの質量数情報を集めたピークリストが作成される。ここで作成されるピークリストをペアピークリストMS3PCと呼ぶこととする(図3(d)参照)。
【0033】
またステップS1で得られたMSマススペクトルと、MSマススペクトルに対しステップS4におけるシフト処理とステップS5における折返し処理とが続けてなされたMSシフト/リバースマスススペクトルとについて、測定質量数の許容誤差Δm/z内で共通に現れるピークを抽出し、それらピークに対応するイオンの質量数情報を集めたピークリストを作成する(ステップS7) 。この処理により、MS分析用プリカーサイオンと同じ系列(本例では、C末端系列)のMSフラグメントイオンを集めたピークリストが作成される。ここで作成されるピークリストをペアピークリストMS2PCと呼ぶこととする(図3(e)参照)。
【0034】
さらに上記ペアピークリストMS2PCに集められている質量数をそれぞれ(1)式の逆変換により、元のMSマススペクトル上の値に戻した際のピークを抽出し、それらピークに対応するイオンの質量数情報を集めたピークリストを作成する(ステップS8)。この処理により、MS分析用プリカーサイオンと異なる系列(本例では、N末端系列)のMSフラグメントイオンの質量数情報を集めたピークリストが作成される。ここで作成されるピークリストをペアピークリストMS3notPCと呼ぶこととする(図3(f)参照)。
【0035】
以上の処理により6種類のピークリストが得られる。なお、上記ステップS3〜S8はこの順序の通りに処理を進める必要はない。これらは、MS分析用プリカーサイオンと同じ末端系列のピークリスト又は異なる末端系列のピークリストのいずれかであるので、各ピークリストに集められている質量数情報を、末端系列別に2つのピークリストに集約する(ステップS9)。
【0036】
即ち、6種類のピークリストは、共通ピークPC、ペアピークMS2PC、ペアピークMS3PCを含むピークリストと、共通ピークnotPC、ペアピークMS2notPC、ペアピークMS3notPCを含むピークリストとの2種類に集約される。このとき、各ピークリスト内において、上記許容誤差Δm/z内で一致するピークは1つにまとめるものとする。また、ペアピークに対しCO、NH、HO等に相当する質量差を持つピークは削除する。即ち、共通ピークリストにはa/xシリーズのフラグメントイオンや脱塩、脱水イオンも含まれるが、ペアピークにはb/yシリーズのフラグメントイオンのみが集められている。したがって、ペアピークを優先し、a/xシリーズのフラグメントイオンや脱塩・脱水イオンを除去するものとする。
【0037】
以上により、MS分析、MS分析により得られたマススペクトル上に現れる各種ピークの中で必要なピークに対応するイオンの質量数が、bシリーズとyシリーズとの2種のピークリストに分類される。このピークリストが配列推定処理部24に引き渡され、配列推定処理部24は、2種類のピークリストに基づきデノボ・シーケンスの解析ソフトウエアを用いたアミノ酸配列推定を行う(ステップS10)。ここではその推定方法については詳しく述べないが、一般に、こうしたソフトウエアでは得られた結果の信頼度を示す指標値も同時に出力される。そこで、この信頼度が所定の閾値以上であるか否かを判定し(ステップS11)、信頼度が閾値未満である場合にはステップS2に戻り、MSマススペクトルに現れているピークの中で別のプリカーサイオンを選択してMS分析を実行してステップS3〜S10の処理を繰り返す。
【0038】
そして信頼度が閾値以上であると判定されると(ステップS11でYES)、十分に信頼に足るアミノ酸配列推定が行われたと判断して処理を終了して、その結果を表示部等に出力する(ステップS12)。或いは、考えられる全てのピークについてMS分析を実行してそれに基づくアミノ酸配列推定の信頼度を求め、最も高い信頼度が得られたアミノ酸配列推定結果を出力するようにしてもよい。
【0039】
上記例、つまり質量数1815.8Daのプリカーサイオンを用いたMS分析と質量数1444.4Daのプリカーサイオンを用いたMS分析とにおいて、従来の方法(非特許文献1による方法)でピークリスト(共通ピークPC)を作成したところ、31個の中で13個のフラグメントイオン(y4/y5/y6/y7/y10/y12/y5−NH/y6−NH/y7−NH/y8−NH/y9−NH/y10−NH/y12−NH)が含まれているにすぎなかった。
【0040】
これに対し、上述した本発明による手法を用いると、プリカーサイオンと同じC末端系列のピークリストでは、34個中11個のフラグメントイオン(y3/y4/y5/y6/y7/y10/y12/y9−NH/y10−NH/y12−NH/x7)が含まれ、プリカーサイオンと異なるN末端系列のピークリストでは27個中13個のフラグメントイオン(b6/b8/b9/b10/b11/b12/b13/b14/b7−H20/b9−H20/b14−NH/b15−NH/c8)が含まれていた。即ち、従来方法では抽出することができなかったフラグメントイオン(y3/y8イオン及び13個のN末端フラグメントイオン)を抽出することができる。さらに、b/yシリーズフラグメントイオン以外(y5−NH/y6−NH/y7−NH/y10−NH)を除去できる。このように末端系列別に多数のフラグメントイオンの質量数情報を集めることができるので、デノボ・シーケンスによるアミノ酸推定が行い易くなり、その推定の信頼性も高いものとすることができる。
【0041】
