説明

車両の制動制御装置、及び車両の制動制御方法

【課題】車両の制動力を確保しつつ適切な制動力配分制御を行うことにより、車両における走行の安定性を良好に図ることができる車両制動制御装置及び車両の制動制御方法を提供する。
【解決手段】CPUは、各車輪の車輪速度VWから前輪のスリップ率SLF及び後輪のスリップ率SLRを演算し、車両の車体減速度DVSを演算することにより検出する。そして、CPUは、車両の車体減速度DVSに対応するスリップ率閾値KSを設定する。すなわち、CPUは、車両の車体減速度DVSが比較的大きい場合には小さな値のスリップ率閾値KSを設定する一方、車両の車体減速度DVSが比較的小さい場合には大きな値のスリップ率閾値KSを設定する。その後、後輪のスリップ率SLRと前輪のスリップ率SLFとの差がスリップ率閾値KS以上となった場合、CPUは、後輪の制動力の上昇を抑制すべく制動力配分制御処理を実行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両制動時に車両の前輪及び後輪に対する各制動力を好適に配分制御する車両の制動制御装置、及び車両の制動制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、車両制動時における前輪及び後輪への実際の制動力配分を、各車輪を同時にロック状態とする理想制動力配分に近づけるべく、後輪の制動力を前輪の制動力に対して所定の関係に調整する車両の制動制御装置及び車両の制動制御方法が提案されている(例えば特許文献1)。すなわち、この特許文献1の車両の制動制御装置は、後輪のスリップ率と前輪のスリップ率との差(=(後輪の車輪速度―前輪の車輪速度)/(車両の車体速度))が車両の制動開始後において負の値から予め設定した閾値となった場合に、後輪の制動力の増加を抑制する制動力配分制御(EBD制御)を行い、車両の走行の安定性を確保している。
【特許文献1】特開2001−260854(請求項1、段落番号[0009])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上述した閾値の値は、車両制動時における制動力を確保するために、一般的には、「0(零)」以上の値(例えば「0.005(0.5%)」)に設定される。すなわち、図9に示すように、制動制御装置による実際の制動力配分において、前輪の制動力の増加に伴い増加する後輪の制動力が、理想制動力配分に基づく理想の後輪の制動力をある程度(つまり、閾値分に対応する所定量だけ)超えることを開始条件として、後輪の制動力の増加を抑制する制動力配分制御が開始される。
【0004】
こうした場合、ブレーキパッドの摩耗具合や各車輪の接地荷重のバラツキ(すなわち、パッドμのバラツキや積載状態の変化)などに基づき低減速度域で上記の制動力配分制御を開始することとなる場合は、図9に示す配分線Laのように、制動力配分制御の開始直後に後輪のスリップ率が前輪のスリップ率以下となるため、車両における走行の安定性は確保される。ところが、ブレーキパッドの摩耗具合や各車輪の接地荷重のバラツキ等に基づき高減速度域で上記の制動力配分制御を開始することとなる場合は、図9に示す配分線Lbのように、制動力配分制御が開始された後に後輪のスリップ率が前輪のスリップ率以下とならないことがある。その結果、前輪よりも後輪の方がロックし易い状況となり、車両における走行の安定性が低下するおそれがあった。換言すると、車両制動時において、各車輪に付与される制動力が比較的大きい(高減速度域で制動力配分制御を開始する)場合には、各車輪に付与される制動力が比較的小さい(低減速度域で制動力配分制御を開始する)場合よりも、車両における走行の安定性が低下するおそれがあった。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、車両の制動力を確保しつつ適切な制動力配分制御を行うことにより、車両における走行の安定性を良好に図ることができる車両制動制御装置及び車両の制動制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、車両の制動制御装置にかかる請求項1に記載の発明は、車両の各車輪(FR,FL,RR,RL)に制動力を付与する制動手段(18a,18b,18c,18d)と、前記各車輪(FR,FL,RR,RL)の車輪速度(VW)を検出する車輪速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)と、該車輪速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)が検出した各車輪(FR,FL,RR,RL)の車輪速度(VW)に基づき各車輪(FR,FL,RR,RL)のスリップ率(SLF,SLR)を検出するスリップ率検出手段(40)と、前記制動手段(18a,18b,18c,18d)が前記各車輪(FR,FL,RR,RL)に付与する制動力を検出する制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)と、該制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)が検出した制動力に対応する閾値(KS)を、車両制動時における前記制動力が比較的大きい場合には該制動力が比較的小さい場合よりも小さな値となるように設定する閾値設定手段(40)と、前記スリップ率検出手段(40)が検出した後輪(RR,RL)のスリップ率(SLR)と前輪(FR,FL)のスリップ率(SLF)との差が前記閾値設定手段(40)によって設定された閾値(KS)以上となったか否かを判定する判定手段(40)と、該判定手段(40)による判定結果が肯定判定となった場合に、前記後輪(RR,RL)に付与する制動力の増加を抑制するように前記制動手段(18a,18b,18c,18d)を制御する制御手段(40)とを備えたことを要旨とする。
【0007】
この請求項1に記載の発明では、後輪の制動力の増加を抑制する制御の開始条件となる閾値が、制動手段により各車輪に付与される制動力の大きさに応じて可変設定される。すなわち、その閾値は、制動手段が各車輪に付与する制動力が比較的大きい場合には小さい値に設定される一方、制動手段が各車輪に付与する制動力が比較的小さい場合には大きい値に設定される。そのため、例えば急ブレーキ時等のように、制動手段が各車輪に付与する制動力が比較的大きい場合であっても、後輪のスリップ率が前輪のスリップ率よりも大きくなることが抑制される。したがって、車両の制動力を確保しつつ適切な制動力配分制御を行うことにより、車両における走行の安定性を良好に図ることができる。
