説明

超電導薄膜用基材の製造方法、超電導薄膜用基材及び超電導薄膜

【課題】CeOキャップ層の成膜工程における安全性を向上させるとともに、超電導薄膜の低コスト化と通電特性の向上を図ることができる技術を提供する。
【解決手段】超電導薄膜用基材の製造方法において、金属基板上にベッド層を成膜し(第1工程)、ベッド層上にイオンビームアシスト蒸着法により配向層を形成し(第2工程)、配向層上にスパッタ法によりCeOからなるキャップ層を形成する(第3工程)。また、第3工程を、酸素分圧が2.0×10−2〜2.9×10−1Paである不活性ガス(例えばアルゴン)と酸素の混合ガス雰囲気中で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導ケーブルや超電導マグネットなどの超電導機器に用いられる超電導薄膜用の基材の製造方法、超電導薄膜用基材及び超電導薄膜に関し、特に、金属基板上に形成される中間層の成膜技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、液体窒素温度(77K)以上で超電導を示す高温超電導体の一種として、RE系超電導体(RE:希土類元素)が知られている。特に、化学式YBaCu7−yで表されるイットリウム系超電導体(以下、Y系超電導体又はYBCO)が代表的である。なお、Y系超電導体には、イットリアの一部をガドリニウム(Gd)で置換した超電導体(例えば(Y+Gd)BCOと表記される)等も含まれる。
Y系超電導体を用いた超電導薄膜(以下、Y系超電導薄膜)は、一般に、金属基板上に中間層、Y系超電導体からなる層(以下、Y系超電導層)、保護層が順に形成された積層構造を有している。
このY系超電導薄膜は、例えば、低磁性の無配向金属基板(例えば、ニッケル基の耐熱・耐食合金であるハステロイ(登録商標、ヘインズ社製))上に配向層を含む中間層を形成し、この配向層上に、パルスレーザ蒸着法(PLD:Pulsed Laser Deposition)や有機金属気相成長法(MOCVD:Metal Organic Chemical Vapor Deposition)等によりY系超電導層を成膜することにより製造される。
【0003】
このような高温超電導薄膜における臨界電流特性(Ic特性)は、その超電導体の結晶方位、特に2軸配向性に大きく依存することが知られている。したがって、高い2軸配向性を有する超電導層を得るためには、下地となる中間層の結晶性を向上させる必要がある。その方法の一つとして、イオンビームアシスト蒸着法(IBAD:Ion Beam Assisted Deposition)がある(例えば特許文献1)。IBAD法とは、成膜面に対して斜め方向からイオンビームを照射しながら、蒸着源からの蒸着粒子を成膜面に堆積させて配向層を成膜する方法である。IBAD法においては、薄膜で高い2軸配向性が得られることから、岩塩型であるMgOが蒸着源として用いられ、開発の主流となっている。以下において、IBAD法により成膜したMgO層をIBAD−MgO層と称する。
【0004】
また、IBAD−MgO層上にCeOからなるキャップ層を成膜し、CeOの自己配向効果により面内配向性をさらに向上させる技術が提案されている(例えば特許文献2、非特許文献1)。特許文献2、非特許文献1では、IBAD法により成膜された配向層の上にPLD法によりCeOキャップ層を成膜し、その上に超電導層を成膜する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−96563号公報
【特許文献2】特開2009−70926号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】フジクラ技報 第116号、2009年7月、p38−42
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、CeOキャップ層をPLD法により成膜する場合、有毒なFガスを用いることとなるため、安全上の取扱いに注意が必要となる。また、KrやNeといった高価な希ガスを用いるため、低コスト化が困難となる。さらに、PLD法によりCeOキャップ層を成膜した場合、CeOキャップ層の表面に直径約1μm、高さ20〜40nm程度のドロップレット呼ばれる突起物が発生しやすい。この突起物は、周囲の結晶とは無関係に形成されるため配向していない。そして、このようなCeOキャップ層上に超電導層を形成した場合、超電導層中に超電導電流の電流パスを阻害する結晶が形成されるため、超電導薄膜の超電導特性(例えばIc特性)が低下してしまう。
