説明

車両の制動力制御装置

【課題】 車両の制動力制御装置に於いて低い制動力の時に後輪制動力が飽和領域に達しているか否かの判定を行う必要なく、任意の積載状態に於いても後輪制動力を有効に利用できるように前後輪制動力配分を行えるようにすること。
【解決手段】 前輪制動力が所定値より大きいときに後輪の制動力が軽積時での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達するよう前後輪制動力配分比が設定されている車両に於いて、本発明の装置は、後輪制動力が軽積時の前後輪理想制動力配分に於ける後輪制動力に到達したとき後輪のスリップ状態となっていないときには、後輪制動力の配分比を増大する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両の制動力制御装置に係り、より詳細には、乗車/積載状態が変化する車両の前後輪の制動力配分を制御する装置に係る。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の制動性能を考えるとき、良く知られているように、理想的には、車両の前輪及び後輪にて付与されるべき制動力は、車体に作用する慣性力による車両の後輪から前輪への荷重移動分を考慮した各輪タイヤの垂直荷重に比例するよう配分されることが好ましい(理想制動力配分−図4(A)の点線又は一点鎖線)。各輪の発生可能なタイヤ力の限界は、各輪タイヤの垂直荷重に比例するので、上記の如き理想制動力配分によれば、原理的には、前輪及び後輪のいずれもがロックしない状態で車両に於いて最大の制動力を得ることが可能となる。一方、実際の前後輪の制動力の配分比は、制動系の機構、ホイールシリンダ径などにより一様に決まってしまうこと(図4の実直線)から、実際の制動力配分をそのまま理想制動力配分に整合させることはできない。そこで、実際の制動力配分(実制動力配分)は、通常、制動力又は減速度が低い間は、理想制動力配分の場合よりも前輪側の制動力の配分が大きくなるよう設定され(図中、実制動力配分線が理想制動力配分線よりも下側)、実制動力配分が理想制動力配分の場合よりも後輪側の制動力の配分が大きくなるとき(図中、白丸に於いて実制動力配分線が理想制動力配分線よりも上側になるとき)には、後輪制動力の増大を制限することにより、実際の制動力配分比ができるだけ理想制動力配分比に沿うように変化させられる。特に、乗車/積載状態が大きく変動し得る車両(特に、トラック、バスなど)の場合、各輪タイヤの垂直荷重に比例する理想制動力配分が、その車両の乗車/積載状態(車量総重量や重心位置)によって大きく異なることから(図4(A)の点線と一点鎖線)、実制動力配分の場合の後輪側の制動力の配分が理想制動力配分の場合よりも大きくなるときが車両の乗車/積載状態によって変動する。そこで、乗車/積載状態が大きく変動し得る車両の制動系装置に於いては、ロード・センシング・プロポーショナル・バルブ(LSPV)や、EBD(Electronic Brake force Distribution)制御などにより、実制動力配分比ができるだけ理想制動力配分比に沿うようにするための試みが為されている。
【0003】
LSPVは、端的に述べれば、流体圧式の制動系装置に於いて、ブレーキ圧が作動開始圧に達すると、後輪のブレーキ圧の増大を制限するよう構成された弁装置であって、かかる作動開始圧が車両の重量の変動に応じて変化する機構を有する弁装置である。かかるLSPVによれば、図4(B)に例示されている如く、車両の重量の増大と伴に後輪の制動力の増大の制限を開始する制動力の値(図中、白丸にて示された点)を増大することが可能となる。LSPVの車両の重量の変動に応じて作動開始圧を変化する機構としては、例えば、車両のばね上とばね下との間に連結されたスプリングの撓みから得られる両者間の(車両の重量に対応する)寸法変化に応じて、作動開始圧が変化する機構が採用されている。一方、EBD制御の場合は、前後輪の車輪速変化又はスリップ率の変化を参照し、それらの変化から後輪の制動力が飽和領域又は限界領域に達したと判定されると、後輪制動力の増大が制限される(図4(C)参照)。また、例えば、特許文献1では、車両の減速度が制御閾値を超えるとEBD制御を実行する制御方式に於いて、車両の減速度と実際に発生している制動力の大きさとから車両重量を推定し、車両重量が大きいほど、制御閾値を増大し、これにより、車両重量が大きいほど、後輪の制動力を増大できるようにすることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−165624