【0008】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の車両の制動制御装置において、前記制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)は、車両の車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)を検出する車体減速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)であり、前記閾値設定手段(40)は、前記車体減速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)により検出された車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)が比較的高い場合には該車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)が比較的低い場合よりも小さな値となるように前記閾値(KS)を設定することを要旨とする。
【0009】
この請求項2に記載の発明では、後輪の制動力の増加を抑制する制御の開始条件となる閾値が、車体減速度検出手段により検出された車両の車体減速度の高低度合いに応じて設定される。ちなみに、車両の車体減速度の高低度合いは、制動手段が各車輪に付与する制動力の大小度合いに対応している。そのため、より確実に車両の制動力の大きさに適合させた状態で、車両における走行の安定性を良好に図ることができる。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の車両の制動制御装置において、複数の閾値(KS)を前記車両の車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)の高低度合いに対応付けた状態で記憶する減速度記憶手段(41)をさらに備え、前記閾値設定手段(40)は、前記車体減速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)が検出した前記車両の車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)に対応する前記閾値(KS)を前記減速度記憶手段(41)から読み出すことを要旨とする。
【0011】
この請求項3に記載の発明では、後輪の制動力の増加を抑制する制御の開始条件となる閾値が、予め車両の車体減速度の高低度合いに対応付けした最適値に設定記憶されている。そのため、車両の車体減速度の高低度合いに対応する閾値を設定するために、関係式などを用いた複雑な演算を行う必要がない。したがって、閾値設定手段の処理負担を良好に低減できる。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項1に記載の車両の制動制御装置において、ブレーキペダル(20)の操作に基づきブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)を昇圧させ、該昇圧したブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)を前記各制動手段(18a,18b,18c,18d)に液圧回路(15,16)を介して付与する液圧発生装置(12)をさらに備え、前記制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)は、前記液圧発生装置(12)内のブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)を検出する液圧検出手段(40,PS1,PS2)であり、前記閾値設定手段(40)は、前記液圧検出手段(40,PS1,PS2)により検出されたブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)が比較的高い場合には該ブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)が比較的低い場合よりも小さな値となるように前記閾値(40)を設定することを要旨とする。
【0013】
この請求項4に記載の発明では、後輪の制動力の増加を抑制する制御の開始条件となる閾値が、液圧検出手段により検出された液圧発生装置内のブレーキ液圧の高低度合いに応じて設定される。ちなみに、液圧発生装置内のブレーキ液圧の高低度合いは、制動手段が各車輪に付与する制動力の大小度合いに対応している。そのため、より確実に車両の制動力の大きさに適合させた状態で、車両における走行の安定性を良好に図ることができる。
【0014】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の車両の制動制御装置において、複数の閾値(KS)を前記液圧発生装置(12)内のブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)に対応付けた状態で記憶する液圧記憶手段(41)をさらに備え、前記閾値設定手段(40)は、前記液圧検出手段(40,PS1,PS2)が検出した前記液圧発生装置(12)内のブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)に対応する前記閾値(KS)を前記液圧記憶手段(41)から読み出すことを要旨とする。
【0015】
この請求項5に記載の発明では、後輪の制動力の増加を抑制する制御の開始条件となる閾値が、予め液圧発生装置内のブレーキ液圧の高低度合いに対応付けした最適値に設定記憶されている。そのため、液圧発生装置内のブレーキ液圧の高低度合いに対応する閾値を設定するために、関係式などを用いた複雑な演算を行う必要がない。したがって、閾値設定手段の処理負担を良好に低減できる。
【0016】
一方、車両の制動制御方法にかかる請求項6に記載の発明は、車両の各車輪(FR,FL,RR,RL)に制動力が付与された場合に、該制動力に対応した閾値(KS)を、車両制動時における前記制動力が比較的大きい場合には前記制動力が比較的小さい場合よりも小さな値となるように設定し、後輪(RR,RL)のスリップ率(SLR)と前輪(FR,FL)のスリップ率(SLF)との差が前記閾値(KS)以上となった場合に、後輪(RR,RL)の制動力の増加を抑制するようにしたことを要旨とする。この請求項6に記載の発明では、請求項1に記載の発明の場合と同様の作用効果を奏し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(第1の実施形態)
以下、本発明を具体化した第1の実施形態を図1〜図5に従って説明する。なお、以下における本明細書中の説明においては、車両の進行方向(前進方向)を前方(車両前方)として説明する。また、特に説明がない限り、以下の記載における左右方向は、車両進行方向における左右方向と一致するものとする。
【0018】