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、CeOキャップ層の成膜工程における安全性を向上させるとともに、超電導薄膜の低コスト化と通電特性の向上を図ることができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、
金属基板上にベッド層を成膜する工程と、
前記ベッド層上にイオンビームアシスト蒸着法により配向層を形成する工程と、
不活性ガスと酸素の混合ガス雰囲気中で前記配向層上にスパッタ法によりCeOからなるキャップ層を形成する工程と、
を備えることを特徴とする超電導薄膜用基材の製造方法である。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、酸素分圧が2.0×10−2〜2.9×10−1Paであることを特徴とする。
【0011】
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、酸素分圧が4.0×10−2〜1.8×10−1Paであることを特徴とする。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記配向層上にLaMnOからなる格子整合層を形成する工程を有することを特徴とする。
【0013】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、酸素分圧が2.0×10−2〜1.3×10−1Paであることを特徴とする。
【0014】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、全圧が3×10−1〜7×10−1Paであることを特徴とする。
【0015】
請求項7に記載の発明は、請求項1〜6の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記ベッド層が、GZOで構成されていることを特徴とする。
【0016】
請求項8に記載の発明は、請求項1〜6の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法において、
前記ベッド層が、Y/Alの2層で構成されていることを特徴とする。
【0017】
請求項9に記載の発明は、請求項1〜8の何れか一項に記載の製造方法により得られる超電導薄膜用基材であって、
前記キャップ層のX線回折によるCeO(200)のピーク位置が32.93°以上であることを特徴とする。
【0018】
請求項10に記載の発明は、請求項1〜8の何れか一項に記載の製造方法により得られる超電導薄膜用基材又は請求項9に記載の超電導薄膜用基材の表面に、超電導層を形成してなる超電導薄膜である。
【0019】
以下に、本発明を完成するに至った経緯について説明する。
本発明者は、CeOキャップ層の成膜方法として、有毒ガスであるFや、Kr,Ne等の高価な希ガスを用いる必要のないスパッタ法に着目した。一般に、スパッタ法はAr雰囲気中で行われ、プラズマ放電により発生したArイオンを蒸着源に衝突させることにより、蒸着源からはじき出された蒸着粒子を成膜面に堆積させて成膜する。
しかしながら、一般的なAr雰囲気中でCeOキャップ層を成膜したところ、CeOキャップ層において良好な面内配向性が得られなかった。また、一般的なArを用いたスパッタ法により成膜されたCeOキャップ層には、c軸が基板の垂直方向を向いた結晶(c軸配向結晶)だけでなく、c軸が基板の垂直方向から傾いた結晶(異方位結晶)が存在することがわかった。CeOキャップ層中に異方位結晶が存在すると、この上に超電導層を形成した際に、超電導電流の電流パスを阻害する結晶が形成されるため、超電導薄膜のIc特性が低下することとなる。
【0020】
そこで、スパッタ法によりCeOキャップ層を成膜する際の成膜条件について検討した。そして、スパッタ法によりCeOキャップ層を成膜する際に、酸素分圧を徐々に増加させていくとある値でCeOキャップ層の面内配向度Δφが最小となり、さらに増加させると面内配向度Δφが増大することを突き止めた。これより、酸素分圧を適正な範囲に制御したアルゴンと酸素の混合ガス雰囲気中でCeOキャップ層を成膜することが、良好な面内配向性を有し、異方位結晶の少ないキャップ層を実現する上で、非常に有効であるという知見を得た。
【0021】
