説明

質量分離電磁石

【課題】構造が簡単であり、磁石の小型・軽量化を図ることができ、広い範囲に均一磁場領域を発生させることができ、ビーム厚さ方向寸法の大きいイオンビームにも対応できる質量分離電磁石を提供する。
【解決手段】本発明の質量分離電磁石17における偏向用コイル20は、イオンビーム1の長方形断面の長手方向に配置された複数のコイル21,22,23からなる。各コイルは、湾曲形状を描くイオンビーム軌道の内側に配置された内側コイル部20aと、イオンビーム軌道の外側に配置された外側コイル部20bとからなる。導入位置Aと導出位置Bとの間の途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bの間隔は、導入位置A及び導出位置Bにおける間隔よりも広い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームを半導体基板やガラス基板などに照射してイオン注入を行なうイオン注入装置において、イオンビームを質量分離するための質量分離電磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体基板や液晶パネル用ガラス基板に薄膜トランジスタ(TFT)を形成する工程において、シリコン又はシリコン薄膜に不純物を注入するイオン注入を行なうために、イオン注入装置が用いられる。基板に注入するイオン種は、リン(P)やボロン(B)などがあり、これらを含む原料ガスをイオン源に供給してプラズマ化し、プラズマ中から引き出して加速した断面長方形状のリボン状のイオンビームを基板に照射してイオン注入を行なう。
【0003】
上記の原料ガスはホスフィン(PH)やジボラン(B)などを水素で希釈したものを使用するため、イオン源から引き出したイオンビームをそのまま基板に注入すると、注入すべきPイオン種(PHx)やBイオン種(BHx、BHx)などの他に、水素イオンなどの不必要なイオン種が注入される。このように不必要なイオン種を取り除くため、イオン源から引き出したイオンビームを質量分離することによって所望のイオン種を選別して基板に照射するようにした質量分離型イオン注入装置が知られている(例えば、下記特許文献1〜3参照)。
【0004】
この種の質量分離型イオン注入装置は、イオン源から引き出されたイオンビームを偏向して通過させる質量分離電磁石と、この電磁石を通過したイオンビームを受けるスリットを備えている。
イオンは一様な磁場中を移動するとき、その電荷・質量・速度・磁場強度によって決まる曲率半径で回転運動を行なうので、質量分離電磁石中にイオンビームを通過させ、通過後に所望のイオン種が到達すると予測される軌道上にスリットを配置することによって、イオン種の質量分離を行なうことができる。
【0005】
【特許文献1】特開2004−192905号公報
【特許文献2】特開2005−327713号公報
【特許文献3】特開2004−152557号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
質量分離型イオン注入装置は、半導体製造用として以前から多く製造されていた。半導体製造用では、基板サイズが高々300mm程度であり、直径数十mmのビームをスキャンして、基板全体にイオン注入を行なっていた。したがって、半導体製造用では、直径数十mmのビームに対応する比較的狭い領域で均一磁場を発生させればよいため、電磁石のサイズも比較的小さかった。
【0007】
一方、イオン注入工程を必要とする液晶パネル用のガラス基板は、現在、最大で730mm×920mmのものがある。このような基板に対してイオン注入を行なう場合、通常、イオンビームを基板の長辺方向にスキャンするため、上記サイズの基板の場合、イオンビームの幅方向(ビーム断面の長手方向)の大きさは、730mm以上必要である。このため、質量分離電磁石に必要な均一磁場領域が大きくなり、電磁石の大きさが数メートル・数十トン級となってしまう。そこで、電磁石の小型・軽量化や磁場の微調整を行なえるように、上記特許文献において種々の提案がなされている。
【0008】
特許文献1,2では、比較的均一な磁場を形成する方法として、電磁石の磁極を可動型の多極磁極として磁極形状を最適化することが提案されている。しかしながら、磁極は電磁軟鉄からなり重量としては数百kgになり、そのような磁極を数mmの精度で動かして磁場を調整する必要があるため、駆動機構を構成することが難しいと同時にコストが嵩んでしまうという問題がある。また、質量分離電磁石の真空容器は、磁極部分で真空シールする場合が多く、磁極が可動する構成とした場合、真空漏れ対策も難しくなる。
【0009】