図1に示すように、本実施形態における車両の制動制御装置11は、複数(本実施形態では4つ)の車輪(右前輪FR、左前輪FL、右後輪RR及び左後輪RL)を有する車両に搭載されている。車両の制動制御装置11は、マスタシリンダ12及びブースタ13を有する液圧発生装置14と、2つの液圧回路15,16を有する液圧制御装置(図1では二点鎖線で示す。)17とを備えている。各液圧回路15,16は、液圧発生装置14に接続されると共に、各車輪FR,FL,RR,RLに対応して設けられたホイールシリンダ(制動手段)18a,18b,18c,18dに接続されている。また、車両の制動制御装置11には、液圧制御装置17を制御するための電子制御装置(「ECU」ともいう。)19が設けられている。
【0019】
液圧発生装置14には、ブレーキペダル20が設けられており、このブレーキペダル20が車両の搭乗者によって操作されたことに基づき、液圧発生装置14のマスタシリンダ12及びブースタ13が駆動するようになっている。また、マスタシリンダ12には、2つの出力ポート12a,12bが設けられており、各出力ポート12a,12bのうち一方の出力ポート12aには第1液圧回路15が接続されると共に、他方の出力ポート12bには第2液圧回路16が接続されている。また、液圧発生装置14には、ブレーキペダル20が操作された場合に電子制御装置19に向けて制動制御を開始させるための信号を送信するブレーキスイッチSW1が設けられている。
【0020】
液圧制御装置17には、第1液圧回路15内のブレーキ液圧を昇圧するためのポンプ21と、第2液圧回路16内のブレーキ液圧を昇圧するためのポンプ22と、各ポンプ21,22を同時に駆動させるモータMとが設けられている。また、各液圧回路15,16上にはブレーキオイルが貯留されるリザーバ23,24が設けられており、各リザーバ23,24内のブレーキオイルは、ポンプ21,22の駆動に基づき液圧回路15,16内に供給されるようになっている。また、各液圧回路15,16には、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧を検出するための液圧センサPS1,PS2が設けられている。
【0021】
第1液圧回路15には、右前輪FRに対応するホイールシリンダ18aに接続されるホイールシリンダ18a用(右前輪FR用)の右前輪用経路15aと、左後輪RLに対応するホイールシリンダ18dに接続されるホイールシリンダ18d用(左後輪RL用)の左後輪用経路15bとが形成されている。そして、これら各経路15a,15b上には、常開型の電磁弁25,26と常閉型の電磁弁27,28とがそれぞれ設けられている。
【0022】
同様に、第2液圧回路16には、左前輪FLに対応するホイールシリンダ18bに接続されるホイールシリンダ18b用(左前輪FL用)の左前輪用経路16aと、右後輪RRに対応するホイールシリンダ18cに接続されるホイールシリンダ18c用(右後輪RR用)の右後輪用経路16bとが形成されている。そして、これら各経路16a,16b上には、常開型の電磁弁29,30と常閉型の電磁弁31,32とがそれぞれ設けられている。
【0023】
ここで、上記各電磁弁25〜32のソレノイドコイルが通電状態にある場合及び非通電状態にある場合の各ホイールシリンダ18a〜18d内のブレーキ液圧の変化について説明する。
【0024】
まず、各電磁弁25〜32のソレノイドコイルが全て非通電状態にある場合には、常開型の電磁弁25,26,29,30は開き状態のままであると共に、常閉型の電磁弁27,28,31,32は閉じ状態のままである。そのため、マスタシリンダ12からブレーキオイルが各経路15a,15b,16a,16bを介して各ホイールシリンダ18a〜18d内に流入し、各ホイールシリンダ18a〜18d内のブレーキ液圧は上昇することになる。
【0025】
一方、各電磁弁25〜32のソレノイドコイルが全て通電状態にある場合には、常開型の電磁弁25,26,29,30が閉じ状態となると共に、常閉型の電磁弁27,28,31,32が開き状態となる。そのため、各ホイールシリンダ18a〜18d内からブレーキオイルが各経路15a,15b,16a,16bを介してリザーバ23,24へと流出し、各ホイールシリンダ18a〜18d内のブレーキ液圧は降下することになる。
【0026】
そして、各電磁弁25〜32のうち常開型の電磁弁25,26,29,30のソレノイドコイルのみが通電状態にある場合には、全ての電磁弁25〜32が閉じ状態となる。そのため、各経路15a,15b,16a,16bを介したブレーキオイルの流動が規制される結果、各ホイールシリンダ18a〜18d内のブレーキ液圧はその液圧レベルが保持されることになる。
【0027】
図2に示すように、電子制御装置19は、制御手段としてのCPU40、ROM41、及びRAM42などを備えたデジタルコンピュータと、各装置を駆動させるための駆動回路(図示略)とを主体として構成されている。ROM41には、液圧制御装置17(モータM及び各電磁弁25〜32の駆動)を制御するための制御プログラム、及び各種閾値(後述するスリップ率閾値や減速度閾値など)を設定するためのマップ(図3及び図4参照)が記憶されている。また、RAM42には、車両の制動制御装置11の駆動中に適宜書き換えられる各種の情報が記憶されるようになっている。
【0028】
また、電子制御装置19の入力側インターフェース(図示略)には、上記ブレーキスイッチSW1、液圧センサPS1,PS2、及び各車輪FL,FR,RL,RRの車輪速度を検出するための車輪速度センサSE1,SE2,SE3,SE4がそれぞれ接続されている。すなわち、CPU40は、ブレーキスイッチSW1、液圧センサPS1,PS2、及び車輪速度センサSE1〜SE4からの各信号を受信するようになっている。一方、電子制御装置19の出力側インターフェース(図示略)には、各ポンプ21,22を駆動させるためのモータM及び各電磁弁25〜32が接続されている。そして、CPU40は、上記スイッチSW1及び各センサPS1,PS2,SE1〜SE4からの入力信号に基づき、モータM及び各電磁弁25〜32の動作を個別に制御するようになっている。
【0029】
図3に示すマップは、本実施形態の車両の制動制御装置11が搭載される車両における理想制動力配分(図3では破線で示す。)を示すものであり、同図においては参考までに、電子制御装置19(CPU40)の制御に基づき実行される実際の制動力配分(図3では実線で示す。)のパターン例が幾つか(同図では、3つ)併せ図示されている。ここで、理想制動力配分とは、全車輪FR,FL,RR,RLに各ホイールシリンダ18a〜18dが制動力を付与した場合に、全車輪FR,FL,RR,RLを同時にロックさせる前輪FR,FL及び後輪RR,RLへの制動力配分のことである。図3に示すように、本実施形態の理想制動力配分を示す理想制動力配分曲線Lは、前輪FR,FLの制動力の増加に伴い後輪RR,RLの制動力が増加する線形をなしている。
【0030】
