説明

超音波診断装置

【課題】連続波を利用した超音波診断装置における超音波ビーム形成処理の改良技術を提供する。
【解決手段】送信BF14は、送信用振動子10が備える複数の送信用振動素子の各々に対応した送信信号を利用して送信ビームを形成する。遅延回路25は、受信用振動子12が備える複数の受信用振動素子の各々に対応した参照信号を形成する。受信ミキサ30は、各受信用振動素子に対応した参照信号を利用してその受信用振動素子から得られる受信信号に対して復調処理を施すことにより復調信号を得る。整相加算部40,42は、各受信用振動素子に対応した復調信号に対してその受信用振動素子に応じた遅延処理を施し、複数の受信用振動素子に対応した遅延処理後の複数の復調信号を加算処理することにより、超音波の受信ビームに対応した受信ビーム信号(整相加算後の復調信号)を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波診断装置に関し、特に、連続波を利用する超音波診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波診断装置の連続波を利用した技術として、連続波ドプラが知られている。連続波ドプラでは、例えば、数MHzの正弦波である送信波が生体内へ連続的に放射され、生体内からの反射波が連続的に受波される。反射波には、生体内における運動体(例えば血流など)によるドプラシフト情報が含まれる。そこで、そのドプラシフト情報を抽出して周波数解析することにより、運動体の速度情報を反映させたドプラ波形などを形成することができる。
【0003】
連続波を利用した連続波ドプラは、パルス波を利用したパルスドプラに比べて一般に高速の速度計測の面で優れている。こうした事情などから、本願の出願人は、連続波ドプラに関する研究を重ねてきた。その成果の一つとして、特許文献1において、周波数変調処理を施した連続波ドプラ(FMCWドプラ)に関する技術を提案している。
【0004】
一方、連続波ドプラでは、連続波を利用していることにより位置計測が困難である。例えば、従来の一般的な連続波ドプラの装置(FMCWドプラを利用しない装置)では、位置計測を行うことができなかった。これに対し、本願の出願人は、特許文献2において、FMCWドプラにより選択的に生体内組織の所望の位置からドプラ情報を抽出することができる極めて画期的な技術を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−253949号公報
【特許文献2】特開2008−289851号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1や特許文献2に記載されたFMCWドプラの技術は、それまでにない超音波診断の可能性を秘めた画期的な技術である。本願発明者は、この画期的な技術の改良についてさらに研究を重ねてきた。特に、超音波ビーム形成処理との融合に注目した。
【0007】
本発明は、このような背景において成されたものであり、その目的は、連続波を利用した超音波診断装置における超音波ビーム形成処理の改良技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の好適な態様である超音波診断装置は、超音波を送波する複数の送信用振動素子と、超音波を受波する複数の受信用振動素子と、周波数を周期的に変化させた連続波信号を出力する連続波信号出力部と、前記連続波信号に対して各送信用振動素子に応じた遅延処理を施してその送信用振動素子に対応した送信信号を形成し、前記複数の送信用振動素子を各々に対応した送信信号を利用して制御することにより、超音波の送信ビームを形成する送信処理部と、前記連続波信号に対して各受信用振動素子に応じた遅延処理を施すことにより、前記複数の受信用振動素子の各々に対応した参照信号を得る参照信号処理部と、各受信用振動素子に対応した参照信号を利用してその受信用振動素子から得られる受信信号に対して復調処理を施すことにより、前記複数の受信用振動素子の各々に対応した復調信号を得る復調処理部と、各受信用振動素子に対応した復調信号に対してその受信用振動素子に応じた遅延処理を施し、前記複数の受信用振動素子に対応した遅延処理後の複数の復調信号を加算処理することにより、超音波の受信ビームに対応した受信ビーム信号を得る受信処理部と、を有することを特徴とする。
【0009】