本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、さらなる実験により、スパッタ法でCeOキャップ層を成膜するときの酸素分圧の範囲を規定している。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、スパッタ法によりCeOキャップ層を成膜するので、Fガスなどの有毒ガスを用いる必要がない。したがって、CeOキャップ層の成膜工程における安全性が向上する。また、KrやNeなどの高価な希ガスを用いないので、低コスト化を図ることができる。
さらに、CeOキャップ層の表面にドロップレットが発生しないので、良好な表面平坦性及び面内配向性を有するキャップ層を実現できる。したがって、超電導層中に超電導電流の電流パスを阻害する結晶が形成されなくなり、超電導薄膜の通電特性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施形態に係る超電導薄膜の積層構造を示す図である。
【図2】実施形態に係る超電導薄膜用基材の構造を示す図である。
【図3】実施形態に係る超電導薄膜用基材の製造工程を示す図である。
【図4】実施形態に係る格子整合層を有した超電導薄膜用基材の構造を示す図である。
【図5】実施形態に係る格子整合層を有した超電導薄膜用基材の製造工程を示す図である。
【図6】キャップ層の面内配向度と酸素分圧の関係を示す図である。
【図7】キャップ層についてX線回折(銅のKα線)によるθ−2θを測定したときのCeO(200)のピーク位置と酸素分圧の関係を示す図である。
【図8】格子整合層を有した超電導薄膜用基材のキャップ層の面内配向度と酸素分圧の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は、本実施形態に係る超電導薄膜1の積層構造を示す図である。
図1に示すように、Y系超電導薄膜1は、金属基板10上に中間層20、超電導層30、安定化層40が順に形成された積層構造を有している。図1における金属基板10と中間層20が、本発明に係る超電導薄膜用基材2を構成する。
【0025】
本実施形態において、金属基板10は、低磁性の無配向金属基板(例えばハステロイC276(登録商標))である。中間層20は、ベッド層及び配向層を有し、超電導層30において高い面内配向性を実現するために形成される。超電導層30は、Y系超電導体からなるY系超電導層であり、例えばMOCVD法により成膜される。超電導層30の上面には、例えばスパッタ法により銀からなる安定化層40が成膜されている。
【0026】
図2は、本実施形態に係る超電導薄膜用基材2の構造を示す図である。また、超電導薄膜用基材2の成膜工程を図3に示す。
図2に示すように、中間層20は、ベッド層21、配向層22、キャップ層23を備えて構成されている。
【0027】
ベッド層21は、配向層22の配向を促すとともに、金属基板10の構成元素が拡散するのを防止するためのGZO(GdZr)からなる層であり、膜厚は20〜200nmである。
ベッド層21は、例えばアルゴン雰囲気中でRFスパッタ法により成膜される(図3のステップS101)。RFスパッタ法では、プラズマ放電で発生した不活性ガスイオン(例えばAr)を蒸着源(GZO)に衝突させ、はじき出された蒸着粒子を成膜面に堆積させて成膜する。このときの成膜条件は、ベッド層21の膜厚等によって適宜設定されるが、例えば、RFスパッタ出力:100〜500W、搬送速度:10〜100m/h、成膜温度:20〜500℃とされる。
なお、ベッド層21の成膜には、イオン発生器(イオン銃)で発生させたイオンを蒸着源に衝突させるイオンビームスパッタ法を利用することもできる。
【0028】
配向層22は、超電導層30の結晶を一定の方向に配向させるためのMgOからなる多結晶薄膜であり、膜厚は1〜20nmである。配向層22は、アルゴン、酸素、又はアルゴンと酸素の混合ガス雰囲気中でIBAD法により成膜される(図3のステップS102)。IBAD法では、アシストイオンビームを成膜面に対して斜め方向から照射しながら、RFスパッタ(又はイオンビームスパッタ)により蒸着源(MgO)からはじき出された蒸着粒子を成膜面に堆積させて成膜する。このときの成膜条件は、配向層22の膜厚等によって適宜設定されるが、例えば、アシストイオンビーム電圧:800〜1500V、アシストイオンビーム電流:80〜350mA、アシストイオンビーム加速電圧:200V、RFスパッタ出力:800〜1500W、搬送速度:80〜500m/h、成膜温度:5〜250℃とされる。
なお、配向層22の成膜には、蒸着源をMgとして、アルゴンと酸素の混合ガス雰囲気中でスパッタすることにより、はじき出されたMgと酸素を反応させてMgOを成膜させる反応性スパッタを利用することもできる。
【0029】
