質量分析計
【課題】高精度な全圧および分圧測定を容易に実現することができる質量分析計を提供する。
【解決手段】被測定ガスの分子をイオン化するイオン源9と、イオン源9で生成されたイオンの進路を質量電荷比ごとに決定する質量分離部5と、質量分離部5を通過した特定の質量電荷比のイオンを捕捉する分圧測定用集イオン電極7とを備えた質量分析計11であって、イオン源9を挟んで質量分離部5の反対側に、イオン源9で生成された全種類のイオンを捕捉する全圧測定用集イオン電極8を設け、全圧測定用集イオン電極8が板状に形成され、かつ開口が形成されている。
【解決手段】被測定ガスの分子をイオン化するイオン源9と、イオン源9で生成されたイオンの進路を質量電荷比ごとに決定する質量分離部5と、質量分離部5を通過した特定の質量電荷比のイオンを捕捉する分圧測定用集イオン電極7とを備えた質量分析計11であって、イオン源9を挟んで質量分離部5の反対側に、イオン源9で生成された全種類のイオンを捕捉する全圧測定用集イオン電極8を設け、全圧測定用集イオン電極8が板状に形成され、かつ開口が形成されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、真空装置の残留ガス分析計の一つとして、質量分析計が知られている。その中で最も広く一般に知られている四極子形質量分析計は、通常、イオン源、質量分離部およびイオン検出器から構成される。四極子形質量分析計の一般的な構成の概略図を図9に示す。図9に示すように、四極子形質量分析計100は、電子源であるカソード電極101から、カソード電極101に対して正の電位に制御されたアノード電極102に向けて電子が放出される。その電子の一部は、アノード電極102に到達する前に気体分子と衝突し、気体をイオン化しイオンを生成する。アノード電極102で区切られたイオン化室103で生成されたイオンの一部は、引き出し電極104により質量分離部105に導入され、イオンの質量と電荷の比によって分離され、集イオン電極107で目的のイオンを検出する。なお、イオン源は電子源であるカソード電極101と電子を捕捉するアノード電極102とで構成されている。
【0003】
質量分離部105は、四本の棒状電極106が格子状に対称かつ平行に配置された形状をしており、対向に位置する棒状電極106が同電位となるように配線されている。二対の棒状電極106には、同じ大きさで正負が逆の直流電圧Uと位相が180度異なる交流電圧Vcosωtとが重畳した電圧が印加される(+U+Vcosωtおよび−U−Vcosωt)。UおよびVの大きさによって、イオン源(カソード電極101およびアノード電極102)から棒状電極106の一端に入射したイオンのうち、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが入射側と反対の位置にある集イオン電極107まで到達し、検出される。それ以外のイオンは、棒状電極106に衝突するか、棒状電極106より外側の空間に導かれる。
【0004】
また、UとVの比を一定に保ちながら、それらの電圧の大きさを変化させることで、集イオン電極7に到達するイオンの種類をその質量と電荷の比に応じて選別することができる。
【0005】
さらに、四極子形質量分析計100が使用される圧力領域(一般に1Pa以下)で全圧を測定する手段として、電離真空計が知られている。電離真空計の一般的な構成の概略図を図10に示す。図10に示すように、電離真空計は、電子源であるカソード電極121、電子を捕捉するアノード電極122、イオンを捕捉する集イオン電極123を備えている。カソード電極121から、それに対して正電位に制御されたアノード電極122に向けて放出された電子が気体分子と衝突すると、気体分子がイオン化され、それらの一部が集イオン電極123に到達し、イオン電流が発生する。イオン電流はイオン電流検出器によって検出され、その大きさが通常では気体分子密度と比例することから、気体分子の密度に比例する気体圧力を知ることができる。
【0006】
従来は、上述の分圧測定と全圧測定とを別々の測定装置を用いて測定をおこなっていたが、近年、四極子形質量分析計の中には、分圧を測定するだけでなく、全圧を測定する機能を有するものが知られている。このような四極子形質量分析計の多くは、分圧測定のために構成されているイオン源の一部と、電離真空計を構成するイオン源の一部とを共通化し、加えて適切な位置に全圧測定用の集イオン電極を設置することで、全圧測定機能を付加している。電離真空計が不要となることで、構成が小さくなることや、経済的な利点がある。
【0007】
しかし、全圧測定用集イオン電極を設置したことによって、分圧の測定を阻害する場合がある。その一つの原因として、全圧を測定するために付加された全圧測定用集イオン電極にイオンが衝突することで発生する二次電子や、イオン化工程に伴い発生する光が全圧測定用集イオン電極に照射されることにより発生する二次電子が、分圧測定用集イオン電極に到達し、質量スペクトルのベースラインを低下させる問題がある。これは、質量分析計のイオンが正の荷電粒子であり、それが分圧測定用集イオン電極に到達すると、正の電流が流れ、その電流の大きさを気体分圧に換算するが、二次電子つまり負の荷電粒子が分圧測定用集イオン電極に到達すると、負の電流が流れ、正イオンや脱励起光によって流れる正の電流と打ち消しあってベースラインを低下させることとなる。
ここで、ベースラインは測定対象の気体の種類や量に関わらず、分圧測定用集イオン電極に流れてしまう電流を指す。ベースラインはゼロであることが望ましいが、様々な状況でベースラインは変化する。したがって、ベースラインが全ての質量電荷比m/zに亘って一定量変化するのであれば、相対的な電流値の変化を測定することが可能となる。逆に、質量電荷比m/zに応じてベースラインの変化が異なると、測定が困難となる。
【0008】
このベースライン低下の問題は、圧力が高くなるに伴い、全圧測定用集イオン電極の表面にイオンが衝突する頻度が高くなり、また、イオン化頻度が高まることに起因して発生する。つまり、この問題は圧力が高いときに顕著に表れる。その例を、図11および図12に示す。図11および図12は、全圧測定用集イオン電極としてステンレスの板を用いた場合に、それぞれ0.005Paおよび0.5Paのアルゴンを測定したときの質量スペクトルである。アルゴンが0.005Paのときは、アルゴン(m/z=40)に起因するピーク以外の部分(以下、ベースラインという)で質量スペクトルは略平らであるが、アルゴンが0.5Paのときは、質量電荷比m/z=1〜20、m/z=26.35付近などでベースラインが局所的に低下している。これは、圧力が高くなるに伴い、上述した二次電子の発生量が増加したことを示している。