望ましい態様において、前記参照信号処理部は、前記連続波信号に対して各受信用振動素子から目標位置までの距離に応じた遅延処理を施してその受信用振動素子に対応した参照信号を得る、ことを特徴とする。
【0010】
望ましい態様において、前記送信処理部は、前記目標位置を焦点として超音波の送信ビームを形成する、ことを特徴とする。
【0011】
望ましい態様において、前記受信処理部は、前記目標位置を焦点として超音波の受信ビームを形成して受信ビーム信号を得る、ことを特徴とする。
【0012】
望ましい態様において、前記受信処理部は、各受信用振動素子に対応した復調信号をデジタル復調信号に変換し、そのデジタル復調信号に対してデジタル信号処理により遅延処理を施す、ことを特徴とする。
【0013】
望ましい態様において、前記参照信号処理部は、前記連続波信号に対応した矩形波信号に対して各受信用振動素子に応じた遅延処理を施すことにより、前記複数の受信用振動素子の各々に対応した参照信号を得る、ことを特徴とする。
【0014】
望ましい態様において、前記連続波信号出力部は、変調信号を用いて搬送波信号を周波数変調処理することにより得られる連続波信号を出力する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、連続波を利用した超音波診断装置における超音波ビーム形成処理の改良技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る超音波診断装置の全体構成を示す機能ブロック図である。
【図2】超音波ビームと目標位置を説明するための図である。
【図3】複数の送信用振動素子の各々に対応した送信信号を示す図である。
【図4】各受信用振動素子ごとの処理を説明するための図である。
【図5】受信信号と参照信号と復調信号を説明するための図である。
【図6】復調信号に対する各処理を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。
【0018】
図1には、本発明に係る超音波診断装置の好適な実施形態が示されており、図1はその全体構成を示す機能ブロック図である。送信用振動子10は生体内へ送信波を連続的に送波し、また、受信用振動子12は生体内からの反射波を連続的に受波する。このように、送信および受信がそれぞれ異なる振動子で行われて、いわゆる連続波ドプラ法による送受信が実行される。なお、送信用振動子10は複数の振動素子を備えており、これら複数の振動素子が制御されて超音波の送信ビームが形成される。また、受信用振動子12も複数の振動素子を備えており、これら複数の振動素子により得られた信号が処理されて受信ビームに沿って受信ビーム信号が得られる。
【0019】
送信ビームフォーマ(送信BF)14は、送信用振動子10が備える複数の振動素子に対して送信信号を出力する。送信ビームフォーマ14には、例えば正弦波によるFM変調処理が施されたFM連続波(FMCW波)が入力される。送信ビームフォーマ14は、FM連続波に対して、各振動素子に応じた遅延処理を施して各振動素子に対応した送信信号を形成する。なお、送信ビームフォーマ14において形成された各振動素子に対応した送信信号に対して、必要に応じて電力増幅処理が施されてもよい。こうして、FM連続波による送信ビームが形成される。
【0020】
FM変調器20は、送信ビームフォーマ14にFM連続波を出力する。FM変調器20は、変調波生成部24から供給される変調信号を用いて、RF波発振器22から供給されるRF波(搬送波信号)に対して周波数変調を施すことにより、FM連続波を発生する。このFM連続波の波形等については後に詳述する。
【0021】
前置増幅器16は、受信用振動子12が備える複数の振動素子から得られる複数の受波信号の各々に対して低雑音増幅等の処理を施す。そして、前置増幅器16において処理された信号、つまり、受信用振動子12が備える複数の振動素子(受信用振動素子)から得られる複数の受波信号(受信RF信号)が受信ミキサ30において復調処理される。
【0022】
受信ミキサ30は、複数の受信用振動素子の各々に対応した複数の受信RF信号に対して、各受信RF信号ごとに直交検波を施すことにより、複数の受信用振動素子の各々に対応した複数の複素ベースバンド信号を生成する回路であり、ミキサ32とミキサ34で構成される。ミキサ32とミキサ34は、各受信RF信号を所定の参照信号と混合(乗算処理)する回路である。
【0023】