キャップ層23は、配向層22を保護するとともに超電導層30との格子整合性を高めるためのCeOからなる層で、膜厚は200〜400nmである。キャップ層23は、RFスパッタ法により成膜される(図3のステップS103)。このときの成膜条件は、キャップ層23の膜厚等によって適宜設定されるが、例えば、RFスパッタ出力:400〜1000W、搬送速度:2〜50m/h、成膜温度:450〜800℃とされる。
本実施形態では、キャップ層23の成膜工程を、酸素分圧が2.0×10−2〜2.9×10−1Paであるアルゴンと酸素の混合ガス雰囲気中で行う。これにより、良好な表面平坦性及び面内配向性を有するキャップ層23を実現できる。
【0030】
図4は、本実施形態に係る超電導薄膜用基材3の構造を示す図である。また、超電導薄膜用基材3の成膜工程を図5に示す。
図4に示すように、中間層20は、ベッド層21、配向層22、格子整合層24、キャップ層23を備えて構成されている。
【0031】
ベッド層21、配向層22、キャップ層23は図2と同様の構成であり、図3と同様の成膜工程で成膜される。
格子整合層24は、MgOからなる配向層22とCeOからなるキャップ層23との不整合度を緩和するためのLMO(LaMnO)からなる層であり、膜厚は20〜80nmである。
格子整合層24は、RFスパッタ法により成膜される(図5のステップS104)。このときの成膜条件は、キャップ層23の膜厚等によって適宜設定されるが、例えば、RFスパッタ出力:100〜300W、搬送速度:20〜90m/h、成膜温度:550℃〜950℃とされる。
【0032】
[実施例1]
実施例1では、ハステロイ基板10をRFスパッタ成膜装置に導入し、1×10−3Paまで真空引きした。そして、GZOを蒸着源として、RFスパッタ法によりGZOからなるベッド層21を、室温において、膜厚100nm、搬送速度30m/hで成膜した。
【0033】
次に、ベッド層21を成膜した基材をIBAD装置に導入し、1×10−4Paまで真空引きした。そして、MgOを蒸着源として、IBAD法によりMgOからなる配向層22を、室温において、膜厚5nm、搬送速度80m/hで成膜した。
【0034】
次に、配向層22を成膜した基材をRFスパッタ成膜装置に導入し、1×10−3Paまで真空引きした。そして、基材温度(成膜温度)が500℃になるまで昇温した後、3.0×10−3Paまで真空引きした。
その後、アルゴンと酸素の混合ガスを導入して全圧を4.4×10−1Paとした。そして、CeOを蒸着源として、RFスパッタ法によりCeOからなるキャップ層23を、膜厚400nmで成膜した。成膜条件は、RFスパッタ出力:800W、搬送速度:4m/hとした。この際、酸素分圧によるキャップ層23の性状の変化を調べるために、酸素分圧を0〜2.9×10−1Paの範囲で変化させた。
そして、得られた超電導薄膜用基材2に超電導層30及び安定化層40を成膜し、超電導薄膜1を作製した。
【0035】
[実施例2]
実施例2では、キャップ層23の成膜工程において、搬送速度を8m/hとして、CeOからなるキャップ層23を膜厚200nmで成膜した。この際、酸素分圧によるキャップ層23の性状を調べるために、酸素分圧を0〜2.9×10−1Paの範囲で変化させた。その他の成膜条件は実施例1と同様とした。
そして、得られた超電導薄膜用基材2に超電導層30及び安定化層40を成膜し、超電導薄膜1を作製した。
【0036】
図6は、実施例1,2で得られた超電導薄膜用基材2のキャップ層23の面内配向度と酸素分圧の関係を示す図である。また、図7は、実施例1,2で得られた超電導薄膜用基材2のキャップ層23について、X線回折(銅のKα線)によるθ−2θを測定したときのCeO(200)のピーク位置と酸素分圧の関係を示す図である。
【0037】
[実施例3]
実施例3では、ハステロイ基板10をRFスパッタ成膜装置に導入し、1×10−3Paまで真空引きした。そして、GZOを蒸着源として、RFスパッタ法によりGZOからなるベッド層21を、室温において、膜厚100nm、搬送速度30m/hで成膜した。
【0038】
次に、ベッド層21を成膜した基材をIBAD装置に導入し、1×10−4Paまで真空引きした。そして、MgOを蒸着源として、IBAD法によりMgOからなる配向層22を、室温において、膜厚5nm、搬送速度80m/hで成膜した。
【0039】
次に、配向層22を成膜した基材をRFスパッタ成膜装置に導入し、1×10−3Paまで真空引きした。そして、基材温度(成膜温度)が800℃になるまで昇温した後、3.0×10−3Paまで真空引きした。そして、LaMnOを蒸着源として、RFスパッタ法によりLaMnOからなる格子整合層24を、膜厚30nm、搬送速度60m/hで成膜した。