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の如きLSPVの場合、実際には、バルブを流通する流体の吸入抵抗や流体圧の調整が困難であり、また、スプリングの撓みから得られる寸法変化と車両の重量変化との関係が必ずしも線形性を有していないなどの理由で設計及び装着が困難である。
【0006】
一方、後輪制動力の飽和領域の到達を判定して後輪制動力の制限を行うEBD制御に於いては、例えば、図4(C)の(i)に例示されている如く、(勾配が一様な)実制動力配分線を、定積状態(最大積載時)での理想制動力配分線に沿うように設定すると、定積状態よりも軽い積載状態、例えば、軽積状態(無積載時)では、後輪制動力が前輪制動力よりも先に飽和領域に達する状態が、低い制動力又は減速度のとき(図中、白丸にて示された点のとき)、生じ得ることとなるので(実制動力配分線が理想制動力配分線より上側になると、後輪制動力が前輪制動力よりも先に飽和領域に達する)、制動力又は減速度が低い時に後輪制動力が飽和領域に達しているか否かを判定しなければならない場合が生ずる。しかしながら、制動力又は減速度が低い時、即ち、後輪のスリップ率又はスリップ量が小さい時に後輪制動力が飽和領域に達しているか否かを安定的に判定することは(S/N比が小さいなどの理由により)困難である。他方、EBD制御に於いて、図4(D)の(ii)に例示されている如く、実制動力配分線を、軽積状態での理想制動力配分線に沿うように設定すると、後輪のスリップ率又はスリップ量が小さい時に後輪制動力が飽和領域に達しているか否かを判定する必要は低減されるが、軽積状態よりも重い積載状態に於いては、後輪制動力を有効に利用できないこととなる(後輪制動力に残される余裕が大きくなる。)。勿論、特許文献1の如く、車両総重量を検出し、検出された車両総重量に応じて実制動力配分線の勾配を変更することも原理的には可能であるが、車両総重量を別途検出するための手段が必要となる(理想制動力配分は、重心高によっても変動するので、実制動力配分の勾配を理想制動力配分の変化に的確に追従して変更することは処理が複雑であり困難となる。)。
【0007】
かくして、本発明の一つの課題は、制動力又は減速度が低い時に後輪制動力が飽和領域に達しているか否かの判定を行う必要なく、また、車両総重量等を別途検出する必要なく、且つ、軽積状態よりも重い積載状態に於いても後輪制動力を有効に利用できるように前後輪制動力配分を行う車両の制動力制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一つの態様によれば、上記の課題は、車両の制動力制御装置であって、車両の前輪の制動力が所定の制動力値より大きいときに車両の後輪の制動力が車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達するよう車両の前後輪制動力配分比が設定され、車両の後輪の制動力が車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達したか否かを判定する第一の判定部と、車両の後輪のスリップ状態値が所定閾値を超えたか否かを判定する第二の判定部と、第一の判定部が後輪の制動力が車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達したことを判定したときに第二の判定部が前記後輪のスリップ状態値が所定閾値を超えたと判定していないときには、車両の前輪の制動力に対する前記後輪の制動力の配分を増大する制動力配分制御部とが設けられていることを特徴とする装置によって達成される。
【0009】