受信ミキサ30の各ミキサに供給される参照信号は、FM変調器20から出力されるFM連続波に基づいて生成される。つまり、FM変調器20から出力されるFM連続波が遅延回路25において遅延処理され、ミキサ32には遅延処理されたFM連続波が直接供給され、一方、ミキサ34には遅延処理されたFM連続波がπ/2シフト回路26を経由して供給される。
【0024】
π/2シフト回路26は遅延処理されたFM連続波の位相をπ/2だけずらす回路である。この結果、ミキサ32から同相信号成分(I信号成分)が出力され、ミキサ34から直交信号成分(Q信号成分)が出力される。そして、受信ミキサ30の後段に設けられたLPF(ローパスフィルタ)36,38により、同相信号成分および直交信号成分の各々の高周波数成分がカットされ、検波後の必要な帯域のみの復調信号が抽出される。
【0025】
ミキサ32とLPF36による同相信号成分に関する処理は、複数の受信用振動素子の各々について実行され、これにより、複数の受信用振動素子に対応した複数の復調信号が整相加算部40へ供給される。そして、整相加算部40において複数の復調信号が整相加算処理されて受信ビームに対応した復調信号(同相信号成分)が形成される。同様に、ミキサ34とLPF38による直交信号成分に関する処理も、複数の受信用振動素子の各々について実行され、これにより、複数の受信用振動素子に対応した複数の復調信号が整相加算部42へ供給される。そして、整相加算部42において複数の復調信号が整相加算処理されて受信ビームに対応した復調信号(直交信号成分)が形成される。受信用振動子12から整相加算部40,42までの処理については、後にさらに詳述する。
【0026】
FFT処理部(高速フーリエ変換処理部)44は、整相加算処理された復調信号(同相信号成分および直交信号成分)の各々に対してFFT演算を実行する。その結果、FFT処理部44において復調信号が周波数スペクトラムに変換される。FFT処理部44から出力される周波数スペクトラムは、例えば、回路の設定条件などにより周波数分解能δfの周波数スペクトラムデータとして出力される。
【0027】
ドプラ情報解析部46は、周波数スペクトラムに変換された復調信号からドプラ信号を抽出する。後に詳述するが、本実施形態では、遅延回路25における遅延処理により目標位置が設定され、ドプラ情報解析部46において目標位置からのドプラ信号が選択的に抽出される。ドプラ情報解析部46は、例えば、時間的に変化するドプラ信号の表示波形を形成する。なお、生体内の各深さ(各位置)ごとにドプラ信号を抽出して、例えば、超音波ビーム(音線)上の各深さごとに生体内組織の速度を算出し、リアルタイムで出力してもよい。また、超音波ビームを走査させて二次元的あるいは三次元的に生体内組織の各位置の速度を算出してもよい。
【0028】
表示処理部48は、生体組織の深さ(位置)ごとの速度に基づいて、例えばドプラ波形や、深さと速度の情報を含むグラフなどを形成し、形成したドプラ波形やグラフなどを表示部49にリアルタイムで表示させる。なお、図1に示す超音波診断装置内の各部は、システム制御部50によって制御される。つまり、システム制御部50は、送信制御や受信制御や表示制御などを行う。
【0029】
以上、概説したように、本実施形態では、連続波(CW)を変調波でFM変調した超音波(FMCW波)を送受波して受信信号が得られて、目標位置からのドプラ情報が選択的に抽出される。そこで、目標位置からのドプラ情報が選択的に抽出される原理について詳述する。なお、図1に示した部分(構成)については、以下の説明においても図1の符号を利用する。
【0030】
周波数fのRF波(搬送波)に対して、周波数fの正弦波によりFM変調を施したFMCW送信波は次式のように表現できる。次式において、Δfは周波数変動幅の0−P値(ゼロピーク値:最大周波数偏移)であり、最大周波数偏移Δfと変調周波数fの比であるβはFMの変調指数(変調度)である。
【0031】
【数1】

【0032】
また、ドプラシフトを伴う場合のFMCW受信波は、生体における往復の減衰をαとすると次式で表現できる。なお、次式においてfに対するドプラシフトは、fのシフト分fに比較して小さいので無視している。
【0033】
【数2】

【0034】
