質量分析方法
【課題】 本発明はイオントラップ型質量分析方法に関し、多重周回型の質量範囲の狭さを解決し、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定をすることができるイオントラップ型質量分析方法を提供することを目的としている。
【解決手段】 イオンを捕獲、排出するイオントラップ12と、該イオントラップ12から排出されるイオンをパルス的に加速させる機構と、複数のセクター電場により形成される閉じた軌道を複数回周回させることを特徴とする多重周回型飛行時間型質量分析計と、イオンを検出する検出器14と、で構成される質量分析計を用い、イオントラップ12から排出して多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を、多重周回型TOFMSにおいて追い越しの起こらない質量範囲内にするように構成する。
【解決手段】 イオンを捕獲、排出するイオントラップ12と、該イオントラップ12から排出されるイオンをパルス的に加速させる機構と、複数のセクター電場により形成される閉じた軌道を複数回周回させることを特徴とする多重周回型飛行時間型質量分析計と、イオンを検出する検出器14と、で構成される質量分析計を用い、イオントラップ12から排出して多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を、多重周回型TOFMSにおいて追い越しの起こらない質量範囲内にするように構成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(TOFMS)は、一定の加速エネルギーで加速した試料イオンが質量に応じた飛行速度を持つことに基づき、一定距離を飛行するのに要する飛行時間を計測して質量を求めるものである。図9にTOFMSの測定原理を示す。図において、5はパルスイオン源であり、イオン生成部6とパルス電圧発生器7とで構成されている。
【0003】
パルス電圧発生器7により電界中に存在するイオンiを加速する。ここで、加速する電圧は、パルス状電圧である。この加速電圧による加速と、イオン検出器9による時間測定とが同期している。イオン検出器9は、パルス電圧発生器7による加速と同時に時間のカウントを開始する。そして、当該イオンがイオン検出器9に到達すると、イオン検出器9はイオンiの飛行時間を測定する。一般に、この飛行時間は、質量が大きいほど長くなる。質量の小さいイオンは早くイオン検出器9に到達するので、飛行時間は短くなる。
【0004】
この飛行時間型質量分析装置(TOFMS)の質量分解能は、総飛行時間をT、ピーク幅(飛行時間の半値幅)をΔTとすると、
質量分解能=T/2ΔT
で表される。即ち、ピーク幅ΔTを一定にして、総飛行時間Tを延ばすことができれば、質量分解能を向上させることができる。しかしながら、従来の直線型、反射型の飛行時間型質量分析装置では、総飛行時間Tを延ばすこと、即ち総飛行距離を延ばすことは装置の大型化に直結する。装置の大型化を避け、かつ高質量分解能を実現するために開発された装置が、多重周回型飛行時間型質量分析装置である(例えば非特許文献1参照)。
【0005】
この装置は、セクター電場を4個使用し、8の字型の周回軌道を多重周回させることにより、総飛行時間Tを延ばすことができる。この装置では、初期位置、初期角度、初期運動エネルギーによる検出面での空間的な広がりと時間的な広がりを1次の項まで収束することに成功している。この場合の質量分解能は、周回数にも依存するが、最高で35万を達成している。
【0006】
図10は従来のイオントラップの構成概念図である。座標はz軸とr軸よりなる。図において、5はリング電極であり、8は該リング電極5に接続されたトラップ用電源である。トラップ用電源8はV=VaccosΩtなる信号をリング電極5に印加する。6,7はリング電極5と垂直方向に設けられたエンドキャップ電極1と2である。9はリング電極5とエンドキャップ電極6,7で囲まれた空間に閉じこめられた各種のイオン、10はイオンを検出する検出器である。
【0007】
このように構成されたイオントラップにおいて、トラップ用電源8をリング電極5に印加することで、各種のイオン9は所定の空間に閉じこめられる。閉じこめられたイオンは、必要に応じて外部に取り出され、エンドキャップ電極7にもうけられた孔から外部に取り出される。
【0008】
上述したイオントラップはz軸に関して回転対称で、その内面は(1)式で表される回転双曲面になっている。
【0009】
【数1】
【0010】
ここで、roはリング電極の内面の最小半径で、2zoはエンドギャップ間の最短距離である。なお、roとzoには
2zo2=ro2 (2)
の関係がなりたつ。エンドキャップ電極とリング電極間に
V=Vaccos(Ωt)+Vdc (3)
なる電圧(Vacは高電圧振幅、Vdcは直流電圧振幅)を印加すると、トラップ内のポテンシャルは、トラップ中心電圧に対して
【0011】
【数2】
【0012】
となる。よってトラップ内のイオンの運動方程式は、
【0013】
【数3】
【0014】
となる。ただし、mはイオンの質量、eは素電荷、Zはイオンの価数である。ここで、(5),(6)式において、
τ=Ωt/2,az=−2ar=−(8ZeVdc)/(mro2Ω2)
qz=−2qr=(4ZeVac)/mro2Ω2 (7)
のように変数変換すると、両式は(8)式のように同じ形の式で表される。
【0015】
【数4】
【0016】
この方程式は、Mathieuの方程式とよばれ、図11に示す安定領域内にあれば安定であり、ai,qi>>1であれば、解は次式で表される。
【0017】
【数5】
【0018】
となる。(9)式より明らかなように、イオンは周波数ω0iの調和振動を行ない、その運動はトラップ用交流電圧Ωで変調されたものになる。なお、図11はイオントラップの安定領域を示す図である。横軸は交流電圧Vac、縦軸は直流電圧Vdcである。(9)式より明らかなように、イオンは周波数ωoiの調和振動を行ない、その運動はトラップ用交流電圧Ωで変調されたものとなる。
【0019】
イオンを質量ごとにトラップ内部から排出する方法として、安定領域を用いる方法と共鳴排出法とがある。前者は、安定領域が質量に依存することを利用し、トラップ用交流電圧の交流振幅Vacを掃引して質量の小さいイオンから排出する。後者は、イオンの周波数ωoiが質量に依存していることを利用している。
【0020】
ある質量の周波数ω0iと同じ周波数の共鳴用交流電圧を外部から印加すると、そのイオンが共鳴を起こして運動の振幅が大きくなり、トラップ空間外へ排出される。トラップ用電圧の直流電圧Vdcを0とすれば、
ω0i=k・ZVac/mΩ
kは比例定数
となる。共鳴用電圧の周波数ωとω0iが同等の時に排出されるので、その方法として、トラップ用電圧の交流電圧Vacを掃引する方法と、共鳴用電圧の周波数ωを掃引する方法がある。前者は小さい質量のイオンから、後者は大きい質量のイオンから排出される。イオントラップ型質量分析装置の分解能は、測定法にもよるが数千程度である。
【非特許文献1】Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan Vol.No.2(No.218)2003 p349−353
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
閉軌道を多重周回する飛行時間型質量分析装置(TOFMS)には、「追い越し」の問題が発生する。ここで、「追い越し」とは、イオンが閉軌道を多重周回するため、質量の小さいイオン(速度が大きい)が質量の大きいイオン(速度が小さい)を追い越すことをいう。このため、質量検出器の検出面に質量の小さいイオンから順に到達するという飛行時間型質量分析装置の基本概念が通用しなくなるという問題がある。