一方、図3において実際の制動力配分を示す3つの制動力配分線L1,L2,L3は、ブレーキパッド(図示略)の摩耗具合のバラツキなどによって異なった値となる車両の制動力の大小度合いと理想制動力配分との関係を例示している。すなわち、後輪RR,RLの制動力が前輪FR,FLの制動力に対する設計値よりも大きくなった場合には、車両の制動開始後において実際の制動力配分が理想制動力配分に近づくように変化する際の傾きが最も大きく且つ低減速度域の等減速度線G1との交点を折点K1とする制動力配分線L1に従って実際の制動力配分制御がなされる。また、後輪RR,RLの制動力が前輪FR,FLの制動力に対する設計値と同程度である場合には、前記傾きが中程度であり且つ中減速度域の等減速度線G2との交点を折点K2とする制動力配分線L2に従って実際の制動力配分制御がなされる。さらに、後輪RR,RLの制動力が前輪FR,FLの制動力に対する設計値よりも小さくなった場合には、前記傾きが最も小さく且つ高減速度域の等減速度線G3との交点を折点K3とする制動力配分線L3に従って実際の制動力配分制御がなされる。なお、ここでいう「設計値」とは、各ブレーキパッドの摩耗具合などのバラツキが無い標準的な状態における前輪FR,FLの制動力に対する後輪RR,RLの制動力のことを示す。
【0031】
そして、各制動力配分線L1,L2,L3に従った実際の制動力配分においては、それぞれの制動力配分制御で後輪RR,RLの制動力の増加を抑制する制御の開始点となる折点K1,K2,K3が理想制動力配分曲線Lを超えた位置に設定される。ところが、この場合に各折点K1,K2,K3の位置が理想制動力配分曲線Lを超える度合いが各制動力配分線L1,L2,L3で互いに異なっている。すなわち、図3に示すように、車両の制動力が小さい(低減速度域で制動力配分制御を開始する)場合よりも、車両の制動力が大きい(高減速度域で制動力配分制御を開始する)場合の方が、それらの制動力配分線L1,L2,L3における折点K1,K2,K3の理想制動力配分曲線Lを超える度合いが小さな値(量)となるように設定されている。
【0032】
図4に示すマップは、車両の車体減速度DVSと後述するスリップ率閾値KSとの関係を示すものである。同図のマップに示すように、車両の車体減速度DVSが予め走行試験等により車両における走行の安定性が確実に確保されるとの確認が得られている車体減速度DVS0未満である場合には、スリップ率閾値KSが設定されていない。一方、車両の車体減速度DVSが車体減速度DVS0以上の車体減速度DVS1となった場合には、その車体減速度DVS1の速度値が大きくなる程、小さな値となるようにスリップ率閾値KS1が設定されている。そして、この図4のマップから求まるスリップ率閾値KS1に基づき、実際の制動力配分を示す制動力配分線L1,L2,L3の折点K1,K2,K3が理想制動力配分曲線Lを超える度合いが決定されるようになっている。したがって、この点で、本実施形態では、ROM41が、複数のスリップ率閾値KSを車両の車体減速度DVS,DVS0,DVS1に対応付けた状態で記憶する減速度記憶手段として機能するようになっている。
【0033】
次に、本実施形態のCPU40が実行する制御処理ルーチンのうち、ブレーキスイッチ
SW1からの信号をCPU40が受信した場合に実行する制動力配分制御処理ルーチンについて図5に基づき以下説明する。
【0034】
さて、CPU40は、所定周期毎に制動力配分制御処理ルーチンを実行する。そして、制動力配分制御処理ルーチンにおいて、CPU40は、まず各車輪速度センサSE1〜SE4から受信した信号に基づき、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度VWをそれぞれ検出する(ステップS10)。この点で、本実施形態では、車輪速度センサSE1〜SE4及びCPU40が、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度VWを検出する車輪速度検出手段として機能する。なお、本実施形態では、説明理解の便宜上、右前輪FRの車輪速度VWと左前輪FLの車輪速度VWとは同一になると共に、右後輪RRの車輪速度VWと左後輪RLの車輪速度VWとは同一になるものとする。
【0035】
続いて、CPU40は、前輪FR,FLのスリップ率SLFと後輪RR,RLのスリップ率SLRとをそれぞれ演算する(ステップS11)。具体的には、前輪FR,FLのスリップ率SLFは「0(零)」として、前輪FR,FLに対する後輪RR,RLのスリップ率SLRを演算する。この点で、本実施形態では、CPU40が、ステップS10にて検出した各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度VWに基づき各車輪FR,FL,RR,RLのスリップ率SLR,SLFを検出するスリップ率検出手段としても機能する。ここで、後輪RR,RLのスリップ率SLRは下記の条件式を基に演算される。
【0036】
(後輪RR,RLのスリップ率SLR)=((後輪RR,RLの車輪速度VW)―(前輪FR,FLの車輪速度VW)/(前輪FR,FLの車輪速度VW))…(1)
そして次に、CPU40は、車両の車体減速度(推定車体減速度)DVSを演算して、その演算した車両の車体減速度DVSをRAM42に記録する(ステップS12)。具体的には、CPU40は、ステップS10にて検出した各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度VWのうち最も大きな速度値のものを、車両の車体速度(推定車体速度)と設定し、その車体速度を微分することにより、車両の車体減速度DVSを検出する。この点で、本実施形態では、各車輪速度センサSE1〜SE4及びCPU40が、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度VWのうち少なくとも一つの車輪(例えば右前輪FR)の車輪速度VWに基づき車両の車体減速度DVSを検出する減速度検出手段として機能する。
【0037】
続いて、CPU40は、ROM41に記憶される図4に示すマップからステップS12にて演算した車両の車体減速度DVSに対応するスリップ率閾値KSを読み出し、RAM42に記録する(ステップS13)。この点で、本実施形態では、CPU40が、ステップS12にて演算して検出した車両の車体減速度DVSに対応するスリップ率閾値KSを、車両制動時における車体減速度DVSが比較的大きい場合には車体減速度DVSが比較的小さい場合よりも小さな値となるように設定する閾値設定手段としても機能する。
【0038】
ここで、車両の車体減速度DVSと車両の制動力とは対応関係にある。すなわち、車両の制動力が増加すれば、その増加に追随して車両の車体減速度DVSも大きくなる一方、車両の制動力が減少すれば、その減少に追随して車両の車体減速度DVSも小さくなる。この点で、本実施形態では、各車輪速度センサSE1〜SE4及びCPU40が、各ホイールシリンダ(制動手段)18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力を検出する制動力検出手段として機能する。