また、特許文献3では、平面視が扇型レーストラック型の空芯コイルが垂直方向に複数配置された構成とし、それぞれのコイルに適当な励磁電流を流すことにより均一な磁場が得られ、かつ小型・軽量な分析電磁石が提案されている。さらに、特許文献3では、ビームを囲むようにヨークを設け、ビームの上下側に一対のポールを設けることで、各コイルの起磁力を低減でき、縦方向(垂直方向)の磁場均一性を高めることができると述べている。しかしながら、ポールを設置することによって起磁力は低減できるが、液晶製造用の断面長方形状の細長いビームに対応するためポール間距離を長く取ると、ポールからの漏れ磁場の影響が否めない。すなわち、ポール間の均一磁場中心付近に比べてポール近傍の磁場が強くなることにより、均一磁場領域が減少する。これを回避するためには、ポール間距離をさらに長く取ればよいが、これでは磁石の小型・軽量化に相反してしまう。
【0010】
イオンビームをガラス基板に照射するとき、ビーム厚さ方向(ビーム断面の短手方向)に基板を移動させながらビームを照射するため、ビーム厚さ方向寸法に関わらず基板全体に照射できる。ビーム厚さ方向寸法が大きいほうが、大きなビーム電流が得られるため、生産性向上に対して有利である。従って、ビーム厚さ方向寸法が大きく且つ電流密度均一性が高いイオンビームを得るためには、ビーム厚さ方向にも広い領域に均一磁場を発生させる必要がある。
【0011】
本発明は、上述した問題に鑑みてなされたものであり、構造が簡単であり、磁石の小型・軽量化を図ることができ、広い範囲に均一磁場領域を発生させることができ、ビーム厚さ方向寸法の大きいイオンビームにも対応できる質量分離電磁石を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するため、本発明の質量分離電磁石は、以下の手段を採用する。
(1)本発明は、イオン注入装置におけるイオン源と処理室との間のイオンビームの経路上に配置され、前記イオン源側から導入される断面長方形状のイオンビームをその厚さ方向に偏向して質量分離し所望のイオン種を含むイオンビームを導出する質量分離電磁石であって、前記イオンビームを偏向するための磁場を発生させる偏向用コイルを備え、該偏向用コイルは、前記イオンビームの導入位置から導出位置まで延びた形状を有するとともに前記イオンビームの長方形断面の長手方向に配置された複数のコイルからなり、該各コイルは、湾曲形状を描くイオンビーム軌道の内側に配置された内側コイル部と、前記イオンビーム軌道の外側に配置された外側コイル部とを有し、前記導入位置と前記導出位置との間の途中位置における前記内側コイル部と前記外側コイル部の間隔は、前記導入位置及び前記導出位置における前記間隔よりも広い、ことを特徴とする。
【0013】
本発明によれば、コイルが内側コイル部と外側コイル部とを有し、これらがイオンビームの長方形断面の長手方向(幅方向)に複数配置されているので、各コイルに適当な励磁電流を流すことにより内側コイル部と外側コイル部の間にビーム幅方向の均一磁場を発生させることができる。このような構成によれば、可動磁極を設けることなく、簡単な構造で均一磁場を発生させることができる。
また、イオンビームの導入位置及び導出位置よりも内側コイル部と外側コイル部の間隔が広い途中位置において、ビーム厚さ方向にも広い領域に均一磁場を発生させることができ、ビーム厚さ方向の寸法が大きいイオンビームにも対応することができる。ビーム厚さ方向寸法を大きくすると、同じ電流密度であっても大きなビーム電流値が得られるため、基板一枚あたりのイオン注入時間を短縮することができ、結果として生産性を高めることができる。また、途中位置のみを広げたので、小型・軽量を保持しつつ均一磁場領域を広くできる。
【0014】
(2)また、上記の質量分離電磁石において、前記内側コイル部は、前記導入位置から前記導出位置まで直線的に延びた形状又は前記導入位置から前記導出位置に至る間にイオンビームの偏向方向に一回又は複数回屈曲する形状を有し、前記外側コイル部は、前記導入位置から前記導出位置に至る間にイオンビームの偏向方向に一回又は複数回屈曲する形状を有する。
【0015】
内側コイル部と外側コイル部を上記のような形状に形成することにより、途中位置における両コイルの間隔が広くなるコイルを容易に構成することができる。
【0016】
(3)また、上記の質量分離電磁石において、前記導入位置と前記導出位置からほぼ等距離の位置で前記途中位置における前記間隔が最も広くなる。
【0017】
