説明

走査透過電子顕微鏡における収差補正方法および収差補正装置

【課題】高分解能観察において、収差の変化を伴う時間的遅延を最小に留め、且つ、収差係数の算出精度が高い収差補正方法及び収差補正装置の提供を目的とする。
【解決手段】収差補正子を有する走査透過電子顕微鏡において、複数の検出面を備える検出器に対して電子線を入射させ、前記電子線による暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に撮像し、前記暗視野像を観察像の位置基準として前記複数の明視野像から収差係数を算出し、算出した前記収差係数に基づき、収差が低減するように前記収差補正子を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査透過電子顕微鏡における収差補正方法および収差補正装置に関する。
【背景技術】
【0002】
走査透過電子顕微鏡(STEM)は、収束させた電子線を試料上で走査し、この走査と同期させながら試料からの透過電子或いは散乱電子による検出信号の強度をマッピングすることで観察像(走査透過像、STEM像)を得る電子顕微鏡である。走査透過電子顕微鏡は、原子レベルの極めて高い空間分解能が得られる電子顕微鏡として近年注目を集めている。この空間分解能は、試料に入射する電子線のビーム径に依存しているため、高分解能化を図るには収差の低減が非常に重要になる。収差を低減する直接的な手段としては、四極子や六極子等の収差補正子が用いられる。
【0003】
また、観察時に短時間で高空間分解能を得るには、その時点で生じている収差を計算し、これら予め把握しておくことが有効である。その計算方法として、特許文献1には、試料面内で直交する二方向に向かって既知の距離で入射電子線をシフトさせ、その前後で取得したロンチグラム(Ronchigram)を用いて、収差を補正する方法を開示している。具体的には、各ロンチグラムを複数の小領域に分割し、各領域の特定の構造について入射電子線の各シフト前後の移動量(即ち倍率)を相互相関関数を用いて算出する。各シフトに対する移動量から、試料面上のx、y方向に沿った2つの移動量が求まるので、各小領域毎に4つの移動量成分が算出される。これら移動量は、各小領域の像を形成した電子線の収束角及び方位角に対する収差関数χの2回偏微分に対応している。従って、求めた複数の移動量について最小二乗法を用いて上記2回偏微分をフィッティングし、そこから各収差係数を求める。そして、この収差係数を用いて収差補正子を制御することで各収差が低減される。
【0004】
また、別の収差計算方法として、特許文献1は、一枚のロンチグラムを小領域に分割し、各領域についてフーリエ変換を実行することで複数のディフラクトグラム(diffractogram)を求め、これらディフラクトグラムから収差係数を算出する手法を開示している。各ディフラクトグラムに現れる明暗輪の位置は、電子線の収束角及び方位角に対する収差関数χの2回偏微分に対応するので、上記と同様のフィッテングを行うことで、これらから各収差係数を求めている。
【0005】
更に別の収差計算方法として、特許文献1は、相互に異なる位置に配置された微小な検出器を用いた収差計算方法を示している。この場合、各検出器から得られる明視野像に対し、互いの像の移動量が算出される。各検出器の位置を入射電子線の収束角および方位角に対応付けると、各像の移動量は、収束角または方位角に対する収差関数χの1回微分に対応する。従って、求めた複数の移動量について最小二乗法を用いて上記1回微分をフィッティングし、そこから各収差係数を求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許6552340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1のロンチグラムを用いた収差補正方法では、ロンチグラムを観察するためのシンチレータ等の電子-光変換素子とCCDカメラ等の撮像装置が必要である。ところが、走査透過電子顕微鏡には、基本的に、明視野像及び暗視野像を形成する電子を検出する検出器が鏡筒内に固定されている。従って、ロンチグラムを観察するためには、この検出器の前に電子-光変換素子を退避可能に設置しなければならない。また、電子-光変換素子を退避させた後に、改めてその後段の検出器によって明視野像及び暗視野像するので、収差補正後に時間的な遅延が生ずる。原子レベルの高分解能観察では、電子線のドリフト等の経時変化により収差が変化する可能性があるので、上記の時間遅延は無視できない。また、撮像装置は非常に高価であり、製造コストが増大してしまう。
【0008】