【0022】
この問題を解決するためには、追い越しが起こらないように多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を限定しなければならない。一般的なイオントラップと飛行時間型質量分析装置を組み合わせた装置は、飛行時間型質量分析装置の質量範囲が限定されないため、広い質量数のイオン群を同時に入射させている。しかしながら、多重周回型TOFMSの場合、質量範囲が限定されるため、かなりのイオンが無駄になるという問題がある。
【0023】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、多重周回型の質量範囲の狭さを解決し、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定をすることができるイオントラップ型質量分析装置及び質量分析方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
請求項1記載の発明は、イオンを捕獲、排出するイオントラップと、該イオントラップから排出されるイオンをパルス的に加速させる機構と、複数のセクター電場により形成される閉じた軌道を複数回周回させることを特徴とする多重周回型飛行時間型質量分析計と、イオンを検出する検出器と、で構成される質量分析計を用い、イオントラップから排出して多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を、多重周回型TOFMSにおいて追い越しの起こらない質量範囲内にすることを特徴とする。
【0025】
請求項2記載の発明は、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の小さいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする。
【0026】
請求項3記載の発明は、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の大きいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする。
【0027】
請求項4記載の発明は、イオントラップに捕獲したイオンのうち、任意の質量順でトラップから排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする。
【0028】
請求項5記載の発明は、パルス的に加速する機構と同期しないイオンが多重周回型TOFMSに進入することを防ぐため、イオントラップと多重周回型の間にパルス的に加速する機構と同期したイオンゲートを設けることを特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
請求項1記載の発明によれば、イオントラップに捕獲されているイオンのうち、追い越しが発生しない質量範囲のイオンのみを取り出して周回させるようにしているので、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定を行なうことができる。
【0030】
請求項2記載の発明によれば、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の小さいイオンから順に排出する場合において、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにし、イオンを無駄にすることなく測定できる。
【0031】
請求項3記載の発明によれば、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の大きいイオンから順に排出する場合において、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにし、イオンを無駄にすることなく測定できる。
【0032】
請求項4記載の発明によれば、イオントラップに捕獲したイオンを、任意の質量順で排出する場合において、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにし、イオンを無駄にすることにく測定できる。
【0033】
請求項5記載の発明によれば、パルス的に加速する機構と同期しないイオンが多重周回型TOFMSに進入することを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態例を詳細に説明する。
図1は本発明の一実施の形態例を示す構成図である。図において、11は電極である。該電極11は4個設けられている。そして、これら4個の電極でセクター電場1〜セクター電場4を形成している。12は各種のイオンを捕獲するイオントラップ、13は該イオントラップ12から排出されるイオンのうち、所定の質量範囲のイオンのみを通過させるイオンゲート、14は前記セクター電場1〜セクター電場4を周回したイオンが検出される検出器である。16は装置の各構成要素にタイミングパルスを出力するパルスコントローラである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0035】
先ず、イオントラップ12に複数種類のイオンが捕獲されているものとする。ここで、イオンゲート13から、所定の質量範囲(例えば、追い越しが発生しないような質量範囲)のイオン群を通過させる。イオンゲート13を通過したイオン群は、セクター電場1の電極11に入る。そして、セクター電場1を通過したイオン群は、自由空間(電界のない領域)を通過してセクター電場2である電極11に入る。セクター電場2を通過したイオン群は、自由空間を通過してセクター電場3である電極11に入る。
【0036】
セクター電場3を通過したイオン群は、自由空間を通過してセクター電場4である電極11に入る。セクター電場4を通過したイオン群はセクター電場1である電極11に入る。以下、同様の動作を行ない、図に示す電極間(同一平面)を8の字型に複数(多重)の周回動作を行なう。そして、所定の周回動作が終了したイオン群は、セクター電場1を出て質量の小さい順に検出器14に入射する。検出器14は、入力されたイオンを検出する。
【0037】
本発明によれば、イオントラップに捕獲されているイオンのうち、追い越しが発生しない質量範囲のイオンのみを取り出して周回させるようにしているので、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定を行なうことができる。
【0038】
図2は本発明によるイオントラップの駆動方法を示す図である。図10と同一のものは、同一の符号を付して示す。図において、5はリング電極であり、8は該リング電極5に接続されたトラップ用電源である。トラップ用電源8はV=VaccosΩtなる信号をリング電極5に印加する。6,7はリング電極5と垂直方向に設けられたエンドキャップ電極1と2である。7aはエンドキャップ電極2内に設けられたイオンを排出させるためのイオン排出口である。9はリング電極5とエンドキャップ電極6,7で囲まれた空間(イオン溜まり)に閉じこめられた各種のイオンである。
【0039】
20はイオンを加速させるためのパルス状加速電圧を印加する加速電極、21は該加速電極20にパルス状の加速電圧を印加する加速用パルス電源、22はエンドキャップ電極1に共鳴排出用電圧を印加する共鳴排出用電源である。図1に示す飛行時間型質量分析装置と、図2に示すイオントラップで本発明を構成している。図1に示す飛行時間型質量分析装置と、図2に示すイオントラップの組み合わせにより、以下に示すような各種の実施の形態例を実現することができる。