ビーム幅方向に広い磁場発生領域を持つ質量分離電磁石では、イオンビームの導入位置(入口)と導出位置(出口)からほぼ等距離の位置(中心付近)で磁場強度が最大となる。このため、この位置での磁場均一性は、質量分離された後のイオンビームの電流密度均一性に大きく影響する。本発明では、イオンビームの導入位置と導出位置からほぼ等距離の位置において、内側コイル部と外側コイル部の間隔が最も広くなるので、磁場強度が最大となる位置の磁場均一性を高めることができる。したがって、質量分離されたイオンビームの電流密度均一性を効果的に高めることができる。
【0018】
(4)また、上記の質量分離電磁石において、前記内側コイル部と外側コイル部は、前記導入位置及び前記導出位置において互いの両端部が連結されており、前記複数のコイルのうち少なくとも1つはその両端部がイオンビーム軌道を避けるように屈曲した形状を有している。
【0019】
このように内側コイル部と外側コイル部とで一体のコイル路が形成されるので、それぞれ別々にコイル路を形成する場合と比較して、発生する磁場を有効利用できると同時にコイルを小型・軽量化できる。
コイルの両端部がイオンビーム軌道を避けるように屈曲した形状を有しているので、内側コイル部と外側コイル部とを連結した場合でも、コイル両端部とイオンビームとの干渉を回避することができる。
【0020】
(5)また、上記の質量分離電磁石において、前記イオンビーム軌道とともに前記コイルを囲み断面が枠型のヨークを備え、該ヨークの前記イオンビームの前記幅方向両側部分にはイオンビーム軌道側に突出するポールが設けられていない。
【0021】
このようにヨークを備えることにより、ビーム軌道上の磁場強度を強くすることができるので、コイルの起磁力を低減することができる。
また、ヨークにポールを設けないことにより、ポール間の均一磁場中心付近に比べてポール近傍の磁場が強くなることに起因する均一磁場領域の減少を回避することができる。したがって、ポール間距離を長く取る必要が無いので、磁石の小型・軽量化を保ちつつ均一磁場領域を広げることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の質量分離電磁石によれば、構造が簡単であり、磁石の小型・軽量化を図ることができ、広い範囲に均一磁場領域を発生させることができ、ビーム厚さ方向寸法の大きいイオンビームにも対応できるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の好ましい実施形態を添付図面に基づいて詳細に説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0024】
以下、本明細書では、イオンビーム進行方向に垂直な断面を「イオンビームの断面」又は単に「ビーム断面」と呼ぶ。ビーム断面の長手方向の寸法を「イオンビームの幅」と呼ぶ。ビーム断面の短手方向の寸法を「イオンビームの厚さ」と呼ぶ。
また、本明細書において、断面長方形状とは、断面が長方形に近い、あるいは断面が長方形のような形状をも含む概念であり、完全な長方形のみを意味するものではない。
【0025】
図1及び図2は、本発明の質量分離電磁石17を備えたイオン注入装置10の構成を示す図であり、図1は平面図、図2は側面図である。
このイオン注入装置10において、処理対象となる基板3は、半導体基板3、液晶パネル用のガラス基板等である。本実施形態において、基板3は長方形状をなし、例えば、短片寸法W1は730mmであり、長辺寸法W2は920mmである。だたし、基板形状は、長方形に限られず、正方形や円形であってもよい。
【0026】
イオン注入装置10は、イオン源12、引出し電極系15、質量分離電磁石17、分離スリット27、処理室19等から構成されている。
イオン源12は、基板3に注入すべき所望のイオン種を含むプラズマ13を発生させる。基板3に注入すべきイオン種としては、PイオンやBイオンなどがある。これらの原料となる原料ガスが図示しない原料ガス供給装置からイオン源12に供給されるようになっている。このイオン源12では、図示しないフィラメントにより熱電子を発生させ、供給された原料ガスの分子を電離させて所望のイオン種を含むプラズマ13を発生させる。
【0027】
イオン源12にて発生した所望のイオン種を含むプラズマ13は、イオン源12の出口側に配置された引出し電極系15によって、断面長方形状のリボン状のイオンビーム1として引き出される。
このイオンビーム進行方向に垂直な断面の長手方向の寸法は、基板3の短辺寸法W1よりも大きい。短辺寸法が730mmの場合、上記の長手方向の寸法は730mm以上となる。
【0028】
イオン源12から引き出されたイオンビーム1は質量分離電磁石17に導入される。質量分離電磁石17は、その内部にビーム進行方向と垂直な磁場を形成するものであり、本実施形態では、図2の矢印Bの方向に磁場を形成する。このように構成された質量分離電磁石17は、図1に示すように、イオン源12から引き出されたイオンビーム1をその厚さ方向側に曲げて質量分離し所望のイオン種を含むイオンビーム1を導出する。