また、ロンチグラムを観察するので、高分解能観察中には収差計算を実行することができない。この点からも、収差補正後に時間的な遅延が生ずることになる。
【0009】
本発明は、高分解能観察において、収差の変化を伴う時間的遅延を最小に留め、且つ、収差係数の算出精度が高い収差補正方法及び収差補正装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は収差補正子を有する走査透過電子顕微鏡の収差補正方法であって、複数の検出面を備える検出器に対して電子線を入射させる工程と、前記電子線による暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に撮像する工程と、前記暗視野像を観察像の位置基準として前記複数の明視野像から収差係数を算出する工程と、算出した前記収差係数に基づき、収差が低減するように前記収差補正子を制御する工程とを備えることを特徴とする。
【0011】
前記収差係数算出工程は、前記複数の明視野像間の像移動量を算出する工程と、各前記像移動量から各明視野像における幾何収差量を算出する工程とを含むことが好ましい。
前記像移動量は相互相関関数を用いて算出することが好ましい。
【0012】
前記検出器の前記複数の検出面は、角度方向及び動径方向において等間隔に配置されていることが好ましい。
【0013】
前記検出器は、前記複数の検出面として、前記複数の明視野像を取得するための複数の検出面を有する明視野像検出器と、前記明視野像検出器の外側に設置され、前記暗視野像を取得するための1つの検出面を有する暗視野像検出器とを含むことが好ましい。
【0014】
前記撮像工程は、更に、前記検出器上で前記試料からの電子線を回転させて暗視野像および複数の明視野像を同時に撮像する工程を含むことが好ましい。
【0015】
前記撮像工程は、更に、前記複数の検出面を回転させて暗視野像および複数の明視野像を同時に撮像する工程を含むことが好ましい。
【0016】
上記収差補正方法は、更に前記撮像工程の前工程として、デフォーカスするとともに、暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に取得する工程、および、前記デフォーカス時の暗視野像に対する前記デフォーカス時の明視野像の各位置ずれベクトルの合成が最も小さくなるように、前記試料からの透過電子線と前記検出器との相対位置を調整する工程、を備えることが好ましい。
【0017】
上記収差補正方法は、更に、前記試料からの前記電子線を拡大又は縮小させる工程を備えることが好ましい。
【0018】
本発明の第2の態様は収差補正子を有する走査透過電子顕微鏡の収差補正装置であって、電子線が入射する複数の検出面を有する検出器と、(a)前記電子線による暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に撮像し、(b)前記暗視野像を観察像の位置基準として前記複数の明視野像から収差係数を算出し、(c)算出した前記収差係数に基づき、収差が低減するように前記収差補正子を制御する制御装置とを備えることを特徴とする。
【0019】
前記制御装置は、前記収差係数の算出の際に、更に、前記複数の明視野像間の像移動量を算出し、各前記像移動量から各明視野像における幾何収差量を算出することが好ましい。
【0020】
前記制御装置において、前記像移動量は相互相関関数を用いて算出することが好ましい。
【0021】
前記検出器の前記複数の検出面は、角度方向及び動径方向において等間隔に配置されていることが好ましい。
【0022】
前記検出器は、前記複数の検出面として、前記複数の明視野像を取得するための複数の検出面を有する明視野像検出器と、前記明視野像検出器の外側に設置され、前記暗視野像を取得するための1つの検出面を有する暗視野像検出器とを含むことが好ましい。
【0023】
収差補正装置は、試料と前記検出器と間に設置される回転レンズを備え、前記制御装置は、更に、電子レンズを制御して前記検出器上で電子線を回転させるとともに、暗視野像および複数の明視野像を同時に撮像することが好ましい。
【0024】
前記検出器は、電子線を光に変換する電子-光変換素子と、前記電子-光変換素子を前記複数の検出面として分割するとともに、各前記検出面からの光を伝送する光伝送路と、前記光伝送路から伝送された光を前記複数の検出面毎に電気信号に変換する複数の光検出器と、を備えることが好ましい。
【0025】
前記光伝送路は、光の伝送経路を変更することで前記電子-光変換素子の電子線入射面内で前記複数の検出面を回転させる回転機構を有することが好ましい。
【0026】