数2式で表される受信波形は、受信用振動子12が備える各振動素子を介して受信される信号波形(受信RF信号)である。FMCWドプラでは、受信RF信号に対する復調処理において、FMCW送信波を参照信号として受信RF信号と乗算を行う。図1を利用して説明したように、FM変調器20から出力されるFM連続波が遅延回路25において遅延処理され、参照信号として、ミキサ32には遅延処理されたFM連続波が直接供給され、ミキサ34には遅延処理されたFM連続波がπ/2シフト回路26を経由して供給される。したがって、ミキサ32へ供給される参照信号vrI(t)と、ミキサ34へ供給される参照信号vrQ(t)は、次式のように表現できる。
【0035】
【数3】

【0036】
数3式において、φmrは、遅延回路25における遅延処理により任意に設定できる参照信号の位相を示しており、φ0rは、任意に設定した参照信号の位相に対応して決まる搬送波の位相変化量を示している。
【0037】
受信ミキサ30では、復調処理として直交検波が行われる。つまり、ミキサ32において、受信RF信号v(t)と参照信号vrI(t)の乗算に相当する処理が実行され、また、ミキサ34において、受信RF信号v(t)と参照信号vrQ(t)の乗算に相当する処理が実行される。
【0038】
ミキサ32における受信RF信号v(t)と参照信号vrI(t)の乗算vDI(t)は次式のように表現される。なお、次式の計算途中において、周波数2fの成分が消去されている。これは、LPF36によって除去される。
【0039】
【数4】

【0040】
ここで、ベッセル関数に関する次の公式を利用する。
【0041】
【数5】

【0042】
数5式の公式を用いると、数4式はさらに次式のように計算される。
【0043】
【数6】

【0044】
一方、ミキサ34における受信RF信号v(t)と参照信号vrQ(t)の乗算vDQ(t)は次式のように表現される。なお、次式の計算途中において、周波数2fの成分が消去されている。これは、LPF38によって除去される。
【0045】
【数7】

【0046】
ここで、数6式のvDI(t)と数7式のvDQ(t)とに基づいて、複素ベースバンド信号を定義する。まず、vDI(t)とvDQ(t)に含まれている直流(DC)成分、変調周波数fの偶数次高調波成分を次式のように表現する。
【0047】
【数8】

【0048】
次に、vDI(t)とvDQ(t)に含まれている変調周波数fの成分、変調周波数fの奇数次高調波成分を次式のように表現する。
【0049】
【数9】

【0050】
数8式と数9式から、直交検波後のベースバンド信号において、ドプラシフトfを含んだドプラ信号は、DC成分と変調周波数fの成分と変調周波数fの高調波成分とからなる複数の成分の各々についての両側帯波として出現することがわかる。通信工学ではこの種の信号形式を両側帯波搬送波除去変調(Double-Sideband Suppressed-Carrier, DSB-SC)と呼んでいる。
【0051】
ここで、受信信号と参照信号の位相を互いに揃えた場合、つまり、遅延回路25における遅延処理によりφmrを調整してφと一致させた場合(φmr=φ)を考える。φmrとφを一致させた場合には、数4式におけるkが0となる。この結果を数5式のベッセル関数に適用すると、次式のように、0次のベッセル関数の値のみが1となり、それ以外のベッセル関数の値は0となる。
【0052】
【数10】

【0053】
数10式に示す結果を数8式と数9式に適用すると次式のとおりとなる。
【0054】
【数11】

【0055】
数11式は、参照波(参照信号)の位相φmrを送受信間の位相差φに設定すると、圧縮変換により、DC成分(直流信号成分)に対応したドプラ信号のみが抽出できることを示している。その結果として得られる複素ドプラ周波数fの値と極性は、血流などの流体の速度とその極性を表わしている。また、ドプラ信号の振幅は、搬送波および参照波の位相に依存しないこともわかる。
【0056】
そして、本実施形態においては、以下に説明するように、PWドプラ(パルスドプラ)と同様に特定位置のドプラ情報を比較的良好なSNRで得ることができる。数6式から数9式において、ドプラ信号の振幅を支配するJ(kβ)の因数であるkβについて考察する。数4式におけるkの定義から、kβは次式のように表現できる。
【0057】
【数12】

【0058】
数12式は、kβが深さdに依存して正弦波状に変化することを意味している。第1次ベッセル関数の性質により、kβが0のときにJ(kβ)が最大値となる。数12式などから、目的とする深さからの受信信号の位相φと、参照波の位相φmrとを一致させるとkβを0とすることができ、kβが0となる深さにおいてJ(kβ)が最大となりドプラ信号の振幅が最大となる。つまり、遅延回路25において、目的とする深さからの受信信号の位相φと参照波の位相φmrを一致させることにより、目的とする深さからのドプラ信号の振幅が最大となるようにして、そのドプラ信号を選択的に抽出することができる。