かかる本発明の一つの態様の装置の構成に於いて、車両の前後輪制動力配分比が、「車両の前輪の制動力が所定の制動力値より大きいときに車両の後輪の制動力が車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達するよう」設定されるという構成は、要すれば、基本的には、車両の実前後輪制動力配分比が、車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分の場合よりも前輪の制動力が大きくなる側に偏倚されている状態を意味している。「背景技術」の欄に於いて既に触れたように、通常、車両の実前後輪制動力配分比は、一様である。従って、前輪の制動力が所定の制動力値より小さいときには、後輪の制動力は、前後輪理想制動力配分の場合よりも低く設定されることとなり、前輪の制動力が所定の制動力値より大きくなったときに、初めて前後輪理想制動力配分の場合の後輪制動力の値に一致することとなる。また、第二の判定部に於いて参照される「後輪のスリップ状態値」とは、後輪制動力が飽和領域に達しているか否かを判定することのできる任意の状態値であってよく、例えば、後輪のスリップ率若しくはスリップ量、前輪車輪速と後輪車輪速との偏差値であってよい。更に、上記の「所定の制動力値」とは、車両又は制動系装置の設計者により任意に設定されてよいところ、典型的には且つ好適には、前輪の制動力が所定の制動力値となったときに、後輪制動力が飽和領域に達していることを安定的に若しくは精度よく判定することを可能にする程度の制動力値に設定される。
【0010】
かくして、上記の本発明の装置の構成によれば、車両の前輪の制動力が所定の制動力値に到達するまでは、後輪制動力は、前後輪理想制動力配分の場合に与えられる制動力値よりも下回ることとなり、その間、後輪制動力が飽和領域に達しているか否かの判定を行う必要性が低減される(路面の摩擦係数が低い場合には、先ず、前輪制動力が先に飽和する。その場合には、ABS制御等が作動されて前輪のロック状態が回避され、また、運転者は、後輪がロックする前に車両に付与される制動力が限界に近いことを知ることができる。)。そして、前輪の制動力が所定の制動力値に到達し、後輪制動力が所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達したときに、まだ、後輪のスリップ状態値が所定閾値を超えたと判定されていなければ、即ち、後輪制動力が飽和領域に到達せず、余裕があるときには、後輪制動力の配分が増大され、これにより、後輪制動力を有効に利用することが可能となる。
【0011】
上記の構成に於いて、前後輪理想制動力配分を与える「所定の積載状態」としては、車両又は制動系装置の設計者により任意に想定されてよいところ、後輪のスリップ状態値が所定閾値を超えたことの判定が、制動力又は減速度ができるだけ高くなるまで待って行われるようにするためには、好適には、「軽積状態」、即ち、乗員が1〜2名乗車し荷台が空積となっている状態(厳密には、適用される法規によって異なる)が選択される。従って、その場合、図4に例示されている如き車両の実制動力配分線は、制動力又は減速度が低い領域に於いては、軽積時の理想制動力配分線よりも前輪側に沿って変位し、理想制動力配分線と交差したときに、後輪にスリップ傾向がなければ(後輪のスリップ状態値が所定の閾値を越えていなければ)、後輪制動力の配分がそれまでよりも増大されることとなる(図2参照)。
【0012】
なお、既に触れたように、一般に、(特に各輪独立に制動力を調節する制御が実行されていない場合には、)実前後輪制動力配分比は一様、即ち、所定の比に固定されており、本発明の装置では、実前後輪制動力配分比が、所定の積載状態(好適には、軽積状態)の理想制動力配分に一致したときに後輪制動力に余裕がある場合に、制動力配分制御部によって後輪制動力の配分比が増大されることとなる。従って、上記の実施の態様に於いては、制動力配分制御部による後輪の制動力の配分の増大が実行された後の車両の前輪の制動力に対する後輪の制動力の変化勾配は、制動力配分制御部による前記後輪の制動力の配分の増大が実行される前の車両の前輪の制動力に対する後輪の制動力の変化勾配よりも大きくなるよう構成されていてよい。
【0013】
また、上記の構成に於いて、第二の判定部が後輪のスリップ状態値が所定閾値を超えたと判定したとき、即ち、後輪のスリップ傾向が検出されたときには、制動力配分制御部が後輪の制動力の増大を制限するよう構成され、これにより、後輪のロックが回避されるようになっていてよい。
【0014】