前記制御装置は、前記暗視野像および前記複数の明視野像を撮像する前に、デフォーカスするとともに、暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に取得し、前記デフォーカス時の暗視野像に対する前記デフォーカス時の明視野像の各位置ずれベクトルの合成が最も小さくなるように、電子線と前記検出器との相対位置を調整することが好ましい。
【発明の効果】
【0027】
上記の収差補正方法及び収差補正装置では、相互に位置の異なる複数の検出面の夫々から明視野像が取得され、これと同時に暗視野像を取得される。これら同時に取得した観察像を用いた各収差係数の算出において、ずれの少ない暗視野像を位置基準として用いるので、収差係数の算出精度を向上させることができ、この結果に基づく収差補正によって高分解能化が達成できる。
【0028】
また、観察像を用いて収差係数を算出するので観察モードの切替えは不要である。つまり、走査透過像の観察後、直ちに収差補正を実行することができるため、収差補正と実際の観察との間の時間的な遅延を最小に留めることができる。これは電子光学系の設定値変更を最小限に抑えたい原子レベルの高分解能観察において、非常に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の原理を説明するための図である。
【図2】本発明の原理を説明するための図である。
【図3】本発明の第1実施形態に係る収差補正装置の構成を示す図である。
【図4】本発明の第1実施形態に係る検出器の検出面を示す図である。
【図5】本発明の第1及び第2実施形態に係る収差補正子制御装置の機能ブロック図である。
【図6】本発明の第1及び第2実施形態に係る光伝送路において検出面を回転させる手順を示す図である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る収差補正装置の構成を示す図である。
【図8】本発明の第2実施形態に係る検出器の検出面を示す図である。
【図9】本発明の各実施形態に係る収差補正装置を搭載した走査透過電子顕微鏡の構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(原理)
本発明に係る収差補正の原理について図面を参照して説明する。図1は、走査透過電子顕微鏡(STEM)(図9参照)による明視野像の取得において、STEM内に導入された試料41近傍から検出器11までの電子線1の軌道の一例を模式的に示した図である。試料41は、対物レンズ57の前方焦点面57aから焦点距離だけ離れた位置に設置され、検出器11は試料41からカメラ長だけ離れた位置に設置されている。この図では、電子線1が対物レンズ57の前方焦点面57aを通過し、対物レンズの収束作用によって試料41に向かって収束する様子を示している。
【0031】
なお、αは試料41に対する電子線1の収束角(入射角)、θは試料41上での電子線1の方位角である。収差が無い場合、各電子線はその収束角α及び方位角θに関わりなく、点線で示すように試料41の一点に集中するはずである。ところが実際には収差(幾何収差)があるため、電子線1は試料41への収束角αが大きいほど、試料41の手前で光軸2と交差し、その照射位置は、当該電子線の収束角αが大きいほど、想定する照射位置から遠ざかる。この収差が対物レンズ57の球面収差によるものであれば、良く知られているように、このずれは収束角αの3乗に比例する。
【0032】
このような収差の影響下で、光軸2上を通過した電子線1aが図2(a)に示す明視野像を形成した場合、試料41に対して収束角α(α≠0)の電子線1bが形成する明視野像は、図2(b)に示すように、図2(a)の明視野像に対する位置ずれを伴う。これは、収差による照射位置のずれにより、原子Aの像を形成するために(換言すれば、原子Aに照射するために)電子線1bを更にシフトさせる必要があるためである。
【0033】
つまり、収束角αの異なる電子線によって形成される複数の明視野像は、収差によって必然的に相互の位置ズレを伴うことになる。即ち、試料41についての一観察像を基準とし、これらの明視野像の位置ずれ量を位置ずれベクトルFα、θで表したとすると、その逆方向のベクトルは各明視野像に現れる収差を示す幾何収差ベクトルGα、θに対応する。
【0034】
一方、対物レンズ57の前方焦点面(開口面とも称する)57aは、電子線1の角度空間面である。即ち、図1の上部で概念的に示すように、前方焦点面57a上の電子線の各位置を極座標で表すと、その動径成分および角度成分は、それぞれ、収束角α及び方位角θにより一義的に表すことができる。また、前方焦点面57aでの収差関数χは、これら収束角α及び方位角θの関数である次の各波面収差の和で表される。原子レベルでの高分解能観察では軸上収差のみを扱うことを考慮すると、収差関数χ(α,θ)は、次の(1)式で表される。
