説明

赤身魚肉用退色抑制剤

【課題】非加熱の赤身魚肉およびその加工品を常温に保管しても、赤身魚肉特有の赤色の退色を抑制することができる退色抑制剤を提供することである。
【解決手段】シスチン類およびポリフェノール類を含有することを特徴とする赤身魚肉用退色抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非加熱の赤身魚肉に用いる退色抑制剤および退色抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、非加熱の赤身魚肉および赤身魚肉を生のまま加工したネギトロやタタキなどの赤身魚肉加工品は、冷蔵庫で保管して菌の増殖や色調の変化を抑えて販売されている。近年、コンビニエンスストアやスーパーなどの量販店では、非加熱の赤身魚肉およびその加工品を用いた弁当・寿司類、例えば、ネギトロ丼、ネギトロ巻寿司、鉄火巻寿司などを冷蔵保管することなく常温(約25℃)または常温よりやや低い温度(約17℃)で保管して販売される場合がある。
しかし、非加熱の赤身魚肉およびその加工品は、常温保管すると極めて急速に赤い色調が退色するという問題がある。その対策として、例えば、ネギトロの場合、生のマグロに植物油脂を加え、さらに天然着色料を加えることにより色調の変化を緩和している。
【0003】
赤身魚肉の退色を抑制する従来技術としては、炭酸水素ナトリウム30〜70重量%とL−アスコルビン酸ナトリウム30〜70重量%とからなる魚肉変色防止剤(特許文献1参照)、畜肉、魚肉又はそれらの加工品に、アスコルビン酸類及びカタラーゼを含有させることを特徴とする魚肉又はそれらの加工品の退変色防止方法(特許文献2参照)、アスコルビン酸類、シスチン類、炭酸塩類および有機酸類を含有してなる赤身魚肉の退色防止用組成物(特許文献3参照)、(1)アスコルビン酸類、(2)プロアントシアニジン、および(3)炭酸水素ナトリウム、クエン酸三ナトリウム、酢酸ナトリウム、DL−リンゴ酸ナトリウム、炭酸ナトリウムおよび炭酸カリウムからなる群から選択される一つ以上の塩からなる魚肉の退色防止用組成物(特許文献4参照)などが開示されている。
【0004】
しかし、上記した技術は非加熱の赤身魚肉およびその加工品を冷蔵保管する場合には有効であるが、常温保管では色調が緑色化するという問題がある。これは、上記技術に記載の組成物中に含まれるアスコルビン酸類が、赤身魚肉中のオキシミオグロンビンの酸素と反応して過酸化水素を生じ、ヘムのポルフィリン環を破壊してコールグロビンなどの緑色色素が生成する(非特許文献1参照)ためである。
そこで、常温保管しても非加熱の赤身魚肉およびその加工品の赤色の退色を抑制することが可能な退色抑制剤が要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−284902号公報
【特許文献2】特開平10−117730号公報
【特許文献3】特開2003−92982号公報
【特許文献4】特開2004−16013号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「食品の変色の化学」株式会社光琳、平成7年10月30日発行 395〜396頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、非加熱の赤身魚肉およびその加工品を常温に保管しても、赤身魚肉特有の赤色の退色を抑制することができる退色抑制剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決する為に鋭意研究を重ねた結果、マグロを生のまま加工したネギトロに、L−シスチンとポリフェノール類を添加することにより、赤身魚肉の赤色の退色を抑制することを見出した。本発明者は、これらの知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
(1)シスチン類およびポリフェノール類を含有することを特徴とする赤身魚肉用退色抑制剤、
(2)上記(1)に記載の赤身魚肉用退色抑制剤を含有することを特徴とする赤身魚肉およびその加工品、
(3)上記(1)に記載の赤身魚肉用退色抑制剤を用いることを特徴とする赤身魚肉の退色抑制方法、
からなっている。
【発明の効果】
【0009】
本発明の赤身魚肉用退色抑制剤は、非加熱の赤身魚肉と接触処理することにより、赤身魚肉を常温に保管しても赤身魚肉特有の赤色の退色を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明で用いられるシスチン類としては、例えば、シスチン、シスチン塩酸塩、およびシスチンを含有するタンパク質加水分解物(ケラチン加水分解物など)などが挙げられる。中でも食品添加物に指定されているL−シスチンが好ましく用いられる。上記L−シスチンは、タンパク質を構成する含流アミノ酸の一種であり、システインがS−S結合したものである。
【0011】