(第1の実施の形態例)
第1の実施の形態例は、構成は図1と図2から構成されるものである。イオントラップ12からは、前記した共鳴排出法(共鳴排出用電圧の周波数掃引を)を行ない、イオンを排出していく。初めに、1回の飛行時間測定のシーケンスを図3に示す。図において、(a)は加速用パルス電圧、(b)はイオンゲート電圧、(c)はセクター電場1を、(d)はセクター電場4をそれぞれ示す。これら信号は、いずれもパルスコントローラ16から出力される。即ち、加速電極、イオンゲート、セクター電場1,4の電圧切り替えは、パルスコントローラ16からの信号を基準とする。
【0040】
加速電極20のパルスはイオンパケットを作るためのものであり、(a)に示すようにオン(ON)の時にイオンは加速される。多重周回型TOFMSの軌道中心電位は、エンドキャップ電極電位(図2ではグランド電位)に対して、加速電圧分の差がある。イオンゲート13のパルス電圧は、周回部に導入する質量範囲を制御するためのものであり、(b)に示すように、オフ(OFF)の時にイオンはイオンゲート13を通過できる。
【0041】
セクター電場4の電圧切り替えは、(c),(d)に示すように、オフの時、周回部に入射でき、周回時はオンになっている。セクター電場1の電圧は、周回時オンであり、オフにするとイオンは周回部を離れ検出器14に向かって飛行する。従って、周回数は、セクター電場1がオンになっている時間によってきまることになる。
【0042】
次に、イオントラップ12からのイオン排出と、多重周回型TOFMSとの接続について説明する。先ず、イオントラップ内に捕獲するイオンの質量範囲(Mmin〜Mmax)と、必要な質量分解能(R)を設定する。質量分解能は、周回数に比例して向上するので、必要な質量分解能から周回数が決定される。イオンの周回数から、同時に周回させても追い越しが起こらない質量範囲が決定でき、質量測定時の質量範囲の切り替え段数(N)が決定できる。
【0043】
イオンは、イオントラップを構成するリング電極に印加されたトラップ用電圧によりトラップされている(以下ではVdc=0)。エンドキャップ電極は0Vである。イオンを排出する時は、エンドキャップ電極に共鳴排出用電圧を印加する。ここで、共鳴排出用電圧の周波数を小さい方から掃引していくと、イオントラップからは質量の大きい順に排出されていく。掃引速度は、マススペクトル取得速度(1msec程度)よりも十分に長いものとする。
【0044】
イオントラップ外に排出されたイオンは、加速電極20にパルス的に印加される加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。イオントラップからは質量の大きいイオンから排出されるので、排出されたイオン質量が多重周回型TOFMS質量範囲外にならないように、イオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えていく。
【0045】
図4は共鳴排出用交流電圧周波数掃引とイオンゲートの切り替えの説明図である。横軸は時間、縦軸は(a)の場合が共鳴用電圧振幅ω、(b)の場合が質量範囲である。共鳴用電圧周波数ωを(a)に示すようにスイープしていくと、質量範囲もそれに応じて所定の質量範囲のものが1段目、2段目という具合に質量の大きいイオンから順に排出されれていくことが分かる。
【0046】
この実施の形態例によれば、共鳴排出法を用いて、イオントラップから質量の大きいイオンから順に、質量範囲から外れることなく排出させることができる。
(第2の実施の形態例)
第2の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。この実施の形態例では、共鳴排出法(トラップ用電圧の交流振幅Vac)を使用してイオンを排出する。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップ12と多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0047】
イオンはイオントラップ12を構成するリング電極5に印加されたトラップ用交流電源8からの交流電圧によりトラップされている。エンドキャップ電極6,7は接地されている。この状態でイオンを排出する時は、エンドキャップ電極6に共鳴排出用電源22から共鳴排出用交流電圧を印加する。そして、トラップ用交流電源8の振幅を掃引し、イオントラップ12から質量の小さいイオンから排出していく。
【0048】
ここで、掃引速度は、マススペクトル取得速度(1msec程度)よりも十分に長いものとする。イオントラップ12外に排出されたイオンは、加速電極20に加速用パルス電源21からパルス的に印加される加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。
【0049】
この実施の形態例では、質量の小さいイオンから排出されるので、排出イオン質量が多重周回型TOFMSの質量範囲外にならないように、イオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量選択範囲を切り替えていく。
【0050】
図5はトラップ用交流電圧振幅Vac掃引と質量範囲の切り替えの説明図である。図において、(a)はトラップ用交流電圧振幅Vacを、(b)は質量範囲をそれぞれ示している。横軸は何れも時間である。トラップ用交流電圧振幅を図に示すように、漸次増加方向にスイープさせていくと、測定される質量範囲は、質量の小さい方から1段目から2段目という具合に質量範囲の異なったイオングループの質量(ここでは質量の小さい方から)が順次測定されていく。
【0051】
この実施の形態例によれば、共鳴排出法を用いて、イオントラップから質量の小さいイオンから順に質量範囲から外れることなく排出させることができる。
(第3の実施の形態例)
第3の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。但し、図2における共鳴排出用電源22は使用しない。この実施の形態例では、イオントラップ12の安定領域を利用した方法でイオンを排出していく。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップと多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0052】
イオンはイオントラップ12を構成するリング電極5にトラップ用電源8から印加された交流電圧によりトラップされている。エンドキャップ電極6は接地されている。ここで、イオンを排出する時は、リング電極5に印加されているトラップ用電源8のトラップ用電圧の交流電圧Vacを掃引し、イオントラップ12より質量の小さい方から順にイオンを排出していく。
【0053】
掃引速度は、マススペクトル取得速度(1msec程度)より十分に長いものとする。イオントラップ外に排出されたイオンは、加速電極20に加速用パルス電源21よりパルス的に印加される加速電位により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。イオントラップ12からは、質量の小さいイオンから排出されるので、排出イオン質量が多重周回型TOFMSの質量範囲外にならないように、イオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量選択範囲を切り替えていく。
【0054】