【0035】
χ(α,θ)= 焦点ズレ(デフォーカス)+2回非点
+軸上コマ+3回非点
+球面収差+スター収差+4回非点
+4次のコマ+Threelobe収差+5回非点
+5次の球面収差+6回非点…
即ち、
【0036】
【数1】

である。
【0037】
幾何収差ベクトルGα,θの収束角方向および方位角方向における各成分Gα、Gθは、この収差関数χについて収束角αおよび方位角θのそれぞれで偏微分することで得られる。
【数2】

【0038】
つまり、収束角α及び方位角θの複数の組のそれぞれにおける明視野像を取得することで、その組の数だけ幾何収差ベクトルGα,θが得られ、これらに対して最小二乗法等の数学的処理を行うことで、各収差係数を算出することができる。
【0039】
電子線の収束角α及び方位角θについては、例えば、電子線の検出面の位置を特定すればよい。例えば、収束角α及び方位角θを対応付けた検出位置の異なる複数の検出面を有する多分割検出器を用いて、それぞれの検出面に入射した電子線から明視野像をその検出面の位置情報(即ち、当該検出面に入射した電子線1の角度情報(収束角α及び方位角θ))と共に複数、同時に取得し、これらから各明視野像に対する幾何収差ベクトルGα,θを複数算出する。なお、各収差は収束角αと位相角θ(前方焦点面では動径成分と角度成分)を変数にもつ関数であるため、両変数に対して検出面を少なくとも二分割する必要がある。好ましくは、
【0040】
また、各収差係数の算出に必要な幾何収差ベクトルGα,θの数が多いほど(即ち分割された検出面の数が多いほど)、次数の低い収差について高い精度で算出できる。
【0041】
各明視野像に対する幾何収差ベクトルGα,θの始点を定義する基準画像として、複数の明視野像のうちの1つを用いることもできるが、本発明では、この基準画像として上述の複数の明視野像と同時に取得する暗視野像を用いる。周知の通り、明視野像はコヒーレントな透過電子線(0次の回折電子線)によって形成される像であり、試料厚さやフォーカスによるコントラストの反転が生じるため、像内の特定の構造(例えば原子)の認識が困難となる場合がある。また、明視野像は、幾何収差等による電子線の入射角の変化によって容易にずれるため、幾何収差ベクトルGα,θの基準位置を設定する像としては適さない。一方、暗視野像は、インコヒーレントである散乱電子によって形成されるため、像の反転が生じず、特定の構造に認識が容易である。また、STEMによる像観察の条件下では、入射電子に対する散乱強度の角度依存性は緩やかであるため、幾何収差等による電子線の入射角の変化に対して暗視野像は殆どずれない。さらに、明視野像と同時に暗視野像を取得するので、電子光学系等が生成する磁場又は電場の経時変化によって原子レベルの高分解能測定で憂慮されるナノオーダーの像のドリフトも排除される。従って、このような暗視野像を各検出面から得られる明視野像と同時に取得し、この暗視野像を各明視野像のずれに関する位置基準とすることで、幾何収差ベクトルGα,θの算出精度を向上させることができる。
【0042】
算出した各収差係数は、例えばSTEMの照射系側に設置された収差補正子において、収差を抑制するために用いられる。この場合、同時に取得した明視野像と暗視野像から各収差係数を直ちに求めることができるので、収差補正子の制御を短時間で実行することができ、上述のドリフト等が発生する前に高分解能な観察が可能になる。
【0043】
本発明の基本的な原理は上記の通りであるが、実際に多分割検出器を用いて複数の明視野像を取得する場合、収差に基づく像の位置ズレを全ての検出器が検出できるように、試料41からの透過電子線の中心軸に多分割検出器の中心を合わせることが望ましい。この位置合わせとして、対物レンズ57を用いて電子線1をデフォーカスさせて暗視野像および複数の明視野像を同時に取得し、上述の幾何収差ベクトルGα,θの算出と同様の手法を用いて、デフォーカス時の暗視野像に対する各明視野像の位置ずれベクトルFα、θを算出し、その合成が最も小さくなるように、透過電子線と多分割検出器の相対位置を調整する。
【0044】
具体的には、多分割検出器を用いた明視野像の観察において、試料41への入射電子線をデフォーカスさせたとき、各明視野像の移動方向は、ある一点を中心にして放射状に移動する性質を利用する。つまり、入射電子線の光軸と多分割検出器の中心が一致している場合には、暗視野像を基準位置とした各明視野像の位置ずれベクトルFα、θは略等しい大きさで放射状に分布するが、入射電子線の光軸から多分割検出器の中心が外れている場合(極端な例では、入射電子線の光軸の光軸が多分割検出器の外側にある場合)には、各収差係数を算出するための明視野像の取得、およびその位置ずれベクトル算出が困難になる。そこで、デフォーカス時の各位置ずれベクトルF´α、θを算出し、その合成が最小となるように、透過電子線を偏向させる、或いは、多分割検出器を光軸に垂直な面上で機械的に移動させる。これにより、透過電子線の中心軸と多分割検出器の中心を一致させることができる。