【0029】
イオンビーム1が質量分離電磁石17の磁界中を通過するとき、イオンビーム1に含まれる各イオン種は、その電荷・質量・速度・磁場強度に依存した曲率半径で回転運動を行うので、通過後に所望のイオン種が到達すると予測される軌道上に、質量分離電磁石17からのイオンビーム1を受けて所望のイオンを選別して通過させるスリット27が配置されている。
【0030】
処理室19内には、基板3を保持しながら基板3を図の矢印Cの方向に移動させる基板ステージ28が設置されている。基板ステージ28は図示しない駆動装置によって往復駆動される。本実施形態において矢印Cはスリット27を通過したイオンビーム1の厚さ方向と同じ方向である。このように基板3を移動させながら基板3の短辺寸法W1よりも幅広のイオンビーム1を照射することにより、基板3の全面にイオンビーム1を照射してイオン注入を行なうことができる。
【0031】
イオン源12と処理室19との間のイオンビーム1の経路は、真空容器26によって囲まれている。イオン源12と真空容器26、真空容器26と処理室19は、それぞれ互いに気密に接続されており、図示しない真空ポンプにより、内部が真空排気されるようになっている。
【0032】
このイオン注入装置は、さらに、イオンモニタ29と、ビームプロファイルモニタ40と、制御装置38とを備えている。
イオンモニタ29は、スリット27のイオンビーム1進行方向下流側に配置され、スリット27を通過したイオンビーム1を受けて、このイオンビーム1に含まれるイオン種の種類及びその割合を測定する。このイオンモニタ29は、例えば、電磁石と1つ又は複数のファラデーカップを用いた質量分析方式のものでよく、その他の公知の手段を用いたものであってもよい。
【0033】
本実施形態におけるイオンモニタ29は、X方向(イオンビーム1の厚さ方向と同一)には移動しないが、イオンビーム1の厚さに十分対応できるようになっている。さらに、このイオンモニタ29は、図示しない駆動装置によって、図のY方向(イオンビーム1の幅方向と同一)に往復移動可能に構成されている。この構成により、イオンビーム1の幅方向の任意の位置の一定範囲において、そこに含まれるイオン種の種類及びその割合を測定することができる。
なお、本実施形態では、イオンモニタ29は、基板ステージ28の背面側に配置されているが、スリット27よりもイオンビーム進行方向下流側であれば、基板ステージ28の前面側に配置されてもよい。
【0034】
ビームプロファイルモニタ40は、質量分離電磁石17よりもイオンビーム1進行方向下流側に配置され、イオンビーム1を受けて、このイオンビーム1の断面形状及び電流密度分布を測定するものである。ビームプロファイルモニタ40は、例えば、図1に示すようなファラデーカップアレイ40Aであってよい。このファラデーカップアレイ40Aは、イオンモニタ29の背面側に配置されている。ファラデーカップアレイ40Aは、イオンビーム1の幅方向及び厚さ方向に渡って複数(多数)のファラデーカップを配置したものである。複数のファラデーカップはイオンビーム1の断面形状よりも大きい範囲に渡って併設されている。
【0035】
このように構成されたファラデーカップアレイ40Aにより、イオンビーム1を受けて、このイオンビーム1の断面形状と電流密度分布を測定することができる。なお、ファラデーカップアレイ40Aによる測定の際は、ファラデーカップアレイ40Aへのイオンビーム1の照射の邪魔にならない位置に基板ステージ28が移動する。
また、図2では、ファラデーカップアレイ40Aによる測定を行なう際に、ファラデーカップアレイへ40Aのイオンビーム1の照射の邪魔にならないよう、イオンモニタ29が破線で示す位置まで退避できるようになっている。
【0036】
制御装置38は、ビームプロファイルモニタ40とイオンモニタ29からの測定情報に基づいて、所望の質量分離分解能が得られるようにスリット27を制御する。また、制御装置は、コイル用電源39a,39b,39cを制御し、質量分離電磁石17における後述するコイル21,22,23に流す励磁電流を調整する。
【0037】
上記のように構成されたイオン注入装置10では、イオン源12から引き出した所望のイオン種を含むイオンビーム1を、質量分離電磁石17によって質量分離し、スリット27により所望のイオン種を選別して通過させて処理室19まで導き、このイオンビーム1を処理室19内の基板3に照射してイオン注入を行なうようになっている。
【0038】