ところで、上記の本発明は、要すれば、車両の前後輪制動力配分が、初めは、軽積時の前後輪理想制動力配分比よりも前輪側に偏倚させ、後輪の制動力の増大を緩やかに設定しておき、前後輪制動力配分が軽積時の前後輪理想制動力配分に到達したときに、後輪制動力に余裕があれば、後輪制動力の配分をそれまでよりも増大して、後輪制動力を有効に使えるようにするというものである。従って、本発明のもう一つの態様に於いて、本発明の装置は、車両の前輪の制動力が所定の制動力値より小さいときには前後輪の制動力配分比が車両の軽積時の前後輪理想制動力配分比よりも前輪側に偏っており、車両の前輪の制動力が所定の制動力値に到達したときに車両の後輪制動力が飽和領域に達していない場合には、前後輪の制動力配分比が後輪側に増大されるよう前後輪の制動力配分を実行するよう構成されていてよい。また、車両の制動系装置が、流体圧式制動装置(空気圧・油圧式制動装置、空気圧式制動装置、油圧式制動装置など)である場合、本発明の制動力制御装置は、車両の前輪及び後輪のブレーキ圧が所定の圧力値より小さいときには前後輪の制動力配分比が車両の軽積時の前後輪理想制動力配分比よりも前輪側に偏っており、前後輪の制動力配分比が車両の軽積時の前後輪理想制動力配分比に到達したときに車両の後輪制動力が飽和領域に達していない場合には、前後輪の制動力配分比がそれまでよりも後輪側に偏倚されるよう前後輪の制動力配分を実行するよう構成されていてよい。これらの構成に於いても、制動力又は減速度が低いときには、後輪制動力が飽和領域に達しているか否かの判定を行う必要性が低減される一方、後輪制動力に余裕があるときには、その後輪制動力を有効に利用できるようにすることができることとなる。
【発明の効果】
【0015】
上記の本発明の装置の作用効果として理解されるべきことの一つは、車両の乗車/積載状態が大きく変動する車両に於いて、車両の重量や重心高を直接的に又は間接的に検出することなく、適切な制動力配分を実行することが可能となるということである。「背景技術」の欄及び図4の説明から理解される如く、車両の乗車/積載状態が大きく変動する車両に於いて、車両の積載量が増大するほど、後輪の垂直荷重が増大し、後輪制動力の限界が大きくなり、また、重心高が高くなるほど、後輪の動的な垂直荷重が低減し、後輪制動力の限界が小さくなるといった現象が生ずる。従って、従前の装置の幾つかに於いては、制動力配分を車両の重量に応じて変更することによりできるだけ制動性能を向上する試みが為されてきた。しかしながら、本発明の装置では、予め設定される実制動力配分を、後輪制動力が限界に達しているか否かの判定をできるだけ遅らせられるように調整すると伴に、後輪制動力が限界に達していない場合には、実制動力配分を後輪よりに偏倚する手法を採用し、これにより、車両の重量や重心高を検出せずに前後輪制動力配分を変更して、前後輪の制動力をできるだけ有効に利用することが可能となる。かかる本発明の構成によれば、車両の乗車/積載状態が変動しても制動力配分が的確なものとすることができ、特に、積載状態にある車両に於いては、後輪の制動力が増大されることとなるので、運転者による制動操作力が比較的低くても高い制動力が得られることとなり、制動操作が容易となることが期待される。
【0016】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1(A)は、本発明の好ましい実施形態である制動力制御装置が搭載される車両の模式図である。図1(B)は、車両の制動系装置の構成を模式的に表した図である。図1(C)は、本発明の好ましい実施形態である制動力制御装置をブロック図の形式で表したものである。
【図2】図2は、本発明の制動力制御装置により与えられる前後輪の制動力の関係を表す図である。図中、点線が、車両が軽積状態にあるときの理想制動力配分線であり、一点鎖線が、車両が定積状態にあるときの理想制動力配分線であり、実太線が実制動力配分線を示している。白丸の状態で後輪にスリップ傾向がなければ、矢印に示されている如く、後輪の制動力(ブレーキ圧)が、実細線にて示された通常の配分比の場合よりも増大される。
【図3】図3は、本発明の車両の制動力制御装置(制動力配分制御部)の処理の流れをフローチャートの形式で表したものである。