シスチン類としては、例えば、L−シスチン「タエナカ」(商品名;妙中鉱業社製)、L―シスチン二塩酸塩(日本理化学薬品社製)などが商業的に製造・販売されており、本発明ではこれらを用いることができる。
【0012】
本発明で用いられるポリフェノール類とは、同一分子内に2個以上のフェノール性水酸基をもつ化合物の総称であり、代表的な化合物群としては、例えば、フラボン類、フラボノール類、イソフラボン類、フラバン類、フラバノール(カテキン)類、フラバノン類、フラバノノール類、カルコン類、アントシアニジン類などに分類されるフラボノイド系の化合物およびそれらの関連化合物が挙げられる。ポリフェノール類は、天然・合成のいずれも使用できるが、天然の植物抽出物が好ましい。
【0013】
ポリフェノール類の具体例としては、カテキン、エピカテキン、ガロカテキン、カテキンガレート、エピカテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピガロカテキンガレート、エピガロカテキン、タンニン酸、ガロタンニン、エラジタンニン、カフェー酸、ジヒドロカフェー酸、クロロゲン酸、イソクロロゲン酸、ゲンチシン酸、ホモゲンチシン酸、没食子酸、エラグ酸、ロズマリン酸、ルチン、クエルセチン、クエルセタギン、クエルセタゲチン、ゴシペチン、アントシアニン、ロイコアントシアニン、プロアントシアニジン、エノシアニン、およびこれらの誘導体、重合体、立体異性体から選ばれる1種または2種以上の混合物が挙げられる。
【0014】
ポリフェノール類のポリフェノール含有量に特に制限はないが、好ましくは60質量%以上、より好ましくは80質量%以上である。
ポリフェノール類としては、例えば、グラヴィノール−SL(商品名;キッコーマン食品社製)、サンフェノンBG−3(商品名;太陽化学社製)、赤しそポリフェノール(商品名;明治フードマテリア社製)、タマネギケルセチンPA−5(商品名;横浜油脂工業社製)などが商業的に製造・販売されており、本発明ではこれらを用いることができる。
【0015】
本発明の退色抑制剤はシスチン類およびポリフェノール類を有効成分とするが、シスチン類およびポリフェノール類の配合比は、シスチン類1質量部に対してポリフェノール類を約0.1〜2.0質量部、好ましくは約0.2〜1.0質量部である。この範囲であると退色抑制効果を維持しつつポリフェノール類の風味・色調の影響が少なく好ましい。
【0016】
本発明の退色抑制剤には、本発明の目的を阻害しない範囲で他の任意の成分が含まれても良く、例えば、澱粉分解物、糖類、トコフェロール、アミノ酸類、有機酸類およびその塩類、リン酸塩類などが挙げられる。
【0017】
本発明の退色抑制剤の形態に特に制限はないが、好ましくは粉末状である。粉末状のシスチン類および粉末状のポリフェノール類を均一に混合することにより得られる。均一に混合する方法としては特に制限はなく、公知の混合装置を用いることができる。
【0018】
本発明の退色抑制剤は、非加熱の赤身魚肉と接触処理すればよく、例えば、粉末状の退色抑制剤と非加熱の赤身魚肉とを混合処理する方法、粉末状の退色抑制剤分散した溶液に非加熱の赤身魚肉を浸漬処理や塗布処理する方法などが挙げられ、好ましくは粉末状の退色抑制剤と非加熱の赤身魚肉とを混合処理する方法である。
【0019】
粉末状の退色抑制剤と非加熱の赤身魚肉とを混合する際の退色抑制剤の添加量としては、非加熱の赤身魚肉100質量部に対し約0.01〜5.0質量部、好ましくは約0.05〜2.0質量部である。
【0020】
上記赤身魚肉としては、ヘモグロビンやミオグロビンといったタンパク色素を多く含む魚肉および鯨肉が挙げられ、魚種としては、例えば、マグロ、カツオ、カジキ、イワシ、アジ、シマアジ、サンマ、ブリ・ハマチ、カンパチ、サバ、サワラ、鯨などが挙げられる。また、赤身魚肉は、生鮮魚肉に限らず凍結魚肉であってもよく、その形態は、ブロック状、落し身、切り身、ミンチなど、どのような形態のものであってもよい。
【0021】
非加熱の赤身魚肉を加工した赤身魚肉加工品としては、例えば、ネギトロ、タタキなどが挙げられる。
例えば、ネギトロは、細かくカットしたマグロに油脂を添加し粉砕・混合して得られる。退色抑制剤は、ネギトロ作製の何れかの工程で添加し均一に分散すればよく、好ましくはマグロを粉砕・混合する際に添加して均一に分散すればよい。
【0022】
以下に実施例を挙げて更に詳しく本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
<退色抑制剤の作製>
(1)原材料
シスチン(製品名:L−シスチン;妙中鉱業社製)
ポリフェノールA(製品名:グラヴィノール−SL;キッコーマン食品社製 プロアントシアニジン含量81%以上)
ポリフェノールB(製品名:サンフェノンBG−3;太陽化学社製 ポリフェノール含有量80%以上)
デキストリン(製品名:パインデックス#2;松谷化学工業社製)
【0024】
(2)退色抑制剤の配合
上記原材料を用いて作製した退色抑制剤の配合組成を表1に示した。
【0025】
【表1】