図6はトラップ用交流電圧振幅Vac掃引と質量範囲の切り替えの他の説明図である。(a)はトラップ用交流電圧振幅Vacを、(b)は質量範囲をそれぞれ示す。トラップ用交流電圧振幅Vacは、図に示すように漸次増加方向にスイープしていく。これに対して、質量範囲は小さい質量から順次排出され、質量測定されていく。
【0055】
この実施の形態例によれば、イオントラップの安定領域を利用して、イオントラップより質量の小さいイオンから順に質量範囲から外れることなく排出させることができる。
なお、本発明によれば、任意の質量順でトラップからイオンを排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えるようにすることができる。このようにすれば、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにすることができる。
(第4の実施の形態例)
第4の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。この実施の形態例では、ある質量範囲のイオンが共鳴排出されるような周波数帯域をもつ共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22からエンドキャップ電極1に印加する。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップと多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0056】
イオンは、イオントラップ12を構成するリング電極5に印加されたトラップ用電源8からの交流電圧によりトラップされている。ここで、エンドキャップ電極6,7は接地されている。この状態でイオンを排出する時は、エンドキャップ電極にある質量範囲が排出されるような周波数帯域をもつ共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22から印加する。
【0057】
イオントラップ12外に排出されたイオンは、加速電極20にパルス的に印加される加速用パルス電源21からの加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。この場合において、排出される質量範囲にイオンゲート13と多重周回型のTOFMSの質量選択範囲を同期させる。そして、排出される質量範囲にイオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量選択範囲を同期させる。ここで、周波数帯域を切り替えながら全質量スペクトルを測定する。
【0058】
この実施の形態例によれば、イオントラップからある質量範囲を排出する時刻と、イオントラップ型質量分析装置の質量範囲の測定時刻とを同期をとることにより、質量を正確に測定することができる。
【0059】
図7は共鳴排出用交流電圧周波数帯域と質量範囲の切り替えの説明図である。(a)は共鳴排出用交流電圧周波数ωを、(b)は質量範囲をそれぞれ示す。何れも、横軸は時間である。(a)に示すように、ある周波数範囲をもつ共鳴排出用電圧を順次印加することにより、(b)に示すように、質量の大きいイオンから順に排出される。
【0060】
この実施の形態例によれば、ある質量範囲のイオンが共鳴排出されるような周波数帯域をもつ共鳴排出用電圧を印加することにより、イオンの検出を行なうことができる。
(第5の実施の形態例)
第5の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。この実施の形態例では、ある質量範囲のイオンが共鳴排出されるような共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22からエンドキャップ電極1に印加する。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップと多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0061】
イオンは、イオントラップ12を構成するリング電極5に印加されたトラップ用電源8からの交流電圧によりトラップされている。ここで、エンドキャップ電極6,7は接地されている。この状態でイオンを排出する時は、エンドキャップ電極にある質量範囲が排出されるような周波数をもつ共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22から印加する。
【0062】
イオントラップ12外に排出されたイオンは、加速電極20にパルス的に印加される加速用パルス電源21からの加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。図8は共鳴排出用交流電圧周波数と質量範囲の切り替えの説明図である。(a)は共鳴排出用交流電圧周波数ωを、(b)は質量範囲をそれぞれ示す。横軸は何れも時間である。この実施の形態例では、(a)に示すように、任意の共鳴排出用交流電圧周波数ωをアトランダムに共鳴排出用電源22からエンドキャップ電極1に印加するようにしたものである。そして、TOFMSからは、印加された周波数に対応した質量範囲のイオンが(b)に示すように排出されていく。
【0063】
この実施の形態例によれば、イオントラップに捕獲されているイオンのうち、追い越しが発生しない質量範囲のイオンのみを任意に取り出して周回させるようにしているので、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の一実施の形態例を示す構成図である。
【図2】本発明によるイオントラップの駆動方法を示す図である。
【図3】本発明による飛行時間測定のシーケンスを示す図である。
【図4】共鳴排出用交流電圧周波数掃引とイオンゲートの切り替えの説明図である。
【図5】トラップ用交流電圧振幅Vacと質量範囲の切り替えの説明図である。
【図6】トラップ用交流電圧振幅Vac掃引と質量範囲の切り替えの他の説明図である。
【図7】共鳴排出用交流電圧周波数帯域と質量範囲の切り替えの説明図である。
【図8】共鳴排出用交流電圧周波数と質量範囲の切り替えの説明図である。
【図9】TOFMSの動作原理を示す図である。
【図10】従来のイオントラップの構成概念図である。
【図11】イオントラップの安定領域の説明図である。
【符号の説明】
【0065】
11 電極
12 イオントラップ
13 イオンゲート
14 検出器
16 パルスコントローラ
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(TOFMS)は、一定の加速エネルギーで加速した試料イオンが質量に応じた飛行速度を持つことに基づき、一定距離を飛行するのに要する飛行時間を計測して質量を求めるものである。図9にTOFMSの測定原理を示す。図において、5はパルスイオン源であり、イオン生成部6とパルス電圧発生器7とで構成されている。
【0003】
パルス電圧発生器7により電界中に存在するイオンiを加速する。ここで、加速する電圧は、パルス状電圧である。この加速電圧による加速と、イオン検出器9による時間測定とが同期している。イオン検出器9は、パルス電圧発生器7による加速と同時に時間のカウントを開始する。そして、当該イオンがイオン検出器9に到達すると、イオン検出器9はイオンiの飛行時間を測定する。一般に、この飛行時間は、質量が大きいほど長くなる。質量の小さいイオンは早くイオン検出器9に到達するので、飛行時間は短くなる。
【0004】
この飛行時間型質量分析装置(TOFMS)の質量分解能は、総飛行時間をT、ピーク幅(飛行時間の半値幅)をΔTとすると、