なお、上記手法の変形例として、ステップS9でピークリストを集約する際に、信頼度の高いピーク(例えば、脱水・脱塩イオンを伴うペアピーク)に対し、アミノ酸最小質量(グリシン57.02Da)の範囲にあるピークを除外する方法も考えられる。
【0042】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0043】
例えば上記実施例ではMSマススペクトルとMSマススペクトルとを基にピークリストを作成したが、さらに開裂の操作回数の多いマススペクトルのピークを利用してピークリストを作成するようにしてもよい。また、上記実施例では6種類のピークリストを作成した上で末端別の2つに集約したが、例えばステップS6、S8で得られるピークリストを除外した4つのピークリストを求めて末端別の2つに集約してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の一実施例であるアミノ酸配列解析システムの概略構成図。
【図2】本実施例のシステムを用いてペプチド混合物のアミノ酸配列を推定する手順を示すフローチャート。
【図3】ピークリスト作成のためのマススペクトルデータの処理手順を示す模式図。
【符号の説明】
【0045】
10…質量分析部
11…イオン化部
12…イオントラップ部
13…質量分離部
14…イオン検出器
20…制御/処理部
21…制御部
22…MSデータ処理部
23…ピークリスト作成部
24…配列推定処理部
25…データベース


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析を利用して被検試料のアミノ酸配列を推定するためのアミノ酸配列解析システムであって、
a)被検試料のMSn−1分析(nは2以上の整数)により得られたマススペクトルに現れるピークを選択して該ピークに対応したイオンをプリカーサイオンとしてMS分析を実行してMSマススペクトルを取得するとともに、該MSマススペクトルに現れるピークを選択して該ピークに対応したイオンをプリカーサイオンとしてMSn+1分析を実行してMSn+1マススペクトルを取得する質量分析手段と、
b)前記質量分析手段により得られたMSマススペクトルとMSn+1マススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集するほか、MSn+1マススペクトルに対しMS分析とMSn+1分析のプリカーサイオンの質量数差のシフト処理と、MSn+1分析のプリカーサイオンの質量数位置を基準とする折返し処理とのいずれか一方又は両方を行った上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出して該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集し、それら収集した質量数情報をアミノ酸配列の末端毎に集約したピークリストを作成するピークリスト作成手段と、
c)前記ピークリスト作成手段によって作成された、アミノ酸配列末端毎に集約されたピークリストを基にアミノ酸配列を推定する配列推定手段と、
を備えることを特徴とするアミノ酸配列解析システム。
【請求項2】
前記ピークリスト作成手段は、さらにMSn+1マススペクトルに対しMSn+1分析のプリカーサイオンの質量数位置を基準とする折返し処理を少なくとも実行した上でその処理後のマススペクトルとMSマススペクトルとに共通に現れるピークを抽出した後に、前記折返し処理と逆の変換を行うことで元のMSn+1マススペクトル上に戻したピークを求めて該ピークに対応するイオンの質量数情報を収集したものをピークリストに加えることを特徴とする請求項1に記載のアミノ酸配列解析システム。
【請求項3】
n=2であることを特徴とする請求項1又は2に記載のアミノ酸配列解析システム。
【請求項4】
前記配列推定手段はデノボ・シーケンスによるアミノ酸配列推定を行うものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアミノ酸配列解析システム。
【請求項5】
前記配列推定手段による配列推定の信頼性を判断する信頼性判定手段をさらに備え、該信頼性判定手段により信頼性が低い場合と判定された場合には、前記質量分析手段は、前記MSマススペクトルに現れるピークの中で別のピークを選択して該ピークに対応したイオンをプリカーサイオンとしてMSn+1分析を実行し、前記ピークリスト作成手段は、その新しいMSn+1マススペクトルと前記MSマススペクトルとに基づいてピークリストを作成することを特徴とする請求項3に記載のアミノ酸配列解析システム。
【請求項6】
前記ピークリスト作成手段は、末端毎に収集された質量数情報について測定質量数の許容範囲内で同一とみなせるものを1つにまとめることを特徴とする請求項1又は2に記載のアミノ酸配列解析システム。
【請求項7】
前記ピークリスト作成手段は、末端毎に収集された質量数情報について脱塩イオン又は脱水イオンに相当するものを削除することを特徴とする請求項1又は2に記載のアミノ酸配列解析システム。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−278712(P2007−278712A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−101495(P2006−101495)
【出願日】平成18年4月3日(2006.4.3)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】