【0039】
そして、CPU40は、後輪RR,RLのスリップ率SLRと前輪FR,FLのスリップ率SLFとの差がステップS13でRAM42に設定したスリップ率閾値KS以上であるか否かを判定する(ステップS14)。この点で、本実施形態では、CPU40が、後輪RR,RLのスリップ率SLRと前輪FR,FLのスリップ率SLFとの差がステップ13にて設定されたスリップ率閾値KS以上となったか否かを判定する判定手段としても機能する。そして、ステップS14の判定結果が否定判定である場合、CPU40は、車両における走行の安定性が確保されているものと判断し、制動力配分制御処理ルーチンを終了する。
【0040】
一方、ステップS14の判定結果が肯定判定である場合、CPU40は、車両における走行の安定性が多少低下したと判断し、後輪RR,RLの制動力の増加を抑制するように制動力配分制御処理を開始する(ステップS15)。具体的には、CPU40は、第1液圧回路15の左後輪用経路15b上に配置される常開型の電磁弁26のソレノイドと、第2液圧回路16の右後輪用経路16b上に配置される常開型の電磁弁30のソレノイドとをそれぞれ通電状態とする。その後、CPU40は、制動力配分制御処理ルーチンを終了する。
【0041】
なお、本実施形態では、CPU40は、ブレーキスイッチSW1からの信号を受信しなくなった場合、ブレーキペダル20の踏込み操作が終了し車両が完全に停止したものと判断する。そして、CPU40は、制動力配分制御が実行される状態であった場合には制動力配分制御を停止させる。
【0042】
次に、本実施形態における車両の制動制御方法を、車両の制動力が比較的小さい場合、車両の制動力が中程度である場合、及び車両の制動力が比較的大きい場合の各場合を例にしてそれぞれ以下説明する。
【0043】
さて、車両の走行中に搭乗者がブレーキペダル20を踏込むと、各車輪FR,FL,RR,RLに制動力が働く。ここで、搭乗者によるブレーキペダル20の踏込み量が同程度であっても、前述したようにブレーキパッドの摩耗具合などにより、車両の制動力は異なった値となる。したがって、その車両の制動時に各車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力が増加した場合、実際の制動力配分では、その制動時における制動力の大小度合いに応じた制動力配分線(例えば図3に例示する各制動力配分線L1,L2,L3)に従った制動力配分制御が実行される。
【0044】
まず、ブレーキペダル20が踏込まれた直後においては、後輪RR,RLのスリップ率SLR<前輪FR,FLのスリップ率SLFであるため、各車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力配分制御は行われない。しかし、その後、各車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力が増加すると、後輪RR,RLに対する制動力が理想制動力配分曲線Lに基づいた理想の後輪RR,RLの制動力を超えるようになる。そして、その超える程度が所定量(すなわち、スリップ率閾値KSに対応する量)に達すると、電子制御装置19により後輪RR,RLの制動力の増加を抑制する制動力配分制御が実行される。
【0045】
そして、この場合に、電子制御装置19は、そのときの車両の車体減速度DVSの高低度合い(=車両の制動力の大きさ度合い)に応じてスリップ率閾値KSを設定する。そして、そのスリップ率閾値KSに対応した所定量だけ後輪RR,RLの制動力が理想制動力配分曲線Lに基づいた理想の後輪RR,RLの制動力を超えた位置を折点K1,K2,K3とする制動力配分線L1,L2,L3に従った制動力配分制御を実行する。
【0046】
すなわち、車両の制動力が比較的小さい場合には、低減速度域で上記の制動力配分制御を開始することとなる制動力配分線(例えば図3に示す制動力配分線L1)に従った制動力配分制御が実行される。具体的には、車両の制動力が比較的小さい場合には、車両の車体減速度DVSも小さいことから、その小さな車体減速度DVSに対応したスリップ率閾値KSが図4に示すマップから求められる。つまり、車両の制動力が比較的大きい場合のスリップ率閾値KSに比して大きな値(例えば「0.007」)のスリップ率閾値KSが求められ、そのスリップ率閾値KSに対応した所定量だけ後輪RR,RLの制動力が理想制動力配分曲線Lに基づいた理想の後輪RR,RLの制動力を超えた位置を折点K1とする制動力配分線L1を得る。
【0047】
そして、このように実際の制動力配分で用いる制動力配分線L1が設定され、その後、後輪RR,RLのスリップ率SLRと前輪FR,FLのスリップ率SLFとの差がスリップ率閾値KS(この場合、「0.007」)以上になると、後輪RR,RLの制動力の増加を抑制すべく制動力配分制御が行われる。すなわち、開き状態にある電磁弁26,30が、それらのソレノイドに電流が供給されることにより、閉じ状態となり、ホイールシリンダ18c,18d内のブレーキ液圧が、電磁弁26,30が閉じ状態となる直前の液圧で保持される。そのため、搭乗者が引き続きブレーキペダル20を踏込んだ状態であっても、車両における走行の安定性は確保される。
【0048】
また、車両の制動力が中程度である場合には、中減速度域で上記の制動力配分制御を開始することとなる制動力配分線(例えば図3に示す制動力配分線L2)に従った制動力配分制御が実行される。具体的には、車両の制動力が中程度である場合には、車両の車体減速度DVSも中程度であることから、その中程度の車体減速度DVSに対応したスリップ率閾値KSが図4に示すマップから求められる。つまり、車両の制動力が比較的大きい場合のスリップ率閾値KSと車両の制動力が比較的小さい場合のスリップ率閾値KSとの間の中間値(例えば「0.005」)のスリップ率閾値KSが求められる。そして、そのスリップ率閾値KSに対応した所定量だけ後輪RR,RLの制動力が理想制動力配分曲線Lに基づいた理想の後輪RR,RLの制動力を超えた位置を折点K2とする制動力配分線L2を得る。そして、このようにして得た制動力配分線L2に従い、その後、後輪RR,RLのスリップ率SLRと前輪FR,FLのスリップ率SLFとの差がスリップ率閾値KS(この場合、「0.005」)以上になると、後輪RR,RLの制動力の増加を抑制すべく制動力配分制御が行われる。
【0049】