本実施形態の質量分離電磁石17について、より詳しく説明する。
図3に、質量分離電磁石17の構成を示す。図において、(A)はイオンビーム1の導入位置A(図5参照)付近における側面断面図であり、(B)は(A)における3B−3B断面図である。(A)及び(B)では、イオンビーム軌道中心Sより上側の部分のみ示しており、下側の部分は上側部分と対象に構成されているため図示を省略する。(A)の白抜矢印はビーム進行方向を示している。
【0039】
図3に示すように、この質量分離電磁石17は、イオンビーム1を偏向するめの磁場を発生させる偏向用コイル20を備える。この偏向用コイル20は、イオンビーム1の導入位置Aから導出位置Bまで延びた形状を有する(図5参照)とともにイオンビーム1の長方形断面の長手方向(ビーム幅方向=図3で上下方向)に配置された複数のコイルからなる。本実施形態では、偏向用コイル20は、イオンビーム軌道中心を挟んで3対の計6本のコイルがイオンビーム1の幅方向に配置されている。これらのコイルは、1対を一組として各組ごとに独立に励磁電流を流すために、上述した3つのコイル用電源39a,39b,39c(図1参照)からそれぞれ励磁電流が供給される。この場合、制御装置38は、ビームプロファイルモニタ40からの測定情報に基づいて、所望のビーム形状及び電流密度均一性を得るのに最適な電流をコイルに流すようにコイル用電源39a,39b,39cを制御する。
【0040】
なお、本実施形態では、コイル23、コイル21、コイル22の順で起磁力が大きいが、これらの大小関係は、コイル数、各コイル間隔、要求される磁場仕様等に応じて最適に設定される。
また、コイル数は、本実施形態に示した数に限られるものではなく、要求される磁場仕様等に応じて適切な数に設定される。
【0041】
上記のように構成された質量分離電磁石17によれば、コイル21,22,23が内側コイル部20aと外側コイル部20bとからなり、これらがイオンビーム1の幅方向に複数配置されているので、各コイルに適当な励磁電流を流すことにより内側コイル部20aと外側コイル部20bの間にビーム幅方向の均一磁場を発生させることができる。このような構成によれば、可動磁極を設けることなく、簡単な構造で均一磁場を発生させることができる。
【0042】
また、本実施形態の質量分離電磁石17は、図3に示すように、イオンビーム軌道とともにコイルを囲むヨーク25を備えている。このようにヨーク25を備えることによりビーム軌道上の磁場強度を強くすることができるので、コイル21,22,23の起磁力を低減することができる。
このヨーク25において、イオンビーム1の幅方向両側部分にイオンビーム軌道側に突出するポール(磁極)を設けてもよいが、図3に示すように、そのようなポールを設けずに、窓枠型のような形状のヨーク25とすることが好ましい。このような構成の場合、ポール間の均一磁場中心付近に比べてポール近傍の磁場が強くなることに起因する均一磁場領域の減少を回避することができる。したがって、ポール間距離を長く取る必要が無いので、磁石の小型・軽量化を保ちつつ均一磁場領域を広げることができる。
【0043】
図4に、各コイル21,22,23の形状を模式的に示す。図4では図3と同様に、イオンビーム軌道中心より上側の部分のみ示している。
図4に示すように、各コイル21,22,23は、湾曲形状を描くイオンビーム軌道の内側に配置された内側コイル部20aと、イオンビーム軌道の外側に配置された外側コイル部20bとからなる。
【0044】
内側コイル部20aと外側コイル部20bは、それぞれ別々の巻線で構成されてもよく、すなわち、それぞれ別々にコイル路を形成してもよいが、図4に示すように、導入位置A及び導出位置Bにおいて互いの両端部が連結されているのが好ましい。図4の各コイル21,22,23では、連結部20cによって内側コイル部20aと外側コイル部20bとが互いに連結されている。
このように内側コイル部20aと外側コイル部20bとを連結すると、内側コイル部20aと外側コイル部20bとで一体のコイル路が形成されるので、それぞれ別々にコイル路を形成する場合と比較して、発生する磁場を有効利用できると同時にコイルを小型・軽量化できる。
【0045】
図3(B)に示すように、コイル22及びコイル23は、ビーム幅方向(図で上下方向)に関してイオンビーム1と重なる位置に配置されている。このため、本実施形態の質量分離電磁石17では、図4に示すように、コイル22,23の両端部(連結部20c)がイオンビーム軌道を避けるように屈曲した形状を有している。このように構成されているので、内側コイル部20aと外側コイル部20bとを連結した場合でも、コイル両端部とイオンビーム1との干渉を回避することができる。
