説明

走査型プローブ顕微鏡用走査ステージ

【課題】高速走査にも良好に追従する走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを提供する。
【解決手段】走査ステージは、観察試料を保持する試料台9と、試料台9をXYZ方向に移動可能な走査機構とからなる。走査機構は、可動部4とXY弾性部材とZ弾性部材7Aと7Bと固定部5とからなるXYステージと、XYステージが固定される固定台1と、可動部4をX方向に移動させるための圧電体2Aと、可動部4をY方向に移動させるための圧電体と、試料台9をZ方向に移動させるための圧電体3とから構成されている。Z方向駆動用の圧電体3は可動部4の上面に固定されており、試料台9は圧電体3の上面にワックス10で固定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型プローブ顕微鏡に用いられる走査ステージに関する。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、機械的探針を機械的に走査して試料表面の情報を得る走査型顕微鏡であり、走査型トンネリング顕微鏡(STM)、原子間力顕微鏡(AFM)、走査型磁気力顕微鏡(MFM)、走査型電気容量顕微鏡(SCaM)、走査型近接場光顕微鏡(SNOM)、走査型熱顕微鏡(SThM)などを含む。最近では試料表面にダイヤモンド製の探針を押し付けて圧痕をつけ、その圧痕のつき具合を解析して試料の固さなどを調べるナノインデンテーターなどもこのSPMのひとつに位置づけられており、前述の各種の顕微鏡と共に広く普及している。
【0003】
走査型プローブ顕微鏡は、例えば機械的探針と試料とを相対的にXY方向にラスター走査し、所望の試料領域の表面情報を機械的探針を介して得るものである。XY走査の間、Z方向についても試料と探針との相互作用が一定になるようにフィードバック制御している。このZ方向の動きは規則的な動きをするXY方向の動きとは異なり、試料の表面形状や表面状態を反映するため不規則な動きとなるが、一般にZ方向の走査動作とされている。このZ方向の走査はXYZ各方向のなかでは最も高い周波数での動きとなる。
【0004】
走査型プローブ顕微鏡に用いられる走査機構は、例えば、観察試料を保持する試料台と、試料台を走査する走査機構とからなる。試料台を走査機構に固定する方法のひとつにマグネットを利用した方法があり、この方法は例えば特公平6−31737号公報に開示されている。従来の走査型プローブ顕微鏡の走査速度は比較的ゆっくりとしたもので、数分かけて1枚の像を取得するものであるため、走査対象の重さはあまり問題とされていなかった。しかし、最近では走査速度の高速化の要求から1秒間に数枚の像を取得できる装置が開発された。高速化のためには走査対象の重さを軽くする必要があり、マグネットによる固定方法では軽量化が難しい。特開2003−42931号公報はグリスを用いて固定する方法を提案している。この方法は試料台をグリスにより固定するもので、非常に軽く構成できるので高速化に適している。
【特許文献1】特公平6−31737号公報
【特許文献2】特開2003−42931号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、グリスは常温での粘性が低いため、小さな力で固定位置から容易に動いてしまう。例えば、XY方向の走査速度が速くなると、試料台の慣性力により走査機構の走査動作に追従しなくなってしまう。また、観察対象が水中にあると、走査時における水の抵抗力で、走査動作への追従性が劣化してしまう。試料台の追従性が悪いと、取得像が歪んだりして、試料の正しい形状を反映できなくなったり、安定して同じ位置を観察できなくなったりする。
【0006】
本発明は、このような実状を考慮して成されたものであり、その目的は、高速走査にも良好に追従する走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明による走査型プローブ顕微鏡用走査ステージは、観察試料を保持する試料台と、前記試料台をXYZ方向に移動可能な走査機構とを備えており、前記試料台がワックスにより前記走査機構に固定されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高速走査にも良好に追従する走査型プローブ顕微鏡用走査ステージが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0010】
<第一実施形態>
