説明

赤外発光蛍光体

【課題】従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等の発光強度を維持しつつ、かつ985nm付近以外に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体を提供する。
【解決手段】赤外発光蛍光体は、化学式が(La1−x−yYbNd)OClで表される蛍光体であって、xは、0.01≦x≦0.07であり、yは、0.15x≦y≦xである。従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線領域の光を発する赤外発光蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、クレジットカード等の偽造防止や、ブランド品の偽造防止のために、偽造されたものであるか否かを判定する方法が知られている。その一つとして、例えばマーク等を肉眼では観察できない蛍光体含有インクにより印刷して潜像マークを形成し、その潜像マークに可視光線ないし赤外線を照射して蛍光体を励起し、蛍光体から発する肉眼では観察しにくい赤外線を受光して潜像マークを検知する光学読取装置が知られている。
【0003】
この方式によれば、真贋判定のための潜像マークは肉眼で見えにくいために、偽造者はこの潜像マークを印刷することが困難であり、偽造あるいは変造されたカードや物品を確実に発見できる。また、潜像マークの内容は真正なカード製造者や物品製造者にしか分からないので、カード等を偽造あるいは変造すること自体が極めて困難である。
【0004】
そして、このような蛍光体として、イッテルビウム(Yb)とネオジム(Nd)とを含む多くの蛍光体があり、発光強度、感度の点から例えば、
Na(Yb,Nd)(MoO
(Y,La,Lu)PO:Yb,Nd
(Y,Gd,Lu、La)VO:Yb,Nd
等の材料が偽造防止用などの用途として多く使用されている。(例えば、特許文献1ないし4参照。)。
【0005】
【特許文献1】特開昭54−100991号公報(第1−3頁)
【特許文献2】特開平3−288984号公報(第2頁)
【特許文献3】特許第3438188号公報(第1−2頁)
【特許文献4】特許第4020408号公報(第1頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これらの赤外発光蛍光体の多くは、3価のイッテルビウムイオン(Yb3+)の発光である985nm付近の主発光ピーク波長を有しているが、さらなるセキュリティ性の向上のため、同等の発光強度を維持しつつ異なる主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体が求められていた。
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、上記の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等の発光強度を維持しつつ、かつ985nm付近以外に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載の赤外発光蛍光体は、化学式が(La1−x−yYbNd)OClで表される蛍光体であって、xは、0.01≦x≦0.07であり、yは、0.15x≦y≦xであるものである。
そして、上記化学式であって、イッテルビウム(Yb)の量xと、ネオジム(Nd)の量yとを上記の範囲とすることで、従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体となる。
【0008】
請求項2記載の赤外発光蛍光体は、請求項1記載の赤外発光蛍光体において、ランタン(La)の一部をイットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換したものである。
そして、上記化学式であって、イッテルビウム(Yb)の量xと、ネオジム(Nd)の量yとを上記の範囲とし、ランタン(La)の一部をイットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換することで、従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体となる。
【0009】
請求項3記載の赤外発光蛍光体は、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、塩素(Cl)の一部を臭素(Br)で置換したものである。
そして、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、塩素(Cl)の一部を臭素(Br)で置換することで、従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体となる。
【発明の効果】
【0010】
請求項1記載の赤外発光蛍光体によれば、化学式が(La1−x−yYbNd)OClで表され、xは、0.01≦x≦0.07とし、yは、0.15x≦y≦xとしたことで、従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体を得ることができる。
【0011】
請求項2記載の赤外発光蛍光体によれば、請求項1記載の赤外発光蛍光体において、ランタン(La)の一部をイットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換したことで、従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体を得ることができる。
【0012】
請求項3記載の赤外発光蛍光体によれば、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、塩素(Cl)の一部を臭素(Br)で置換したことで、従来の985nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体と同等またはそれ以上の発光強度を有し、かつ1020nm付近に主発光ピーク波長を有する赤外発光蛍光体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の一実施の形態における赤外発光蛍光体を製造する工程を説明する。
まず、ランタン(La)の原料として例えば酸化ランタン(La)と、イッテルビウム(Yb)の原料として例えば酸化イッテルビウム(Yb)と、ネオジム(Nd)の原料として例えば酸化ネオジム(Nd)と、ランタンの一部を置換する希土類元素の一例であるイットリウム(Y)の原料として例えば酸化イットリウムと、ハロゲン元素の一例である塩素(Cl)の原料として例えば塩化アンモニウム(NHCl)とを用いて、これらを十分に混合して原料の混合粉末をつくる。
なお、このとき原料として酸化物を例示したが、この他に焼成時に酸化物に変化する化合物を選択してもよい。
フラックスとしては、特に他の材料を必要とせず、ハロゲン化アンモニウムを化学量論比よりも過剰に出発原料中に混合することで良好な蛍光体を得ることができる。最適なハロゲン化アンモニウムの比は、化学量論比の1倍から1.2倍程度の範囲が好ましい。
こうして得られた混合粉末を、900℃以上1200℃以下の温度範囲、好ましくは1050℃以上1150℃以下の温度範囲にて、1時間以上4時間以下、好ましくは2時間以上3時間以下焼成する。この焼成の後に、粉砕工程、洗浄工程、乾燥工程および篩別工程等を経て、所定の粒度の蛍光体を得る。
【0014】
次に、上記一実施の形態の実施例として、まず(La,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体について説明する。
【実施例1】
【0015】
原料として、311.1gの酸化ランタン(La)(Laとして1.91モル)、11.8gの酸化イッテルビウム(Yb)(Ybとして0.06モル)、5.0gの酸化ネオジム(Nd)(Ndとして0.03モル)、117.7gの塩化アンモニウム(NHCl)(Clとして2.2モル)とを十分によく混合する。
この混合物をアルミナるつぼに充填して、1130℃で2.5時間、空気中で焼成する。焼成後、粉砕工程、洗浄工程、乾燥工程、篩別工程を経て、(La,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体を得た。これを試料1−(4)とした。
この試料1−(4)は、(La0.955,Yb0.03,Nd0.015)OClで表される組成を有しており、Yb3+のLaへの置換割合(モル比)xは0.03であり、同様にNd3+のLaへの置換割合(モル比)yは0.015である。
【0016】
同様に、Yb3+のLaへの置換割合を3モル%、すなわちモル比xで表すとx=0.03に固定し、Nd3+のLaへの置換割合を表1に示すように変化させた試料1−(1)ないし試料1−(3)および試料1−(5)ないし試料1−(7)を作成した。
【0017】
【表1】