【0040】
次に、格子整合層24を成膜した基材をRFスパッタ成膜装置に導入し、1×10−3Paまで真空引きした。そして、基材温度(成膜温度)が700℃になるまで昇温した後、3.0×10−3Paまで真空引きした。
その後、アルゴンと酸素の混合ガスを導入して全圧を4.4×10−1Paとした。そして、CeOを蒸着源として、RFスパッタ法によりCeOからなるキャップ層23を、膜厚200nmで成膜した。成膜条件は、RFスパッタ出力:800W、搬送速度:4m/hとした。この際、酸素分圧によるキャップ層23の性状の変化を調べるために、酸素分圧を0〜2.9×10−1Paの範囲で変化させた。
そして、得られた超電導薄膜用基材3に超電導層30及び安定化層40を成膜し、超電導薄膜1を作製した。
図8は、実施例3で得られた超電導薄膜用基材3のキャップ層23の面内配向度と酸素分圧の関係を示す図である。
【0041】
実施例1(キャップ層23の膜厚が400nm)の場合は、図6に示すように、酸素分圧が2.0×10−2〜2.9×10−1Paのときに、キャップ層23の面内配向度Δφが6°以下となり、良好な面内配向性を有することが確認された。また、酸素分圧が4.0×10−2〜1.8×10−1Paのときには、キャップ層23の面内配向度Δφが5°以下となり、さらに良好な面内配向性を有することが確認された。また、酸素分圧が5.5×10−2〜1.4×10−1Paのときには、キャップ層23の面内配向度Δφが4.5°以下となり、さらに良好な面内配向性を有することが確認された。
【0042】
酸素分圧が2.0×10−2Pa未満と低い場合、CeOが酸素欠損の状態であり、CeOの立方晶の結晶構造が歪み、完全な結晶構造である立方体から結晶構造にずれが生じる。そのため、結晶の方位のばらつきが大きく、Δφが大きくなってしまったと考えられる。
一方、酸素分圧を大きくしていくとCeOの結晶構造が、完全な結晶構造である立方体に近づくため、結晶の方位がそろいやすく、Δφが小さくなったと考えられる。
【0043】
また、図7に示すように、酸素分圧が2.0×10−2Pa以上のときは、CeO(200)のピーク位置が32.93°〜32.96°であった。CeO(200)のピーク位置が高いことから、CeOキャップ層23の格子定数が小さく、MgO配向層22との格子不整合度が小さくなったため、面内配向度Δφが6°以下になったと考えられる。
一方、酸素分圧が2.0×10−2Pa未満のときは、CeO(200)のピーク位置が低いことから、CeOキャップ層23の格子定数が大きく、MgO配向層22との格子不整合度が大きいために、面内配向度Δφが6°より大きくなったと考えられる。
また、酸素分圧が2.9×10−1Paよりも大きいときは、CeO(200)のピーク位置が高いことから、MgO配向層22との格子不整合度は小さいと考えられるが、酸素イオンが蒸着源をスパッタリングする量が多くなり、蒸着源からはじき出されたCeのエネルギーが減少したために面内配向度Δφが6°より大きくなったと考えられる。
なお、CeO(200)におけるピーク位置は、CeOの組成上、最大で33.10°となることから、CeO(200)のピーク位置は、32.93°以上であって、33.10°以下となることが好ましい。
【0044】
実施例2(キャップ層23の膜厚が200nm)の場合は、図6に示すように、酸素分圧が3.0×10−2〜1.8×10−1Paのときに、キャップ層23の面内配向度Δφが6°以下となり、良好な面内配向性を有することが確認された。
【0045】
実施例1と同様に、酸素分圧が3.0×10−2Pa未満と低い場合、CeOが酸素欠損の状態であり、CeOの立方晶の結晶構造が歪み、完全な結晶構造である立方体から結晶構造にずれが生じる。そのため、結晶の方位のばらつきが大きく、Δφが大きくなってしまったと考えられる。
一方、酸素分圧を大きくしていくとCeOの結晶構造が、完全な結晶構造である立方体に近づくため、結晶の方位がそろいやすく、Δφが小さくなったと考えられる。
【0046】
また、図7に示すように、酸素分圧が3.0×10−2Pa以上のときは、CeO(200)のピーク位置が32.95°以上であった。CeO(200)のピーク位置が高いことから、CeOキャップ層23の格子定数が小さく、MgO配向層22との格子不整合度が小さくなったため、面内配向度Δφが6°以下になったと考えられる。