【0009】
上述の問題の解決にあたり、高精度の圧力測定を行い、かつ高精度のガス分析も同時に行うことができる四重極質量分析計が示されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−266854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上述の特許文献1の質量分析計は、ワイヤー状のコレクタを用いているため、質量分離部へのイオンの引き出し効率を低下させる虞がある。つまり、分圧感度が低下するという虞がある。これを解決するには、分圧測定を行う際に、ワイヤーコレクタを一時的にグリッド電極(アノード電極)と同電位にする必要があると共に、微小電流の計測を阻害するようなノイズおよび漏れ電流が発生しないようにする必要があり、手間がかかる。さらに、ワイヤーコレクタは、変形しやすく、組立て時やイオン源交換時の取り扱いに注意が必要である。つまり、ワイヤーコレクタが変形すると、全圧/分圧感度低下の原因になる。
【0011】
そこで、本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、高精度な全圧および分圧測定を容易に実現することができる質量分析計を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載した発明は、被測定ガスの分子をイオン化するイオン源と、前記イオン源で生成されたイオンの進路を質量電荷比ごとに決定する質量分離部と、前記質量分離部を通過した特定の質量電荷比のイオンを捕捉する分圧測定用集イオン電極とを備えた質量分析計であって、前記イオン源を挟んで前記質量分離部の反対側に、前記イオン源で生成された全種類のイオンを捕捉する全圧測定用集イオン電極を設け、前記全圧測定用集イオン電極が板状に形成され、かつ開口が形成されていることを特徴とする。
このように構成することで、全圧測定用集イオン電極の外径を小さくしなくても、開口を形成することで全圧測定用集イオン電極の表面積を小さくすることができる。これにより、ベースラインが低下する問題を軽減しつつ、開口部を設けない場合と略同等に、イオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することができ、外形を小さくした場合に比べて、全圧感度を高くすることができる。また、全圧測定時に、感度がイオン源内の電極間の電位の微妙な調整や圧力領域で変化することを防ぐことができる。さらに、全圧測定用集イオン電極を板状としたことで、組立て時やイオン源交換時に変形しにくくなるため、全圧/分圧感度の低下を引き起こすことなく、安定した測定を行うことができる。
【0013】
請求項2に記載した発明は、前記開口による前記全圧測定用集イオン電極の開口率が40%以上であることを特徴とする。
このように構成することで、全圧測定用集イオン電極で発生する二次電子を低減することが可能になり、二次電子が分圧測定用集イオン電極に到達して質量スペクトルのベースラインを低下させるのを抑制することができる。したがって、質量スペクトルを安定させることができる。
【0014】
請求項3に記載した発明は、前記開口の一つ当たりの面積が1mm2以下であることを特徴とする。
このように構成することで、イオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが可能になり、全圧感度を高くすることができる。
【発明の効果】
【0015】
全圧測定用集イオン電極の表面積を小さくすることは、開口部を設けずに外径を小さくすることでも可能であるが、そのような場合はイオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが困難となり、全圧感度が低下する。したがって、全圧測定用集イオン電極の外径を小さくすることなく、開口を形成して表面積を小さくすることで、外形を小さくした場合に比べて、全圧感度を高くすることができる。
また、全圧測定用集イオン電極を板状としたことで、組立て時やイオン源交換時に変形しにくいため、全圧/分圧感度の低下を引き起こすことがなくなる。
また、上述した二次電子の発生原因から、全圧測定用集イオン電極の面積が大きくなるほど二次電子の放出面が増えることになる。したがって、二次電子の放出量も増加し、分圧測定における質量スペクトルのベースライン低下を引き起こしやすくなる。そのため、全圧集イオン電極の表面積を小さくする、すなわち開口率が高いほど質量スペクトルを安定させることができ、分圧測定に有利となる。
また、一つ当たりの開口の面積が大きくなるにつれて、イオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが困難となり、全圧感度が低下する。したがって、一つ当たりの開口が小さいほど全圧感度を高くすることができる。
よって、高精度の全圧測定を行い、かつ高精度の分圧測定(ガス分析)を容易に行うことができる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明の実施形態を図1〜図7に基づいて説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の縮尺を適宜変更している。
図1に示すように、質量分析計11は、四極子形質量分析計10と全圧測定用集イオン電極8とを備えている。四極子形質量分析計10は、電子源であるカソード電極1と、カソード電極1に対して正の電位に制御された略円筒状のアノード電極2と、アノード電極2で区切られたイオン化室3と、イオン化室3で生成されたイオンの一部を質量分離部5へと導く引き出し電極4と、質量分離部5に格子状に対称かつ平行に配置された四本の棒状電極6と、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが到達する分圧測定用集イオン電極7とを備えて構成されている。また、アノード電極2の軸方向の近傍で、引き出し電極4が設けられている側の反対側に全圧測定用集イオン電極8が設けられている。
【0017】
カソード電極1は、略円筒状のアノード電極2の円周面を略半周強程度囲うように線状に形成されている。