第一実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを図1と図2に示す。図1と図2において、走査ステージは、観察試料を保持する試料台9と、試料台9をXYZ方向に移動可能な走査機構とからなる。走査機構は、可動部4とXY弾性部材6Aと6Bと6Cと6DとZ弾性部材7Aと7Bと7Cと7Dと固定部5とからなるXYステージと、XYステージが固定される固定台1と、可動部4をX方向に移動させるための圧電体2Aと、可動部4をY方向に移動させるための圧電体2Bと、試料台9をZ方向に移動させるための圧電体3とから構成されている。
【0011】
固定台1の中に固定部5が接着またはねじ締結によって固定されている。可動部4は、Z弾性部材7A〜7Dにより固定部5と接続されている。Z弾性部材7A〜7Dは可動部4をZ方向に関して高い剛性をもって支持している。Z弾性部材7A〜7Dの配置位置は可動部4の中心からほぼ等距離であり、可動部4の重心は可動部4のほぼ中心に位置している。可動部4は、XY弾性部材6A〜6Dにより固定部5と接続されている。XY弾性部材6A〜6Dは可動部4をXY方向に関して剛性をもって支持している。XY弾性部材6A〜6DはXY各駆動軸に対して対称に配置されている。XY弾性部材6Aと6CはX軸上に配置され、XY弾性部材6Bと6DはY軸上に配置されている。また、XY弾性部材6AにはX方向駆動用の圧電体2Aを当接させる押圧部8Aが設けられており、XY弾性部材6BにはY方向駆動用の圧電体2Bを当接させる押圧部8Bが設けられている。
【0012】
可動部4とXY弾性部材6A〜6DとZ弾性部材7A〜7Bと固定部5とからなるXYステージは一体の部品から切り出されたものであり、例えばアルミニウムなどの材料でできている。XYステージを固定している固定台1はXYステージと同じ質材であってもよいが、好ましくは、ステンレス鋼などのようにアルミニウムよりもヤング率の高い材料で作られているとよい。
【0013】
X方向駆動用の圧電体2Aの一端は押圧部8Aに当接しており、他端は固定台1に固定されている。圧電体2AはX軸に沿って所定の予圧がかかるように配置されており、圧電体2Aの中心線は可動部4のほぼ重心を通っている。また、Y方向駆動用の圧電体2Bの一端は押圧部8Bに当接しており、他端は固定台1に固定されている。圧電体2BはY軸に沿って所定の予圧がかかるように配置されており、圧電体2Bの中心線は可動部4のほぼ重心を通っている。
【0014】
Z方向駆動用の圧電体3は可動部4の上面に固定されており、圧電体3の中心線は可動部4のほぼ重心を通っている。圧電体3の表面には有機溶剤などに耐性のある樹脂材料11が被覆されている。試料台9は圧電体3の上面にワックス10で固定される。試料台9はワックス10の厚さが薄いほど強固に固定される。
【0015】
ワックスは常温では非常に粘性が高く、粘性は調合によって調整できる。例えば、動粘性係数は常温でペースト状のものでも数千[mm2/s]の値になる。実験では使用のワックスはほぼ固体になる。具体例を示すと、例えば、シリコングリスの粘性係数は常温で約60[mm2/s]、100℃で約30[mm2/s]であり、半固形ワックスの粘性係数は常温で1000以上[mm2/s]、100℃で約15.3[mm2/s]である。
【0016】
試料台9は、ワックス10の代わりに可塑性接着剤を用いて圧電体3の上面に固定されても構わない。
【0017】
観察試料は試料台9に固定される。観察試料は試料台に直接固定されても、観察試料を適切に固定する媒介物を介して固定されてもよい。
【0018】
次に作用について説明する。例えば観察試料すなわち試料台9をX方向へ変位させる場合について説明する。可動部4をX方向に駆動する場合には圧電体2Aに電圧を印加して伸縮させる。圧電体2Aの一端は固定台1に固定されているため、圧電体2Aが変位することにより他端に当接された押圧部8Aが変位する。この変位はXY弾性部材6Aに伝わるが、XY弾性部材6AのX軸に平行に延びた薄板ばね部分はX方向剛性が高いため、変位は可動部4へ伝達される。このとき、Y軸に対して対称な位置に配置されたX軸上のXY弾性部材6Cは、Y軸に平行に延びた薄板ばね部のX方向剛性が低いため、可動部4の変位を妨げない。また、Y軸上に配置されたXY弾性部材6Bと6DのY軸に平行に延びた薄板ばね部はX方向の剛性が低いため、これらも可動部4の変位を妨げない。さらに、可動部4のZ方向を高剛性に支持するZ弾性部材7A〜7DはXY方向の剛性が低いため可動部4の変位を妨げない。このため圧電体2Aの伸縮に応じて可動部4はX方向に変位する。
【0019】