質量分解能=T/2ΔT
で表される。即ち、ピーク幅ΔTを一定にして、総飛行時間Tを延ばすことができれば、質量分解能を向上させることができる。しかしながら、従来の直線型、反射型の飛行時間型質量分析装置では、総飛行時間Tを延ばすこと、即ち総飛行距離を延ばすことは装置の大型化に直結する。装置の大型化を避け、かつ高質量分解能を実現するために開発された装置が、多重周回型飛行時間型質量分析装置である(例えば非特許文献1参照)。
【0005】
この装置は、セクター電場を4個使用し、8の字型の周回軌道を多重周回させることにより、総飛行時間Tを延ばすことができる。この装置では、初期位置、初期角度、初期運動エネルギーによる検出面での空間的な広がりと時間的な広がりを1次の項まで収束することに成功している。この場合の質量分解能は、周回数にも依存するが、最高で35万を達成している。
【0006】
図10は従来のイオントラップの構成概念図である。座標はz軸とr軸よりなる。図において、5はリング電極であり、8は該リング電極5に接続されたトラップ用電源である。トラップ用電源8はV=VaccosΩtなる信号をリング電極5に印加する。6,7はリング電極5と垂直方向に設けられたエンドキャップ電極1と2である。9はリング電極5とエンドキャップ電極6,7で囲まれた空間に閉じこめられた各種のイオン、10はイオンを検出する検出器である。
【0007】
このように構成されたイオントラップにおいて、トラップ用電源8をリング電極5に印加することで、各種のイオン9は所定の空間に閉じこめられる。閉じこめられたイオンは、必要に応じて外部に取り出され、エンドキャップ電極7にもうけられた孔から外部に取り出される。
【0008】
上述したイオントラップはz軸に関して回転対称で、その内面は(1)式で表される回転双曲面になっている。
【0009】
【数1】
【0010】
ここで、roはリング電極の内面の最小半径で、2zoはエンドギャップ間の最短距離である。なお、roとzoには
2zo2=ro2 (2)
の関係がなりたつ。エンドキャップ電極とリング電極間に
V=Vaccos(Ωt)+Vdc (3)
なる電圧(Vacは高電圧振幅、Vdcは直流電圧振幅)を印加すると、トラップ内のポテンシャルは、トラップ中心電圧に対して
【0011】
【数2】
【0012】
となる。よってトラップ内のイオンの運動方程式は、
【0013】
【数3】
【0014】
となる。ただし、mはイオンの質量、eは素電荷、Zはイオンの価数である。ここで、(5),(6)式において、
τ=Ωt/2,az=−2ar=−(8ZeVdc)/(mro2Ω2)
qz=−2qr=(4ZeVac)/mro2Ω2 (7)
のように変数変換すると、両式は(8)式のように同じ形の式で表される。
【0015】
【数4】
【0016】
この方程式は、Mathieuの方程式とよばれ、図11に示す安定領域内にあれば安定であり、ai,qi>>1であれば、解は次式で表される。
【0017】
【数5】
【0018】
となる。(9)式より明らかなように、イオンは周波数ω0iの調和振動を行ない、その運動はトラップ用交流電圧Ωで変調されたものになる。なお、図11はイオントラップの安定領域を示す図である。横軸は交流電圧Vac、縦軸は直流電圧Vdcである。(9)式より明らかなように、イオンは周波数ωoiの調和振動を行ない、その運動はトラップ用交流電圧Ωで変調されたものとなる。
【0019】
イオンを質量ごとにトラップ内部から排出する方法として、安定領域を用いる方法と共鳴排出法とがある。前者は、安定領域が質量に依存することを利用し、トラップ用交流電圧の交流振幅Vacを掃引して質量の小さいイオンから排出する。後者は、イオンの周波数ωoiが質量に依存していることを利用している。
【0020】
ある質量の周波数ω0iと同じ周波数の共鳴用交流電圧を外部から印加すると、そのイオンが共鳴を起こして運動の振幅が大きくなり、トラップ空間外へ排出される。トラップ用電圧の直流電圧Vdcを0とすれば、
ω0i=k・ZVac/mΩ
kは比例定数
となる。共鳴用電圧の周波数ωとω0iが同等の時に排出されるので、その方法として、トラップ用電圧の交流電圧Vacを掃引する方法と、共鳴用電圧の周波数ωを掃引する方法がある。前者は小さい質量のイオンから、後者は大きい質量のイオンから排出される。イオントラップ型質量分析装置の分解能は、測定法にもよるが数千程度である。
【非特許文献1】Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan Vol.No.2(No.218)2003 p349−353
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
閉軌道を多重周回する飛行時間型質量分析装置(TOFMS)には、「追い越し」の問題が発生する。ここで、「追い越し」とは、イオンが閉軌道を多重周回するため、質量の小さいイオン(速度が大きい)が質量の大きいイオン(速度が小さい)を追い越すことをいう。このため、質量検出器の検出面に質量の小さいイオンから順に到達するという飛行時間型質量分析装置の基本概念が通用しなくなるという問題がある。
【0022】
この問題を解決するためには、追い越しが起こらないように多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を限定しなければならない。一般的なイオントラップと飛行時間型質量分析装置を組み合わせた装置は、飛行時間型質量分析装置の質量範囲が限定されないため、広い質量数のイオン群を同時に入射させている。しかしながら、多重周回型TOFMSの場合、質量範囲が限定されるため、かなりのイオンが無駄になるという問題がある。
【0023】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、多重周回型の質量範囲の狭さを解決し、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定をすることができるイオントラップ型質量分析装置及び質量分析方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
請求項1記載の発明は、イオンを捕獲、排出するイオントラップと、該イオントラップから排出されるイオンをパルス的に加速させる機構と、複数のセクター電場により形成される閉じた軌道を複数回周回させることを特徴とする多重周回型飛行時間型質量分析計と、イオンを検出する検出器と、で構成される質量分析計を用い、イオントラップから排出して多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を、多重周回型TOFMSにおいて追い越しの起こらない質量範囲内にすることを特徴とする。
【0025】
請求項2記載の発明は、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の小さいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする。
【0026】
請求項3記載の発明は、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の大きいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする。
【0027】
請求項4記載の発明は、イオントラップに捕獲したイオンのうち、任意の質量順でトラップから排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする。
【0028】