【0045】
また、明視野像および暗視野像の取得に使用される検出面の数は、試料41からの電子線を、例えば試料41前段の投影レンズ等の電子レンズで拡大・縮小させることで適宜調整できる。電子線を拡大すれば、明視野像を取得するための検出面の数を増やすことができ、各収差係数の算出精度を向上させることができる。一方、電子線を縮小すれば、暗視野像の形成に必要な電子の検出面積を広げることができ、且つ、その検出散乱角は拡大するので、上記位置基準としてのSN比の良い暗視野像を取得できる。
【0046】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態に係る収差補正装置について図3〜7を参照して説明する。
【0047】
以下、本実施形態に係る収差補正装置10は、STEM50(図9参照)に搭載される多分割検出器としての検出器11と、試料41と検出器11との間に設置される偏向器31と、検出器11からの検出信号を処理し、その処理結果に基づいて収差補正子55や偏向器56(図9参照)を制御する収差補正子制御装置20を備える。以下、これらの詳細を述べる。
【0048】
まず、検出器11について説明する。図3に示すように検出器11は、電子線を光に変換する電子-光変換素子12と、電子-光変換素子12を複数の検出面として分割するとともに、各検出面からの光を伝送する光伝送路13と、光伝送路13から伝送された前記複数の検出面毎の光を電気信号に変換する複数の光検出器14とを備える。
【0049】
電子-光変換素子12は、例えば一枚のシンチレータや蛍光板であり、入射した電子を後段の光検出器14で検出可能な程度の強度をもつ光に変換する。
【0050】
光伝送路13は、例えば多数の光ファイバが束ねられた所謂バンドル光ファイバであり、電子-光変換素子12側の端部は電子-光変換素子12全面からの光を受光するように一体に纏められ、その反対側は受光した光をその受光位置に応じて各光検出器に伝送するように分岐している。即ち、光伝送路13は、電子-光変換素子12の発光面を、収束角αと方位角θを対応付けた相互に位置の異なる複数の検出面D1〜D16として、複数の光検出領域に分割するように構成される。
【0051】
光検出器14は、例えば光電子増倍管(フォトマルチプライヤ)と前置増幅器の複合装置であり、分岐した光伝送路13から出射した光を電気信号に変換し、増幅する。この信号は、各発光面に入射した電子線の検出信号として、収差補正子制御装置20の画像処理部22(後述)に入力される。
【0052】
原理の項で述べた通り、各収差は収束角αと位相角θ(前方焦点面では動径成分と角度成分)を変数にもつ関数であるため、両変数に対して検出面を少なくとも二分割する必要がある。一方、各収差係数の算出に必要な幾何収差ベクトルGα,θの数が多いほど、次数の低い収差について高い精度で算出ができる。従って、光伝送路13は、電子-光変換素子12の発光面を位相角方向(角度方向)および動径方向において等間隔に分割される。図4はこの分割の一例であり、位相角方向に4分割、収束角方向に4分割し、電子-光変換素子12の発光面を検出面D1〜D16として16分割している。この場合、光伝送路13の分岐数は16であり、光検出器14の台数も16である。
【0053】
本実施形態では、これら検出面D1〜D16のうち、外側に位置する検出面D13〜D16を暗視野像用検出器の検出面として使用し、その内側に位置する検出面D1〜D12を明視野像用検出器の検出面として使用する。ただし、暗視野像用検出器および明視野像用検出器として使用する各検出面の数は上記に限定されず、観察する試料や電子線の強度や加速電圧等の状況に応じて適宜設定可能である。
【0054】
次に、本実施形態の収差補正子制御装置20について説明する。図5は収差補正子制御装置20の機能ブロック図である。この図に示すように、収差補正子制御装置20は、演算部21と、画像処理部22と、電源制御部23とを備え、STEM全般を制御するSTEM制御装置62と通信回線26等を経由して接続されている。なお、収差補正子制御装置20は、演算部21による収差の計算結果等を表示する表示装置24やオペレータからの操作を受付ける入力装置25を備えてもよい。また、収差補正子制御装置20は、通信回線26を用いずに、STEM制御装置62内に搭載する構成でもよい。
【0055】