一方、酸素分圧が3.0×10−2Pa未満のときは、CeO(200)のピーク位置が低いことから、CeOキャップ層23の格子定数が大きく、MgO配向層22との格子不整合度が大きいために、面内配向度Δφが6°より大きくなったと考えられる。
また、酸素分圧が1.8×10−1Paよりも大きいときは、CeO(200)のピーク位置が高いことから、MgO配向層22との格子不整合度は小さいと考えられるが、酸素イオンが蒸着源をスパッタリングする量が多くなり、蒸着源からはじき出されたCeのエネルギーが減少したために面内配向度Δφが6°より大きくなったと考えられる。
【0047】
実施例3(LaMnO層(格子整合層24)をキャップ層23と配向層22の間に導入した場合、キャップ層23の膜厚は200nm)の場合は、図8に示すように、酸素分圧が2.0×10−2〜1.3×10−1Paのときに、キャップ層23の面内配向度Δφが6.5°以下となり、良好な面内配向性を有することが確認された。
【0048】
実施例1、2と同様に、酸素分圧が2.0×10−2Pa未満と低い場合、CeOが酸素欠損の状態であり、CeOの立方晶の結晶構造が歪み、完全な結晶構造である立方体から結晶構造にずれが生じる。そのため、結晶の方位のばらつきが大きく、Δφが大きくなってしまったと考えられる。
一方、酸素分圧を大きくしていくとCeOの結晶構造が、完全な結晶構造である立方体に近づくため、結晶の方位がそろいやすく、Δφが小さくなったと考えられる。
また、酸素分圧が1.3×10−1Paよりも大きいときは、CeO(200)のピーク位置が高いことから、MgO配向層22との格子不整合度は小さいと考えられるが、酸素イオンが蒸着源をスパッタリングする量が多くなり、蒸着源からはじき出されたCeのエネルギーが減少したために面内配向度Δφが6.5°より大きくなったと考えられる。
【0049】
実施例1〜3のキャップ層23表面の突起物の中で直径が3μm以下のものは、高さが20nmよりも小さいことを確認した。
【0050】
また、実施例1〜3で得られた超電導薄膜(幅1cm)について、液体窒素中における臨界電流を、4端子法により電圧定義1μV/cmとして測定したところ、キャップ層23の面内配向度Δφが小さいほどIc特性が良好になる傾向が見られた。具体的には、キャップ層23の面内配向度Δφが6.5°以下の場合は臨界電流値が150A以上、6°以下の場合は200A以上、5°以下の場合は250A以上、4.5°以下の場合は300A以上となった。
【0051】
このように、本実施形態では、金属基板10上にベッド層21を成膜し(図3、5のステップS101)と、ベッド層21上にイオンビームアシスト蒸着法により配向層22を形成し(図3、5のステップS102)、アルゴンと酸素の混合ガス雰囲気中で配向層22上にスパッタ法によりCeOからなるキャップ層23を形成する(図3、5のステップS103)。また、CeOからなるキャップ層23を形成する工程を、酸素分圧が2.0×10−2〜2.9×10−1Paであるアルゴンと酸素の混合ガス雰囲気中で行う。
【0052】
これにより、PLD法のようにFガスなどの有毒ガスを用いる必要がないので、CeOキャップ層23の成膜工程における安全性が向上する。また、KrやNeなどの高価な希ガスを用いないので、低コスト化を図ることができる。
さらに、CeOキャップ層23の表面にドロップレットが発生しないので、良好な表面平坦性及び面内配向性を有するキャップ層を実現できる(例えば、膜厚400μmのときに面内配向度Δφが6.5°以下)。したがって、超電導層中に超電導電流の電流パスを阻害する結晶が形成されなくなり、超電導薄膜の通電特性の向上を図ることができる。
また、酸素分圧の範囲を最適化することにより、CeOキャップ層23の面内配向性をさらに向上させ、CeOキャップ層23の薄膜化を図ることができる。
なお、CeOキャップ層23の薄膜化の際には、面内配向度Δφが6.5°以下であることが望まれるため、キャップ層23の膜厚は好ましくは150nm以上である。また、面内配向度は、キャップ層23を厚くすることにより向上するが、800nmを超えると、面内配向度の向上は飽和してくるため、キャップ層23の膜厚は好ましくは800nm以下である。
【0053】
なお、混合ガス雰囲気は、全圧が3×10−1〜7×10−1Paであることが好ましい。全圧が7×10−1Paを超えると、不活性ガス量が増えるために、不活性ガスイオンの密度が増え、一つ一つの不活性ガスイオンのもつエネルギーが減少し、その不活性ガスイオンが蒸着減をスパッタリングするため、蒸着源からはじき出されたCeのエネルギーが減少してしまうため好ましくない。また、全圧が3×10−1Pa未満の場合には、不活性ガス量が少ないために、蒸着減をスパッタリングする量が減少し、蒸着源からはじき出されるCeの量が減少するため好ましくない。