【0059】
なお、周波数変調処理に換えて、周波数変調処理と同じ角度変調の方式として一般的によく知られている位相変調処理(PM処理)を利用してもよい。つまり、搬送波信号に対して位相変調処理を施すことにより、FM変調器20から出力されるFM連続波と同じ波形あるいは同等な波形を形成してもよい。
【0060】
以上のように、ドプラ信号が選択的に抽出される目標位置は、遅延回路25における遅延処理に基づいて決定される。図1のシステム制御部50は、目標となる選択位置の深さに応じて遅延回路25における遅延時間を制御する。そして、本実施形態では、目標位置を焦点として超音波ビームが形成され、さらに、受信用振動子12が備える複数の振動素子(受信用振動素子)の各々において目標位置からの受信信号が選択的に抽出される。
【0061】
図2は、超音波ビームと目標位置を説明するための図である。本実施形態においては、送信用振動子10と受信用振動子12が制御されて超音波ビーム(送信ビームと受信ビーム)が形成される。そして、超音波ビームに沿って目標位置を移動させつつ各移動位置においてドプラ信号などが選択的に抽出される。超音波ビームに沿って目標位置を移動させるにあたって、送信ビームと受信ビームの焦点を目標位置に追従(ダイナミックフォーカス)させてもよい。さらに、図2に示すように扇形の走査面を形成するように超音波ビームが走査され、例えば走査面の全域に亘って目標位置が移動されてドプラ情報などが抽出される。
【0062】
なお、図2においては、超音波ビーム番号nの深さdの位置にある目標位置Opが示されている。また、図2には、各振動素子から目標位置Opまでの距離Lが示されており、距離Lは各振動素子ごとに異なる値となる。
【0063】
送信用振動子10が備える複数の振動素子(複数の送信用振動素子)は、例えば図2に示すように1次元的に配列される。同様に、受信用振動子12が備える複数の振動素子(受信用振動素子)も、例えば図2に示すように1次元的に配列される。送信用振動子10と受信用振動子12は、例えば音響的な相互干渉などを考慮しつつ互いに近接して設けられる。
【0064】
先に説明したように、送信用振動子10は複数の振動素子(複数の送信用振動素子)を備えており、送信ビームフォーマ14が、FM連続波に対して、各振動素子に応じた遅延処理を施して各振動素子に対応した送信信号を形成して、FM連続波による送信ビームが形成される。
【0065】
図3は、複数の送信用振動素子の各々に対応した送信信号を説明するための図である。図3には、横軸を時間軸とする複数の送信信号の波形が縦軸方向に並べて示されている。縦軸方向に沿って付された1〜sの番号は、複数の送信用振動素子の番号である。例えば図3の縦軸方向に沿って1〜sの番号に対応させて複数の送信用振動素子が一次元的に配列されて送信用振動子10が形成される。各送信信号の波形はFM連続波であり、図3においてその周波数変化の周期はTである。
【0066】
送信ビームフォーマ14は、FM連続波に対して、各送信用振動素子に応じた遅延処理を施して各送信用振動素子に対応した送信信号を形成する。図3の例においては、1次元的に配列された複数の送信用振動素子の中央部ほど大きな遅延量で遅延処理が施されている。破線の遅延カーブTCは遅延量の大きさに対応させた曲線である。
【0067】
1次元的に配列された複数の送信用振動素子で構成された送信用振動子10に対して、図3の遅延カーブTCに対応した送信信号を供給することにより、送信用振動子10の中央を通る垂線に沿うように指向性を持たせた超音波の送信ビームが形成される。
【0068】
遅延カーブTCの形状を変化させることにより、つまり、送信ビームフォーマ14による各送信用振動素子に対する遅延量を適宜変化させることにより、送信ビームの方向(角度)や送信ビームの焦点位置(フォーカス点)などを制御することが可能である。送信ビームフォーマ14は、例えば、目標位置を焦点とするように送信ビームを形成し、走査面内において送信ビームを走査させる。さらに、送信ビーム方向に沿って目標位置を移動させ、その移動に追従するように送信ビームの焦点を移動させてもよい。
【0069】