アノード電極2は、グリッド状に形成されており、その内部はイオン化室3として構成され、アノード電極2の一端の近傍には引き出し電極4が配置され、他端の近傍には全圧測定用集イオン電極8が配置されている。
なお、イオン源9は、カソード電極1、アノード電極2、イオン化室3および引き出し電極4とで構成されている。
【0018】
質量分離部5は、四本の棒状電極6が格子状に対称かつ平行に配置された形状をしており、対向に位置する棒状電極6が同電位となるように配線されている。二対の棒状電極6には、同じ大きさで正負が逆の直流電圧Uと位相が180度異なる交流電圧Vcosωtとが重畳した電圧が印加される(+U+Vcosωtおよび−U−Vcosωt)。UおよびVの大きさによって、イオン源(カソード電極1およびアノード電極2)から棒状電極6の一端に入射したイオンのうち、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが入射側と反対の位置にある分圧測定用集イオン電極7まで到達し、そのイオン数に応じたイオン電流が検出されるように構成されている。それ以外のイオンは、棒状電極6に衝突するか、棒状電極6より外側の空間に導かれる。
【0019】
また、直流電圧Uと交流電圧Vの比を一定に保ちながら、それらの電圧の大きさを変化させることで、分圧測定用集イオン電極7に到達するイオンの種類をその質量と電荷の比に応じて選別することができるように構成されている。
【0020】
図2に示すように、全圧測定用集イオン電極8は、略円形の板状部材で形成されている。また、全圧測定用集イオン電極8には、略メッシュ状に開口21が複数形成されている。
さらに、分圧測定用集イオン電極7および全圧測定用集イオン電極8は、図示しない電流計に接続されている。
【0021】
次に、作用について説明する。
質量分析計11は、図示しない真空装置内に収容されており、真空装置内を図示しない真空ポンプなどにより排気し、四極子形質量分析計10を動作させられる圧力以下にする。その後、電子源であるカソード電極1からアノード電極2に向けて電子を放出する。また、カソード電極1およびアノード電極2をある一定の電位に設定すると、ある一定の割合でイオンが生成される。
【0022】
全圧測定を行う場合は、全圧測定用集イオン電極8に到達したイオンにより発生するイオン電流をイオン電流検出器によって検出し、その大きさが通常では気体分子密度と比例することから、気体分子の密度に比例する気体圧力を知ることができる。
また、分圧測定を行う場合は、イオン化室3で生成されたイオンの一部が、引き出し電極4により質量分離部5に導入され、イオンの質量と電荷の比によって分離され、分圧測定用集イオン電極7に目的のイオンのみが到達する。到達したイオンにより発生するイオン電流をイオン電流検出器により検出することで分圧測定を行う。
【0023】
つまり、質量分析計11において、幾何学的な構造によって分離されない単一のイオン化室3で、全圧を測定するためのイオンと、分圧を測定するためのイオンの両方を生成することができる。
【0024】
(実施例)
次に、質量分析計11を用いて測定を行う場合について説明する。
アノード電極2の形状は直径7.5mm、高さが12mmの円筒形状のものでモリブデンのメッシュで構成したものを採用する。また全圧測定用集イオン電極8は、直径が7mmの円板で、一辺1mmの正方形になるように開口21を複数設け、各開口21を形成している線22の幅は0.1mmとしている。つまり、開口21の一つ当たりの面積は1mm2であり、開口率は約83%である。ここで、開口率とは、全圧測定用集イオン電極8に開口21が形成される前の面積に対して、開口21を形成した場合の開口の面積の割合をいう。また、イオン化室3と全圧測定用集イオン電極8との距離は2mmとしている。さらに、分圧測定用集イオン電極7は接地電位とし、アノード電極2およびカソード電極1は、接地電位に対してそれぞれ+60V、+20Vに設定し、電子電流は、0.4mAで一定となるように調整している。
【0025】
上述の構成の質量分析計11を用いて、0.005Paおよび0.5Paのアルゴンを測定して得られた質量スペクトルをそれぞれ図3および図4に示す。
図4では、図12に見られるような、質量スペクトルのベースライン低下がほとんど見られなくなっていることが分かる。
【0026】
また、図5および図6は、全圧測定用集イオン電極8の開口21の一つ当たりの面積を0.16mm2とし、開口率を約64%とした場合に、同じく0.005Paおよび0.5Paのアルゴンを測定して得られた質量スペクトルを示したものである。図6と図4を比較すると、開口率が約64%であった場合より開口率が約83%であった場合の方が、質量スペクトルのベースライン低下が改善されていることが分かる。
【0027】
図7は、開口率とベースラインの低下量との関係を示したグラフである。開口率40%を境にして、ベースラインの低下量が減少しているのが分かる。つまり、開口率を大きくするほど、ベースラインが安定することとなる。したがって、開口率としては40%以上が好ましいが、開口率が0の場合よりベースラインの低下量が1/10以下となる開口率70%以上がより好ましい。なお、このグラフの開口面積は一定ではなく、0mm2(開口率0%)〜1mm2(開口率84%)である。
【0028】
なお、開口21の一つ当たりの面積は小さければ小さいほど全圧感度が高くなるが、その下限は製作技術で制約され、開口率を80%以上得るには、一般的な加工(フォトエッチング加工)では、開口21の一つ当たりの面積は0.5mm2程度が下限となる。
また、開口21の一つ当たりの面積を1mm2以下にしようとすると、製造技術的に開口率の上限は90%程度となる。
【0029】
さらに、図8に示すように、本実施例での全圧感度は、開口部面積が1mm2であるため、約1.6×10−6(A/Pa)であり、全圧測定用集イオン電極8に開口21を設けない場合(開口面積0mm2)の感度、約1.9×10−6(A/Pa)と略同等の感度が得られている。なお、このグラフの開口率は一定ではなく、0%(開口面積0mm2)〜91%(開口面積4mm2)である。全圧感度は、形成された電場に依存するため、開口率には依存しない。これは、開口率が変化しても、マクロ的に見れば電場は大きく変化しないためである。
【0030】