【0018】
比較のため、従来から偽造防止等のセキュリティ用途などで用いられている赤外発光蛍光体として、Na(Yb0.95Nd0.05)(MoO蛍光体を比較例1、(Y0.7La0.1Yb0.1Nd0.1)VO蛍光体を比較例2とした。
【0019】
蛍光体の発光特性の測定は、赤外線の波長領域まで測定できるように拡張した分光蛍光光度計(型式:RF−5000 島津製作所製)を用いた。励起光は赤外線の波長領域である885nmの光を選択し、発光スペクトルは900nm以上1200nm以下の波長範囲で測定した。また励起スペクトルは、上記発光スペクトルの主発光ピーク波長における発光に基づき、それぞれ測定した。
発光強度は、発光スペクトルから主発光ピークに着目し、ベースラインからの発光ピークの高さを発光強度とした。
【0020】
表2に、比較例1ないし比較例2、および試料1−(1)ないし試料1−(7)の蛍光体の発光特性を示す。
また、試料1−(4)については885nmの光により励起して得た発光スペクトルを図1に、発光波長が1020nmの時の励起スペクトルを図2に示す。また比較例1の885nmの光により励起して得た発光スペクトルを図3に、発光波長が985nmの時の励起スペクトルを図4に示す。さらに比較例2の880nmの光により励起して得た発光スペクトルを図5に、発光波長が990nmの時の励起スペクトルを図6に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表2に示すように、(La,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体であって、Ybのモル比xを0.03に固定したとき、試料1−(2)ないし試料1−(6)すなわちNdのモル比yが0.0045以上0.03以下の蛍光体は比較例1や比較例2に比べて発光強度はほぼ同等かそれ以上であり、しかもこれら(La,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体の主発光ピーク波長はいずれも、比較例1の985nmより35nm、比較例2の990nmより30nm分長波長側にシフトした1020nmであることがわかる。
ここで、Ndのモル比yが0.0045未満の試料1−(1)は、共付活剤のNd濃度が少なすぎるため発光強度が低下し、またyが0.03を超える試料1−(7)は、Ndに吸収されたエネルギーがYbに効果的にエネルギー伝達されずに発光強度が低下すると推測される。
【0023】
次に、Ybのモル比xと、Ndのモル比yを表3の通りに各々変化させた蛍光体を上記と同様の方法で作成し、それぞれ試料2−(1)ないし試料2−(7)とした。これら試料2−(1)ないし試料2−(7)についても、上記の方法と同様に発光特性を測定し、これを同じく表3に示す。
【0024】
【表3】