請求項5記載の発明は、パルス的に加速する機構と同期しないイオンが多重周回型TOFMSに進入することを防ぐため、イオントラップと多重周回型の間にパルス的に加速する機構と同期したイオンゲートを設けることを特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
請求項1記載の発明によれば、イオントラップに捕獲されているイオンのうち、追い越しが発生しない質量範囲のイオンのみを取り出して周回させるようにしているので、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定を行なうことができる。
【0030】
請求項2記載の発明によれば、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の小さいイオンから順に排出する場合において、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにし、イオンを無駄にすることなく測定できる。
【0031】
請求項3記載の発明によれば、イオントラップに捕獲したイオンを、質量の大きいイオンから順に排出する場合において、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにし、イオンを無駄にすることなく測定できる。
【0032】
請求項4記載の発明によれば、イオントラップに捕獲したイオンを、任意の質量順で排出する場合において、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにし、イオンを無駄にすることにく測定できる。
【0033】
請求項5記載の発明によれば、パルス的に加速する機構と同期しないイオンが多重周回型TOFMSに進入することを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態例を詳細に説明する。
図1は本発明の一実施の形態例を示す構成図である。図において、11は電極である。該電極11は4個設けられている。そして、これら4個の電極でセクター電場1〜セクター電場4を形成している。12は各種のイオンを捕獲するイオントラップ、13は該イオントラップ12から排出されるイオンのうち、所定の質量範囲のイオンのみを通過させるイオンゲート、14は前記セクター電場1〜セクター電場4を周回したイオンが検出される検出器である。16は装置の各構成要素にタイミングパルスを出力するパルスコントローラである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0035】
先ず、イオントラップ12に複数種類のイオンが捕獲されているものとする。ここで、イオンゲート13から、所定の質量範囲(例えば、追い越しが発生しないような質量範囲)のイオン群を通過させる。イオンゲート13を通過したイオン群は、セクター電場1の電極11に入る。そして、セクター電場1を通過したイオン群は、自由空間(電界のない領域)を通過してセクター電場2である電極11に入る。セクター電場2を通過したイオン群は、自由空間を通過してセクター電場3である電極11に入る。
【0036】
セクター電場3を通過したイオン群は、自由空間を通過してセクター電場4である電極11に入る。セクター電場4を通過したイオン群はセクター電場1である電極11に入る。以下、同様の動作を行ない、図に示す電極間(同一平面)を8の字型に複数(多重)の周回動作を行なう。そして、所定の周回動作が終了したイオン群は、セクター電場1を出て質量の小さい順に検出器14に入射する。検出器14は、入力されたイオンを検出する。
【0037】
本発明によれば、イオントラップに捕獲されているイオンのうち、追い越しが発生しない質量範囲のイオンのみを取り出して周回させるようにしているので、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定を行なうことができる。
【0038】
図2は本発明によるイオントラップの駆動方法を示す図である。図10と同一のものは、同一の符号を付して示す。図において、5はリング電極であり、8は該リング電極5に接続されたトラップ用電源である。トラップ用電源8はV=VaccosΩtなる信号をリング電極5に印加する。6,7はリング電極5と垂直方向に設けられたエンドキャップ電極1と2である。7aはエンドキャップ電極2内に設けられたイオンを排出させるためのイオン排出口である。9はリング電極5とエンドキャップ電極6,7で囲まれた空間(イオン溜まり)に閉じこめられた各種のイオンである。
【0039】
20はイオンを加速させるためのパルス状加速電圧を印加する加速電極、21は該加速電極20にパルス状の加速電圧を印加する加速用パルス電源、22はエンドキャップ電極1に共鳴排出用電圧を印加する共鳴排出用電源である。図1に示す飛行時間型質量分析装置と、図2に示すイオントラップで本発明を構成している。図1に示す飛行時間型質量分析装置と、図2に示すイオントラップの組み合わせにより、以下に示すような各種の実施の形態例を実現することができる。
(第1の実施の形態例)
第1の実施の形態例は、構成は図1と図2から構成されるものである。イオントラップ12からは、前記した共鳴排出法(共鳴排出用電圧の周波数掃引を)を行ない、イオンを排出していく。初めに、1回の飛行時間測定のシーケンスを図3に示す。図において、(a)は加速用パルス電圧、(b)はイオンゲート電圧、(c)はセクター電場1を、(d)はセクター電場4をそれぞれ示す。これら信号は、いずれもパルスコントローラ16から出力される。即ち、加速電極、イオンゲート、セクター電場1,4の電圧切り替えは、パルスコントローラ16からの信号を基準とする。
【0040】
加速電極20のパルスはイオンパケットを作るためのものであり、(a)に示すようにオン(ON)の時にイオンは加速される。多重周回型TOFMSの軌道中心電位は、エンドキャップ電極電位(図2ではグランド電位)に対して、加速電圧分の差がある。イオンゲート13のパルス電圧は、周回部に導入する質量範囲を制御するためのものであり、(b)に示すように、オフ(OFF)の時にイオンはイオンゲート13を通過できる。
【0041】
セクター電場4の電圧切り替えは、(c),(d)に示すように、オフの時、周回部に入射でき、周回時はオンになっている。セクター電場1の電圧は、周回時オンであり、オフにするとイオンは周回部を離れ検出器14に向かって飛行する。従って、周回数は、セクター電場1がオンになっている時間によってきまることになる。
【0042】
次に、イオントラップ12からのイオン排出と、多重周回型TOFMSとの接続について説明する。先ず、イオントラップ内に捕獲するイオンの質量範囲(Mmin〜Mmax)と、必要な質量分解能(R)を設定する。質量分解能は、周回数に比例して向上するので、必要な質量分解能から周回数が決定される。イオンの周回数から、同時に周回させても追い越しが起こらない質量範囲が決定でき、質量測定時の質量範囲の切り替え段数(N)が決定できる。
【0043】
イオンは、イオントラップを構成するリング電極に印加されたトラップ用電圧によりトラップされている(以下ではVdc=0)。エンドキャップ電極は0Vである。イオンを排出する時は、エンドキャップ電極に共鳴排出用電圧を印加する。ここで、共鳴排出用電圧の周波数を小さい方から掃引していくと、イオントラップからは質量の大きい順に排出されていく。掃引速度は、マススペクトル取得速度(1msec程度)よりも十分に長いものとする。
【0044】