本実施形態によれば、電子源であるカソード電極1と、カソード電極1に対して正の電位に制御された略円筒状のアノード電極2と、アノード電極2で区切られたイオン化室3と、イオン化室3で生成されたイオンの一部を質量分離部5へと導く引き出し電極4と、質量分離部5に配置された四本の棒状電極6と、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが到達する分圧測定用集イオン電極7とを備えた四極子形質量分析計10に、アノード電極2の軸方向の近傍で、引き出し電極4が設けられている側のアノード電極2を介した反対側に全圧値を得るための全圧測定用集イオン電極8を設け、全圧測定用集イオン電極8を板状に形成し、かつ開口21を複数形成した質量分析計11とした。
【0031】
このように構成することで、全圧測定用集イオン電極8の外形寸法を小さくすることなく、表面積を小さくすることができるため、イオン化室3からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することができ、外形を小さくした場合に比べて、全圧感度を高くすることができる。
また、全圧測定用集イオン電極8を引き出し電極4と質量分離部5との間に設けるのではなく、アノード電極2を介して引き出し電極4と反対側に設けたことにより、全圧測定時に、全圧感度がイオン源内の電極間の電位の微妙な調整や圧力領域で変化することを防ぐことができる。
さらに、全圧測定用集イオン電極8を板状にしたため、ワイヤー状のものと比較して、質量分離部5へのイオンの引き出し効率を、手間をかけずに向上させることができると共に、ワイヤー状のものと比較して、変形しにくいため、組立て時やイオン源交換時の取り扱いが容易になると共に、全圧/分圧感度の低下を引き起こすことなく確実に全圧/分圧測定を行うことができる。
【0032】
また、開口21を複数設け、全圧測定用集イオン電極8の開口率を40%以上(実施例では約83%)としたため、質量スペクトルを安定させることができる。これは、上述した二次電子の発生原因から、全圧測定用集イオン電極8の面積が大きくなるほど二次電子の放出面が増えることになり、二次電子の放出量が増加し、分圧測定における質量スペクトルのベースライン低下を引き起こしやすくなる。そのため、全圧測定用集イオン電極8の表面積を小さくする、すなわち開口率が高いほど質量スペクトルを安定させることができる。
【0033】
さらに、開口21の一つ当たりの面積を1mm2以下(実施例では1mm2)としたため、イオン化室3からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが可能となり、全圧感度を高くすることができる。
したがって、上述の質量分析計11を用いれば、高精度の全圧測定を行い、かつ高精度の分圧測定(ガス分析)を容易に行うことができる。
【0034】
尚、本発明の技術範囲は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上述した実施形態に種々の変更を加えたものを含む。すなわち、実施形態で挙げた具体的な材料や構成等は一例にすぎず、適宜変更が可能である。
例えば、本実施形態における、全圧測定用集イオン電極の構成や形状寸法などは上述と略同等の性能を発揮するものであれば適宜変更してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施形態における質量分析計の概略構成図である。
【図2】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極の平面図である。
【図3】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が83%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.005Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図4】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が83%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.5Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図5】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が64%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.005Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図6】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が64%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.5Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図7】本発明の実施形態における開口率とベースライン低下量との関係を示すグラフである。
【図8】本発明の実施形態における開口部一つ当たりの面積と全圧感度の関係を示すグラフである。
【図9】従来の四極子形質量分析計の概略構成図である。
【図10】従来の電離真空計の概略構成図である。
【図11】全圧測定用集イオン電極に開口部を設けなかった場合に、アルゴン0.005Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図12】全圧測定用集イオン電極に開口部を設けなかった場合に、アルゴン0.5Paを測定したときの質量スペクトルである。
【符号の説明】
【0036】
1…カソード電極 2…アノード電極 3…イオン化室 4…引き出し電極 5…質量分離部 6…棒状電極 7…分圧測定用集イオン電極 8…全圧測定用集イオン電極 9…イオン源 10…四極子形質量分析計 11…質量分析計 21…開口
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、真空装置の残留ガス分析計の一つとして、質量分析計が知られている。その中で最も広く一般に知られている四極子形質量分析計は、通常、イオン源、質量分離部およびイオン検出器から構成される。四極子形質量分析計の一般的な構成の概略図を図9に示す。図9に示すように、四極子形質量分析計100は、電子源であるカソード電極101から、カソード電極101に対して正の電位に制御されたアノード電極102に向けて電子が放出される。その電子の一部は、アノード電極102に到達する前に気体分子と衝突し、気体をイオン化しイオンを生成する。アノード電極102で区切られたイオン化室103で生成されたイオンの一部は、引き出し電極104により質量分離部105に導入され、イオンの質量と電荷の比によって分離され、集イオン電極107で目的のイオンを検出する。なお、イオン源は電子源であるカソード電極101と電子を捕捉するアノード電極102とで構成されている。