【図4】図4は、従来の技術に於ける車両の前後輪の制動力の関係を表す図である。(A)に於いて、点線が、車両が軽積状態にあるときの理想制動力配分線であり、一点鎖線が、車両が定積状態にあるときの理想制動力配分線であり、実太線が一般的な実制動力配分線であり、白丸の状態で後輪の制動力の増大の制限が実行される。(B)に於いて、LSPVが組み込まれた制動系装置が搭載された車両に於ける軽積状態(点線)、定積状態の40%及び70%の積載状態、定積状態に於ける理想制動力配分線(一点鎖線)と実制動力配分線(実線)を示しており、それぞれの積載状態のとき、対応する白丸の状態になったときに後輪の制動力の増大の制限が実行されることが示されている。(C)は、EBD制御が実行される車両に於ける実前後輪制動力配分線(実線(i))が、定積状態に於ける理想制動力配分線(一点鎖線)に沿うように設定された場合を示しており、白丸は、車両が軽積状態のときにEBD制御が実行される状態を示している(EBD制御実行後、実細線の如く、後輪制動力の増大が抑制される。)。(D)は、EBD制御が実行される車両に於ける実前後輪制動力配分線(実線(ii))が、軽積状態に於ける理想制動力配分線(点線)に沿うように設定された場合を示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0019】
装置の構成
図1(A)は、自動車等の車両の前後輪の制動力の配分を制御する本発明による車両の制動力制御装置の好ましい実施形態が搭載される車両10を概略的に示している。車両10は、公知の任意の形式の車両であってよく、一対の前輪12f及び一対の後輪12rと、任意の積載物Sが載置される荷台14とを有している。なお、図示の例では、簡単のため、車両後方部に上部が開放された荷台を有するトラックとして描かれているが、本発明の装置の搭載される車両は、箱型荷台を後方に有するトラック、前方にも荷台を有する車両、バス、その他の任意の積載物が積載可能な車両であってよい。
【0020】
車両10の前輪及び後輪の制動は、図1(B)に模式的に示されている如き通常の態様の制動系装置40により行われる。端的に述べれば、制動系装置40は、所謂電子制御式の空気・油圧式制動装置、空気圧式制動装置又は油圧式制動装置であってよく、運転者によるブレーキペダル44の踏込みに応答して作動されるブレーキバルブ(又はマスタシリンダ)45に連通した流体圧回路(空気圧回路及び/又は油圧回路)46によって、各輪に装備をされたホイールシリンダ42i(i=fl、fr、rl、rr 以下同様。)内のブレーキ圧、即ち、各輪に於ける制動力、が調節される。流体圧回路46には、通常の態様にて、各輪のホイールシリンダを、選択的に、エアコンプレッサ、エアタンク、制動力倍力装置、オイルポンプ、オイルリザーバ等(図示せず)へ連通する種々の弁(モジュレータ、流体圧保持弁、減圧弁等)が設けられており、通常の作動に於いては、ブレーキペダル44の踏込みに対応した大きさの制動倍力装置、エアタンク又はマスタシリンダの圧力(以下、マスタブレーキ圧Pbとする。)が等圧にてそれぞれのホイールシリンダ42iへ供給される。しかしながら、本発明による制動力配分制御、ABS制御、その他の任意の運動制御を実行するべく、各輪の制動力を個別に又は独立に調節する場合には、電子制御装置50の指令に基づいて、前記の種々の弁が作動され、各輪のホイールシリンダ内のブレーキ圧が、対応する圧力センサの検出値に基づいて、それぞれの目標圧に合致するよう制御される。電子制御装置50は、通常の形式の、双方向コモン・バスにより相互に連結されたCPU、ROM、RAM及び入出力ポート装置を有するマイクロコンピュータ及び駆動回路を含んでいてよく、ブレーキペダル44に設けられた踏込量センサ(図示せず)からのブレーキペダル踏込量θb、各輪に設けられた車輪速センサ(図示せず)からの車輪速度Vwi、ホイールシリンダ圧力センサからの各輪のホイールシリンダ内の圧力Pbi等の検出値が入力される(図示されているものの他、前後加減速度、横加速度、ヨーレート等の本実施形態の車両に於いて実行されるべき各種制御に必要な種々のパラメータの値を表す各種検出信号が入力されてよい。)。
【0021】