画像処理部22は、検出面D13〜D16に対応する光検出器14から出力される検出信号に基づいて暗視野像を作成する。また、これと同時に、検出面D1〜D12に対応する光検出器14から出力される検出信号に基づいて明視野像を作成する。暗視野像の画像データは、収差補正子制御装置20内のメモリ等の記憶装置(図示せず)に記憶される。また、各明視野像の画像データも、各検出面に対応付けられた収束角α及び方位角θと共に記憶装置(図示せず)に記憶される。
【0056】
演算部21は、記憶装置(図示せず)から暗視野像を読み出し、この像を位置基準とし、相互相関関数等の数学的処理により各明視野像の幾何収差ベクトルGα,θを算出する。この結果、各収束角α並びに各方位角θにおける幾何収差ベクトルGα,θの各成分Gα、Gθが得られる。演算部21は、収束角α及び方位角θと、得られた幾何収差ベクトルGα,θとによる複数の組の中から所定数の組を選択し、最小二乗法等の数学的処理を用いて、幾何収差の各収差係数を算出する。
【0057】
電源制御部23は、演算部21が算出した収差係数に基づいて収差補正子55の励磁電流等を制御し、収差を低減させる。具体的には、例えば、演算部21が算出した収差係数に基づいて、収差を低減させる励磁電流等の設定値を決定し、この設定値に基づく制御信号を通信回線26を介してSTEM制御装置62に送信する。この場合、この設定値に基づいて、STEM制御装置62は収差補正子55の励磁電流等を設定し、収差の低減が図られる。
【0058】
また、デフォーカスを用いて入射電子線の光軸と検出器11の中心を一致させる場合、電源制御部23はSTEM制御装置62に対物レンズ57(図9参照)への設定信号を送信し、STEM制御装置62はこの信号に基づいて対物レンズ57の焦点距離を変更する。その後は、幾何収差ベクトルGα,θの算出と同様に、画像処理部22が暗視野像と各明視野像を同時に取得して、演算部21が各明視野像の位置ずれベクトルFα、θを算出し、且つ、その合成が最小となるような偏向器31の設定値を決定する。電源制御部23はこの設定値に基づいて、偏向器31に電流又は電圧を印加し、試料41からの電子線を偏向して入射電子線の光軸と検出器11の中心を一致させる。
【0059】
なお、光伝送路13は、光の伝送経路を変更することで電子-光変換素子12の電子線入射面内で前記複数の検出面D1〜D16を回転させる回転機構17を有してもよい。この場合、光伝送路13は、真空側に配置される光伝送路13aと、大気側に配置される光伝送路13bとに相互に回転可能に構成される。回転機構17は、光伝送路13全体の中心軸を維持しつつ、その中心軸の周りで光伝送路13bを回転させ、光伝送路13aの端面13cを光伝送路13bの端面13dに密着させる。例えば図6において、光伝送路13a、13bの各端面13c、13dが各検出面毎に実線で示すように境界線で区分されているとすると、光伝送路13bをその軸方向の周りで回転させ、光伝送路13bの端面13dの境界線を光伝送路13aの端面13cの点線で示す位置に合わせ、互いを付き合わせる。この回転によって検出面全体が回転するので、回転前の収束角α及び方位角θの組とは異なる収束角α及び方位角θの組が定義できる。例えば、図6に示すように光伝送路13bを45°回転させた場合、新たに得られる収束角は(α+22.5)°になる。このように、回転前後で検出面の位置が変えることで、収差係数の算出に用いる明視野像の数が倍増させることができ、収差係数の算出精度を向上させることができる。また、大気側にある光伝送路を回転させるので、そのその操作は簡便であり、短時間で済む。従って、収差の経時変化は最小に抑えられる。
【0060】
以上の検出面の回転は、試料41と電子-光変換素子12の間に試料41からの電子線を回転させる回転レンズ(図示せず)を設けて行ってもよい。回転レンズは軸対称レンズであり、例えば、中間レンズ59と投影レンズ60の間の焦点面に配置される。
【0061】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態に係る収差補正装置について図7及び図8を参照して説明する。本実施形態に係る収差補正装置10´と第1実施形態に係る収差補正装置10とは、検出器11の構成が異なるだけであるので、第1実施形態と重複する部分についてはその説明を割愛する。
【0062】
第1実施形態に係る検出器11では、電子-光変換素子12の一部が暗視野像検出器として使用されているのに対し、第2実施形態に係る検出器11では、電子-光変換素子12の全面が明視野像検出器として使用され、その外側に暗視野像検出器としての環状の暗視野検出面12bが設置される。暗視野検出面12bはマルチチャンネルプレート等で高感度に電子を検出するものである。従って、本実施形態にでは、光検出器14に加えて、暗視野検出面12bからの検出信号を増幅する前置増幅器15が設けられる。前置増幅器15の出力信号は画像処理部22に入力され、そこで暗視野像の画像データが作成される。