さらに可動部4がX方向に移動する場合、駆動軸に対してXY弾性部材6A〜6Dが対称に配置されているため、XY平面内において回転動作することなく直線的に変位する。また、可動部4がX方向に移動する場合、その下面に設けられたZ弾性部材7A〜7Dが平行板ばねとして作用するため、可動部4の上面は傾くことなく水平に移動する。さらに、圧電体の中心を通り駆動方向へ延びる駆動力線が可動部重心を通っているため、可動部4が高速で移動した場合においても慣性力による回転モーメントが発生しにくく、回転動作なく高精度に変位する。
【0020】
また、圧電体2Aが変位すると、XY弾性部材6Aの変形に伴う反作用力が固定台1の圧電体2Aを固定している部位に作用する。しかし固定台1はヤング率の高い材質で作られており、圧電体2Aの固定部分の変形が少ないため、圧電体2Aの変位のほとんどは押圧部8Aへ伝えられる。
【0021】
Y方向への移動に関してもX方向と同様のことが言える。
【0022】
観察試料すなわち試料台9をZ方向に移動させる場合は圧電体3に電圧を印加して伸縮させる。
【0023】
以上のように試料台9を動かすとき、高速に動かせば動かすほど試料台9の慣性力は大きくなる。また、生体試料観察するために試料台9が水中に置かれた場合は試料台9が受ける水の抵抗力が大きくなる。しかし、試料台9はワックス10によって強固に固定されているため、慣性力や抵抗力を受けても走査機構の動きに追従性良く移動する。このため、観察試料の形状を正確に反映したゆがみの少ない観察像を安定して得ることができる。
【0024】
観察終了後に試料台9を取り外す際、有機溶媒などの剥離材をワックス10に与えるとワックス10が溶け、試料台9を容易に取り外すことができる。このとき、圧電体3の表面には樹脂材料11が被覆されているため、有機溶媒により圧電体3が壊れることはない。
【0025】
<第二実施形態>
第二実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを図3に示す。本実施形態は、第一実施形態の構成に熱源と温度コントローラーを付加した構成をしている。走査機構の構成と作用は第一実施形態と同様である。
【0026】
圧電体3を取り囲むようにヒーター12が設けられており、ヒーター12のON/OFFおよび温度設定はコントローラー13により制御される。
【0027】
試料台9を取り付けるとき、ヒーター12をONにすると、ワックス10は暖められ粘性が低くなる。このため試料台9を軽く押し付けるだけで余分なワックス10は試料台9下面から外に押し出され、ワックス10の厚さを薄くすることができる。その後、ヒーターの電源をOFFにすると、ワックス10の粘性は高くなり、試料台9は強固に固定される。
【0028】
また、試料台9を取り外すとき、ヒーター12の電源をONにすると、ワックス10の粘性が再び低くなるため、小さな力で試料台9をZ圧電体から取り外すことができる。このため、Z圧電体に無理な力をかけ、破壊する心配がない。
【0029】
また、AFM観察時にヒーターをONにすることにより、観察試料とその周辺温度を任意に設定した温度に制御することも可能である。
【0030】
<第三実施形態>
第三実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを図4に示す。本実施形態は、第一実施形態の構成に熱源と温度コントローラーを付加した構成をしている。走査機構の構成と作用は第一実施形態と同様である。
【0031】
走査機構の近くにヒーター14が置かれ、ヒーター14のON/OFFおよび温度設定はコントローラー13により制御される。試料台9へのワックス塗布はヒーター14上で行なわれる。ヒーター14をONにした状態で試料台9の下面にワックス10を塗布し、ヒーター14の上に置く。するとワックス10は暖められ粘性が低くなる。このため試料台9を軽く押し付けるだけで余分なワックス10は試料台9下面から外に押し出され、ワックスの厚さを薄くすることができる。この後、試料台9を圧電体3の上に置くとワックス10は冷えて粘性が高くなるため、またワックス10の厚さが薄いため、試料台9は強固に固定される。
【0032】
<第四実施形態>
第四実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを図5に示す。本実施形態は、第一実施形態の構成に熱源と温度コントローラーを付加した構成をしている。走査機構の構成と作用は第一実施形態と同様である。
【0033】
試料台9は保持具ヒーター15を用いて着脱される。保持具ヒーター15は例えばピンセットにヒーターが取り付けられたようなもので、試料台9をつかんで自在に移動させることができる。また、保持具ヒーター15のON/OFFおよび温度設定はコントローラー13により制御される。
【0034】