送信ビームに対応した超音波が連続的に生体に送波されると、受信用振動子12において生体からの受波信号が得られる。本実施形態においては、受信用振動子12が備える複数の振動素子(受信用振動素子)の各々において目標位置からの受信信号が選択的に抽出される。
【0070】
図4は、各受信用振動素子ごとの処理を説明するための図であり、図4には、図1の受信用振動子12から整相加算部40,42までの詳細な機能ブロック図が示されている。
【0071】
受信用振動子12は、複数の振動素子(複数の受信用振動素子)で構成されている。受信用振動子12が備える複数の振動素子の個数であるチャンネル数は、例えば48チャンネルである。なお、図3には図示されていないが、送信用振動子10が備える複数の振動素子(複数の送信用振動素子)の個数であるチャンネル数も、受信用振動子12と同じ程度(例えば48チャンネル)である。
【0072】
受信用振動子12が備える複数の振動素子の各々には前置増幅器16が接続されている。そして、各振動素子により得られた受信RF信号(受波信号)が、前置増幅器16において低雑音増幅等の処理を施され、同相信号成分用のミキサ32と直交信号成分用のミキサ34に送られる。
【0073】
複数のミキサ32の各々には、遅延回路25から直接的に参照信号が供給されており、また、複数のミキサ34の各々には、遅延回路25からπ/2シフト回路26を経て参照信号が供給されている。先に説明したように、遅延回路25は、FM変調器20から出力されるFM連続波に対して遅延処理を施して参照信号を得ている。遅延回路25は、各受信用振動素子に応じた遅延量に基づいてFM連続波に対して遅延処理を施し、各受信用振動子に対応した遅延された参照信号を形成し、その受信用振動子に対応したミキサ32へその参照信号を供給する。また、各受信用振動子に対応した遅延された参照信号が、π/2シフト回路26において位相をπ/2だけずらされて、その受信用振動子に対応したミキサ34へ供給される。
【0074】
各ミキサ32は、各振動素子から前置増幅器16を介して得られる受信信号(受信RF信号)に対して、その振動素子に対応した参照信号を用いて乗算処理を施すことにより、同相信号成分の復調信号を形成する。同様に、各ミキサ34は、各振動素子から前置増幅器16を介して得られる受信信号(受信RF信号)に対して、その振動素子に対応した参照信号を用いて乗算処理を施すことにより、直交信号成分の復調信号を形成する。
【0075】
図5は、本実施形態における受信信号と参照信号と復調信号を説明するための図である。図5(A)〜(C)の各々には、複数の受信用振動素子の番号を縦軸に示し、横軸を時間軸とした各信号の波形が示されている。
【0076】
図5(A)は、複数の受信用振動素子から得られる複数の受信信号(受信RF信号)の波形を示している。図5(A)においては、遅延関係を分かりやすく説明するために、各受信用振動素子により目標位置から得られる受信信号が示されている。図2に示したように、各振動素子(受信用振動素子)から目標位置Opまでの距離Lが素子ごとに異なるため、図5(A)に示すように、複数の受信用振動素子に対応した複数の受信信号(目標位置からの受信信号)は時間軸方向に沿って互いにずれて受信される。
【0077】
本実施形態においては、連続波により送受信が行われるため、各受信用振動素子において得られる受信信号は、目標位置からの受信信号のみではなく、様々な深さからの信号が混在したものとなる。但し、先に説明したように、遅延回路25において、目標位置からの受信信号の位相と参照信号の位相を一致させることにより、目標位置からの受信信号が選択的に抽出される。
【0078】
図5(B)は、目標位置からの受信信号に一致するように遅延処理された複数の参照信号の波形を示している。つまり、図5(A)の遅延関係に対応するように、遅延回路25において各受信用振動素子ごとにFM連続波に対して遅延処理が実行され、図5(B)に示す複数の参照信号が形成される。なお、FM連続波に対して遅延処理のみを施して正弦波の参照信号を形成してもよいし、図5(B)に示すようにその正弦波に対応した矩形波を参照信号としてもよい。
【0079】
遅延回路25における各受信用振動素子ごとの遅延量(送受信間の時間差)は、図2に示す各受信用振動素子と目標位置Opとの距離Lに基づいて決定される。例えば、各送信用振動素子とそれに対応する各受信用振動素子が互いに同じ位置とみなせる程度に近接する場合には、各送信用振動素子から発生した超音波が距離Lだけ進んで目標位置Opに到達して反射され、さらに距離Lだけ進んでその送信用振動素子に対応した受信用振動素子に戻ってくる。この場合においては、距離Lの2倍と超音波の音速cから送受信間の時間差2L/cを算出することができる。