【0003】
質量分離部105は、四本の棒状電極106が格子状に対称かつ平行に配置された形状をしており、対向に位置する棒状電極106が同電位となるように配線されている。二対の棒状電極106には、同じ大きさで正負が逆の直流電圧Uと位相が180度異なる交流電圧Vcosωtとが重畳した電圧が印加される(+U+Vcosωtおよび−U−Vcosωt)。UおよびVの大きさによって、イオン源(カソード電極101およびアノード電極102)から棒状電極106の一端に入射したイオンのうち、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが入射側と反対の位置にある集イオン電極107まで到達し、検出される。それ以外のイオンは、棒状電極106に衝突するか、棒状電極106より外側の空間に導かれる。
【0004】
また、UとVの比を一定に保ちながら、それらの電圧の大きさを変化させることで、集イオン電極7に到達するイオンの種類をその質量と電荷の比に応じて選別することができる。
【0005】
さらに、四極子形質量分析計100が使用される圧力領域(一般に1Pa以下)で全圧を測定する手段として、電離真空計が知られている。電離真空計の一般的な構成の概略図を図10に示す。図10に示すように、電離真空計は、電子源であるカソード電極121、電子を捕捉するアノード電極122、イオンを捕捉する集イオン電極123を備えている。カソード電極121から、それに対して正電位に制御されたアノード電極122に向けて放出された電子が気体分子と衝突すると、気体分子がイオン化され、それらの一部が集イオン電極123に到達し、イオン電流が発生する。イオン電流はイオン電流検出器によって検出され、その大きさが通常では気体分子密度と比例することから、気体分子の密度に比例する気体圧力を知ることができる。
【0006】
従来は、上述の分圧測定と全圧測定とを別々の測定装置を用いて測定をおこなっていたが、近年、四極子形質量分析計の中には、分圧を測定するだけでなく、全圧を測定する機能を有するものが知られている。このような四極子形質量分析計の多くは、分圧測定のために構成されているイオン源の一部と、電離真空計を構成するイオン源の一部とを共通化し、加えて適切な位置に全圧測定用の集イオン電極を設置することで、全圧測定機能を付加している。電離真空計が不要となることで、構成が小さくなることや、経済的な利点がある。
【0007】
しかし、全圧測定用集イオン電極を設置したことによって、分圧の測定を阻害する場合がある。その一つの原因として、全圧を測定するために付加された全圧測定用集イオン電極にイオンが衝突することで発生する二次電子や、イオン化工程に伴い発生する光が全圧測定用集イオン電極に照射されることにより発生する二次電子が、分圧測定用集イオン電極に到達し、質量スペクトルのベースラインを低下させる問題がある。これは、質量分析計のイオンが正の荷電粒子であり、それが分圧測定用集イオン電極に到達すると、正の電流が流れ、その電流の大きさを気体分圧に換算するが、二次電子つまり負の荷電粒子が分圧測定用集イオン電極に到達すると、負の電流が流れ、正イオンや脱励起光によって流れる正の電流と打ち消しあってベースラインを低下させることとなる。
ここで、ベースラインは測定対象の気体の種類や量に関わらず、分圧測定用集イオン電極に流れてしまう電流を指す。ベースラインはゼロであることが望ましいが、様々な状況でベースラインは変化する。したがって、ベースラインが全ての質量電荷比m/zに亘って一定量変化するのであれば、相対的な電流値の変化を測定することが可能となる。逆に、質量電荷比m/zに応じてベースラインの変化が異なると、測定が困難となる。
【0008】
このベースライン低下の問題は、圧力が高くなるに伴い、全圧測定用集イオン電極の表面にイオンが衝突する頻度が高くなり、また、イオン化頻度が高まることに起因して発生する。つまり、この問題は圧力が高いときに顕著に表れる。その例を、図11および図12に示す。図11および図12は、全圧測定用集イオン電極としてステンレスの板を用いた場合に、それぞれ0.005Paおよび0.5Paのアルゴンを測定したときの質量スペクトルである。アルゴンが0.005Paのときは、アルゴン(m/z=40)に起因するピーク以外の部分(以下、ベースラインという)で質量スペクトルは略平らであるが、アルゴンが0.5Paのときは、質量電荷比m/z=1〜20、m/z=26.35付近などでベースラインが局所的に低下している。これは、圧力が高くなるに伴い、上述した二次電子の発生量が増加したことを示している。
【0009】
上述の問題の解決にあたり、高精度の圧力測定を行い、かつ高精度のガス分析も同時に行うことができる四重極質量分析計が示されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−266854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上述の特許文献1の質量分析計は、ワイヤー状のコレクタを用いているため、質量分離部へのイオンの引き出し効率を低下させる虞がある。つまり、分圧感度が低下するという虞がある。これを解決するには、分圧測定を行う際に、ワイヤーコレクタを一時的にグリッド電極(アノード電極)と同電位にする必要があると共に、微小電流の計測を阻害するようなノイズおよび漏れ電流が発生しないようにする必要があり、手間がかかる。さらに、ワイヤーコレクタは、変形しやすく、組立て時やイオン源交換時の取り扱いに注意が必要である。つまり、ワイヤーコレクタが変形すると、全圧/分圧感度低下の原因になる。
【0011】