【0026】
(3)退色抑制剤の作製方法
表1に示した配合に基づいて各原材料を混合し退色抑制剤(実施例品1〜5、比較例品1〜3)を作製した。尚、混合は1L容ビニール袋に各原材料を入れ2分間手で振り混ぜておこなった。各試料の1回の作製量は100gである
【0027】
<退色抑制剤の評価:ネギトロでの評価>
(1)ネギトロ(試験区1〜9)の作製
[試験区1]
メバチマグロ(約3cmのダイス状)200g、水産用加工油脂(商品名:たたきオイル−S;理研ビタミン社製)35g、水道水35g、アルファ化加工澱粉(製品名:ふうりん100;王子スターチ社製)10g、静菌剤(製品名:プラスタイムZ−400;理研ビタミン社製)6g、醤油(製品名:キッコーマンPK−56しょうゆ;キッコーマン食品社製)1gに、退色抑制剤(実施例品1)を0.16g加えたものをフードプロセッサー(型式:MK−K48P;パナソニック社製)にて10秒間混合しネギトロ(試験区品1)を得た。
【0028】
[試験区2〜8]
試験区1の作製において、退色抑制剤(実施例品1)0.16gに替えて、退色抑制剤(実施例品2〜5、比較例品1〜3)それぞれ2.0gに替えた以外は同様の操作を行いネギトロ(試験区品2〜8)を得た。
【0029】
[試験区9]
試験区1の作製において、退色抑制剤(実施例品1)0.16gを加えない以外は同様の操作を行いネギトロ(試験区品9)を得た。
【0030】
(2)評価方法:色調の変化
得られたネギトロ(試験区品1〜9)50gをプラスチック容器(縦×横×高さ:7.5×11×2.5cm)に入れ密閉し、恒温器(25℃)で24時間保管、および48時間保管した後の色調の変化を目視にて評価した。評価は、下記表2に示す評価基準に従い10名のパネラーでおこなった。結果はそれぞれ10名の評点の平均値として求め、下記基準にて記号化した。結果を表3に示す。

記号化
◎: 平均値2.5以上
○: 平均値1.5以上 2.5未満
△: 平均値0.5以上 1.5未満
×: 平均値0.5未満
【0031】
【表2】

【0032】
(3)評価方法:a値の変化率
得られたネギトロ(試験区品1〜9)を直ちに色差計(型式:分光式色彩計SE−2000;日本電色工業社製)でa値(赤味と緑味)を測定した。このネギトロ(試験区品1〜9)をプラスチック容器(縦×横×高さ:7.5×11×2.5cm)に入れ密閉し、恒温器(25℃)で48時間保管した後、色差計でa値を測定した。下記式にてa値の変化率を求めた。結果を表3に示す。
a値の変化率=(保管後のa値/保管前のa値)×100
a値の変化率は、色調(赤味と緑味)の変化が大きいほど小さな数値となる。
【0033】
【表3】


結果より、シスチン類およびポリフェノール類を含有する実施例品を用いたネギトロは、25℃24時間および48時間経過した後も赤身魚肉特有の赤い色調を維持し、48時間経過後におけるa値の変化率は45以上であった。
一方比較例品を用いたネギトロは、25℃24時間および48時間経過すると赤身魚肉特有の赤色が退色して褐色に変色した。また、48時間経過後におけるa値の変化率は45未満と低い数値であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シスチン類およびポリフェノール類を含有することを特徴とする赤身魚肉用退色抑制剤。
【請求項2】
請求項1に記載の赤身魚肉用退色抑制剤を含有することを特徴とする赤身魚肉およびその加工品。
【請求項3】
請求項1に記載の赤身魚肉用退色抑制剤を用いることを特徴とする赤身魚肉の退色抑制方法。