【0080】
なお、図2を利用して説明したように、各振動素子から目標位置Opまでの距離Lは各振動素子ごとに異なる値となる。また、目標位置Opに対応した超音波ビーム番号nと深さdから、幾何学的な配置関係に基づいて、各振動素子から目標位置Opまでの距離Lを算出することができる。
【0081】
図5(C)は、複数の受信用振動素子に対応した複数の復調信号の波形を示している。各受信用振動素子から得られる受信RF信号と、その受信用振動素子に対応した参照信号とを乗算処理することにより、その受信用振動素子に対応した復調信号が得られる。こうして、図4に示す複数のミキサ32から、図5(C)に示すような復調信号が出力される。また、位相がπ/2だけずれるものの、図4に示す複数のミキサ34からも図5(C)と同様な波形の復調信号が出力される。
【0082】
図4に戻り、各ミキサ32の後段にはLPF(ローパスフィルタ)36が設けられており、復調信号に含まれる不要な高周波数成分がLPF36によりカットされ、必要な帯域のみの復調信号が抽出される。そして、各LPF36から出力された復調信号が各LPF36に接続されたAD(アナログデジタルコンバータ)40aにおいてデジタル信号に変換され、さらに、各AD40aに接続された各D遅延部(デジタル遅延部)40bにおいて遅延処理されて複数の復調信号の位相が揃えられる。こうして、位相を揃えられた複数の復調信号が加算処理部40cにおいて加算され、整相加算後の復調信号(同相信号成分)がFFT処理部44へ出力される。
【0083】
同様に、各ミキサ34の後段に設けられたLPF38により復調信号に含まれる不要な高周波数成分がカットされ、各LPF38から出力された復調信号が各LPF38に接続されたAD(アナログデジタルコンバータ)42aにおいてデジタル信号に変換される。さらに、各AD42aに接続された各D遅延部(デジタル遅延部)42bにおいて遅延処理されて複数の復調信号の位相が揃えられ、位相を揃えられた複数の復調信号が加算処理部42cにおいて加算され、整相加算後の復調信号(直交信号成分)がFFT処理部44へ出力される。
【0084】
こうして、図1を利用して説明したように、FFT処理部44が、整相加算処理された復調信号(同相信号成分および直交信号成分)の各々に対してFFT演算を実行し、その結果、FFT処理部44において復調信号が周波数スペクトラムに変換される。
【0085】
図6は、本実施形態における復調信号に対する各処理を説明するための図である。図6(C)(D)の各々には、複数の受信用振動素子の番号を縦軸に示し、横軸を時間軸とした各信号の波形が示されている。
【0086】
図6(C)は、複数の受信用振動素子に対応した複数の復調信号の波形を示しており、図5(C)と同じ波形を再掲している。つまり、図4に示す複数のミキサ32から、図6(C)に示すような復調信号が出力される。また、位相がπ/2だけずれるものの、図4に示す複数のミキサ34からも図6(C)と同様な波形の復調信号が出力される。
【0087】
図6(D)は、遅延処理された整相後の複数の復調信号の波形を示している。つまり、図4に示すAD40aにおいてデジタル信号に変換され、各AD40aに接続された各D遅延部(デジタル遅延部)40bにおいて遅延処理されて位相を揃えられることにより、複数のD遅延部40bから、図6(D)に示すような複数の整相復調信号が出力される。また、位相がπ/2だけずれるものの、図4に示す複数のD遅延部42bからも図6(D)と同様な波形の整相復調信号が出力される。
【0088】
図6(E)には、整相加算された復調信号の波形が示されている。つまり、図6(D)に示す複数の整相復調信号が、図4の加算処理部40cにおいて加算処理され、図6(E)に示すような整相加算復調信号(超音波の受信ビームに対応した受信ビーム信号)が形成される。また、位相がπ/2だけずれるものの、図4の加算処理部42cにおいても、図6(E)と同様な波形の整相加算復調信号が形成される。こうして形成された整相加算後の復調信号(同相信号成分および直交信号成分)がFFT処理部44(図1)に出力される。
【0089】