【0046】
なお、コイル21は、図3(B)に示すように、イオンビーム1よりもビーム幅方向の外側に配置されているため、両端部がイオンビーム軌道を避けるように屈曲した形状を有する必要が無く、両端部(連結部20c)は内側コイル部20a及び外側コイル部20bと同一面内に設けられている。
【0047】
図5において、(A)はコイル21の平面形状を示し、(B)は従来(特許文献3)の扇形コイルの平面形状を示す。
図5(A)では、コイル21のみを示しているが、以下において説明する特徴点については、コイル22,23についても同様である。
図5(A)に示すように、コイル21において、導入位置Aと導出位置Bとの間の途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bの間隔は、導入位置A及び導出位置Bにおける間隔よりも広い。
【0048】
上記の途中位置を導入位置A及び導出位置Bにおける間隔よりも広くするための構成としては種々考えられるが、内側コイル部20aは、導入位置Aから導出位置Bまで直線的に延びた形状又は導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏向方向に一回又は複数回屈曲する形状を有し、外側コイル部20bは、導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏向方向に一回又は複数回屈曲する形状を有するのが好ましい。
内側コイル部20aと外側コイル部20bを上記のような形状に形成することにより、途中位置において間隔が広くなるコイルを容易に構成することができる。
【0049】
構成例の一つとして、図5(A)に示すコイル21では、内側コイル部20aは、導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏光方向に二回屈曲する形状を有している。言い換えれば、内側コイル部20aは、3つの直線部と2つの屈曲部とで構成されている。また、図5(A)では、外側コイル部20bは、導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏向方向に一回屈曲する形状を有している。言い換えれば、外側コイル部20bは、2つの直線部と1つの屈曲部とで構成されている。
図5(B)に示した扇形コイルに対して、コイル21は上記形状の内側コイル部20aと外側コイル部20bを有するので、多角形コイルとして構成されている。
【0050】
そして、図5(A)のコイル21において、内側コイル部20aの導入位置A側の直線部と外側コイル部20bの導入位置A側の直線部とが、平行であるか又はイオンビーム進行方向に向って間隔が拡大するように配置され、かつ、内側コイル部20aの導出位置B側の直線部と外側コイル部20bの導出位置B側の直線部とが、平行であるか又はイオンビーム1の進行方向に向って間隔が縮小するように配置されることにより、上記の途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bとの間隔を導入位置A及び導出位置Bよりも広くすることができる。
【0051】
図6(A)〜(D)にコイル形状の他の構成例を示す。
図6(A)において、外側コイル部20bは図5(A)のコイル形状と同じであるが、内側コイル部20aは、導入位置Aから導出位置Bまで直線的に延びた形状を有しており、途中位置おける内側コイル部20aと外側コイル部20bとの間隔が導入位置A及び導出位置Bよりも広くなっている。
【0052】
図6(B)では、外側コイル部20bは図5(A)のコイル形状と同じであるが、外側コイル部20bは、導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏向方向に一回屈曲する形状を有している。言い換えれば、内側コイル部20aは、2つの直線部と1つの屈曲部とで構成されている。そして、内側コイル部20aの導入位置A側の直線部と外側コイル部20bの導入側の直線部とが、イオンビーム進行方向に向って間隔が拡大するように配置され、かつ、内側コイル部20aの導出位置B側の直線部と外側コイル部20bの導出位置B側の直線部とが、イオンビーム1の進行方向に向って間隔が縮小するように配置されることにより、上記の途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bとの間隔を導入位置A及び導出位置Bよりも広くすることができる。
【0053】