そこで、本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、高精度な全圧および分圧測定を容易に実現することができる質量分析計を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載した発明は、被測定ガスの分子をイオン化するイオン源と、前記イオン源で生成されたイオンの進路を質量電荷比ごとに決定する質量分離部と、前記質量分離部を通過した特定の質量電荷比のイオンを捕捉する分圧測定用集イオン電極とを備えた質量分析計であって、前記イオン源を挟んで前記質量分離部の反対側に、前記イオン源で生成された全種類のイオンを捕捉する全圧測定用集イオン電極を設け、前記全圧測定用集イオン電極が板状に形成され、かつ開口が形成されていることを特徴とする。
このように構成することで、全圧測定用集イオン電極の外径を小さくしなくても、開口を形成することで全圧測定用集イオン電極の表面積を小さくすることができる。これにより、ベースラインが低下する問題を軽減しつつ、開口部を設けない場合と略同等に、イオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することができ、外形を小さくした場合に比べて、全圧感度を高くすることができる。また、全圧測定時に、感度がイオン源内の電極間の電位の微妙な調整や圧力領域で変化することを防ぐことができる。さらに、全圧測定用集イオン電極を板状としたことで、組立て時やイオン源交換時に変形しにくくなるため、全圧/分圧感度の低下を引き起こすことなく、安定した測定を行うことができる。
【0013】
請求項2に記載した発明は、前記開口による前記全圧測定用集イオン電極の開口率が40%以上であることを特徴とする。
このように構成することで、全圧測定用集イオン電極で発生する二次電子を低減することが可能になり、二次電子が分圧測定用集イオン電極に到達して質量スペクトルのベースラインを低下させるのを抑制することができる。したがって、質量スペクトルを安定させることができる。
【0014】
請求項3に記載した発明は、前記開口の一つ当たりの面積が1mm2以下であることを特徴とする。
このように構成することで、イオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが可能になり、全圧感度を高くすることができる。
【発明の効果】
【0015】
全圧測定用集イオン電極の表面積を小さくすることは、開口部を設けずに外径を小さくすることでも可能であるが、そのような場合はイオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが困難となり、全圧感度が低下する。したがって、全圧測定用集イオン電極の外径を小さくすることなく、開口を形成して表面積を小さくすることで、外形を小さくした場合に比べて、全圧感度を高くすることができる。
また、全圧測定用集イオン電極を板状としたことで、組立て時やイオン源交換時に変形しにくいため、全圧/分圧感度の低下を引き起こすことがなくなる。
また、上述した二次電子の発生原因から、全圧測定用集イオン電極の面積が大きくなるほど二次電子の放出面が増えることになる。したがって、二次電子の放出量も増加し、分圧測定における質量スペクトルのベースライン低下を引き起こしやすくなる。そのため、全圧集イオン電極の表面積を小さくする、すなわち開口率が高いほど質量スペクトルを安定させることができ、分圧測定に有利となる。
また、一つ当たりの開口の面積が大きくなるにつれて、イオン化室からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが困難となり、全圧感度が低下する。したがって、一つ当たりの開口が小さいほど全圧感度を高くすることができる。
よって、高精度の全圧測定を行い、かつ高精度の分圧測定(ガス分析)を容易に行うことができる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明の実施形態を図1〜図7に基づいて説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の縮尺を適宜変更している。
図1に示すように、質量分析計11は、四極子形質量分析計10と全圧測定用集イオン電極8とを備えている。四極子形質量分析計10は、電子源であるカソード電極1と、カソード電極1に対して正の電位に制御された略円筒状のアノード電極2と、アノード電極2で区切られたイオン化室3と、イオン化室3で生成されたイオンの一部を質量分離部5へと導く引き出し電極4と、質量分離部5に格子状に対称かつ平行に配置された四本の棒状電極6と、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが到達する分圧測定用集イオン電極7とを備えて構成されている。また、アノード電極2の軸方向の近傍で、引き出し電極4が設けられている側の反対側に全圧測定用集イオン電極8が設けられている。
【0017】
カソード電極1は、略円筒状のアノード電極2の円周面を略半周強程度囲うように線状に形成されている。
アノード電極2は、グリッド状に形成されており、その内部はイオン化室3として構成され、アノード電極2の一端の近傍には引き出し電極4が配置され、他端の近傍には全圧測定用集イオン電極8が配置されている。
なお、イオン源9は、カソード電極1、アノード電極2、イオン化室3および引き出し電極4とで構成されている。
【0018】
質量分離部5は、四本の棒状電極6が格子状に対称かつ平行に配置された形状をしており、対向に位置する棒状電極6が同電位となるように配線されている。二対の棒状電極6には、同じ大きさで正負が逆の直流電圧Uと位相が180度異なる交流電圧Vcosωtとが重畳した電圧が印加される(+U+Vcosωtおよび−U−Vcosωt)。UおよびVの大きさによって、イオン源(カソード電極1およびアノード電極2)から棒状電極6の一端に入射したイオンのうち、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが入射側と反対の位置にある分圧測定用集イオン電極7まで到達し、そのイオン数に応じたイオン電流が検出されるように構成されている。それ以外のイオンは、棒状電極6に衝突するか、棒状電極6より外側の空間に導かれる。
【0019】
また、直流電圧Uと交流電圧Vの比を一定に保ちながら、それらの電圧の大きさを変化させることで、分圧測定用集イオン電極7に到達するイオンの種類をその質量と電荷の比に応じて選別することができるように構成されている。
【0020】
図2に示すように、全圧測定用集イオン電極8は、略円形の板状部材で形成されている。また、全圧測定用集イオン電極8には、略メッシュ状に開口21が複数形成されている。