なお、上記の制動系装置40に於いて、通常時の実際の前後輪制動力の配分比(実制動力配分比)、即ち、各輪の制動力を個別に又は独立に制御しないとき(ABS制御やVSC等のその他の運動制御が実行されていないとき)の前後輪制動力の配分比は、軽積状態(荷台が空積の状態)に於ける理想制動力配分比よりも前輪側に偏っているように設定される。換言すると、前輪制動力に対する後輪制動力の変化勾配は、軽積状態に於ける理想制動力配分の場合の勾配よりも低く設定され、前輪制動力が所定の値に到達するときに、実制動力配分比が軽積状態に於ける理想制動力配分比に一致するよう設定される(図2参照)。実制動力配分比が軽積状態に於ける理想制動力配分比に一致するときの前輪制動力の値(所定の値)は、そのときの後輪に於いてスリップ傾向があるか否かの判定、即ち、後輪制動力が飽和領域に達しているか否かの判定が安定的に為されるよう設定される。この点に関し、既に触れた如く、上記の制動系装置40の場合、通常時、各輪のホイールシリンダへは、ブレーキペダルの踏込量に対応したマスタブレーキ圧Pbが供給され、各輪の制動力が増減される。従って、各輪のホイールシリンダに於いては、前後輪に等圧のマスタブレーキ圧Pbが供給されるとき、常に、(前輪制動力)>(後輪制動力)の条件が成立するよう調整され、且つ、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達したときに、実制動力配分比が軽積状態に於ける理想制動力配分比に一致するよう設定される。好適には、軽積状態の理想制動力配分に於いて、前輪制動力の変化量に対する後輪制動力の変化量が微小となる状態のとき(所定量より小さくなるとき)に、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達するように、即ち、実制動力配分比が軽積状態の理想制動力配分比に一致するように前後輪のブレーキ係数(=制動力/ホイールシリンダ圧)の関係が調整される。
【0022】
電子制御装置50に組み込まれる本発明の車両の制動力制御装置は、図1(C)のブロック図に例示されている如く、後輪のスリップ状態を判定するための後輪スリップ判定部50a(第二の判定部)と、ブレーキ圧が前記の所定圧Pthに達しているか否かを判定するブレーキ圧判定部50b(第一の判定部)と、前後輪の制動力配分を変更する制動力配分制御部50cとを含んでいる。後輪スリップ判定部50aは、車輪速Vwiから任意の方法で決定される車速Vと後輪の車輪速Vwi自体とに基づいて、後輪のスリップ状態値、例えば、スリップ率(=(V−Vwr)/V)、スリップ量(=V−Vwr)又は前後輪車輪速差(=Vwf−Vwr)、が所定の閾値を超えたか否かを判定し、スリップ状態値が所定の閾値を超えたときには、後輪がスリップ傾向にある、即ち、後輪制動力が飽和領域に到達していると判定する。ブレーキ圧判定部50bは、マスタブレーキ圧Pbを参照して、それが所定圧Pthに到達しているか否かを判定し、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達したと判定されたときには、前輪制動力が前記の所定値に到達し、実制動力配分比が軽積状態の理想制動力配分比に一致した状態となったことが判定されたこととなる(マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達したことに代えて、ブレーキペダルの踏込量θbが所定量に到達したことを判定するようになっていてもよい。)。制動力配分制御部50cは、後輪スリップ判定部50aとブレーキ圧判定部50bの判定に基づいて、後に詳細に述べる態様にて、前後輪のホイールシリンダへ供給するブレーキ圧を制御するべく流体圧回路の弁等の構成要素を制御する。なお、図1(C)の構成は、電子制御装置50に於けるメモリ装置に予め記憶されたプログラムに従ったCPU及びその他の構成要素の処理作動により実現されることは理解されるべきである。
【0023】
装置の作動