イオントラップ外に排出されたイオンは、加速電極20にパルス的に印加される加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。イオントラップからは質量の大きいイオンから排出されるので、排出されたイオン質量が多重周回型TOFMS質量範囲外にならないように、イオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えていく。
【0045】
図4は共鳴排出用交流電圧周波数掃引とイオンゲートの切り替えの説明図である。横軸は時間、縦軸は(a)の場合が共鳴用電圧振幅ω、(b)の場合が質量範囲である。共鳴用電圧周波数ωを(a)に示すようにスイープしていくと、質量範囲もそれに応じて所定の質量範囲のものが1段目、2段目という具合に質量の大きいイオンから順に排出されれていくことが分かる。
【0046】
この実施の形態例によれば、共鳴排出法を用いて、イオントラップから質量の大きいイオンから順に、質量範囲から外れることなく排出させることができる。
(第2の実施の形態例)
第2の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。この実施の形態例では、共鳴排出法(トラップ用電圧の交流振幅Vac)を使用してイオンを排出する。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップ12と多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0047】
イオンはイオントラップ12を構成するリング電極5に印加されたトラップ用交流電源8からの交流電圧によりトラップされている。エンドキャップ電極6,7は接地されている。この状態でイオンを排出する時は、エンドキャップ電極6に共鳴排出用電源22から共鳴排出用交流電圧を印加する。そして、トラップ用交流電源8の振幅を掃引し、イオントラップ12から質量の小さいイオンから排出していく。
【0048】
ここで、掃引速度は、マススペクトル取得速度(1msec程度)よりも十分に長いものとする。イオントラップ12外に排出されたイオンは、加速電極20に加速用パルス電源21からパルス的に印加される加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。
【0049】
この実施の形態例では、質量の小さいイオンから排出されるので、排出イオン質量が多重周回型TOFMSの質量範囲外にならないように、イオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量選択範囲を切り替えていく。
【0050】
図5はトラップ用交流電圧振幅Vac掃引と質量範囲の切り替えの説明図である。図において、(a)はトラップ用交流電圧振幅Vacを、(b)は質量範囲をそれぞれ示している。横軸は何れも時間である。トラップ用交流電圧振幅を図に示すように、漸次増加方向にスイープさせていくと、測定される質量範囲は、質量の小さい方から1段目から2段目という具合に質量範囲の異なったイオングループの質量(ここでは質量の小さい方から)が順次測定されていく。
【0051】
この実施の形態例によれば、共鳴排出法を用いて、イオントラップから質量の小さいイオンから順に質量範囲から外れることなく排出させることができる。
(第3の実施の形態例)
第3の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。但し、図2における共鳴排出用電源22は使用しない。この実施の形態例では、イオントラップ12の安定領域を利用した方法でイオンを排出していく。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップと多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0052】
イオンはイオントラップ12を構成するリング電極5にトラップ用電源8から印加された交流電圧によりトラップされている。エンドキャップ電極6は接地されている。ここで、イオンを排出する時は、リング電極5に印加されているトラップ用電源8のトラップ用電圧の交流電圧Vacを掃引し、イオントラップ12より質量の小さい方から順にイオンを排出していく。
【0053】
掃引速度は、マススペクトル取得速度(1msec程度)より十分に長いものとする。イオントラップ外に排出されたイオンは、加速電極20に加速用パルス電源21よりパルス的に印加される加速電位により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。イオントラップ12からは、質量の小さいイオンから排出されるので、排出イオン質量が多重周回型TOFMSの質量範囲外にならないように、イオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量選択範囲を切り替えていく。
【0054】
図6はトラップ用交流電圧振幅Vac掃引と質量範囲の切り替えの他の説明図である。(a)はトラップ用交流電圧振幅Vacを、(b)は質量範囲をそれぞれ示す。トラップ用交流電圧振幅Vacは、図に示すように漸次増加方向にスイープしていく。これに対して、質量範囲は小さい質量から順次排出され、質量測定されていく。
【0055】
この実施の形態例によれば、イオントラップの安定領域を利用して、イオントラップより質量の小さいイオンから順に質量範囲から外れることなく排出させることができる。
なお、本発明によれば、任意の質量順でトラップからイオンを排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えるようにすることができる。このようにすれば、イオンの質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないようにすることができる。
(第4の実施の形態例)
第4の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。この実施の形態例では、ある質量範囲のイオンが共鳴排出されるような周波数帯域をもつ共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22からエンドキャップ電極1に印加する。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップと多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0056】
イオンは、イオントラップ12を構成するリング電極5に印加されたトラップ用電源8からの交流電圧によりトラップされている。ここで、エンドキャップ電極6,7は接地されている。この状態でイオンを排出する時は、エンドキャップ電極にある質量範囲が排出されるような周波数帯域をもつ共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22から印加する。
【0057】
イオントラップ12外に排出されたイオンは、加速電極20にパルス的に印加される加速用パルス電源21からの加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。この場合において、排出される質量範囲にイオンゲート13と多重周回型のTOFMSの質量選択範囲を同期させる。そして、排出される質量範囲にイオンゲート13と多重周回型TOFMSの質量選択範囲を同期させる。ここで、周波数帯域を切り替えながら全質量スペクトルを測定する。
【0058】
この実施の形態例によれば、イオントラップからある質量範囲を排出する時刻と、イオントラップ型質量分析装置の質量範囲の測定時刻とを同期をとることにより、質量を正確に測定することができる。