図6(C)に示す複数の復調信号に対する遅延処理は、遅延時間として例えば10〜20μsec(マイクロ秒)を必要とするため、アナログ遅延線を用いて遅延処理を行うと回路規模が大きくなる。そこで本実施形態では、図4に示すAD40a、D遅延部40b、加算処理部40cにおいて、復調信号がデジタル信号処理により整相加算処理される。また、本実施形態においては、図4に示す各ミキサ32において受信RF信号が復調信号に変換されているため、RF信号の帯域のままでデジタル信号処理する場合よりも、AD40a、D遅延部40b、加算処理部40c等の回路規模や消費電力を小さくすることができる。
【0090】
以上、本発明の好適な実施形態を説明したが、上述した本発明の好適な実施形態等は、あらゆる点で単なる例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。本発明は、その本質を逸脱しない範囲で各種の変形形態を包含する。例えば、周波数を周期的に変化させる連続波のデータをメモリなどに記憶しておき、このメモリから読み出されるデータに基づいて、当該連続波を生成してもよい。
【符号の説明】
【0091】
20 FM変調器、22 RF波発振器、24 変調波生成部、25 遅延回路、40,42 整相加算部、44 FFT処理部、46 ドプラ情報解析部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波を送波する複数の送信用振動素子と、
超音波を受波する複数の受信用振動素子と、
周波数を周期的に変化させた連続波信号を出力する連続波信号出力部と、
前記連続波信号に対して各送信用振動素子に応じた遅延処理を施してその送信用振動素子に対応した送信信号を形成し、前記複数の送信用振動素子を各々に対応した送信信号を利用して制御することにより、超音波の送信ビームを形成する送信処理部と、
前記連続波信号に対して各受信用振動素子に応じた遅延処理を施すことにより、前記複数の受信用振動素子の各々に対応した参照信号を得る参照信号処理部と、
各受信用振動素子に対応した参照信号を利用してその受信用振動素子から得られる受信信号に対して復調処理を施すことにより、前記複数の受信用振動素子の各々に対応した復調信号を得る復調処理部と、
各受信用振動素子に対応した復調信号に対してその受信用振動素子に応じた遅延処理を施し、前記複数の受信用振動素子に対応した遅延処理後の複数の復調信号を加算処理することにより、超音波の受信ビームに対応した受信ビーム信号を得る受信処理部と、
を有する、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の超音波診断装置において、
前記参照信号処理部は、前記連続波信号に対して各受信用振動素子から目標位置までの距離に応じた遅延処理を施してその受信用振動素子に対応した参照信号を得る、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の超音波診断装置において、
前記送信処理部は、前記目標位置を焦点として超音波の送信ビームを形成する、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載の超音波診断装置において、
前記受信処理部は、前記目標位置を焦点として超音波の受信ビームを形成して受信ビーム信号を得る、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の超音波診断装置において、
前記受信処理部は、各受信用振動素子に対応した復調信号をデジタル復調信号に変換し、そのデジタル復調信号に対してデジタル信号処理により遅延処理を施す、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の超音波診断装置において、
前記参照信号処理部は、前記連続波信号に対応した矩形波信号に対して各受信用振動素子に応じた遅延処理を施すことにより、前記複数の受信用振動素子の各々に対応した参照信号を得る、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の超音波診断装置において、
前記連続波信号出力部は、変調信号を用いて搬送波信号を周波数変調処理することにより得られる連続波信号を出力する、
ことを特徴とする超音波診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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