【0054】
以上、本発明者によってなされた発明を実施形態に基づいて具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で変更可能である。
例えば、上記実施形態では、ベッド層21をGZOで構成した場合について説明したが、Y/Alの2層でベッド層21を構成するようにしてもよい。この場合、Y層が配向層22の配向を促し、Al層が金属基板10からのカチオンの拡散を抑制する。
また例えば、金属基板10には、ハステロイ以外の無配向の金属基板、例えば、SUS304を適用することができる。
【0055】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0056】
1 超電導薄膜
2 超電導薄膜用基材
3 超電導薄膜用基材
10 金属基板(ハステロイ)
20 中間層
21 ベッド層(GZO)
22 二軸配向層(IBAD−MgO)
23 キャップ層(CeO
24 格子整合層(LaMnO
30 超電導層(YBCO)
40 安定化層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基板上にベッド層を成膜する工程と、
前記ベッド層上にイオンビームアシスト蒸着法により配向層を形成する工程と、
不活性ガスと酸素の混合ガス雰囲気中で前記配向層上にスパッタ法によりCeOからなるキャップ層を形成する工程と、
を備えることを特徴とする超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項2】
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、酸素分圧が2.0×10−2〜2.9×10−1Paであることを特徴とする請求項1に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項3】
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、酸素分圧が4.0×10−2〜1.8×10−1Paであることを特徴とする請求項1に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項4】
前記配向層上にLaMnOからなる格子整合層を形成する工程を有することを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項5】
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、酸素分圧が2.0×10−2〜1.3×10−1Paであることを特徴とする請求項4に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項6】
前記キャップ層を形成する工程における前記混合ガス雰囲気は、全圧が3×10−1〜7×10−1Paであることを特徴とする請求項1〜5の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項7】
前記ベッド層が、GZOで構成されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項8】
前記ベッド層が、Y/Alの2層で構成されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか一項に記載の超電導薄膜用基材の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか一項に記載の製造方法により得られる超電導薄膜用基材であって、
前記キャップ層のX線回折によるCeO(200)のピーク位置が32.93°以上であることを特徴とする超電導薄膜用基材。
【請求項10】
請求項1〜8の何れか一項に記載の製造方法により得られる超電導薄膜用基材又は請求項9に記載の超電導薄膜用基材の表面に、超電導層を形成してなる超電導薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−9433(P2012−9433A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−118549(P2011−118549)
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】