さらに、分圧測定用集イオン電極7および全圧測定用集イオン電極8は、図示しない電流計に接続されている。
【0021】
次に、作用について説明する。
質量分析計11は、図示しない真空装置内に収容されており、真空装置内を図示しない真空ポンプなどにより排気し、四極子形質量分析計10を動作させられる圧力以下にする。その後、電子源であるカソード電極1からアノード電極2に向けて電子を放出する。また、カソード電極1およびアノード電極2をある一定の電位に設定すると、ある一定の割合でイオンが生成される。
【0022】
全圧測定を行う場合は、全圧測定用集イオン電極8に到達したイオンにより発生するイオン電流をイオン電流検出器によって検出し、その大きさが通常では気体分子密度と比例することから、気体分子の密度に比例する気体圧力を知ることができる。
また、分圧測定を行う場合は、イオン化室3で生成されたイオンの一部が、引き出し電極4により質量分離部5に導入され、イオンの質量と電荷の比によって分離され、分圧測定用集イオン電極7に目的のイオンのみが到達する。到達したイオンにより発生するイオン電流をイオン電流検出器により検出することで分圧測定を行う。
【0023】
つまり、質量分析計11において、幾何学的な構造によって分離されない単一のイオン化室3で、全圧を測定するためのイオンと、分圧を測定するためのイオンの両方を生成することができる。
【0024】
(実施例)
次に、質量分析計11を用いて測定を行う場合について説明する。
アノード電極2の形状は直径7.5mm、高さが12mmの円筒形状のものでモリブデンのメッシュで構成したものを採用する。また全圧測定用集イオン電極8は、直径が7mmの円板で、一辺1mmの正方形になるように開口21を複数設け、各開口21を形成している線22の幅は0.1mmとしている。つまり、開口21の一つ当たりの面積は1mm2であり、開口率は約83%である。ここで、開口率とは、全圧測定用集イオン電極8に開口21が形成される前の面積に対して、開口21を形成した場合の開口の面積の割合をいう。また、イオン化室3と全圧測定用集イオン電極8との距離は2mmとしている。さらに、分圧測定用集イオン電極7は接地電位とし、アノード電極2およびカソード電極1は、接地電位に対してそれぞれ+60V、+20Vに設定し、電子電流は、0.4mAで一定となるように調整している。
【0025】
上述の構成の質量分析計11を用いて、0.005Paおよび0.5Paのアルゴンを測定して得られた質量スペクトルをそれぞれ図3および図4に示す。
図4では、図12に見られるような、質量スペクトルのベースライン低下がほとんど見られなくなっていることが分かる。
【0026】
また、図5および図6は、全圧測定用集イオン電極8の開口21の一つ当たりの面積を0.16mm2とし、開口率を約64%とした場合に、同じく0.005Paおよび0.5Paのアルゴンを測定して得られた質量スペクトルを示したものである。図6と図4を比較すると、開口率が約64%であった場合より開口率が約83%であった場合の方が、質量スペクトルのベースライン低下が改善されていることが分かる。
【0027】
図7は、開口率とベースラインの低下量との関係を示したグラフである。開口率40%を境にして、ベースラインの低下量が減少しているのが分かる。つまり、開口率を大きくするほど、ベースラインが安定することとなる。したがって、開口率としては40%以上が好ましいが、開口率が0の場合よりベースラインの低下量が1/10以下となる開口率70%以上がより好ましい。なお、このグラフの開口面積は一定ではなく、0mm2(開口率0%)〜1mm2(開口率84%)である。
【0028】
なお、開口21の一つ当たりの面積は小さければ小さいほど全圧感度が高くなるが、その下限は製作技術で制約され、開口率を80%以上得るには、一般的な加工(フォトエッチング加工)では、開口21の一つ当たりの面積は0.5mm2程度が下限となる。
また、開口21の一つ当たりの面積を1mm2以下にしようとすると、製造技術的に開口率の上限は90%程度となる。
【0029】
さらに、図8に示すように、本実施例での全圧感度は、開口部面積が1mm2であるため、約1.6×10−6(A/Pa)であり、全圧測定用集イオン電極8に開口21を設けない場合(開口面積0mm2)の感度、約1.9×10−6(A/Pa)と略同等の感度が得られている。なお、このグラフの開口率は一定ではなく、0%(開口面積0mm2)〜91%(開口面積4mm2)である。全圧感度は、形成された電場に依存するため、開口率には依存しない。これは、開口率が変化しても、マクロ的に見れば電場は大きく変化しないためである。
【0030】
本実施形態によれば、電子源であるカソード電極1と、カソード電極1に対して正の電位に制御された略円筒状のアノード電極2と、アノード電極2で区切られたイオン化室3と、イオン化室3で生成されたイオンの一部を質量分離部5へと導く引き出し電極4と、質量分離部5に配置された四本の棒状電極6と、ある特定の質量と電荷の比を持つイオンのみが到達する分圧測定用集イオン電極7とを備えた四極子形質量分析計10に、アノード電極2の軸方向の近傍で、引き出し電極4が設けられている側のアノード電極2を介した反対側に全圧値を得るための全圧測定用集イオン電極8を設け、全圧測定用集イオン電極8を板状に形成し、かつ開口21を複数形成した質量分析計11とした。
【0031】
このように構成することで、全圧測定用集イオン電極8の外形寸法を小さくすることなく、表面積を小さくすることができるため、イオン化室3からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することができ、外形を小さくした場合に比べて、全圧感度を高くすることができる。
また、全圧測定用集イオン電極8を引き出し電極4と質量分離部5との間に設けるのではなく、アノード電極2を介して引き出し電極4と反対側に設けたことにより、全圧測定時に、全圧感度がイオン源内の電極間の電位の微妙な調整や圧力領域で変化することを防ぐことができる。
さらに、全圧測定用集イオン電極8を板状にしたため、ワイヤー状のものと比較して、質量分離部5へのイオンの引き出し効率を、手間をかけずに向上させることができると共に、ワイヤー状のものと比較して、変形しにくいため、組立て時やイオン源交換時の取り扱いが容易になると共に、全圧/分圧感度の低下を引き起こすことなく確実に全圧/分圧測定を行うことができる。
【0032】