【0063】
本実施形態における光伝送路13の構成は、第1実施形態で述べたものと同様である。電子-光変換素子12の発光面は、収束角αと方位角θを対応付けた相互に位置の異なる複数の明視野像の検出面として分割される。
【0064】
原理の項で述べたように、暗視野像は各明視野像の幾何収差ベクトルGα,θを算出するための位置基準として用いるため、複数の検出面を用いて個別に暗視野像を形成する重要性は低い。従って、本実施形態によれば、光検出器の個数を削減でき、収差補正装置の構成は簡略化される。
【0065】
上記各実施形態に係る収差補正装置が搭載される走査透過電子顕微鏡(STEM)について説明する。この走査透過電子顕微鏡は、収差補正子制御装置20を除いて、周知の構成のものを適用できる。図9はその一例であって、走査透過電子顕微鏡50は、第2実施形態に係る収差補正装置10´を搭載している。
【0066】
走査透過電子顕微鏡50は、電子線1を発生する電子銃51と、少なくとも1段の収束レンズ52と、収差補正子55と、スキャン及び軸合わせ用の偏向器56と、対物レンズ57と、試料41を電子線1の照射領域に導入する試料ステージ58と、中間レンズ59と、投影レンズ60と、検出器11、及び上記の電子光学系を制御するSTEM制御装置62とを備える。なお、各レンズ間に電子線の軸合わせを行う偏向器(図示せず)が適宜設けられる。
【0067】
STEM制御装置62は、電子銃51や上記の電子光学系等に電圧又は電流を印加する電源63と、この電源の出力電圧又は出力電流を制御する電源制御部64と、検出器11からの検出信号を用いて明視野像及び暗視野像等の観察像を作成する画像処理部65と、観察像及び操作画面を表示する表示装置66と、及びオペレータからの入力(例えば観察倍率や観察領域などの入力値)を受付ける入力装置67とを備える。これらは、バス等によって相互に接続され、演算部68の演算処理によって制御されている。
【0068】
高電圧に印加された電子銃51によって生成された電子線1は、収束レンズ52に向かって加速される。電子線1は収束レンズ52によって収束され、収差補正子55及び偏向器56を通過する。その後、対物レンズ57によって更に細いビームに収束され、試料41に照射される。このとき、収差補正子55は球面収差等の各収差を補正し、偏向器56は走査透過像を得るために光軸2に垂直な二方向に向かって電子線1を偏向させ、試料41上で電子線1を走査する。各実施形態で述べたように、収差補正子55は、収差補正装置10´からも制御される。試料41を透過した或いは試料41から散乱した電子線1は対物レンズ57の後焦点面(図示せず)において一旦収束した後、中間レンズ59及び投影レンズ60を通過して、検出器11に入射する。
【0069】
検出器11には、入射した電子線1に基づき検出信号を出力する。この検出信号はSTEM制御装置62の画像処理部65に入力される。収差補正を行う場合には、この検出信号は収差補正装置10´の画像処理部22にも入力される。STEM制御装置62の画像処理部65は、この検出信号に基づき明視野像や暗視野像等の観察像(画像データ)を作成する。この観察像は、メモリやハードディスク等の記憶装置(図示せず)に適宜記録され表示装置24によって表示される。
【符号の説明】
【0070】
1 電子線
2 光軸
10、10´ 収差補正装置
11 検出器
12 電子‐光変換素子
13 光伝送路
20 収差補正子制御装置
31 偏向器
D1〜D16 検出面
50 走査透過電子顕微鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
収差補正子を有する走査透過電子顕微鏡における収差補正方法であって、
複数の検出面を備える検出器に対して試料からの電子線を入射させる工程と、
前記電子線による暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に撮像する工程と、
前記暗視野像を観察像の位置基準として前記複数の明視野像から収差係数を算出する工程と、
算出した前記収差係数に基づき、収差が低減するように前記収差補正子を制御する工程と
を備えることを特徴とする走査透過電子顕微鏡における収差補正方法。
【請求項2】
前記収差係数算出工程は、
前記複数の明視野像間の像移動量を算出する工程と、
各前記像移動量から各明視野像における幾何収差量を算出する工程と
を含むことを特徴とする請求項1に記載の収差補正方法。
【請求項3】
前記像移動量は相互相関関数を用いて算出することを特徴とする請求項2に記載の収差補正方法。