試料台9を保持具ヒーター15で保持し、圧電体3に固定する際に保持具ヒーター15をONするとワックスは暖められ粘性が低くなる。このため試料台9を軽く押し付けるだけで余分なワックスは試料台9下面から外に押し出され、ワックスの厚さを薄くすることができる。ここでヒーターの電源をOFFする、または保持具ヒーター15から試料台9を取り外すことでワックスは冷やされ、粘性は高くなり、試料台9は強固に固定される。また、試料台9を取り外すとき保持具ヒーター15の電源をONにし、試料台9を保持するとワックス10の粘性が低くなるため、小さな力で試料台9をZ圧電体から取り外すことができる。このため、Z圧電体に無理な力をかけて破壊する心配がない。
【0035】
<第五実施形態>
第五実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージを図6に示す。本実施形態は、第一実施形態の構成中の試料台が変更された構成をしている。走査機構の構成と作用は第一実施形態と同様である。
【0036】
試料台16は、その下面すなわち圧電体3に接合される面に溝16aを有している。このため、試料台16を圧電体3の上面に取り付けた後、その面に沿って何回か滑らせると、余分なワックス10が溝16aに入り、ワックス10の厚さが薄くなる。このため、試料台16は強固に固定される。また、試料台16を取り外す際に、剥離材をワックス10に与えると、溝16aに沿って剥離材が流れ、試料台16の取り外しが容易になる。また、ワックス10ではなく接着剤を用いた場合も同様な効果を得る。
【0037】
これまで、図面を参照しながら本発明の実施形態を述べたが、本発明は、これらの実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において様々な変形や変更が施されてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第一実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージの平面図である。
【図2】図1に示された走査型プローブ顕微鏡用走査ステージのII-II線に沿った断面図である。
【図3】本発明の第二実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージの平面図である。
【図4】本発明の第三実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージの平面図である。
【図5】本発明の第四実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージの平面図である。
【図6】本発明の第五実施形態の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージの平面図である。
【符号の説明】
【0039】
1…固定台、2A…圧電体、2B…圧電体、3…圧電体、4…可動部、5…固定部、6A…XY弾性部材、6B…XY弾性部材、6C…XY弾性部材、6D…XY弾性部材、7A…Z弾性部材、7B…Z弾性部材、7C…Z弾性部材、7D…Z弾性部材、8A…押圧部、8B…押圧部、9…試料台、10…ワックス、11…樹脂材料、12…ヒーター、13…コントローラー、14…ヒーター、15…保持具ヒーター、16…試料台、16a…溝。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
観察試料を保持する試料台と、
前記試料台をXYZ方向に移動可能な走査機構とを備えており、前記試料台がワックスにより前記走査機構に固定されることを特徴とする走査型プローブ顕微鏡用走査ステージ。
【請求項2】
前記試料台を前記走査機構に着脱する際に前記試料台の近く熱源が置かれることを特徴とする請求項1に記載の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージ。
【請求項3】
前記試料台は前記走査機構に接合される面に溝を有していることを特徴とする請求項1に記載の走査型プローブ顕微鏡用走査ステージ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−308322(P2006−308322A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−128267(P2005−128267)
【出願日】平成17年4月26日(2005.4.26)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】