また、開口21を複数設け、全圧測定用集イオン電極8の開口率を40%以上(実施例では約83%)としたため、質量スペクトルを安定させることができる。これは、上述した二次電子の発生原因から、全圧測定用集イオン電極8の面積が大きくなるほど二次電子の放出面が増えることになり、二次電子の放出量が増加し、分圧測定における質量スペクトルのベースライン低下を引き起こしやすくなる。そのため、全圧測定用集イオン電極8の表面積を小さくする、すなわち開口率が高いほど質量スペクトルを安定させることができる。
【0033】
さらに、開口21の一つ当たりの面積を1mm2以下(実施例では1mm2)としたため、イオン化室3からイオンを引き出して収集するために十分な電場を形成することが可能となり、全圧感度を高くすることができる。
したがって、上述の質量分析計11を用いれば、高精度の全圧測定を行い、かつ高精度の分圧測定(ガス分析)を容易に行うことができる。
【0034】
尚、本発明の技術範囲は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上述した実施形態に種々の変更を加えたものを含む。すなわち、実施形態で挙げた具体的な材料や構成等は一例にすぎず、適宜変更が可能である。
例えば、本実施形態における、全圧測定用集イオン電極の構成や形状寸法などは上述と略同等の性能を発揮するものであれば適宜変更してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施形態における質量分析計の概略構成図である。
【図2】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極の平面図である。
【図3】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が83%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.005Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図4】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が83%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.5Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図5】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が64%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.005Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図6】本発明の実施形態における全圧測定用集イオン電極に、一つ当たり1mm2の開口を開口率が64%となるように複数設けた場合に、アルゴン0.5Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図7】本発明の実施形態における開口率とベースライン低下量との関係を示すグラフである。
【図8】本発明の実施形態における開口部一つ当たりの面積と全圧感度の関係を示すグラフである。
【図9】従来の四極子形質量分析計の概略構成図である。
【図10】従来の電離真空計の概略構成図である。
【図11】全圧測定用集イオン電極に開口部を設けなかった場合に、アルゴン0.005Paを測定したときの質量スペクトルである。
【図12】全圧測定用集イオン電極に開口部を設けなかった場合に、アルゴン0.5Paを測定したときの質量スペクトルである。
【符号の説明】
【0036】
1…カソード電極 2…アノード電極 3…イオン化室 4…引き出し電極 5…質量分離部 6…棒状電極 7…分圧測定用集イオン電極 8…全圧測定用集イオン電極 9…イオン源 10…四極子形質量分析計 11…質量分析計 21…開口
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定ガスの分子をイオン化するイオン源と、前記イオン源で生成されたイオンの進路を質量電荷比ごとに決定する質量分離部と、前記質量分離部を通過した特定の質量電荷比のイオンを捕捉する分圧測定用集イオン電極とを備えた質量分析計であって、
前記イオン源を挟んで前記質量分離部の反対側に、前記イオン源で生成された全種類のイオンを捕捉する全圧測定用集イオン電極を設け、
前記全圧測定用集イオン電極が板状に形成され、かつ開口が形成されていることを特徴とする質量分析計。
【請求項2】
前記開口による前記全圧測定用集イオン電極の開口率が40%以上であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項3】
前記開口の一つ当たりの面積が1mm2以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析計。
【請求項1】
被測定ガスの分子をイオン化するイオン源と、前記イオン源で生成されたイオンの進路を質量電荷比ごとに決定する質量分離部と、前記質量分離部を通過した特定の質量電荷比のイオンを捕捉する分圧測定用集イオン電極とを備えた質量分析計であって、
前記イオン源を挟んで前記質量分離部の反対側に、前記イオン源で生成された全種類のイオンを捕捉する全圧測定用集イオン電極を設け、
前記全圧測定用集イオン電極が板状に形成され、かつ開口が形成されていることを特徴とする質量分析計。
【請求項2】
前記開口による前記全圧測定用集イオン電極の開口率が40%以上であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項3】
前記開口の一つ当たりの面積が1mm2以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析計。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−186765(P2008−186765A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−20982(P2007−20982)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】
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