図2を再度参照して、本発明の制動力制御装置に於いては、前輪制動力が図中白丸にて示された所定値に到達するまで、即ち、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達するまで、後輪制動力がその車両の軽積状態での理想制動力配分の場合の後輪制動力よりも下回るよう前後輪制動力配分が設定される。軽積状態での理想制動力配分は、予め車両の諸元から求めておくことができるので、所定圧Pthは、予め設定しておくことが可能である。そして、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達したとき、後輪のスリップ傾向が検出されなければ、後輪に於いて制動力が限界に到達するまで余裕があると判断される。そこで、図中の矢印の如く、前輪制動力に対する後輪制動力の変化勾配が、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達する前までよりも増大されるよう後輪のホイールシリンダへ供給するブレーキ圧を前輪のホイールシリンダへ供給されるブレーキ圧(マスタブレーキ圧)よりも高く設定し、これにより、後輪制動力をより有効に使用できるようにする。また、この場合、車両全体の制動力も増大されることになるので、ブレーキペダルの踏込量に対して発生される総制動力が増大し、積車状態(荷台に積載物が積載されている状態)に於ける制動操作が容易になることが期待される(比較的低いペダル踏込量であっても高い制動力が得られることとなる。)。
【0024】
図3は、本発明の制動力制御装置の制動力配分制御部50cに於ける前後輪のホイールシリンダへ供給されるブレーキ圧を制御する処理作動をフローチャートの形式にて表したものである。なお、図示の処理は、車両の走行中、所定の制御サイクルにて繰り返し実行される。
【0025】
同図を参照して、制動力配分制御部50cの処理に於いては、まず、後輪スリップ判定部50aからの情報によって後輪にスリップ傾向があるか否かを判定する(ステップ10)。後輪にスリップ傾向があることが検出されていなければ、ブレーキ圧判定部50bからの情報を参照し、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達しているか否かが判定され(ステップ20)、
Pb<Pth …(1)
であれば、前輪ホイールシリンダ圧Pbf、後輪ホイールシリンダ圧Pbrには、マスタブレーキ圧Pbがそのまま設定され、それぞれのブレーキ圧が各シリンダへ供給される(ステップ30)。一方、マスタブレーキ圧Pbが所定圧Pthに到達している場合、即ち、
Pb≧Pth …(2)
であれば、前輪ホイールシリンダ圧Pbf、後輪ホイールシリンダ圧Pbrは、
Pbf←Pb; Pbr←Pth+K(Pb−Pth) …(3)
と設定され、各シリンダへ対応するブレーキ圧が供給される。ここで、Kは、K>1.0にて設定される任意の定数係数である。従って、図2に例示されている如く、図中白丸の点に対応する条件(2)が成立した後、マスタブレーキ圧Pbが増大するときには、後輪ホイールシリンダ圧Pbrには、前輪ホイールシリンダ圧Pbfよりも高いブレーキ圧が供給され、これにより、制動力配分がそれまでよりも後輪側に偏倚されることとなる。
【0026】
なお、ステップ10に於いて、後輪にスリップ傾向があると検出されたときには、その時点で、後輪ブレーキ圧が保持され(スリップ50)、これにより、後輪制動力の増大が制限されてよい。
【0027】
上記の処理作動に於いて理解されるべきことは、車両の重量を検出することなく、前後輪の制動力配分が変更されるようになっている点である。上記までの説明から理解される如く、車両の積載重量が大きいほど、後輪の垂直荷重が増大し、これにより、後輪制動力の限界が大きくなる。そこで、従来の装置のいくつかに於いては、車両重量を検出し、車両の積載重量の増大に伴う後輪制動力の限界の増大に合わせて制動力配分を変更するといった手法が取られていた。しかしながら、本発明の装置に於いては、車両重量検出を要することなく、車両の積載重量の増大に伴う後輪制動力の限界の増大に合わせた制動力配分の変更を行うことが可能となる。
【0028】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは明らかであろう。
【0029】