図6(C)では、内側コイル部20aは、導入位置Aから導出位置Bまで直線的に延びた形状を有しており、外側コイル部20bは、導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏向方向に二回屈曲する形状を有している。言い換えれば、外側コイル部20bは、3つの直線部と2つの屈曲部とで構成されている。この場合も、上記の途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bとの間隔を導入位置A及び導出位置Bよりも広くすることができる。
【0054】
また、上記の構成例では、直線部と屈曲部で構成される例を示したが、図6(D)に示すように、内側コイル部20aは、導入位置Aから導出位置Bに至る間にイオンビーム1の偏向方向に二回屈曲する形状を有するが、外側コイル部20bは、イオンビーム軌道にほぼ沿う曲率で湾曲する形状を有してもよい。また、この場合、内側コイル部20aは、図6(A)と同様に、導入位置Aから導出位置Bまで直線的に延びた形状を有してもよい。いずれにしても、上記の途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bとの間隔を導入位置A及び導出位置Bよりも広くするために、種々のコイル形状を採用し得る。
【0055】
図7に、多角形コイル(図5(A))を巻いた電磁石(本発明)と、扇形コイル(図5(B))を巻いた電磁石(従来技術)について、各断面における平均磁場分布のコンピュータ解析結果を示す。X軸は電磁石入口(導入位置Aに相当)に対する位置を示す。原点は電磁石入口である。また、Y軸は各位置における、ビーム進行方向に対して垂直方向断面の平均磁場強度を示している。両電磁石共にそれぞれ同じコイル電流を流している。
電磁石はビームの出入口でそれぞれ、ビームの進行方向に漏れる磁場が大きくなるので、ビーム進行方向に沿って磁場強度を見てみると、図7のように電磁石の中心付近が最大となる。ビーム進行方向に対して、各断面で磁場強度が一様であればビーム中の全てのイオンは、その断面で同じ偏向半径で曲げられるので、入射したビームの均一性は保たれる。従って、各位置での断面の磁場均一性が良いほど電磁石から出てくるビームの均一性も良くなる。
【0056】
図8に扇形コイルを用いた場合、図9には多角形コイルを用いた場合の電磁石入口から各位置での磁場均一性についてのコンピュータ解析結果を示す。X軸は電磁石入口に対する位置を示し、Y軸は各位置での断面の磁場均一性を示す。パラメーターとして、断面の大きさはビーム軌道中心からビーム幅方向(図3で上下方向)に±390mm、ビーム厚さ方向(図3(B)で左右方向)には±25mm、±50mm、±100mm、±150mm、±200mmをそれぞれ考慮した。全ての場合で多角形コイルの方が扇形コイルよりも均一性が良くなっていることがわかる。特にビーム厚さ方向の領域が広くなるほど、扇形コイルと多角形コイルの磁場均一性の差が大きくなっていることが分かる。つまり、多角形コイルの方がビーム厚さ方向寸法の大きなビームを通過させても電流密度均一性の良いビームが得られることを示している。
【0057】
図10に扇形コイルの電磁石を通過したビームと、多角型コイルの電磁石を通過したビームの電流密度均一性の差(=多角型コイルの電磁石を通過したビームの電流密度均一性−扇形コイルの電磁石を通過したビームの電流密度均一性)を示す。図10から、電流密度均一性も全ての場合で多角形コイルの方が良く、ビーム厚さ方向寸法が大きいほど、ビーム電流密度均一性の差も大きくなっていることが分かる。
なお、図7から図10に関する上記の説明は、図5(A)のコイル形状だけでなく、途中位置における内側コイル部20aと外側コイル部20bとの間隔が、導入位置A及び導出位置Bよりも広い他のコイル形状についても妥当する。したがって、図6(A)〜(D)に示したコイル形状によっても同様の結果が得られると考えてよい。
【0058】
以上より、本実施形態の質量分離電磁石17によれば、イオンビーム1の導入位置A及び導出位置Bよりも内側コイル部20aと外側コイル部20bの間隔が広い途中位置において、ビーム厚さ方向にも広い領域に均一磁場を発生させることができ、ビーム厚さ方向の寸法が大きいイオンビーム1にも対応することができる。ビーム厚さ方向寸法を大きくすると、同じ電流密度であっても大きなビーム電流値が得られるため、基板一枚あたりのイオン注入時間を短縮することができ、結果として生産性を高めることができる。また、途中位置のみを広げたので、小型・軽量を保持しつつ均一磁場領域を広くできる。
【0059】
また上述したように、ビーム幅方向に広い磁場発生領域を持つ質量分離電磁石17では、イオンビーム1の導入位置A(入口)と導出位置B(出口)からほぼ等距離の位置(中心付近)で磁場強度が最大となる。このため、この位置での磁場均一性は、質量分離された後のイオンビーム1の電流密度均一性に大きく影響する。