【0059】
図7は共鳴排出用交流電圧周波数帯域と質量範囲の切り替えの説明図である。(a)は共鳴排出用交流電圧周波数ωを、(b)は質量範囲をそれぞれ示す。何れも、横軸は時間である。(a)に示すように、ある周波数範囲をもつ共鳴排出用電圧を順次印加することにより、(b)に示すように、質量の大きいイオンから順に排出される。
【0060】
この実施の形態例によれば、ある質量範囲のイオンが共鳴排出されるような周波数帯域をもつ共鳴排出用電圧を印加することにより、イオンの検出を行なうことができる。
(第5の実施の形態例)
第5の実施の形態例の構成は、第1の実施の形態例と同じである。この実施の形態例では、ある質量範囲のイオンが共鳴排出されるような共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22からエンドキャップ電極1に印加する。1回の飛行時間測定シーケンスとイオントラップと多重周回型TOFMSの接続については、第1の実施の形態例と同じである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0061】
イオンは、イオントラップ12を構成するリング電極5に印加されたトラップ用電源8からの交流電圧によりトラップされている。ここで、エンドキャップ電極6,7は接地されている。この状態でイオンを排出する時は、エンドキャップ電極にある質量範囲が排出されるような周波数をもつ共鳴排出用電圧を共鳴排出用電源22から印加する。
【0062】
イオントラップ12外に排出されたイオンは、加速電極20にパルス的に印加される加速用パルス電源21からの加速電圧により加速され、多重周回型TOFMSにより質量分析される。図8は共鳴排出用交流電圧周波数と質量範囲の切り替えの説明図である。(a)は共鳴排出用交流電圧周波数ωを、(b)は質量範囲をそれぞれ示す。横軸は何れも時間である。この実施の形態例では、(a)に示すように、任意の共鳴排出用交流電圧周波数ωをアトランダムに共鳴排出用電源22からエンドキャップ電極1に印加するようにしたものである。そして、TOFMSからは、印加された周波数に対応した質量範囲のイオンが(b)に示すように排出されていく。
【0063】
この実施の形態例によれば、イオントラップに捕獲されているイオンのうち、追い越しが発生しない質量範囲のイオンのみを任意に取り出して周回させるようにしているので、イオントラップで捕獲したイオンを無駄にすることなく高質量分解能で質量測定を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の一実施の形態例を示す構成図である。
【図2】本発明によるイオントラップの駆動方法を示す図である。
【図3】本発明による飛行時間測定のシーケンスを示す図である。
【図4】共鳴排出用交流電圧周波数掃引とイオンゲートの切り替えの説明図である。
【図5】トラップ用交流電圧振幅Vacと質量範囲の切り替えの説明図である。
【図6】トラップ用交流電圧振幅Vac掃引と質量範囲の切り替えの他の説明図である。
【図7】共鳴排出用交流電圧周波数帯域と質量範囲の切り替えの説明図である。
【図8】共鳴排出用交流電圧周波数と質量範囲の切り替えの説明図である。
【図9】TOFMSの動作原理を示す図である。
【図10】従来のイオントラップの構成概念図である。
【図11】イオントラップの安定領域の説明図である。
【符号の説明】
【0065】
11 電極
12 イオントラップ
13 イオンゲート
14 検出器
16 パルスコントローラ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを捕獲、排出するイオントラップと、
該イオントラップから排出されるイオンをパルス的に加速させる機構と、
複数のセクター電場により形成される閉じた軌道を複数回周回させることを特徴とする多重周回型飛行時間型質量分析計と、
イオンを検出する検出器と、
で構成される質量分析計を用い、イオントラップから排出して多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を、多重周回型TOFMSにおいて追い越しの起こらない質量範囲内にすることを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
イオントラップに捕獲したイオンを、質量の小さいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする請求項1記載の質量分析方法。
【請求項3】
イオントラップに捕獲したイオンを、質量の大きいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする請求項1記載の質量分析方法。
【請求項4】
イオントラップに捕獲したイオンのうち、任意の質量順でトラップから排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする請求項1記載の質量分析方法。
【請求項5】
パルス的に加速する機構と同期しないイオンが多重周回型TOFMSに進入することを防ぐため、イオントラップと多重周回型の間にパルス的に加速する機構と同期したイオンゲートを設けることを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載の質量分析方法。
【請求項1】
イオンを捕獲、排出するイオントラップと、
該イオントラップから排出されるイオンをパルス的に加速させる機構と、
複数のセクター電場により形成される閉じた軌道を複数回周回させることを特徴とする多重周回型飛行時間型質量分析計と、
イオンを検出する検出器と、
で構成される質量分析計を用い、イオントラップから排出して多重周回型TOFMSに導入する質量範囲を、多重周回型TOFMSにおいて追い越しの起こらない質量範囲内にすることを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
イオントラップに捕獲したイオンを、質量の小さいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする請求項1記載の質量分析方法。
【請求項3】
イオントラップに捕獲したイオンを、質量の大きいイオンから順に排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする請求項1記載の質量分析方法。
【請求項4】
イオントラップに捕獲したイオンのうち、任意の質量順でトラップから排出し、その質量が多重周回型TOFMSの質量範囲から外れないように、順次多重周回型TOFMSの質量範囲を切り替えることを特徴とする請求項1記載の質量分析方法。
【請求項5】
パルス的に加速する機構と同期しないイオンが多重周回型TOFMSに進入することを防ぐため、イオントラップと多重周回型の間にパルス的に加速する機構と同期したイオンゲートを設けることを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載の質量分析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−59739(P2006−59739A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−242179(P2004−242179)
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】
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