【0025】
表3に示すように、(La,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体であって、Ybのモル比xおよびNdのモル比yを様々に変化させた場合、Ybのモル比xは0.01から0.07の範囲にあることが比較例1ないし比較例2より発光強度が同等か上回っており、好ましいことがわかる。また、上記表2および表3より、Ndのモル比yはYbのモル比xに依存し、0.1xからxの範囲にあることが好ましいことがわかる。
【0026】
なお、本発明の(La,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体のうち、ランタン(La)の一部をイットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換しても、また塩素(Cl)の一部を別のハロゲン元素である臭素(Br)で置換しても、同様に1020nmに好ましい発光のある赤外発光蛍光体となることを確認した。しかしながら、全てを置換した場合、例えばLaをすべてYに置換した(Y,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体や、LaをすべてGdに置換した(Gd,Yb3+,Nd3+)OCl蛍光体、Clの全てをBrに置換した(La,Yb3+,Nd3+)OBr蛍光体では、1020nmに発光が認められるものの、輝度が著しく低下してしまい実用的ではない。
【実施例2】
【0027】
次に、比較例1と比較したときの本発明の蛍光体の耐水性について説明する。
比較例1の蛍光体および試料1−(4)の蛍光体を用い、それぞれ1.5g秤量する。
200mlビーカに純水を150ml入れ、ここに電気伝導度計(型式:B−173 堀場製作所製)をセットした上で、秤量した試料をビーカ内に投入し、電気伝導度の経時変化をそれぞれの試料について調べた。 この結果を、表4に示す。
【0028】
【表4】

【0029】
表4に示すように、希土類のオキシハロゲン化物である本発明の蛍光体は、比較例1のモリブデン酸塩系の蛍光体と比較し、電気伝導度の上昇が少ない、すなわち水中での分解が遅く、比較例1より耐水性があることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の赤外発光蛍光体は、偽造防止のための潜在マークの形成に好適に用いることができる。特に従来よく用いられていた赤外発光蛍光体と主発光ピーク波長が異なるため、検出デバイスや光学フィルタ等との組合せにより、従来の赤外発光蛍光体と区別して用いることができる。また、例えば従来の赤外発光蛍光体との組合せにより、より類推されにくい、安全性の高い潜在マークを形成することが可能である。
また、耐水性を有するため印刷によるマーク形成に好適に用いることができる。
また、繊維等に具備することで、偽造防止用織ラベルとしても好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施の形態の赤外発光蛍光体の885nm励起時の発光スペクトルを表すグラフである。
【図2】本発明の一実施の形態の赤外発光蛍光体の1020nm発光時の励起スペクトルを表すグラフである。
【図3】比較例1の赤外発光蛍光体の885nm励起時の発光スペクトルを表すグラフである。
【図4】比較例1の赤外発光蛍光体の985nm発光時の励起スペクトルを表すグラフである。
【図5】比較例2の赤外発光蛍光体の880nm励起時の発光スペクトルを表すグラフである。
【図6】比較例2の赤外発光蛍光体の990nm発光時の励起スペクトルを表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式が(La1−x−yYbNd)OClで表される蛍光体であって、
xは、0.01≦x≦0.07であり、
yは、0.15x≦y≦xである
ことを特徴とした赤外発光蛍光体。
【請求項2】
ランタン(La)の一部をイットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換した
ことを特徴とした請求項1記載の赤外発光蛍光体。
【請求項3】
塩素(Cl)の一部を臭素(Br)で置換した
ことを特徴とした請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−53311(P2010−53311A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−222402(P2008−222402)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(390031808)根本特殊化学株式会社 (21)
【Fターム(参考)】