したがって、図5(A)に示すように、イオンビーム1の導入位置Aと導出位置Bからほぼ等距離の位置Cにおいて、内側コイル部20aと外側コイル部20bの間隔が最も広くなるのが好ましい。このように構成した場合、磁場強度が最大となる位置の磁場均一性を高めることができるので、質量分離されたイオンビーム1の電流密度均一性を効果的に高めることができる。
【0060】
なお、上記において、本発明の実施形態について説明を行ったが、上記に開示された本発明の実施の形態は、あくまで例示であって、本発明の範囲はこれら発明の実施の形態に限定されない。本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の質量分離電磁石を備えたイオン注入装置の構成を示す平面図である。
【図2】本発明の質量分離電磁石を備えたイオン注入装置の構成を示す側面図である。
【図3】本発明の実施形態にかかる質量分離電磁石の構成を示す図である。
【図4】本発明の実施形態にかかる質量分離電磁石の各コイル形状の模式図である。
【図5】本発明の実施形態にかかる質量分離電磁石のコイルの平面形状を示す図である。
【図6】本発明の実施形態にかかる質量分離電磁石のコイル形状の他の構成例を示す図である。
【図7】扇形コイルと多角形コイルを用いた電磁石における平均磁場強度のコンピュータ解析結果を示す図である。
【図8】扇形コイルを用いた電磁石における磁場均一性のコンピュータ解析結果を示す図である。
【図9】多角形コイルを用いた電磁石における磁場均一性のコンピュータ解析結果を示す図である。
【図10】扇形コイルの電磁石を通過したビームと、多角形コイルの電磁石を通過したビームの電流密度均一性の差を示す図である。
【符号の説明】
【0062】
1 イオンビーム
3 基板
10 イオン注入装置
12 イオン源
13 プラズマ
15 引出し電極系
17 質量分離電磁石
19 処理室
20 偏向用コイル
20a 内側コイル部
20b 外側コイル部
20c 連結部
21,22,23 コイル
27 スリット
25 ヨーク
28 基板ステージ
29 イオンモニタ
38 制御装置
39a,39b,39c コイル用電源
40 ビームプロファイルモニタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン注入装置におけるイオン源と処理室との間のイオンビームの経路上に配置され、前記イオン源側から導入される断面長方形状のイオンビームをその厚さ方向に偏向して質量分離し所望のイオン種を含むイオンビームを導出する質量分離電磁石であって、
前記イオンビームを偏向するための磁場を発生させる偏向用コイルを備え、
該偏向用コイルは、前記イオンビームの導入位置から導出位置まで延びた形状を有するとともに前記イオンビームの長方形断面の長手方向に配置された複数のコイルからなり、
該各コイルは、湾曲形状を描くイオンビーム軌道の内側に配置された内側コイル部と、前記イオンビーム軌道の外側に配置された外側コイル部とを有し、
前記導入位置と前記導出位置との間の途中位置における前記内側コイル部と前記外側コイル部の間隔は、前記導入位置及び前記導出位置における前記間隔よりも広い、ことを特徴とする質量分離電磁石。
【請求項2】
前記内側コイル部は、前記導入位置から前記導出位置まで直線的に延びた形状又は前記導入位置から前記導出位置に至る間にイオンビームの偏向方向に一回又は複数回屈曲する形状を有し、
前記外側コイル部は、前記導入位置から前記導出位置に至る間にイオンビームの偏向方向に一回又は複数回屈曲する形状を有する請求項1記載の質量分離電磁石。
【請求項3】
前記導入位置と前記導出位置からほぼ等距離の位置で前記途中位置における前記間隔が最も広くなる請求項1又は2記載の質量分離電磁石。
【請求項4】
前記内側コイル部と外側コイル部は、前記導入位置及び前記導出位置において互いの両端部が連結されており、前記複数のコイルのうち少なくとも1つはその両端部がイオンビーム軌道を避けるように屈曲した形状を有している請求項1乃至3のいずれか記載の質量分離電磁石。
【請求項5】
前記イオンビーム軌道とともに前記コイルを囲み断面が枠型のヨークを備え、該ヨークの前記イオンビームの前記幅方向両側部分にはイオンビーム軌道側に突出するポールが設けられていない請求項1乃至4のいずれか記載の質量分離電磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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