例えば、図示の実施形態に於いては、通常時の前後輪制動力配分が軽積状態の理想制動力配分に沿うように設定されているが、通常時の前後輪制動力配分の設定に於いて参照されるべき積載状態は、必ずしも軽積状態でなくてもよく、空積状態又は任意の比較的軽い積載状態が参照され、そのときの理想制動力配分に沿うように通常時の前後輪制動力配分が設定されてよい。従って、マスタブレーキ圧Pbに対する所定圧Pthは、任意の積載状態の理想制動力配分に基づいて決定されてよい。また、図示の実施形態に於いては、通常時の前後輪制動力制御に於いて、前後輪のホイールシリンダへ等圧にてブレーキ圧が供給されるようになっているが、通常時の前後輪制動力制御時でも前後輪のホイールシリンダへ異なるブレーキ圧が供給されるようになっていてもよい。重要なことは、前後輪制動力配分比が予め想定された理想制動力配分比に一致したときに後輪にスリップ傾向がないときには、その後、後輪制動力の配分が増大されるということである。
【0030】
更に、制動系装置は、電磁式の制動系装置であってもよく、その場合も、図2に例示されている如く、前後輪制動力配分比が予め想定された理想制動力配分比に一致したときに後輪にスリップ傾向がないときには、その後、後輪制動力の配分が増大されるよう制御される。
【符号の説明】
【0031】
10…車両
12f,fl,fr…前輪
12r,rl,rr…後輪
14…荷台
40…制動系装置
44…ブレーキペダル
42fl,fr,rl,rr…ホイールシリンダ
45…ブレーキバルブ
50…電子制御装置
S…積載物


【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の制動力制御装置であって、前記車両の前輪の制動力が所定の制動力値より大きいときに前記車両の後輪の制動力が前記車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達するよう前記車両の前後輪制動力配分比が設定され、前記車両の後輪の制動力が前記車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達したか否かを判定する第一の判定部と、前記車両の後輪のスリップ状態値が所定閾値を超えたか否かを判定する第二の判定部と、前記第一の判定部が前記後輪の制動力が前記車両の所定の積載状態での前後輪理想制動力配分に於ける後輪の制動力に到達したことを判定したときに前記第二の判定部が前記後輪のスリップ状態値が前記所定閾値を超えたと判定していないときには、前記車両の前輪の制動力に対する前記後輪の制動力の配分を増大する制動力配分制御部とが設けられていることを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記制動力配分制御部による前記後輪の制動力の配分の増大が実行された後の前記車両の前輪の制動力に対する後輪の制動力の変化勾配が前記制動力配分制御部による前記後輪の制動力の配分の増大が実行される前の前記車両の前輪の制動力に対する後輪の制動力の変化勾配よりも大きいことを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1又は2の装置であって、前記車両の所定の積載状態が軽積状態であることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかの装置であって、前記第二の判定部が前記後輪のスリップ状態値が前記所定閾値を超えたと判定したときには、前記制動力配分制御部が前記後輪の制動力の増大を制限することを特徴とする装置。
【請求項5】
車両の制動力制御装置であって、前記車両の前輪の制動力が所定の制動力値より小さいときには前後輪の制動力配分比が前記車両の軽積時の前後輪理想制動力配分比よりも前輪側に偏っており、前記車両の前輪の制動力が前記所定の制動力値に到達したときに前記車両の後輪制動力が飽和領域に達していない場合には、前記前後輪の制動力配分比が後輪側に増大されるよう前後輪の制動力配分を実行する装置。
【請求項6】
車両の流体圧式制動装置のための制動力制御装置であって、前記車両の前輪及び後輪のブレーキ圧が所定の圧力値より小さいときには前後輪の制動力配分比が前記車両の軽積時の前後輪理想制動力配分比よりも前輪側に偏っており、前記前後輪の制動力配分比が前記車両の軽積時の前後輪理想制動力配分比に到達したときに前記車両の後輪制動力が飽和領域に達していない場合には、前記前後輪の制動力配分比がそれまでよりも後輪側に偏倚されるよう前後輪の制動力配分を実行する装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate