説明

転がり軸受、及びモータ

【課題】本発明は、電食損傷のばらつきによる軌道面表面粗さの不均一を低減し、軸受の音響性能の向上を課題としている。
【解決手段】相対回転可能に対向して配置された軌道輪と、軌道輪間に転動可能に組み込まれた複数の転動体と、転動体を所定間隔で回転自在に保持する保持器を備え、10kHzを超える高周波電流環境下で使用される転がり軸受であって、軸受内部には潤滑剤として少なくとも基油と増ちょう剤からなるグリースが封入されており、基油の混和ちょう度は、175以上235以下、又は315以上385以下の転がり軸受を提供すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、エアコンファンモータに代表される家電モータなどに組み込まれ、高周波環境下で使用される転がり軸受に関し、特に、転がり軸受の電食による損傷防止技術に関する。
【背景技術】
【0002】
エアコンファンモータに代表される家電モータなどは、その回転軸(モータ軸)が軸受(例えば、転がり軸受)によって回転自在に支持されており、近年、当該モータ軸の回転状態(回転数や回転速度など)の制御を高精度に行うためにインバータ制御化される場合が多い。また、電源供給装置(一例として、商用電源)のノイズを抑制するために、当該電源供給装置から供給される電流の高周波化(電源周波数の高周波変換)がなされる場合も多い。
【0003】
しかしながら、電源供給装置(商用電源)から供給される電流の制御周波数が高周波化される(制御周波数を高周波に変換する)に従って、モータに使用されている軸受のみならず、電気的には接続されていない周辺装置に使用されている軸受において、いわゆる電食と呼ばれる損傷が現出されるようになってきた。なお、電食とは、軸受の軌道輪(例えば、内外輪)間に電気が通電した際に、転動体(例えば、玉やころ)と内外輪軌道面の間で放電現象が発生し、局部的に素材を溶解させ、これらの軌道面や転動体の転動面に異常を生じさせる状態のことをいう。
【0004】
軸受に対してこのような電食が発生した場合、その軌道輪(例えば、内輪や外輪)の軌道面や転動体(例えば、玉やころ)の転動面に面荒れ(例えば、クラックやフレーキングなど)が生じる虞があるとともに、リッジマークと呼ばれる筋状の凹凸が軌道面などに生じる虞もある。そして、このような電食による軸受の損傷が生じると、転動体が軌道輪の軌道面間を安定して転動することができずにガタつき、当該軸受が回転する時に騒音(異音)が発生する場合がある。
【0005】
ここで、上述したようなエアコンファンモータなどに使用される軸受に対しては、従来から非常に高度な低騒音性(静粛性)が求められており、軸受回転時の騒音(異音)の発生、すなわち軸受の音響性能の劣化は、大きな問題とされてきた。
【0006】
そこで、本願の発明者は、40℃における動粘度が10〜50mm
/sのエステル油を基油とし、リチウム石けんを増ちょう剤とするグリースを封入し、また、定常運転状態での油膜パラメータが1〜6である軸受を提供した。グリース基油の動粘度と油膜パラメータを選定することで電食発生に抑制効果を得られた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−153130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、電食発生を低減するだけでは、必ずしも軸受の音響性能を向上するわけではない。軌道面には電食損傷程度のばらつきが存在すると、転動面には凸凹を生じ、転動体の回転は円滑に進むことができず、軸受騒音が発生しやすく、軸受の音響寿命が低下するおそれがある。従って、本発明は、上記の電食損傷のばらつきによる軌道面表面粗さの不均一を低減し、軸受の音響性能を向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決する為に、本発明の第1の発明は、相対回転可能に対向して配置された軌道輪と、当該軌道輪間に転動可能に組み込まれた複数の転動体と、当該転動体を所定間隔で回転自在に保持する保持器を備え、10kHzを超える高周波電流環境下で使用される転がり軸受であって、軸受内部には潤滑剤として少なくとも基油と増ちょう剤からなるグリースが封入されており、当該グリースの混和ちょう度は、175以上235以下、又は315以上385以下であることを特徴とする転がり軸受を提供している。
基油の動粘度は、40℃において10mm /s以上で、且つ30mm /s以下に設定してもよい。
本発明の第2の発明は、上記の転がり軸受によってモータ軸が回転自在に支持されるモータを提供している。
【発明の効果】
【0010】
第1の発明に係る転がり軸受は、電食損傷のばらつきによる軌道面表面粗さの不均一が低減され、軸受の音響性能が向上されている。
第2の発明のモータは、上記転がり軸受を採用することで、インバータ制御及び高周波電流による軸受内部への影響を少なくしている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本実施形態に係る転がり軸受の構成を示す要部断面図である。
【図2】本実施形態に係る転がり軸受の構成を示す全体概観図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る転がり軸受について、添付図面を参照して説明する。
本実施形態に係る転がり軸受(以下、単に軸受ともいう)は、相対回転可能に対向して配置された軌道輪と、当該軌道輪間に転動可能に組み込まれた複数の転動体と、当該転動体を所定間隔で回転自在に配置する保持器を備えており、10kHzを超える高周波電流環境下で使用されている。かかる軸受が組み込まれる装置は、当該軸受が10kHzを超える高周波環境下で使用される(例えば、その軸受組込部位が高周波環境となる)各種の機械装置であればよく、例えば冷却ファン用モータや換気扇などの家電モータを想定することができるが、本実施形態においては、一例としてエアコンファンモータを想定する。
【0013】
かかるエアコンファンモータにおいては、所定の制御装置によって、モータ軸の回転状態(回転数や回転速度)の制御を高精度に行うためにインバータ制御化されているとともに、電源供給装置(一例として、商用電源)のノイズを抑制するために、当該電源供給装置から供給される電流の高周波化(電源周波数の高周波変換)がなされている。
【0014】
なお、転がり軸受は、エアコンファンモータの使用条件や使用目的などに応じて任意の構成(大きさ、形状及び数、あるいは材質や動作など)とすることができる。
例えば、図1(a),(b)には、軌道輪を一対の内輪2及び外輪4とし、転動体を玉6とした軸受の構成を示している。この場合、内輪2の外周面、及び外輪4の内周面には、これらの全周に亘って玉6を転動させるための軌道面2a,4aが対向して形成されており、当該軌道面2a,4a間に各玉6が組み込まれている。
【0015】
その際、これらの玉6は、環状を成す保持器8のポケットに1つずつ所定間隔(一例として、等間隔)で配されるとともに、当該ポケット内で回転自在に保持された状態で、軌道面2a,4a間に組み込まれている。これにより、各玉6は、所定間隔を保った状態で、その転動面が相互に接触することなく、軌道面2a,4a間を転動することができ、結果として、当該各玉6が相互に接触して摩擦が生じることによる回転抵抗の増大や、焼付きなどを防止することができる。
【0016】
なお、かかる転がり軸受においては、内外輪2,4のいずれを回転輪あるいは静止輪としてもよいし、転動体を図1、図2に示すような玉6に代えて、各種のころ(円錐ころ、円筒ころ及び球面ころなど)としてもよい。また、保持器8としては、転動体の種類に応じて任意のタイプを適用すればよい。例えば、転動体を玉6とした場合、波型の合わせタイプ(図1、図2)や冠型などのタイプを適用することができ、転動体を各種のころとした場合、もみ抜き型、くし型及びかご型などのタイプを適用することができる。また、転がり軸受は、各種の金属製や樹脂製などの内外輪2,4、転動体6及び保持器8を任意に組み合わせて構成することができる。
【0017】
また、図1には、内外輪2,4の間の両側に、シール部材として一対の非接触型のシールド(例えば、例えば、ステンレス板、鉄板等の薄い金属板からプレス成形されたシールドなど)10を介在させた軸受構成の一例が示されている。かかるシールド10は、環状の平板状に成形されており、その外径部が外輪4に固定(例えば、嵌合や圧入など)され、かかる固定状態において、その内径部が内輪2と接触することなく対向するとともに、その内側面が玉6及び保持器8と接触することなく対向するように位置付けられている。この場合、外輪4の内周面には、その両端部に全周に亘ってシールド10の外径部を固定するための凹状の取付溝4bが形成されているとともに、内輪2の外周面には、その両端部に全周に亘って当該シールド10の内径部を対向させるための凹状のシール溝2bが形成されている。
【0018】
このように、シールド10を設けることで、軸受の外部から内部への異物(例えば、水や塵埃など)の侵入を防止することができるとともに、軸受内部に潤滑剤(例えば、グリースや潤滑油など)を封入した場合、当該潤滑剤の軸受外部への漏洩を有効に防止することができる。これにより、転がり軸受の内部を外部から遮蔽し、その内部を密封状態(気密状態及び液密状態)に保つことができる。
【0019】
なお、シール部材は、図1に示す構成(大きさ、形状、数及び材質など)には特に限定されず、転がり軸受が組み込まれる装置(一例として、エアコンファンモータ)の使用条件や使用態様などに応じて任意の構成とすればよい。例えば、密封部材は、図1に示すような非接触型のシールド10に代えて、非接触型のシール(例えば、鋼板製の芯金の全体若しくは一部を各種のゴム材で接着して成るゴムシールなど)を適用してもよいし、内径部(リップ部)が内輪2に形成されたシール溝2bに摺接する接触型のシール(例えば、鋼板製の芯金の全体若しくは一部を各種のゴム材で接着して成るゴムシールなど)を適用してもよい。シール部材を接触型シールとした場合、例えば、当該シール部材の内径部の先端に複数のリップ部を設け、当該各リップ部をシール溝2bの底部や側面部などにそれぞれ接触させることで、さらに軸受のシール性(気密性及び液密性)を高めることができる。
ここで、図1(b)には、内外輪2,4、玉6、及び保持器8の全体構成を示すため、便宜上、シールド10、取付溝4b及びシール溝2bを省いた状態の軸受構成を示す。
【0020】
本実施形態においては、かかる転がり軸受に対し、内外輪2,4、玉6及び保持器8が相互に接触する部分(内外輪2,4の軌道面2a,4aや玉6の転動面など)の摩擦や摩耗の減少、焼付き防止、あるいは疲れ寿命の延長などを目的として、軸受内部にグリースGを封入することにより潤滑が行れている。なお、グリースGは、転がり軸受の使用条件や使用態様などに応じて、各種のグリースを選択して使用してもよい。例えば、ポリオールエステルやジエステルを基油とし、Li石けんを増ちょう剤とするグリースや、鉱油を基油とし、ウレアを増ちょう剤とするグリースを採用することができる。
【0021】
いずれを選択した場合であっても、グリースGの混和ちょう度(硬さ)は、175以上235以下、又は315以上385以下である。また、その40℃における基油粘度を10mm /s以上で、且つ30mm /s以下に設定することが好ましい。
【0022】
従来、軸受のちょう度は235を超え315未満の範囲に設定される場合が多いが、グリースは通常の硬さになる為、軌道面の電食損傷ばらつきが発生しやすく、軸受の音響性能が良くない。
【0023】
そこで、グリースGの混和ちょう度は175以上235以下に設定することで、グリースが極めて硬い状態となっており、グリースの増ちょう剤が転動体と軌道面の間に流出する量を減らすことができる。これにより、転動体と軌道面の間に形成される油膜の厚さが変動しにくくなり、放電エネルギーを小さくなり、電食による損傷のばらつきを低減する。また、グリースの流出量を低減する方法の一つとして、グリースGを保持器の上に載せる封入方法を利用することができる。なお、混和ちょう度が175以下になると、グリースGは流動性が悪く、軌道面が潤滑不良となる。
【0024】
また、グリースGの混和ちょう度は315以上385以下に設定する場合、グリースが極めて柔らかい状態となり、グリースGのせん断力(攪拌抵抗)が小さくなる。これにより、転動体と軌道面の間に形成される油膜の厚さが変動しにくくなり、放電エネルギーを小さくなり、電食による損傷のばらつきを低減する。なお、混和ちょう度が385以上になると、グリースGが軌道面に油膜を形成しにくくなる。
【0025】
グリースGの混和ちょう度及び基油粘度をこのような設定とすることで、転がり軸受が10kHz超の高周波環境下で使用される場合であっても、電食による軌道面損傷のばらつきを低減できるので、軸受音響性能の劣化及び音響寿命の低下を簡易に、且つ安価に防止することができる。
【0026】
[実施例]
次に、異なる混合ちょう度及び基油動粘度のグリースを用い、音響性能試験及び耐久試験を行った。その結果は、表1に示す。
表1.グリースの混和ちょう度と音響性能の関係

表1の結果により、実施例1(混和ちょう度175以上235以下のグリースを利用した玉軸受),実施例2のグリース(混和ちょう度315以上385以下のグリースを利用した玉軸受)は、混和ちょう度がそれらの範囲外の玉軸受と比べて良い音響性能を有し、転がり疲れ寿命も劣らない。
【符号の説明】
【0027】
2 内輪
4 外輪
6 転動体(玉)
8 保持器
G 潤滑剤(グリース)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対回転可能に対向して配置された軌道輪と、当該軌道輪間に転動可能に組み込まれた複数の転動体と、当該転動体を所定間隔で回転自在に保持する保持器を備え、10kHzを超える高周波電流環境下で使用される転がり軸受であって、軸受内部には潤滑剤として少なくとも基油と増ちょう剤からなるグリースが封入されており、当該グリースの混和ちょう度は、175以上235以下、又は315以上385以下であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記基油の動粘度は、40℃において10mm /s以上で、且つ30mm /s以下に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の転がり軸受によってモータ軸が回転自在に支持されていることを特徴とするモータ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−154359(P2012−154359A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11565(P2011−11565)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】