【請求項4】
前記検出器の前記複数の検出面は、角度方向及び動径方向において等間隔に配置されている
ことを特徴とする請求項3に記載の収差補正方法。
【請求項5】
前記検出器は、
前記複数の検出面として、前記複数の明視野像を取得するための複数の検出面を有する明視野像検出器と、
前記明視野像検出器の外側に設置され、前記暗視野像を取得するための1つの検出面を有する暗視野像検出器と
を含むことを特徴とする請求項3に記載の収差補正方法。
【請求項6】
前記撮像工程は、更に、前記検出器上で前記試料からの電子線を回転させて暗視野像および複数の明視野像を同時に撮像する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の収差補正方法。
【請求項7】
前記撮像工程は、更に、前記複数の検出面を回転させて暗視野像および複数の明視野像を同時に撮像する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の収差補正方法。
【請求項8】
更に前記撮像工程の前工程として、
デフォーカスするとともに、暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に取得する工程と、
前記デフォーカス時の暗視野像に対する前記デフォーカス時の各明視野像の位置ずれベクトルの合成が最も小さくなるように、前記試料からの透過電子線と前記検出器との相対位置を調整する工程と
を備えることを特徴とする請求項1に記載の収差補正方法。
【請求項9】
前記試料からの前記電子線を拡大又は縮小させる工程を更に備えることを特徴とする請求項1に記載の収差補正方法。
【請求項10】
収差補正子を有する走査透過電子顕微鏡の収差補正装置であって、
電子線が入射する複数の検出面を有する検出器と、
(a)前記電子線による暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に撮像し、
(b)前記暗視野像を観察像の位置基準として前記複数の明視野像から収差係数を算出し、
(c)算出した前記収差係数に基づき、収差が低減するように前記収差補正子を制御する制御装置と
を備えることを特徴とする走査透過電子顕微鏡の収差補正装置。
【請求項11】
前記制御装置は、前記収差係数の算出の際に、更に、前記複数の明視野像間の像移動量を算出し、各前記像移動量から各明視野像における幾何収差量を算出することを特徴とする請求項10に記載の収差補正装置。
【請求項12】
前記像移動量は相互相関関数を用いて算出することを特徴とする請求項11に記載の収差補正装置。
【請求項13】
前記検出器の前記複数の検出面は、角度方向及び動径方向において等間隔に配置されている
ことを特徴とする請求項12に記載の収差補正装置。
【請求項14】
前記検出器は、
前記複数の検出面として、前記複数の明視野像を取得するための複数の検出面を有する明視野像検出器と、
前記明視野像検出器の外側に設置され、前記暗視野像を取得するための1つの検出面を有する暗視野像検出器と
を含むことを特徴とする請求項12に記載の収差補正装置。
【請求項15】
さらに、試料と前記検出器と間に設置される回転レンズを備え、
前記制御装置は、更に、回転レンズを制御して前記検出器上で電子線を回転させるとともに、暗視野像および複数の明視野像を同時に撮像する
ことを特徴とする請求項10に記載の収差補正装置。
【請求項16】
前記検出器は、
電子線を光に変換する電子-光変換素子と、
前記電子-光変換素子を前記複数の検出面として分割するとともに、各前記検出面からの光を伝送する光伝送路と、
前記光伝送路から伝送された光を前記複数の検出面毎に電気信号に変換する複数の光検出器と、
を備えることを特徴とする請求項13又は14に記載の収差補正装置。
【請求項17】
前記光伝送路は、光の伝送経路を変更することで前記電子-光変換素子の電子線入射面内で前記複数の検出面を回転させる回転機構を有する
ことを特徴とする請求項16に記載の収差補正装置。
【請求項18】
前記制御装置は、前記暗視野像および前記複数の明視野像を撮像する前に、
デフォーカスするとともに、暗視野像および前記検出面毎に前記電子線の角度情報を含む明視野像を同時に取得し、
前記デフォーカス時の暗視野像に対する前記デフォーカス時の明視野像の各位置ずれベクトルの合成が最も小さくなるように、電子線と前記検出器との相対位置を調整することを特徴とする請求項10に記載の収差補正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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