また、車両の制動力が大きい場合には、高減速度域で上記の制動力配分制御を開始することとなる制動力配分線(例えば図3に示す制動力配分線L3)に従った制動力配分制御が実行される。具体的には、車両の制動力が比較的大きい場合には、車両の車体減速度DVSも大きいことから、その大きな車体減速度DVSに対応したスリップ率閾値KSが図4に示すマップから求められる。つまり、車両の制動力が比較的小さい場合のスリップ率閾値KSに比して小さな値(例えば「0.002」)のスリップ率閾値KSが求められ、そのスリップ率閾値KSに対応した所定量だけ後輪RR,RLの制動力が理想制動力配分曲線Lに基づいた理想の後輪RR,RLの制動力を超えた位置を折点K3とする制動力配分線L3を得る。そして、このようにして得た制動力配分線L3に従い、その後、後輪RR,RLのスリップ率SLRと前輪FR,FLのスリップ率SLFとの差がスリップ率閾値KS1(この場合、「0.002」)以上になると、後輪RR,RLの制動力の増加を抑制すべく制動力配分制御が行われる。すると、後輪RR,RLのスリップ率SLR>前輪FR,FLのスリップ率SLFの関係にあった各スリップ率SLF,SLRは、スリップ率SLR<スリップ率SLFとなり、車両における走行の安定性は確保される。
【0050】
したがって、本実施形態では、以下に示す効果を得ることができる。
(1)後輪RR,RLの制動力の増加を抑制する制御の開始条件となるスリップ率閾値KSが、ホイールシリンダ(制動手段)18a〜18dにより各車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力の大きさに応じて可変設定される。すなわち、そのスリップ率閾値KSは、ホイールシリンダ18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力が比較的大きい場合には小さい値に設定される一方、ホイールシリンダ18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力が比較的小さい場合には大きい値に設定される。そのため、ホイールシリンダ18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力が比較的大きい場合であっても、後輪RR,RLのスリップ率SLRが前輪FR,FLのスリップ率SLFよりも大きくなることが抑制される。したがって、車両の制動力を確保しつつ適切な制動力配分制御を行うことにより、車両における走行の安定性を良好に図ることができる。
【0051】
(2)スリップ率閾値KSが、各車輪速度センサSE1〜SE4からの信号に基づきCPU40が検出した車両の車体減速度DVSの高低度合いに応じて設定される。ちなみに、車両の車体減速度DVSの高低度合いは、ホイールシリンダ(制動手段)18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力の大小度合いに対応している。そのため、より確実に車両における走行の安定性を良好に図ることができる。
【0052】
(3)後輪RR,RLの制動力の増加を抑制する制御の開始条件となるスリップ率閾値KSが、予め車両の車体減速度DVSの高低度合いに対応付けした最適値に設定記憶されている。そのため、車両の車体減速度DVSの高低度合いに対応するスリップ率閾値KSを設定するために、関係式などを用いた複雑な演算を行う必要がない。したがって、CPU(閾値設定手段)40の処理負担を良好に低減できる。
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態を図6〜図7に従って説明する。なお、第2の実施形態は、ROMに記憶されるマップ及びスリップ率閾値を設定する際の方法が第1の実施形態と異なっている。したがって、以下の説明においては、第1の実施形態と相違する部分について主に説明するものとし、第1の実施形態と同一又は相当する部材構成には同一符号を付して重複説明を省略するものとする。
【0053】
本実施形態における車両の制動制御装置11は、電子制御装置19を備えており、この電子制御装置19には、CPU40、ROM41及びRAM42などが設けられている。ROM41には、液圧制御装置17(モータM及び各電磁弁25〜32の駆動)を制御するための制御プログラム及び各種演算処理をするためのマップ(図6参照)が記憶されている。
【0054】
図6に示すマップは、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPとスリップ率閾値KSとの関係を示すものである。同図のマップに示すように、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPが予め走行試験等により車両における走行の安定性が確実に確保されるとの確認が得られているブレーキ液圧MSP0未満である場合には、スリップ率閾値KSが設定されていない。一方、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPがブレーキ液圧MSP0以上のブレーキ液圧MSP1となった場合には、そのマスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSP1の圧力値が大きくなる程、小さな値となるようにスリップ率閾値KS1が設定されている。そして、この図6のマップから求まるスリップ率閾値KS1に基づき、実際の制動力配分を示す制動力配分線L1,L2,L3の折点K1,K2,K3が理想制動力配分曲線Lを超える度合いが決定されるようになっている(図3参照)。したがって、この点で、本実施形態では、ROM41が、複数のスリップ率閾値KSをマスタシリンダ12内(液圧発生装置14内)のブレーキ液圧MSP,MSP0,MSP1に対応付けた状態で記憶する液圧記憶手段として機能するようになっている。
【0055】
次に、本実施形態のCPU40が実行する制御処理ルーチンのうち、ブレーキスイッチSW1からの信号をCPU40が受信した場合に実行する制動力配分制御処理ルーチンについて図7に基づき以下説明する。
【0056】
さて、CPU40は、所定周期毎に制動力配分制御処理ルーチンを実行する。そして、制動力配分制御処理ルーチンにおいて、CPU40は、まず各車輪速度センサSE1〜SE4から受信した信号に基づき、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度VWをそれぞれ検出する(ステップS20)。続いて、CPU40は、前輪FR,FLのスリップ率SLFと後輪RR,RLのスリップ率SLRとをそれぞれ演算する(ステップS21)。そして、CPU40は、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPを検出して、その検出したブレーキ液圧MSPをRAM42に記録する(ステップS22)。具体的には、CPU40は、各液圧センサPS1,PS2から信号を受信し、その受信した信号からマスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPを検出する。この点で、本実施形態では、各液圧センサPS1,PS2及びCPU40が、マスタシリンダ12(液圧発生装置14)内のブレーキ液圧MSPを検出する液圧検出手段として機能する。
【0057】
続いて、CPU40は、ROM41に記憶される図6に示すマップからステップS22にて検出したマスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPに対応するスリップ率閾値KSを読み出し、RAM42に記録する(ステップS23)。ここで、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPと車両の制動力とは対応関係にある。すなわち、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPが大きくなれば、車両の制動力も大きくなる一方、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPが小さくなれば、車両の制動力も小さくなる。したがって、この点で、本実施形態では、各液圧センサPS1,PS2及びCPU40が、各ホイールシリンダ(制動手段)18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力を検出する制動力検出手段として機能するようになっている。
【0058】
そして、CPU40は、後輪RR,RLのスリップ率SLRと前輪FR,FLのスリップ率SLFとの差がステップS23でRAM42に設定したスリップ率閾値KS以上であるか否かを判定する(ステップS24)。この判定結果が否定判定である場合、CPU40は、車両における走行の安定性が確保されているものと判断し、制動力配分制御処理ルーチンを終了する。一方、ステップS24の判定結果が肯定判定である場合、CPU40は、車両における走行の安定性が多少低下したと判断し、後輪RR,RLの制動力の上昇を抑制すべく制動力配分制御処理を開始し(ステップS25)、その後、制動力配分制御処理ルーチンを終了する。
【0059】
本実施形態では、上記第1の実施形態の効果(1)に加え、さらに以下に示す効果をも得ることができる。
(4)後輪RR,RLの制動力の増加を抑制する制御の開始条件となるスリップ率閾値KSが、各液圧センサPS1,PS2からの信号に基づきCPU40が検出したマスタシリンダ12(液圧発生装置14)内のブレーキ液圧MSPの高低度合いに応じて設定される。ちなみに、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧の高低度合いは、各ホイールシリンダ(制動手段)18a〜18dが各車輪FR,FL,RR,RLに付与する制動力の大小度合いに対応している。そのため、より確実に車両の制動力の大きさに適合させた状態で、車両における走行の安定性を良好に図ることができる。
【0060】
(5)後輪RR,RLの制動力の増加を抑制する制御の開始条件となるスリップ率閾値KSが、予めマスタシリンダ12(液圧発生装置14)内のブレーキ液圧MSPの高低度合いに対応付けした最適値に設定記憶されている。そのため、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPの高低度合いに対応するスリップ率閾値KSを設定するために、関係式などを用いた複雑な演算を行う必要がない。したがって、CPU(閾値設定手段)40の処理負担を良好に低減できる。
【0061】
なお、各実施形態は以下のような別の実施形態(別例)に変更してもよい。
・第1の実施形態において、スリップ率閾値KSは、図8に示すように、車両の車体減速度DVSの値が大きい場合、負の値のスリップ率閾値KSが設定されるようにしてもよい。ただし、この場合、車両の車体減速度DVSの値が「0.7」未満である場合には、正の値のスリップ率閾値KSが設定されるようにすることが望ましい。
【0062】
・同様に、第2の実施形態において、スリップ率閾値KSは、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPの値が大きい場合、負の値のスリップ率閾値KSが設定されるようにしてもよい。
【0063】
・第1の実施形態において、ROM41には、図4に示すマップを記憶させるのではなく、車両の車体減速度DVSとスリップ率閾値KSとの関係式を記憶させ、この関係式に基づきスリップ率閾値KSを設定するようにしてもよい。また、ROM41には、第1の条件に対応するスリップ率閾値KS、第2の条件に対応するスリップ率閾値KS、及び第3の条件に対応するスリップ率閾値KSを記憶させてもよい。
【0064】
・同様に、第2の実施形態において、ROM41には、図6に示すマップを記憶させるのではなく、マスタシリンダ12内のブレーキ液圧MSPとスリップ率閾値KSとの関係式を記憶させ、この関係式に基づきスリップ率閾値KSを設定するようにしてもよい。また、ROM41には、第1の条件に対応するスリップ率閾値KS、第2の条件に対応するスリップ率閾値KS、及び第3の条件に対応するスリップ率閾値KSを記憶させてもよい。
【0065】
・各実施形態において、車体に車体減速度センサ(「Gセンサ」ともいう。)を配設し、この車体減速度センサによって車両の車体減速度を検出するようにしてもよい。
・各実施形態において、後輪RR,RLのスリップ率SLR及び前輪FR,FLのスリップ率SLFは、車両の車体速度に対するスリップ率SLR,SLFであってもよい。この場合、後輪RR,RLのスリップ率SLR及び前輪FR,FLのスリップ率SLFは、以下の条件式に基づき演算される。
【0066】
(後輪RR,RLのスリップ率SLR)=((後輪RR,RLの車輪速度VW)―(車両の車体速度)/(車両の車体速度))…(2)
(前輪FR,FLのスリップ率SLF)=((前輪FR,FLの車輪速度VW)―(車両の車体速度)/(車両の車体速度))…(3)
・各実施形態において、ブースタ13を設けない構成であってもよい。
【0067】
・各実施形態において、第1液圧回路15には右前輪FR用のホイールシリンダ18aと左前輪FL用のホイールシリンダ18bとが接続されると共に、第2液圧回路16には右後輪RR用のホイールシリンダ18cと左後輪RL用のホイールシリンダ18dとが接続されるような回路構成としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】第1の実施形態における車両の制動制御装置のブロック図。
【図2】第1の実施形態における電子制御装置のブロック図。
【図3】第1の実施形態における車両の理想制動力配分を示すマップ。
【図4】車両の車体減速度とスリップ率閾値との関係を示すマップ。
【図5】第1の実施形態の制動力配分制御処理ルーチンを示すフローチャート。
【図6】マスタシリンダ内のブレーキ液圧とスリップ率閾値との関係を示すマップ。
【図7】第2の実施形態の制動力配分制御処理ルーチンを示すフローチャート。
【図8】別例の車両の車体減速度とスリップ率閾値との関係を示すマップ。
【図9】従来の理想制動力配分と実際の制動力配分との関係を示す図。
【符号の説明】
【0069】
11…車両の制動制御装置、14…液圧発生装置、15…第1液圧回路、16…第2液圧回路、18a〜18d…ホイールシリンダ(制動手段)、20…ブレーキペダル、40…CPU(車輪速度検出手段、スリップ率検出手段、制動力検出手段、閾値設定手段、判定手段、制御手段、車体減速度検出手段、液圧検出手段)、41…ROM(減速度記憶手段、液圧記憶手段)、DVS,DVS0,DVS1…車両の車体減速度、FR,FL…前輪(車輪)、KS…スリップ率閾値、MSP,MSP0,MSP1…マスタシリンダ内のブレーキ液圧、PS1,PS2…液圧センサ(液圧検出手段、制動力検出手段)、RR,RL…後輪(車輪)、SE1〜SE4…車輪速度センサ(車輪速度検出手段、制動力検出手段、車体減速度検出手段)、SLF…前輪のスリップ率、SLR…後輪のスリップ率、VW…車輪速度。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の各車輪(FR,FL,RR,RL)に制動力を付与する制動手段(18a,18b,18c,18d)と、
前記各車輪(FR,FL,RR,RL)の車輪速度(VW)を検出する車輪速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)と、
該車輪速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)が検出した各車輪(FR,FL,RR,RL)の車輪速度(VW)に基づき各車輪(FR,FL,RR,RL)のスリップ率(SLF,SLR)を検出するスリップ率検出手段(40)と、
前記制動手段(18a,18b,18c,18d)が前記各車輪(FR,FL,RR,RL)に付与する制動力を検出する制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)と、
該制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)が検出した制動力に対応する閾値(KS)を、車両制動時における前記制動力が比較的大きい場合には該制動力が比較的小さい場合よりも小さな値となるように設定する閾値設定手段(40)と、
前記スリップ率検出手段(40)が検出した後輪(RR,RL)のスリップ率(SLR)と前輪(FR,FL)のスリップ率(SLF)との差が前記閾値設定手段(40)によって設定された閾値(KS)以上となったか否かを判定する判定手段(40)と、
該判定手段(40)による判定結果が肯定判定となった場合に、前記後輪(RR,RL)に付与する制動力の増加を抑制するように前記制動手段(18a,18b,18c,18d)を制御する制御手段(40)とを備えた車両の制動制御装置。
【請求項2】
前記制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)は、車両の車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)を検出する車体減速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)であり、前記閾値設定手段(40)は、前記車体減速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)により検出された車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)が比較的高い場合には該車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)が比較的低い場合よりも小さな値となるように前記閾値(KS)を設定する請求項1に記載の車両の制動制御装置。
【請求項3】
複数の閾値(KS)を前記車両の車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)の高低度合いに対応付けた状態で記憶する減速度記憶手段(41)をさらに備え、前記閾値設定手段(40)は、前記車体減速度検出手段(40,SE1,SE2,SE3,SE4)が検出した前記車両の車体減速度(DVS,DVS0,DVS1)に対応する前記閾値(KS)を前記減速度記憶手段(41)から読み出す請求項2に記載の車両の制動制御装置。
【請求項4】
ブレーキペダル(20)の操作に基づきブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)を昇圧させ、該昇圧したブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)を前記各制動手段(18a,18b,18c,18d)に液圧回路(15,16)を介して付与する液圧発生装置(12)をさらに備え、前記制動力検出手段(40,PS1,PS2,SE1,SE2,SE3,SE4)は、前記液圧発生装置(12)内のブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)を検出する液圧検出手段(40,PS1,PS2)であり、前記閾値設定手段(40)は、前記液圧検出手段(40,PS1,PS2)により検出されたブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)が比較的高い場合には該ブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)が比較的低い場合よりも小さな値となるように前記閾値(40)を設定する請求項1に記載の車両の制動制御装置。
【請求項5】
複数の閾値(KS)を前記液圧発生装置(12)内のブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)に対応付けた状態で記憶する液圧記憶手段(41)をさらに備え、前記閾値設定手段(40)は、前記液圧検出手段(40,PS1,PS2)が検出した前記液圧発生装置(12)内のブレーキ液圧(MSP,MSP0,MSP1)に対応する前記閾値(KS)を前記液圧記憶手段(41)から読み出す請求項4に記載の車両の制動制御装置。
【請求項6】
車両の各車輪(FR,FL,RR,RL)に制動力が付与された場合に、該制動力に対応した閾値(KS)を、車両制動時における前記制動力が比較的大きい場合には前記制動力が比較的小さい場合よりも小さな値となるように設定し、後輪(RR,RL)のスリップ率(SLR)と前輪(FR,FL)のスリップ率(SLF)との差が前記閾値(KS)以上となった場合に、後輪(RR,RL)の制動力の増加を抑制するようにした車両の制動制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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